暗黒錬金術師伝説11 暗黒!ライザのアトリエ3 作:dwwyakata@2024
発見された骨はホムンクルスのものです。人間に手を加え作り出した都合が良い奴隷。
そんなものを見て喜ぶと神代の連中は思いましたし。
ライザの前に来た錬金術師達は実際に喜んだのです。
そんな連中ばかりでしたこの世界の錬金術師は。アンペルさんが異端も異端だったのです。
だから「同胞」とパミラさんに一度皆殺しにされたわけですが。
二日ほど研究して、タオが結論をまとめてくれた。
まず、暗号で書かれたメモの類。これらは、別で分けてある。あたしは錬金術の調合をしていて、それで見る暇が無かったから。調べるのはこれからだ。
タオとクリフォードさんは、大量にあったメモ書きや、落書きなどの内容をまとめてくれていた。
「まず、筆跡から確認して、最低でも七人が来ている事が分かったよ。 一番新しいのが、百年ほど前に此処に来たらしい錬金術師だね。 筆跡が一致した。 サルドニカにいたエミルという人物で間違いないよ」
「やっぱり……」
「まあ、百年前の時点で錬金術師は相当に減っていたらしいからな。 消去法でそれしかないだろうな」
ボオスがそう捕捉すると、タオも頷く。
話が早くて助かる。
そのまま、順番に説明がされる。
落書きの中には、意図的に後から来るだろう人を混乱させるようなものもあったようだが。
そういうものは、筆致が揺れておらず。
むしろ、扉を開ける事が出来た自分を、自慢げに見せびらかして。後から来る人間を煽っているような代物だったらしい。
本番は、筆致が乱れはじめてから。
つまり、精神的に余裕が無くなりはじめてからだ。
「あの部屋には大量のメモや落書きが残されていたけれど、殆どが共通した内容だったんだ。 錬金術師のほぼ全員が、自分の才能に自信を持っていて、むしろ自分を特別な天才だと考えていて。 自分は神に近いと思い込んでいるのが一目で分かった」
「古代クリント王国の連中と大差ないな」
「うん。 そうなるね」
レントの言葉は痛烈だが。
あたしも同感だ。
そんな連中が、世界を好き勝手にしていたのであれば。それは世界に人が溢れていても。いずれこういう狂った世界が到来したのは、必然だったのかも知れない。
「そういった自意識過剰な錬金術師達が、みんな彼処で躓いていた。 700年ほど前にここに来た錬金術師は、神である私にどうしてこの謎がわからないと、凄まじい勢いで書き殴っていたよ。 インクには明らかに血の成分も含まれていた。 多分頭をかきむしりながら、乱暴にペンを振るったんだろうね」
「壮絶ですね……」
「うん。 自分を神に等しいとか考えるような、才能を鼻に掛けていた連中だ。 それが全く歯が立たないと分かった時の絶望はなかっただろうね。 特に古代クリント王国が滅ぶ前までは、錬金術師達はそれぞれが世界の頂点に君臨していたに等しいんだ。 挫折なんて、した事もなかったと思うし。 それは立ち直れないと思う」
タオの言葉は怒りに満ちているな。
口調は柔らかいが。
タオだって、オーリムで古代クリント王国の錬金術師どもが何をやらかしたかは、自分の目で見ているのだ。
それはこれだけ辛辣な評価にもなるだろう。
というか、あれを平気で行えた時点で。
人間と見なしていない相手に何をしていたのかは。見なくてもはっきり分かる程である。
殺人だろうが暴行だろうが略奪だろうが、何をしても許されていた。
「力がある」から。
力がある存在は何をしてもいいという思想の結実がそれだ。
そんなだから滅びたのである。
だから、挫折したことに対して、なんら思うところはない。
ただそれはそれだ。
その錬金術師達を「選別」していた神代の輩だって、それ以上の巨悪だと言える。
「では、此処からは本題に入るよ。 錬金術師達は時間の差はあれど、基本的に「鍵」を得て、あの扉を開けるところまでは行ったんだろうね。 中にはあの扉を開けられなかった錬金術師もいたかも知れないけれど、それについてはもう僕には分からないかな」
「ライザがなんか急に思いついたって話だよな」
「うん。 なんだか不意にね」
「それって怖いね。 遠隔で相手の頭に干渉するなんて、尋常じゃ無い魔術だし、技術だったらもっと凄いと思う」
クラウディアが言う通り、魔術を誰でも使える今の時代でも。
遠隔の任意の相手に。
しかもあたしみたいな魔術耐性が強い相手に。
そんな風に、知識を勝手に植え付けるなんて、簡単な事じゃないはずだ。
それをあっさりやって見せた時点で、相手は侮れない。
それだけじゃない。
クーケン島の近くのアトリエにいたあたしに呼びかけたのなら分かる。世界中から錬金術師が集められたのだとしたら。
少なくとも世界中を監視する事が出来て。
更には、何処にいようと任意に干渉が可能と言う事になる。
天才と呼ばれるような魔術師は、あたしも何人か知っているが。それらの伝承ですら霞む。
そうなるとやはりテクノロジーだろうが。
それこそ、世界全てを監視するレベルのテクノロジーでないと、話にもならないだろうと思う。
神代の錬金術師は、空に都市を浮かべたが。
そんなものすら、余技に過ぎなかったのかも知れない。
世界全土に網の目のように情報を張り巡らせて。
それこそ気まぐれに誰かをつまみ上げて、自分の遊びにつきあわせていた。
そう考えると、邪悪さに怒りが湧いてくるが。
同時にその強大さに戦慄もさせられる。
タオは咳払いして、話を続けた。
「メモなどをまとめると、錬金術師の中にはかなり良い所まで行った者もいたらしいんだ。 特に四百年前にここに来たらしい錬金術師は、その一人のようだった」
「四百年前というと、古代クリント王国の滅んだ後か」
「そうなるね。 古代クリント王国を再興しようとしていた錬金術師のようだったけれど」
「ちっ……」
ボオスが舌打ち。
まあ、あたしも同意だ。
散々残留思念を見てきたし。何よりも色々な物的証拠も見て来ている。
あれは狂った時代だ。
そんなものを再興しようとした人間に。どうして才能が備わってしまったのか。
才能と人格は全く関係がない。
それを示しているかのようである。
「そのメモには、こう書かれていたんだ。 どうしても開かないと」
「!」
「開かないって変ですね。 扉は開いているのに」
「いや、納得出来た」
フェデリーカが、あたしの反応に困惑する。
まあ、困惑しても仕方が無いか。
あたしは、それを聞いて結論していた。
「やはりあの扉はフェイクだ。 でも、あの扉もまた扉なんだと思う」
「……哲学的な内容だな」
呆れるボオスに。
あたしは咳払いして、順番に説明する。
そもそもあんな分かりやすい扉を用意して、ああだこうだと側の石版に書いている時点で、誘導して「やっている」と神代の錬金術師は考えていた事は間違いない。
そして開けた先には空っぽの部屋。
その意図は。
解いてみろこの謎を、という思考だ。
それこそ自分が教師か何かになったような考え。
更に、教師と言うには残虐な事に。
「生徒」を選抜に掛かっている。役に立たない人間は、此処でさようなら、と言う訳だ。
はっきりいって反吐が出るが。
こう言う事をやっていた連中が、世界を支配して。勿論好き放題の限りを尽くしていたのだろう。
古代クリント王国の時代でも好き放題の極地だったが。
「自分を神に等しいと考える」どころか。
神代の人間は、「自分を神だと考えて疑わない」連中で。
それに相応しい力を持ち。
最悪な事に、エゴでそれを振り回して。世界を好き勝手にしていた、という事である。
それを丁寧に説明していくと。
レントが腕組みして、小首を傾げた。
「とりあえず、その辺りは分かった。 俺もむかつく。 で、どうする。 扉に誘導されて、どうすればいい」
「今までのヒントをまとめて、順番に調べて行くしかないね。 恐らくだけれども……あの仕掛けを作った連中は、何もかもをヒントだと思い込んでいる」
「続けてくれ」
クリフォードさんも興味が出て来たようだ。
あたしは、仮説を言う。
まだ、決まり切っていないから仮説だ。
「まだ扉はある。 見えているのに見えていない」
「確かに、あの空っぽの部屋は、見えているのに見えていないね」
「それに竜の紋章。 あれも意図的に書かれたものだと思う。 昔、あたしが残留思念を読み取ったエンシェントドラゴンの話。 それに……王都近くにあったあの門のことを考えると、無関係だとも思えない」
フェデリーカが何のことだろうと顔に書いて困惑しているが。
もう少ししたら、全てを話すつもりだ。
信頼していないわけではないのだが。
もう少ししないと、多分受け入れられないだろうし。
「暗号についてはあたしが調べて見るよ。 それはそうと、今はちょっと調合をして、既存の爆弾や装飾品の強化をしておきたい」
「分かった。 やはりまだ数日はかかると言う事だな」
「そうなるね」
「問題はアンペルさん達だね。 最後の連絡の内容から考えて、そろそろ僕達でも動くべきだと思うよ」
それもそうか。
それにアンペルさんの意見も聞いておきたい。
何より、である。
嫌な予感がするのだ。
王都近郊にあったあの門。
地下にあった。
しかも、そこから直線的に洞窟が伸びていた。その洞窟を丸ごと、当時王都があった近辺の国家は封じた。
そうすることで、やっとフィルフサを封じ込めることが出来た。
膨大な死人をそのまま魔石に代えて。その魔石で五重に封印を掛けて。
あの構造、おかしいのだ。
エンシェントドラゴンの西さんの話も含めると、あの門……自然門そのものは、人間が地下にあったものを掘り出したとはとても思えない。
だいたいフィルフサ……それもあの門の向こう側にいた群れの強靭さを考えると。土に埋まっているくらいだったら、掘り返して地上に出て来た可能性が高いだろう。
どうして、王都の辺りにあった国家の人間は、門の存在に気付いた。
そもそもあの洞窟は、人間が掘ったのではないとすると、どういう代物なのか。
アンペルさんとも、これらについては手紙で話した事がある。
だけれども、アンペルさんはあまりこの手の話に興味が無いようだった。
門があるなら閉じる。
今の仲間だったら、門の向こう側にいるフィルフサも殲滅できる。
だから門を探す。
それしか考えていない。
それは決して悪いことではないと思う。
人にはできる事に制限がある。アンペルさんには、恐らくはそれは自分の許容量を超えている事だったと言う事なのだろう。
だが、もしもアンペルさんの目的と重なるのなら。
それはそれで、興味を持ってくれるかも知れない。
視点を複数確保するのは重要だ。
優秀な人間は何でも出来るみたいな思想があるが。それは間違っている。
実際そうだったら、神代にしても古代クリント王国にしても、間違いを重ねた挙げ句滅んでいない。
再びあたしは調合に入る。
五日ほどで、今までの爆弾を刷新。
皆に渡している装備も刷新するつもりだ。
この間、トレントに似た魔物の体内から取りだしたセプトリエンの調査も進んでいる。あれから作り出したグランツオルゲンは、強度そのものも増していて。今までの補助金属ではなく。
メインとして、装備に取り込める強度になっていた。
ただ、やはりトラベルボトルで増やすときにジェムをえげつなく食うし。
何よりトラベルボトルに入ると、想像を絶する程強い魔物が出るので、結構命がけになる。
話を終えて、それぞれで動く。
夕食の時間が来て、フィーに袖を引かれて。
食事をしているときに、クラウディアに言われた。
「バレンツの支部に行って来たけれど、やはりアンペルさんとリラさんの手紙は来ていないわ。 トラブルに巻き込まれたとみて良いと思うの」
「分かった。 クラウディア、船旅の準備任せられるかな」
「うん。 船の予定についてはもう調べてあるよ。 丁度五日後に、次の船が来る予定だよ」
「助かる」
流石あたしの女房役だ。
クラウディアに渡した当世具足の調整をする。
美しい白を基調として配色をする。白と銀を中心とした色合いは、クラウディアの美しい金の髪と良くマッチする。
音を聞きやすいように兜も最低限の作りにした。
いっそ兜を被らない手もあるのだが。
それだと、流石に危険すぎる。
鎧が衰退した今だが、それでも服を着ているだけでも防げる裂傷や擦過傷はあるのだ。
兜があれば死なずに済む状況は、いくらでもあるのだから。
次の目標が決まったから、皆もそれぞれ確実に動き出す。
レントもボオスも、フェデリーカをつれて外に何度か出て、魔物との交戦経験を蓄積していく。
あたしは今まで皆に渡した装備品を調整。
特に靴を丁寧に調整して。履いていて全く問題が無いように仕上げた。これで蹴り技の火力も更に上がる。
そして魔術増幅用の杖も、グランツオルゲンで調整して、更に魔力の増幅率を上げておく。
この杖は打撃用としても使うのだが。
基本的に相手への有効打は蹴り技で通すようにしているので、あまり杖での打撃は考えていない。
そもそも蹴り技をこれだけ磨いたのに、今更杖で殴ってもあんまり個人的にも面白くないし。
不意を突く奇襲技としてなら良いけれど。
それは多分、身内にしか通用しないだろう。
調合で皆の装備を刷新しつつ、暗号文を幾つか解読もする。
タオが作ってくれた当時の文字と読みかたの翻訳一覧を見ながら、暗号を調べて行く。
お粗末な暗号もあるし。
簡単にはいかないものもある。
特にエミルという人物の暗号はかなり厄介で、複数時代の言語と数字を組み合わせた非常に厄介な代物だ。
一筋縄ではいきそうにもない。
というか、これ。
幾つかのメモを見て、気付く。
なるほどな。
どうやらこれらのメモ、散乱していたわけでもないらしい。恐らくエミルという人物。あまり自信がなかったのだろう。
群島の彼方此方を時間を掛けて周り。
先人が残したメモのうち、有用なものを集めて。
それを重点的に調査して、調べていたのだろう。
だとすると厄介だ。
この人物、百年前の錬金術師というと、アンペルさんが言っていたロテスヴァッサの王宮に集められた一人だったのはまず確定だとみて良い。だとすると。アンペルさんが一人だけ天才がいたと言っていたが。
その天才の可能性が高い。
だが、それにしても古代クリント王国の錬金術師より優れているとは思いがたい。
恐らくだが、自分が天才でも神に等しくもないことを、エミルという人間は理解していたのだろう。
だから、先人がひけらかしていた情報を集めて、自分なりにまとめていった。
だが、それを後続に知られるのも嫌だった。
故に、こんな風に暗号にしたわけだ。
なんというか、捻くれているなあと思う。
ちょっと待て。
確か、アンペルさんの話によると。例のロテスヴァッサの王宮での事件は百数十年前。
それから一世代くらい、アンペルさんは暗殺者に追われたと言う話だった。
だとすると、このエミルという錬金術師。
この群島に来た時には、恐らく若くても四十代……下手をすると六十を超えていたのではないのか。
そうなってくると、この手記に掛けられている異常な暗号の難易度。
それは、ひょっとするとだが。
この世に対する恨みの結晶なのかも知れない。
身勝手な話だが、人間はそんなものだ。
あたしも人間個人はともかく、種族としての人間には微塵も期待していないから。それで今更失望することもない。
そんなものだと、ただ思うだけだった。
いずれにしても、この複雑な暗号。解くにしても当面掛かってしまうだろう。
他の暗号メモはあらかた解けたのだが。
やはり、もう一つ扉があって。
それをどうしても攻略できない、というような事しか書かれていない。
どの錬金術師も、あの空っぽの部屋を見て。
其処までは、たどり着けたと言う事なのだろう。
しかしその先には行けなかった。
狂い果てたものもいただろうし。
諦めて帰ったものもいたのだろう。
いずれにしても、人生を浪費してしまったわけだ。
エサで釣られたとは言え哀れな話だな。そう思う。
殆どの錬金術師は。神に等しいという自尊心を満たすためにここに来たのだろう。中には故郷を復興したいとかエゴを一切抜きで考えた者もいたかも知れないが。そういうものは今まで見てきた錬金術の歴史を考える限り少数派の筈だ。
比較的マシだった、王都近郊の封印に関わった「不死の魔女」ですら、結局は自分のエゴを優先していたのだから。
時間はあっと言う間に過ぎ。
皆の装備の刷新がようやく終わった時に。丁度時間が来た。
アトリエの荷物を一旦整理は終えている。
荷車に荷物を分乗させて、そしてクーケン島の港に。荷車四つになったが、まあこれくらいは許容範囲だ。
港でまたロミィさんに会う。
「やほー、ライザ」
「ロミィさん。 クーケン島にまた来ていたんですね」
「まあね。 サルドニカでかなり良い値で品物を仕入れられたから、これから販路に乗せるところ。 それで……また何処かに出かけるの?」
「ちょっと今度は遠めで、密林の地です。 ネメドって場所のフォウレって集落、だったかな」
流石というか。
ロミィさんは其処を知っていた。
「ああ、知ってるよ其処」
「えっ」
「密林の近くにフォウレも含めて幾つかの集落があるんだけれど、魔物に脅かされ続けていてね。 畑とかにも魔物が彷徨いているような文字通りの辺境。 だから屈強な戦士が誰よりも偉いってされてる土地だね」
「激戦区って言われてる東の地みたいですね」
違う違うと、ロミィさんは笑う。
東の地は、今のあたし達でもいつ命が消えてもおかしくない程の魔郷だと、笑って言う。まあ話には聞いてはいるのだが。
ちょっとぞっとしない。
この様子だと、ロミィさんはそっちにもいった経験がありそうだ。
船が来る。
この船で直接フォウレという場所に行くのではなく。途中の港を幾つか経由して向かう事になる。
まずは荷物を卸す。
ボオスがブルネン家に関係がある人間を指揮して、それを手伝っていた。
こういうちょっとした手伝いが、商売には重要だ。ボオスが陣頭に立つことも、大きな意味がある。
前は大人を威圧的に呼び捨てにしていたボオスだが。最近はきちんと相手に敬意を持って接している。
それでいながら下手に出るのではなく、威厳を保つための工夫もしているのだから。王都で学ぶ事は多かったのだろう。
モリッツさんは、商人の接待をしているようだ。
ボオスがまた遠出すると聞いて、悶着もあったようだが。
例の件に噛んでいる。もっと大規模かも知れないと説明して。それでモリッツさんも黙ったようだった。
まあそれもそうだ。
フィルフサ絡みの問題となれば、世界が滅ぶ可能性が高いのである。
しかも今回は、フィルフサ以上の脅威である可能性がある。
あたしが信頼出来る戦士を遊ばせておくわけにもいかない。
途中で商人が困っていたようなので、フェデリーカが話をしにいく。こういうのは戦闘より慣れているのだろう。
商人も、すぐに納得して。
それで商売が上手く行ったようだった。
「それにしてもライザもすっかり頼もしくなったねえ。 てっきりロミィさんはボオスとくっついて、島を回していくとおもったんだけどねえ。 今では世界をまたにかけて商売しているロミィさんですら彼方此方でライザの名前を聞くもん。 ……もう適齢期だけれどクーケン島の誰かとは結婚しないの?」
「あー、あたしにその気は無いです」
「やれやれ、クーケン島には惜しい話かな。 そうそう、フォウレに行くなら、一つ覚えておいた方が良いよ」
「聞かせてください」
ロミィさんは背が低い。
だから、腰をかがめて、耳打ちを聞く。
「フォウレはね、原始的な生活をしてるんだけれども、なんだか妙に文明の臭いがする場所なんだよ」
「文明の臭いですか?」
「何度か足を運んだんだけどね、「機具」って独自の道具を作って売って生計を立てているんだよあの集落。 その動力が「種」っていうものなんだけど、これもまた見た事もない代物でさ。 勿論植物の種でもないんだよねー」
それは、また。
おかしな話だ。
下手をすると、機械類がまともに動いていない王都よりもある意味文明的なような気がするが。
ただ、あまりにも戦士の里という場所とミスマッチすぎる。
何かあるとしか思えない。
「他に何か、気になる事はありませんか?」
「ええと、里長……に等しい人間を験者って呼んでいるんだけれどね。 今の験者さんは結構理性的な人だけれども、やっぱり里はよそ者にもの凄く厳しいよ。 ロミィさんも商売に行ったとき、ずっと監視がついてたし。 特に禁足地みたいな場所があって、其処には絶対に誰も近づけないみたいだね。 もっとも魔物だらけで、迂闊に近づける場所でもないけど」
此処も禁足地か。
なんというか、五百年前の古代クリント王国の崩壊で、世界の文明が一気に後退したのが分かる。
王都ですら、機械があの有様だ。
他の土地は、殆ど魔物の領域になっていて。実際には新しい国家を作る余裕も無い、というのが人類の状況。
クーケン島は辺鄙な場所だと思っていたのだけれども。
彼方此方に足を運べば運ぶほど、まだマシなのだと思い知らされる。
それにしてもである。
禁足地は結構なのだが、どうしてそうなのかをしっかり伝承するべきだろう。
だからあたし達も、謎を解くのに随分と苦労した。
謎なんか解かなくても、少なくとも大人の間ではしっかり情報を共有していて欲しいものである。
人間は知恵がある動物だと自称している割りに、あまりにもその辺りがお粗末すぎるといつも感じてしまう。
何にしても、ロミィさんには頭を下げる。こういう役立つ情報には、礼をいうのが当たり前だ。
「分かりました。 ありがとうございます」
「いえいえ。 ライザの知り合いだってだけで、サルドニカでは結構商売がはかどったんだよ。 このくらいは安い安い」
相変わらず逞しいなこの人。
苦笑いしてしまう。
それに、この人の見た目、あたしより若いくらいだけれども。多分あたしよりだいぶ年上だとみて良い。
実年齢は幾つなのだろう。
まあ、それはいいか。
後は、ただその里に向かうだけだ。最悪の場合、里の人間全部を相手に大立ち回りを覚悟しなければならないだろう。
生け贄を捧げるような変な邪教とか流行っていないと良いのだけれど。
あたしは、そんな事を。船を見ながら思うのだった。
さて、と。
ロミィはライザが船に乗り込むのを見送ると、頷いて場所を変えた。
彼女は普段はマスクをして素顔を隠しているが。
実際には、違う顔を持っている。
このマスクはそもそもとして顔の造作を不自然では無く変えるもの。というか、もともと笑顔を作るのが苦手だったので、作ってもらったのだ。
そう。
ロミィも同胞の一人である。
集会所に顔を出す。この辺りの管理人は普段はバレンツの支部を任されているフロディアなのだが。
今回は状況が違う。
「鍵」と「収集」のばかげた連鎖を断ちきるため。最悪の事態に備えるために。最年長の同胞であり、皆のまとめ役であるガイアが来ているのだ。
ガイアは凄い向かい傷を持っているが、これは以前放置されていた門を超えてこようとフィルフサの群れが動いた時に戦闘し。
フィルフサの王種を仕留めたときのものだと聞いている。
これだけ彼方此方に門があるのだ。
アンペルが一人孤軍奮闘したところで、どうしても開く門はある。ましてや五百年前からどれだけの混乱が続いているというのか。
集会に出ると、既に数人が集まっていた。更に二名増えている。どちらも新人の同胞である。
同胞は人間とは違う方法でも増える。人間と交配するケースもあるが、実際にはこの方法の方が主流だ。
それでも増えるのにはコストがいる。
「母」にはそれだけの負担を掛けてしまうのだ。
今、東の地での大攻勢を抑えるために、かなりの同胞が出向いていると聞いている。それで二人追加されているというのは、そういう事だというのだろう。
「それでは情報を共有する」
ガイアが皆を見回す。
スペックはみんな同じの筈だが、やはり前線で戦い続ければそれだけ経験が蓄積されていく。
同胞はホムンクルスとか言う存在らしく、人間と違って年を取らない。
このため、人間と交配する場合は色々と気を遣う事になる。
しかも人間と交配したところで、同じホムンクルスしか生まれてこない。リスクばっかり大きいのだ。
ガイアは初期の同胞だから、人間との間に子供を何人も作っているが。
ただ、それで人間を愛したかというとノーだそうだ。
ロミィも愛と言う人間の言葉は知っているが。
単に動物の繁殖期による発情となんら変わらない。基本的に男の愛も女の愛も一方通行だ。
たまたま上手く行っている夫婦は、この一方通行の考えがそれぞれ上手くマッチしているだけ。
そういう例を、散々ロミィは見て来た。
「ライザはということは、第一段階を超えて第二段階も突破したと言う事ですね」
「その後にある座標の固定にまで辿りつくまで、普通の錬金術師なら年単位で掛かりますが、或いは……」
「ライザは先人の情報を貪欲に吸収しているそうだ。 それが才能を鼻に掛けていた今までの錬金術師とは違う」
自分は天才だと信じて疑わなかった神代の錬金術師。それ以降の錬金術師もそうだが。基礎だけを学んだ後は、地力で全て成し遂げたと信じ込んでいた。
だから、滅んだのだ。
「警戒段階を一段階上げる。 ライザはネメドに向かい、アンペルらとの合流を果たすだろう。 そうなった場合、座標の固定にそうそうに気付く可能性が高い」
「……」
ロミィは腕組みする。
同胞達は、ライザを警戒している。まあ、当然の事なのだが。ロミィにはあの娘は、そこまで邪悪な存在には思えないのだ。怒りは持っているし、凄まじい怒りで時に燎原の火のように燃えさかるが。
それはそれとして、今まで殺してきたエゴの塊である錬金術師とは違う気がするのである。
まあいい。ともかく、ロミィの仕事は監視だ。
次の船に乗ってライザを追う。勿論ネメドにも同胞はいる。だが、最悪の場合。
ライザを背後から刺すのは、ロミィが一番適していると自分でも思っていたし。周囲からもそう思われていた。