「着いた~~。」
ズシャァの擬音が似合う体制で夕夢は幻葬事務所に倒れこむ。時刻はすでに夕暮れを指していた。
「まずは休養だ。明日一日は此処の看板は閉じておく。好きに過ごしていると善い。」
「それじゃあ、これに参加してくるよ。」
夕夢は懐にしまっていた一枚のチラシをニヘルに見せつける。
「嗚呼、懐かしいな。ここに腰を据える以前に入ったことがあるよ。」
全時闘技場の名がでかでかと書かれたチラシをニヘルはまじまじと眺める。
「此処で勝利を重ねればアンサラーとしての評価が上がる。当時に勝利を重ねたのが此処アリゴに事務所を置くきっかけになったのさ。」
「私も参加したい。」
「それなら、明日連れて行ってやる。しっかりと休みなさい。」
「まずは食事じゃない?」
「そうだね夢雨。アレ?そういえば事務所の中きれいだね。関係ないけど。」
「二人とも、料理は炊事場の下の棚に入っている現状固定容器の中にあるからな。」
「「わかったよ、アイア。」」
双子は夕食を取りに行った。
「ニヘル、あんたはどうする?」
「茶を飲んだら部屋に戻るとするよ。」
「お前、いつも紅茶で済ませているよな。」
「其れで済むからな。」
「たまには酒の席に付き合え。」
「拒否をその顔に張り付けてはいかんか?」
「ダメだ。」
「……。」
ため息をつきながらも紅茶を淹れていたニヘルはカップ一杯の紅茶を飲み干すと両手で挟み潰すかのように消す。
「自室に戻るよ。お前も休みな。」
自室に歩を進めつつアドバイスをするニヘル。
「あいつは自室で何をしているんだか。」
あきれるアイアに
「アイアも一緒に食べよう。」
夕夢の誘いが入る。
「そうするか。」
一度思考を切り替えるアイアであった。
「手入れが入っているな。」
ニヘルは自室の寝台に乗りながら一人の人形を撫でつつ抱えていた。ルグラに似たフリルドレスに金髪のミディアムヘア、瞳に光はなく
「二日前にね。」
喋る。
「ルグラにか。心地よかったようだな。」
「丁寧だからね。」
「お前のことはいつ紹介しようか。」
「今は保留。ルグラが決心した後に考える。」
「そうか。そろそろ寝るとするよ。」
「おやすみ、ニヘル。」
人形は目をつぶるルグラに抱き着き同じように眠り始める。
「おはよう、ニヘル。」
「昨夜はよく眠れたかい?」
「それはもう。ついでに手入れもしてきたし。」
ヤトシイを掲げてどや顔を決める夕夢。
「あとは、癪だけどこれの試運転も。」
朱四卦を両腰から引き抜き構える。
「なら、受付に向かうから背に掴まりな。」
身をかがめるニヘルとおんぶされた夕夢は眼前の風景になだれ込む。
「うわぁ、高い。」
開幕の夕夢の感想にニヘルは小さく微笑み
「破綻した設計に見えるがその実、頑丈なんだよ。さぁ、こちらが受付会場だ。」
手を引かれるまま、エントリーを完了した夕夢に
「初めの十連戦までは有象無象がひしめき合っている。轢き飛ばしてきなさい。」
物騒なアドバイスを胸に夕夢は早速初めての対戦相手の元に向かう。
「まさか、一刻の間に十連勝どころか二十とは。」
ニヘルは観客席で驚いている。
「まさか、筋肉で解決するとはな。あいつは魅せを知らないのか。」
夕夢のやり方はシンプルである。開戦時にタックルと共にヤトシイを叩き付ける。それだけだが施術をしていないものはともかく、それなりに高級な施術をしている者にはさらなる速度で上回る。
「よく頑張ったな、夕夢。だが、力押しは感心しないな。」
休憩を取りに来た彼女にニヘルはねぎらいと忠告をする。
「一応、見てくれでいけると分かった奴にだけにしている。」
一方、夕夢は反論し、
「次に来る奴には用心するよ。」
とも付け加える。
「其れは何故だ。」
「勘。」
夕夢は再び会場に歩を進める。
「レディースアンドジェントルマン!さて、お次の試合は今朝から快進撃を続ける期待の新星!茜音坂夕夢と先月より相手を圧倒する戦いの迫力から大人気のスター、フェナシエだぁぁ!」
夕夢とフェナシエと呼ばれた男は向き合い顔合わせをした。
「(え、あいつの武器、コギトなの?なんかあまり使いこなせていないというか振り回されている気がするけど。は!?主任が作り出したもの!?嫉妬の概念抽出の量産品?身に合わないやつを使っているから警戒しとけ?わかった。)」
雀猊からの情報に一層の警戒をする夕夢とは裏腹に
「ハッ!なんだ、小娘じゃないか。テメエもあいつらと同じように焼いてやるぜ!」
お相手は興奮している。手元のバチバチと火花を放つ槍と同じ様である。
「開始!」
開戦のゴングが響くが夕夢は動かない。いや、動かないのは足だけであり腕は腰を探っている。
「試し打ちが出来そうだな。」
朱四卦を構えると一斉に弾丸を放つ。
「んなっ!」
フェナシエの振り回す槍に当たった弾丸は弾け槍を持ち上げる。
「これは楽しいな。」
隙無く蹴り上げを喰らわせる夕夢は打ちあがった体に更に弾をすべてぶつけると銃身同士を叩き付ける。ジャコンとリロード音がするとちょうど落ちてきた的にまた引き金を引く。
「へぇ、この銃で全弾発射したらそう言うのか。あなや~、いっぱい撃てば人は死ぬなり~。」
「(クソが!なんだあいつ!)」
フェナシエは慟哭と怒りが内心で濁流になっていた。
「(妙な女から金にものを言わせて買ったこいつでここまで這いあがったんだぞ!なのにこんなぽっと出の女に押されているのか?この俺が?そんなの認めない!)」
持ち主の嫉妬心に呼応するかのように更に槍から火花が散り足元を焦がす。
「まだまだいけるぜ!どうせお前はここで倒れるんだよ、首輪付きめ!」
「(首輪付きって…。ああ、組織に入っていることなんだね。解説ありがとうな、雀猊。)なあ、もうあんたは立てないはずでしょ?なんでまだ立てるのさ。そんな風穴開いてるのにさ。諦めて治療を受けな。」
「黙れ小童。オマエノナイゾウヲヤイテヤル。」
「なあ雀猊、あれはまずい気がする。」
弾ける火花に感応して膨らむフェナシエの肉体は黒紫の毛皮に覆われ狼の面に変貌する。
「概念の劣化浸食が起きているって何なのことなの。ねえ、返事して。雀猊?」
雀猊の名を呼ぶが最後、夕夢の体制が崩れる。右目からは黒い液体が噴き出て足元に留まり続け、翼も片方が散る。髪は先端が黒くなっている。
「まさか、空腹に倒れてしまうとはな。何ともまあ情けない。さて、どうするか。」
「グルルルル……。」
「まずは言葉を失った獣狩りだな。」
突如表に現れたスペカは右側しか動かない腕で足元の液体を掬うと突剣に変え飛びかかってきた眼前の獣に放る。
「グガッ!」
「今出血したくないのでね。悪いが力尽きてくれ。」
「……。」
「黙ったか。所詮他人の自我に飲まれる器だったわけだ。」
「き、決まりましたぁ!勝者は茜音坂夕夢だぁ!」
「気楽なものだな。それもそうか。認知を捻ればただの激闘にしか見えないか。」
「こっちだ!早く医療室に!」
「やかましいな。あとのことは一眠りした後考えるか。」
「あれが以前の話に出ていたスペカか。一度、話が必要だな。」
観客席で事の一部始終を見届けたニヘルはスペカのもとへ向かおうとする最中
「おや、あなたは。」
顔なじみを見つけると引き連れて向かうことにする。
スペカの寝かされる医務室の扉がノックされる。
「はい、どうぞ。」
「入るぞ。」
「失礼します。」
入ってきたのはニヘルとデルシネアである。この三人の他には誰もいない。
「どうしたの?怪我の心配をしているなら私は元気だよ。」
努めて明るさを装いスペカは話す。だがニヘルはすでに知っていた。
「初対面の挨拶は省略だ。スペカ。」
「お久しぶりですね、スペカさん。」
「なんでかは聞かないよ。その様子だと私を消しに来たようではないようだね。」
「何故、今になって出てきたんだいスペカ。」
「別に出ようとはしてないさ。ただ、あいつが空腹で倒れたせいだよ。」
「雀猊か。奴には食事が必要なのかい?」
「人間たちが食べるものではない。人の記憶だよ。」
「ほお?」
「記憶…ですか。」
「奴からはたまに話をされてね。その中でこんな話題があった。あいつはまだ調整段階だったがある日持ち出され連れ去られていたらしい。」
「それが私とあなたの初対面の戦闘につながるわけですか。」
「そうだ。あの時は連中の記憶を食って腹を満たしたそうだが…。」
「其れからは食事の機会がなく結果こうしてあんたが出てきてしまうほどに弱ってしまったと。」
「私としても複雑でね。私はただ無気力なんだよ。あまり自らは行動をしたいとは思わない。」
「つまり、出来るなら裏で寝ていたいと?」
「その通り。しかしどうしたものか。あいつは節操なく人を食いたがらない奴だがこのままではどうしようもないし…。今は奴の能力を間借りして誤魔化しているが限界もあるしな。」
唸るスペカとニヘルにデルシネア。それから数分、またノック音がする。
「はい、どうぞ。」
スペカは返事をするが音の主は一向に入ってこない。
「様子を見てこよう。」
ニヘルは二人を置いて部屋の外に出る。
「さて、何が出るやら。」
左右に首を振ると二度目の右を見たとき彼はいた。
「よっ。」
テーブルや椅子と一緒におり左手を上げつつ右手のカップの中身を飲む主任がいた。
「何の用かな。今はあんたに構える状況ではないのだが。」
「酷いなぁ。あ、コーヒー飲む?」
「私は紅茶派だ。」
「ありゃ、残念。」
調子よい主任の傍らには銀のアタッシュケースが置いてある。
「ここの用事は二つ。まず一つはこれだ。」
椅子から立ち上がると大きめの袋から毛に覆われた獣の顔を取り出し
「勝手にうちのものを使ったバカの身柄を回収にな。」
悪びれずに言う。
「そいつに関しては関与しないさ。で、其のもう一つの用とは?」
「これさ。」
アタッシュケースをテーブルに置くと蓋を開く。
「煙管と煙草か?」
「いや、煙草ではないさ。あんたはネビュラを知っているか?」
「ゴムの体と硝子の核を持つ生物とだけ。」
「あいつらの核は記憶そのものだ。」
「つまらぬ話だな。」
「いやいや、ホントの事さ。嘘を付いたら毒を盛ることになるからね。」
「…なるほど、合点がいった。大方、雀猊の食事か。」
「正解。色々調整を続けていたら一足遅かったようだな。」
「誠に遺憾だ。」
「まあ、使い方は煙草と大して変わりないさ。では、私は去るとするよ。事故には会いたくないものでね。」
主任はテーブルと椅子を片付けると忽然と姿を消す。
「行動には対価が伴うものか。」
ニヘルは渡された物資一式を二人の元へと持ってゆく。
「おかえりなさい、ニヘルさん。」
「そいつは一体?」
「あんたが待ち望んだものだ。」
煙管に煙草を挿し点火をすると吸い口を差し出す。
「初めはゆっくりと吸え。」
意図を理解したスペカは煙管を受け取り煙を肺に流し込む。少しずつ染み付いた黒が抜けていき
「ごほっごほ!」
色彩が戻ると同時にせき込む。
「あれ?なんでベッドで寝ているんだ?」
「夕夢さん!心配したんですよ?」
「姫様?それにニヘル?なんで私はここで寝ていたの?」
「話はそいつを一度吸い切ってからだ。其れに慣れておきなさい。これから長い付き合いになるからな。」
「わ、わかったよ。」
やがて立ち上る煙が無くなると
「結局これは何なの?」
いまだに口の端から煙を出しつつ夕夢は質問を繰り出す。
「ネビュラという生物の核をすり潰したものだ。」
主任のくだりを隠してニヘルは答える。
「(あれ、起きたんだ。久々に腹一杯食えた?…ふぅん、あいつの作ったものなの?でもなんで隠すのかな?過保護な心配?そっか。)そっか、持ってきてくれてありがとう。」
起きた雀猊と内心で会話をし察したことは伝えないことにする。
「君が戻って来てくれてよかったよ。」
「今日はもう帰ってもいい?もう疲れちゃって。」
「それが良いと思います。」
寝台から降りて出口に歩く夕夢達。先頭の夕夢の顔はやや沈んでいた。
「そういえば、なぜ姫様はあそこで見物を?」
「うちに勧誘する強者を探すのには手っ取り早いですから。その際には認識阻害のヴェールを被っているはずなんですけどね。何でかニヘルさんには筒抜けなんですよ。」
「いわゆる反ミーム対策の技術はこのくらいの立場になると必須とは言わなくとも必要になるのですよ。」
「あーあ。にしてもバレちゃったか。父には隠しておいて?」
「其れは構いません。ですがここへはそれなりの悪路ですが…。」
「本日は手助けがありまして。」
「俺だ。」
「ここにいるオルテさんです。」
「驚いたな。お前の主はどうした。」
「部下に仕事を任せるのも上司の仕事だ。」
「送るのは此方に任せてあんたは戻りな。」
「お、そっか。じゃあ頼むぜ。」
オルテはお三方と判れる。
「思わぬ珍客だったな。」
「まさか日を跨いで会えるとはね。」
「あの人、アイアさんみたいな武器を背負っていたけど参加する気だったのかな。」
去った彼の背には弓形の刃の武器があったためデルシネアは気になっていた。
「あれは奴のコギトだな。」
「そうだったんですね。」
「其のせいかアイアが手合わせしたいと言っていたな。」
「バーサーカーソウル味を感じる。」
「アイアさんらしいですね。」
「さあ、帰宅のために掴まってくれ。」
「了解です。」
「はーい。」
「そうだ夕夢さん。明日は開いていますか?」
「はい、問題ありません。何の用事でしょうか?」
「ふふっ。女子会です。」
「女子会…?」
「さあ、着きましたよ姫さん。」
「ありがとうございます。ではまた明日。」
中央街宮へ駆けるデルシネアを呆然とした顔で見つめる夕夢は
「ねえ」
「私は行けないな。」
「ゔ。」
「明日着る服なら見繕える。それで手打ちだ。」
「はぁーい。」
「其れとその煙管は何時離すのだい?」
未だに煙管を加える夕夢に問う二へル。夕夢は煙草の箱を懐から取り出し
「これの中にメモが入っていてね。これを咥えていたら不意の出血時の情報災害を抑制できるって。雀猊からは腹が減っていなければ私の血に暴露した際の認識災害をコントロールできるって。」
「なら咥えておきなさい。しても認識災害か。懐かしい。」
「どうした?」
「何でもない。さあ、服を見に行こう。」
「うん!」
夕夢は晴れた顔を、ニヘルの顔は曇っていた。