『巌戸台。本電車は巌戸台に到着しました』
「30分も遅れたか」
時間を確認すれば、十一時五十五分……予定よりも三十分程遅れて付いた電車から溜息を付きながら、小さな鞄を持った少年が駅の改札口を抜ける。
「流石に一人で一時間も電車の中に取り残されたら泣けるからなぁ……」
その少年、『野上 四季』はため息混じりに呟きながら急いで改札を出る。
目的地の駅から出ると、四季は転校先の学校で有る『月光館学園』の学園寮までの地図が書かれた紙を見つめる。
初めて来る街、地図を頼りにしなければ寮に辿り着くには更に時間がかかりそうだった。
明日は不運にも転入初日なのだ。初日からの遅刻は避けたい所であり、明日に備えて寮に着いたら直に寝てしまおうと考える。流石に他の寮生もこんな時間ではもう寝ていることだろうし。
そして、幸いにも『一時間』以内に着ければ『まだ十二時には到着出来る』のだ。
そんな事を考えていた瞬間だった。
街が静けさによって支配された感覚が彼等を襲う。周囲の時間が全て凍結したかのような感覚。機械が機能を停止し、それだけではなく景色は緑色に染まり、地面には怪しい血のような跡が現れる。
そして、何よりも異様を放っているのは、魔が増して全てを吸い込むような魅力を得た月と、『棺』へと変化した人間の姿だった……。
四季はこの時間の事を『13時』と呼んでいる。空を見上げ空に浮かぶ月を見上げる。その、魔が増した魅力を得た月の妖しい美しさに微笑みさえも浮かべている。
不気味な呪われた時、人々に認知できない時、……そして、己の母が死んだ時間。
世界に有る闇を睨み付けると、そこで何かが蠢く気配を感じる。
自分に隙が有れば直にでも襲い掛かってくるだろう。
そして、四季は静寂と妖しき月光、棺桶、そして彼へと向けられる敵意に支配された街足早に歩き続ける。
そうしている間に彼は『目的地』に到着した。『月光館学園 巌戸台分寮』へと…
洋風の館を思わせるその造りに思わず息を吐く。目の前に有るのは自分が想像していたよりも遥かに豪奢な寮だ。多少古臭く見えるがそれが悪くない。三年間使われていない寮らしいが。
四季は落ち着いた態度でその造りに違わずしっかりとした扉に手をかけ、開く。
寮の中へと進んだ四季の視界に入ってきた内装もまた学生寮とは思えなかった。
外と同じくやはり電灯の明かりはなく、僅かに差し込む月明かりに照らされるのみだったが、それが何処か幻想的な雰囲気をかもし出している。
上品な家具の数々や受付カウンターは歴史の有るホテルのラウンジを思わせる。
ソファーにでも座って時間を潰そうと考えながら周囲を見回す。この時間の中で棺桶になっていない人間が自分以外には存在しているとは限らない。この寮にそんな都合のいい人間がいるという可能性の低さからこの時が過ぎるのを待つしかないのだ。
「……遅かったですね」
「ッ!?」
ふいに掛けられたその声に振り向き、奏夜は全身を強張らせる。『受付』…そう書かれたプレートが置かれた確かに受付のように感じられるカウンターを挟んだ向こう側。そこで一人の少女がこちらを見つめていた。
(……この子供は?)
彼女は見るからに幼く、外見で判断するなら小学生くらいだろうか? 彼の姿は高等部の寮には似つかわしくはなかった。
いや、それ以前にラウンジが無人である事は先程確認した筈。そう、この少女はさっきまで確かに存在していなかったはずだ。
「長い間、貴方を待っていました」
「………」
彼女の言葉に黙り込む。普通に考えればこの時間なのだから、はっきり言って十分に遅い。
だが、彼は少女の言葉の意味は違うと判断していた。そして、目を閉じて、言葉の意味を考える。
考えが纏まらぬまま、閉じていた目を開くと彼女はカウンター越しではなく、自分の前にやはり笑みを浮かべたまま立っていた。
「それでは、それじゃこの先へ進むなら、そこへ署名を」
「……署名?」
「そう、これは契約です」
言われてカウンターを見ると、そこには宿帳の様な物があった。
(契約? それに何で署名が必要なんだ?)
自分が今日入寮することは知られているはずだ。そうであるにも関わらず署名をしろと言う。しかも契約などと言うとんでもない事まで言われている。『自分が寮に入る手続きを忘れていたのか?』等とも考えてしまう。
「怖がらなくてもいいです。ここから先は自分に責任を持ってもらうと言う、当たり前の内容ですから」
その言葉に従う様に宿帳を開く。その中に薄れていたが幾つかの名前が有るのが見えた。
それに気付かず自らの名前を書き記し、彼女へと手渡す。
「書けたよ」
受け取った宿帳らしき物を開き、四季の署名を確認すると何処か満足そうにそう頷き、己の持つその宿帳らしき物を閉じた。
「時は、全ての者に結末を運んできます。例え眼と耳を塞いでいてもね」
「なにを………」
その瞬間、四季は少女の背から闇が広がっていることに気付いた。
手元から先程署名した宿帳らしき物がかき消えると同時に闇が少女を包み始める。
闇に包まれている少女は未だに笑みを浮かべたまま、闇が完全に少女を包み込む。
「始まります」
そう告げるのを最後に少女の姿は完全に目の前から消えていた。『異常』そうとしか言えない状況に、四季は唖然としていた。
「……なにが……?」
何が起こったのだろうか? ここは本当に学園の寮なのだろうか? そう思ってポケットから地図を取り出し確認するが場所は間違えてはいない。
慣れている異常ではなく、今までに無い新たな異常、この寮……ここには……。
(……ここには何かが有る?)
そんな事を考えて、先程まで少女が存在していた空間を見つめる。
「誰!?」
再び聞こえてきた別の声-声の質から判断しておそらく女の子と考えられる-に対して驚きを浮かべながら、その声が聞こえてきた方向を振り向く。