深夜には少し早い時間、事務所の裏、いわばスタッフルームにルグラを除く幻葬職員が集合している。
「先ほど夕夢に言ったが、明日私たちは血鬼が集まっている国、ソルセドフに行く。」
ニヘル一言を皮切りに言葉が飛び交い始める。発端は夕夢だ。
「なんで唐突にそこに向かうことになったの?」
「別に唐突ではない。以前から互いに会談を打診していた。そうだが…。」
苦々しい顔を洗い流すため紅茶を一口飲むと続ける。
「あの国から手を出され続けて予定が破談を続けていた。」
「ろくでもない国なんだね。私が出会った連中もそんな奴だったな。」
夕夢はその際の記憶を思い出す。
「そうだ、夕夢に聞きたいことがある。」
「何についてなの、アイア?」
「これは姫さんから聞いた話だが、お前の中には何が潜む?」
「え?」
「雀猊以外にもう一つお前の中にいるらしいが。その際、スペカと名乗りセルヒスのような姿になったらしい。」
「ごめんなさい。何もわからない。」
「雀猊は何かないのか?」
「…詳しくは分からないそう。でも、主任を張り倒して聞き出せばわかるのでは?だって。」
「一時も早く潰して聞き出したいが…。」
「手を出すんじゃない。あいつは私が手を下す。」
「そうだろうな。それじゃあ、この話題はここで切るか。」
「では、ソルセドフについてだ。貴族社会を築く国であり、現在は茨派、棘派、弾派が主な勢力だ。」
「上下関係がかなり強く、謀反を起こすことが種族としての禁忌らしいね。」
夢雨がニヘルの言葉に続く。
「そうだ。厳密な定義では血鬼と呼べるのは各派閥の頭首、代表だけだ。それ以外は眷属と呼ばれる。頭首直下の眷属は一級眷属、その下が二級眷属と下になるほど数字が増え血鬼としての強みが無くなる。そんなわけで血鬼は三級眷属を下限と法で決めた。」
「でもそれは法律。だから血の河なんかができる事件が起きる。」
「よくご存じで。」
「ここでは長旅をしていたもので。そうだ、彼ら特有の技があったよね?」
「詳しいことは分からないが、血を操るらしい。」
「そういえば、美しい技なんて巷では言われているよ。自分の派閥を模する技を上位の存在は持っているようね。たまに双方同意の戦争ごっこをしているらしいわ。はたから見てももはやそういう見世物と思えるくらいにはね。」
「見たことあるんだな。」
ウロは相も変わらず能天気な感想を漏らす。
「さあ、情報はこのくらいだ。明日に備えて体を休めようか。」
「「ニヘルはまだ寝ないの?」」
「寝るさ。片付けもないしね。」
「「お休みー。」」
双子は自室に戻る。
「俺らも寝るか。お休み。」
「ああ。」
アイアとウロもいなくなる。
「行くか。」
そして、誰もいなくなった。鍵の閉じられたニヘルの部屋からは小さなものを取り出す音だけがする。
翌朝、彼らは中央街宮に集まっていた。依頼で請け負った護衛のためである。
「もう少しで出発をする。いましばらく待ってくれ。」
「何か、問題でも?」
「いや、足の最終点検をしているだけだ。」
王の回答から一拍置いて
「確認、問題ありません!」
出発の準備が整う。
「そうか、では付いて来てくれ。」
王に付いて行く幻葬職員が見たのは車である。サイズは小型のバス程度で、護衛を含めた一行が乗るのには些か小さい気がする。だが、ニヘルは察したかのように
「空間拡張技術か。確かここで開発したものだったな。」
「そうだ、すでに認証された特許技術を使うよりも安くなると踏んだからな。」
「実際には?」
「予想通りだ。」
「それはよかった。」
王とニヘルの会話の隙間に夕夢の問いが入る。
「姫様はどこにいるのでしょうか?」
「確かに、娘は先に様子を見てくると伝えたきりだな。」
「私はここだよ。」
整備士の一人はヘルメットを脱ぐ。こぼれる深緑の髪と橙の瞳は姫の個性である。
「なっ!デルシネア、その恰好は一体?」
「私はこういうものが好きなの。仕組みを知れることが楽しく感じれる性なの。」
「姫さん、また今度趣味に付き合うからすぐに着替えなさい。」
「わかりました。四十秒で終わりますので。」
デルシネアは着替え室に入る。
「容姿と違い、かなり行動派ですね。」
夕夢は一言零す。
「私も同感だ。」
王は笑い飛ばしながら賛同する。
「着替え、終わりました。」
デルシネアは外交用のドレスに身を包んで出てきた。
「早いですね。その服装ではかなり着付けに時間がかかるようなものなはずですが。」
夢雨は疑問を含む感想を出す。
「私が作った発明品です。」
デルシネアは自信満々に答える。
「出発まで押しています。そろそろ乗り込みましょう。」
アイアは一同を急かす。
「そうですね、ではお先に失礼します。」
デルシネアは一番乗りに車に乗る。残りのメンバーも続く。
「え、広くない?」
車内に入ったと同時、素っ頓狂な声を夕夢は出す。
「空間拡張技術は限られた空間を効率よく活用するための技術だ。また、副次的な作用として対外時流が遅延されるという現象も同時に発生する。」
ニヘルは答え、
「対外時流の遅延とは、この車両の外が一時間たつ際にこの中は三十分程度しか経過しない現象のことだ。」
とも付け加える。
「すでに動いているが外を見てみなさい。」
「あれ、速い気がする。」
「こちらの知覚速度を一とした際、この外は二となる。外からこちらを見れば半分の速度になるだろう。そのせいで運転手は知覚関連の強化施術が必要になる。」
「難儀だね。」
「そういえば、そのソルセドフにはどのくらいかかりそう?」
二人の会話に混ざろうと夢雨が参加する。
「詳しい距離は知らないが…走り続けようとこちらの感覚で一週間はかかるな。」
「その間、どうやって暇を潰すの?」
「本くらいなら出せるが?」
「お願い。」
ニヘルは腕を伸ばす。揺らいだ手にはいくつかの本が握られている。
「この文字は読めるか?」
「これは分かるね。ありがとう。」
「また欲しくなったら遠慮なく声をかけなさい。」
夢雨は着席をすると早速読み始める。
「ニヘルはどうやって暇を潰すの?」
「姫さんとの約束を果たしたり情報の整理があるな。」
「私はどうしようかな。」
「こちらの用事でも見学してみるか?」
「そうする。」
雰囲気ゆるゆるバスツアーの背後には気配無く影が追う。
~二週間後~
長旅の末アリゴからの一団はソルセドフに着いた。が、
「アガガ…。」
「ウゴゴゴゴゴ…。」
「ウッアァ。」
夕夢、王、デルシネアは満身創痍で這い出す。
「さすがにこれほどの期間乗っていればそうもなるか。」
「なんでそこの三人は無事なの?」
夕夢の問いには
「あまり考えたことはないな。」
ニヘルは当然のように言う。
「これ以上の待機をしたことに比べればな」
アイアは苦笑いする。
「意識を自発的に落としていたからかなぁ。」
夢雨は乾いた笑みを浮かべる。
他の兵士もボロボロである。楽しそうなアイアは
「それで、前からこちらをつけてきたのは誰でしょうか?」
自分たちの乗ったバスの後方を眺めながら問う。
アイアの言葉に反応した兵士たちは武器を構える。
「初めまして。我々はこの日を心待ちにしておりました。」
彼らの想定していた敵ではない。案内役であった。
「私の名はオルテ。茨派頭首、ソルフ・ローンス専属秘書兼後始末係のバトラーでございます。」
オルテと名乗る銀髪の男は少なくとも人間ではないことは確かだ。黒が主体の生地に蔓のような銀の飾りがついているが少なくとも下品な印象は感じない。白のシャツと黒のベストは位の高さを示すかのようにかっちりとした素材だが動きを阻害しない設計にされている。顔を覆う黒い布の目隠しは本心を隠しているようだった。そして何よりも腰からは白蛇の尾がなびいている。
「頭首から言伝が。『薔薇園には近づかぬように』とのことです。では案内するのでついてきてください。」
オルテは先導するために歩き始める。その後ろを幻葬職員、王、姫、兵士の順についてゆく。
なるほど、見事な薔薇園だ。これは触られたくないだろうなと夕夢は感想が出た。心の中だけで思ったつもりが口に出ていたらしい。オルテは否定する。
「いいえ、触れると血鬼以外には激痛が走るためです。」
その回答に思い当たる節がある夕夢は背後にいる姫に
「もしかしたらあなたの病と関連があるのかもしれません。」
と話しかける。
「もしかではなくそうでしょうね。」
弱弱しい笑みの姫。
入国手続きを終えた一行は一か所に集まっている。オルテの指示で。
「欠員はいないですね。では飛びます。」
オルテは確認とは言えない確認を取ると彼らの足元の石板を回す。今更この程度の揺れでふらつく彼らではないが目の前には先ほどまでなかった城といえる建造物がそびえたっていた。
「座標交換だな。この式の刻み方から複数置かれているようだな。」
「オルテさんはどうするんだろう。こことあそこはかなり離れていますよね?」
姫の問いに
「心配はございません。すでに到着しておりますゆえ。」
オルテの返事。傍らには二輪車がいまだにエンジン音を鳴らしている。
「無事に到着しているようで何よりです。では、応接室まで案内します。」
再び案内を始めるオルテへ
「お前はこちら側か。」
誰にも聞こえぬ声でアイアは確信をしていた。
「こちらでお待ちください。ただいま、賊の排除にバトラー一同興奮しているのでご了承ください。」
「賊とは何でしょう?」
姫は興味があるようだ。
「過去に血鬼に害を受けた被害者ですよ。それでも、ここにいる者共に手を出すのであれば慈悲はありません。」
「血鬼に殺されたから血鬼を殺す。なら、人に殺されたら人を殺すのでしょうか?」
オルテの説明に姫は疑問をさらに投げる。
「私は確かにあなた方と同じ種から害を受けました。それでも、関係ない方々を憎むのは筋違いです。ですので、私はあなた方には何もありません。」
「寛大な器、感謝します。」
「話、終わりましたか?」
アイアは質問をしようと口を開くが
「待たせてしまい、申し訳ない。」
女性の声が届くとオルテは声の主の元へ向かう。
「私は血鬼国:ソルセドフ茨派頭首、ソルフ・ローンスと申します。歓迎します。」
「私はアリゴを治めるワザリハイトと申します。この日を待ち望んでおりました。」
「(其のような名だったのか。)」
「(初めて知ったな。)」
「「(そういえば聞いたことなかったな。)」」
「私はワザリハイトの娘、デルシネアと申します。」
「あなたの話は聞いています。当時の血鬼のこと、改めて詫びさせてください。」
「わかりました、では二つ質問を。この病は治せないものでしょう?」
「はい、ウイルスや細菌のような病ではなく所謂癌、もしくは貧血のような体そのものの不調の類です。」
「ではもう一つ、視線がします。あなたから、私ともう一方は夕夢さんへですかね?」
「鋭いな。非礼と判っているいるとはいえ、君らを勧誘したいと思ったらついな。それにしてもそうか、夕夢というのか。」
「私は分かりますが、なぜ夕夢さんも?」
「その者の服、己の体から作り出したものだろう?血鬼でもないのにそのような所業を行えることに興味があるのだ。」
「人だって狩った獣から服を織り出します。私はそれが自分だっただけです。」
夕夢は反論するが
「それが可笑しいことに気づきなさい。」
ニヘルにたしなめられる。
「それに、彼女は今はここの者です。勧誘は彼女がここを出ていく決断をしたときにしてください。」
「それってどういう意味!?」
「あんたがここにいることに辛さを感じたときはお前の気のままにしなさい。」
「私はここがいい。」
「今はそう思っていてよい。それでよろしいでしょうか、ソルフ・ローンス様。」
「よろし。私はいつでも待っているからな。」
会話がひと段落し、彼らは茶を飲んだり近況を互いに話していた。乱入はいつも突然だ。
「お姉さま、決闘です!」
「エピゥール様!今はおやめください!」
少女の声とそれをいさめる男性の声。
「今の声は?」
アイアは浮足立つ声音でソルフ・ローンスに聞く。
「私の妹であり棘派代表、エピゥール・ファンだ。そういえば、客人が来ることを伝えることを忘れていた。」
「さあ、決闘で…あ、きゃ…く…じん?」
「申し訳ございません。バトラー一同、止められませんでした。」
「君らでは難しいだろう。持ち場に戻りなさい。責はありません。」
「そう伝えます。」
バトラーの男性は一礼して去る。エピゥール・ファンは固まったまま。
「彼女はどうしますか?」
「私たちのやり方はこうです。」
ソルフ・ローンスは掌に溜めた血液を何本もの茨にするとしなりを加えながら滅多打ちに叩く。
「痛ててて。」
生身の人間ならこの時点でミンチである。
「なるほど、これがあの操血術と硬血術か。」
王、ワザリハイトは動揺せず感想を出す。
「その通りです。これは八式鞭といいます。エピゥール、お前も一つ披露しなさい。」
「わかりました。亜流二式突剣です。」
エピゥールの両手にはレイピアが一本ずつ握られている。
「私はそろそろ戻らせてもらいます。ご迷惑、失礼しました。」
走り去る妹を生暖かい目で見送るソルフ。そして無慈悲な
「そろそろ会合時間の終わりですよ。」
ウロの呼びかけでこの日は解散することになった。
「…。」
「……。」
「………。」
「「「…………。」」」
「そんなに堪えるのか。」
「私たちがおかしいんだよ。」
「安心しなさい。道筋を記憶してあるから私が運ぼう。」
ほんわか三人衆に会話にオルテが参加する。
「俺が付いて行き始めた地点までは送れますよ?」
「それは何日ほど前からだ?」
「十三日前だな。」
「ありがたいがよろしいのか?」
「負担はないですよ。さあ、乗った乗った。」
一同の乗車を見届けたオルテは自身の二輪車オブレスに跨るとタイヤが空転するほどの出力を出させ
「エネルギータービン起動、循環効率百二十%、駆動水準到達、次元裂き稼働可能」
機械音声の許可が出ると
「目を離すな。迷えば永遠に彷徨いかねん。」
警告の声と一緒に揺らいだ空間に走り出す。その後ろをバスも追いかける。
「すごい!あれも特許技術なのかな!」
姫は眼前の光景に釘付けである。
「恐らくですが、彼もコギト発現者かと思います。」
アイアは努めて冷静に返す。
「手合わせしてみたい者ですね。」
否、かなり興奮していた。
「半日と立たずに帰還できるとは其処まで嬉しいものなのだな。」
静かに涙を流す夕夢を撫でるニヘルであった。