ーワイルドハント慈苦派首領ー
彼女は走っていた。家族も、仲間も、居場所も捨てて。
きっかけは何年も昔の些細な誤解だった。
彼女と一緒に遊んでいた男の子を転ばせてしまった。
もちろんすぐに謝った。
でも世間は許さなかった。
法務官の生まれでありたった一人の正当後継者。
そんな子を傷つけただけで有罪。
とんとん拍子に判決が出された。
首吊り三時間。
言葉だけなら苦しむだけかもしれない。
でも違う。
三時間必ず苦しめた末殺す罰なのだ。
男の子が必死に止めようとしても処刑は執行された。
それで彼女は終わっていたはずだった。
何で今も生きているかわかる?
塗りつぶしたの。
プリズムが無色の光を七色に分解するように。
ステンドグラスが太陽の光を美しく色づけたように。
彼女の自我そのものと言える水晶たちが彼女の中から漏れ出る光を各々の色にした。
赤色で照らされた者はグズグズに崩れ新しい生命に変化した。
青色で照らされた者は苦しむことを定義された。
黄色に照らされた者は彼女の首を開放するだけの傀儡になった。
緑色に照らされた者は全く別の人格に置き換わった。
紫色に照らされた者は傀儡が握る鈍器に作り替えられた。
橙に照らされた者はまるで空気を入れすぎた風船のように周りを真っ赤にして破裂した。
これだけでなかった。
男の子に慈悲をかけ霧の中に閉じ込める。
彼女なりの優しさだったんだろうね。
黒い雨が降った。初めから、依縁なんていなかったかのように、塗りつぶした。
それからは長く引きこもった。
ある日、思い立った。
あの日のことを謝り、また一緒に笑い合おうと。
失敗だった。
それはさらに彼を壊すことに繋がった。
そうして逃げ出した。
何も食べず二昼と二晩駆けた。
ふと、周りの声を聴く。騒がしいね。何があったんだろう。
「待ってくれ!どうして私も殺されるんだ!」
情けない男の声。太い木の幹に縛り付けられているね。
「我らは呪い。人を呪ったお主にも墓穴は作られる。」
統一された鎧を着た首の無い男たちの中でもさらに大きい男が平然と言っている。
「そんな!だって俺はこれからが始まりなんだ!あいつに復讐をして!やっとゼロになったんだ!」
「勉強不足だな。釘の準備はできたか?」
「こちらに。」
差し出された包丁みたいな大きさの釘を手に持つと縛られた男の心臓に当てる。
「嫌だ!やだ!」
涙ながらに訴えるがもう遅いね。
「道具の主にふさわしい終わりじゃないか。」
そのままもう片手に握られた金槌で釘を打つ。男は叫び血を噴く。
可笑しいね。死んでない。とても苦しんでいるけど。
「誰だ、そこのガキ。」
おっと、気付かれたか。
「私はルグラ。あなた方は?」
「ワイルドハント釘槌派首領ヒースだ。」
「今のは一体なんですか?なぜ彼は死んでないのですか?」
「彼は我らを使い復讐をした。それ故対価を払ってもらったのみ。」
「そうして苦しめるのが?」
「人を呪ったなら、残った呪いは主に戻ってくるのさ。」
「彼はどうなるの?」
「このまま死に、我らの雑多な兵の一つになる。」
話を聞いた少女は遠慮がちに口を開く。
「ヒースさん、私から、依頼を受けてはくれないでしょうか?」
「先ほどの話を聞いてなお我らを使うとは、誰を呪うんだ?」
「私を。」
「何?」
眼前の少女の言葉に耳を疑う。
それはそうでしょうね。どうしてそんなとこをするのかなんてわかるはずがない。
「私を呪って。それとも、出来ない?」
「何故だ?」
「呪う理由なんて一つでしょ?目障りなんだよ。そんな奴、苦痛と共に死ぬのがいい。」
「なら、着いて来い。特別な場所で終わらせてやる。」
ヒースという大男は少女を連れて地下に地下に降りていく。
着いたのはカタコンベ。死の臭いがするという表現がそっくり合うね。
さらに奥に進むと長い間使われて錆まみれになった鎖が転がっている。
まるで、新しい仲間を捕まえるための手に見えるね。
「ここで呪ってやろう。寝転がれ。」
「ここまでありがとう。」
「珍しいあんたのことは覚えておいてやる。」
少女の胸に釘を当て金槌を振り下ろした。
「ルグラ、意識をどこへやっていた?」
そんな過去があった。
「ん?あんたとの馴れ初めを思い出していた。」
拠点の窓辺に肘を置いた彼女はそう答えた。
「胸に釘を刺そうとしても刺さらず、呆けた顔をしおって。」
「初めてそうなったからな。まさか、機械仕掛けの乙女だったとは。」
「乙女?それは面のみの話だろう。呪いを受け入れたかったのに、私自身が呪いになるなんて。」
あの後、彼女はワイルドハントに入った。呪いを得れぬなら、別の形で苦痛を得る。
「目を逸らすために苦しみを受け入れる者は何度も見た。だが君は違ったな。」
「そんな下賤な輩と同じにするな。私は、苦痛がいなければ寂しいんだ。」
「今もあの時の釘を研いで腕に刺しおって。」
彼女は、鎧ではなく前が開いたぼろ切れのコートを着ている。
ぶかぶかすぎるから初対面で打たれた釘で固定をしているけど。
「この上着、大きすぎるんだ。こうしないとずり落ちてまう。」
「そもそも、あんたが苦痛を求めるのは」
「それは私だけが知っていればいい。」
「そうか。」
「首領!」
突然バケツを被った少女が入ってくる。
彼女の部下の一人だ。
「どうした?」
「すっすみません!お邪魔だったでしょうか?」
「世間話をしていただけだ。仕事か?」
「はい。」
「近頃はお前に依頼が多いな。」
「気に入った奴だけ取っているから他の派閥にも平等に割り振っているでしょ?」
そうして少女と一緒に外に出る。
「ワイルドハントだぁ!」
とある町を泥濘の獅子が堂々と歩く。上に乗るのは大剣のケテルを持ち棺桶を背負ったルグラ。
慈苦派は彼女が作った新たな派閥。
釘槌派を筆頭とする原流から派生した派閥は自らの殺しはあまりしない。
死してなお続く苦しみから解放されようとする死者の影。それが戦う。
殺すのは依頼主くらい。後は戦い始める前の兵力補充。
でも彼女ら慈苦派は全く違う。
部下は荷物持ちや人払いをする。
直に首領のルグラが殺し影を棺に納める。
影の苦痛や気狂いをすべて奪い己のものにする。
影を出すのは精々こうやって乗るときくらいだね。
「何故我が殺される!」
「首領、連れてまいりました。」
ターゲットが彼女の前に引きずり出されたね。
「何故かは知らない。気に入らないからでしょうね。」
そうしてまた一人、影が増える。
居場所を捨てて得たのは、誰も欲しくなかった愛しき苦痛だったんだね。
おや、彼女の自室に書置きがあるね。仕事の前に書いているらしい。少し覗いてみるか。
【ここに来るな。】
【見るだけだ。】
【私のだ。】
【でも、私の皮なら少し被せてあげる。】
【羨んでもいい。】
【君がいるのはこの先の図書館だ。】
【私は羨ましいよ。】
【触れることはもう叶わない。】
【歩き続けて。】
【私も読んでみたかった。】
ー常盤の黄昏桜ー
永い間声を聴いた。
毎春に咲く桜の下で宴をする者の声を。
皆が笑顔で、楽しんでいる。
儚く散る薄紅色の花はそれほど美しい。
己の花とは違い。
散ることないこの黄昏色の花弁はしかし汚れず地面を同色にする。
根を下ろしたこの神社の端に落ちた花弁を掃き集め土を被せる。
燃してみるととても熱かった。
開花してから寒くなった神社の外と関係があるのかもしれない。
だが、いくら寒くなろうと春だけは正しく来る。
短い陽気の中で人々は凍り付いた顔を溶かし笑い合う。
雪が降ると酒の香りが強くなる。
忘れ去られた存在が遊びに来ているのかもしれない。
自分と対等なあいつから扇を渡された。
携帯用にはちと重いが意味も解っている。
人里に下り人のいない場所が生まれ同じ場所に着く。
取り壊された生まれの家。
永生を求め枯れ、切り倒された黒土は豊かだ。
変わるのが生きることだと思っている。
だが移ろう世を見ていれば生きることを辞めたのもよかったかもしれない。
変わってよかったと思ったのは変わっていないからだ。
なら二人位、静かに不変なのも許されるだろう。
シンシン降る雪の足跡を隠されながら体の枝を一本手折り雪の解けた地面に挿す。
ここに来れば必ず行う習慣だ。
永生を否定した裏切り者が唯一永生になったという皮肉を込めて。
無間地獄で安らかに。
誰もいない海に出ると待ち伏せで十人以上のアンサラーに囲まれた。
この世は俺のせいで狂った。だから殺し、元に戻す。そう宣ってる。
雇われの金三寸は今までもこれからも穢れを消せばすべてが浄化されると思っているだろう。
悪夢と悪意は巡り終わらない。
別の者ならまた別のものが入るだろう。
いずれにせよ、一度断ち切ろうと再び芽吹くのだ。
Aと言っても自分が無ければ弱いのだ。
体が開花した骸を見ながらそれを再確認する。
土に還った花を見て寂しさを覚える。
こうなっては死ねない。これからの変化に期待をしよう。
雪は冷たく白い。
昔に押し入れられたあの霧を思い出させる。
優しさなど、いらなかった。
死ねればどれ程苦しまなかったか。
生きていたゆえどれほど暖かったのだろう。
ここに長く居過ぎたようだ。雪が解け春になっている。
暖房を慌てて引っ張り出しているであろう寒がりに会わなければ。
走ることなく山に戻る。
案内無く山で迷わない。
仲間を惑わす必要など何処にあろう。
敵を陥れるためくらいだろう。
「寒、暖。」
黒い狐耳の女性が灯油ヒーターに手を翳しながら少し怒っている。
「季、奪、此、居。」
「異変を短絡的に戻したいなら殺せ。」
「其、ま、別。」
「花弁を燃やそう。」
そうして地面を掘り返すが花弁一枚も出てこない。
「溜めた花弁はどこに行った?」
「わ、集。」
「燃さないのか?」
「もったいない。」
「ならこのままでは?」
「其、春。」
「常に春だ。」
「誰、上、言。」
二人の穏やかな会話には水が入るものでしょう?
「此処が羅炎の心臓か。」
右手に鋸。左手に散弾銃。狩人だね。
「妖怪の首魁を狩れという指令にどうするか悩んだがそこの花まみれに付いて行けばこれは幸運!」
「花まみれか。随分いい加減な物言いだな。」
「ココにⅩ相当のセルヒスがいるという噂は事実だったようだな。」
彼は時間屈折怪盗のように明確な危害を加えたことはない。
いるだけで人々に影響を与える災害だから協会から脅威に認定されている。
まあ、上から処刑者が来ないということは想定の範囲内みたいだけど。
「葛霧。」
「挟、撃。」
「君らは強い。だが死んでも再び殺しに来よう!」
お互いに送った扇を開き刺客を殺しに行く。
「癖は覚えたぞ!」
狩人は死んだ。
でもこんな台詞からあの狩人が何か見当ついたらしい。
「明らかに死ぬことを知っていた。それでも来てあの物言い。」
「この世を悪夢にしたイカレ変態ドモ。」
狩人にも派閥というのがあるの。
どうやら彼は星界の神に流れを持つ狩人の異常者。
人の形こそ保っているけど世間からは異形呼びをされる亜人。
神とも呼べるかも。
この世を悪夢にした、というのは世の中を乱したって意味じゃないの。
星界に住まう森羅万象を見てる神様がかける祝福。
死んだら夢落ちにして戻ってくる。
目的を達さないと死ねない。
異常者は殺すこと以外眼中になく狩り狂いで全く気にしてないから負担になってないけど。
神社は日々動くから再び来ることは暫くかかるでしょう。
刺客が来るって変化は、二人には楽しかったみたいだね。
「顔を照らすのには黄昏がちょうどいい。今は暗すぎる。」
随分と暗くなってしまったね。
遅くなったけど一つ。
僅かな黄昏の時に現れるのが彼の異名の由来。
桜の下には死体があり、この春も羅炎は美しい薄紅色に包まれる。
それは変わらないで欲しいね。