青年は一人、人通りのまばらな木造の街並みを歩いていた。左手には黒のアタッシュケース、背中には愛用する細身の両刃剣トーラスを背負っている。服装は大小さまざまな金の歯車の装飾の着けた白のフード付きパーカーに黒のパラシュートパンツ、焦げの付いたエンジニアブーツと周囲の人間とは乖離したものである。なんせ他の人間の恰好というのが麻色や柚子色の着物と下駄という似ても似つかないものだからだ。だが、周囲の人々は青年を見かけると
「こんにちは、ニヘルさん」
「また親父のとこらか?」
なんて親しげに話しかけることから以前よりここらに定期的に訪れているようだった。
青年の名はニヘル。アンサラー、いわゆる何でも屋の一つの幻葬という組織に所属している。この世界において仕事は何かと聞けばアンサラーと十人中八人は答えるほど一般的なものである。だが、数がいるということはそれだけ質はまちまち。最下位にF、そこからE,D,C,B、A,最上位にはSとこれだけで差はかなり開くが身体スペック自体は改造手術や特許技術を扱えばFの人間もD,すじが良ければCクラスには上がれる。無論、それなりの金がかかるので基本的にCかB以上の人間が使うものになっている。また、Sの中でも際立った個性と結果を残したものは色と象徴的な物品を合わせた「色名」という異名を与えられる。アンサラーにとって色名は夢の一つである。ちなみにニヘルは現在Bである。そんな彼は一つの店の前で足を止めた。
仲沢製紙店
彼らの扱う契約書に使う良質な紙を大量に生産している店である。慣れた手つきで扉を開けると店主の仲沢有城がカウンターの向こうに立っている。
「依頼品の受け取りか?」
「ああ」
と短い会話を交わすと店の奥の暖簾から1mほどに積まれたA4サイズの紙の束が二つ台車に乗せられて運ばれてきた。
「品数はあっているよな?」
「二束ちょうどある。大丈夫だ。」
商品を確認したニヘルは持ってきたアタッシュケースに二束とも収まる。こんな芸当ができるのも特許技術のおかげである。
「またどうぞ。」
その声にニヘルは片手をあげるとそのまま空間を切り裂きその先の景色に身を躍らせた。
彼が着いたのは先ほどの木造の街並みではなく石造りのビル群が並ぶ都市だった。人通りは先程の街よりもかなり多い。周りの人はのは突然飛び出した人影に驚いていたが相手がニヘルと知るといつものことかと流してまた歩く。ニヘルもまた目的地へと向かう。着いたのは幻想の事務所だった。ドアを開けると抽象的な顔を描いた仮面を着け、左腕に包帯を巻いた男が情報誌を読んでいた。男の名はアイア。幻葬にて戦闘系の依頼を引き受けているものである。ちなみにニヘルは制作系の依頼を受けている。
「そろそろだと思ったよ。」
とアイアは前置きをして
「長期の依頼だ。往復でも三日はかかる。色々含めて一週間はかかる。」
「例の国か。いくらやっても兵が減らないな。」
「やるのは苦戦しないが、なぜあの頻度で数と質を保てるかが気にかかる。消耗品みたいに減るのに。」
「まー気にしてもしゃーなしだ。来るなら来るでつぶすまでだ。」
と、アイアのものだが声音の違う声がする。二人がそちらに顔を向けると、輪郭はアイアのものだが全身が真っ黒な、もはや墨をかけた者が立っていた。
「そうは言ってもなウロ。」
「数をやるってめんどくさいのものだぞ。」
なんて二人か返すが実際その通りである。ウロと言われた者は茶化す雰囲気だが
「まあ、俺もそう思う。だって俺はお前だからな。」
と返す。ウロの正体はエゴイストという自分の肉体を得た多重人格の亜種である。だからオリジナルの考えと根底は似通っていた。そんなウロは急にまじめな顔になると
「ルグラとはまだ話せないか。」
と一言いう。アイアは顔をそむけると
「……」
沈黙で答えた。
「いつかツラ合わせられるといいな。」
ウロはそういうと事務所の奥に消えた。
「留守番頼むな。」
アイアはそう言い残すと荷物入れを持って外に去った。残されたニヘルはいまだに持ったアタッシュケースと地下階段を下る。先に続くドアを開くと彼の工房につながっていた。だがニヘルは奥に入らず入り口近くの白い霧の中に入っていく。霧の中は本当に真っ白で先が見えない。だが迷うことなく進むと机と椅子、インクや筆記道具の置かれた場所についた。周りには大理石のような質感の黒い六角柱にそれぞれ赤、青、黄、緑、紫、橙、白に光る文字の刻まれたオブジェクトが計七本刺さっていた。
「紙とってきたぞ、ルグラ。」
とアイアが呼びかけると
「ん……。」
との声とともに霧の一部が揺らぎ少女が現れた。ルグラはニヘルのエゴイストである。過去、アイアへトラウマを与えてしまったことへ罪悪感を覚え、それ以来この空間の中で引きこもり裏方作業を行っていた。そんな彼女の恰好だが、肩の空いたシックなドレスと茶のベルト、ピンクのスカーフに四肢と腰、首に七本の鎖がつながれている。危ない見た目だが彼女自身が望んでいる。いつの日からか彼女は苦痛を愛するようになっていた。彼女は最後に眠るときも苦痛がそばに寄り添うと思っているし願っている。
「アイアとはまだ向き合えないか?」
「(コクリ)」
ニヘルの問いにルグラは首肯した。
「……そうか。」
そうニヘルは言い残すと霧の中から去った。ぬぐい切れないしこりを握ったまま。