アンサラー 幻葬   作:月導

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二十一章~いつもの~

「ただいまっと。」

ルグラが帰宅して三日後、アイアも事務所に戻ってきた。

「…なんでまだ処刑者がいるんだよ。」

「修理依頼がまだ終わってないからな。」

それを聞いたアイアはため息一つ出し何かを取り出す。

「葛霧に渡されたはいいがこれはあんたのだな?」

薄汚れた歴戦みを感じさせる怪文字の刻まれた包帯の束。

「刻み終わったのか。直に渡してもらって助かる。」

子琉は包帯を一息に巻き切る。

「やはり巻かれた方が良い。」

「どう巻いたんだよ。」

「子琉、点検、修理が終わった。受け取りな。おやアイア、帰ってたか。」

「ルグラの調子は?」

「葛霧につままれた顔をしていたよ。話は聞いた。厄介なことになったそうだね。」

「妖怪まみれの羅炎だから大して異質ではないよ。生前が面倒なだけで。」

「武器を受け取ったので失礼する。」

子琉は事務所から突如消える。

「漸く帰ったのか。」

「ニヘル、この数日で何があった?」

「子琉の居座り、夕夢とヨブカの顔合わせ、主任の機材と仲間の移動完了。」

「一通り終わったのか。」

「だがな。」

急にニヘルの顔が曇る。

「何か問題が?」

「ヨブカが大海に行きたいと言い出してな。」

「それはまた突発的なお願いだな。」

「大海には複数のルートで行くことが可能だがどれも何かがかなりかかる。時間、金、借り。」

「陸路で行くと時間、湾曲鉄道は金、伝手は借り。どうしたもんか。」

二人そろい頭を抱える。

「あーちょっといいか?」

主任が話に入ってくる。隣にはヨブカもいる。何やらニコニコしている。

「一体なんだ?」

「手が空いている日は何時だ?」

「私は二日後からは空くぞ。明日はオーネ協会に集まることになっているから。」

「俺は明日遠征して四日後帰ってくる。その後はちょっと休みだ。」

「夢雨さんはどうなんだ?」

「彼女は普段閉じこもり本を書いているから多分いつでも大丈夫だと思うぞ?」

「夕夢に聞いたら一週間後休暇に入るとあったからその日にしようか。」

「何をだ?」

「海に行くんだよ。夏になったし。」

「待て。私は連れていけないぞ。」

ニヘルは慌てて否定をする。

「あなたの空間接続は消耗が激しいでしょうからそういうことは見越している。これです。」

主任は青色のガラスのようなチケットを七枚取り出す。

「それはっておい!湾曲鉄道のチケットじゃないか!いくら払ったんだよ!」

アイアが驚くのも無理はない。湾曲鉄道は遠く離れた国々で物資のやり取りを仲介するネットワークで、移動方法が別次元を渡るというもの。理屈は明かされているものではこちらの一メートルが別次元では十センチメートルに当たる。そうすることで座標交換や二点接続よりも低コストで高速移動ができる。二点接続は、ニヘルが用いる所謂ワープのことだ。

「イブラの利益や合成コギトで大分利益を得たのさ。」

「合成コギト?」

「ニヘルさんは覚えているか?フェナシエを。」

「?」

「夕夢に煙管を渡したときに騒ぎが起きただろ?」

「フェナシエ、フェナシエ…ああ。」

「奴が化け物になったのは合成コギトの試作品に同化してしまったからだ。嫉妬の感情で電気を帯びた武器を作ったが親和性が高いのか精神が未熟だったのか狼男になってしまって。死体を検分したんだが鯨の体と同じ組織構造になっていた。それについては今も研究中だ。ま、この話はここまでにして一週間後に大海に行くぞ~。」

夕夢のフーイーミに着信が入る。

『夕夢、聞こえるか?』

『主任?こんな夜中にどうした?』

『一週間後に大海に行くからそれを伝えた。』

『大海?普通の海の事?』

『塩水で出来た海だ。』

『そっか。実は一度行ってみたかったんだよ。』

『場所が場所だからいい思い出になると思うぞ。』

『それじゃあこっちも仕事を頑張るよ。切るね~。』

『はいよ。』プツン

「海か。…水着、持って行った方がいいかな?デルシネア~。ちょっといい?」

「どうしたの?」

「一週間後に大海に行くことになったんだけどさ。水着、どうしよう。」

「大海って、どうやって行くんですか?」

「聞いてないけど、業務に差支えはないと思うよ?」

「明後日、エピゥールが来るからそこで考えましょう!」

「以前言っていた女子会か~。」

「今から案をいくつか考えよ!」

「今日はもう寝させて。」

「え~?」

「今十時だよ?」

「おばあちゃん?」

「まだ十七歳だよ。それならエピゥールや君もおばあちゃんでしょ。」

「やっぱり今のは無し。」

「ずるい!」

 

「なるほど、大海に行くんだ。で、一応水着を持っていこうと。」

薔薇を齧りながらエピゥールは夕夢からの相談を聞いていた。

「今朝主任に確認したら泳ぎたいなら持って来いって帰ってきた。」

「先ずあんたは泳げんの?」

「結構泳げた。五キロ泳いだところで止められた。」

「まあまあだね。泳げない私が言えたことじゃないけど。」

「泳げないの?」

「大量の水が怖いの。」

「溺れたとかのトラウマ?」

「血が薄まり拡散しちゃうからだよ。一応血鬼だから防水クリーム塗らなくても普通に耐えられるけど等級の低い眷属は雨でもかなり致命になるよ。」

「へぇ~。」

「いつ大海に行くんだっけ?」

「五日後だね。」

「あー、ん-?」

「エピゥール、何か問題があった?」

「思い出せない。」

「えー?」

「二人とも、世間話もいいけど水着のデザインを決めるよ!」

デルシネアは雑誌を何冊か広げる。

「この水着、水着って言えるの?」

「馬鹿だね。」

「だとしたらこっち?」

「のっぺりしてる。」

「夕夢は泳ぐんだよね。ならこれとか?」

「地味でしょ!」

「私はこういうのが好みだな。」

「本気ですか?」

「こんなの、泳いだら解けるでしょ。」

「だとしても!」

「なら試作して着てみたら?」

「雑誌と部屋借りるね。」

 

 

「はい、ではこれから大海へ行こうと思います。」

「わーい!」

「駅までなら連れて行ける。着いて来な。」

「ニヘル兄!もうちょっとこう、あるでしょ!」

「いや、無いが。」

「もう!お姉ちゃんは何か思わない?」

「つまらない男だと思う。」

「ほう?」

「貴重な体験だしそもそもこれ主任が全面的に出資してるからニヘルは感謝すべき立場なんだよ?」

「しかし、私は」

「なら留守番してて。他のみんなで行くから。」

「待て、まさかメメンスもか?」

「そうでしょ?ヨブカと同じくらい楽しみにしてたんだし。」

「お土産は狩ってくるよ~。」

「~っ!私も行く。」

「(想定通り。)」

「行くぞ。そうだ、ルグラ。メメンスは私の方で連れる。」

「はいはーい。」

メメンスを手渡し眼前の景色に入る。

「おぉ。」

最初に出たのは感嘆符。斑色の穴から電車が出入りしている。到着から発射までの間隔は一つの路線で二分。因みに発車でなく発射なのかは見た方が早い。

「あの列車、発射されるみたい。」

「夢雨、発車するじゃなくて?」

「見ればわかる。」

列車の最後尾からカタパルトが接続されて前方の穴に押し込まれる。

「発射じゃん。」

「だから言ったでしょ。」

「中身は大丈夫なの?」

「衝撃変換を使用しているから大丈夫らしいよ。」

「どういうの?」

「これ。」

夢雨は白い円筒形の装置を取り出す。

「これは握ったり叩いたりすることで充電できる電池。あの列車にはさらに大きいやつが内蔵されていて、内容物にかかる衝撃のみを指定して充電に使うらしい。」

「面倒じゃない?」

「あと、別次元で圧縮されているとはいえそれなりの時間はかかるからファーストクラスは一般席よりもサービスが豪華らしい。」

「はいじゃチケット受け取って~。」

「はーい。ん?主任、あんたのチケットだけなんか違わない?」

「あんたらにはファーストクラス、私のは一般席だ。ちょっと節約。」

「え?」

驚いたのはルグラ。

「私もいっしょがいい!」

「だがなぁ、席がないからどうしようもないし。」

「なら私が一般席に行くよ。」

夕夢が手を上げる。

「だがなぁ、ヨブカと少ししか話してないだろ?」

「大海に着いてからでも大丈夫だと思うよ。それに、あまり豪華な扱いされても居心地悪いし。」

「そうか。ちゃんとヨブカと話すんだぞ?」

そう言い夕夢とチケットを交換する。

「はいはーい。じゃみんな、あっちで。」

夕夢は一人で一般車両に向かう。

 

『これより、湾曲鉄道は大海へ向かい発射されます。乗車客は危険がないため自由に立ち歩くことが出来ます。』

アナウンスが流れる。

「本当に安全なんだな~。」

夕夢は駅で買ったペットボトルの水を飲みながら呟く。

『発射まで三秒、二、一。』

ドガァァァァアン!!!

轟音と共に列車が発射された。

 

「っ痛いなぁ。何が安全なんだよ!欠陥品じゃないか!」

夕夢はたまらず叫んだ。発射と同時に車両後方に叩き付けられたからだ。ペットボトルがひしゃげている。

「周りの乗客はひき肉紛いに。半死半生。…半死半生?」

肉片を触ると収縮しており生きている。

「なんで生きてるんだろ。」

暫く観察すると一人ごとの血液は一定の範囲で流れるのが止まっており腐敗の兆候はない。

「デルシネアに繋げるわけにはいかないよね。どうしようもないし。」

再び乗客を見ると半分形を得ていた。互いの体を繋げ一体の肉塊になっていた。

「他の一般席はどうなっているんだ?」

全滅だった。義体がめちゃくちゃになっていたりした残骸があれば必死こいて千切れた腕を繋げようとしている何とか形を保った奴もいる。

「体内時計だと五日経ったのに空腹がない。これ、主任から聞いたことがある五億年ボタンってやつか~。」

そこで夕夢の意識が落ちる。

 

「…。何故このようなことに。」

起き上がった時、夕夢はスペカになっていた。

「ヤニ切れではないが…なるほど。切れる前に落ちたのか。しかし考えようによっては僥倖だな。」

血肉の付いた椅子に腰かける。

「中身のない缶詰は外装こそ朽ちるが具は腐らぬ。ひと眠りするか。」

「ファーストクラスって豪華だね。」

提供されたワインを飲みながら夢雨はしみじみという。

「金額としては妥当だな。」

ヨブカと何かを操作している主任。ヨブカは焦りや安堵、苦悩の表情を繰り返している。

「何で遊んでるの?」

「難しいゲーム。」

ヨブカは背伸びをするとまたコントローラーを握る。

「どんなゲーム?」

「プレイヤーの技量が直に反映される良ゲー。」

「今はどこまで進んでる?」

「難易度カンストまで行ったからレベル制限してプレイしてる。」

「嘘でしょ?」

「でもこの人はレベル一でカンストしてるんだけど。」

「その執念が怖いよ。」

「ニヘルさんは何をしてるんだ?」

「この列車に違和感があったので調べている。」

「違和感?」

「俺も感じた。直感だが。」

「何故わざわざカタパルトという名の車体に衝撃を与える機構を採用しているんだ?そのようなことをしなくとも変換効率のいいものは多いはずだ。」

「過去に同様なことを思った者はいたはずだ。だが今までそういった話がなかった。」

「主任はそれを調べる為に一般席をとったのか?」

「そうだが、ヨブカを放っておくのは不味いからね。夕夢にひとまず譲った方が丸く収まるとは思った。」

「こちらも出来ることをしてみよう。現実濃度と時流測定は手持ちにある。」

「あのさ、以前から気になっていたけど現実濃度って何?」

「気圧のようなものさ。一部のセルヒス、魔術師は操作できる。」

「理屈は?」

「高気圧から低気圧へ向かって風が吹くように自分の認識を相手に押し付ける感じだ。」

「主任、これを見てくれ。」

ニヘルが声を出す。

「何だい?…なるほど、これは面白い。」

「何が出たの?」

「この計測結果から見るに、この外はこの空間の何千、何万倍も早く時間が流れている。」

「で?」

「でって、まあ要するにこの空間の時間の大半が回収されている可能性がある。」

「ほうほう。」

「後部座席は外と同じ速度で流れている。」

「…夕夢はどうなってる?」

ルグラが恐る恐る言う。

「…oh。」

主任は間抜けな声を出す。

「今すぐ何かしら行動を起こさなければ。」

「だがどうする?『仲間が苦しんでるので連れてきてもいいですか?』なんて言えるわけないでしょ。」

「この会話は認識阻害しているが長期的な使用は怪しまれる。」

「夕夢が壊れちゃうよ!」

「一度、こう考えよう。後ろの車両は五億年ボタンだと。」

「つまり、苦しんでいてもすべて忘れているなら問題ないってこと?」

「そう考えても仕方がない。」

「ニヘル!空間移動で持ってこれない?」

「この空間は不安定だ。座標を指定して繋げるから今使うのは危険だ。」

「…そういう理屈か。」

スペカは何かを察したように椅子に座る。

「あちらの認識に介入してみればとんでもなく遅かった。こちらの時間があちらより異常に速いなら納得できる。五億年ボタンか。話し相手がいないな。寝るか。」

 

「乗客の皆様、間も無く到着いたします。お荷物をまとめ、立ち上がりの準備をお願いします。」

「ん?この惨状でそれを言うのか?」

スペカが目を覚ますとめちゃくちゃになった乗客たちが見る見るうちに元に戻り始める。スペカを除き。

「認識を歪めた方がいいな。」

「繰り返します。乗客の皆様、間も無く到着いたします。お荷物をまとめ、立ち上がりの準備をお願いします。」

「あれ、もう着いたのか?」

「ホントにあっという間だな。」

「やっぱり便利だなぁ。」

「(能天気だな。どれ程の時を苦しんだんだと思ってる。)」

「夕夢、無事だといいけど。」

列車から降りて早々に夢雨が呟く。

「コーポ絡みでとんでもない可能性があるな。ま、この世界としては普通だが。」

主任はあたりを見回しながら夕夢を探す。

「あそこじゃね?」

アイアが指を指した方に夕夢がいた。

「待ちな、あれはスペカだ。」

ニヘルは認識阻害を看破して正体を見抜く。

「ま?ああ、マジか。」

アイアも仮面を変えると正体を見抜いたようだ。

「夕夢、大丈夫?」

ヨブカは何も知らずスペカに話しかける。

「何も心配はいらないよ。」

スペカは夕夢の振りをしながら答えつつ煙管を咥えている。

「夕夢、ちょっと来てくれ。」

「どうしたの、ニヘル。」

「夕夢は無事か?」

「やはりバレていたか。安心しろ。観測時間五日でシャットアウトした。何年も放置されていた。」

「内部はどうなっていた?」

「散々だ。肉片はあちらこちらにこびり付き乾かない。腐ることもなく生臭かったさ。囁くような苦悶の声は、耳障りだった。」

「なぜ彼らは何事もなく出てきた?」

「ここに到着するとまるで時が巻き戻された様に人の形に直った。君はこれをどう捉える?」

「湾曲鉄道はプレトンが開発したことを踏まえると、内部経過時間を回収したのか?」

「…これは雀猊から聞いたのだが。翁という男は時を止めたとね。」

「恐らくあの時のか。」

「時は等しい。ならどこからその時間は汲まれたのか。」

「この列車か?」

「そうかもしれない。私はもう寝る。精々、犠牲の上で優雅な生活を。」

そうしてニヘルの認識でも夕夢に戻る。

「あれ?着いた?」

「気分は?」

「夢を見ていたみたい。でもリアルなんでしょ。」

「そうだ。」

「あー夕夢、何なら記憶消すか?そんなんじゃ海も楽しめないだろ。」

「それはいいや。なんやかんやここの日常だし慣れた。こっからは海でしょ?じゃ、切り替えて楽しむよ。」

「あんたがそれでいいならいいんだが。」

「早く行こうよ!」

ヨブカが急かす。

「そうだな、ま、やるなら本気で行こうか、その方が楽しくなるだろ!行くぞぉ!」

「「「おーーー!」」」

ヨブカ、夕夢、ルグラが主任に続く。

「追っかける?」

「あーもう待ってよ!」

「そうするか。」

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