クラウドがFate世界に迷い込む話 作:ジ-ェ-ノ-バ
ガコン、と教会の扉を開ける。
明かりが灯っていない夜、銀色の月光だけが突き刺している聖堂にクラウド達は足を踏み入れた。
「…………ほう」
その時、そんな夜に紛れて誰かがいた。
最初は言峰綺礼かと思った衛宮だったが、その声色を聞いた耳が思考を否定する。
声の主は、いくつも並べられているチャーチチェアに座っていた。視界に入って左側にある、月光が差さない暗闇の中だった。
「クク……」
立ち上がった者は男性だった。
まるで彼は、暗闇の中であっても自身の存在だけで輝く黄金のようだった。
すらりと立つと、彼は教会に入ったクラウドと衛宮の方に堂々と近づいてきた。
「───────」
カツ、と男の足が止まった。
男は腕を組みながら、その赤い瞳で、まるで品定めをするかのようにクラウドのことを見つめていた。その口元には溢れ出したかの如く、小さな笑みが浮かんでいた。
「異界の迷い人……いや、違うな」
「……!」
男の言葉に、クラウドは目を見開いた。
しかし、男は気にしない。
気にする必要はないと言わんばかりに、続けた。
「おまえ、招かれたな」
「なに……?」
クラウドが眉をひそめる。
その片手がバスターソードの柄に伸びる。
だが、男はその不敬を無視して背を向けた。
「言峰に用があるのだろう?」
それだけを告げて、彼は去っていく。
「───────」
クラウドが先程の言葉の真意を問うために、彼を呼び止めようとした。
だが、声が出ない。
極度の緊張のせいなのか、それとも心の何処かで彼を恐怖していたからか。
反射的とも言える、バスターソードの柄を握るという行為をしたまま、時は過ぎていった。
「おや……これはまた奇妙な組み合わせだな」
祭壇の奥から、教会の神父が現れる。
言峰綺礼。
大柄で、胡散臭そうな男だ。
「あんたに訊きたいことがある」
「ふっ……そのような間柄ではないと私も承知しているが、挨拶も無しに質問とはな」
「……」
「それで?」
言峰綺礼の言葉を無視して、クラウドは言った。
「なぜ、俺に聖杯戦争の説明をした?」
「と、いうと?」
「会って間もなかったはずだ。それなのにあんたは、俺に……─────」
そう、クラウドは言葉を濁していった。
「……いや」
カラン、とバスターソードの金属音が鳴った。
クラウドの意識がそれへと移る。
正直、理由は聞かずとも何となくわかっていた。これは確認事項としての質問ではあったが、言葉にしている途中でやはり無駄な質問だとクラウドは思ったのだ。
だからこそ、
「─────単刀直入に訊こう」
「言ってみたまえ」
「あんたは、俺がこの世界に来た理由に関して、何か知っていることはないか?」
ほんとうに直球な質問だった。
何の捻りもないし、何かを模索する意図もない。
知っているか知ってないか、ただそれだけ。
それを聞いただけだ。
「…………さてな」
言峰は一言で答える。
無表情のまま、静かに。
「……そうか」
クラウドは、特に詰め寄ることはなかった。
正直、神父は嘘をついている可能性もある。
この世界に来た理由を知っていて、それを知っておきながら黙っているのかもしれない。
ただ、その確証もない。
嘘をついていない可能性だってある。
そもそも、これはクラウドにはどうやっても証明のできないことだ。例え脅したとしても、この神父は折れることはないだろう。
それだけは断言できる。
「神父の言葉だ。あんたを信じよう」
「ふっ」
言峰は小さくほくそ笑む。
神父らしからぬ、ニヤけた笑みだった。
「……俺も訊きたいことがある」
その時、割って入るように衛宮が言葉を出した。
唐突とも言えるその発言に、神父の目がクラウドから彼へと移る。
「ほう、なにかな?」
「─────衛宮切嗣のことだ」
その名前を出した瞬間、神父の表情が変化したのを2人は見た。それは驚きというよりも、その名前自体に対する反射のような反応だった。
「……セイバーから聞いたか」
「ああ、そうだ」
「なるほどな。アレも余計なことを口にする」
そう言うが、神父の声色は明らかに楽しんでいるようだった。
おそらく、それほどまでに衛宮切嗣という人物に対して特別な感情があるのだろう。
そう……それは宿敵に対する思いであり、または好敵手に対する想いだ。
「……」
クラウドは言峰から背を向けると、この教会の出入り口である扉を開けた。
もう聞くことはない。
今から始まるであろう衛宮士郎と言峰綺礼の会話も、クラウドには関係のないことだ。知らない人物の話を盗み聞きしたところで、何の特にもなりはしない。
だからこそ、クラウドは外へと出たのだった。
「クラウド、シロウは?」
「置いてきた」
「……」
クラウドの回答に、セイバーは少し不満げな顔をしている。
きっと、あの神父と2人きりにさせた事に対して思うところがあるのだろう。
ならば自身が隣に立って護衛してやれば良いとクラウドは思ったが、それを口に出して言うつもりはなかった。
「それで、結果は?」
「知らないらしい。嘘だとしても、あの調子じゃ認めそうになかった」
「それは……残念です」
「そうでもない」
時刻はどのぐらいなのだろうか。
索敵に出てかなり経った気がする。
そろそろ、夜明けが近いかもしれない。
「……ライダーは、あれで退場か?」
「ええ、恐らくは」
「恐らく?」
「完全に死亡した瞬間を見ていませんので」
「……」
「ライダーを討った貴方の方が、よくわかるのでは?」
「ああ、手応えはあった。致命傷だ」
「では──────」
「ただ、生き残る奴はあれでも生き残る。……まぁ、人外の場合に多い話だが」
クラウドとセイバーは、淡々と会話を続けていく。それはもう、会話をするというよりも、会話をこなすと言った風に例えてもいい。
2人の間に気まずい雰囲気は無い。
だがその分、会話に感情がなかった。
「……」
そして、会話は終わる。
話すことがなければ、喋る必要はない。
おかしなことに、そのような考えを2人は共通で持っていた。
「────────」
静寂が夜を包んでいる。
冷気が肌を突き刺している。
薄暗い街灯が地面を照らしている。
クラウドとセイバー。
この2人の戦力は絶大だ。
セイバーは、聖杯戦争の中で最優のサーヴァントと評されることがある。
クラウドは、ソルジャーのクラスファーストだ。
歴戦とも言えるその力は、並大抵の猛者でも歯が立つことはないだろう。
そんな2人が共に立っている。
間違いなく、いまこの場こそが、最強の陣営だ。
「───────!」
だが、その時、変化があった。
この最強とも言える空間に、一つの人影が近づいてきたのだ。
ゆらり、ゆらりと、その人物は坂の方からゆっくりと教会に向かってくる。薄暗く地面を照らす街灯が、その人物の姿を見にくく写した。
銀色の髪が、キラリと光る。
特徴的な帽子が暗闇に紛れて見えた。
低い背丈は、子供のものだ。
「……」
セイバーの周囲に風が舞った。
それは彼女を取り囲むように回転すると、セイバーの体を包み込んでしまう。そして、それが解かれた瞬間には、セイバーは鎧を纏った姿で現れた。
(またか……)
クラウドは内心で呆れていた。
その右手でバスターソードの柄を握ると、ゆっくりとした動作で構える。その大剣の剣先を、こちらに近づく人物に向けて。
「……」
その人物は教会の門を越えて、クラウドとセイバーのすぐ近くまで迫った。
およそ5メートルぐらいだ。
この暗闇の中で、彼女は街灯の足元に立った。
その光が彼女の姿を照らす。
そう、彼女は……
「イリヤスフィール」
バーサーカーの、マスターだ。
______________________________________________
「イリヤスフィール、何をしに此処へ?」
「……お話をしにきたの」
その言葉に、不信感を抱く。
クラウドは眼球だけを使って、上下左右の視界を確認した。何も無く、ただ日常的な景色だけが広がっているのを脳に入れる。
バーサーカーがいないという情報を。
「話?」
「ええ。貴方と、わたしで」
そう言って、彼女はクラウドを見た。
「……」
それは何の冗談だろう。
昨日、間接的とはいえ殺し合った仲だ。
クラウド達と彼女は敵同士であり、聖杯戦争というシステムに入った以上、それは変わることはない。
ただ、恐らく彼女は本気だ。
バーサーカーがいない事こそが、何よりもの証拠となる。例え、どこかで待機させていたとしても、バーサーカーが出てくる前にクラウドは彼女の首を刎ねることが出来るだろう。
それは、彼女自身も理解しているはずだ。
「なんの話だ、俺とおまえで何がある?」
「貴方にとって良い話」
「……」
「……『貴方がこの世界に来た理由に心当たりがある』って言ったら、どうする?」
「っ……」
セイバーが息を飲んだ。
クラウドも静かに動揺する。
なぜそれを、と……
「……聞こう」
「──────」
クラウドが剣を納める。
横目でセイバーを見て、アイコンタクトを送った。
そして、セイバーも同様に剣を納めた。
互いに戦闘の意思を消したのだ。
「数日前かしら? 聖杯に妙な干渉があったの」
イリヤスフィールは、そう言った。
「アインツベルンは、聖杯戦争の御三家のうちの一つ。そしてその中でも、特に聖杯について詳しい。だから、聖杯に起きた異常だとか、変化とかをいち早く察知する事ができる」
「……」
「干渉と言っても、それは些細なものだった。聖杯の中身が入れ替わったとか、その機能に大きな転換があったとか、そんなのじゃない。ただ本当に、小さな異物が混じったような感覚。それだけがあった」
衛宮は未だにあの神父と話しているのだろうか。
このような話を、例え未熟とは言え、セイバーのマスター抜きで進めていいのか疑問なところはある。
「わたしも、最初は無視していたわ。例えるならそうね……ホクロが出来たみたいな感覚。鏡で見たら気になるけど、今すぐに除去しようなんて思わないでしょ?」
「ああ」
「ふふっ」
クラウドが反応した事が嬉しかったのか、イリヤスフィールは小さく笑う。
その子供らしい反応がトリガーとなったのか、殺伐としたこの空間が少し和らいだ。
「……だから、わたしは無視した。聖杯が劣化した事による現象だと思って、その異物による変化を無視して聖杯戦争に挑んだ。そう─────」
彼女は呆れたように笑いながら、クラウドに指を差した。
「結果、イレギュラーが発生した」
クラウドという存在。
異界から渡ってきた住人。
その存在自体が、イレギュラー。
「……それで、俺がこの世界に来た理由は?」
「──────抑止力という言葉は知ってる?」
その問いに、クラウドは首を横に振った。
イリヤスフィールが答えようとしたが、その役目を取るかのようにセイバーが口を挟んだ。
「簡単に言えば、『世界を守る意思』の事です。人の世を壊そうとする者、星を脅かす者に対して攻撃する、『世界自身』が持った防衛機能と思ってください」
「……流石は、抑止の座に着く英霊ね」
その発言を称賛とは取れなかったセイバーは、そうして静かに押し黙る。
イリヤスフィールの説明を聞くために。
「セイバーの言った通り、抑止力は世界が持つ防衛機能。世界が脅かされた時に発現するソレは、時には自然現象によって原因を切除する事もあれば、時には守護者を遣わす事によって原因を排除する事もある」
「まさか……」
セイバーは薄々勘づいていたものが、確信に近づいたからなのか、無意識のうちに声を出していた。
その視線が、クラウドへと向けられる。
当の本人であるクラウドは、正直わけが分からないと言ったように眉をひそめていたが。
「なんだ、その守護者っていうのは?」
「守護者は、いわば人理を守る存在。人の世の滅亡という悲劇を回避する為に、その原因がある時代に遣わされる英霊……私は、そう聞きました」
「…………」
クラウドはその答えを聞いて、固まった。
話の流れを察したように、動きを止める。
そして、自身の右手を眺めながら、小さく訊いた。
「俺が、その守護者だと?」
「……」
イリヤスフィールの話を真に受けるなら、そうなる。
事実、セイバーはその可能性は否定し切れないと……いいや、かなり高いと思ってしまった。
聖杯に起きた異常。
その場に突如として現れた、異界の住人。
数としては少ないが、根拠としての力は強い。
そもそも、世界の移動は第二魔法の領域だ。
それは魔術を使って起こす現象とは程遠い、まさしく奇跡とも言える事態に他ならない。
そのような事を起こせるのは、それこそ『世界』そのものぐらいしか無いだろう。
…………だが、
「守護者とは、世界と契約して成るものだ。一方的に選定して成らせるものではない」
セイバーは否定する。
「クラウドは英霊ではない。それどころか、抑止力も英霊も、魔術すらも知らなかった。なぜ自分がこの世界に来たのか、何も知らされていない守護者などあるものか」
守護者と決めつける根拠は強い。
だが反対に、それを否定する根拠も強かった。
セイバーの言い分は最もだ。
クラウドは何も知らない、知らされていない。
守護者は原因を排除する存在だとしても、その原因を知らなければ排除のしようが無いのだ。
それはもう、元の機能を失っている。
これでは、ただ巻き込まれただけだ。
「……ええ、貴方の言う通りだわセイバー」
それに関してはイリヤスフィールも認めていた。
鈴の音のような声で、肯定する。
「けれど、彼が聖杯の異変に呼応してこの世界にやって来た事に関しては、わたしは否定しない」
そう、結局はそこに回帰する。
抑止の話がどうであれ、クラウドがこの世界にやって来た事への原因が何処かにあるのは確実だ。
そしてそれが、聖杯の異変に関するものである可能性が高いのも変わらない。
「まぁ、わたしが事前に手を打とうとしても、今のわたしに聖杯をどうこうする事は出来ないわ。はっきり言って、お手上げ」
「……」
「だからこそ、提案があるの」
イリヤスフィールが意地が悪そうな笑みを浮かべた。
その笑みに2人は小さく反応する。
───────と、
「悪い、時間が掛かっ──────!?」
タイミング良いのか、悪いのか。
衛宮が教会から出てきて、イリヤスフィールの姿を見て驚いていた。
「な、えぇ!?」
「……」
驚き、よろめく衛宮。
そんな彼を見て、イリヤスフィールはより一層の笑顔を浮かべてこう言った。
「お兄ちゃん、わたしと手を組もう?」