自慢させてもらえば、私フェルゼンはかなり前途有望な貴公子と言ってよいだろう。
母国スウェーデンを出発し、ヨーロッパ各国を留学して回り、仕上げにフランスで社交する。まさにこのヴェルサイユは華の都だ。
王太子の結婚式があるということで、いまは特に賑やからしい。
華やかで見目麗しい令嬢が私を楽しませてくれる。浮き名を流すのも貴公子のたしなみだろう。
私が仮面舞踏会に通っているのを、じいはよく思わないようだ。いかがわしいと諌められた。確かにそれはそうだ。しかし、だからこそ若い欲望を満たしてくれる場所でもある。
誰もが仮面をつけ顔を隠し、心を見せて踊る。道化が曲芸し、絶え間なく演奏がづづけられる。シャンパンが運び込まれ、シャンデリアの光が煌びやかに降り注ぐ。
これぞ夜会というものだ。選ばれた者の遊び場だ。
そして私は出会った。いままで見てきたどの貴婦人より美しい女性に。
白地に金色の装飾をあしらったドレスを着こなし、会場の視線を独占していた。
スラリとした長身に豊かなブロンドの巻き毛はひときわ目立った。
うるさく主張するような派手さではなく、自然体で君臨できる覇気と色気が同居した姿であった。
そして私の手を取って下さった。
腰に回した腕から伝わってくる。コルセットでの矯正など必要としない、しなやかで引き締まった体つき。
サファイアを散りばめても再現などできないと断言できる深く蒼い瞳。
鼻腔をくすぐる薔薇の薫りは、華美に過ぎない彼女の魅力に実に良く合っていた。
いつまでも二人で踊っていたい。見つめ合っていたい。
そして、彼女の素顔が見たい。
つい仮面を外そうと手を伸ばしたのがいけなかった。
ガシッ‼️
私の腕は彼女に掴まれ動かない。驚くほど力が強い。
そして、私の不躾な振る舞いが不興を買ってしまったのだろう。貴婦人はプイッと顔を背けて走り去ってしまった。
「まってくれ、気に触ったなら謝る‼️」
追いかけたが振り切られた。残ったのはかすかに薫る薔薇の香水と馬車が遠のく音だけだった。
その後も仮面舞踏会に通いつめたが、彼女は二度と現れなかった。そんな場所にもう用はない。
真面目に宮殿で社交することにした。
「安心しましたぞ。いつまでも遊ばれてはいらぬ悪評につながります」
じいは喜んでくれたが、私としては仕方なく妥協したに過ぎない。仮面舞踏会では大魚を逃がした。別の場所でその失態を挽回しようとしているだけだ。
とは言え、あの白薔薇のような麗しさを持った令嬢より魅力的な女性など出会えるはずもない、まるで世界が色褪せていくようにすら思えてしまった。
以前なら十分魅力的に見えたはずの相手でも、まるで情熱が沸かない。振られたことはあるが、あんな駆け引きにすらならない段階では未経験だし、あれではキチンと失恋したことにすらならない。
せめて心の整理がつくような幕引きが欲しいものだ。そうでなければ、新しい恋をはじめることすらできない。
そんな日々を過ごしていたある日、ヴェルサイユ宮殿で再びあの薫りを感じた。近衛の将校とすれ違った瞬間に。
「まってくれ‼️」
呼び止めずにはいられなかった。幸い相手はすぐ立ち止まりこちらを振り返る。私と同年代と思われる整った顔立ちの少年だ。
「何か?」
確かにこの薔薇の薫りは・・・しかし、その相手は華奢な体つきだが近衛の白い軍服をまとっているのだから明らかに男だ。だが、凛々しい顔だちは似ているように思える。目にいたってはそっくりだ。仮面をつけていたがそれはハッキリとわかる。もしかしたら親族だろうか?
「君の名は?」
「たずねるときは、自分から先に名乗るのが礼儀だろう」
全くそのとおりだ、どうも麗しの貴婦人を逃してから私は調子が狂いっぱなしだ。こんな不作法な醜態を晒すとは。
「ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン。スウェーデン人で伯爵だ。フランスには留学で滞在している」
「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。近衛連隊付きの大尉だ」
私はこの出会いを生涯忘れることはないだろう。