水面に揺蕩う薔薇〜うら舟に帆を上げて〜   作:杉田雅俊

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小麦粉戦争

 

 

 

ルイ15世陛下の埋葬も終わり、少なくともヴェルサイユには落ち着きが戻った。

 

忙しい日々が落ち着いて、ようやく屋敷で優雅にディナーを楽しめるようになった。

 

「そういえば父上、陛下がデギュイヨン卿を罷免なさるそうですね」

 

「うむ、ずいぶん思い切ったことをなさるが、まあやむを得まい。たいそう不人気なお方だった。それが外務卿と陸軍卿を兼務していたのではいつまでもかばいきれないそうだ」

 

「新たなる陸軍卿はミュイ伯、外務卿にヴェルジェンヌ公が任命されたとも伺っております。そして財務総監テレ卿も近く解任されチュルゴ卿が転任される見通しともっばらの噂です」

 

「私もそう聞いている。よい人選だ。不毛な貧しい地域であるリムザンの地方長官として、土地代著の作成、国王賦役の廃止、穀物取引の自由化など多岐にわたる事業を精力的に推進した人物だ」

 

そう聞いた時、私は前途は明るいと思ってしまった。だが、それは大間違いだった。

 

長年に渡りフランスの穀物取引は政府の監視下にある公設市場を要としていた。

 

厳正な規制により、穀物の流通を政府の管理下に置くことで、消費者に低価格での穀物供給が維持されてきたのだ。

 

しかし、それは農民や商人にとっては一方的に安い値段での販売を義務づけられた不自由な取引でもあった。

 

これまで政府によって決定されていた小麦の価格を、商人が自由に決められるようにした。

 

これにより農民の収入が上がり、労働意欲も増すだろうと期待された。

 

しかし、想定以上に値上がりしてしまった上に凶作も重なり、市民のは一気に高まり、ついに市場やパンをあつかう商店襲撃される事件が相次いだ。

 

 

 

 

 

 

「とうとうパリでも暴動が発生したそうですよ」

 

「まあ、なんと恐ろしい」

 

「市場から商人は追い出されて、貧民が占拠しているとか」

 

「国王陛下はどうなさるつもりなのかしら?」

 

「ビロン元帥が指揮を執って鎮圧に向かうそうですわ。近衛にも陛下直属の銃士隊にも出動命令が下ったとか」

 

「損害賠償をすれば、単なる参加者には恩赦を与えると陛下はお決めになったそうですわ。」

 

 

 

 

 

 

 

私は兵を率いてパン屋の警護について馬上から辺りを見回した。

 

「啓示にはこんな場面はなかった。いや、もともと断片的なものなのだから、当てにしすぎるのも悪手だな」

 

逮捕者は500人にも上り、彼らは戦時慣例にならいプレヴォ裁判所で裁判を受けることになった。もう暴動などではなく人々はこれを『小麦粉戦争』と呼ぶようになった。

 

その小麦粉戦争がようやく終息したころ、私は大佐に昇進し、近衛連隊長を拝命した。

 

啓示では給金は大尉のころと同額とすることを願ったが、今回はそのような条件はつけなかった。

 

私の給料など節約したところで焼け石に水である。ならば少しでも軍資金は多い方が良い。

 

そして、私はフェルゼンの元を訪ねた。予め用件は伝えてある。『自由の時代』について詳しく聞きたいと。

 

「興味本位で聞いて良いことではない事はわかっている。しかし、私は真剣に関心があるのだ。フランスにとっても革命が他人事でない時代が来る予感がする。是非答えて欲しい」

 

私の真剣さは伝わったのだろう。フェルゼンもまた真剣に見つめ返してくる。

 

「なるほど・・・革命について知りたいなら、スウェーデン貴族を頼るのは慧眼だ。英国人に頼ったところで名誉革命もピューリタン革命も実体験した人物は既にこの世にいないだろう」

 

「そうだ、だから頼んでいる」

 

フェルゼンは私に着席を促すと、テーブルを挟んで私の対面に座った。

 

「いいだろう。教えてしんぜよう。我々スウェーデン貴族にとって、過ぎ去りしこの世の春『自由の時代』について」

 

 

 

 

 

 




参考資料 18世紀フランスの小麦粉戦争における王権の対応 富樫遼大
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