アリゴのサロポ協会三課
「C級バトラーの夕夢さんですね。業務報告書類の提出、受理しました。」
バトラーは月に一度、このサロポ協会で報告書を出さないといけない決まりなんだ。主人のサインを含めてね。
「翁と面会をしたいのですがよろしいでしょか?」
「予定の確認をするので少々お待ちください。」
受付嬢がカウンターの奥へ消えると夕夢は左目を手で覆う。
「何ですか姫。あまりこれで連絡をしないでと言いましたよね?」
「ニヘルさんからお願いをされまして。およそ二週間後に少々危険な依頼を受注してほしいのです。」
「どういった内容ですか?」
「重要な品の護送だそうです。報酬も時間効率で見るとかなり破格です。生存率が絶望なことに目をつぶれば。」
「死亡理由は何ですか?オカルト系は対処できませんよ?」
「蒸発らしいです。」
「蒸発でしたらどうとでもなります。どこで受注できますか?」
「恐らくボルテニックインダストリーの方からの推薦ということで後日名指しで依頼されるかと。」
「それなら気長に待ちますね。あ、職員が来たので終わりますね。」
「わかりました。」
「お待たせしました。十分後からは時間を取れますが大丈夫でしょうか?」
「はい、お手数をかけまして申し訳ございません。」
「構いません。五階の五九五番にいらっしゃいますのでそこまで足を運んでください。」
「わかりました。」
「(九三、九四、九五、ここか。後七分はどう過ごそう。)」
彼女が目的地へ着いてもなお余った時間をどうするか悩んでいると扉が開く。
「了解しました師範、そのように伝えておきます。」
「ああ、ソルフ様によろしくと伝えてくれ。」
翁とソルフ・ローンスのバトラー、オルテだ。
「おや、夕夢君か。あれからはどうだ?相変わらず姫様に振り回されているのかい?」
「ええ、相変わらず爆破や失血に生物実験ですよ。」
「部外者の私はここで失礼させてもらいます。」
翁と夕夢だけになり部屋の中で話をすることになった。
「今日は何を聞きたいんだい?」
「以前、貴方と手合わせをしたとき、私はいくつかの生物の特性を複製していましたよね。それを能動的に発動できるように訓練したのですがふと、どの生物を用いればよいのかわからなくなりまして。実際にいくつか使用するのでどのような場面で行えばいいのか教授していただきたいのです。」
「わかりました。では以前の手合わせの例を先に考えましょうか。黒竜:テルペクラチスは非常に鈍重でさらに周辺への被害が大きすぎます。よってバトラーの迅速制圧、跡を濁さぬの理念には大きく反しています。使うなら鱗を剥し罠としてあらかじめ仕込みなさい。ただしそれは壊してよい場所だということを忘れずに。その次の薬槽鯨は内部の薬品の成分を調節できれば援護や牽制に使えますね。一時的な麻酔状態にし救護者のストレスの抑制やゴミの確保に活用、回復を加速させることでより致命的な状況からの蘇生や捕虜の保存に。」
「同じ薬効でも複数の活用法が。」
「最後にあの胞子ですが、あれは極力使用しないでください。」
「周辺の環境への懸念ですね。」
「あの場では処刑者が凍結させたおかげで事なきでしたが仮に夕夢君ほどの生命力を得ていた場合を想像してみてください。」
「…対処できませんね。あの胞子は使い道があるまでは実践投入はしません。」
「それを聞けて良かったです。では本題を。どういった例があるのですか?」
「まずは大海の水深百あたりにいる…」
一階のカウンターはとても静かになっていた。
「恐れ入りて候ふが、相見まほしき人のあり。翁と呼ばれたる人なれど、いづこにおはすらむ。」
理由は古語を話す男一人だ。
「五階の五九五におります。」
受付嬢は聞かれたことのみを答える。己の首が飛ぶことよりもずっと正しい選択である。
「かたじけなし。」
男がいなくなるとその場にいた全員が崩れ落ちる。
「(かの人は九五九と申されけるが、此処ならむか。)」
扉を三度叩き
「俄かなる訪問もて申し訳なく候ふ。クーロと申す者にて候。御顔を拝し奉りたく存じ候へど、かなひなんや。」
「翁さん、貴方に会いたい人がいるようです。私は大丈夫ですので先に応対してください。」
「夕夢君、何も喋らず俯いていなさい。私の古巣の重鎮だから。」
「!わかりました。」
「頼むよ。ああ、私はここにいるから入ってきなさい。」
「久しきなきて、かの日より猶変はらずお元気そうにおはします様子、いと嬉しく覚え侍り。そこにをる少女は、いづれの人にか侍るぞ。」
「私の弟子の夕夢君だ。この国の姫様の下でバトラーとして活動をしている。幻葬という事務所に所属している。」
「初めてうかがまゐり候ふ。クーロと申す者なり。さることながら、つかぬことをお聞き申し上ぐるなり。そなたは、ルグラといふ少女を知り給ふか。」
「初めましてクーロさん。ルグラの事ならそれなりに知っています。」
「さしつかへなくば、彼女が今いかなることをなしたるか、お聞き申さばいかがはべるべき。」
「申し訳ございません。ここ最近の事は存じ上げません。」
「いかにもして、かの御消息だに参らずば、あらむや。いと心もとなく、いかで便りなんを求めむ。」
「連絡機器はあるので今から繋げることは可能ですので少々お待ちいただけるでしょうか。」
「心得たり。かかる事は意に介すべからず。いといとおろかなる事どもは、さらに気にかかるべからず。ただ本意のままに、つとめさせむ。」
「(気にするなってできるわけないでしょ。)」
『ん?夕夢?どうしたの。定期報告の時期はまだだけど。』
「夢雨、叫び声が聞こえるけど何を弄ってるの?」
『玩具。誰か呼びたいの?』
「ルグラを呼んでくれる?彼女と話したい人がいるの。」
『ここにいるよ。誰が呼んでいるの?』
「あゝ、ひさしぶりなるかな。我はクーロなり。そちはいかがにおはするぞ。あの後、いさましき騒ぎありけると聞きけれど、その様子いと元気げに見えて、さいはひなるかな。」
『クーロさん!?お久しぶりです。そちらも元気そうですがどうして夕夢と一緒にいるのでしょうか?』
「わが師の翁に顔を合はせに参りし折しも、かの人に偶然まかり逢ひぬ。」
『そうだったのですか。』
「この後逢ひたけれど、今君はいづくにおはするやらん。」
『今サロポ協会三課に向かおうとしています。』
「それはいとしあはせなり。今もなほ我もこなたに侍りぬ。一階にて待ちたまふべし。用事終はりぬれば、近きみせにて物がたりをせむとぞ思ふ。」
『いいですよ。ではなるべく早く用事を終わらせられるように急ぎますね。』
「いそぎ給ふこといとうれしけれど、失はるることあらば、よろしからず。」
『ご心配ありがとうございます。では後ほど。』
「翁、用事出で来たるにより、こゝにて失礼いたし侍るなり。御息災をいのり侍るべし。またいつしかはまた。」
クーロは気持ち速足で部屋を後にする。
「ルグラという少女は何時そんな縁を結んだんだ?」
「こ、怖かった。間違いなく粗相を働いたら木っ端みじんにされる。」
「君が落ち着いたらまた変身の活用法を考えよう。」
「はい。」
「(ふう、協会に着いたしさっさとライセンス確認と申請を通さないと。)すみません、アンサラーのライセンスを確認したいのですが。」
「え、ええ、了解しました。名前と顔写真をお願いします。」
「クロス・ルグラです。」
「…確認しました。登録は一時凍結されています。復元しますか?」
「何級ですか?」
「Dですね。」
「なら新規登録をお願いします。」
「Cへの昇格試験はいかがなさいますか?」
「本日の後ほどに行います。」
「新規登録、完了しました。こちら、証明カードですので紛失はなさらないようお気を付けください。」
「はい。それと、練血工房からの推薦依頼への危険手当申請を行いたいです。」
「了解しました。少々お待ちください。」
二分ほどキーボード音が響く。時折止まるのは…多分彼のせいだね。
「申請、完了しました。他に希望の手続きは有りますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。(手続き終了。クーロさんは…いた。)」
クーロに近づき一礼。人の多い此処で口を開けば面倒になると判断してのこと。
「ああ。」
「バトラーでの業務に使えそうなのはボトミ、千銀針、撃鉄蜂くらいしかありませんでしたね。」
「治療、面制圧、暗撃の三手が見つかったならよい収穫だろう。」
「大分時間を取らせてしまいましたね。申し訳ございません。」
「いいさ。後進が成長するのは師として嬉しいのでね。」
「はい。ではまた来月もお時間がありましたらお願いします。」
「ああ、達者で。」
「(そういえば危険な依頼があるらしいから装備の確認をしておかないと。ヤトシイと朱四卦の整備をして)」
一階まで下りるとオルテが呼び止めた。
「ちょっと君に話があるんだ。何も言わず付いて来てはくれないか?」
「理由は詮索しないよ。」
「感謝する。」
二人は人の通らない裏路地に入る。
「座るものがないが許してほしい。」
「それは気にしないけど何を話したいの?」
「君の主人、デルシネア姫の病の原因に確信が持てた。だが直に伝えることは厳しいため君に伝える。」
「(デルシネアには聞こえているだろうけど)それは一体なんですか?」
「我が主、ソルフ・ローンスが瞳を渡したたった一人の御子息、トレイコン・バスラです。」
「瞳を渡したというのは?」
「血鬼は眷属を作る際、己の片目を渡すのです。そして眷属となったものは更に自身の眷属を作る際に親から渡された方でない瞳を譲渡します。そしてトップの血鬼はもとからある両目のみに眷属を作る力があります。」
「うんうん。」
「トップの血鬼に問題が起きた際は瞳を分け合った兄弟姉妹がもう片方の瞳を命がけで奪い合います。両目に親の瞳をはめた者が次の派閥を束ねる長となります。」
「なるほど。」
「しかしソルフ様はバスラに瞳を渡してから眷属を作りません。なぜかは…お察しですね。」
「うん。でも、そうだとしたら茨派はなぜあんなにも勢力があるの?」
「バスラは手あたり次第眷属を作った末家族の元を去ったと聞いております。現在の茨派の眷属らはその残された者どもです。」
「そして姫様はそのバスラという者に傷を負わさせられて今の状態に…。」
「エピゥール様に聞いた話ではデルシネア姫から瞳と血を受け取ったそうだね。さらにその血で硬血術紛いの行為をしたとも聞いたよ。」
「うん。流石に色の方はお互いに元々の色に直しているから見られただけじゃわからないと思う。血の方はその一件で使い切ってしまったからあの術?は出来ない。アレばかりは再現のできない代物だよ。」
「再現?」
「私は喰らった生物や薬品などの性質を体内組織の変化という形で再現できるんです。このような形で。」
右の手袋を外し右腕全体を真っ赤な流体に変化させると赤黒い肉塊の鎌に変形させる。
「これは深夜の休息に海で出会った人筋壁鯨の腕部組織です。そのままでは噛み切れない硬度だったので血を浴びせて溶解させてからいただきました。牛肉に似た味でしたけど食料資源には出来なさそうでした。」
「鯨の食レポを求めたわけではありませんよ?」
「それは一旦おきましょう。今重要なのは血鬼の力は単なる身体組織の複製では扱えないということです。」
「それはそれで重要な情報ではありますね。」
「まだ私しかサンプルがありませんけどね。もっとも、それ以外の点は私にも有用な使い道は有りましたが。」
「使い道?」
「以前までは組織の変質は事前にその部位の損壊を起こさなければならないんです。他にも強力な思い込みによる世界への認知汚染を取る手もありますが不安定すぎるんです。その点、エピゥールの教えてくれたイメージの方法はより迅速な変異を起こせるんです。」
「硬血術のイメージで?」
「変形させたい体の部位を一度血に還すというイメージです。血は全てを溶かし思うがままに変わる、と彼女が言っていたんです。暇なんでしょうか、休憩時間の時に毎度のようにやってきて指導をしてくれるんですよ。おかげさまでバトラー業務でこの能力を活用できそうです。」
「そういえば、ソルフ様からこれを預かっていました。」
差し出されたのは湾曲鉄道のファーストクラスのVIP、往復分。
「(あれのチケットォー。正直乗りたくない。)」
「主は貴方をいつでも歓迎する準備を整えています。是非お越しください。」
「わかりました。時間を作って伺います。(用意されたからなぁ。まぁファーストクラスは特に問題がなかったからいいか。)」
「クーロさん、この喫茶店にしましょう。」
「さやうにいたさむ。ここならば、このごろのことを語らむも、聞き耳だつる輩などもあらじ。いとしづかなり。」
路地裏には表と同じような店舗や暮らしがある。少々真っ当ではない人間が住んでいることを覗けば。
店員が顔色一つ変えずお辞儀と身振り手振りのみで二人を席へ案内すると奥へ消える。
他の客はいない。
「わが身はくろきこひいとビスケットにいたさむと思へど、ルグラが君は何にかはせむずらん。いかなる物をものしたまはむ。」
「アイスコーヒーにシュガースティック二本、マスカットのショートケーキにします。注文は私が取りますね。」
「かたじけなし。よろしくたのまむ。」
店員に注文をし品が届く。
「あゝ、いと香ばしき香りかな。いづくの豆ならむ。」
「カウンターにはヘルカ巨峰の近郊で育てられた豆が売られているね。あの火山はあまり灰が出ない火山だったと思うけど。」
「かの山の豆には首領のおこのみのものあり。いと他言すべからぬことなれど、かの方は高き品よりも安き物をのみ好みたまふなめり。」
「意外ですね。立場と礼儀を重んじるあなた方は必然的に高級品を好まれているのかと思いました。…それ私に言って大丈夫なんですか?」
「たいがいてきには、その態度をつらぬきてあり。されど、ほねのずゐまで、その精神に染まりぬるは、いと少なかりけり。うはべを取り繕ひぬれば、われらが意義は全かるべし。この事は、ないみつに申すべし。」
「その気持ちは嬉しいです。でもなぜここまでよくしてくださるのですか。」
「あやや、さまで警戒したまふな。友なる人少なくて侍るなり。この身のほど、表裏問はず関はる人は萎縮するか、さもなくば敬意を払はざるべからず。されど汝はかくて無遠慮にても萎縮にても非ずして接したまふではなきか。」
「今の私はF級ですのであなたの部下にでも見られたら即粛清ものですけどね。明日にでもCに上がる試験を受けますが本来、貴方はSと同等の立場ですからね。」
「俄かにはなりたれど、アンサラーの階級といひて色の名になるためには、とある技術を身に漬けぬばならぬなるを知りたるか。」
「二重…何とかでしたっけ。昔聞いたことはありますが名前は覚えていなくて。」
「二重の残影もつれと呼ばるるもの也。一方の行動より外れたる分岐を行ふ技なれど、いかなるものにか侍らむ。」
「二重残影もつれでしたか。それは例えば私がそれを行い、本体の私がこうしてお話をしながらもつれの方は私の事務所へ向かわせる。事務所に着いたもつれに合わせるとあなたと話をしたという事実を残したまま事務所に戻りというわけですね。ただし、瞬間移動のように便利ではなく移動した分の疲労やもつれが道中で日の道をくぐった場合は足元が焼けていると万能ではないと。」
「さる迄に悟られたるか。これは殊のほかよろこばしきことなり。わが部下にも仕込まんことを企みたれど、かく思ふやうには事の運びがたきものなりけり。」
「私の仲間と知り合いはこればかりは感覚で掴むものでしかないと言っていました。」
「ただこれは劣化したる技なるなり。三重残響もつれは知りたまふか。一度これを使ふことのかなはん方に師事を乞ひたくおもふなり。」
「そういえばもつれを使うと外見って何か変わるものなんですか?」
「さながら破れたる鏡のやうに、輪郭かさなりて重なれり。二重なれば、かかる程のぶれなれども、三重ともなれば、時をり輪郭はじけるやうに、ひとときはなれ行くなりけり。」
人差し指の先の輪郭を二つに重ねながら説明が加わる。
「飛び出す輪郭…(羅炎のあの三人組、輪郭飛んでたけど…その三重もつれだったのかな。)。」
「こは私やうなる謀りにはあれど良質な弾丸を扱ふ工房を知りたらば教ふまじや。我が武具に装填する弾丸よりの刺激、今までの支給されしものには飽くべからぬなり。」
「弾丸だと私が贔屓にしている羅炎の練血工房があるね。普段使い用の練血封入済み七一水銀弾、火力の高い高級品の煉獄産石炭粉末入り五二マグナム弾を使っているよ。」
「かたじけなし。仕事にて立ち寄ることあらば、訪ねまほしきことなり。あはれ、かかる刻限となりぬるか。名残おしけれど、ここにてお別れせん。またの折まで。」
「(行ったか。試験は体力、実戦、知識、特殊の四観点。徹夜は確定かな。)」