クラウドがFate世界に迷い込む話 作:ジ-ェ-ノ-バ
「……」
クラウドが居間の襖を開ける。
「おはようございます、クラウドさん」
居間には桜がいた。
彼女は台所で食器を片付けている。
昨日の体調不良とは打って変わって、元気そうだった。
「ああ。……あいつらは?」
あいつらとは、セイバーたちの事だ。
いつも朝は居間で何かをしていた筈だ。
それなのに今日はいない。
体調が悪い桜を放って、だ。
「先輩とセイバーさんなら、火急の要件があるって家を出ていきました。余程のことだったみたいです」
「そうか」
クラウドは襖を閉めて、テーブルの前に座る。
「学校は、よかったのか?」
クラウドはテーブルに置かれているリモコンを手に取ると、それでテレビをつけた。
テレビのニュースには、柳洞寺についての報道が為されている。『50人を超える昏睡、1名が死亡』とテロップが右上に表示されていた。
「はい。体調不良でズル休みしちゃいました」
「それはズル休みとは言わないだろう」
「ふふ……かもですね」
そんな当たり障りもない会話をする。
2人はあまり口達者な部類じゃない。
というより、口下手な方だ。
では何故、このように会話をするようになったのか。その要因は、桜が倒れた時にある。
昨日、桜の容態の変化に気づけるように、クラウドが監視していた時間が僅かにあった。その時、桜がクラウドに話しかけたのである。
桜はクラウドに親近感を持っていた。
最初に出会った時は恐怖心を抱いていたが、今となっては嘘のようだ。
「クラウドさんは、セイバーさんのお兄さんなんですよね?」
桜はそう、洗い物をしながら唐突に言った。
「…………え?」
「え?」
クラウドの予想外な反応に、桜も素で困惑する。
お互いに気まずい空気が流れた。
「あ、ああ……そうだ」
普通に忘れていた。
そういえば、そんな設定があったことを。
「……実はわたしにも、兄さんがいるんです」
「……」
クラウドは知っている。
彼女の兄を知っている。
一昨日の夜、殺しかけたからだ。
「それで少し、訊いてみたい事があって」
「……なんだ?」
桜は洗い物を終えたのか、タオルで手を拭きながらクラウドの方へと振り向いた。
その顔は、真剣なものだった。
「兄にとって、妹はどういう存在ですか?」
それは、どのような問いか。
普通では絶対に聞けないような問いだ。
多分、かなり難しい部類に入るだろう。
これは人によって回答は違うとも思う。
「…………」
どうするべきだ。
答えようがない。
なんせ、本当の兄妹じゃないからだ。
セイバーとは、血の繋がらない赤の他人。
何だったら会ったのは数日前になる。
そんな相手をどう思うか、なんて訊かれても答えようがない。変なことを言っても、仕方がないだろう。
「あー……」
考える。
これはかなり真面目な質問だ。
場合によっては、桜を傷つけるかもしれない。
クラウドは考えに考えた末、こう答えた。
「大切な……存在だ」
ぎこちない喋り方だった。
その言葉には感情が乗っていない。
本当に大切と思うような気持ちはなく、ただ質問に答えようとする意思だけがある。
これでは、答えになっていないだろう。
「……」
クラウドは、桜をチラリと見る。
その顔を伺うように。
桜は、少しショックを受けているようだった。
「そう、ですか……」
「……」
クラウドは何となく分かっていた。
恐らく、桜と、彼女の兄は険悪な仲であると。
だからこそ、自身の回答が問題であったのも何となく理解していた。
「あまり、気にすることはない」
「え……?」
「人それぞれだ」
フォローにはならないが、付け足すべきだと思った。
人には色々いると、知って欲しかったからだ。
「…………らしくないな」
自分が何を言っているのか分からなかった。
まるで、勝手に言葉が飛び出したような感覚だった。
「──────外に出る」
クラウドはそう言って立ち上がった。
桜が首を傾げて訊く。
「何処に行くんですか?」
「散歩だ」
「そう。結局、柳洞寺に行ったんだ」
「ああ、まぁ……」
衛宮と遠坂は、ベンチに座っていた。
ここは病院の屋上だ。
先程、ここに入院している柳洞一成と話してきた。
柳洞寺を根城にしていたマスターについて問いただす為じゃなく、見舞いの為にだ。流石に死人が出ているこの状況で、そんなことを訊く勇気は衛宮士郎には無かった。
「マスターは、いた?」
「……いたと思う。ただ、俺たちがついた頃には、既に決着がついた後だった。どのクラスのサーヴァントなのか、それすらも分からなかった」
この屋上は、かなり広かった。
まるで学校を思わせるような造りだ。
そして、少し離れた位置にはセイバーがいる。
護衛として着いてきていた。
「おそらく、キャスターよ」
その時、遠坂がキッパリと言った。
「何でわかる?」
「新都で起きている昏睡事件。あれは人から魔力を奪った事によって起きたモノよ。そして、その魔力の流れは柳洞寺へと続いていた。あんな大規模な魔術はキャスターにしか出来ない」
「そう、なのか? もしかしたら、他の奴でも」
「消去法で考えなさい、衛宮くん。他のクラスで、そんな事を行えると思う?」
「……」
「セイバーはやってないでしょ? 当然、わたしのアーチャーもやってない。そしてランサーは、街の人間から魔力を補充する必要がないほどマスターから供給を受けているように見えた」
残りは……
「ライダーはやられた。アサシンは……そう」
遠坂は衛宮と目を見合わせる。
「アサシンは、ハサン・サッバーハという暗殺者が必ず召喚される。ハサンと襲名された英雄は何人もいるけど、どれも魔術を得意とする存在じゃない」
ハサンは19人いるとされる。
冬木での聖杯戦争は、1人をのぞくハサンからランダム的に召喚されるのがルールだ。これは確定事項のようなモノなので、隠す必要はない話だった。
「最後のバーサーカーは……わかるでしょ?」
「ああ……」
イリヤはその必要が無さそうだ。
「……結局、魔術の類になるとキャスターしか無くなる。まぁ別にキャスター以外が、街の人間から魔力を補充する事が出来ないという訳じゃないわ。ただ、その規模の話よ」
遠坂は空を見上げていた。
灰色の雲が、天井のように張っている。
もしかしたら雨が降るかもしれない。
「……柳洞寺のサーヴァントがキャスターだったのは確定として、そのマスターは…………」
遠坂が言いにくそうに言葉を濁す。
実際、それはとても口にはしずらいものだ。
代わりのように、衛宮が言った。
「葛木先生か」
「……」
昨日、あの場で唯一殺されていた者。
その人物が、必然的にマスターとなる。
……あの時、暗くて見えなかったのは幸運だった。
「………………」
「…………ここからが本題」
そして、遠坂は空気を入れ替えたように声色を変えた。
もとから真面目なトーンだったが、さらに引き締めたような声だった。
「今朝、また昏睡事件が起きたわ」
「キャスターは倒されたのに、か」
「ええ。……」
先程の推理が正しいのであれば、あり得ない事態だった。
それは、キャスター以外にも街の人間から魔力を吸い取るサーヴァントがいるという事なのだろうか。それとも、サーヴァント以外の何か
か……
「──────衛宮くん。共闘しない?」
その時、遠坂が唐突に言った。
それはこの聖杯戦争という戦いにおいて、どれだけ重要な言葉であろうか。実際、今の今まで眼下に広がる街の光景を見ていたセイバーの視線がこちらに向くほどだった。
「共闘?」
「そうよ。今回の聖杯戦争、明らかにきな臭くなってきている。わたしとしては、一般人に危害を加えるような輩は早めに排除しておきたいの」
どのような理由があっても、見ず知らずの他人を巻き込むような奴は見過ごせない。
それは衛宮も同じだった。
「とりあえず、問題を排除するまでって事でいいのか?」
「そう受け取って」
衛宮は納得すると、小さく頷いて、
「分かった。よろしくな、遠坂」
遠坂と静かに握手をした。
…………と、
「ああ、そうだ。共闘の話で思い出した」
「ん?」
「実は、すでにイリヤ……バーサーカーのマスターと共闘しているんだ。だから、敵じゃないって事を覚えていてもらえると助かる」
まるで風ような自然な発言に、遠坂は面食らったような顔をしていた。
「…………驚いた。どういう流れでそうなったのよ?」
「いや、実のところ俺もよく分からないんだ……」
自分がいない場所で話が進んでいたような、と曖昧な説明を付け加える。
それで遠坂は満足するはずがなかったが、意外にも深く追求してくる事はなかった。
「──────いい、衛宮くん」
しかし、だ。
それ以上に重要な事を、彼女は衛宮に伝えた。
「あまり、アインツベルンの事を信用しないで」
「なんで……」
「あの一族は聖杯を手に入れる事に、文字通り命をかけている。他人の尊厳なんて、まるで空き缶のごとく踏み潰すような連中よ」
「イリヤはそんなんじゃ──────」
「そうかもしれないって事は覚えて」
衛宮の言葉を遮るのは、彼の話をまともに聞く意思はないという事だった。
この世界は善人ばかりで出来ている訳じゃない。広い観点で見れば、罪を犯さない善人は数多く存在しているのは確かだ。
だが、その観点で見てもアインツベルンは悪人側に寄る連中だ。
だからこそ、簡単に信じ切ってしまう衛宮に対して、遠坂は口を挟まずにはいられなかった。
「……まぁでも、一時的とは言えバーサーカーと敵対しなくて済むのは幸運と言う他ないわね」
バーサーカーの戦闘能力は知っている。
あれは文字通りの怪物だ。
ギリシャの大英雄『ヘラクレス』。
あの怪物が本当にヘラクレスだとするのなら、勝ち目はほぼ無いと言える。
しかし、休戦状態に入っているのは好奇だ。
真名が知れている以上、事前に対策を練ることが出来る。そして対策が練れれば、打ち破れる可能性も生まれてくる。
チャンスと言ってもいい。
「じゃあ、わたしからも1つ」
その時、遠坂は指を立てた。
「今日、夜の10時に貴方の家の前に行くから」
「は? なんで?」
あまりにも唐突だったので、素で聞き返してしまった。
「共闘よ、共闘」
それだけ言うと、遠坂はベンチから腰を上げる。
屋上の出入り口に足を向けて、少しだけ振り返りながらこう言った。
「それと、あの自称元ソルジャーさんも連れてきてね。必要ないかもしれないけど、もしもという事もあるかもしれないから」
「それってどういう─────」
「それは10時までのお楽しみって事で」
遠坂は手のひらをヒラヒラと振ると、そのまま屋上から出て行ってしまった。あまりにもマイペースというか、自己中心的すぎて苦笑いが出てしまうほどだった。
「──────シロウ」
その時、今まで離れた所から様子を伺っていたセイバーが近づいた。
「アーチャーのマスターと共闘するのですか?」
「まぁ、そういう事になるな。……ごめんな、セイバー。勝手に決めて」
「いえ……私としても、その判断に間違いはないと思います。ただ────……」
セイバーはそう、不安そうに続けた。
「私は、クラウドの方に問題があると思うのです」
「クラウド?」
どうして、この場で彼の名前が出るのか。
疑問に思ったが、すぐにセイバーの意図が理解できた。
「……確かに、少し変だったな」
「はい」
昨日の件がいやでも記憶に残っている。
前兆はあった。
頭痛……初めてあった日、クラウドは唐突に意識を失った。あれは昨日と同じように、いきなりの事だった。
そう……そうだ。
あれが初めてなんかじゃない。
最初から何処か、クラウドはおかしかった。
「……私は、これ以上クラウドを聖杯戦争に巻き込むべきではないと感じます」
セイバーは灰色の空を見上げている。
その分厚い雲が、心の不安を表しているかのようだった。
「このまま行けば、彼はきっと戻れなくなる」
「……でもクラウドとは約束をした」
そうだ。
クラウドを必ず元の世界に帰す。
その約束をした以上、クラウドと聖杯戦争は切っても切れない関係になってしまった。
例えクラウドの助力無しで勝ち残り、その願いを叶えると伝えたとしても、クラウド自身が納得することはないだろう。
おまえたちが勝つ保証が無い。
そう一蹴されるのが目に浮かぶ。
そして一番問題なのは、別れた後にクラウドが別陣営に着いてしまう事だ。もしクラウドが遠坂やイリヤ、ランサーやアサシンなどに手を貸してしまう状況になってしまった場合、こちらが聖杯を得ることは絶望的と言えるだろう。
衛宮は聖杯を欲しない。
勝って聖杯を得るのは副次的なものだ。
だが、セイバーは違う。
彼女には叶えたい願いがある。
そしてそれは、セイバーのマスターである以上、何よりも優先してあげるべき事だ。