「おい、アイア。咲くな。その果ては枯れることしかないぞ。」
ニヘルはこれまで見せたことのない動揺と悲しみの表情で更に激しくアイアを揺さぶる。
「植える花を間違えてしまったようだなアイア。十年間、俺を育ててくれたが失うことをあんたは必要以上に恐れていた。壊れることを知っており、失うことを初めて知った化け物と枯れることを望み花を咲かせた桜。頼むから伐採しないでくれよ?サヨナラ。」
影に潜り離れた地点の木陰から現れたアイアの左手にはウロの持つ和傘パテスが収まっている。
「まずは前座だ。」
アイアの生皮を突き破り黄昏色の花弁の桜が咲く。
「あんたそれ出ては折れねばいけないの。」
千牢が自身の得物を最小限の振りでアイアの首に向ける。
「要約読んで満足できるお前に俺の結末は書けないよ。」
パテスの紙一枚で防ぐアイアはそのまま弾くとその場に座る。韻を結ぶと再び仮面が被さる。
「罪悪感ども、余興を始めろ。」
「「「「「「「尊命。」」」」」」」
アイアを囲うように七体の大罪が現れバナナの皮のように裂ける。内側から現れたのは老若男女の影。
小柄な体躯に似合わぬ炎の大剣を担いだ少女。
淑やかな体躯に引きずられるモーニングスターと共にある令嬢。
輪郭のぼやけるランスを回して遊ぶ少年。
妖艶さを漂わし針を出し入れしている蝙蝠羽付きの女性。
気怠さを隠そうとしない剛弓を背負った隻腕の子供。
戦斧を突き立て集中しているように見える筋骨隆々の大男。
全身に護符を張り付け姿のわからない大幣持ち。
揃って表情の違う仮面を着けている。それらが一斉に行動を始める。各々が武器を振るいニヘルに襲い掛かる。
「時期は遅いが反抗期か。悪いがこの程度で見限ることはない。付き合うさ。千牢、アイアは私に任せてくれ。代わりに姫さんとエピゥールさんを連れ離れてくれ。」
「おう、わかった。そいつのことはまぁ、頼んだ。」
「ニヘル!急に現実性が荒ぶった!何が起きたんだ!」
「酒崎か。簡潔に話そう。咲いた花を蕾に戻す。色を許してくれ。それと血鬼とうちの事務所以外の調査隊は上の連中だけか?」
複数の大罪の攻撃を弾きながらアイアは要望を告げる。
「情報漏洩は低めだろう。色を許さなかったら被害は?」
「過去の事例から被害クラスはⅤは下らない。ここまで行くとⅦかⅧはいく。」
「仕方ない。二色、黒以外だ。」
「わかった。柱共、応えな。」
白い霧から七本の柱が現れる。
「約束は約束だ。全て白い孤独へ。」
柱に刻まれていた色が白一色に統一される。
「子琉、ルグラを止めておいてくれ。」
「だそうだ。頼むよ。」
「御意。」
「なんで?離して!」
「離さないでくれよ。」
ニヘルは大罪どもを押し込みながらその場から離れる。
「どうして?」
「君はまた消したいのか?」
「そんなことしない!」
「ルグラ、かつて私の仲間が君を殺しかけたこと、忘れていない。先ほども君の仲間を私が助けに行くと聞いた時もよい顔をしなかった。それでも、君を抑えることを任された。その意味は分かっているつもりだ。頼む、信頼を裏切らさせないでくれ。」
「うぅっ。」
「何もするなとは言っていない。適材適所。それまでは離れておくぞ。子琉、行くぞ。」
「ええ。」
「わかった。」
「主任!ニヘルを援護してくれ!」
『あ、私?いいよ。』
「殺さないでよ。」
『あいよ。』
「あいつ、研究職だったよね?なんであそこまで戦闘狂になったんだろうか。」
ニヘルと大罪の攻守から少し離れたところに主任が空間を裂いて出てくる。
「これは大変だな。酒崎からの指示で来たが私はなにをしたらいい?」
「先ずは針を持った影とモーニングスターを持った影を優先して無力化してほしい。どちらも回復をする。その後弓、大幣、槍、斧、大剣の順で落としてくれ。掠りもするな。」
「こいつら殴っていいの?ダメだと思ってたんだが。」
「奴らはアイアでない。仮面だ。アイアを傷つけなければよい。」
「本体やっちゃったら?」
「広域破壊反撃と名の付く被害が出るだろう。」
「心得た。とりあえずどっちを先にする?」
「針だな。」
「リョ。最後に。」
主任は一つの液体を注入する。
『思考を一時的に繋げた。離れても口に出さなくても状況説明できる。』
『わかった。形振り取り繕えない今は何でも使わせてもらう。』
「話は終わったか?温まる準備の覚悟はできたか?見るも無残な灰燼を庭に埋めるための遺言は何時でも言えるか?」
「落ち着いてください憤怒。いま為すべきことは灰にしないように気を付けてください。」
「欲しい結果は無理やりにでも得るもんだろ?急ぐことあってさっさと始めようか。」
「あたしたちを広げるチャンス、逃がすことなく使わせてもらうよ。」
「やるならやって。僕は寝てる。」
「貴公はそれが適しているだろうな。だが適宜矢は撃つこと忘れるな。」
「ここからなんとかできると思っているそのおつむが羨ましいな。いや、それで終わりなのか。その程度で満足なのか。そうかそうか。」
『主任、十二秒後、私のところに跳び爪を前方に出せ。』
『了解。』
「散開、復元。」
ニヘルは二本の柱を粒子状にする。同時にニヘルの服も一変する。黒地に金の幾何学模様のローブ、ローブの中身は柱の表面と同じ黒い大理石の質感の球体関節人形、頭部は溝の彫られた黒い立方体。身体とは繋がっておらず僅かに浮いている。
「この格好も久しぶりだ。」
二歩下がると眼前に主任が現れる。
「んでどうするの?」
「…。(爆弾貼り付け)」
「おかしいな。共闘関係では?」
「共闘であり仲間ではない。だからまとめてダメージを与える。」
そのまま前方に主任を蹴り飛ばすと柱も使い一か所に大罪をまとめる。
「アイア。花火遊びをしよう。」
爆破をする。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
主任の絶叫と共に大罪が消える。
「人に見せる戦いではない。悪いが君らとはまともに取り合わないよ。」
「前座は終わったのか。なら始めようか。さっさと捨ててくれ、ニヘル。」
「アイア。誰でも目を逸らしたいことは有るさ。私は壊れた者を戻すことはできなくとも新しく作り直すことはできる。君の理解者と同じ遊び、美しさで甲乙決めよう。」
「俺を壊したくないアンタらしい選択だな。ま、久しぶりにするとしよう。最後としては華があるじゃないか。」
編み笠サイズの漆塗りの盃を左手に、花弁がちりばめられた扇子を右手に持つと名乗る。
「依縁の一派虚飾にして隠匿されし憂鬱の継承者、依縁桜盤が枯れるまでの須臾、お相手する。」
「このニヘル、その芽吹き払落し君を否定する。」
アイアは扇子を振り攻撃を始める。
「春風の香り」
身体から咲いた花が散り舞うと一斉に吹き降ろされる。だが、攻撃の割には無駄玉が多い。
「捻りを加えた弾幕といったところか。単一の方向であれば隙間の割にくぐりやすいものだ。」
難なく隙間を抜けるとアイアに肉薄する。
「まずは一勝だ。」
煌めく粒子に包まれたアイアは消え離れた上空へ出現する。
「やはりお前にはこの程度では敵わないか。」
扇子を畳み腰に差すと盃の中身を飲み干す。そしてサエルを手に持つ。
「児疑末に火と成りて」
以前サーキシズで振った時よりも火の粉がさらに増え切っ先が一斉に四方八方へ散ったとお思いきや一時置いてニヘルを追い始める。
「満腹を空かした龍生九子」
空間ごとニヘルを引き込みつつ抉った地面を鎖も使いながら縦横無尽に反射させる。
「幸福の限り皆は満たせない」
ランスを地に突き刺すと表面が浮き上がりそれらを蹴りながら衝撃を空間に伝える。
「血のごとく色は広がる」
先程浮いた地面に針を遅延させてばら撒きハートの弾幕を球状に広げ続ける。
「魁星と流れる矢の軌跡」
弾くように弦を叩くと出る星屑のような矢は破片を残し逃げ道を塞ぎながらニヘルを追う。
「車輪のごとく回る欠損」
地面に降りた桜盤は戦斧を二、三回地に叩き付け溜めた衝撃を弧を描く円盤に変換しニヘルに振り抜く。
「静羨痺れは雷へ」
杖を振るたびにぱちぱちと音がし十分な量がたまると何度も地面を叩く。打撃音のたびに落雷が降り注ぐ。
「酒崎。」
「なんだ?」
「アイアは何で無駄の多い派手な攻撃をしているの?」
「それは此方が答える。羅炎では祭りが盛んでな。その流れから物事を決める際に攻守を決めて攻はあのように花火のようなきれいで隙のある大技を規定数撃ち守は規定数以下の被弾ですべての技をよける。もっとも、そういった文化があるのは羅炎の住民が妖と呼ばれる魔族の亜種が大半を占めているからだ。」
「ちなみに羅炎の平均戦力はCくらいらしい。中の上くらいかな。十年くらい昔まではBだったがあんたのせいで下がったんだ。」
「それは本当に」
「だが治安は上がったから結果オーライだな。あいつ一人のメンタルと引き換えにだが。」
「昔々、この地には依縁と呼ばれる法務を行う血がありました。彼女らは末の子を除き女性しか生まれませんでした。そして末の子を残して姉はいなくなります。寿命でも呪いでもありません。それらは弱い心臓になりました。ですが穢れていました。罪を飲んでいました。罪人から絞ったそれはおいしいはずがありませんでした。でもみんなのみます。理由は長く生きるため。不老にして不死。それを求めみんな飲むます。ですがみんな花を咲かせ散ります。そして気取った奴らは罪の味に高説たれ派閥を立てて争ってる。でもおわった。ネジ巻きの人形が壊した。きっかけは人形と遊んでいた時、人形がうっかり転ばさせた。親は怒りました。私刑でした。壊れかけた人形は黒く塗りつぶしました。花の種は消されました。頬が少しなくなりました。狐に拾われました。面白そうだったそうです。傘を差してもらいました。顔を隠させてもらいました。約束をしました。清めました。降りたら人形の主がいました。そのまますべてを知られました。人形は霧の中でした。拾われ、育ててもらいました。でも友人になりました。敵じゃないです。親ではないです。友達です。色々巡りました。今残りと知っているのは三でした。二になります。」
攻防の末、アイアの体が朽ちる。それをニヘルは静観する。
「うそでしょ。嘘って言って!」
「ルグラ、終わってなどないさ。」
アイアの影からまた一つ影が出る。ウロである。
「ウロ?」
ルグラの言葉に耳を貸さず扇子を手に取るとこね始める。やがて塊になると人の形を得る。
「ウロ、正しい名を虚飾大罪。アイアにはエゴイストなどいなかった。」
「朽ちてもまた芽吹き螺旋となり畏敬を集め軽蔑される。」
普段の仮面を再び被り桜昏を抜刀すると刃を撫でる。黒い布がはらりと解けると蕾の模様が刻まれた姿が露わになる。
「光を隠し絶え間なく呟き流れを覆う。うんざりだ。」
「ここからは小細工淹れた殴り合いか。パテスはどうした?」
「誰彼のために差す傘などもうないさ。実が生らなければうらなりでも欲しくならないか?」
「心変要睨。それが君だったのだがその仮面を被るとは。」
「恋愛小説や推理小説は人心や場面の移ろいがとてもいいんだ。だからそれを真っ向から否定する虚飾の仮面、現実の移ろいから浮くこの力はとても嫌いだ。なぜか知っているだろ?君は。」
「君を傷つける手段は結果そのもの。現実を書き換えることのみ。要するに。」
桜盤の肉が前触れなく斬られる。
「こういうことだ。」
「肉斬骨断。想定通りだ。」
納刀と抜刀、振り抜きと切り返しの末、地面は抉られ上からの調査隊は頭になりながら逃げ血鬼は興味深そうに眺めながら離れ千牢は一呼吸おいてデルシネアとスペカを担いで着地し酒崎とルグラも同様に子琉の抱えられて着地する。ニヘルは橙で須臾を引き延ばしながらも手痛い負傷を受ける。
「一キロ跳んで掠るとは殺意高いもんやな。」
「猶予を採って二を飛んだのは無駄ではなかったようですね。主席、ルグラ殿。」
「し、死ぬかと思いました。あと、スペカも一緒に連れてくれてありがとう。」
「気にするもんではない。エピゥール殿の友人とあらば共に守るものだろ?」
「この反撃は物理だし前職だとマジカルパワーみたいのが原因で人類壊滅もあったしこんなものか。いや、反撃って何だっけ?」
「これも全て私のせい。そうだと言って。責任を私に押し付けてよ。」
「現実性が急激に上昇。負傷は危害を加えられるプロセスを経て負うものだが今の奴はプロセスより浮くことで危害を回避する。だが浮いているのはあくまでプロセス。結果そのものを押し付ければ傷つく。だがやつの傘は結果そのものを弾くからそれまで振るえなかったと。あいつはⅩに入るかな?危なかった。あー主任?生きてるか?」
『生きてるがこれは介入しない方がいい。ぐふっ。』
「これはだめだ。」
「咲期枯不。」
「君は誰だい?」
「妾は葛霧、ここの巫狐だ。」
「あなたがそうでしたか。」
「ルグラよ。なぜ来た。来ないと言っていたではないか。」
「あの分岐に行かないだけ。私は逃げない。」
「そのために杭を突き刺す考えは気に入らないよ。そこの包帯、その少女は借りるぞ。」
葛霧はルグラと手をつなぐと楼盤の下に傘を差して歩く。
「待て。それはできない。あなたもその人形が危険なことを」
「承、上、こ、連。」
「私が許す。どうせ失敗すりゃ早めの結末だ。」
「了解しました。」
「なら行こうか。ちょうどあいつも止まっていることだし。」
葛霧とルグラが近づくたび桜盤は後ずさる。
「ほれ、捕まえた。花が咲いて体が枯れているのか?」
「あ。」
突如背後に移動した葛霧に肩を掴まれただ顔を見つめる。
「咲いて欲しくはあったが枯れるとなら蕾のままでいてくれ。一生分の宴を楽しんでから退場しな。早退も長居もせず、楽しんでくれ。そして、謝罪は聞きな。でないと埋めるぞ。」
「埋められるのは勘弁だ。わかったよ。」
「その花も剪定しといた。離れておくから気の赴くままに。」
「いつの間にそんなことを。」
「アイア。聞いて。」
「俺は桜盤だ。」
「知らない。私にとってあなたは私が家族を奪い傷を付けそれでもアイアの下で育てられた幻葬のアイアなの。昔、幼かったあなたと遊んだあの時のようにはなれないけどまた顔を合わせて笑いたいの。本当にごめんなさい。」
「傷はいまだに痛み火傷は蠢く。だが恨みとは関係ない。許す許さないではない。恨んでない。」
寝転がりながら桜盤は続ける。
「吐き気のする法廷も、鳴り響く天秤の傾きもなくなり清々したんだ。だが、誰も潜れぬ井戸の底からどうやって俺を引き上げるんだ?」
「いや、潜ることはできるだろ?」
「葛霧、誰も帰らぬ戦場へは誰でも行け誰も戻らない。井戸もみんな沈み浮かび上がらないんだよ。」
「誰かから引き揚げてもらうことは?」
「掴まることも、掴むことも出来ないのにどう引き上げられればいいんだ。」
「面、臭。」
「ルグラ、少しこちらに来てくれ。」
「葛霧、アイアをお願い。」
「ああ。」
ニヘルとルグラは酒崎に近づく。
「話が平行線だがどうするんだ?」
「そうだな。ルグラはどうしたいんだい。」
「こんなこと、言えない立場だけど叩き潰してでも戻って欲しい。」
「だが沈んだ奴をどう引き上げる?」
「葛霧からだ。あんたの可能性と手合わせさせろと。」
「狐雨、話が飛躍しすぎだ。どういうことだ?それに可能性とは?」
「可能性は知らん。二人の話の中で自分より苦しんでいたら立ち直れそうとか言っていた。そこから手合わせしたいと。」
「この世界、心代わり一つで大きく変わるからね。わかった。」
「何をしようというんだ?」
「以前、貴方にニヘルを介して分厚い紙束渡したでしょ?それを翻訳した。」
「翻訳した結果何が出来たんだ?」
「世界線の分岐。その先にあるテクスチャ。見てて。」
ルグラは抱えていたメメンスをニヘルに預けると葛霧に近づく。
「覚悟はあるのか?」
「染み込まないように気を付ける。」
「なら、参ろう。」
葛霧の言葉と共に雨が降り始め雷雨になる。
「狐雨、そいつを連れて離れておけ。」
「行くぞ。」
「頼む、噛むな、痛い痛い。」
「雑だね。」
「ああいった時は磁器を扱うように接するよりも遠慮なく扱った方がいいんだ。」
「わからないな。それじゃ私も。」
ケテルのパーツがバラバラになり肥大化しカチカチと音を立てる。
「一時、ワイルドハント。」
ルグラの表面がはじけ飛ぶとニヘルも見覚えのある絵の姿になっていた。ケテルは歯車と時計の針、黒い箱から成る大剣になり、服装もすり切れた彼女の私服の上からぼろ切れのようなコートを上から釘で固定して羽織った姿。身長も普段の百五十センチ前半よりも十センチ以上伸びている。何よりも目を引くのは背負っている半開きの棺と隙間から見える泥のような手。
「悍ましいな。」
「ワイルドハント、要注意集団の一つ。」
「いわゆる復讐代行だな。対価は依頼者の命。」
「元の世界でも同名の概念があったな。殺したやつは死者の群列に加わるそうだ。」
「もっとも、本人は最低限の数のみ手にかけるそうだ。」
「悍ましいか。そうだろうね。」
「大方此の気配死人を担いでいるな。」
「ワイルドハントはこうして戦う。」
棺を開くと泥は生前らしい姿になり一斉に走り出す。
「君らの痛みは私のもの、臆せず行け。」
「(ワイルドハントの配下は人一人殺すまで解放されず苦痛を伴う。それ故必死に戦い無関係な者であろうと殺す。だが奴の配下は違う。苦しむ素振りがない。)殺される筋合いなどないのでな。」
葛霧は大地を踏みしめ片手を地面に差し込む。
「振出しに戻りな。」
そして地割れと地震が起きる。巻き上げられた泥は崩れ泥濘と混ざる。
「動じもしないとは。」
「それなりに辛かったよ。」
大剣に付いた泥濘をふき取り地面に突き刺す。
「泥濘よ、軋みを鳴らせ。」
形を失った死者たちはルグラの足元へ這うとケテルへ絡みつく。あっという間に石造りの両手剣になる。
「その大振りななまくらで刃など通るものか。」
「ここの剣は斬るためらしいが私の剣は叩き潰すためだ。」
「先ほどはああいったが別に妾も剣は振らぬ。符と術だ。」
自分の体に札を張り付けながら葛霧は笑う。
「破裂符、焦撃符、呪符。苦しまなくとも傷は付くのだろう。なら対価を支払い砕こう。」
「葛霧!それらは危なすぎる!すぐに剥せ!」
「暴れんな暴れんな暴れんな。歯を立てるぞ。」
「既に軽く出血しているんだが。」
「苦しめばすっきりすると言ったんだろ。おとなしく見ていろ。」
「やかましい外野は黙っていろ。」
「(ガーン)」
「それに山中に引きこもってはいるが天候を扱う妾が動けぬとでも?」
「うん。」
「(フー)その口にはこれだよ。」
「(むぐー)」
札を口に貼られた桜盤はただ呻く。
「来な。」
「みんな嫌がるけど、それほどの覚悟。私も応えましょう。」
ルグラの左足に鎖の嵌められた青色の、右腕に赤い水晶が刺さる。
「定義:否死、連帯。」
「死を否定したか。対価はあるのか?」
「無いね。この空間なら」
次のコマではルグラの剣先が葛霧の首筋を捉える。
「何も臆することはない。痛みすらも。」
切り裂かれたはずだった。だが傷を負ったのはルグラ。切り傷だけでなく火傷、破裂したような傷ができる。痛みすらない。そして、ルグラの裂けた皮膚の下には蒼白な液と金色の歯車が幾重にも重なっている。
「おや、機械仕掛けだったか。なぜ処刑されていないんだ?」
「そこの包帯と眼鏡の話だと義体と同じだからセーフだって。」
「後なんでそちらが傷つく。」
「定義の中に連帯を入れたの。赤で変異をしてあなたから私への一方通行の全額負債。つまり」
ルグラは恍惚の表情で言う。
「あなたの苦痛は私のもの。」
「???」
「ルグラ。使わないでと言ったのに。」
「メメンス、最悪色は白に閉じ込める。それはそうと…」
「二色とは大胆な。」
「黒でないだけましですね。」
「酒崎、子琉、アイアが戻っているので連れてくる。」
「あの表情、清々ってより恐怖じゃない?戻ってるけど。」
「理解しがたい暴挙にトラウマも自己嫌悪も消えたようですね。」
「破裂符も焦撃符も呪符も張り付いたやつの近接攻撃に追加の効果を付与するが被弾時は自身に同効果を与える羅炎のじゃじゃ馬じゃないか。」
「ですがあの人形の色によりそういったリスクも全て利になる。何がしたいのでしょう。」
「子琉しっているか狂気にはそれ以上の狂気と。」
「どこの教えですか。」
「広大なネットの海。」
「海は広いですね。」
「一切違う。」
「アイア、気分はどうだ?」
「樽一つの林檎酒飲みたい。ついでにあいつ一発〆させろ。」
「やはり君はそれがいい。」
「仮面取ってくれ。外れてるから。」
「ほら。」
「…ごめんな。こんな一度に引っ掻き回すような真似。」
「ルグラとは話せそうか?」
「ああ。ただ。」
「ん?」
「あれ、怖い。」
薄ら涙を浮かべたアイアの視線の先には
「大きいな。」
いくつもの泥が集まってできた獅子に乗りながら笑顔で大剣を振り回す体の各所の歯車が露出したルグラ。
「あれ程欠けては呼ばなくては行けないな。」
「そっちじゃない。」
「ん?いつもの淑やかな顔だろ。」
「ああなった顔になったらいつも…これもお前のせいだよてめルグラ!」
「もう止めてくる。メメンス、頼む。」
「ん。」
「一ついいか、メメンスさん。何をした?」
「メメンスでいいよ。答えは上。」
「上…」
「すぅ~メテオーー!!」
爆発音がし砂煙が舞う。
「被害は全てルグラ持ちだがこれはひどいな。ニヘル、大丈夫か?」
「服を戻したのは失策だったな。だがまずは回収しなければ。」
「狐雨、離してくれ。」
「ああ。」
「ルグラ!」
「葛霧!」
「えぇい、喧しい、聞こえてるわ。」
「うぅ。」
「ルグラ!生きてるか!」
「生きてるよ。ちょっと待って、今テクスチャ剥すから。」
ルグラは顔に手をかけ膜を剥すと先ほどの欠けや怪我が嘘のように消えた。
「どういうことだ?」
「保護カバーみたいなものだよ。いくら外が擦り切れても中身は無事。ただ得ることだけが出来る。」
「…メンテナンスは入れるからな。」
「勘弁ください。」
「酒崎、こちらはもう引き上げる。問題はないか?」
「問題ないよ。処理は此方持ちだ。」
「待ってください!スペカ、夕夢がいません!」
「そういえば。どこへ行ったんだい。先程までわてが担いでいたんだが。」
「あーひでえ目にあった。」
「そうだ主任、これからあんたはどうするんだ。私のとこに来るか?」
「遠慮しとくよ。あれこれ指示されるのはあまり好きでないから。」
「そうか。」
「!後ろ!」
「うぉ!あっぶね。死角に紛れ…」
背後からの刺客、スペカの一撃を避けた主任の足を黒い茨が拘束する。
「ぶぇ!茨?」
「禍々しい。悪意がしますね。それと、先ほどの刺客はどこでしょうか。気配がありません。」
「ちょっとこれ解けない!手伝って!」
「情けない姿だね。どれ、手伝ってやろ痛った!…?」
「あの、全然解けません。」
「あの、デルシネア姫。痛くないのですか?」
「刺さったらちくりと痛みますがその程度です。でも硬いなぁ。…。……、………あ。」
「なにか思い当たることが?」
「これ私の病の茨と同じですね。」
「いつからですか姫さん!?」
「ええっと、目を交換する以前にちょっと血を…。」
「モラル感が変更されている懸念がありますね。」
「本当にどこにも行けないんだが何とかしてほしいな。」
「次元も裂けないのか?」
「座標を縫い付けられているから出来ない。どう/したら…」
突如主任の水晶が体から無くなっており離れた場所に夕夢が立っていた。
「夕夢!」
「いい感じに引っかかってくれたね、主任。」
「あーこれが詰みってやつか。身体も無いし仲間は皆置いて行ってしまった。そんなにピンピンしてはないが獣がまたも現れたんだし、打つ手なんかないわ…。単刀直入に言う。どうしたら私の命は助かる?」
「…。(ギュグググ)」
「痛でででで。」
「それなら主任。全て話してもらうよ。姫様、皆様、私はお暇します。帰りは事務所の扉から。以上。」
そして捲れた地面の下に潜り込み音沙汰が無くなる。