クラウドがFate世界に迷い込む話 作:ジ-ェ-ノ-バ
「それで? 君はどう思うのかね」
かちゃん、とティーカップの器具が重なる音がなった。それが合図であるかのように、赤い騎士、アーチャーは自身のマスターのカップに紅茶を注いでいく。
湯気を立ち上らせているそれを、マスターである遠坂はぐいっと飲み込んだ。
「クラウド─────クラウド・ストライフ。彼の存在について?」
「ああ、そうだ」
遠坂の思考の中に思い浮かんだのは、金髪の青年の姿だった。
「そうね。正直に言うと、わたしは受け入れられないかな」
遠坂が言及したのは、クラウドの方だった。
「だって彼、あまりにも怪しすぎる。クラウドという名の英雄はいない、サーヴァントでもない、それなのにバーサーカーとやり合える力を持っている」
遠坂はティーカップを置くと、優雅な心持ちを意識して静かに息を吐いた。昨日の夜、あの影に植え付けられた恐怖を拭い去るように、静かに目を閉じる。
「そして何より、本人は異世界から来たと言う」
「解せないな」
アーチャーが言った。
「並行世界……いわゆるパラレルワールドと呼ばれる概念の有無については、ほぼ存在が確定しているも同義だ。違ったルート、違った結末、随所に配置されている終わりに差異はあれど、進む道は同一。そこに大きな違いはない」
アーチャーはティーポットをテーブルに置いて、淡々と話し続けた。
「しかし、異世界となると話は別だ。並行世界に見られる『違ったルート』は元から存在せず、『違った結末』というのも元から存在し得ない。例えばいま私の目の前にいる遠坂凛という存在も、異世界では生まれてすらいないという話になる」
「……」
「生まれ、紡ぐ。人類史とはミクロな一個人と、マクロな現象が積み上げる結果の名称だ。それを根底から否定するのであれば、それは宇宙にとっての異物となろう」
「剪定事象─────か」
魔術世界では、そのような概念がある。
大きく外れた世界を刈り取る、世界の意志。
「
「さてな。実態が読めない以上、迂闊なことは言えん」
肩をすくめてアーチャーは言う。
そして。
「しかし、アレには一つの確信がある」
そういうアーチャーは、鋭い目をしていた。
声色も鉄のように冷たく、まるでギロチン台をも連想させるような殺意が滲み出ていた。
「アレは間違いなく、異界の者だ」
「……理由はあるの?」
遠坂が首を傾げて訊いた。
それに対して、アーチャーは明後日の方を見た。
そして、小さく語り始めた。
「私には、この目でみた剣を読み解く力がある」
遠坂はその言葉に驚いた顔をした。
何故なら、アーチャーは今まで自身のことについて多くを語らなかったからだ。
それは出自についても、宝具についてもだった。
「創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術、憑依経験、蓄積年月。その剣に関する情報、剣が持つ記憶を見るだけで把握できる」
「待って─────それって、投影魔術……?」
遠坂の消えるような問いに、アーチャーは静かに首を横に振った。
「……昨日、私はアレが持つ剣を見た。あの大剣だ」
クラウドが手にする、バスターソード。
アーチャーはそれを指して、こう言った。
「あの時、私には何も読み取れなかった」
アーチャーの目が、揺れることなく停止している。
「いつ造られたのか、どの素材で出来ているのか、そのような基本的な事さえ判らないのだ。例えるならそう……剣の形をしているだけの、未知なる原子の塊というべきか」
アーチャーの目は、あらゆる剣を解析する。
大刀、双刀、中国刀剣、カンダ、タルワール、カープス・タン、ロンパイア、ロングソード、グレイヴ、レイピア、サーベル……
種類は問わない。
例えそれが英雄が扱う宝具であっても同様であり、その気になれば星が造りし聖剣すらも解析してしまう。
だが、その前提が話を狂わせる。
「それは……どうして?」
「さあ、私にもさっぱりだ」
だが、とアーチャーは続けた。
「これは間違いかもしれないが、私はこう思っている。……異界のものである存在には、魔術的関与を拒絶する法則があるのでは、と」
「魔術的関与を拒絶?」
「ああ。又は、概念的接触とも言うべきかな」
遠坂の困惑する息遣いがあった。
魔術世界にある概念については、ある程度の理解を持っている自信が彼女にはあった。もちろん、編纂事象や剪定事象についても知っていた。
しかし、こればっかりは分からなかった。
アーチャーの造語だと言うのは分かるが、それがどんな意味を持っているのか理解できなかった。
「ともかくだ、凛」
アーチャーは話を切り替えた。
「私はあの男の存在について、許容する事ができない。無論、マスターである君の意見は取り入れるつもりでいる。サーヴァントにとっては、それが最優先事項だからな。……だが─────」
鋭い目が遠坂を見た。
「アレと手を組むというのなら、それ相応の覚悟が必要になるぞ」
「覚悟、ね」
遠坂は鼻で笑った。
「そんなもん、とっくに出来てるっての。わたしが半端な気持ちでこの戦いに挑んだって、あんたは本気で思ってるの?」
「そういう話ではないのだがな……」
アーチャーは呆れたように首を振った。
空になったティーカップを手に取り、
「話は変わるが、あの影はどうするつもりだ?」
「そうね。今のところは保留。けど、あれが街の人間から魔力を奪っている元凶、または間桐臓硯の使い魔だというのなら、遠坂の名の下に処分を下すまでよ」
「そうか。ならいいんだ」
やるべきことは決まっている。
明確な目標があるのは、ありがたかった。
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「殺せ。なにも気にすることはない」
間桐桜は、耳元で囁く声に驚いて目が覚めた。
それは異様なほどに冷たくて、不思議と心を惹きつける艶かしい蛇のような声だった。
ジワリと、身体中から汗が滲んでいた。
この冬場には似合わない、熱っぽい汗だった。
「…………いま、何時?」
部屋にある時計に目をやると、短針が9時を入りかけている所だった。
毎朝の朝食を衛宮と共につくる桜からすれば、それはとても遅い起床だ。どうして先輩は起こしてくれなかったのだろう、と真っ先に疑問に思ったが、自身の体調を心配してくれたのだという結論に至って無理やりに納得した。
「わたし──────」
桜は立ち上がると、部屋を後にした居間に向かった。
ふらふらと蹌踉めく自身の足をみて、桜は本当に自身に熱があるのだと理解した。外から差し込んでいる冷気が、やけに気持ちが悪かった。
居間の襖を開けると、そこには電気がついていない薄暗い光景が広がっていた。
耳をつんざくような、静けさがあった。
「…………」
誰かがいるのではと期待していたが、その予想には誰も応えられなかった。
衛宮の姿も、クラウドもセイバーもいない。
カチ、カチ、カチ、カチ、という機械的な時計の針の音がなっていた。桜は襖を閉めると、真っ先に台所の流しに目をやった。
食器はない。洗い物の形跡もない。
そもそも、朝食はなかったようだった。
「……」
桜は内心、ほっとしていた。
自身を置いて朝食を摂ったのではという考えが間違いだったことに、静かに安堵したのだ。
「──────」
桜は自身に熱があるのを理解していながらも、部屋のベッドに戻るつもりはなかった。
洗い物はない、昼食を作るには早すぎる。
暇ではあるが、もしかしたら衛宮が帰ってくる頃合いかもしれないと考えた桜は、このまま居間で待つことにした。そして退屈凌ぎに、テーブルの上に置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばした。
特に意識もない、無意識な行動だった。
ポチ、と赤い丸ボタンを押すと、2秒ぐらいの間隔をえてテレビの画面が映った。
『きのう午後11時頃、冬木新都の中央公園にて大きな爆発があったと近隣住民から消防に通報がありました。消防によりますと、およそ30平方メートルほどの爆発で、怪我人は今のところ確認されていません。原因は地下配管によるガス爆発の可能性が高く、連続での事故は極めて低いとのことです。……続けて、新都高速線に──────』
桜は引き寄せられたように、そのニュースを見ていた。続いて切り替わった高速道路でのトラックの爆発のニュースを見ても、桜の頭には先程の内容がこびりついたままだった。
「あれ……? リ──────」
ある事を疑問に思った桜だったが、それを遮るようにガラガラと玄関の扉が開いた音がした。
廊下に軽い足音を響かせながら、誰かが居間へと近づいてくる。襖が開かれると、健康的な汗をかいている衛宮が入ってきた。
「あれ、桜。起きてたのか?」
「はい。おはようございます、先輩」
いつも通りの挨拶を交わした。
桜は体調が崩れているのを悟られないよう、いつもより元気そうな声色で喋った。
「先輩、なにか運動でもしてきたんですか?」
「道場でセイバーと剣道の打ち合いをしていたんだ。セイバーのやつ、手加減ってモノを知らないのかってぐらい本気だった」
「剣道……セイバーさん、外国の方なのに剣道を嗜んでいるんですか?」
「ああ、いや! えーっと……アレだよアレ。フェンシング? それの達人なんだ、セイバーは」
誤魔化すように衛宮は言った。
「……そうなんですね。凄いです、セイバーさん」
分かりきった事だが、桜は笑って対応した。
そして、小さく深呼吸をする。
「先輩。その──────」
意を決したような顔で桜は何かを言おうとしたが、それを遮るかのように衛宮家の固定電話が空気を震わせた。
衛宮は「藤ねえかな?」と呟きながら、廊下に出ていってしまった。
「……」
桜が気落ちする。
廊下からタメ口で会話する衛宮の声を聞いて、電話の相手が親しい人物であると予想できた。先ほど言っていた通り、藤村が相手であると桜は勝手に想像していた。
きっと、職場にお昼ごはんを持ってきて欲しいという無茶振りだ。
そうに違いないと、そう思った。
「─────悪い、桜。急用が出来たから、少し出掛けてくる」
「何かあったんですか?」
桜が首を傾げた。
「いや、大した事はないんだ」
口ではそう言うが、よほどの事なのか衛宮は素早く身支度をして部屋を出て行こうとした。
その去り際に、
「道場の方にまだセイバーがいる筈だから、何かあったら頼るんだぞ、桜」
そう言い残して出ていってしまった。
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場所は教会だった。
当然、この街で教会と呼ばれる場所は一つしかない。長い坂を上がってたどり着く、胡散臭い神父がいる冬木教会だ。
衛宮は教会の前まで来た。
理由は単純で、ここに呼び出されたからだ。
「──────だから、間桐臓硯がキャスターを使役してて、それで変な影が……」
衛宮が教会の扉の前に立つと、中から反響している遠坂の声が聞こえてきた。その返しに、遠坂よりも一回り小さい声が反響している。
言峰の声だ。
「……」
衛宮は躊躇う事なく、教会の扉を開けた。
その扉の先には、向かい合って話している遠坂と言峰の姿があった。
「─────おやおや、随分と遅い到着だな」
嫌味たっぷりな声で言峰が笑いながら言った。
衛宮は不機嫌そうな顔をする。
「うるさいな。家から遠いんだよ、ここは」
「そうか。ならば場所を別のところに移すべきだったかな。例えば、『泰山』とかが良かったか」
はぁ、と遠坂は呆れていた。
「それはアンタが、単に辛いのを食べたいだけでしょ」と小さくツッコミを入れているのを、衛宮は聞き逃さなかった。
「……それで、何のようだ?」
衛宮は呼び出された訳を訊いた。
衛宮、遠坂、言峰。
この3人で集まるのは、セイバーが呼び出された夜以来のことだった。
「いやなに、昨日の夜の件について隠蔽工作をしなくてはならないのでね。監督役としての責務を全うする為にも、話を詳しく聞きたい」
「それなら遠坂だけで十分だろ。俺がいる意味なんてあるのか?」
「当事者には聞いて回るものだよ。それとも、セイバーに訊いた方が良かったかな?」
チッ、と衛宮は舌打ちをした。
いちいち嫌味を挟まれて、気分が悪そうだった。
「……それで、何を話せばいい?」
「昨日の夜、何があった?」
質問は端的だった。
特に工夫されるものでもなかった。
「間桐臓硯と戦闘になった。たぶん、死体となったキャスターを操っていた。こっちはセイバーとアーチャーと、クラウドの3人がいて、そして─────」
衛宮は遠坂の方をチラリと見た。
遠坂はその視線に気づくと、黙って頷いた。
「変な……影のようなモノが現れた」
「ほう。『影』とな」
言峰は興味深そうだった。
詳しく聞きたいという感情がダダ漏れだった。
「……赤い表面が見え隠れしている、黒いリボンのようなモノで覆われた影だ。そいつが戦闘の途中で入ってきて……キャスターを飲み込んだ」
「飲み込んだ、か。つまり倒したという訳でないのだな」
「ああ、そうだ」
何がおかしいのか、ふっと言峰は笑った。
その反応に、2人は顔を見合わせて困惑した。
「……それが関係あるの?」
遠坂が言峰にそう訊いた。
確かに、言峰は隠蔽工作の為の情報が欲しいために呼び寄せた訳だ。この疑問は昨日の夜の件について関係はあるが、隠蔽工作についての関係はないように思えた。
しかし、言峰は頷いた。
「昨日の夜、再び昏睡事件が起きた。意識不明者は50人以上にも及ぶ。そのやり口は非常に乱暴で、悪辣だ。隠そうとする気概がない」
ジワリと、昨日の光景が思い浮かんだ。
「キャスターも同じように街の人間を襲っていた。その目的は魔力を補充する為だ。しかし、キャスターのやり口は繊細な、まるで採血のようなものだった。ならば、今回のはどうか?」
言峰は口に笑みを貼り付けながら言った。
「アレのやり方は、食事そのものだ」
「……」
「私が思うに、お前たちが見た影は魔力を補充する為に行動しているのだろう。恐らく、キャスターは魔力に変換され飲み込まれたのだと推測できる。どれほど弱いサーヴァントであろうとも、高純度のダイヤのようなモノだからな」
「何が目的で……」
「さてな。キャスターのように力を溜め込んでいるのか、存在維持の為であるのか。はたまた、その両方か」
可能性は複数ある。
それを測ることは今は出来ない。
「私が知りたいのは、その影についてお前たちがどのように対応していくかだ」
言峰は言った。
「キャスターが魔力に変換され飲み込まれたとするなら、すでに聖杯戦争は崩壊したも同然だ。聖杯は六騎のサーヴァントを吸収する事で完成する。残るは四騎。このままでは完成に至らない」
ピク、と遠坂が今の発言に反応した。
驚いたような表情をしていた。
「待って……四騎? 五騎じゃなくて?」
その言葉を聞いて、衛宮も違和感を覚えた。
昨日、キャスターが消えた。
その一昨日には、ライダーが消えた。
残るは五騎の筈だ。
「いいや、残るは四騎だ」
しかし、言峰はキッパリと否定した。
「昨夜、ランサーが敗れた」
「………………は?」
「柳洞寺にて、アサシンに敗れたのだ」
衛宮の思考が停止した。
いいや、遠坂も同じようだった。
数秒間の沈黙。
その時間を得て、遠坂は理解した。
「アンタ、まさか」
「そうだ、凛。私がランサーのマスターだった」
遠坂の左手が言峰に向けられた。
彼女の腕に刻まれている魔術刻印が、ギラリと光り輝いた。
「……」
神父は動かない。
彼女の様子を、じっくりと観察しているようだった。おそらくだが、遠坂は撃たないという確信めいた『何か』があるのだろう。
でなければ、微動だにしないのは不可解だった。
「───────言い分は?」
「無いな。私は監督役という地位を捨て、マスターでもなくなった。何も残らない、ただの神父だ」
命乞いのように聞こえるが、その実態は違う。
まるで脅しだ。
遠坂凛に対する、警告のようなものだった。
「……」
遠坂は苦虫を潰したような顔をすると、言峰に向けていた左腕を下ろした。張り詰めていた空気がそれを境に、どんどんと抜けていくような気がした。
言峰は相変わらずの笑みを浮かべたまま、再び話し始めた。
「アサシンはキャスターが殺された夜、柳洞寺の結界から外へと飛び出した。私はランサーにアサシンの監視を命じていたが、戦闘に入り、柳洞寺まで追い詰めたが戻らなかった」
「……アンタのサーヴァント、クー・フーリン……だったか? そいつを倒すほどの相手だったのか?」
「まさか。アサシンの本業は、気配遮断スキルによるマスターの暗殺だ。通常戦闘において、アサシンが勝つことはまず無いだろう」
「…………じゃあ」
可能性はひとつしかなかった。
「お前たちが見た『影』は、着実に魔力を補充している。それはサーヴァントのみならず、街の人間からも魔力を奪っている。このまま行けば、いずれこの街は無人になる」
言峰は遠坂に目をやり、そして衛宮の方を見た。
もう既に、自身は部外者だと言わんばかりの顔だった。
「さて、どうする?」
「どうするもこうするもないわ」
遠坂が即座に切り返した。
「あの影を倒して、間桐臓硯も倒す。それでこの話はお終いよ」
「簡単に言う。当てはあるのかね?」
「──────」
そう訊かれた遠坂が、衛宮の事をチラリと見た。
「……あの影については、クラウドが良く知っているでしょ?」
「……!」
「ほう。それは……なかなか」
言峰が一層笑ったような気がした。
話を振られた衛宮は、どのように回答すればいいのか分からず静かに狼狽えた。
「……俺に、訊くな」
「そう。クラウドからは何も聞いていないんだ」
「そうだ……俺は知らない」
半分本当であり、半分嘘だ。
何も聞いていない訳ではないが、ほとんど知らないと言うのは間違いない。クラウドとあの影の関係性についても、微塵も知ることは出来ていない。
…………『黒マテリア』。
これを話すべきか、衛宮は迷った。
遠坂たちは、マテリアというものを知らない。
ただ、もしかしたら何かしらのヒントを手に入れることが出来るのかもしれない。魔術に詳しい彼女たちなら、衛宮の知らないことを知っているかもしれないからだ。
しかし、それを躊躇する理由があった。
「……」
衛宮は言峰をみた。
相変わらずの笑みを浮かべている彼は、クラウドについて興味があるようだ。
それの善悪の所在を、衛宮は測ることができない。
ただ、話すのは躊躇った方がいいと思った。
半ば直感のようなものだったが。
「──────間桐臓硯はわたしが倒す」
「なに?」
「これは責任よ。御三家である、遠坂のね」
「違う……勝てるのか?」
「……もしかして、わたしを侮ってるの衛宮くん。間桐臓硯の力量は昨日のうちに読めた。慎二のライダーも消えて、恐らく切り札であったキャスターも退場した。後はわたし1人で何とかできるわよ」
「それはどうかな、凛」
その時、言峰が口を挟んだ。
「まだ可能性は残っているだろう。マスターを持たないサーヴァントが、ふらふらと街中を歩いているではないか」
「……アサシンなんて、わたしの敵じゃないわよ」
「ふっ……なるほどな。しかしながら、君のアーチャーが私のランサーよりも強いとは、到底思えないのだがね。私には今の君が、火に吸い寄せられている蟲のように見えるが、これはただの幻覚だったか」
「……」
遠坂は不機嫌そうに舌打ちをすると、何も言わずに教会を出ていってしまった。
残されたのは置いてけぼりにされた衛宮と、面白そうに笑っている言峰だけになった。
「─────お前は?」
言峰がそう言った。
「……俺は、あの影を追いかける。あれが街の人間に手を出しているのなら、放ってはおけない」
「当ては?」
「……分からない」
言峰は教壇にまで歩きながら言った。
「先程、影はクラウドとの関わりを持っていると言ったな。ならば彼と行動を共にすれば、いずれは逢えるのではないかね」
「……出来ない」
「何故だ」
「それを、アンタに教える義理はない」
「……ふっ」
クク、と言峰は小さく笑った。
それだけで、まるで衛宮は心のうちを見透かされたような気分になった。
「では、柳洞寺に行くといい」
「何でだ?」
「この街の穢れはあの地に収束する。そして、集まるのは穢れだけではない。この土地の地脈もまた同様だ。お前がいう影が魔力を補充する目的があるのなら、この地で最も土が肥えている柳洞寺に行くのが必然であり─────」
まるで肯定を求めるように首を傾げながら、神父はこう付け足した。
「魔力の塊である、セイバーを狙うのは道理だろう」
「…………セイバーを餌にしろって?」
「サーヴァントはマスターの使い魔だ。どのように扱おうが、誰も追求することはない」
「道具じゃないって話をしているんだ!」
「何をいう……サーヴァントはどこまで行ってもマスターの道具だ。確かにマスターとサーヴァントは建前上の契約関係にあるが、令呪という絶対遵守の首輪がある限り、その根底には揺らぐ事のない上下関係が存在する。少なくとも、衛宮切嗣はそのように考えていたようだが」
「っ……!」
「それとも、お前は衛宮切嗣とは違うと言うのか?」
試すような声色だった。
いいや、どちらかと言うと実験だ。
試験管の中に満たされている液体に、劇薬を混ぜて反応を見ているのに近い。その液体の色がどのように変化するのか、探っているのだ。
「─────アンタは、俺に嘘をついた」
「ほう?」
「
「……」
「だが、アンタの記憶には未だ衛宮切嗣の亡霊が彷徨っている。アンタは俺に、衛宮切嗣の代わりになって欲しいんだ。天敵の到来を、再び待っているだけだ」
「さて?」
やはり奴は笑っている。
マスターではなくなった彼は、それでも尚。
「私はこれでも、舞台裏に回っているつもりだったがね。ランサーを召喚し使役していたのも、あくまでより良い願望者に聖杯が手に入るのを手助けしていたに過ぎん。そうでもしなければ、最初の夜にお前が此処へ辿り着くことはなかったと思うが」
ランサーは令呪によって縛られていた。
言峰が言っているのは、もしも最初の夜に全力のランサーを相手にさせていたのなら、お前たちは既に死んでいたと言うことだ。
「……」
「それとも、私にはまだ何か隠されていると? 間桐臓硯のように、ランサーの死体でも操っていると、そう思うのか?」
「アンタは……それぐらいはするだろ」
「するとも。だが、その手段は取れないし、ランサーが退去したのは変えようのない事実だ」
言峰はキッパリと告げた。
「ではどうする。この際、セイバーを使って私を殺してみせるか。危険分子は早々に排除する、それもまた衛宮切嗣の在り方だ」
衛宮は強く奥歯を噛み締めた。
この神父はやはり受け入れることが出来ない。
そして、侮ることも。
「─────俺が目指すのは、そんなのじゃない」
衛宮は吐き捨てるように言うと、大股で教会の扉まで歩いていった。1秒でもいられないという彼が扉のドアノブに手をかけると、その背中に神父はこのように声をかけた。
「正義とは悪を殺すもの。もしもお前が衛宮切嗣の跡を継ぐというのなら、その在り方を忘れるな」
「……」
衛宮士郎は、振り返らなかった。
クラウドさーん。
どこ行ったんですかー?