「お~い、いるか~?」
ドアの中央に取り付けられたノッカーをゴンゴンと打ち付けて声をかける。
家の中からうめき声みたいな返事があったので待つこと数十秒。ドアが開いて、無精ひげを生やしてしかめ面をした筋骨隆々のオッサンが顔を出した。
「なんだよ。ミアじゃねえか……」
「よっ。邪魔するぜ~」
「邪魔するなら帰れ」
「あいよ~……ってなんでやねん!」
ここまでがテンプレ。
様式美に則って関西弁でツッコミを入れるも、オッサン──ゴルドのお気には召さなかったらしい。
「うるせえ……」と酒臭いため息を漏らす。
「なんだよ。また朝まで吞んでたのか? 身体に悪いぜオッサン」
「たまの休みなんだからいいんだよ。好きにさせろ」
ゴルドはぶつくさ言いながら、自分の額に手をやる。
緑の光が手のひらから頭に吸い込まれていったかと思うとシャキッとした顔に変わる。
酔い覚ましに【状態異常回復】の魔法を使うとは、神殿の巫女が見たら卒倒しそうだな。
暖炉前のロッキングチェアに座る。
ゴルドの家に来たら、ここに座るのがアタシの定番だ。
外は寒かったし、少しは暖まらないとな。
いや、でも今日はそれほど寒くなかったな。
朝は風が冷たかったけど、しばらく歩いたからか身体がポカポカする。
暖炉の炎が少し熱く感じたので、上着を脱ぐ。
うわっ、けっこう汗かいちまったな。
水分補給がてら水差しから直接水をがぶ飲みするゴルドは、アタシをジロリと睨む。
「だいたいオッサンとは言うが、俺はまだ20代だぞ」
「アラサーはじゅうぶん中年の域に入ってきてると思うけどな」
「抜かせクソガキ」
若い頃は国教会に仕える聖騎士でありながら、カネと性欲に正直すぎたせいで追放されたのがゴルドだ。
私生活はてんでダメながら、冒険者としては一流なコイツとは、2年前からパーティーを組んでいる。
「それで何の用だ。俺は今日、娼館に行けない悲しみを酒で紛らわすという大事な仕事があるんだ」
ろくでもねえな。
ゴルドは「宵越しの銭は持たない」を座右の銘としている男だ。
クエストをこなして報酬金が出たその日に娼館で女を楽しむ。
余ったお釣りをカジノで全部溶かす。
そしてカネに困ってまたクエストを受ける。
そんな生活を十年近く繰り返している。
ひたすら欲望に忠実なゴルドだけど、今日はなによりタイミングが悪い。
それもしょうがない。なんせ1ヶ月に及ぶ遠征から帰ってきた直後。
クエスト完了の報告はしたが、確認が取れて依頼主が報奨金を振り込むまでには数日かかる。
ギルドの通常依頼ならすぐカネが手に入るんだが、今回は貴族様からの指名依頼だったからな。手続きに時間がかかるのはしょうがない。
前金としていくらかもらったが、遠征にかかる費用で半分は消えた。
ゴルドは遠征先でも女を買ってたからな。前金なんてとっくに底をついてるんだろう。
そんなわけで報奨金が振り込まれるまで、カネのないゴルドはひたすら安酒を飲んだくれていたわけだ。
「アタシがいくらか貸そうか?」
「子どもから借金するほど落ちぶれてねえよ」
後先考えないアホでクズなダメ男なくせに、アタシからカネを貸そうとしても絶対に断るんだよな。
大人の、男としてのプライドなのかね。
………………まあ、自分より10も年下の女の子からカネを借りるなんて情けなさすぎるからな。気持ちは分からないでもない。
「しょうがねえな。じゃあせめてコイツを恵んでやろう」
「……なんだよコレ?」
持っていたチョコレートをポイッと投げ渡す。
お菓子とかの嗜好品にあまり興味がないゴルドは、訝し気に包装された長方形を見つめる。
「チョコレートだよ、チョコレート。甘くて美味いぞ~?」
「ゴブファアッ!?」
ゴルドが水を噴き出した。
きたねえな。アタシに噴きかけるなよ?
いや、少しくらい水を被ってもいいかもしれない。
上着を脱いだのに、どういうわけか汗が止まらない。
ゴルドめ、暖炉に薪を入れすぎだ。
これじゃ蒸し風呂みたいじゃないか。
「おまっ、男にチョコ渡すのがどういう意味か分かってんのか!?」
「失礼なオッサンだな。それくらいアタシだって知ってるよ」
なんだよ? エレノアといいゴルドといい、アタシがチョコ渡すのがそんなに意外なのか?
……まさか本命だと思ってんのか? いやまさかな。
もしかしてこの世界に義理チョコって文化はないのか?
「いつも世話になってるからな。感謝の気持ちってやつだよ」
一応、義理チョコだって伝えておく。
まあでも、ゴルドに限ってそんな勘違いはしないだろう。
ゴルドの好みはボンキュッボンのグラマーな女性だからな。
アタシみたいなちんちくりんには興味の欠片もない。
だから安心してパーティーを組んでるんだけどな。
「……俺は、お前みたいなチビは好みじゃねえぞ」
「しつこいな。そんなこと分かってるって」
でもなぁ、とぶつくさ文句言うゴルド。
アタシからのチョコがそんなに嫌なのか? 恋愛感情抜きにしても悲しいぜ。
信頼できる冒険者仲間として、気の置けない友人として良い関係を築けてると思ってたんだがな。
「女性からの好意は素直に受け取るもんだぜ? 拒否るのは男として恥ずかしいぞ」
ビシッと指を突きつけると、ムグッと文句を飲み込むゴルド。
それでも何か考え込んでいたみたいだったが、しばらくすると観念したのか頭をガシガシかきながらため息をついた。
「…………分かったよ。お前の気持ち、ありがたく頂くことにする」
「おう! さっき味見したけど美味かったからな! 期待していいぞ」
そう言って、道の途中で我慢できずひとかけらだけ齧ったアタシ用のチョコレートを見せると、ゴルドは口をあんぐり開けて目を見開いた。
コロコロコミックに出てきそうな顔だな。ウケる。
「お前、チョコ食べたの!?」
うるせえなぁ。だからそう言ってるじゃねえか。
それにしても熱い。
いくら拭っても汗が止まらない。
まるで身体の中で火が燃えてるみたいだ。
特にお腹の辺りが、ジュクジュク動いてる感じがする。
風邪でもひいちまったかなぁ。
生まれてから一度も病気をしないのが密かな自慢だったんだがなぁ。
立ち上がると、クラクラ立ち眩みがする。
マズいな。これじゃ宿まで帰れそうにないぞ。
ゴルドには悪いが、少しお客用のベッドで休ませてもらおう。
うあ~、フラフラする~。
「すまねえ、ゴルド。少し熱があるみたいだから、休ませてくれ……」
「いや熱があるってそれはお前チョコ食べたからじゃ──っておい!」
おっとっと、何かにつまづいた。
床に倒れそうになるところを、慌てたゴルドが抱きとめてくれる。
アタシを軽そうに受け止める筋肉、ゴツゴツしてカッコイイな。男の憧れみたいな鋼の肉体だ。好き……♡
……いや、待て待て。
なんだ好きって。ゴルド相手にそんなわけないだろ。
熱でおかしくなってるんだな。
まともに歩けないし、ベッドまでゴルドに運んでもらうとしよう。
ゴルドの首に両腕を回す。
なんかこう顔が近いと簡単にチューできそうだな。
おっと。また気持ち悪い考えが出てきちまった。こりゃ重症だな。
「ゴルドぉ……♡」
「な、なんだよ。そんな抱きついてくるんじゃねえ」
抱きつくなぁ? しっかり掴まらないと落ちちゃうだろ?
お前もその丸太みたいな太くてたくましい腕でアタシをギューッて強く抱きしめてくれよ……♡
「ベッドいこぉ……?」
「………………!!」
ベッドまで連れてってくれとお願いすると、ゴルドの口からなぜか歯軋りが聞こえる。
アタシ、そんなに重くないぞ?
なぜか血走った目でアタシがあげたチョコレートを一齧りすると、ゴルドはアタシを抱き上げた。
「もう知るか……! 先に誘ったのはお前だからな!!」
「うん……」
どこか熱でフワフワ浮いたような感覚で、アタシはゴルドにベッドまで運んでもらうのだった。
────記憶は、そこで途絶えている。