暗黒錬金術師伝説11 暗黒!ライザのアトリエ3 作:dwwyakata@2024
パミラさんの設定は、繰り返しますがネルケのアトリエで開示されたものに準拠しています。
ライザシリーズで幽霊では無く人として登場しているのにも理由があると推察し、描写を入れています。
パミラさんは、前に仲良くなった酪農家の家で、プディングを食べていた。相変わらずだなと思う。
あたしが赴くと、可愛く手を振って来る。
まあ、この人はずっとこうだ。
四年で全く見かけが変わっていないが、それについて驚く事もない。バレンツのフロディアさんもそうだし。
此処の酪農家の家族も、普段はあたしのいい取引相手だ。
あたしが作る蜂蜜は、ここでつくられるプディングに貢献している。蜂蜜は簡単に作れるものではないから、余計に。
メイプルデルタ近辺の花から取れる蜜を用いた蜂蜜は、メイプルデルタの外で蜂の巣を作っている蜂の巣でないと、味が濃くなりすぎる。臭いもきつくなりすぎる。
色々工夫して蜂が巣を作りやすくして。
其処で蜂が定期的に巣を作り。
それを保護することで、一部を蜂蜜にしても問題ない状態にしている。そうして、ようやく安定供給ができている。
勿論蜂にしても巣を取られるのは死活問題だから、攻撃してくるし。対策もしっかりしている。
だから蜂蜜は自然と高くなるのだが。
それでも、島の人なら手を出せる範囲に価格を抑えているのは、あたしの自慢である。
軽く話す。
パミラさんは、彼方此方を回ったそうである。あたしが行った場所ばかりを挙げられる。後をつけられていたのかなとちょっと思ったが。
だとしても、誰も気付けなかった。
「今まで為す術がなかったものが片付いて、みんな未来に希望を持てるようになっていたわねー。 どこでもそれは同じ」
「今の時代は魔物に押されっぱなしですからね。 技術もだましだまし使うばかりで、発展の目もありませんから」
「うふふ、それはそう。 おかしな話で、古代クリント王国があれほど威張っていた頃も、それは同じだったの。 技術をかき集めることはしていたけれど、結局過去の技術を越える事はできなかったし。 劣化コピーにしかならなかった」
目を細める。
この人、今さらっと凄い事を言ったな。
まあ、この人だったら不思議ではないか。
それに今行動を共にしているオーレン族の三人は、みんなその時代から生きている人ばかりだ。
身内にだっているのだ。この人だけを不思議だとは言えない。
「この世界は立ち直るのに失敗したのね。 希望の星をみなで寄って集って食い荒らした挙げ句に、何もかもを台無しにした。 だから希望の星がもたらした遺産をずっと食いつないで来た。 貴方はそれを変えたけれども、それでもこの先この世界が発展に転ずることを、喜んでいるのかしら-?」
「パミラさんは、その様子だと何でも知っているんですか?」
「何でもは知らないかな。 どれだけ生きても、世界には驚く事ばかり。 どれだけ見て回っても、いつも感動を味わう事も哀しみを味わう事も。 それこそ、幾つの世界を見てきてもね」
やはりな。
この人は、人ではない。
もっと上位の存在だ。
精霊王ですら、過去に作られた管理用の生物兵器だったのだ。技術的には神代のものだったのだろうが。
この人は違う。
やはりこの人は「神」と呼ばれる存在に、最も近いか。それとも、神そのものなのだろう。ただ創造の神とかとは違うようにも思うが。
「普段はねー。 幽霊でいるの」
「幽霊ですか」
「そう。 世界に影響を与えないのは、無害でちょっと相手を怖がらせるくらいの幽霊くらいで丁度良いから。 でも、この世界ではそうもいかなくなった。 あまりにも酷い状態で、人の心も今まで見てきた中で一番醜かったの。 このままではダメだと思ったから、友達に頼んで肉体を得たのよ」
「それが誰かは分かりませんが、生半可な存在では無さそうですね」
二人の話は外に漏れないように、一応魔術でさっきから遮断している。正確にはクラウディアの音魔術を再現するものだ。
あたしも色々と難しい話をすることが増えたので、たまに使っている。
唇を読まれると面倒だが、あれって言われている程正確には会話の内容を読めないから、こうして音を遮断すると話の内容は外には漏れないのだ。
「ライザ。 貴方は神代の事を徹底的に嫌悪し、滅ぼす覚悟を決めたのね」
「ええ。 世界にとってのガンだと判断しました。 同時に神代は世界の何処にでも未だに存在していると判断します。 神代の錬金術師の身勝手でエゴに満ちた思考は、誰の心の中にもあります。 無意味に技術を発展させれば、何度でも神代はこの世界に蘇り、いずれ世界をまた滅ぼすでしょうね」
「……」
パミラさんが目を伏せる。
あたしは思うのだ。
人間が滅ぶというのは、それはそれで仕方がないのかもしれない。種としての命脈を使い尽くしたとかなら、それはなおさらだ。
だが。その滅亡に、世界を巻き込む場合はどうか。
動物だったら、畜生の理屈で、暴れ回った挙げ句に滅びるのは自業自得だと言っても良いだろう。
だけれども、曲がりなりにも文明の利点を享受している存在が、都合が良いときばかり自分は動物だと主張するのでは。それは性根が腐りきった神代と同じだ。あたしはそんなものは看過できない。
今後神代の真似をする輩が出た場合は。
容赦なく灰燼に帰す。
既にあたしは、そう決めている。
「錬金術というものはね、わたしが見てきた世界で定義が色々違っていたの。 ただ、それを操作する存在は、極めれば極める程人から離れていった。 離れる事を、悲しむ事もなかった」
「そうでしょうね。 もしも錬金術を正しく扱おうと思うのであれば、それは妥当な思考だと思います」
パミラさんの見てきた錬金術師は、旅の人と同格か、それ以上の存在だったのだとみて良い。
旅の人は錬金術師としては優れていたかも知れないが。人間の愚劣さを理解していなかった。
だから失敗した。
作られた生命だったというのも理由だったのかも知れない。
人間を信じて愛するように組まれていたのかも知れない。
だとしても、自分で考えることをもっとしていれば。接した人間が、どうしようもない種族だと言う事に気付けたはずなのだ。
気付いて欲しかった。気付いていれば、カスどもを周囲に侍らせることもなかった筈なのに。
「貴方が不動明王の権化と言われているのを東の地で聞いたわ。 場所によっては魔除けとして扱うつもりだそうよ」
「光栄なのかはちょっと判断しかねますが」
「不動明王というのはね。 失われてしまった信仰の、太陽神の戦闘神格としての側面なの。 ある意味、とても的を得ていると言えるわ」
太陽の神、か。
熱を操り、世界に干ばつと実りをもたらす存在。
その戦闘神格だとすると、確かにあたしをそう例えるのも分からなくもない。
やがて。どこから取りだしたのか。
パミラさんは、あたしに大きな杖を見せた。
手に取るように言う。
受け取った杖は、見事な装飾が施されている。グランツオルゲンを主体に加工されていて、魔術の強化のために強大な媒体となるようだ。
ただ、あたしは戦闘用の杖はあまり戦闘では用いない。
熱魔術は、それこそ体から絞り出すようにして放つ方がやりやすいのだ。
「これは」
「恐らく、どうしても開かない扉があると思う。 そこで、これを使って」
「……分かりました。 覚えておきます」
「わたしはこの世界にもう少しはいるつもり。 前の世界では、とても長い長い時間、世界に滞在したの。 其処では凄い錬金術師がたくさんいてね。 わたしの正体も結構早い段階でばれちゃったんだけれど。 でも、そんな錬金術師達でもどうにもできないくらい厳しい問題が起きていて、それで私の手も借りたいくらいだったみたいでね。 幽霊の手も借りたいなんて、不思議な話よねー」
苦笑い。
今では身体があるパミラさんなのに。
まあ、それはもういい。
あたしは、音魔術による遮断を解除。重要な話は終わったと見て良かった。
ヤギのよく冷やしたミルクを。此処の家のおばさんが持ってくる。ちょっと蜂蜜を入れていて、ヤギのミルク特有の臭みが綺麗に消えている。贅沢品だが、あたしはこれについてアドバイスした事もあって、足を運んだときにはただでごちそうしてくれる。蜂蜜を使った製品で、それだけ儲かっていると言う事だ。バレンツに一部は卸しているらしいし。
立ち上がるパミラさん。
手を振って、この場を去る。
あの人……いや多分神なのだろうけれど。多分、もう会う事はないんだろうな。たまに顔を合わせる程度の仲だったけれども、それを悟ると若干寂しくはある。
「神出鬼没な人だねえ。 ミルクのプディングで随分と稼がせて貰っているし、足を向けて眠れないけれど。 なんだかあの人、年下に思えないんだよねえ」
「そうですね。 きっと見かけと年齢はまったく一致していないと思います」
おばさんに礼を言って、この場を去る。
後は、自宅で少しゆっくり過ごして。
杖をちょっと解析しておくか。
この杖、或いはだけれども。旅の人が用いていたものかもしれない。というのも、かなり小柄な女性が使っていたことが何となく分かるのだ。その上、製造の技術がずば抜けて凄まじい。紅蓮が話してくれた限り、旅の人は小柄な女性だった事がわかっている。特徴が一致する。
それにこの杖、相手を殺傷するための武器ではない。
何かを為すために作りあげた、増幅の道具。
あたしの作る戦闘用の道具とは、設計構想が違っている。
恐らく旅の人は、戦力は優れていたかも知れないが。紅蓮などが周囲についていて、戦闘は周りに任せていたはずだ。
それは紅蓮の発言などからも、ほぼ確定とみて良い。
これが旅の人の使った杖だとすると。
もしも封じているものがあれば。
それは恐らくだが、旅の人本人か。
もしくは。
いずれにしても、最後の謎を解き明かすために、必要な鍵になる可能性が高い。あたしは大事にしようと思ったのだった。
自宅で軽く話す。
土産話はほどほどだ。基本的に話せない事の方が多いのである。そう考えると、どうにも話を濁さざるを得ない。
母さんは相変わらずあたしを認めていない。
というか、錬金術そのもののすごさを理解していない感がある。今まで家庭用品も随分改良したし。細かい農具なども使いやすいように調整した。薬だって、色々と納入しているのに。
クラウディアとたまたまコネができただけ。
そんな風に思っているのが、何となく分かる。
母さんも若い頃は戦士として、父さんやザムエルさんと肩を並べて戦っていたのである。
そう考えると、今でも戦士としての思考方法が身についていて。それが自分と違うあたしに対する低評価につながっているのかもしれない。
一方父さんは柔軟だ。
元々帰農する事を言い出したのは父さんであるらしい。
ザムエルさんと父さんと母さんの中で、父さんは参謀みたいな事をしていたらしく。母さんは切り込み隊長みたいなポジションだったそうだ。
それが故なのかも知れない。
戦士として生きるよりも、地に足をつけた方が良い。そういう思考に至ったのは。
勿論クーケン島でも、三人の戦鬼が二人引退する事態は困ったようだが。ザムエルさんがしばらくは現役だった事。
何よりもアガーテ姉さんという天才が出た事もあって、それで父さん達はしばらくは護り手の面倒も見ていたものの。あたしが物心つく頃には農家としての生活に専念できていたそうである。
この辺りの話は、最近になって聞いた。
というか二人とも、農業の話はすれど、戦士としての自分達の事は言わないのだ。多分ザムエルさんがどんどん泥沼にはまる様子や、匪賊などとの凄惨な戦い。何よりも魔物との戦いで多くの仲間を失ったし。戦う事に夢を見て欲しくなかったのかも知れないが。
いずれにしても父さんは、あたしを母さんよりは認めてくれている。
だからこそかも知れない。
分かっているようだった。
「今回は危ないんだね。 かなり」
「えっ……そうなのかいライザ」
「危ないのは四年前から同じだよ。 西にあったあの「聖堂」がもし開ききっていたら、この世界が終わっていた話はしたよね」
「そんな……聞きはしたけれどさ」
母さんは話半分にしか思っていないのか。
その後あたしがクーケン島の不具合を直したり、実績を見せているんだけどな。クーケン島の正体を暴いて、地下に山ほど積まれた奴隷の亡骸だって見た筈なのに。
そう思うと、ちょっと寂しくなる。
これは恐らく、母さんに認めて貰うのは厳しいだろう。
「今度の相手は、四年前に世界を滅茶苦茶にしかけた生物の作り手でね。 あの群島の奧で、何を考えているか分からないけれど待ち受けてる。 其処に乗り込む算段が漸く立ったから、これから挑んでくるんだ」
「ライザ……」
「大丈夫。 相対的な戦力比は四年前より小さいくらいだと判断している。 勿論油断出来ない相手だけれど、今回はこっちにスペシャリストが何人もいる」
世界最高の知能が三人。
世界最強の戦士達。
恐らく、いままで群島に挑んだ錬金術師達とは比較にならない戦力と支援を揃えられている筈である。
それに、敵に対する情報も。
奴らが作りあげた超ド級をたくさん倒した。強力な魔物も、神代鎧も。
それ以上に圧倒的に強い戦力が配置されていないことは、神代がオーレン族から逃走を選んだ事。
更にオーリムに報復戦を挑まなかったこと。
それらからも明らかだ。
だが、確実に勝てるとは言えない。流石に本拠地だ。何が待っているか分からないのだから。
旅の人のテクノロジーを最大限悪用したものがあるかも知れない。
それは神代の本拠地から動けないから、オーレン族との戦闘に繰り出せなかったのかも知れないのだ。
「大丈夫。 必ず生きて戻る」
あたしは、そう二人に言う。
勿論絶対はない。
実は今までで一番危ないかも知れない。
だけれども、今は。
そう言うだけの実力を、既に身に付けている自信もあった。
母さんは何も言わなかった。
父さんは、じっと黙った後。言うのだった。
「分かった。 いってきなさい。 認めない者も多いけれど、クーケン島の秘密に辿りつき、最近では水も改良してくれた。 クーケンフルーツの味は戻った事を確認もしている。 それに護り手のアガーテさんからも、ライザの実力は既に護り手が総出より上とも墨付きを貰っている。 だったら私としては、送り出すだけだよ」
後は、昼食を黙々と食べる。
父さんの言葉が全てだ。
訳が分からないテクノロジーを、それだけで怖がる人は絶対にいる。一生認めない人だっている。
それどころか悪用する人も。
身内にさえいるのだ。
家族なら信じてくれるとか、そういうのはやさしい世界の空想創作の出来事だ。
だから、あたしは今後は、魔王となる。
ただ、それだけである。
食事を終えると、試して起きたいことがあるので、アトリエに戻る。貰った杖を見ていて、気付いた事があるのだ。
それについて、検証をしておきたい。
まだ時間はあるはずだ。
準備は、徹底的にしなければならなかった。
小妖精の森のアトリエに戻る。パティは王都に早馬を出してきた。最悪の場合に備えてである。
既に何度か早馬は出した。まあ実際には馬では無く鳥を使うのだが、それはどうでもいい。
ともかく、最悪の時に備えるのは、既にパティの立場では義務だ。
帰ってからタオさんと正式に結婚することは今は考えていない。
それで浮つくようでは話にならない。
ライザさんがあれだけの演説を叩くほどの相手だ。今までで間違いなく最強の敵がいる。
恋愛小説とかだとこう言うときに関係が進展したりするけれど。
そんな事やっていたら、更に浮つくだけだ。
これが終わったら。
平和を確保したら。
パティの立場なら、少なくともそれでいいのである。タオさんもよくしたもので、それは分かっているようだった。
アトリエに戻ると、ごっつい杖を手にしたライザさんが。それと見比べながら、エーテルに何か溶かしている。
そしてエーテルを混ぜながら、何か考えている。
「ライザさん?」
「ん、だめ押しの最中。 ちょっと集中させて」
「はい」
だめ押しか。
今まで大量の薬と爆弾を揃えていたようだが、それでもまだだめ押しの余地があるということだ。
ツヴァイレゾナンスの話は聞いている。
相手を封鎖空間に閉じ込めて、四種の最大破壊爆弾をその中で炸裂させる。密閉空間で四つの殺戮に晒された相手は、確定で死ぬ。
そんな恐ろしい代物を用意して。
更にライザさんの超火力は、既に協力ありとはいえ生身で王都の城壁なんて問題にもならない強度の遺跡を貫く程になっている。
それでもまだだめ押しがいる。
それだけで、相手の強力さが推し量れる。
パティは買ってきた食料品を、キッチンにおいて、傷みそうなものはコンテナに入れて置く。
料理はクラウディアさんが戻ってからだ。
フェデリーカはサルドニカに出向いて、祭りの後の残務を片付けているらしい。二人が戻るまでは、鍛錬でもするか。
そう思っていたら、ライザさんが声を上げていた。
「よし、分かった!」
「ええと、だめ押しの何かですね。 何が分かったんですか?」
「理論だけだけどね。 賢者の石」
「名前だけは聞いたことがありますが」
確か、錬金術の秘奥にして究極。
文字通りの、奥義だという。
ライザさんは、ごっそりと道具を取り出してくる。それにはどう考えても助かりそうにない奏波氏族の瀕死の戦士を救った薬もあった。生唾を飲み込んでしまう。これは、本当に何をするつもりなのか。
「この杖はちょっと偶然手に入れたんだけれど、これの魔力増幅の仕組みを見ていて、理解出来たんだ。 賢者の石ってものがなんなのか」
「それ、私に分かりますか?」
「分かるように説明すると、この世のもっともちいさな単位の更に元になったものは、紐なんだ」
紐。
その時点ではっきりいって意味がわからないのだけれども。
確かライザさんは、世界の最小単位をエーテルで分析して解析済だとかいっていたっけ。
それを熱変換すると、簡単に世界そのものを焼き払うことが可能だとかいう話もしていたように思う。
だが、最小単位の更に元になったものか。
それが紐というのは、ちょっとどうにも混乱してしまう。
「ちょっと調合するわ全力で。 その紐の力を最大限引き出して、赤い石へと変えたもの。 それが真の賢者の石。 なんにでも化ける、文字通り最高の品だよ」
「ライザさん、そんなものを何に使うんですか」
「……旅の人が作りあげた神代の本拠地は、神代の錬金術師どもが乗っ取った挙げ句に、好き放題に滅茶苦茶にしていると思う。 それを本来のものへと戻すために、きっと必要になる」
ライザさんはいう。
ある伝手から手に入れた杖は、恐らく旅の人のものなのだと。
それに使われているテクノロジーから、この賢者の石を発想した。正確には、真の賢者の石を。
そしてほぼ確定で、神代の錬金術師は旅の人の全てを手に入れられなかった。
もしも手に入れて完全解析し、悪用していたら。
とっくにこの世界もオーリムも、奴らが考える「理想郷」へと変わっていたはずだからだ。それは文字通りの地獄だろうが。
ともかく、ねじ曲げられたテクノロジーと。恐らくは本物の理想をかなえるための拠点だった場所。
そこを元に戻すには、これが必要になる可能性が高い。
今のうちに、準備しておく必要がある。
だそうである。
アンペルさんとリラさんが戻ってくる。
ライザさんは、既に全力集中モードで調合している。パティが軽く今の話を説明すると、アンペルさんは度肝を抜かれていた。
「賢者の石! それも真の賢者の石だって!? それを発想した!?」
「そんなに凄い事なのか」
「いや、錬金術が才能の学問である事は知っているが、ライザのはもはや才能という領域を飛び越えて、時代を新しく作るものだ。 去年のスランプが何処に去ったのか、分からない」
紐の理論については、まったく分からないらしい。
アンペルさんでも理解出来ないのか。
ディアンと一緒に出かけていたタオさんが戻ってくる。説明すると、少し考えてから、タオさんが答えてくれる。
「ええと、それは恐らくだけれども。 今まで回収した資料の中にあった、11次元に達する高位次元は、振動する紐であって、それが折りたたまれて格納されているっていうものかな。 超ひも理論というらしいんだけれど」
「今まで、そんな話はしてくれませんでしたよね」
「いや、僕もそんな学説があるんだと思っただけだし、何より神代の錬金術師達もそういう理論があったと言う事だけ知っていただけらしいからね。 ライザは世界の最小単位を観測しているようだし、それに手が届くのは不思議な事ではないんだろうね」
「邪魔をしてはいけないね」
いつの間にか戻って来ていたクラウディアさんに、肩を叩かれる。
パティも時々後ろをとられる。
この人、音魔術を極めているから、気配を完全に消していることも多い。
既に世界最高の狙撃手だけれども。
それが気配遮断について極めたら、文字通り手に負えない程の存在になるだろうなと思う。
ライザさんは、今後世界で悪事を為す存在全てを屠るつもりかも知れない。
クラウディアさんは、それを手伝うつもりなのかも知れなかった。
いずれにしても、今のクラウディアさんの能力は、対人戦用と考えると明らかに過剰なものだ。
ちょっとぞっとしないが。
いずれにしても、キッチンで料理を始める。下ごしらえから順番にやっていく。
もう慣れてきているので、クラウディアさんに迷惑を掛けることもない。奧で資料を漁っていたクリフォードさんが戻って来て、タオさんとアンペルさんを呼んでいた。まだまだ何か見つかっているんだろう。何しろ各地から膨大な資料を集めてきたのだから。
フェデリーカが戻ってくる。
疲れ果てている様子だったが、料理をしているのを見てキッチンに来る。
手を洗って、料理に参加してくれる。
大丈夫ですか、と聞くが。
疲れた笑みを返された。
サルドニカの首長として、本格的に自覚が出て来て。更にライザさんの後ろ盾があるとはいえ、二大ギルドの長もフェデリーカを立てるようになった。
ならば、後はフェデリーカが踏ん張るだけだ。
パティは無責任なことはいえない。
ただ、頑張ることを、後押しだけしかできない。
王都に戻った後、お父様が整備している政治システムを、少しずつパティも引き受けて、王都の運営をするようになる。
今も幾らかの裁量権は貰っている。
その時、フェデリーカの後ろ盾になれば。あの街灯をはじめとしたテクノロジーの観点で、サルドニカと大きな連携を取ることが出来る。
この過酷な世界だ。
それでやっと、人間は少しはマシに生きられる。
料理が仕上がったので、一皿ずつ皆に出す。
ライザさんはまだ集中して調合しているが、今回ばかりはフィーも何もしない。ライザさんが、最後のだめ押しに入っている事に気付いているのだろう。
普通の人間より知能が高い位なのだ。
「今回は鬼気迫っているな」
「ライザさんの集中力、凄まじいですね」
ボオスさんが、食卓に座る。
どうやらクーケン島で一仕事片付けてきたらしい。
モリッツさんに婚約のことを話すという話をしていた。それについて、終わったと言う事だろう。
ただモリッツさんは、ボオスさんが相手は誰かはいわないと言う事を喜ばないだろうし。
結婚は最低でも十年以上は後という話を聞いたら、それこそ卒倒するだろう。
モリッツさんが苦手なライザさんが相手では無いという事は話すそうだが。それでも、しばらくは胃薬が友になるんだろうな。
そう思うと、パティも同情してしまう。
先に夕食を囲む。
ライザさんの分は、いつでも温められるようにしておく。
食事が終わった後は、軽く外で乱取りをする。レントさんの防御はまだまだ崩せる気がしないが。
それでも乱取りをしていると、学びが幾つもある。
神代の錬金術師の本拠地に出向けば、最悪神代鎧が団体で出迎えてくるはずだ。それも、今までにない数で。
どんな地形かも分からない。
延々と消耗戦を強いられる可能性だってある。
そのためには、達人と戦っても、簡単には斬られないようにしないといけない。
相手の力量は、今のパティやレントさんでも侮れないほど。
油断すれば、一瞬で首を飛ばされる。
奇襲に備えた練習もしておく。
汗を流したあと、風呂に入って、それでライザさんを見る。
これは今日は徹夜かも知れない。
まだアンペルさん達は研究を進めて、見落としがないかを確認しているようだから。出立は明日ではないだろう。
いずれにしても、ライザさんが出立の号令を掛けたら、いつでも戦闘が始まる。
それくらいの覚悟でいなければならない。
ベッドに横になる。
今、パティは世界の命運を賭けた戦いに挑もうとしている。
王都で腐敗した貴族のボンボンに嫁がされていたら、こんなことには巻き込まれなかっただろう。
その方が平穏に生きられたかも知れないが。
ただ、世界が激しく変わろうとしている中。
その渦中にいて。
自分も関与できるのであれば、それが一番だと、パティは思うのだった。