桜が舞う庭先で俺は竹刀を握り、素振りの練習をしていた。
というのも先程の剣道の試合で俺は姉に敗れ、その悔しさからがむしゃらに素振りの練習を重ねていたのだ。
「お前も剣術を習っている身か」
声の聞こえた方を見ると、大きな狐耳と赤い瞳の少女が立っていた。
「お姉ちゃん誰?」
「私は星見家の長女、星見雅だ」
「そうだ。それはそうと少しいいか」
彼女は俺の後ろに回り込み、竹刀を握る手を掴んで、俺の竹刀の持ち方を矯正する。
「持ち方はこうするといい。後は腰の入れ方一つでも大きく変わる」
彼女にされるまま竹刀を振るう。そうして振るった一閃はこれまでの自分が振るったどんな一振りよりも美しく、洗練されたものだった。
「凄いよ雅お姉ちゃん‼これなら姉ちゃんにも勝てそうだよ」
「そうか。姉君に勝てるといいな」
そうして見上げた彼女は優しく微笑んでおり、俺と彼女の顔を春風が優しく撫でた。
その刹那、目の前の光景が変わった。
今までの住み慣れた街は炎に包まれ、辺りにはエーテリアスが闊歩していた。
俺とその家族ははぐれた姉の名前を呼びながらその中を必死に逃げる。
「早く逃げな」
俺たちの先頭を走る父は横から襲い掛かかってきたエーテリアスの鋭い腕で胸を刺し貫かれ、物言わぬ骸と化した。
こちらの存在に気が付いたのか、俺たちの周りに次々とエーテリアスが群がってきた。
「どうしよう......」
俺が途方に暮れていると、突如として母は俺を突き飛ばした。
「お母さ」
「早く逃げて‼」
涙でぐっしょり濡れた顔で母は叫んだ。
母の思いを無駄にするわけにはいかないと俺はその場から必死に逃げた。
後ろから肉の潰れる音が響く中、俺は姉の名前を叫んだ。
だがその問いかけに応じる声はなく、火の粉があちこちを舞う中、俺は頬を涙で濡らしながらただひたすらに走って逃げた。
ふとそこで目が覚める。
俺の視界には見慣れた天井が広がっており、ここが地獄と化した旧都ではなく新エリー都である事を示していた。
スマートフォンの画面は今の時刻が六時半である事を示している。
顔を洗い、軽い朝食を胃に入れた俺は刀を持ち、いつもの仕事場であるホロウに向かった。
黒い帳を潜り抜けると、そこには青空が広がり、その下にある打ち捨てられた駅と線路、そして電車がどこか哀愁を漂わせていた。
「確かここだよな。強盗団が潜り込んでる場所は」
俺は辺りを見回す。
この俺、柊彦斎は学校を卒業して以来、高いエーテル適性と鍛えた剣術を生かしてホロウに潜る犯罪者や違法に活動するホロウレイダーを治安局に突き出したりして日銭を稼いでいる、いわゆる賞金稼ぎという奴だ。
最も俺も今こうしてホロウに無断で立ち入っている以上、治安局からすれば違法に活動しているホロウレイダーと変わりはないのだろうが。
──刹那、風切り音共に俺目掛け棍棒が振り下ろされた。
俺はそれを躱し、棍棒を振るった暴漢に峰打ちを叩き込む。
「ビビらせるなよ。治安官かと思ったぜ」
その声と共に、仮面を付けた巨漢とその取り巻きが二人、電車のドアを蹴破り出てきた。手配書が正しければ巨漢はボスだ。
「手配書よりも人数が少ないな。エーテリアスの餌にでもなったか」
「違うな。食い扶持に困ったんでエーテリアスの餌にしてやっただけだ」
巨漢は笑いながら答える。
「絵に描いたようなクズだな、だがまぁ殺しはしない。生け捕りにしないと賞金が出ないからな」
「舐めるんじゃねぇ!」
巨漢とその取り巻きは武器を振り回しながらこちらに向かってきた。
俺はそれと同時に居合切りを放ち、取り巻きの武装を丸ごと切り飛ばした。太刀筋をなぞってエーテル物質が宙を流れる。
「なっ......」
巨漢が怖気づいた一瞬の隙を突き、俺は奴の装備と仮面を切り飛ばす。
よろめく奴の腹に峰打ちを叩き込むと、奴はその場に倒れ伏した。
「お前......あの『蝮の彦斎』か」
巨漢は斜めに切られた仮面からひどく怯えた視線を向ける。
かれこれ賞金稼ぎを続けるうち、一部のホロウレイダーから俺は蝮の彦斎なんて大袈裟な名前で呼ばれるようになったのだ。
「斬られたくなかったら大人しくしてろ」
俺が奴らの手足を結束バンドで縛ろうとした時、後ろから轟音が響いた。
振り返ると舞い上がった土埃から二人の男女が飛び出してきた。
一人は宙に浮かび、同じように浮遊し冷気を放つボンプを従えた若い女で、上品そうな服の上にカジュアルなジャケットを羽織っており、もう一人は改造したさすまたを携えた厳めしい雰囲気の男だ。
「あんた達早く......」
女が言葉を発しきる前にこの土埃を起こしたであろう存在が姿を現した。
白く発達した前脚、岩と見紛う巨体、間違いなく奴はファールパウディだ。
「何でこんなところに」
俺がそう呟くと、奴の巨体が宙を舞った。
咄嗟に刀を抜き、迫りくる奴の前脚を受け止めるが、その反動に耐え切れず俺は後ろへと弾き飛ばされた。
「俺らまだ死にたくな」
そう喚きながら逃げる強盗団は高く跳躍したファールパウディの下敷きになり、見るも無惨な姿になった。
「ぼさっとするな!てめえも構えろ!」
気づけば奴は攻撃対象を再びこちらに変え、前脚を地面に叩き付けながら突進してきた。俺は奴の懐を潜り抜け、後方に移動する。
更に俺の後ろから女の二体のボンプが奴に突撃する。
「あんたの相手はこっちよ」
ファールパウディはまんまとその挑発に引っかかり、女をその両腕で挟み込むように攻撃した。
彼女はそれを華麗に躱し、それと入れ替わるように俺は奴に一撃を見舞う。
「フィン!」
女がそう叫ぶと同時に男は高く跳躍し、ファールパウディの背中にさすまたを叩き込んだ。
さすまたから流れる電流に感電してか奴はその動きを止めた。
「今だ!」
俺は動けなくなった奴のコアを斬った。
コアを斬られた事により奴は絶命し、その死体はエーテル物質の細かい結晶となって消えた。
二人はここに来るまでに奴と戦っていたのかひどく疲れていた。
「ところであんた、何でこんなところにいるのよ」
女がこちらに尋ねる。
「お前らと同じだ。大体な」
と、適当な回答をしてその場を去ろうとした時、突如として現れた裂け目から何かが落ちてきた。
それは双剣を装備し、コートにハンチング帽を被った背の高い男だった。
「全く、災難だったな」
そう言って彼はハンチング帽を脱ぐ。その頭には豹の耳が生えている。
「ボス、無事だったの⁉」
女は彼の下に駆け寄る。
「お前が空間転移如きで死ぬわけないからな」
男が彼の肩に手を置き言う。
「お前達こそ無事でよかったよ、テレジア、フィン。それはそうとして後ろの彼は誰だ」
男はハンチング帽を被り直して言った。
「お前とはぐれた後ファールパウディに襲われてな、こいつにはその討伐の手伝いをしてもらった」
さすまたの男が言った。それを聞いた彼はこちらに歩み寄り、
「うちの社員が世話になったな。俺はトーマス・パンサー、このホロウ専門の何でも屋『アルゴナウタイ』の社長だ」
そう言い名刺を渡してきた。
第一話 完