生まれた時、私は畳の敷かれた居間の棚に乗っかっていた。骨は荒く削られた木の棒、肌は木綿、衣服は反物の切れ端を粗雑に縫い合わせたもの。口も目もなく耳は聞こえない。いや、墨で描かれていたが化粧が五感の機能を成す訳がない。しかし、感覚だろうか感だろうかそこに誰かがいる事はわかった。様子からして祈祷をしているようだ。初めはその程度しか解らぬが日が経つにつれ穴のない目を凝らし、音の集まらぬ耳を澄ませられるようになった。見ると男が今日も供え物を準備していた。縫い途中だが今着ている衣類より上等そうな生地で縫われた衣類、水面の輝きを放つ焼いた土の頭、中に紐を通したのか節々が動く体と到底捧げる物とは思えない精巧さであった。それらを置くとこちらに正座をする。
「どうか私に嫁を!良い縁を結んでください!」
聞こえる耳はそれだけ聞いた。…どうしたら良い?私にそのような力などない。大きな神社へ参拝する方が良いはずだ。自分で作った人形に祈祷するような酔狂…いや、信心深さを持ち合わせているならそれが良いのでは?と思った。それにこの供物は奴が手ずから作ったものであるはずだ。なぜなら目の前で作っていたところを見ていたからだ。それを見せれば必ず婿に欲しがるものもいるはずだろうと思っていたが
「やはり、山三つ隔てた村が最も近いこの辺鄙な場所は難しいのだろうか。引越しを考えていたがそうするか。」
すぐに原因がわかった。人なければ縁も結べない。呆れ果てていると一人言が聞こえる。
「服の方はあと十日ほどでできる。だがご尊体はどうしたら良いのだろう。捨てては祟りがある。だが並べるのは不敬では無いだろうか?」
なるほど、その心配があったのか。だが口はいまだに開かない。何も伝えられない。焦ったさと共に十日経ち新たな人形が出来上がった。いつもの祈祷が済むと男は出来上がった人形を私の隣に置く。間に三角の板材を置く。なんだろう?
「あなたのおられる方に倒してください。私はそちらを選び片方は仕舞います。」
無茶を言うな。言葉も話せないのにモノを動かせるものか。一日経つが板材は動かない。風が吹いても倒れない。気妙だった。微動だにしないなんて可笑しい。このままでは奴は引っ越しできないではないか。しかしその心配は無くなった。翌日、板材は倒れていた。新しい人形に。
「わかりました。ではそちらを。」
何も抵抗はできない。反抗の声も届かない。そのまま輪切りにされた竹の一節に入れられ柔布で蓋をされた。
…
……
………
…………
……………
揺れていた。家財と一緒に荷台に乗せられているのか?生憎光は差し込まない。それほど奥に押し込まれているのか?不思議と寂しさはなく諦めしかなかった。恨みなどない。いや、恨みというよりは悪意かな?ただ、声に出して励ましを送りたかった。
「着いたか。はぁー遠かった。」
勘が正しければ一晩かかったはずだ。それは遠いはずだ。
「うわっ!なんじゃぁこりゃ。」
素っ頓狂な驚きの声。
「こいつは絹糸か?しかし一体なぜここに張り巡らされて……まさかあれは風で倒れただけ?てことはまさか私の勘違い?」
やかましかった。どんな面をしているか気になった。取り出されるならその顔を拝んでやろう。
「これは繭か?」
拝めなかった。中に虫はいない。なら繭は私が纏っているのか?手に持たれている感覚がする。どうやら正しそうだ。
「繭なら剥かぬ方が良いか。」
残念だが再び取り出されたのだ。それだけでよしとしよう。
再び私は棚に置かれ毎日拝まれる。時折以前は聞こえなかった人々の笑い声、集客の呼びかけなんかが聞こえ賑やかさが増えたと思った。ある晩、あいつは酔いながら帰ってきた。新たな環境でできた職人仲間と飲んだらしい。
「神様、私はこの町に来て良き仲間と出会えました。」
やめてくれ。それはあんたが頑張ったからだ。何もしていない。
「私はねぇ、あなたが支えていると思えているからこうして動くことができたんですよ。これ、置いておきますね。」
ドンと置かれた音。十中十酒瓶だろう。飲めはしないが気持ちは嬉しい。そうか、何もしなくとも支えることはできるのだな。
でも一つ。蛹は何時羽化するのだろう。
「雨が続くな。このままじゃあ作物が腐っちまう。」
そうか、雨に打たれる心配が無くなるまでは閉じこもることにするか。
「夜江の娘さんのおかげで晴れてくれた。ありがとう、ありがとう。」
贄か。私には気味の悪い習慣だな。人一人で天気など収まるものか。
「今年も豊作だ!」
それはよかった。飢えぬことは良いことだ。
「今年の雪はまた一段と積もってまあ…」
雪かきはしないと家が潰れることもあるからな。大変だろう。
「どうか良い嫁をください。」
それは自分で頑張ってくれ。
「では行ってきます。」
いってらっしゃい。…行ったか。顔を下げる。変わらぬ体。でも理想はある。あいつに似合った者を招き番としその子を抱き上げる。そんな体が欲しい。…何語っているのだろう。なるほど、これが睡魔か。中々心地良い。
「…い。……おい!大丈夫かい?」
何?私に話しかけているのか?体を揺すられ…おかしい。そんな体はないはず。
「一体あんたは誰だい?うちで倒れているから泥棒かと思ったがただ寝ているだけだし。あんた、どこかの家から逃げた奴かい?」
棚にこっそり目を動かす。繭は破れ私だった人形が入っている。意識を向けると人の私が見える。驚くとまた棚の人形が見える。そうか。蛹だった私は蝶になれたのか。そう思い口に出そうとする。ずっと言いたかった感謝と励ましの言葉を。
「(パクパク)」
「なんだ、あんた話せないのかい?」
絶句。元より声は出なかったがこの体であっても何も言えないのか?これでは蚕みたい。私は蝶ではなく蛾だったのか。
「あなたの髪色に目、おまけに話せないとなると大方忌子扱いから逃げたというところか?」
頷く。今はこれが最も言い訳立つ。
「なああんた、はいなら首を縦に、いいえなら横に振ってくれ。」
なんだろう。少なくとも害意はないようだけど。
「俺の家に留まる気はないか?」
何を言っているんだ?
「この家を買ったはいいが俺は掃除などはからっきしでね。君が良ければそういった家事をしてくれるととても助かるんだ。」
…正直、嬉しかった。言葉で感謝できない私は行動で示すことしかできないからだ。内心は体を動かしていた。
「本当かい!?助かる!」
私、ここで働くことになりました。
「それじゃもう一つ。俺と結婚してくれないか?」
首を振った。横に。手も一緒に。
「ありゃ、フラられてしまった。そんなに俺は魅力がないか?」
もう一回横に首を大きく振る。首が攣りそうなくらいに。
「ま、大方気持ちはわかる。俺と結婚したらよくない噂が立つと言ったところか?」
小さく頷く。
「仕方ないか。なら嫁さん探しは継続だな。」
罪悪感が。
「そうだ、あんたの名前を決めようか?」
なんでかと思ったがそういえば名前無かった。
「過去の辛いことから立ち直れる手伝いになればと思ったんだ。どうかな?」
そのような設定だった。
「何か入れて欲しい文字はあるか?」
それならと棚の上の繭を指さす。
「繭かい?ってああ!繭が破れている!」
今気づいたんかい。
「どうしたら良いんだ?」
本人がここにいるしまあそれらしい所作をすればいいか。
(チョイチョイ)
「何だい?」
(身振り手振りで私に任せて。)
「そうかい?なら頼む。」
(合掌しながらお辞儀を二回して繭から人形を取り出し棚に安置したら土下座)
「ありがとう。そうか、そうすればいいのか。」
いかん、誤解が。でも訂正できないしこんなこと何度もないか。それよりも
「なんだ?その繭がどうした?」
(繭を解き糸にする)
「もしかして絹を入れて欲しいのか?」
首肯。
「なら白絹はどうだ?みんなはその容姿を恐れたようだが俺自身はとても綺麗だと思うんだ。」
また縦に振る。とても嬉しかった。
「よしわかった。なら白絹、これからよろしくな!そうそう、俺の名は中沢葵だ。」
翌朝、水を張った桶を除く。妖かと思うほどの白い髪と肌、猫のような縦長の瞳孔、忌子ではないか。
「やあ、白絹、朝から桶を覗いてどうしたんだ?」
驚いて顔を沈めてしまった。非常に恥ずかしい一面を見られた気がした。
「朝飯は作ってある。仕事に行ってくるから家事の方、頼むな。」
本当になんで女の気がないんだか。…私がいるから?あるかも。でも何も返せていない。今は目の前の仕事を片付けよう。そうしよう。
朝食は美味しかった。
あら、食材が減っている。…どうしたらいいだろう。家事は昼半ばで終わっている。…何をして過ごそう。
「帰ったぞー。」
帰ってきた。とりあえず頑張って伝えてみよう。
「なるほど、買い物などで外出したり余暇時間をどう過ごしたら良いかと。」
なんで伝わるんだろう。
「別に堂々と外に出ればいいと思うぞ。むしろ隠れている方が悪い気がする。会話は…白絹は文字を書けるか?」
縦に振る。
「ならこれを使いな。」
紙とこれは筆?墨は垂れないしなんか硬いし。
「それは試しに作った道具だ。炭の粉を松脂で固めた芯に紙を巻いたもんでな。今までの筆では書けん細い線を書ける。ここの町の人は店を構える奴らは軒並み読み書きができる。それを使えばみんなと話せるはずだ。」
知恵の沸き具合がすごい。生まれる場所が悪すぎないか?都なんかに生まれれば重宝されたと思う。
「何か問題があれば教えてくれ。一応、行きつけの商店の親父達にはあんたのことを話しているから変な誤解はないはずだが。」
何から何まで助かる。
「あんたが良ければ明日、早速足りない食材なんかを買ってきてくれ。あんたのための金も一緒に渡しておく。貯めるか使うかはあんたが決めな。無論、これからも定期的に渡すから。まあ、あまりに大きな買い物をするときは一度話を通してくれ。」
怖くなってきた。
「おやすみ。」
おやすみなさい。
「行ってくる。」
行ってらっしゃい。よし、手書きとはいえ地図をもらったし買い物、行くぞ。
迷った。
どうしよう。
「あれ、そこのお穣さん、もしかして中沢さんとこのお手伝いさんか?」
誰?この親父さん。
「おっとすまん。うちの息子が中沢さんと同じとこで働いていてな。あんたのことを息子から聞いたんだ。恋敵ができたとね。噂じゃ町中の年頃の娘が互いに牽制しあっているなんて」
足引っ張っぱらないで告白しなよ。私が子供を抱けないでしょう。
「一時は別嬪さんが現れて敵わないと諦める奴もいたんだか一人、諦めない強い意志を持った少女がいたんだ。」
誰だろう。
「誰だと思うだろ?それがな、中沢さんの勤め先の工房の娘さんなんだ。よく奇抜な発想を興味深そうに聞き続けたり小さいながら手伝いをしていると聞いている。今じゃ最も距離の近い女と呼ばれているんだ。」
あ、いいかも。
「惜しむのはその少女、隼華というんだけどね、十二歳なんだよ。流石に若すぎてな。せめてもう二年早く生まれていればな。」
それはまずい。けど、一度会ってみるか。そうだ、道を聞かねば。
「ん?野菜、肉はどこで買えるか?ああ、この道を曲がらず進むと大きな道に出る。右の方を向いて進めば八百屋、肉屋、魚屋なんかの店が並んでいる。ちなみに左に行けばいろんな工房がひしめき合っている。」
この人、できる人だ。ありがとうございます。(ペコリ)
「いやいやいいって。ま、中沢さんによろしく伝えてくれ。」
よし、次こそ買い物行くぞ。
「お、あなたが噂の白絹ちゃんね?」
八百屋に来た瞬間に店主みたいな人に絡まれた。なんかあの人、どこでもおばちゃんが最も強いとか言っていたな。じゃこの人も強いのかな?
「中沢さんからのお使いでしょ?何が欲しいんだ?」
ヤマノイモ、セリ、蕗、ミョウガ、大根、あとは米を一俵。
「そんなに持てるかい?嵩張っちゃうでしょ?」
持てる。
「そう?なら気をつけてね。」
ありがとう。
「またおいで。」
次は肉屋だ。
「来たか白絹さん。こりゃ大荷物だ。何が欲しい?」
鶏を一羽分、猪肉と鹿肉を塊で。
「そんなに持てるか?」
米と肉は頭に乗せれば運べる。
「なら気をつけな。ほい。」
ありがとう。また来ます。
…八百屋に米はおかしくない?買っちゃったからいいけど。
ただいま。野菜と米は台所の暗所に、肉は裏の川に紐で繋いで冷やしておくっと。
工房、覗いてみるか。
ここが工房がひしめき合っている場所か。カンカンゾリゾリシュッシュキュィンキュィンしている。えっと…ここか。
「一度焼いたらこいつを掛けてもう一度焼き直すんだ。そうすると水に強い器ができる。」
「木に穴を開けるならこいつで先に小さく穴を開けるんだ。もちろんゆっくりだ。そうするといきなり大きな穴を開けるよりかは割れにくくなる。」
「なあ、これ先に叩いた方が曲がりにくくなるんじゃないか?」
「この色付け、どうやったんだ?教えてくれ。」
いた。みんな楽しそうに作業している。
「ねえ。」
やっぱり人見の良さってやつかな。
「ねえ!」
早く嫁さんできないかな。
「フンっ!」
痛っ!
誰?
「あなたが白絹?」
誰なのこの子。あ、もしかして
(サササッ)そうだよ。君が隼華?
「そう、私が隼華。」
私に何か用?
「葵さんは渡さない!」
なんだ、それか。
「それって何よ。」
私はもうあの人を振ったの。
「え!?なんで?」
私はあの人に世話になっているけどそんな気持ちはないの。あの人に良い嫁さんが来て子供ができたらその子を抱き上げたいの。それが私の希望なの。
「変な人ね。」
なんとでも言いなされ。
「あれ、白絹じゃないか。どうした、見物か?」
(身振り手振り)買い物終わって暇を潰しに。
「お、ありがとうな。いくらでも見ていいぞ。あと、飯は猪肉使って鍋にするか。」
「なんで伝わっているの?」
(サササッ)あの人だから。
「羨ましいな。」
結婚する相手が見つからないくらいかな、欠点は。
「すまん、白絹やめてくれ。その言葉は俺には辛すぎる。」
ならこの子を嫁にすればいい。
「はぁ!?」
「ちょっと!」
噂や話を聞いても隼華はあんたに気があるしこの若さでこれほどの熱意、今のうちに嫁に取らないと後悔する。というか取らないとまずい。必ずこの子、やらかす。
「やらかすって…。」
「酷いです。」
今子を作れと入っていない。葵は良い妻ができる、隼華は諦めたくない相手が手に入る。ん、損などない。
「絶句だよ。」
「ええ…?」
なんか問題でも?もしかして隼華に許嫁がいるの?
「いません!」
なら結婚しな。なんなら今からこの話を撒いて外から圧をかける。
「待て待て待て!わかった、この話を前向きに考える!だから広めるのは止めてくれ!」
言質取った。
あ、そうだ。後ろ。じゃあ晩御飯作ってくる。
「後ろ?」
(ニヤニヤ)
「あ、なぁ!?」
「「「葵さん、おめでとうございます!」」」
「おい待て、お前ら、何企んでるんだ!」
「皆様、止めて!」
「今日の作業は」
「終わったので」
「あとはお二人で」
「「「ごゆっくり。」」」
「逃げるなお前ら!」
「行ってしまいましたね。」
「隼華さんよ。」
「…はい。」
「今結婚しては俺は屑となる。」
「それは承知しています。」
「だから、あと四年待ってはくれないか?」
「それって」
「実際、俺に関わってくれた女は白絹以外母とあんたしかいない。惹かれたきっかけはそんな薄っぺらいものだったが、ここまでお膳立てされて断ることはできない。だから四年、俺は頑張るからその間に知れるだけあんたを知ろうと思う。そして、時が経ったら答えをその時に言ってくれ。」
「約束ですよ。」
「ああ、約束だ。それではそろそろ帰らせてもらうよ。」
「お気をつけて。」
よかった、とうとう奴にも春が来たというやつか。ならあいつが帰る前に家に
「おい、白絹。」
戻ると…あれ?
「盗み聞きとはいい趣味だな。」
許してください。
今日の家事、終わった。何をしよう。
裁縫だ。でも布がない。
機織りしよう。でも道具がない。
買うか。小遣いあるし。
買った。葵とも相談した。
織ってみた。難しい。
教わった。楽しい。
織ってみた。できた。
裁った。切り口が解ける。
縫った。綺麗だ。
何作ろう。思いつかない。
思いついた、あの人形。
相談した。もらえた。
縫ってみた。できた。
着せた。悪くない。
騒がしくなった。何だろ。
女性の声。罵倒?
「何故私でなくあんな小娘を選んだのよ!」
理解した。理解できないことが。
「あんたは一体誰なんだ?一度も話したことのないあんたに玄関で待ち構えられてようが何も話すことなんかないよ。」
「なんですって!?」
あれか。互いに足を引っ張っていた奴ら。
あれ?なんで漏れているんだろう。秘密のはずなのに。あの三馬鹿か。
後で聞くとしてとりあえず止めに行こう。
(チョイチョイ)
「誰よ!」
「すまん白絹、今取り込み中なんだ。」
(サササッ)ちょっと失礼、敗者さん。
「はぁ!?」
「なにいっているんだ?」
ちょっと葵さんは黙ってて。
「いや、だが」
黙ってて。
「わかりました。」
ではそこのあなた、あなたは誰ですか?ちなみに私はここで葵さんの代わりに家事をしている白絹です。
「あんたがこの人を奪ったと騙していた…」
あのね、あんたらは他者を落とそうと躍起になっていた考えなしの愚者。しかもなんだ?私が出ただけで諦めてしまう意気地なしが。さらに私が葵さんと付き合っていないと知ったとたんに手のひら返して略奪しようとするなんて。誤解噂一つで年下の少女に先を越される臆病者は黙ってな。
「あんた、なぜそこまであのガキをかばうのよ!あなたは葵さんを奪われたのよ!」
支離滅裂ね。さらに徹頭徹尾間違っている。私はむしろ葵さんに良い相手と結婚してほしいと思っているの。さらにその子供を抱きあげたい。そもそも葵さんを振ったのは私の方だから、あなたたちに協力する理由は何一つない。そろそろ晩御飯になるからお帰りください。
「待て白絹、引っ張るな。」
これ以上人の恋路に干渉するなら嘘を交えずに悪い噂を流すからね。
「だから引っ張るなって。」
葵さん、ご飯の前にニつ。あなたはかなり女性に人気があった、求められていなかったのはみんながみんな足を引っ張りあっていたから。もう一つ、浮気なんか許さないから。
「すまん、もう一度。」
貴方はモテている、浮気なんかせず隼華を守ってあげて。
「わかりました。」
よろしい。明日、私もあなたの工房に行くから。
「なぜ?」
隼華とお話ししたいから。
(チョイチョイ)こんにちは、隼華。
「白絹さん。どうしました?」
あなたと世間話を、それに警告。
「警告?」
葵を奪おうとする馬鹿がいる。今日から一緒に住もう。
「なるほど、父からも逃すなと言われているしそうしますね。」
困惑されると思ったのに。
「元々そう考えていたから。」
たくましい。他の奴らもこんな根性だったらまた違ったのにね。
「私だけが勝ちました。」
まずは荷造りをしよう。
「なら造った荷を運ぶの手伝ってください。」
わかった。
「葵、見ろよ。」
「なんだ?ああ、白絹か。」
「妬ましいよ。あんな別嬪さんがいるのに別の子と結婚するなんてよぉ。」
「誠に同意。」
「なんか隼華さんと話してね?」
「多分世間話だろ。」
「おい、そろそろ作業始めるぞ。」
「休憩終わりか。」
「残りは漆を塗って穴をあけて硝子を膨らませて鉄を打って木を組んでこけしを二百個削り出すだけだ。私は漆塗りと木組みとこけしをする。」
「わかりました。」
「あの人、すごいですよね。(こそっ)(トンテンカン)」
「少し目を話しただけですでに漆を塗られた器が乾燥棚に並べられているし。(ひそっ)(ゴリゴリゴリ)」
「こんな出来る男を捕まえた隼華さんは幸せ者だな。(ぬっ)(プフー)」
「こけし、終わってない?」
「「ええー!?」」
「煩いぞ。俺の振り分けは終わったから上がらせてもらう。」
「行っちまった。」
「木組みもすべて隙間なくきれいだし。」
「アイツ人から外れてなんか妖みたいなんだが。」
「そんなわけねえだろ。」
「そんな奴が何でわざわざ人のふりして暮らしているんだよ。」
「そこまで考えていないさ。」
「あっはっはは。これ、終わるかな。」
「あいつは人間。俺も人間。あいつは明らか人じゃない仕事の量を片付けた。なら俺もこの仕事量をすぐに終わらせられる。」
「そうだな。」
「ああ、そうでないとおかしい。」
「絶対終わらせるぞ。」
「「ああ。」」
「ただいまー。」
お帰り。
「お帰りなさい、葵さん。」
「は?」
今日から彼女、ここに住むから。
「お世話になります。」
「待て、いつその話があった?」
「今日、貴方のとこの工房の中で話して決まった。」
「俺に話が通っていないが?」
でもあなた、基本この家にいないじゃない。特に迷惑なことはないと思って。
「あの、ダメでしたか?」
「ダメではない。面食らっただけさ。二人とも、この類の話は俺にも通してくれ。頼むから。」
はい。
「はい。」
「聞き分け良くて助かる。そうだ、隼華。まずは挨拶をしよう。」
「誰にですか?」
「この先の部屋にいる神様だ。俺と君をめぐり合わせてくれた。」
「それは挨拶をしなければ。」
それ私なんだよね。
「この人形さ。」
「手作り?」
「いわしの頭も信心さ。」
「そんなものか。」
そんなものさ。多分。
「では失礼して。これからお世話になります。よろしくお願いします。」
はい、よろしくお願いします。
「白絹。」
何?
「それは何をしてるの?」
裁縫。後機織り。
「裁縫は分かるけど機織り?」
自分好みの布を作れるから重宝している。
「糸はどこから持って来るの?」
裏の山の中に捨てられていた蔵の中で蚕を育てている。周囲に桑の葉があるから世話も出来ている。
「なんか、早くない?蚕はそんなに早く育たないでしょ?」
あそこは何か狂っている。朝から夕まで世話をした時間は経っていたのに半刻程度しか経っていない。
「勘違いじゃなくて?」
なら明日、確かめてみよう。蚕は大丈夫?
「平気です。」
そっか。朝早いから早めに寝ようか。
「白絹は?」
もう少し続ける。
「そっか。」
「その人形って何?」
葵さんがあの神様の捧げものに作ったもの。今は私のもの。
「うらやましいなぁ。」
頼めばいいじゃん。
「図々し子だと思われるでしょ!」
それくらいで見限るような男ではないよ。
「私よりも長く一緒にいた人が言うと説得されそうですね。」
ほら、明日は仕事が休みだから頼んでみな。
「そうしてみます。」
「こう…うわーん!難しいよ!」
あら、絡まってるね。
「もう一回お手本見せて。」
こう(ガタガタゴットンガタガタゴットンドゴン)鳴らす。
「鳴らす時点で間違ってませんか?」
動かしたら音は鳴るでしょ。
「鳴りますがドゴンはおかしいです。拳を地に振り下ろしたのですか?」
してない。
「なら一層可笑しいです。」
「味はこれでよいのでしょうか?」
塩を多く入れてしまっているね。醤油を下味に入れているから減らした方がよかった。
「ここからどうしたら修正できますか?」
塩は入れすぎると武器になり得る。これならまだ砂をかけられたくらいで済む。任せて。
「どうするのですか?」
具材を増やして誤魔化す。ご近所におすそ分けしよう。いい経験だ。練習をこれからも重ねよう。
「白絹さん、何をしているんですか?」
猪の解体。
「既に原型無いですね。」
肉はすでに冷やして皮はこれからなめす。内臓は肉屋に引き取ってもらう。
「イノシシはどこから?」
狩人から仕入れた。
「臭います。後でしっかり落としてください。」
それは織り込み済みだよ。
何しているの?
「日記を付けているの。」
三冊目?
「この家に来てもう五年、葵さんと籍を入れることが出来、忘れたくない出来事をいつでも思い出せるように始めたらこんなになっちゃった。」
葵さんのことを奪おうとする遅れ者たちが煩かった。
「ですがこれで事実上、私から葵さんを奪うことは罪になりました!」
おめでとう。
最近、見掛けない人や物が増えたね。
「それはそうだね。」
何かあった?機嫌悪そうだけど。
「どうやら家にある神様の恩恵を得ようとしている浅慮さから来たらしい。」
それが原因か流行り病もきているらしい。
「迷惑な話だね。八百屋のおばさまや肉屋のおじさんも罹ってしまって。既に死人も出ている噂もある。」
早く薬ができるといいね。この子の為にも。
「ねーしらきぬー。」
どうしたの、いのり。
「なんでとうさんとかあさんはじぶんでびょうきをなおさないの?わたしはなおしたのに。」
ひとはね、にんぎょうをなおすようにびょうきをなおすことはできないんだ。
「でもわたしはなおしたよ?」
ふふふ、子供らしいね。何でも疑問に思える好奇心は宝物だね。
ならいのりがとくべつなんだ。
「ほんとう?やったー!」
しらきぬはおとうさんとおかあさんのこと、みてくるね。
「わかったー。」
葵、隼華。気分はどう?
「極めて最悪だ。」
「私も。」
お粥作ったけど食べられそう?
「もらうよ。ありがとう。」
「味は何もわからないね。」
「もう、体は限界なのか。」
「それくらい、私でもわかるよ。」
死ぬ気なの?祈梨を置いていくというの?そんなの私が許さないよ。
「体の弱い子供を賽の河原送りにしないことを考えたらね。」
そんな冗談、言わないでよ。
「でも、薬はない。私たちに時間はない。生贄なんて因習があるこの町、親の私たちがいなくなればおのずと祈梨を捧げようとするでしょうね。世話になった八百屋のおばさまたちもすでにいなくなり、頼れる人もいない。だから祈梨を連れてどこかに逃げて。」
「白絹。病人の迷い事を一つ言っていいか?」
何?
「あんたは私が祀っていた神様なんか?」
「えっ。」
「ようやくあんたの声を聴けたよ。そしてやっぱそうだったんだな。」
「あ…あ……」
「あんたを閉じ込めたり、一年は毎日嫁が欲しいと祈っていたり出合頭に告白したりと奇妙で情けない男だったな。」
「そん…な……ことな…い。突然…来た…私を、受け入れてくれて、求婚したこ…とは驚…いたけど、隼華との子が出来て、抱き上げさせてくれて、ありがとう。」
「は、ははは。嬉しいね。そんな言葉を貰えるなんて。」
「白絹は、ここに来る前から葵さんを見守っていたんだね。ありがとう。」
「葵、貴方に言いたいことがあったんだ。聞いてくれる?」
「もちろん。」
「うう、結婚、おめでとう。良い縁を結べてよかったぁ!」
「フ。」
「おやすみなさい、葵さん。」
「おやすみ葵。」
「さてと、私から一ついい?」
「何?」
「祈梨は死んでいることは知っている。」
「…。」
「胎の中であの子は死んでいた。なのにまた動いた。呪いかと思ったけど。」
「私はそんなことしていない!」
「知っている。ただ、黙っていた。そうでしょ?」
「…。」
「責めたりしないよ。でも、そんなこと、言っていたでしょ?」
(なんでとうさんとかあさんはじぶんでびょうきをなおさないの?わたしはなおしたのに。)
(でもわたしはなおしたよ?)
「言っていた。」
「どうやって今まで生きていたかはわからないけど、間違いなくあの子は私たちの子。人でなしの自立人形だけど。そんな愛しい子を置いてゆく私たちは人でなし木偶人形。」
「…。」
「ほら、そんなかわいい顔が台無しだよ?最後は笑って見送って?」
「そっか。行ってらっしゃい。もう帰ってこないでね?」
「行ってきます。帰る予定はないけど。」
「二人とも、行っちゃったか。」
「しらきぬー。」
「どうしたの、祈梨。」
「とうさん、かあさんはねているの?」
「そうだよ。ずっと寝ることになったんだ。」
「おきないの?」
「うん。」
「うごかないの?」
「うん。」
「そっか。どうするの?そのおにく。」
「え?」
肉?肉って言ったのこの子?
「こっそりお葬式をするよ。」
「そしたらどうするの?」
「お父さんの家に置いて、どこかに逃げよう。」
「わかった。」
「でも、お父さんとお母さんを置いてくるまで、山にある蔵の中、あの人形と一緒に待っててくれる?」
「とうさんとかあさんがありがとうっていっていたあのにんぎょう?」
「そう。我慢、できる?」
「できる。」
「なら、今から連れていく。口は閉じていてね。」
「うん。」
「二人とも、五、六年の付き合いだったけどとても楽しかったよ。って、もういないのになにいっているのかな。葵、今までの出来事は忘れないけど引きずりもしない。またいい縁が巡ってきたら私はそっちに行く。あなたがそう言ったんだから怒らないでね?あ、そうそう。こんな時だから言うけどあなたと二人きり、ここで過ごした時間も楽しかった。隼華、初対面で言ったあの言葉、嬉しかったんだ。諦めないその心は私に無かったんだ。あなたは立派な人。あと、早死にしたせいであなたのための着物、着てくれなかったの少し怒っているから。あれは祈梨のために仕立て直します。」
これで、お別れ。
「さよなら、人でなしでろくでなしの木偶人形ども!」
往復で二晩かかっちゃった。早くお迎えしないと。
「……!」
何?
「クソ!何故開かないんだ!」
「壁も欠片一つ落ちないぞ!」
まさか。
「早く贄を捧げなければ間に合わないぞ。」
「こっちに人を回せ!幸運な子供を捧げるんだ!」
「あの化け物みたいな女が戻ってくる前に」
「残念。もう私は帰ってきたの。」
チョッキン
「は?」
「おい、返事をしろよ!おい!」
「生憎、大切な人を無くして感傷に浸っているの。しかもあの子はそんな二人から託された忘れ形見。」
「あなたたちのような弁え知らずの悪たれ棒のよそ者には切れ端のようにその首を落とされることでも贅沢。」
「腕同士を縫い合わせてみたけどどう?縫い目一つもなくて綺麗でしょ?」
「あなたたちが解釈を加えたの。縁結びから延長して裁縫、養蚕の神って。」
「ああ、気味悪い?まとまらないしこりや怒り、悲しみをこんな肉で包んで作った人形のことを言っているの?」
「私は神。あの子は人でなし。葵と隼華は人でなし木偶人形。あんたらは畜生に劣る」
「ドタマだよ。」
「祈梨、帰ったよ。」
「おかえりー。」
「いい子でお留守番していた?」
「していた。」
「いい子だね。それじゃあここを出ようか。」
「(ブンブン)」
「嫌なの?」
「(コクコク)」
「なんでか、教えてくれる?」
「だって、あいつらずっとそとにいる。とうさんとかあさんをけなしていたやつが。こわい。」
「そっか。なら私も一緒にいるよ。」
「ありがとう。」
「お腹は空いた?」
「すかない。たべることはできるけどいらない。」
「なら、奥の方にいこっか。」
昔、この蔵の時間がどう狂っているかを隼華と調べてみたら、この蔵の入り口から八分ほどまでは外の十二倍くらいの速さで流れているけど、それより奥は逆に十二分の一くらいの速さになっている。ちなみにどうやって調べたかというと蠟燭を使った。
「ここで待っていればいつかいなくなると思うよ。」
「うん、まってる。」
…
……
「まだいる?」
「まだいる。」
………
…………
「まだいる?」
「まだいる。」
……………
………………
「何をしているの?」
「今まで作った絹糸で新しい人形を作ってみようと思って。」
「どう作るの?」
「骨は中に生えている桑の枝。糸を束ねて筋肉に。編んで皮膚。色は桑の実を潰して付ける。後はこうして」
ふぅ。
「息を吹き込めば出来た。」
「?」
「すごい!生きてる!」
「あなたの名前は…そうね、菊禿ね。」
「きくかむろ?」
「私、菊禿!」
「これからよろしくね。」
…………………
……………………
「また家族づくり?」
「そう。今度はこんな子。」
「猫の耳と尾をもった少年?」
「海の外にある国の昔話の猫を再現しようと思って。」
「名前はどうするの?」
「その話の猫の名前からルーシャ。」
………………………
…………………………
「いい加減、あいつらも諦めてくれないかな。そう思わない?白絹。」
「思った以上に執念深いね、祈梨。」
「ちなみにどうやって苦しめたの?」
「首を落としたり体を縫ったりあとは息絶えたやつらの体で人形を作って襲わせたり?」
「甘くない?」
「そう?」
「そう。ん?なんか聞こえる。」
「何の音?」
「怨霊たちが引き裂かれる音?」
「聞いたことないね。」
「でも悲鳴がするし誰かいる?」
「待って、扉の封が裂かれる!」
「なにそれ!?」
「鬼か蛇かわからないけどあなたたちは隠れてて。」
「白絹は?」
「私が応対する。私が最年長だから。」
バキ!
「あー参ったな。今回の祟りはあいつらが原因だったか。成仏はさせたが何にそんなに執着していたんだか。やれ贄だの裏切りだのほざいていたが死者に居場所はねえよ。」
誰?翡翠色の水晶玉の頭?人じゃない?
「お?すまんな。こんな蔵に誰かがいるとは思わんくてな。」
「あなたは誰?」
「ああ、そうか。名乗らなないといけないな。と言っても名があるわけではない。二月。生まれたときの名は二月だ。今は主任とあだ名がついている。」
「ふたつき…しゅにん…」
「今は仕事をしている。今は近隣の村から心霊現象が出たから調査してくれと依頼が入ったもんでここに来た。」
「怨霊は?」
「煩い奴らはもう三途の川行きだ。」
「今は何年なの?年号は?」
「今は昭和、一九五三年だ。」
「明治から何年経っているの?」
「およそ九十から四十年だな。」
「そんなに?」
「そんなに。」
調子の狂う男だ。早く帰ってもらわないと。
「白絹。」
「隼華!奥で隠れていなさいと言っていたでしょ!」
「…嬢さん、死体かい?」
「うん。」
「あなた、この子の正体がわかるの?」
「実例を見るのは久しぶりだが私のいる組織は心霊現象専門の部門もある。そこには君に似た存在もいる。」
「あなたはこれからどうするの?」
「職場に戻って仕事を終えたことを伝える。」
「私たちのことはどうするの?」
「ん-本来は持ち帰ることが原則だがどうすっかな。」
「白絹。私、この人についていきたい。」
「どうしてなの。」
「今の外を私は見たい。この人は面白いものをたくさん見せてくれそう。」
「それだけでこんな奴に付いて行こうとするの?」
「白絹。私は恰好は変わらないけどきっともう大人の年齢になっている。いつまでも引きこもるのはよくない。」
「それはそうだけど。」
「どうする?別に私はどちらでも構わないが?」
「…ならこれを持って。」
「竹の筒に入った人形か?」
「これが私自身。この蔵はすでに私が切り取っている。扉一つの部屋にこれが置かれればその部屋がこの蔵の中身になる。」
「…。わかった。」
「ただし、本を持ってきて。海の向こうの国の話がいい。」
「了承した。」
そして主任は蔵の外に姿を消した。
「これが私の新しい縁かな。」
「そうだといいね。白絹、遺灰を置くときに言っていた言葉が現になったね。」
「見てたの?」
「白絹の人形持っていたら見えた。」
「恥ずかしいとこ見られちゃった。」
「人でなしの木偶人形の子供だもん。」
「そうだね。」