ブラインドの隙間から差し込む朝日が空気中を舞う埃を浮かび上がらせる中、俺とトーマス、フィンは武器の手入れを黙々としていた。
外からは波の音と海風に乗った潮の香りがほのかに漂う。
「にしてもお客さん方、どうしてあのラマニアンホロウになんか行こうってんですかね。あんな危険な場所、私だったら金をもらっても行きたくないですよ」
船の運転手が調子よく答える。
「依頼だ。俺達はホロウ専門の何でも屋をやっていてな、偶々今回の依頼が入ったのがラマニアンホロウだっただけだ」
「ホロウ専門の何でも屋......よく今までしょっ引かれませんでしたねぇ」
トーマスの返答に運転手は苦笑いをしながら答える。
「ならどうする、このまま治安局に連絡を入れて俺達を突き出してもいいぞ。最もそれをやるなら俺達はお前の首をへし折って海に投げ捨てる、いいな?」
トーマスは冷たい声で運転手に告げる。
「は......はッ冗談ですよ」
運転手はひどく怯えた様子でそう答えた。
「なに、どっちが損か得かはよく考えた方がよく考えた方がいい」
トーマスは毛ほども感情を感じさせない声で言った。まったく、改めてこんな組織に入れられるなんて俺はつくづく運が悪い。
「それはそうとなんで今日の依頼にテレジアとヒストリアは連れて来なかったんだ?」
「ラマニアンホロウは数多あるホロウの中でも屈指の危険なホロウだ。あいつらを連れていくには危険過ぎる」
フィンが外の光景を眺めながら言う。
「それに衛非地区はTOPSが実効支配している地域だ。それ故に治安局の力が弱く、実質的な治安維持は雲嶽山の連中が担ってる。彼らは宗主を筆頭した少数精鋭、門下生はともかく宗主はあの虚狩りにも匹敵する実力者で真っ向勝負ならまず勝てない。おまけに市長とのパイプまで持っている。大人数で動けばまず嗅ぎ付けられる上に更に敵を作りかねないからな」
そんな会話をしているうちに船の揺れが収まった。
「お客さん方、港に着きましたよ」
運転手がボロボロの帽子を被り直しながら言う。
「着いたのか」
俺は刀を腰に差し、そそくさと船を出る。この船は公には運行を認められていない違法な船であり、いくら治安局の目が行き届いていない地域と言えど長居は避けるに越したことはないだろう。
ロープウェイを降り、今回の仕事場であるラマニアンホロウに辿り着いた俺は辺りを見回す。
かつて宇宙開発の中心地として栄えた時の面影は一切なく、ここがかつてそうであったことを示すミアズマまみれの建築物や設備、そして妖しく光る花がここが新エリー都有数の危険地域であることを示していた。
「怖気づいてるのか、全く蝮が聞いて呆れるな」
フィンが俺を挑発するように言った。
「なんだ、てめぇ......?」
俺が刀に手をかけた時、
「待て、こんなところで戦りあうな。ここは調査員や現地の奴らもいるんだあまり騒ぐな」と、トーマスが制止に入る。
「俺達は輝磁を回収して依頼者に渡せばいいだけだ。それにこのラマニアンホロウは他のホロウに輪をかけて危険だ。回収が終わったら即帰るぞ」
そう言って俺達が開けた場所に辿り着いた時、
「何者だ‼」という声が響き、辺り一帯のミアズマの濃度が濃くなりそれにおびき寄せられたエーテリアスが一斉に現れた。
「なんださっきのは⁉」
「讃頌会の回し者だ。そいつを倒さない限りこいつらは無限に湧いてくる」
そう言いながらトーマスは迫りくるエーテリアスのコアをさすまたで貫いた。
更に背後から俺にハティの顎が迫る。が俺は咄嗟に身を捻って躱し、刀を抜いて奴を口から真っ二つに斬り裂いた。
それを皮切りに俺を逃がさないと言わんばかりに湧いたエーテリアスが俺に襲い来る。だが俺はその胴体を両断し、後ろから襲い来る雑魚のコアを刀を逆手に持ち替えて刺し貫く。
またそこから刀を引き抜くと同時に周りに集まった有象無象を両断したその刹那、物陰へと姿を隠す白い影が視界の端に映った。
「あいつか......」
奴がその「回し者」であると直感的に察した俺は、眼前に立ちはだかるゴブリンの剛腕を潜り抜け、その足を踏み跳躍し宙で一回転してコアを切り裂いてそのまま奴を追う。
真っ直ぐ続く道を右に曲がるとこちらから必死に逃げる仮面をつけた白いスーツの男の後ろ姿が見えた。
逃がすか、と俺は心の中で呟き走る速度を上げ、そのまま右手の壁を駆け上がり奴の右斜め上から斬りかかる。
「来ッ......!」
奴が悲鳴をあげる間もなく俺は奴のステッキを両断し、その胴体に峰打ちを叩き込む。それを喰らった奴は勢い良く壁に激突し気を失った。
程なくして辺り一帯のミアズマの濃度が下がっていくのが感じられる。
「何とかなったか」
ふと後ろを振り向くと、遠くにトーマスとフィンの姿が見える。
「──倒したみたいだな」
フィンは静かにそう言った。
「こいつも片付けたことだ。とっとと──」
その時、二人の表情が驚愕に変わる。
「今すぐ離れろ彦斎‼」
「何が──」
俺が反応した時にはすぐ横にできた裂け目は俺の視界を覆いつくす程に広がり、そのまま俺は裂け目へと飲まれた。
裂け目から乱暴に吐き出されながらも、俺は咄嗟に身を捻り着地した。
「ここは......」
辺りを見回す。風景こそ全く見覚えのないものだったが周囲にはミアズマが漂っている事から察するにここはラマニアンホロウの一区画であることは間違いない。
おそらく先程の転移現象はミアズマの濃度が急激に変化したことが原因だろう。おまけにミアズマの影響でキャロットが故障している以上、最早助けを待つしかないとそんなことを考えていたその時、一筋の稲光が俺の目の前を駆ける。
「っ......」
咄嗟に抜き打ちを放ち、迫りくる双刃を防ぐ。振り返ってみればそこには雷光、もとい双剣を握った白髪の少女が立っていた。
何者だ。誰かは知らないが助けてくれ、という言葉が喉の奥から出そうになるがそれを飲み込む。何故なら白髪の少女はこちらに明確な敵意を持っており、説得など望める訳がないからだ。
こちらに動きがないと察した少女は一気に距離を詰め、こちらに斬りかかってきた。迫る一対の白刃を刀で受け止め、そのまま逆袈裟斬りの要領でその華奢な体を後方に撥ね退ける。
しかし奴はその態勢を崩すことなく再び双剣を振り下ろしてきた。俺はそれを紙一重で躱し、そのまま振り返ると同時に彼女を斬りつけるが、彼女はそれを双剣で受け止めこちらの刃を逆に押し返してきた。
更にその勢いのまま奴はこちらに双剣を振りかざし、連撃を雨あられと浴びせてきた。二頭の狼が如く襲い来る双剣を防ぎ、できた一瞬の隙に俺は彼女の側面に回り込み斬撃を飛ばす。
だが彼女はその体を仰け反り一閃を躱すとそのまま俺の懐へと潜り込み刃を振り下ろした。俺は咄嗟にその場に屈みこみその一撃を躱す。
自身よりもリーチが短く、手数に優れた相手への有効な戦い方はひたすら自らの間合いを維持することだ。仮に自分の間合いに入り込まれるようであれば一貫の終わりだが裏を返せば間合いに入らせなければ相手は付け入る隙を見失い、手数の多さも相まって先にあちら側が先に疲弊し隙を見せる。
彼女は俺の背後からの一撃を防いだ後、後方へと飛びのき双剣を投げつけてきた。ブーメランのように向かってくる一振りを躱し、そこから少し遅れてきた一振りを斬り払う。
だが彼女は斬り払われた双剣を咄嗟にキャッチし、そのまま地を蹴って雷光が如く速さで斬りかかってきた。
斬りはらいを放ち、何とか防ぐことが出来たはいいもの彼女はその手を緩めることなく斬りかかってくる。
何とか攻撃の手を止めなければ、そう思った俺は彼女が斬りかかってくると同時に居合切りの要領で前進し真っ直ぐに向かってくる彼女に突進した。
困惑する彼女に刃を振り下ろすが、彼女は双剣を交差させて掲げ刀を受け止め、俺の刀を撥ね退けるとこちらに双刃を振り下ろしてきた。
咄嗟に身を翻し刀身でそれを受けるが、その一連で調子を取り戻した彼女は再び雷光が如く速さで斬り付けてきた。
だがそれに合わせて打ち込み、時に振り下ろされる刃を躱し、受け流しながら僅かな隙に斬り込む。
向かってきた彼女の剣を受け止め、その勢いのまま横薙ぎを放つが彼女は態勢を落とし攻撃を躱すと足元に×の字に双剣を振り下ろしてきた。
咄嗟に跳躍してそれを躱し、そのまま空中で体を捻って彼女の右足に峰打ちを叩き込む。
そしてそのまま降り立つと同時に斬りかかるが彼女は双剣でそれを受け止め、後ろに押されながらもそれを防ぐ。だが峰打ちを喰らった足では踏ん張りが効かないのか、彼女は地面に片膝をついた。
「──こうなったら」
そう言って彼女は双剣を組み合わせた後、再びそれを分離させ斬りかかってきた。神速と言っても過言ではないその刃を潜り抜けるも彼女は追撃として地面ごと俺を×字に斬りつけた。
何とか紙一重で躱すものの、俺を逃がさないと言わんばかりに地面から噴き出た電流が俺を襲う。
だが俺は咄嗟に地面を転がって避け、そのままの勢いで彼女のがら空きの胴に峰打ちを入れようとしたその時、どこからともなく飛来した銃弾が俺のこめかみまで迫っていた。
上体を逸らし、銃弾を躱すと同時に態勢を立て直した女が上から双剣で斬りかかってくる。先程と変わらぬキレで繰り出される連撃を捌く俺を嘲るように銃声が響いた。
足元に飛ばされた銃弾を躱そうとその場を飛びのいたのを彼女は見逃さず、そのまま斬りかかると同時にバランスを崩した俺をそのまま押し倒した。
流れるような動きで彼女は刀を俺の手から跳ね飛ばし、胴体に足を絡めて自身の体を固定し俺の首元に双剣をあてがった。
こちらを見つめる少女の顔にはまだあどけなさが残っていたがその眼光は鋭く、歴戦の傭兵と言われても信じてしまいそうな威圧感があった。
「待ってくれ‼俺は決して怪しい者じゃない‼輝磁の採掘でラマニアンホロウに来て転移現象でここに飛ばされただけだ‼」
最早この状況では抵抗は無意味だ、そう悟った俺は彼女らにそう叫んだ。
「本当?」
女が感情の感じられない平坦な声でそう語りかけてきた。
「待ってくださいアンビー、尋問は私がやります」
横から割り込んできた声の方向を向くと、そこには長い金髪を一つに結び、黒いバイザーを顔につけた女がこちらにライフル銃を構えていた。
「──では、申し開きを聞きましょうか」
バイザーの女は静かにそう言った。
第十話 完
登場人物の過去を深く掘り下げたスピンオフ小説要りますか?
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いる
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いらない