お祖父様がもうすぐ亡くなる。
私がルイ16世としてフランスの国王となる。
なぜこんな事になってしまったのか?私はルイ15世の息子ではない、孫だ。
私には父がいた。そして、兄は二人もいた。私は予備の予備のそのまた予備でしかなかったはずだ。当然それ相応の教育しか受けていない。周りも私を次期国王として見るようになったのは兄上達の死後からだ。
わかっている。事情はどうあれ近い将来には、私が国王として臣民を導くかねばならないということは。それなのにいつまでも腹をくくれず、アントワネットの目にも失望の色がありありとしていることは。
気を紛らわすために錠前を作っても、気晴らしに狩りに出ても、先人の例を手本として難局を乗り切るヒントを得ようと書物を読み漁っても、一向に不安がなくならない。
気がつけば逃げ道ばかり探している。私はお飾りにてっして宰相に全て委ねてしまおうか?
だが、もしその宰相が悪政で国民を苦しめたら、その責任は誰にある?宰相に任せると決めた私のせいだ。私はもうどう足掻いても責任から逃げることはできない。
「いっそ私も、早死すれば楽になれるのかもしれないな」
「王太子殿下。オスカルが参りました」
「ありがとうアントワネット」
とうとう私はルイ16世になってしまった。祖父を亡くした私に皆がかけた言葉は「おめでとうございます」だった。しかし、私たち夫婦は泣いた。もちろん悲しみの涙だ。
たが悲しみに暮れている暇はない。先代の葬儀に当代の即位、他にもやらなければならない行事が山積みだ。
アントワネットが客人を連れてきてくれた。
「お呼びでしょうか陛下」
男装の麗人として名高いオスカル。私よりはるかに貴種らしい容姿に凛々しい振る舞い。彼女が女で良かった。もし男性だったら自分が惨めに思えてとても目を合わせられなかったろう。
「気が早いよ、まだ即位前だ」
「失礼いたしました。王太子殿下」
「気にしなくてよいよ。なんでもバロア朝の末裔を自称する人を成敗したようだね」
「はい、お耳が早いですね」
「やはり騙(かた)りだったか?」
「あきらかな贋物でした。少なくとも血統を証明できるものはありません。そして養母の遺言書を偽造する不届きな女でもありました」
もし本物なら、そして男子なら私より王座に相応しいとすら言える人物だが、オスカルの説明では贋物のうえ女性、それでは話にならない。
「そうか、すまない。こんな時期だから、何か政治的な陰謀かと思ってしまってね。どうやら単なる詐欺師のようだね」
「ご懸念はもっともです。杞憂ですんだのは不幸中の幸いでした」
私はさっさと話を切り上げて退出する。部屋にはアントワネットとオスカルが残った。
宮廷では「まるでアントワネット様はオスカルの妃のようだ」とさえ言われているのは知っている。
しかし、私よりオスカルといたほうが妻は幸せそうだ。そもそもわたしは気の利いた会話なんてできないし、容姿もパッとしない。王位継承者でなければアントワネットとの結婚など夢のまた夢だったろう。
「私は運だけで身の丈に合わない幸福を手に入れてしまった男だ」
弟や従兄弟が私を蹴り落として王になりたがっていることも知っている。
私ですら王になれるのだから、自分だって資格があると考えるのも無理はないだろう。
私のような男より、自分のほうが国を治めるに相応しいと思っているのだろう。
「それでもやり遂げるしかないのだ、実直さだけが私の取り柄なのだから」
生まれを選べないのも、運命に翻弄されるのも、私だけではない。
王族も貴族も平民も、皆それぞれの身分に生まれ落ち、それぞれの役割を全うしている。
私だけがそれから逃れて務めを投げ出せるはずもない。
「やり遂げるしかないのだ、人は皆不自由なのだから」