暗黒錬金術師伝説11 暗黒!ライザのアトリエ3 作:dwwyakata@2024
そこにいたのは、悪魔の長の名を持つ存在。
歪みきったテラフォーミング思想の権化。
地下四階で、かなり広い空間に出た。というか、これは何というか、農園かなにかだろうか。
地下だというのに灯りもさんさんと照っていて、そしてフィルフサがいるのに植物も生えている。
植物は随分と複雑な形状をしていて。どれも初めて見るものばかりだった。
「セリさん、これは……」
「見た事がないわね。 随分と綺麗なようだけれど」
「それより、フィルフサが襲ってこないぞ。 連中、植物の世話すらしてる」
「……どういうことだ、これは」
皆が不安がって周囲を見回す。
セリさんが触って確認するが、毒草の類ではないそうだ。カラさんも魔術を展開して、首を横に振る。
「危険な魔術の類の気配は無い。 此処のフィルフサどもは、どうも戦うつもりもないようだのう」
「何だ此処……」
「此処に生えているのは、蘭という植物だよ」
不意に第三者の声。
あたしが見上げた先には、声を発したらしい機械があった。
声は随分と舐め腐っている。
だが、この声の雰囲気、分かる。どうやら悪魔もどきのようだ。
「蘭ねえ。 聞いたことがないけれど」
「冬の時代に一度滅びてしまったからね。 これでも被子植物のなかではもっとも先鋭化した植物の一種だった。 それ故に混沌の時代に好まれて、こうした限定的な環境でしか育たなくなってしまった品種も作られたが。 まあ愛玩犬とその点では似ているね」
「ようは嗜好品って事かよ」
「そういうことだ。 我等が主は、この蘭を世界中に満たそうとしておられた。 此処はその実験場と言う事さ。 蘭が生態系でどれだけ貢献しているかとか、そういうことはどうでも良かった。 美しい。 ただそれだけが、主にとっては大事だったのさ。 それが吠えない人なつっこいだけの可愛い愛玩犬と似ているのかもね」
なるほどね。
此奴がどういうつもりで、皮肉混じりに教えてくれているかはまずはおいておくが。あり得そうな話だ。
神代の錬金術師に取って、大事なのは自分らにとって価値があるかないかである。
自分達から見て美しい。
それは生態系でどんな役割を果たすよりも、重要な事だったという訳だ。
今まで見つけた資料が、それらの事実を告げている。
ただ、此処に生えている蘭がこの声が言う通りの存在かはまだ分からないが。
あってもおかしくは無いだろう話ではある。
「で、貴方はこの奧に?」
「ああ、待っているよ。 今までの猛攻をよく凌いだ。 褒美に、全部真実を教えてあげるよ。 私が知っている事だけだがね」
「そう……」
此奴。なんだか苛立つな。
傲慢という言葉の具現化というか。なんというか、ナチュラルに全てを見下している雰囲気が言葉の端からぷんぷん臭う。
此奴の主君に対してすらその気配がある。
悪魔もどきの脳は弄られていて、反逆など絶対出来ない筈なのだが。
ただ、考えて見れば。他の悪魔もどきも、主君への忠誠はともかくとして。それぞれに個性があった。
これは或いは、ホムンクルスに反抗されたことで、色々と神代の錬金術師も試していたのかも知れない。
都合が良い奴隷はどうすれば作れるか、と。
まあ、あくまで憶測だ。
もっと情報を集めないと、仮説の域を出られない。それには、まずは此処で油断をしない事だ。
本当にフィルフサは蘭の世話だけをしている。そして、蘭を観賞できるように、遊歩道まで作られている。
確かに美しい花ではあるが。
しかし、ここで大切に育てられている経緯を思うと、素直に喜べるものでもない。
奧では刈り取られ、或いは鉢に植えられ、出荷されているようだ。
恐らく身内で飾って楽しむのだろう。
もう出荷する先などないというのに。
歩いていると、セリさんが目を細めていた。
「先鋭的で美的感覚には沿うのかも知れないけれど、脆弱な花だわ。 此処を出せば、すぐに枯れてしまうでしょうね」
「食べる事は出来ないのか」
「止めた方がいいでしょう。 どんな毒があるか知れたものではないわ」
カラさんがそんな事をいうが、セリさんの意見ももっともである。
まあ、花を食べる風習は別に珍しくもないのだけれども。
遊歩道を奥に進むと、思わずあっと声が出ていた。
奧にいるのは明らかに王種だ。
全員で武器を構えるが、しかし。これはどうみても、戦える個体じゃない。
体は薄く脆く、ただ指示を出しているだけ。戦闘に使えそうな体の部品も見当たらない。狂気の源泉は取り付けられているが。
これは、なんだ。
「今まで貴方たちにけしかけたのは、この花園の護衛用のフィルフサさ。 まあ他にも動員したけれどね」
「……何よあの王種は」
「見ての通り、花の世話をするためだけの王種」
「……っ」
そういう風にフィルフサを改造したわけだ。
とことん生物のあり方を歪めているわけだな。からくりにでも同じ事はさせられただろうに。
花を育てるだけの機能を持つからくりは、存在として別に悪いものでもない。
人間にも僅かな数だけ庭師というような職業の人だっている。
だけれども、生物としてそれしかできないというのは、いくら何でも非道が過ぎまいか。これを作って、何か疑念は感じなかったのか。
生物は本来は繁殖して地に満ちる存在だ。所詮は畜生だから、その中で苛烈に競争もする。
まあその辺りは動物なので仕方がない。だから動物には動物として接するべきなのである。
だが、これはそういった機能すら奪った存在。
ある意味究極の奴隷というべきだろう。
「ライザ」
タオが声を掛けて来る。
神代鎧。
いや、違う。
同じハイチタニウムで作られた人型だ。ただこれは、戦闘用のものではない。蘭を世話して回っている。
フィルフサと違って、複数の動作ができるようだが。
何か違いがあるのだろうか。
「ああ、そのでくの坊は下っ端の錬金術師が持ち込んだ、万能型の蘭を世話するためのものだよ」
「でくの坊には見えないけれど」
「でくの坊だったのさ。 主人達の観点では。 主人達にとっては、如何に複雑な錬金術を使い、如何に煩雑な行程を経るかがステータスだった。 あれは元々庭師の知恵を取りだして、それをそのままあのでくの坊に取り入れただけのもの。 庭師を数人殺して脳を取りだしたようだけれども、その程度の労力なんか主人達にはなんの感銘も受けないものだったのさ」
「そう」
冷たい声で返す。
当たり前だ。
やはり上から下まで狂っているな此奴ら。セリさんが、珍しく嫌悪の視線まるだしで蘭を見る。
蘭に罪は無いかも知れないが。
この蘭を愛でるという行為のためだけに、どれだけの犠牲が出たのだろう。しかもその美的感覚が、世界そのものに押しつけられかねなかったのだ。
遊歩道が終わる。
奧には、いた。
悪魔もどきだ。
ただし、全身が槍みたいなもので壁に貼り付けにされている。周囲にはからくりが伸びていて、それで何もかもを確認できるようだった。
「ようこそ現代の錬金術師。 他の観測者には「劣等血統」とかいわれたんじゃないのかな」
「そういった悪魔もどきはみんな倒して来た。 それで貴方は」
「私はルシファー。 貴方がいう悪魔もどきだが、まあ反抗心が強すぎてね。 此処のシステムの一部にされてしまった存在さ」
他の悪魔もどきと殆ど姿は変わらない。
うけけけけと笑うと、ルシファーとかいう悪魔もどきは。にやにや笑いながら話を振ってくる。
「それで、何から説明しようかなあ」
「神代の錬金術師達の居場所は」
「いやいや、千三百年以上も此処に磔になっているんだよ。 ちょっとくらいは話に乗っておくれよ」
「この胸くそ悪い花畑を維持するためだけに、フィルフサの一つの群れやこの遺跡が用意されたってのか」
レントが呻く。
ルシファーはその通りと、芝居がかっていう。あたしは呆れたので、手元に熱を集める。首を刎ねてしまおうと思ったからだ。
それを見て、本気だと判断したのか、ルシファーが軽口を止めた。
「分かった分かった。 怒らないでおくれ」
「周囲を警戒して」
あたしは勿論乗らない。
クリフォードさんが頷くと、少し距離を取る。
この辺り全部が死地になっていてもおかしくは無い。最悪の場合は、天井をブチ抜いて脱出するか。
「私もそこにいるオーレン族の戦士と同じく、千三百年前の事件を知っている生き証人だよ。 少しは話を聞いていかないかい?」
「……タオ、相手になってやってくれる?」
「僕?」
「あたし、ちょっと自制心に自信が持てないわ」
今でも油断すると、首を刎ねに行きそうなのである。
此奴は磔にされてはいるが、分かる。話しているだけで、その性根が。
神代の錬金術師達と此奴は同じ穴の狢だ。
あたしは大きく嘆息すると、一度距離を取る。最悪の場合は、即時脱出に移れるように、である。
ルシファーは話し始める。
「気配だけで察したんだけれども、他の観測者はみんな君達に倒されたんだろう。 すごいね。 護衛のためにテラフォーミング用生物兵器に対する命令権を与えられているのにさ。 フェンリル型とかもいただろう。 よく勝てたね」
「ライザは隔世の豪傑だからね。 それで僕もあまり君達の事を良く思っていない。 無駄話は避けてくれるかな。 ライザは僕に話を任せるくらい怒ってる。 寿命を縮めたくはなければ、無駄話は止めた方が良いよ」
「ふうん……その様子だと、今までの錬金術師達とは違うか。 どいつもこいつも神代の錬金術と聞くと目の色を変えていたのにさ」
「それは其処にあるからくりで知ったのかい」
そうそうと、ルシファーは笑う。
この様子だと、相当に話し相手に餓えていたんだろうか。
まあ、どうでもいい。
タオが順番に話を聞き出していく。
本当かどうかもよく分からないが。
話によると、このルシファーが反応からして最後の「観測者」。つまり悪魔もどきだという。
観測者は鍵に導かれた錬金術師を観測し、主の元にいけるかを観測し、記録する存在なのだとか。
もしも妙な挙動をする場合は修正する。
そういう役割であるらしい。
「鍵を渡されるような錬金術師は、年々現れなくなっている。 ここ最近だと百年以上前の奴が最後だったな。 他の観測者を皆殺しにしただけじゃない。 彼方此方の遺跡のガーディアンが消息を絶っているけれど、まさかそれも君達の仕業ということかい」
「そうだよ。 それで?」
「いやはや、おっかないねえ。 私もたいそうな名前を与えられはしたけれど、ただそれだけだからね。 だから君達に、せめてものラブコールを送ることしかできなかったよ」
ラブコールか。
今ので殺す事を決めたが、話は聞くだけ聞く。
タオに軽く頷く。
タオも、あたしの意思を理解したようだった。
この遺跡は、幾つかオーリムに作られたもののなかでは、基本的に蘭を栽培するものであって。
あくまでこの蘭は最高品質のものを、身内で鑑賞する事が目的。
次の目的は、劣悪な環境でも蘭が生育できる環境に造り替える事が可能かの実験。
それが、この巨大な花園だそうである。
テラフォーミングというのは、今までの資料を見る限り、本来はこの世界にあわせて不毛の土地を改革するものであるらしい。
それはタオやアンペルさんが説明してくれたから覚えている。
だが、オーリムの環境や元々のあたし達の世界が、少なくとも「冬」の前までは不毛の土地しかなかったとは思えない。
旅の人が冬で滅茶苦茶になった世界を「テラフォーミング」して、少しでも世界を元に戻したというのは分かる。
だが、糞便を処理する蠅なども世界を構成する一つだし。
見かけが人間から見て可愛くない生物だって、生態系を構築する大事な一つの存在である。
パティやタオは虫を嫌がっていたが。
別に虫を世界から根絶したいとまでは考えていない事は以前から確認している。
だいたい農業経験者からしてみれば、様々な虫は農業も手伝ってくれる強い味方だし。
見かけが怖いといわれがちな蜘蛛なんかは、邪悪どころか生態系をしっかり守ってくれる心強い番人なのだ。
花の価値だって美しいだけではない。
色々な形で世界に貢献しているのが動物というものだ。
蘭は確かに美しいかも知れないが、見ているとあまりにもいびつ。セリさんが言った通り、脆弱すぎるのだ。
これは自己満足のために作り出した、鑑賞のための植物であって。
存在する意味がないとまではいわないが。
少なくとも、蘭のために世界をあわせるのは、おかしすぎると言える。
世界中にラプトルやら走鳥やらが、神代の錬金術師の手によってばらまかれたことは既に分かっている。
あれらは神代の錬金術師の美学に沿う生物なのだ。
神代の錬金術師どもには、そういった自分に都合が良い生物だけで世界を満たすつもりだったのだろう。
雑草やら五月蠅い虫やらは根絶やしと言う訳だ。
ルシファーとやらの話を聞いているだけでも、それらが理解出来てしまう。だからこそ、苛立ちを抑えるのに本当に苦労する。
タオはあたしの方を時々確認しながら、上手に話を誘導して、ルシファーから聞きだしていく。
話を聞いている限り。
他の悪魔もどきと違って、やはり此奴は主君を尊敬していない。
それどころか、何となく分かってきた。
こいつ、あたしを主君の所に行かせたくなかったのだ。
善意などではなく。
命令に従うように見せかけて、試練といいながら無理難題をふっかけて。
殺して、それで終わりにするつもりだった。
敵の敵は味方なんて言葉があるが。
場合次第だ。
少なくとも此奴は、神代の錬金術師の潜在的な敵だったのだろうが。あたしにとっても立派に敵だ。
「ほう。 コレは面白い。 これだけ衰退した時代の人間としては驚くべき博識さだ。 貴殿、神代と貴方方が呼ぶ時代でも充分に賢者として通用しますよ」
「そう。 それでそもそもこの遺跡を作った錬金術師はどこに行ったのかな」
「つれないなあ。 褒めてあげているのに」
「……面と向かって相手の太鼓持ちをする人間は、信用してはいけない。 それくらいの言葉は、君達の時代にもあったんじゃないのかな。 君は人間では無いかも知れないけれど、僕は君に対等に話しているつもりだよ。 それなのに君は甘言で僕の関心ばかり買おうとしている。 それには裏しか感じ取れないんだ」
タオも立派になったな。
昔だったら口をつぐんで、ハンマーに切り替えていただろうに。
他の皆にはハンドサインを出して、散って貰う。
この遺跡を調査はしたが、更に念入りに調べて貰う。この場には、あたしとタオだけで充分だし。
何よりも、もしも脱出する場合には。
人数は少ない方がいいのだ。
やはりというか、ルシファーは神代の錬金術師達が「本拠」にいたこと。此処でルシファーを実験して、役立たずと判断した後は、監視装置だけつけて放置したこと。それどころか、蘭を管理するためのフィルフサ王種をさらに管理する生体装置にした事。その後、神代の錬金術師どもがどうやらオーレン族に敗れてこの地を追われたこと。それくらいしか分からなかったようだ。
数百年掛けて機能の悪用を理解し。
他の観測者と連絡を取っていたのだが。
それが少しずつ減っていった。
ある者は発狂してただの魔物となり、他の魔物と戦って殺され。
ある者は何者かに殺され。
そして、あたしが出現した頃には。
連絡を取れる悪魔もどきはルシファーを除くと数体だけになっていたのだとか。
それもあたし達に討ち取られ。
或いは何者かにやはり殺されて。
今ではルシファーしか残っていないそうである。
「もしも此処から解放してあげたらどうするつもり?」
「はっはっは。 その時は貴方たちの仲間として、神代の錬金術師達にお礼参りにいくつもりですよ」
「嘘だね」
「へえ」
タオがルシファーの前をあたしに譲る。
それは、もう聞き出し終えたということだ。
此奴の口からは、もう聞けることは聞き終えた。タオもいい加減、此奴には頭に来ていたらしい。
此奴は此処にあるような鑑賞用の蘭が蔓延るいびつな生態系を作り出す歪んだ「テラフォーミング」について、決して否定的に考えていなかった。
神代の錬金術師の美学に沿って何もかもねじ曲げる狂った世界を、笑いこそすれ否定はしていなかったし。
むしろその力を自分で奪いたいと考えていた。
その点では、あたしの前に呼ばれた錬金術師達と同類だったのだろう。ただ利害が一致せずに対立した。
それだけの違いだったのだ。
他の悪魔もどきとも、この様子では恐らく利害の一致で連携はしていた筈。
此奴も遠隔でフィルフサの群れを操作するようなことをしていたのだ。
ラブコールと称して、フィルフサの王種を此方に引きずり出し、あたしに集中攻撃をさせていた。
何がラブコールか。
死が救済とでもいうつもりか。
「ま、まて。 まだ話していない事ぐぎゃあああああああっ!」
ルシファーがあたしの意図に気付いたときにはもう襲い。
あたしはルシファーの首を掴むと、熱を直接叩き込む。見る間に燃え上がるルシファーの体。
此奴には蹴り技なんて必要ない。
「ま、まだ奴らの秘密を知っている! きぎゃああああ! こ、ころさ、ころさないで、ころさないでっ!」
「貴方が少しでも慈悲を持っていたら、此処で飼い殺しにされていたフィルフサを、楽にしてやっていただろうね」
「ゆ、許して! 靴でもなんでも舐める! だから!」
「いらない。 死ね」
ぼんと、ルシファーが生きた松明になる。
神代の錬金術師がここまで念入りに拘束したと言う事は、此奴は悪魔もどき最強だったのだろう。
だが、それもこんな状態だったら、何もできない。
そのまま炭クズになり果てるルシファー。
あたしは、その頭を踏み砕き、体全てを何も残さず灰燼に帰すまで焼き砕いていた。
唾を吐きたくなったが堪える。
そして、あたしは。
ただ蘭の面倒を見るだけの生体からくりとかしたフィルフサを楽にするべく。その管理装置にされている王種の方に向かった。
フィルフサには散々怒りを感じてきたあたしだが。
此奴には、もはや同情しか湧かなかった。
一瞬で楽にしてやる。
幾ら王種でも抵抗もせずコアも楽に砕けるなら、余裕だ。
問題は狂気の源泉だが、それもコアを砕くと爆発して消えてしまった。取り付ける前のものを、どこかで入手する必要があるな。
そう、周囲で溶けて消えていくフィルフサを見ながら、あたしは思うのだった。
フィルフサが消えても、園芸用の神代鎧は動いている。ただ、それだけが役割だから。からくりとはいえ、哀れだった。
偽りの花園を出る。彼処には神代鎧の園芸用モデルもいた。蘭の面倒はそれが見るだろう。
あそこは実験場なんかではない。
文字通り、神代の錬金術師に取っての遊び場。砂場だったのだ。
蘭を滅ぼそうとまでは思わない。
だが、蘭を維持するための機能を残しておくつもりもない。あれだけの施設を動かす動力、どうせ竜脈から吸い上げているに決まっているのだから。
セリさんがいたので、頷く。
セリさんはため息をつくと、花園に向かう。
種としての鑑賞用蘭に罪は無い。
この遺跡が滅んだ後も、セリさんが確保していれば。いずれ鑑賞用という存在で、ごくちいさな花園でなら、命脈をつなぐかも知れない。
だが、鑑賞用に作られた、見栄えだけ綺麗な花はそれが運命というものだ。
フィルフサは全ていなくなった。後は伏せられている神代鎧だが、それももういないようである。
合流すると、軽く話をする。
まずは動力室から潰した方が良いだろう。
奧にある動力室の扉にもパスワードは掛かっていたが。タオが、それを楽々と開けていた。
「おい、どうやって……」
「ヒントは幾つかあったんだけれど、ルシファーと話して確信したんだ。 神代の錬金術師はパスワードは設定したけれど全部それで統一していた。 そして神代の錬金術師が嫌でも見るものにしているはず。 さらに神代の錬金術師ならば知っているものであれば望ましい」
レントにタオがそう答える。
種明かしをした。
「神代の資料を今まで見て、古い時代の神話を幾つか見てきたんだけれど、ルシファーという存在は神を一つだけとする信仰における大魔王で、神に敗れて地獄の最下層につながれていたらしいんだ。 その地獄最下層の名前はコキュートス。 僕達の言葉で言うと、極寒地獄とでもいうべきかな。 この時点で幾つかにワードは絞られていくんだけれど、ルシファーは口走ったんだよ。 私の居場所ってね」
「なるほど、そのコキュー何とかがパスワードか」
「そうなるね」
はーと、ボオスが感心する。
タオの知識量にも驚いたのだろうが、それを元にきちんと正解を導き出す頭脳にもである。
事実扉は開いた。
まずは全ての扉を開いて、内部を確認するところからだ。その前に、動力炉を調べる。案の場、動力炉は巨大で、地面深くに突き刺さるような構造であり。竜脈から力を直に吸い上げているのが一目で分かった。
「奴らは搾取しか考えぬのか」
「搾取という感覚すらなかったんだと思います。 自分がどんな状況でも正しいと考える人間は一定数いますが、そういう輩は他人を殺す事も奪うこともなんとも思っていません。 神代の錬金術師は、典型的なその手合いです」
「大半の人間は愚かしいのう……」
「否定はできませんね」
あたしが肩をすくめる。
問題は、そんな輩が何かの間違いで、こんなテクノロジーを手にしてしまった事だ。
どうしてかこの世界には戻ってくる気配がないが。
今でも影響力は残っているし。
戻って来たら、最悪の惨禍が訪れる。
一刻も早く攻め潰さないといけないだろう。
「よし、コントロールパネルにアクセス。 やはりこっちのパスワードも同じだね」
「本当にバカが此処を管理していたんだな……」
呆れるボオス。
ディアンに、その辺りを触らないようにあたしが注意しておく。どんな危険があるか分からないからだ。
タオが手慣れた様子で調査していくうちに、クリフォードさんが戻って来て、地図をてきぱきと仕上げていく。
「神代鎧の格納庫があったぜ」
「!」
「だが、もう中身は空だな。 ただし素材はあるようだから、下手をすると再生産されるだろうな」
「早く止めておかないとね」
頷くと、クリフォードさんはタオの横に立って、コンソールパネルを操作していく。アンペルさんは、竜脈を吸い上げる仕組み自体に興味があるようだ。
「仕組みそのものは結局古代クリント王国の技術の延長線上だな。 カラ総長老、貴方が見た世界は、虚空に浮かんでいたと聞くが」
「ああ。 地面も星空もない異様な世界であったな」
「だとすると、どうやって動力を確保していたのか。 此処のようには行かないはず。 旅の人がその世界を作りあげたとして、神代の錬金術師はその技術の劣化コピーを使っていたに過ぎない。 各地で竜脈から力を吸い上げていたのは、或いは他のエネルギーが枯渇していたからなのか?」
「他にもエネルギーが?」
アンペルさんは頷く。
冬の前の時代には、「石油」なる高熱で燃える水が大量にあって、それが世界の力の根源になっていたらしい。
その火力たるや、脂なんかの比ではなく。ごく少量でとんでもない爆発を引き起こし、タービンといわれる動力炉を高速で回転させたとか。
他にも恐らく「冬」を直接引き起こす要因となった世界の最小要素を熱に変える技術もあったらしい。これは動力としても凄まじく、石油なんかの比では無かったそうだが。扱いは難しく、兵器にも容易に転用されたという。
それらが此処では……他の遺跡でも使われている形跡がないとか。
そんな力だったら、神代の錬金術師は嬉々として使うだろうに。
「仮にあったとしても、旅の人が使い方を封じていたのだろうな。 竜脈からの力の略奪にしても、量次第では世界に問題を起こすことはなかっただろうに」
「こんな略奪をしていたら、世界が枯れかねない……ですね」
「ああ」
「どこまで強欲なのか」
パティが呆れて、怒りさえ声ににじませた。
強欲な貴族や王族を幾らでも見て来ただろうパティだからこそ、その果てしない欲望には怒りを覚えるのだろう。
パティはこの年で自制がきくくらいしっかりしているから。その辺は余計に苛立つのかも知れない。
「よし、竜脈からの力を一定時間後に略奪停止する。 ログの吸い上げを開始するから、手伝って」
「ゼッテル用意してくるよ」
「お願いね」
「レントは俺についてきてくれ。 資料庫から、使えそうな資料は全部回収する」
やっとかと、クリフォードさんの言葉にレントは腰を上げた。
アンペルさんも、ついてきてくれとディアンに声を掛ける。あたしも資料の回収に動くとしよう。
そのまま、何手かに別れて、難攻不落の要塞だった場所から、資料を全て回収していく。
やはり胸くそが悪いものも山ほど見た。
だが、此処はもはやフィルフサの巣窟ではないのだ。
外に出ると、カラさんがウィンドルの戦士達に声を掛けて、この城の封鎖に向けて動き出す。
竜脈からの力の略奪を止めたら、あたしが砕いてしまうつもりだが。その跡地にフィルフサが住み着いては意味がないのである。
花園は残してやる。
僅かな力だけで、細々と動くだろう。
だがそれが人目につくことは二度とない。
美しい花かも知れないが。
その美しい花のために世界を犠牲にしようとしたいびつな自己顕示欲の発露があの花園だ。
そんなものは、封じ込めてしまうに限る。
何しろ遺跡の規模が規模だ。
持ち出しには数日かかる。奏波氏族の戦士達が回収作業を手伝ってくれるので、助かる。
途中で、生態標本にされていたフィーの同族や、その他の様々な生き物の亡骸を回収して、荼毘に付す。
奏波氏族はそれを見て、ただ悲しそうにして。
何人かが、鎮魂の歌をうたってくれた。
リラさんやキロさんも前にやってくれたことがあったな。そう思いながら、膨大な骨を荼毘に付す。
僅かな量は回収して、エーテルに溶かして解析もしておく。
もう誰もフィーの同族の生き残りがいなかった場合は此処から再生するしかない。
その時に備えて資料は増やしておくのだ。
膨大な資料がまた集まる。だが、まだ遺跡は近くにもう一つ残っている事が分かっている。
それを潰さないと、ウィンドルに平和は……いや、潰してもまだまだフィルフサがオーリムにはいるのだ。
ただ、至近にある遺跡を潰す事で、それでやっとウィンドル周辺を、安全にできるだろう。
ウィンドルに物資を運び込む過程で、キロさんが声を掛けて来る。
「ライザ、少し良いかしら」
「なんなりと」
「薬を幾らか頂戴。 ここに来る途中で、フィルフサに包囲されているオーレン族をできるだけ助けてきたけれど、まだ助けられていない集落が幾つもあったの。 私はそれを助けに向かうわ」
「キロさん。 大丈夫か。 手は足りているか」
ボオスが話を聞いていたか、こっちに来る。
ちょっとだけ寂しそうにキロさんは笑った。
ボオスとどういう話をしたのかは分からないが。まあ、ボオスの事を嫌ってはいないのだろう。
「問題ない。 むしろ一人の方が動きやすいわ」
「……そうか。 できるだけフィルフサを早く根絶やしにする方法を見つける。 それまで、救える人を頼むぞキロさん」
「ええ。 ではまたね……」
キロさんは、また風のように消える。文字通りの意味だ。
単騎であれば、ディアンが歩く稲妻というような強さを、それこそ全力で発揮できるわけである。
孤立している小集落や小集団の救援もしやすいだろう。
薬も出来るだけ渡しておいた。
これで、また多くのオーレン族が恐らくは助かると見て良かった。
三日掛かって、遺跡から主だったものを取りだすと。奏波氏族が見ている前で、遺跡を爆破する。
爆弾で内側から粉々に消し飛び。地上部分は少なくとも更地に。地下部分も半壊して、もう入れなくなる。
クリフォードさんが充分に破壊したことをお墨付きでくれたので、これでいいだろう。
まあ地下にある蘭の部屋と、それを動かす僅かな動力だけは残したが、それが問題になる事もあるまい。
彼処で動いている園芸用の神代鎧だけが、ずっと蘭の世話をする。
それでいい。
蘭そのものも、セリさんがサンプルを確保した。歪んだ美意識で作り出された蘭も、滅ぶことはない。
それだけで、充分だ。
奏波氏族が、わっと喚声を挙げる。
ずっと彼等彼女等を苦しめ続けた遺跡が、文字通り灰燼に帰したのである。はっきり言ってこれで充分だろう。
書類を先に解析して、アンペルさん達に解読に回って貰っている。
あたしも幾つか回収したサンプルをこれからエーテルに溶かして解析するつもりだ。
しばらくはこれは時間が掛かるな。
あと、この辺りが安全になったと言うこともある。
タオに座標を集めて来て貰う。護衛にはリラさんとレントについて貰う。ディアンも行きたいと言うので、好きにさせた。
セリさんは、あの遺跡の周囲を中心に、フィルフサの汚染を浄化する植物を植え始める。改良に改良を重ねた傑作だ。
簡単にフィルフサに蹂躙されはしないし。
その母胎を楽に浸食し尽くすだろう。
後は、もう一つの遺跡を探し出し、それを攻略する準備を整えなければならないだろうが。
しばらくは、解析に時間を取られる。
だが、地味な作業の積み重ねにこそ、成果があるものなのだから。それをあたしは苦にはしていなかった。