不知火カヤへと想いを馳せる。
件のクーデター未遂により矯正局へとぶち込まれた彼女に、私は何も導いてあげることができていないのではないか。
「先生」としてこのキヴォトスに赴任してきた私にとって、生徒達を薫陶し、未来を創るのが生業で、大人としての責任である。
連邦生徒会長代理としてこのキヴォトスの頂点に立ち、そして失敗した彼女に、私は何も教えられていない。
それは「先生」の名折れであり、「生徒」の枠組みに数えられている彼女をそこから除外する選択肢はひとつも無い。
私は彼女に対して何ができるのだろうか。今はまだ何も分からない。
一時的にとはいえ頂点へと登り詰めたものの、彼女の言う超人には至らずその違いをまざまざと見せつけられ、そして転がり落ちて行った彼女の心中を想像する。しかし、結局は会って話すのが手っ取り早いだろうと結論付け、私はヴァルキューレへと連絡を取った。
当日の内に面会の許可は下りた。立ち会いのヴァルキューレの生徒に面会室の外で待つようにお願いして、私はカヤが矯正局送りになったあの日以来初めて、彼女と顔を合わせることが出来た。
「久しぶり、カヤ。元気にしてた?」
「もしそう見えるのなら貴方の目はとんだ節穴ですね」
上下にグレー無地の作業着を身につけ、かつてシニヨンに纏めていた薄桃色の髪はシンプルなポニーテールへと変わっている。ストレスからか少し痩せた様に見える彼女は、一も二もなく私に悪態をつく。
「いきなりどうしたのですか? 憐れな道化を笑いに来たのであれば今すぐ帰っていただきたいのですが」
「いや、何か困ったことは無いかと思ってね。矯正局の暮らしは不便だろうし」
「困ったことなど腐るほどありますよ。日課のコーヒーを淹れることもできませんし、何をするにも看守の許可が必要で生活もままなりません。ただ、それを貴方に言ったところでどうなるのです? ここから出してくれるとでも言うのですか?」
「それはちょっと難しいかな。目的がどうであれカヤは簡単には許されない行為をしてしまった。だから矯正局へと送られてしまった訳だしね」
「なら、私が貴方に望む事はひとつもありません。どうせ反省して罪を償えとでも諭しに来たのでしょう? 先生だかなんだか知りませんが、私にはもう関わらないでください。今のキヴォトスに私の居場所はないでしょう? 正直言って不愉快です」
取り付く島もない。できることならば彼女の力になってあげたいと思うが、そもそも助けを求められていないのであれば、私に一体何ができるのだろうか。
「居場所が無いなんて事はないよ。カヤがきちんと反省してここから出られる様になれば、許してくれる人はきっといる」
「綺麗事をさも正しい様に述べないでください。さっきも言いましたが不愉快です。貴方を必要としている生徒は他に沢山いるのでしょう? でしたらそちらの子達に構ってあげればいいじゃないですか。私に関わらないでください」
「カヤも私の大事な生徒の1人だよ」
「あなたのそういう博愛精神が本当に嫌いです。癪に障って仕方がないです。帰ってください。そしてその顔をもう二度と見せないでいただきたい」
想定はしていたがそれ以上に私は彼女に嫌われている様だ。これでは話もままならない。時間をかけて少しづつ歩み寄っていく他ないだろう。「また来るよ」と言い残し私は面会室を出た。
次の面会はいつにしようかと迷っていた数日後、ヴァルキューレから魅力的な提案があった。矯正局に入っている生徒を社会奉仕の一環として先生の下シャーレで働かせていただけないだろうか、という内容であった。先生の指導により更生した生徒も多く、その手腕を存分に奮っていただきたい。そう依頼されたのだ。
私はその話を受け入れ、早速不知火カヤを指名させてもらった。重罪人であるため渋られたが、犯罪者の身ではあるが元は連邦生徒会の所属。直属の組織であるシャーレの仕事ならカヤが適任じゃないだろうか、などと最もな理由を付け、渋々ではあるが納得してもらった。
カヤの奉仕活動当日、ヴァルキューレの護送車がシャーレに到着する。
「おはようございます、先生。不知火カヤを同伴致しました!」
「おはよう。朝早くからご苦労さま」
ヴァルキューレの生徒と挨拶を交わす奥で、明らかに不機嫌な表情を滲ませたカヤの姿が見えた。
「じゃあカヤは今日一日預かるね。今日の仕事が終わったらまた連絡するから迎えに来てもらってもいいかな?」
「いえ、先生の元に犯罪者を任せる訳ですから、監視として同行させていただきたいのですが……」
「大丈夫、カヤは私に危害を加えるような子じゃないよ」
「そうは言いましても……」
「大丈夫だよ。もし何かあっても私からカンナに謝るから」
私は急いでカンナにモモトークを送り、すぐ返ってきた呆れ混じりの肯定を端末ごと彼女に渡す。
「局長の許可があるのでしたら従いますが……。くれぐれも気を付けてくださいね!」
「ありがとう。ワガママ言ってごめんね。じゃあ行こうか、カヤ」
護送車を見送り、不機嫌を隠そうともしないカヤと共にシャーレビルへと歩を進める。
目も合わせてくれず、私の後ろを着いて歩くだけのカヤだったが、オフィスへ上がるためのエレベーターに乗り込んだ後、不意に口を開いた。
「貴方は何を考えてるんですか? 私を矯正局から引っ張り出して、あまつさえ護衛も付けず仕事を手伝わせようとするなんて。私が反抗しないとでも思っているのですか? 銃は取り上げられているとはいえ、貴方に危害を加える事など造作でもないのですよ?」
「カヤはそんな事する子じゃないって知ってるから」
「貴方に私の何が分かるというのですか?」
「それは今日これから知って行ければいいなって。ほら着いたよ。案内するね」
オフィスフロアにエレベーターが止まり、「矛盾しています」などと小声で文句を言う彼女を連れ執務室へと入る。
目に映るのは、積み上げられた書類の山と無数に散乱するファイル。いつもの見慣れた光景。
最早心を揺さぶられることも無くなった。
当番の生徒にしばしば手伝ってもらい、足りなければ私が夜を跨ぎ片付ける。生徒のためを思えば苦にならない。それが大人としての責任である。
今日はカヤが手伝ってくれるから日を跨ぐ前には仕事を終えられるかもしれないな。そんなことを考えながらカヤを空いているデスクへと案内する。
「なんですか、この書類の山は。まさか、今日一日で全て片付けるなんて言わないですよね?」
「大丈夫だよ。緊急のものと期限が近いものから終わらせていけば何とかなるもんだから」
「……大人とは思えない計画性をお持ちな様で」
「耳が痛いなあ。カヤは生徒会関係の書類を進めてもらってもいい? 書式は知ってるだろうし」
「構いませんよ。刑務作業の一環ですから拒否したくてもできませんが」
相も変わらず皮肉を吐き出す彼女と共に、仕事を始める。
意外なほどにスムーズに書類を捌いていくカヤに時々雑談を仕掛けては投げやりに帰ってくる言葉に撃沈しながらも仕事を進めていると、不意にモモトークに連絡が入った。
ゲヘナ風紀委員会行政官、天雨アコからだ。
『お疲れ様です、先生。本日、ヒナ委員長が出張中という情報を聞きつけたらしい各部活や不良生徒達が各地で暴れておりまして、人手が足りないので手伝っていただきたいのですがよろしいでしょうか?』
どうやら奔放なゲヘナの生徒達が校風を“遵守”しており、風紀委員会はその対処に追われている様だ。助けを求める声があるならば応えない訳にはいかない。
『わかった、すぐ行くね』
そう返信をし、カヤに話しかける。
「カヤ、申し訳ないんだけどこれから緊急の要請でゲヘナに行ってくるね。風紀委員会の指揮をする事になって」
「それは構いませんが。私の身柄はどうするんですか? ゲヘナの鉄火場なんか御免被りますよ?」
「ここで書類仕事を続けて欲しいな。ある程度片付いたらくつろいでていいから。給湯室にあるものは勝手に飲み食いして大丈夫だからね」
「……さすがに不用心過ぎませんか? 私が逃げるとは思わないんですか?」
「カヤは賢い子だと知ってるから。それじゃあ行ってくるね」
「……はぁ」
溜息を吐く彼女を背に、私はゲヘナへと急いだ。
……かなり時間がかかってしまった。ゲヘナの生徒達の奔放っぷりは凄まじく、全てを鎮圧し帰路に着く頃にはもう日が傾き始めていた。
カヤは大丈夫だろうか。結局ほとんどシャーレを開け、一人で仕事を任せてしまった。これでは矯正も何もあったものじゃないな。とりあえず今日は帰ってもらって次回からカヤの心情を掴む手掛かりを探していこう。今日は一人で徹夜して残りの書類を片付けるしかないかな。そう思いながらシャーレオフィスの扉を開ける。
「ようやく帰ってきましたか。大した引継ぎもなくシャーレを開けるにしては些か不親切な時間だと思うのですが」
「本当にごめんね。次は一緒に仕事しようね」
「真っ平御免です。今日は本当に骨が折れました」
そう言われデスクを見渡すと、明らかに減っている書類と綺麗に分けられたファイルが目に入る。
「すごい……。これカヤが終わらせてくれたの?」
「他に誰がいるんですか。私が何の能力も無しに防衛室長まで登り詰めた無能だとでも思ってましたか?」
「そんなことは無いけど……。ありがとう! 今日は助かったよ。今ヴァルキューレに連絡して迎えを呼んでもらうからゆっくり休んでて」
まさかここまでカヤが優秀だとは思っていなかった。確かに連邦生徒会防衛室長を任されていたのだ。書類仕事程度慣れたものかもしれない。残りの書類を軽く一瞥し、今日は久し振りにまともな睡眠が取れそうだと安堵していると、カヤが私に問いかけてきた。
「貴方はいつもこの量の仕事を抱えているのですか?」
「そんな事はないよ。今日は特別多い方だったかな。だからカヤが手伝ってくれて本当に助かったよ」
咄嗟に嘘をついてしまった。生徒達には心配されたくないのだ。最近は仮面を被るのも上手くなったもので、赴任した当初よりも理想の先生を演じられている。生徒の規範となる先生が徹夜続きで業務を回しているなど知られていいはずが無いのだ。
「……嘘をついていますね。私は今日貴方の鼻を明かそうと思いかなりハイペースで仕事をしていました。各学園や生徒会から降りてくる書類はそう特別なものではない、日常的に発生するものばかりでした。それでも最後まで終わらせることができなかったんです。とても一人で回せる量じゃありません」
動揺を隠すことができただろうか。大丈夫だ。築き上げた私の仮面はそう薄いものじゃない。どうにか誤魔化さなければ。
「普段は当番の子が手伝ってくれるからね。そんなに大した事では無いよ」
「貴方は先程今日は特別多い方だと仰いましたが。何をそんなに誤魔化しているんですか?」
……墓穴を掘ってしまったようだ。気まずい沈黙が流れる。もう誤魔化し切る事はできないだろう。腹を括って本当の事を明かすしかない。
「ごめんね。嘘をついてしまった。本当は私が残業して片付けているんだ。他の生徒にバレたら心配されちゃうからあまり広めないて欲しいな」
「今の私に吹聴できるような人脈はありません。要らぬ心配をされている様で笑えますね。ただ、一体どうして貴方はそこまで他人に奉仕するのですか? 理解できませんね」
「私は先生で大人だから。それが理由だよ」
「貴方は事ある毎にそう仰いますが、それはそんなに大事なことなのですか? 貴方の身体と精神をすり減らしてでも為すべき事なんですか?」
「生徒の為により良い未来を作るのが大人の責任なんだよ」
必死に笑顔を貼り付ける。大人の余裕を持つんだ。大丈夫。眼前の少女を導くのだろう? 寧ろいい機会かもしれない。責任の所在について、大人と子供について。彼女に教えを諭すことが出来れば彼女の更生の一環になるかもしれない。
だから彼女の貫く様な横長の瞳孔に気圧されるように感じるのはきっと何かの間違いなんだ。目と目が合う。数秒にも数分にも感じられる沈黙の後、彼女は呟く。
「ならば貴方の未来は誰が作ってくれるのですか?」
「貴方がその身を粉にして作り上げたその未来に、貴方は立っていますか?」
「大人の責任という言葉を免罪符にして、貴方自身の未来を目指す責任を放棄してませんか?」
いよいよ仮面が崩れさるのを感じる。自分が今どんな表情をしているのか分からない。彼女に突かれた言葉の槍は、私の思考に大穴を開ける。きっと今まで無意識の内に放棄していた問題。
赴任した当初、仕事に忙殺されていた私は、いつしか自我を捨て去った。防衛本能からなるその自衛は酷くみっともないもので、決して生徒に明かすまいと心の奥底に幽閉した感情だった。
それを今、彼女にほじくり返されてしまった。最早言葉を発することは出来なかった。
「……図星なんですね」
そう言うと彼女は微笑む。
「なんだ、人間らしい感情を持っているでは無いですか。私には少なくとも今朝よりは貴方は魅力的な人間に写っていますよ?」
「私は、先生だから……」
「だからなんですか? 完璧超人でなければいけないのですか? だとしたら貴方は力不足です。少なくとも私に、仮面の奥を見抜かれてしまっているのですから」
足元が覚束ない。生徒に自分の醜悪な本性を見抜かれてしまうとは思ってもいなかった。所在の無い申し訳なさでいっぱいになる。
眼前の少女の山羊を思い出させる緑の眼に釘付けになる。
「私は超人ではありませんでした。そして貴方もまた。ふふ、私達似た者同士じゃないですか」
そうか。なぜ彼女がクーデターを起こしたあの時。私は彼女を救う道筋を検討もしなかったのか。きっと同族嫌悪だったのだろう。全てを救うことなどできない。そう誤魔化して、諦めて。それは自分が凡人だという証明であることから目を背けて。
「これからはよろしくお願いしますね、“先生”」
私の顔を覗き込む彼女は、ひどく蠱惑的に見えた。
ハーメルンに投稿するのは初めてなもので、不慣れな点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
カヤ好き……
カルバノグの更新が無いから彼女が今どうしているのか非常に気になります。矯正局って暖房とかあるのかな、私が暖めてあげようか?あ、勘弁被る?じゃあ先生冬を無くすために地軸曲げてくるから待っててね。大丈夫だよ、ちょっと息止めて空からグッてやればいける気がする。愛だね。