アンサラー 幻葬   作:月導

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十二章~繋がった縁~

白の箱みたいな部屋の椅子に対面して座る二人の男。白衣を身に着けた者は眼鏡のレンズの向こうの細い目を薄く開いて話をしている。

「やれやれ、この前は紫と緑をまとめて使った事に説教をしたはずなのに。更に先日は橙か。知っているだろうが」

「色は混ざれば濁り続ける。いつか黒になりかねない、だろ?安心しな、常に白へ色を捨てている。少なくとも混ざりはしていないだろう。あいつには負担をかけているだろうが」

「その意識が最も危険だと何度言ったらわかってくれるんだい?」

「しかし三原よりはマシなはずだ、君は知っているだろ?」

「変異、定義、支配か。その三つは確かにまずいがね。情報を残す意味では紫が最もまずい。既存の状態に入り込む緑も、制御なき橙もそれぞれが破綻に近づく。そしてそれよりも不味いのはめでたしめでたしだよ。何も知らず緩やかに終わることが最も恐ろしいよ。」

「そちらが静観する限り私はシナリオを動かさないさ。」

「頼むよ?こっちにできることは怒りを買わぬように上位者を神格化して祀ることだからね。」

「こちらの誠意へ返し続ける限りこちらも続ける。」

「本当に頼むね。」

返事はない。裂けた次元に消える体が最後だった。

「意思があるとは有り難いね。現象そのものでは何ができたか。優秀な人材と機器を送って結果の通信が来ることを期待するくらいか。」

首元の名札はちらつくが何とか読み取れる。『酒崎?』

「古巣だと検証は犠牲と等しいもんだったな。こっちは日常が検証と同じ。はは、事故で飛んだあいつはここにいるのかね。あいつがいないと機器の管理が面倒くさいんだよ。」

傍らに置いてある金属の箱を弄りながら文句を垂れる。

「アレは無意識下だとは思うけどねぇ、一度の検診でここまで劣化するほど現実が濃くなるとは。最近隠せなくなっているな。奴の話的にここのとこ大きく情勢が動いているのか。リスクはあるが上には黙っておくか。面白そうだし、経過観察を行うこともまた実験だ。ったく、上はすーぐ結果を求める。あーやってらんねぇ。じゃ、これ読むか。」

先ほど去った男の土産の式列とグラフが事細かく書かれた書類の束を手に取る。

「今の俺にとってはここが基底世界に当たるがここをiとしてカルサの公式に代入すると出る値をこの十桁単位の乗算に当てて素数桁の数字を残してスクラン記号に変え…」

コンコン

「博士、今よろしいですか。」

邪魔が入る。とたんに機嫌が下落する男。

「入りな。」

「失礼します。」

入ってきたのは妙な服を着た青年。首元から碧い霞が漏れ出ている。

「一体どうした?」

「…あの男は?」

「もう去ったよ。もしかしなくとも勧誘かな?」

「ええ、そうですが。」

淡々と当然のように答える青年に酒咲は声を低くして脅しを兼ねた警告をする。

「奴を人と思うな。道具と捉えるのはやめろ。世界を統治できる権力を持って弱みを握れば手駒にできると思っている奴が上にいるならすぐに伝えな。」

一息ついて警告の言葉を残す。

「かの者を我々の枷に嵌めることなど初めから不可能だったのだ。既に奴は守りたいものを見つけてしまった。今更取り上げようとすれば幕引きが起こることは当然になってしまった。残念だがこれから出来る足掻きは放置でしかない。痴れ者を、閉じ込めろ。警告はそれだけだ。じゃあな。」

「しかし」

「まだわからないか。まあ君らは知らないからね、私の古巣を。そこの使命を。異端を閉じ込める。覚えたなら私の言葉と伝えな。これ以上動くならここら一帯を機能不全にするから覚悟しておいてね。」

足音を鳴らしながら荒々しく外に出る酒崎。部屋に残された青年は青ざめていた。

「記号を三つごとに分けてってこれDNAの翻訳やんけ。」

 

「……」

検診を終えた男は人工的な光がありながら薄暗い歓楽街の路地に立っていた。他に歩く人は皆顏を下げている。まるで目を合わせたくないように。口を閉ざす。何も聞かれぬように。

「よお!久しぶりじゃないか、ブラザー!」

路地の中から出てきたのは身長百九十はありそうな大男。葉巻を咥えサングラスをかけている。

「ほらほら、あいさつしなって。さ、目を合わせて。」

「お久しぶりです、長兄。」

「やっぱその呼び方?」

「私は誓いを刻んでいませんからね。」

「表の連中も一つは裏を手を組むもんだが寂しいな。」

「しかし匂う。大きな仕返しがあったか?」

「お前さんに手を出そうとするやつがいてな。警告もかねてその場にいたやつらの左腕をもらってきた。」

「上ではないよな?」

「いや、その下っ端の下っ端だ。それよりもだ。今から酒を飲むぞ、着いて来な。酒を飲まなくてもいい、近頃の話をしてくれ。それだけで肴になる。」

「そうさせてもらう。」

「いや~懐かしいぜ。あんたに酒を飲ませて潰しちまったボスのあの顔、いつもの威厳がわずかに揺れていたぜ。」

「止めてくれ。」

「ま、いいじゃないか。行くぜ!」

抵抗なく小脇に抱えられて運ばれてゆく。道を歩く者たちは目もくれない。関わりたくないだろう。裏の巨大勢力の一角『怨恨衆』に因縁を付けられるのは。

「着いたぞ。」

一行がたどり着いたのは酒場。

「まずは降ろしてはくれないだろうか。この体制では腹が押されているからな。」

うんざりした声で抗議の声が上がる。

「おっと。わりぃわりぃ。」

ようやく解放されたことに安堵しながら質問を出す。

「いつもの会場ではないんだな。」

ここはいつもは来ない店である。長兄と呼ばれた男は頭を掻きながら

「あそこの店員がやらかしてな。階級に煩いあいつらへ声をかけちまったせいでそこの客もろとも店が吹っ飛んだ。」

「その後、連中は?」

「本部にでも帰ったんだろ。」

扉を押しつつ問答をする。店内に入り席に着くと素早く注文をする。

「K区のワインを十本。T区の紅茶を一杯。お供の食いもんも一緒に。よーしお前ら、久しぶりのパーティだ!」

「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」

他の客に配慮してか声量は控えめで掛け声が上がる。

「いつ会っても騒々しいな。」

「それがいいんだよ。」

その言葉に返事をせず手元のマフィンを口に放る。

「そろそろ話でもするか。何を求める?」

「待ってたよ。なら、何から聞こうか。あ、最近新入りが入ったんだっけ?そいつらについて聞かせてくれ。」

「茜音坂姉妹か。…一つ釘を刺させてくれ。主任と呼ばれる者へは手を出さないでくれ。」

 

「ぬぅ…。」

苦い顔をしながら長兄は目を覆う。

「仲間に手を出されれば仕返しをしなければならないが…本人がそれを求めないか。」

「仮に奴を奴で無くしてしまえば今ですら朽ちかねぬ歩みは導き無き夜道になってしまうことは明らかだ。」

「要するに手を出すなということか。あんたの頭はたまに訳わかんねぇ言葉を出すよな。」

「済まないな。」

「そういえば姉妹と言っていたな。妹の話もあるのかい?」

「ああ。以前は四元魔術師と呼ばれていた。」

「その名はこっちも知っている。異質な啓蒙者という認識でな。」

「彼女は星界の存在と同格かのように振舞う。狂信の教徒と距離を取りたがる態度も納得だ。」

「何であろうと自我をぶん投げる信心は最早人形だよ。」

「人形と言えば十年前にいたセルヒスがいたな。」

「ブリキのキノピオだな。討伐されたはずだがここで話に出すということは」

「近頃下位存在と思わしき存在が現れ始めた。気を付けておいてくれ。」

「いつ現れるかが予測できないのがセルヒスだからな。」

「すみません。今、夢雨さんのお話をされていましたか?」

二人の会話に乱入者が現れる。

「お前は誰だ?」

「あなたが幻葬のニヘルさんですね。そしてお隣の方は怨恨衆長兄のロゥーフェさんですね。初めまして、ボクは独立アンサラーのルナライトです。」

名刺を差し出しながら自己紹介をするルナライト。

「その通り。私がニヘルだ。(後頭部の角、角人か?だが瞳がおかしい。硝子…義体ではない。)君の話は時に耳に挟む。だが顔は合わせたことはないよな。」

「ああ、そこからですね。以前、貴方のとこの夢雨さんと共闘したことがありましてね。そこから気になりまして。表の情報は漁ってみたんですよ。」

「表ということは裏もあるということだが。」

「罪悪法務、七の鎖。」

「流れは聞かないさ。その口を閉じるならね。」

「(口を閉じれば喋れる?)」

「(止めてくれ。)」

「(私はそろそろ会計して出るね。)」

「(唐突だな。)」

「依頼が入っているからね。お元気で。」

出口に手をかけたルナライトは戻るとニ冊の本を差し出す。

「これ、よろしければ読んでみてください。」

再び店外へ出たルナライトは戻らなかった。

「いったい何の話だ?」

「これは嫌がらせかな?白鯨だ。そしてこちらは嵐が丘。久しぶりに見たよ。」

「聞いたことねえな。」

「漂着場にあったものだから此処の者が書いた話ではないのだろう。」

「ん?帰るのか?」

「既に夕刻、朝方から開けているからな。それに友が心配でもある。」

「アイアとあの夢雨というやつの二人か。」

「そういうことだ。詳しい話を聞かなければいけないからね。今日はありがとう。」

「お元気で。」

「そちらこそ。」

本二冊を小脇に抱え去るニヘル。

「あの、兄貴。」

ニヘルを見送ったロゥーフェに舎弟が声をかける。

「どうした?」

「左腕はどう処理します?」

「F区に売っとけ。もぎたて新鮮だ。」

 

「此処か。」

彼の眼前、アリゴの複雑怪奇な裏路地の建物の壁には血痕、地面には歯と瀕死の人間が転がり、銃剣が突き刺さっている。

「この景色、安心できるな。しかし、所属は隠蔽されているな。ん?なるほど、この強化施術痕は確か上の連中くらいしか使えないな。是程に証拠の隠蔽が杜撰となれば世間知らずの成り上がりか。連絡はしておくか。」

端末に文字を打ち込むと転がっている身体を検分する。

「損壊は激しいがまだ生きている。それが十五個。心臓は仮死状態で何とか保存できているのか。失血率暫定二割。これなら大丈夫そうだな。…聴こえるか?久しぶりだな。最後に顔を合わせたのはオーネ協会での対面会だったな。調子はどうだ?練血の混ざりが悪い?そちらの技術は疎くてな。助言はできない。いや、世間話をするために掛けたのではない。瀕死の血が得られるからそれを伝えようと思ったのさ。すぐに向かうから待ってくれと?構わない。…待っ切れた。変わらず奴は足が速いな。それに連れ人とは………これ、読むか。」

先程渡された白鯨を読み始め待ち人を待望する。一時間後、カタンカタンと木材の当たる音とぴちゃぴちゃと響く水音が聞こえる。視線を向けると赤い足跡がこちらへ伸びてくる。といっても足跡は二本の線である。

「久しぶりだな、千影。その技も健在だな。」

声をかけられると足跡が止まりもう一種類の赤い足跡が増える。

「いや、音が漏れてはいるから腕は落ちてるよ。ついでに昨日は片足外れた。十分治るのに使ったせいで老いを感じるよ。」

返るのは若い女子の声。突然赤い塊が現れると液化して流れ出す。液体が流れ切ると下駄をはき銀糸の編み込まれた袴を着た赤目の女性と肩車されているシルクハットを被り探偵服に着せられている感がする少女がいた。

「千景、其の少女は?」

「アレソミ、自己紹介を。」

「初めまして、二ヘル殿。私、工業国プレトンのT区にて探偵事務所タイムクラックを開いている刃派三級眷属のアレソミ・エッワーテと申します。母よりあなたからの協力について聞いており感謝を述べたいと思っていました。」

「おおお、見なよアレソミ。ここまで濃い生血は久々だよ!」

「母さん!はしたないですよ。」

「でも長い時を過ごすために育てられた花と流れる水より濃い血のどっちがおいしいと思う?」

「花ですね。」

「ひっどい!あなたはうっすい子ね。」

「濃い血にはまだ流されたくありません。」

「容器は持ってきているか?」

「三リットルを十倍分拡張したのを三パック。貴重なサンプルだからね。それじゃアレソミ、回収を始めるよ。」

「わかりました。」

「私も補助しよう。」

「助かるよ。止血したまま移すのは疲れるからね。」

「こちらも手伝いを頼みたいです。」

「こちらの体は一つしかない。」

返答に応えるように地面から影が出る。

「はっはっは、これで二つだよ?」

「ウロ、わざわざ私の足元から出てくるものでないよ。」

「あ、ウロじゃないか。アイアはどうだ?生憎奴から煙たがれていてね。まあしょうがない、依縁の分家であり名を捨てようと嫌悪される血脈だから。」

「あいつはまだあの巫狐と酒を流し込んで顔を晒している。過去についてはまぁ、俺はその光景は見たことないが醜悪だったらしいな。それでも笠になりそうな盃一杯を飲まないといけないときになるたびに気配で転がり落ちそうだ。」

「毬遊びの光景しか思いつかないな。」

「春一番で飛んでしまった毬があったらしいな。」

「凧の糸を巻いたやつか。どこに行ったのやら。」

「過去を懐かしむのはよいですが手を貸してください!」

アレソミ、叫ぶ。

「おっとすまんすまん。これを注げばよいんだね。」

「はい。なるべく零さないようにお願いします。」

「おけおけ。おお、重いな。強化施術の影響かね?」

「そっちは調べないことにはなぁんもわかりゃあせん。悪いね。」

「千景、そんな口調だったか?」

「昔の事を思い出したらこんな口調にもなるわ。そっか、あいつはまだ酒で流せられると信じているんか。」

「母さん、ニヘルさん、詰め終わりました。」

「そっか、もう終わったのか。それじゃあニヘル、これを渡しておくよ。今日のお礼だ。」

千景は雪の結晶の形をした血の色と雪の色の石を二つ渡す。

「これは血晶だよな。どの種類だ?」

「筋力向上と魔力回路適正補正の血晶。二十段階中十九の質だよ。」

「それはかなりの値がするはずだ。本当に良いのか?」

「等価交換だよ。」

「等価なら大丈夫だろ。もらっときな。」

「感謝する。」

「受け取ってくれたから帰るよ。アレソミ、肩に乗って。」

「はい、おニ方お元気で。」

血鬼二人は血を被ると周囲の景色に同化し見えなくなる。そして下駄の一蹴りが響く。

「血を被って周囲の景色に溶け込む…忍者みたいだな。」

「操血術は多岐に渡る。武器を作るだけでなくああいった搦め手も其の範疇だ。」

「帰るのか?」

「襲撃の件があったから急ぎ戻ってきたんだ。」

「もらった血晶はどうすんだ?」

「茜音坂姉妹に渡す。」

「夕夢のほうは受け取りそうだが夢雨はどうかね。あまり良い顔をしなさそうだが。」

「その時は嫉妬大罪に張り付けるさ。」

「勝手に貼ったらあいつ怒るぞ?しかし暗くなったな。」

「…。」

「ン?空なんか眺めてどうしたんだい?」

「上がいた。」

「アレは居住区クレードルの回行船か。かなり近づいているな。」

「あの下部の船を見な。」

「あ、駆動部が止まっている。これは落ちるな。」

「あの規模なら一万ほどだな。」

「大方、あんたに手を出したことに関係があるな。まずはさっさと帰るぞ。」

「先に戻り伝えてくれ、帰宅する旨を。道を繋げる気力がないからな。」

「それなら息を止めな。」

「すべてを理解したよ。堪忍して呉れないか?」

「ほら潜るよ。」

「あーーー」

 

「なるほど、あの妙にガタイのいい集団が事務所に入ってきたのはそういう経緯なのね。そしてニヘルがグロッキーな理由も。」

「夢雨さんよ、さっきからもきゅもきゅしているチョコミントの色合いをしているそのたこ足は?」

「焼き【規制済み】の【規制済み】掛け。」

「なんて?」

「焼き【規制済み】の【規制済み】掛け。」

「すまん、焼きピーのピー掛けにしか聞こえん。」

「焼き【規制済み】の【規制済み】掛けか。啓蒙の上がりそうな趣味の悪さだ。」

「あれ?俺だけモザイク掛かっている?」

「何を言っているんだ?」

「そんなものないよ?」

「()  ()

 

   ()」

「ホラーの顔じゃん。ほらほら、疲れているんだよ。あんたは休みなさーい。」

「」

「まるで溶岩に沈む遭難者だね。影は明るめだから墨汁を混ぜたお風呂かな。さてと、ニヘルさん。この趣味悪い結晶を渡すセンスを詳しく聞かせてもらうからね?」

「止めては呉れないか?」

「わかった止める。」

「本当か?」

「嘘。」

 

 

合わせ鏡が続き居場所もわからぬ迷宮に日誌らしきものが置かれている。

・処刑回避(完)

・時間屈折怪盗の引き寄せ(完)

・夕夢内部人格誘発及び休眠状態移行(完)

・スペカとの接触(完)

・白鯨襲撃誘導(完)

・夕夢への狙撃及び狙撃手終了(完)

・理論の確立及び実用化

・因縁の断ち切り

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