夏の天気がいい日、いつもの稽古を終えた俺と雅さんは家の縁側に腰掛けながらスイカをかじっていた。
「また負けちゃった。やっぱり強いな、雅お姉ちゃん」
「当然だ。私は先祖に恥じぬ武士となるように日々修行しているからな」
「ほんと⁉だから強いんだ。ねぇ普段はどんな修行をしてるの⁉」
「むぅ......そうだな、昨日はきちんと九時に寝る修行、今日は暑さに気を付けて外で遊ぶ修行だ」
「そうなんだ。雅お姉ちゃんは今でも十分強いのになんでもっと強くなりたいの?」
「真なる武士は武芸を極めるのみではなれず、心身共に健やかで誠実かつ清廉な心を持った者こそ真なる武士だ。母上がそう言っていた。
──今までを無尾を手にしてきた当主達のように大切なものを守れるような人間になるため私はこれからも修行をしていくつもりだ」
「じゃあ僕も雅お姉ちゃんみたいな立派な──大切なものを守れるような剣士になれるように頑張るよ」
「そうか。なら共に励もう」
夏の暑さと爽やかさを孕んだ風が吹き抜け、頭上から風鈴がなる音が響いた。
その刹那、目の前が一気に真っ暗になり俺は闇の中に立たされた。
「彦斎様」
と呼ばれ後ろを向くと、そこにはライカンが立っていた。その隻眼はこちらを冷たく、射通すように見つめている。
「私的な感情で他者を痛めつける人間は彼ら──悪人と何ら変わりません」
ライカンは俺に諭すように言う。ふと足元を見るとそこには有象無象の死体が転がっていた。
「──っ!」
それを不愉快に思った俺はその死体を踏まないように後方へと下がった。
ふと気配を感じ、後ろを振り向くとそこにはアンビーとトリガーが立っていた。アンビーはこちらに鋭い視線を向けながら
「貴方は人を殺すのを極端に恐れている」と告げた。
彼女とトリガーはそれ以上何も言わなかったが、彼女達が何を言いたいのかは俺にもはっきりと分かった。
俺は──
その時、ガタン!という強い衝撃により俺は夢の世界から現実に引き戻された。
「おいヒストリア‼もう少し丁寧に運転しろって言っただろうが」
助手席に座ったフィンが運転席に座るヒストリアに怒鳴る。
「おいおい、郊外へ向かう道の走り方は私しか知らないんだぜ?それに治安局の目もないから気を遣う必要もないだろ」
「そういう問題じゃない、こんなおんぼろ車でスピードを出すなって話だ」
『続いてのニュースです。ボーセルメックス社のCEOであるフェロクス氏が8年間に及び違法な人体実験を行っていたとして──』
フィンとヒストリア、そして車載ラジオから流れるニュースが奏でる三重奏にテレジアは辟易し、トーマスは相変わらずの仏頂面を決めこんでいた。
ふと車窓から外を見ると、そこには果てしない荒野とそこに点在するホロウが見える。
「全ては......過去だ」
俺は自分にそう言い聞かせた。
程なくして車は郊外に無事到着し、依頼者達が待つブレイズウッドへ停車した。
車から降りると、道の真ん中に六人の男女が立っているのが見えた。彼らは全員パンクな格好に身を包んでおり、いかにも郊外の人間という風体だ。
「おっ来たか‼トーマス、それに他のアルゴナウタイの面子も」
彼らの真ん中に立つ背の高い女はそう言ってトーマスと握手を交わす。
「当然だ」
「改めて、オレ達カリュドーンの子はアルゴナウタイを歓迎するぜ‼」
女は高らかにそう言った。
「予定よりも早い到着でしたわね。改めてここまでご足労いただきありがとうございますわ、アルゴナウタイの皆さん」
珍妙なデザインの帽子を被った金髪の少女がこちらにそう言った。
「おおルーシー、久しぶりだな!ツールドインフェルノには行けなかったが覇者になったって聞いた時は驚いたよ」
ヒストリアは金髪の少女ことルーシーにそう語りかける。それだけでなくフィンなども他のメンバーと気軽に話しているのが見える。
「おいテレジア、なんで郊外の覇者に対してあいつらはこんなに馴れ馴れしいんだ?というかそもそもアルゴナウタイみたいなしょぼくれた何でも屋がこんな大物から依頼を受けられるんだよ」
と、隣にいるテレジアに話す。
「実はヒストリアはこの郊外の出身でね、リーダーのシーザーやメンバーのルーシーと昔馴染みなのよ。その縁で一度仕事を手伝ってからちょっとした同盟関係にあるの」
「そんなことあるのか......」
「なぁトーマス、それはそうとあのサムライは誰だ?」
背の高い女──シーザーは俺の方を見ながらトーマスに尋ねる。
「あいつは彦斎、最近入ってきた新入りだ。そこそこ腕は立つが頼りなくてな、雑用でも何でも自由に使ってやってくれ」
とぶっきらぼうにトーマスは吐き捨てた。
「おいトーマス」
「新入りの癖に口答えするな」
トーマスは俺の言葉を遮るように言い、そのままシーザーとの会話に戻った。
「分かるぜその気持ち、新入りってのはどこも肩身が狭いもんさ」
ジャケットを纏い、サングラスをかけた男が同情するように俺の肩を叩く。
「それで仕事っていうのはなんだ」
トーマスは彼女らに尋ねた。
「実はつい最近郊外に来たギャング共に手を焼いていてな、そいつらを倒すのを手伝ってほしいんだ」
シーザーはばつが悪そうに言った。
「本当にたかがギャング如きに手を焼いているのか?そんなちんけな連中お前達の敵じゃないだろ」
フィンが疑問を投げかける。
「詳しくは私が解説しますわ」
とルーシーが口を開く。
「──奴らが現れたのはつい最近、具体的には一か月程前、ローズグループと名乗る奴らは現れるや否や走り屋やここに拠点を置く傭兵団を襲撃し彼らの拠点を奪って自分たちのアジトにしたんですの」
「ローズグループ......」
脳裏にラマニアンホロウでの出来事が蘇る。
「そいつらとは刃を交えなかったのか?お前たちは縄張りを荒らされて黙ってられるタチじゃないだろう」
トーマスは彼らに言う。
「私たちが何もしなかった訳ないでしょ」とマスクをつけた猫のシリオンの女が立ち上がり、地面に向かって何かを放り投げる。
それは素人目で見ても分かる程良く作りこまれた銃であり、仮に防衛軍の兵士の装備品と言われても納得してしまう程の完成度だった。
「どういう訳かは知らないけど、奴らはこんな高性能な銃火器をいくつも持ってる上にメンバーも数百人単位でいるのよ」
彼女は俺達に淡々と説明する。
「おまけにそいつらのボスであるウェルキスって男は噂によればうちの大将にすら匹敵する実力者らしい」
ジャケットの男はサングラスを直しながら言った。ルーシーは軽く咳払いをして口を開く。
「あいつらが来てからというもの、郊外では走り屋が襲撃を受けるわ、エーテル資源は盗掘されるわ、麻薬が蔓延するわで郊外の秩序は完全に崩壊したんですの。それを解決するには奴らを壊滅させるしかありませんわ」
ルーシーは帽子を直しながら言った。
「だが奴らを倒すのはオレ達だけじゃな厳しい、だからどうか手を貸してくれ」
シーザーは真剣な表情でそう告げた。
「なるほどな。奴らを倒す算段は出来てるのか?」
「作戦自体はもう出来てますわ。後は実行の際に組む編成と陣形を調整する必要がありましてね、トーマスさん今日の夜一緒に考えてもらえません?」
ルーシーはトーマスに掛け合う。
「決行はいつなんだ?」
「あまり時間をかけると奴らに勘付かれる可能性もありますからね、できれば明日が一番望ましいですわ」
「なるほどな」
トーマスが頷くと同時に一気に空気が重くなる。郊外の存亡をかけた戦い、その火蓋が切って落とされようとしているところに俺達はいるのだと言う実感が湧いてくるのを感じる。
「決戦前夜だからこそそう気を張りすぎないで、今日はみんなで乾杯しようよ‼」
金髪をツインテールにした女が重苦しい雰囲気を壊すように言った。
「それもそうだな」
「バーニス、それにシーザーも......」
ルーシーは呆れたように言う。だがその頬は僅かに緩んでいた。
その日の夜はとても決戦前夜と思えない程騒がしく、かつ活気に溢れた楽しいものとなった。
第十三話 完
登場人物の過去を深く掘り下げたスピンオフ小説要りますか?
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