幻葬の事務所内でニヘルは夕夢からの定期報告を聞いていた。
「先日の決闘、ご苦労だった。だが姫さんから聞いたときは驚いたさ。暗殺者から決闘相手をかばったとは。あんたはまだこの世界の感覚になじめないかもしれんが本来、この世界に住む者は自分自身のことを気にすることで手一杯なのさ。それこそ一人で他者の大言壮語としか思えぬ大義のために最後まで上の処刑者に立ち向かったあの大バカ者の色名持ち【赤い薔薇】くらいしか知らない。誰かだと?先に断っておく。これはすべて事実だ。
八歳から十六歳までF区で生き残った。この区画出身のアンサラーは統計上優秀なものが多いが何故だと思う?ここにいる者は老若男女問わず客であり食材であり獲物であり捕食者であるんだ。そこで幼少期から生き残っただけできっと、アンサラーとしてはDを貰えるだろう。
十二歳でコギトを生み出した。そうだ。分かるだろ?ちなみに彼女のコギトは薙刀だ。切っ先かに従い軌跡を描く血が茨と花に見えたことが色名の由来だ。
どこにも腰を据えなかった。ずっと一人で戦った。もちろん、依頼先の協力者と助け合うこともあったが。それきりだ。すべてを独りでやるしかなかった。なぜか?自分から捨てたのさ。上面の華美に夢中になっていた家族が嫌になったから。
上の処刑者を二人殺した。禁忌を覚えているか?人の形をした人造物を許さない。それに反する存在が現れた。そいつを守り切った。命だけはな。二人だけと言って侮るな。奴らは一人でそこらの大企業一つと渡り歩く。簡単に言おう。国一つ壊すのに一人でいい。それが二人。わかってくれたようだね。私も不可能だ。一呼吸ですべて終わってしまうさ。もっとも、其の息は無駄になるから吸わぬ方がいいが。
これらはもっとも知っている話だ。気になったなら姫さんに聞いてみるといい。もっと詳しい話を聞かせてもらえるはずだ。今、彼女はどうしているか?わからないな。いかんせん、最後の話以降音沙汰がない。そろそろ切るよ。幸運を。」
「夕夢からの報告?」
「夢雨か。そうだ。」
「頑張っているね。」
「これ、見てみな。」
「うわ、スプラッタ。」
「どうやらあの血気の弾丸工房の最も高価なハピトリ工房製空中点火式炸裂粉砕弾を用いたようだ。」
「それ、どんな弾丸?」
「…一粒で対戦車砲一発の破壊力を持つ散弾が十五発入ったものが十二キロ先から飛んでくる。」
「夕夢、よくハチの巣で済んだね。あと、そんなん撃ったら反動で射手も何も無くなるでしょ。」
「そのための空中点火式だ。」
「限度を考えて。」
「ただいま。」
「アイア、おかえり。どこ行っていたの?」
「鯨退治。」
「変な奴だったの?」
「複数種の鯨が組み合わさって巨人のようになっていた。」
ペラ
「こんな姿。」
「うーん、キモ。」
「珍しいな。是程多彩な鯨が集まるとは。」
「なんでかは専門家に丸投げして帰ってきた。」
「適した材は適した所に。」
ペラッ。ペラッ。
「何の音だ?」
「紙?」
「風でも入ったんか?見てくる。」
「でも、朝にポストは覗いたから何もないはずだよ?」
「そうだな。なら何が入ってきたか。」
「これは…おい、これ、夢雨は何か知っているか?」
「人の形に折られた髪?…あ、式神!」
「正解だ。」
「送り主が誰か、アイアは知っているの?」
「ああ。あいつ、ずいぶんと古典的な手段を使いやがって。」
アイアはそう言って二枚の式神を広げる。
「手紙か。」
「なんて書いているの?」
「…………」
「ねえ。」
「…………」
「ねえってば!」
「…簡単に言うとこっちに来ると。」
「見せて。」
「いいが。」
「?これ、何?暗号?」
「暗号などないが?」
「いや、『こ、つ、い。わ、い、そ、む。』とかしか書かれてないじゃん!」
「これが着いていることを祈る。わっち、今からそちらに向かう。だ。簡単だ。」
「冗談だよね?アイア?」
「悪いが俺宛の手紙だ。あんたが読めなくてもいいんだ。」
ドンドン
「はぁー。これじゃ準備も出来てないのに。はいはい、今開けるから。」
ガチャ
「金色の狐?」
「遠路はるばるお疲れさま、狐雨。」
フンス
「狐雨って言うんだ。あれ、何か咥えている?」
「手紙の主が来るための道具だ。」
「筆、半紙、油、マッチ?」
「手早くするか。」
そう言うとアイアは部屋に戻る。帰ってくると文鎮、硯、下敷きを並べ腰につけてあるヒョウタンの一つを手に取り中身を注ぐ。
「うえっ!なにそのおぞましい液体は!」
「呪いを書いた紙を燃やしては固め、硯にしてまた呪いを書くことを繰り返して作った墨だ。」
「なんでそんなもの腰につけているの!」
「自衛にも使えるからな。」
「で、何を書いているの。」
「揺らぎの文字列だ。これであちらと繋げる。」
「普通に空間同士を繋げないの?」
「あいつは結界を張っていてな。容易に繋げることが出来ない。だから儀式めいたこの方法が良い。それに腕が鈍っていないか試すのにもよい。」
「へー。」
「よし、書けたからこれをこの筒に入れて油も注ぎ、点火したらふたを閉めて」
ぽいっ
「ちょっと!投げないでよ!」
転がった筒からは煙が漏れ出る。
「早く消さないと火事になるよ!」
「安心しろ、火は漏れない。」
「や、だ、こ?」
濃い煙の中から女性の声が聞こえる。扇子が煙を払うと葛霧が現れる。
「誰…?狐耳?しっぽ?巫女服?」
「この前話した新入りの茜音坂夢雨だ。」
「ああ。あ、し、と、お。」
「さっきから何言っているの?」
「最初はやかましいが誰の声だ?で次は悪名流れる四元魔術師とかいう女か。だ。」
「すっごい失礼。」
「葛霧、今は短縮するのはやめてくれないか?さすがに翻訳するために付きっきりになるわけにはいかないから。すまんが頼む。」
「相分かった。」
「あなた、葛霧って言うんだ。」
「馴れ馴れしい。止めろ。」
「…。」
夢雨と葛霧の仲は険悪。
「(アイア。)」
「(どうした、ニヘル。)」
「(恐らくだが)」
「(あーわかってる。だが共通の話題を出せば仲良くなれそうだが?)」
「(そんなものあるのか?)」
「(あるぞ。あんただけ置いて行かれるが。)」
「(なら自室に戻っている。)」
「(あいよ。)」
「あれ、ニヘルどこ行くの?」
「手入れがあることを思い出した。しばし席を外す。」
「そっか。」
「葛霧、先ほどの式神だが何故この回路は直列を用いずに並列にしてあるんだ?これでは霊力の損失が増えて非効率的だと思うんだが。」
「この大きさに必要な回路を描くと別の式と共鳴を起こすせいで正しく動かなくなるんだ。だから並列化させることで意図的に流量を抑えているんだ。」
「ん-でもさ、これ同じ素材で描いているから起こっちゃうんじゃない?」
「ほう、ならどうすればいいんだい?夢雨さんよ。」
「この式で直列化を張り巡らすなら水を含む素材を下にして上に木を含む素材で文字を書けば互いの干渉を減らせると思う。ただ、そうすると紙への負担が増えてしまい結果として全体が破綻する結果に行きつくから紙自体に遅延の式を金で刻めばいいのでは?もちろん、式神の式と遅延の式は同じ面に刻まないことだけど。」
「おお、素晴らしいな。だが遅延の式は知らないな。教えてはくれないか?」
「もちろん!」
「(よかった。何とかなりそうだ。)待て、その式では」
ドㇺン
「…文字が一文字違うせいで爆発反応すると警告したかったんだが。」
「えう。」
「恒例だな。こういった事故は。」
「まずは後片付けだ。」
「はーい。」
「ああ。」
「ニヘル。」
「どうした、メメンス。」
「誰が来たの?」
「巫狐だ。」ナデナデ
「あ、あの人か。」
「いつのことを思い出しているんだ?」
「アイアと初めて会った時のこと。」
「…そうか。」
「かわいそうな子だよね。哀悼の意を捧げるよ。」
「取り出した意はどこから取り出した?」
「居ないアイツら。」
「適したものだな。更に徴収しておくといい。」
「で、何が起きたんだ?何故アイアが巫狐にしがみついているんだ?さらに葛霧は君を睨んでいるんだ?」
「さっき聞いた色名持ちのことで話そうとしたらこう。」
「オエッ!」
「…触れられたくない過去というやつだ。」
「ハイ」
「二人とも、一度ヨモヘズで頭を冷やして来な。」
「そうしてくる。」
「失礼する。」
二人は影に沈むようにどこかに消えた。
「ニヘル、ヨモヘズってどこ?」
「アイアのハイヴだ。」
「どんな場所か知っている?」
「常に日の沈まぬ薄暗い森だ。」
「珍しい素材ってある?」
「見た限り、無かったな。だが、あいつの大罪どもは普段そこに潜んでいる。」
「へえ。」
「これは一体なんだ?ところどころ煤が着いているが。」
「遅延の回路を書こうとしたら一文字違いで弾けた。」
「怪我などしないで呉れよ?」
「はーい。でも、どこに行こうとしているの?」
「外の空気を吸ってくる。」
「わかった。私は少し、友人と話してくる。」
銀の扉の先の砂漠に夢雨は消える。
一方のニヘルは目の前を裂くとその景色に入る。生活感のない廃墟群である。
「相も変わらず飾らぬ服装だな。千牢。」
ニヘルの目の前にいるのはライダージャケットとジーンズを着たローズ色のウルフカットの女性。
「ま、仕方ないっちゅうことや。わてはもう死んどるも当然の扱いというやつだ。こうしてここに住まわせてもろてソルフ殿には感謝しかないわ。」
「今は何をして過ごしているんだ?」
「エピゥール殿の発作的な戦闘欲に付き合ったりヴァール殿の試作弾丸の威力を測ったりかな。最近はこげんどないせいちゅうねんと思える弾丸を開発していて度肝抜かれたわ。」
「なんという弾丸だ?」
「アイツが言うにはハピトリ工房製空中点火式炸裂粉砕弾をスラッグ弾に変更したもんだとよ。あんな肌の焼け付く熱はわての最後の仕事以来や。」
「奴は何を目指しているんだ。」
「だがこいつもあれは響いたと思っているぞ?」
傍らにある薙刀を撫でながら千牢はその時のことを思い出している。
「ちなみに以前入った新入りはハピトリ工房製空中点火式炸裂粉砕弾を受けて生きているぞ。」
「最近の子はスゲい者がおるの。そういや、千景はどうや?元気しているか?」
「新たな眷属を作り元気にしている。年を取ったと嘆いていた。」
「人目戦ならそれはそうやな。」
「いつ頃の生まれだったか。」
「五代先の生まれやな。あの婆、あったこともないくせに桜盤に嫌われるとは笑えるの。」
「年端も行かぬ内から家を捨てども名を捨てることのなかった枯れ花が何を言うのか。」
「ほぉーえらく汚い口きくな。よっしゃ、一遍表出ようや。どちらが強いか白黒決めようや。」
「それは遥か昔に決まり切っている。私が下だ。」
「それはセンスの話やろ。お前さんの色があればまた違うやろ?」
「それは見当違いの話だ。誰が台本の英雄と英雄を演じる役者のどちらが強いかを問うものだ。」
「あはぁ。」
「なんだ。」
「表は大変だな。」
「話が飛躍している。」
「機嫌悪くしたなら謝るわ。」
「君への借りは是程で残らぬものではない。」
「たはぁ。おっきいの。」
「私は帰る。」
「なんや、客人でも待たせておるんか?」
「待たせてはない。」
「どいつや?」
「巫狐だ。」
「おー。」
「名を出してもないが毒を吐かれたぞ。」
「ふー。」ズルッ
「気を落とすな。初めから知っていただろう。」
再び景色を裂いて事務所に戻る。
「あーらら。嫌われちゃったか。残念だったな。」
「ん、お前さんは誰や?」
「【赤い薔薇】だった者が牙を抜かれてまぁ遺憾だよ。花を咲かさぬことを選んだ蕾よ。」
「悪いがお前さんを逃すことはできんくなったの。だがしょうがないで?わてはあまりに利己的やからな。」
「利己的という割には他人を助けるんだな。」
「誰かの為やなく、わてのやりたいことや。ほれ、出てこいや。」
「わからんのか。」
「おう、お前さんと会ったことあるんか?」
「無いな。話に聞いていただけだ。」
「そこか。」
千牢は薙刀の柄を物陰に突き刺す。
「合っているがこれは怖い。俺の傘じゃ防げん。」
「その和傘、羅炎にルーツのある奴か?」
物陰から見える傘の縁に千牢は見覚えがあるようだ。
「そうだ。そしてサヨナラ。」
背後から何かが飛んでくる。壁に触れるたびに放射状に光球が飛び出る。
「コレはコレは危ない。不意打ちでの二段構えとは常套句と言えるもんや。」
狭い屋内なのにも関わらず体を捻り掠りもしない。
「逃げられちまった。この香り、奴らが飲んだり食っていたものにそっくりやな。だが混じっている。突き刺すような辛さ、胃に堪える濃さ、くどいはずなのにより欲しくなる美味さ、魅惑的だが舌の鈍る甘さ、ただ刺激のない温さ、作り手の自信がありありと判る焦げた蒸し菓子の味、まるで電気を食ったかのような刺激の酸味、旨さだけの持ち味を無くした素材。思い出したくない懐かしさ。」
戦場となった部屋の香りを嗅ぎ顔を顰める。端末を取り出すと電話をする。
「あ、ソルフ殿、実は襲撃者が現れちまってよ。怪我はしてねえ。見当?実家絡みかね。とりあえず千景に連絡取ってくれ。あと、そちらで一拍させてくれんか?そうか?ありがてえ。代わりにエピゥールの相手?もちろんや。だが、ちょいと気張る必要があるな。いや、今匂い立っておるからや。そそ、ならそちら向かうわ。足?そらもちろん自前で行くわ。だから二時間くらいかかる。はい、はーい。なら切るわ。」
荷物を床に偽装した次元カバンに詰めると住んでいた廃墟の床を踏み抜く。すると瓦礫と化す。
「片付けはこん位にして向かうか。」
「こうして【赤い薔薇】は一躍有名になったんです。」
「身体強化施術なしで血鬼狩りってできることなの?」
「あの人は創作を現実にする程度の能力を持っているんですよ。」
「本当なの!?」
「嘘。」
「デルシネアの嘘つき!」
「でも功績は本物ですよ?結果が血の河です。たいていの人は称賛していましたが犠牲者の人たちは何故助けなかった、なんて文句を言いました。」
「そしたら?」
「手遅れだったので介錯しちゃったわと。」
「人の命が軽いですね。」
「それでも文句言うなら責任持たねえぞと警告が入り」
「うんうん。」
「さらに口の開いた人はこう」
デルシネアは夕夢にチョップをし
「ぱっかんです。」
「ん?」
「ぱっかん。」
「それいいの?」
「事前に警告したんでいいんです。」
「そうなんだ。」
「それはそれ、これはコレであれ、どうしましょう。」服が氷漬け。
「どうしてこうなったんだしたっけ。」四肢と服が凍っている。
「フーイーミの爆発時の余波が使用者にまで来ることが無いように、最悪軽減はしようと思い減衰液を内部に流してみましたが管のほうが割れて中身が漏れ…」
「それが私たちに付着して熱を奪ったと。」
「私は防護服を着ていたので服が凍るくらいで済みましたが夕夢はどう?」
「四肢が使い物にならない。一度壊して生やさないと。」
「服のほうは?」
「これはもう一度食べて作り直す必要がある。」
「その間の服は?」
「無いですよ。これ一枚で…あ、女子会の時の服があるのでそれを着てきます。」
「ですがあの服はおしゃれ用。業務中には適していないと思います。」
「ならばどうします?」
「他のバトラーと同じ服があるのでそれを渡します。」
デルシネアが手を叩くと執事がドアから出てくる。
「はい姫様。」
「この人に会う寸法のバトラー標準着を三セット用意して。」
「了解しました。ではこちらへ来てください。」
「待ってください。姫様、腕と脚を折ってください。動けないので。」
「血は?」
「トカゲのしっぽ切の要領で止めています。」
「そういうことなら。」
デルシネアはフーイーミを持ち上げ操作をする。
「ホウカイエネルギーカッセイカ。」
「そい!」
叩き付けられた腕と足が床に転がる。
「へぶ!」
「一気に折らずに順番にやればよかったですね。ごめんなさい。」
「痛って。いえ、大丈夫ですよ。」
夕夢は落ちた四肢を呑み込みつつ答える。
「そういえばその腕と脚は減衰液が掛かっていますが体凍っていませんか?」
「適応しました。」
「出来ることですか?」
「出来たので。なんなら血液を減衰液に出来ましたよ?」
「待ってください。話題が飛躍しています。」
「話は着替えてからしますね。」
「行ってしまった。…環境に適応する超再生能力。まさかと思いますが調べてみましょう。」
………
「戻りました。」
着替えから戻ってきた夕夢はヴィクトリアンスタイルのメイド服を着ていた。
「おかえりなさい。似合っていますよ。」
「このメイド服、スカートが長くて動きづらいと思っていましたが有事には切込みから一気にミニスカになるんですね。」
「普段はスカートの下部に消耗品となる投擲用のナイフや閃光弾を仕込みストックが無くなるか接近戦に持ち込まれた際にミニスカにすることが多いですね。ですが、スカートの防刃、防弾性はかなり高いのでそのまま戦うものも一定数いますね。」
「なるほど。」
「そういえば血液が減衰液になったとは?」
「こういった事です。」
夕夢は手のひらに傷を付けると血を溜める。そしてそれを床に零す。飛び散った血は床に触れると霜を作る。
「?」
「骨は折れることで強くなりますがそれと似た理論です。自分に害ある環境要因に適応する。血が凍らせる現象を起こしたこれもその一環でしょうね。」
「(過去の資料のアレとは違う。あれはあくまで耐性。これではまるで進化。セルヒス『不死の残滓』よりも予想危険度が高い。)そうなんですね。なかなか変わった特性ですね。…これ、私の血を飲んだらどうなるのでしょう?茨が生えるのか何もないのか、はたまた別のものになるか。(だが気になる。これを逃して何が探究者でしょう!)」
「それは気になる。」
「ならそこに座って。」
デルシネアは護身用の仕込み刃を出すと手の甲に傷を付ける。
「口を開けて。」
「ん。」
「せい!」
「ウゴ!」
手を丸ごと口に突っ込む。
「のヴヴぇ!?」
「いたずら。」
「びっくりした。やめてください小さい手でも。」
「何か異変は?」
「…」
両手を開いて交互に見てみる。
「無いです。」
「残念。」
「事故るよりはマシですよ。」
「リスク怯えて得るものなしですよ。」
「呆れた。」
「ごめんなさい。」
「今日はもう休みます。失礼します。」
「行っちゃった。」
デルシネアは作業台の下から報告書のコピーを取り出す。
「再度確認しますか。」
【セルヒス『不死の残滓』】
変異元:柳根 師纂(やなね しさん)二十四歳 男
推定原因:病による死への恐怖
被害クラス:Ⅱ
説明:対象は以下の特徴を有しています。
・一般的な人間相当の知能、会話能力
・既存の生物を逸脱した身体能力
・身体の八割六分の欠損からの十秒未満で完全再生
・炎上後からの耐火性獲得
・眼球破壊後保護膜を纏った眼球の全身への発現
・無機物、有機物問わず代謝に使用可能
・化学兵器への迅速な耐性獲得
・精神年齢は八歳児程度とみられる(発見当初。現在は成人男性相当と見なされています。)
対象はXXXX年に発見、鎮圧部隊が派遣されましたが著しい損傷を負いながら逃走しました。三年後、再発見されましたが逃走中のセルヒス『不老の心』と共にいました。その後、現在まで発見はされておらず調査が続いています。
「最終更新日が今の八年前。夕夢の年齢と合っていない。やっぱり一般変異のバグ個体なのかな。この『不老の心』の方はというと。」
【セルヒス『不老の心』】
変異元:琉丹 寿麿(るたん すま)二十六歳 女
推定原因:【ミーム濃度が閲覧基準を超過しています】
被害クラス:Ⅲ
説明:対象は以下の特徴を有しています。
・既存の生物を逸脱した知能、会話能力
・新生児相当の身体能力
・構築規模ⅤⅢ相当魔術の瞬間展開(この魔術は後に氷と爆熱による水蒸気爆発と特定。同等の現象による被害は
・【ミーム濃度が閲覧基準を超過しています】
・【ミーム濃度が閲覧基準を超過しています】
冷峰ヒグル山脈にて発見、狩猟された冷這竜の放熱時のもののみ。)
対象は【ミーム濃度が閲覧基準を超過しています】年に発見、回収部隊が発足されましたが時空湾曲により逃走。当現象は魔術ではありません。一年後、再発見されましたが逃走中のセルヒス『不死の残滓』】と共に発見されました。
※これ以上の閲覧は【ミーム濃度が閲覧基準を超過しています】。
「相も変わらず修正が入っているね。構築規模ⅤⅢとなるとあれか、ええと、あ、そうだ十五キロ四方の空間の交換魔術がそれくらいか。…どうやって測ったんだろう。まさか真面目に喰らったはずはないし。」
「思い出した。R.R観測機を用いれば現実改変度と干渉強度、現実濃度の内外差、濃度の減衰率が測定できる。減衰率から実質的な干渉範囲を求め、現実改変度と干渉強度、干渉範囲をかけて現実濃度の内外差と濃度の減衰率で割った値で構築規模が出せる。言伝に聞いたものだと『不老の心』の構築規模は干渉範囲と干渉強度が強かったと。といっても現実改変度が弱いかと言われると一級の中堅くらいはあると。皮肉だよ、人間のまま扱うための技なのに人を止めた後の方がよりうまく扱えるなんて。」
「まるで夢雨さんみたい。」
「というか何?新生児相当の身体能力って。」
「手に入る情報はこのくらいか。明日夕夢に聞いてみよう。」
「夕夢、少しいい?」
「何、デルシネア。」
「あなたはどこから来たの?」
「ギンア森林近くのインス街。」
「(そんな街どころか森林はない。)どこの街でしょうか?」
「この世界の街ではないですよ。」
「あー、外来者ですか。」
「あまり驚かないんですね。」
「割と流れ着く人は多いんですよ。(外の人だというならますます関係ないですね。セルヒスが子孫を残した事例はないからただの偶然ですね。)この世界の人間は過去にここに来た人とその子孫なんですよ。」
「え、そうなの?」
「でないとこんな魑魅魍魎の跋扈する地で超技術を使うことで何とか生き残れた人間がここまで進化できるわけないですよ。」
「…そうですね。」
「ただ複種、角人といった存在は元からこの世界にいるらしいです。」
「?」
「角人は頭部のどこかに角が生えている者です。といっても生まれた直後は生えておらず六歳前後から生えてきます。また、かなり排他的な人が多いです。複種は別名キメラと言い、人間に鳥の翼や鹿の足、獅子の爪といった他の生物の特徴があります。ですが、蛇のパーツを持った者同士が子を成しても子は猫の耳を持つことが茶飯事です。そうした特性からかよそ者にも寛容な人が多いです。」
「何の話だっけ。」
「あなたの出自の話だったはずですが。」
「それがなぜ種族説明に?」
「わからないよ。そうだ、この記事見て。」
「サーキシズへの報復ですか?」
「以前の襲撃から開かれた会合で決定したんです。」
「どうやるんですか?」
「今回は単純な武力制裁だね。紺青の旋律にも依頼を出すらしい。」
「紺青の旋律って誰?」
「待ってて。今写真出すから。」
アンサラーの名鑑を取り出すとパラパラ探す。
「いた。この人。因みにこの人もコギト使い。」
「あれ、この人知っている。女子会の日に事務所に来ていた。」
「この人は何でも屋というよりは戦術兵器みたいな扱いをされていてあまり依頼がないんだ。それこそこういった事例くらいでしか働かないからあちこち観光しているみたい。貴重な機会だし見物しよ?」
「どうやってですか?」
デルシネアはモニターを指さし
「衛星からの映像で。」
と言った。