「どうしてこう悪い啓示ばかり当たるのだ」
ベルサイユへ向かう馬車の中で、オスカルは呟かずにはいられなかった。
「ん?何かいったか?」
「いや、聞かせる気はなかった。アンドレ、ただの独り言だから気にしないでくれ」
「そうか、それにしても国王陛下が倒れられるとは・・・おかげでそこら中大騒ぎだな」
すでに医師も薬剤師も集められ治療がはじまっているが、原因さえ掴めていない。
「陛下はもう60歳を越えていらっしゃる。覚悟しておいた方が良いかもしれん」
「おいおい悲観的すぎるだろ。お前みたいに3日寝てたら治るかもしれないじゃないか」
朗らかに笑うアンドレを見て、そうあってほしいとオスカルは願った。
「そうだな・・・そうあれかし」
しかし、事態は悪い啓示どおりに進む。
貴婦人たちが噂した。
「聞きまして?国王陛下の病は天然痘だそうですわ」
「ええ、存じております。王太子殿下も王太子妃殿下も国王陛下の部屋から一番遠い部屋に引っ越されたとか」
「すでに医者も匙を投げて、司教が呼ばれたそうですわ」
「今までの淫蕩三昧を懺悔なされて、デュ・バリー伯夫人を追放なされるとか」
ベルサイユからリュイユの小城へ走ってゆく粗末な辻馬車、それを見送るオスカルは哀れみを感じていた。長い睫毛を伏せながら、正視に耐えぬと視線を落とした。
「どうしてそんなに悲しそうなんだ?お前はむしろデュ・バリー伯夫人のことは嫌ってたクチだろ?」
アンドレには不思議に見えてしまうのが、オスカルの悲しみに拍車をかけた。
「ああ、今でも嫌いだ。貞淑とは正反対の立ち回りで成り上がった卑しい女だ。だが、それにしても国王陛下の仕打ちはあんまりだと思えてならん」
そこまで言われてアンドレも察した。そして話の方向も自ずと見えてきたので気まずそうに斜め上の天井を見上げる。
「あんな女であることは百も承知で寵愛なさったのではないか?教会・・・あるいは神の怒りを買うことになろうとも愛妾とされたのではないのか?なのに今になって、ご自身だけは神に許されたいから追放なさるというのか?」
「あ~・・・うん、ひどいかもな」
「伯爵夫人、愛妾、女の地位とはこんなにも脆いのか。所詮は男からの借り物か?」
「どう・・・なんだろうな〜?」
「男として軍人として生きていけることを、改めて父上に感謝する。私はああはなりたくない」
「そう・・・か・・・」
アンドレはもう泣きそうだ。
別に国王と自分を重ね合わせる必要はないし、オスカルもそんなつもりはないのだろうが、男と女という図式になると自分は男側だ。気まずい。
「そろそろ王太子妃殿下にお会いせねばならん。行ってくる」
「いって・・・らっしゃ~・・・い」
「よく来てくれました」
ご自身の自室にて、アントワネット様は待ちかねた様子で迎えてくださった。
「お招きいただき光栄でございます」
私は頭を下げて返答する。
「ああ、やはり貴女を呼んで正解だったわ。他の人は皆まるで以前とは別人のようになってしまったもの・・・」
「やはり陛下のご病気のせいでございましょうか」
「ええ・・・」
アントワネット様の目は潤んでいる。それは単なる悲しさだけではないのだろう。
「おじい様が明日もしれぬというのに、どこか皆さん嬉しそうなのです。そして王太子殿下はこれから担う責任の重さに震えていらっしゃる。良いことを上げるなら、以前に比べて私のそばにいてくださることくらいでしょう」
「不安が多いのであれば、信頼する相手のそばにいたがるのは自然なことでございます。男女を問わず」
「それは嬉しいのですけど、男性には、特に夫にはもっと堂々としていてほしいのです。あんなにも青褪めた顔で震えられるとこちらまで怖くなって・・・いけないわ、今のは内緒にしてください」
思わず次期国王への悪口ともとれる発言をしてしまわれた。そしてその深刻さに気づいて口元を押さえられた。やはりアントワネット様も精神的に参ってしまったようだ。
「・・・私は何も聞いておりません。何も口外いたしません」
「ありがとうオスカル。貴女は最高の友人です。これから湯浴みなのですが、ご一緒に如何?」
私は以前にも何度か一緒に入浴を誘われ、これに応じている。いつもなら水浴びですませるのだが、アントワネット様は風呂好きで有名だ。
フランス人としては奇妙な習慣に思える。しかし、何事にフランス流に染まることを受け入れつつあるアントワネット様ではあるものの、これだけは譲れないそうだ。
「・・・喜んでご相伴にあずかります」
そして私はそれに理解を示すことにした。妃殿下からの好感度はさらに上がった。
帰宅後ジャルジェの屋敷の自室にて・・・
「自分が悪い男になってしまった気がする」
オスカルは頭を抱えた。