私アントーニア改めマリー・アントワネットは、いつか誰かに嫁ぐことはわかっていました。
歌も勉強も苦手で、上手にできるのはダンスくらいの私ですけど、オーストリアの王族に生まれたからには果たさねばならない義務があることくらい承知しています。
お母様のことは大好きですし、優しくしてもらった恩を忘れるはずがありません。
それでもせめて、お気に入りの侍女や思い出のつまった品々と一緒に輿入れしたかった。
わがままであることは自覚しています。 文字通り、頭の天辺から爪先までフランスの衣装と装飾品に身を包み、母国からはなれて私はフランスの王太子妃となりました。
まわりに顔見知りなんて一人もいません。
なのに王太子殿下はろくに口もきいてくださいません。国王陛下に促されるまでキスしてくださいませんでした。
沈んでいた心を明るくしてくれたのは一人の近衛です。
「なんと美しい殿方なのでしょう」
私の乗る馬車を護衛する近衛のひとりは、ひときわ目を引く美貌の持ち主でした。凛々しさと美しさを同居させた、中性的な華やかさから、私は目が離せませんでした。
「オスカルは女性ですよ」
上品に笑うノアイユ伯夫人。私の世話係だからそばにいるのは当然ですし、ありがたいとも思っているのですが・・・虫歯が臭いのであまりこちらを向いて話さないでいただけると助かります。甘いものの食べ過ぎですよ。
結婚式はつつがなく進行し、なんのトキメキもないまま終わりました。 でも臣下も国民も大喜びです。
私たちの夫婦仲など悪くなければ、いいえ、たとえ夫婦仲が悪くとも跡継ぎさえ生まれればそれでよいのでしょう。
たとえ夫婦で踊ることさえ断られる仲であろうとも。
それでも王太子妃の私には果たさねばならぬ務めがあります。王妃が不在のフランスでは、私が最高位の女性であり、私から先に話しかけないと会話がはじまらない仕来たりだそうです。
ヴェルサイユ宮殿に集まった貴族たち前で、王太子妃らしく堂々と社交しなければなりません。
「あら、貴女は・・・」
「オスカル・フランソワでございます」
私はオスカルとダンスすることにしました。
「あの・・・ずっと私を睨んでいる御婦人は?」
煌びやかな金髪で凄く綺麗だけど、胸もとが深く開いた赤いドレスといいゴテゴテしたジュエリーといい、派手すぎていささか下品にも見える貴婦人の視線が気になって、踊りながらオスカルにたずねました。
「国王陛下の寵愛を受けていらっしゃるお方で、デュ・バリー伯夫人です。ご存じありませんか?」
「いえ、ノアイユ伯夫人はなにも」
叔母様たちをはじめ声をかけるべき方々について、事前に説明は受けましたが、デュ・バリー伯夫人なんて初耳でした?国王陛下の寵愛?それなら重要人物として覚えるべきはず。なぜ?名前が上がらなかったのか不思議です。
「いやしい身分出身ゆえ、毛嫌いする方も多いですが・・・敵に回さない程度には気にかけるべきかと、国王陛下のお気に入りに違いはありませんから」
「そうですか、オスカルがそういうなら」
平民上がりで嫌われているのでしょうか?順番は叔母様たちのあとにしましたが、きちんと挨拶できました。できましたが・・・
後日、私はオスカルをヴェルサイユ宮殿に呼び出しました。
「オスカル‼️私を騙しましたね‼️」
「誓って嘘偽りを申し上げたことはございません。ですがそのようにお怒りということは、私の説明が重要な部分について欠けていたということ、その点につきましては深くお詫びいたします」
澄んだ目でこちらを見据えながら言い終わると、お手本のような仕草で頭を下げ膝まづく彼女は、こんな時でなければ見惚れてしまいそうでした。
「重要なんて言葉では足りません‼️嗚呼、よりにもよって娼婦なんて穢らわしい‼️賤業としかいいようのない生き方をしていた相手に話しかけてしまったなんて・・・そのせいで叔母様たちに叱られてしまいました‼️」
「私の責任でございます。どうかお赦しを・・・どんな過去があれ、現在は国王陛下のお気に入りであり、彼女の進言で大臣が罷免されるほどの権勢を誇っておりますれば、争うべきでないと愚行いたしました。これが、アントワネット様のお気に障ってしまったなら、いかような叱責もお気の済むまで存分にくださいませ」
・・・そこまで、潔くされては責められません。まるで弱い者いじめしてるみたいではありませんか。
「確かに輿入れそうそう喧嘩はすべきではないでしょうけど、極力誰にでも柔らかく対応すべきでしょうけど・・・でも元娼婦なんて・・・」
そういうとオスカルは悲しそうな顔をしました。まるで離れて暮らすことになってしまった懐かしい誰かを思い出しているかのような、しかしすぐ凛々しい顔に戻りました。
「私はマリー・アントワネット様の味方です。なので敵に回すべきでない相手を敵に回すべきでないと申し上げました。しかし、どうやら他の者はそうではないようです。でなければデュ・バリー夫人について何もご存じないはずがないのです」
「・・・確かに」
そのとおりです。「仲良くしろ」とも「下賤だから近づくな」とも、彼女について何も教えてもらってません。貴賤はともかく重要人物であることは事実なのに。
「私は近衛にして、王家を代々守るジャルジェ家の者です。単なる刃や矢弾のみならず、あらゆる悪意からアントワネット様をお守りします。そのために出過ぎた真似を致したかもしれません」
「嗚呼‼️ごめんなさい‼️貴女のせっかくの気遣いを誤解してしまったわ。謝らないで、謝るべきは私。これからは貴女は私の一番のお友達です。ヴェルサイユのこと、王室のこと、貴女にたくさん教えてほしいのです」
「身に余る光栄にございます。私の知りうることは全てお話いたします」
私はこのとき生涯の親友を得ました。