声の聞こえた先にいるのは一人の怯えた様子でこちらを見つめ続けている少女。ショートカットの中々可愛らしい少女で、どうやら着ているのは月光館学園の女子制服らしい。
(この時間の中で動ける人間?)
この時間の中で初めて見る自分以外の生きている存在。それに対して何故という疑問も湧くが、ともかく、互いの事情も知らない状態では話が進まないと考え、自分が今日この寮に来る予定の者と説明しようと彼女の姿を視界の中に納めた瞬間、もう一つの驚きが浮かんでくる。
(拳銃!? いや、ここは日本だから、モデルガンだよな、流石に)
心の中で思い切り叫ぶ。彼女の制服の内側に付けられたホルスターに収められたそれは、確かに拳銃だった。残念ながら暗い室内では本物か玩具かの判断は付けられないが。
少女は依然としてこちらを怯えた目で見つめ続けている。その様子は冷や汗を流し、呼吸も荒く、震える少女の右手がホルスターを彷徨っている。それを見て四季はあれが本物と確信する。
(どうする?)
判断を誤らぬ様に、相手の僅かな動きも見逃さない様に少女を見つめ続ける。なんでと言う疑問は湧くが、背を向けるのははっきり言って自殺行為。
相手が自分から少しでも意識を逸らした瞬間、何とか取り押さえ様と考えながら、身構えて、彼女を観察し続ける。
「待ってください、朝田さん」
新たに聞こえたその声は四季と少女の二人の動きを止めた。静かながら凛とした声の持ち主を二人は同時に見る。
『朝田さん』と呼ばれた少女の後ろから現れた声の持ち主。サラサラとした黒く長い髪を揺らしながら穏やかに歩み寄る彼女は柔らかい微笑みを浮かべる。
先に現れた少女と比べると大人っぽく、雰囲気もそれに応じて威厳めいたものを感じる。同じ学校の制服に身を包んでいる様子から、恐らくは上級生なのだろう。
「司波先輩」
安心した様に息を吐き、朝田と呼ばれた少女が現れた人物-司波先輩と呼ばれていた-を見つめる。
(司波?)
司波と言う名前にどこか引っ掛かる物を覚えた。どこかで聞いたことがあると思いながらも、それが何処かは思い出せない。
だが、その『司波先輩』という人間の登場により、場の空気が柔らかいものへと変わる。
すると『あの時間』が過ぎ去ったのだろう、ロビーの中に強く明かりが広がった。天井を見れば、先程まで消えていた電灯が光を放っている。
「到着が遅れてしまったようですね」
司波の言葉に溜息を吐きながら頷き、
「はい、乗ってた電車が信号機の故障で立ち往生してました。連絡入れようかと思ったら、スマホのバッテリーが切れちゃって」
予定ではこの時間を警戒してもっと速く着くはずだったのだが…。
「そうですか、それは災難でしたね。ですが、無事に到着して何よりです。私は『司波深雪』と申します。この寮の寮長も勤めているので何かあったら、ご遠慮なく仰って下さい」
四季が自己紹介を返そうとしたところ、少女がちらりとこちらへ視線を向け「……誰ですか?」と口を挟んできた。少女の質問に深雪は一つ頷き、言葉を続ける。
「彼は『転入生』です。ここへの入寮が急に決まって、男子寮への割り当てが正式にされる、とは思います」
「……いいんですか?」
深雪の言葉に少女が眉根を寄せる。しかし深雪は瞑目して「……分かりません」と答えを濁すような感じを見せた。
その様子を見ていた四季も眉根を寄せる。自分がこの寮へ入寮することになることは伝わっているようだが……それならばこの反応は一体なんだろうかと思う。
「彼女は『朝田 詩乃』さん。貴方と同じ、この春から入学される新入生です」
美鶴が傍らの少女──詩乃を紹介する。詩乃はこちらに向かって「朝田です」と言って一礼をした。
「野上四季です。よろしく。」
その様子に四季も自分の名を告げて頭を下げた。
「今日はもう遅いですから、部屋は2階の一番奥に用意してあります。荷物も届いているはずですから、すぐに休むといいですよ。朝田さん、彼を部屋に案内してください」
「は、はい」
深雪の言葉にまだ四季に対する警戒心を残しながら答える詩乃。
四季は部屋へ案内すると言った詩乃の後を素直についていくことにした。
階段を上がっていき2階へ着くと、廊下を歩きながら辺りを見渡す。かなり部屋数が有るが生活観が感じられない部屋が多く感じてしまう。そんな事を考えていると、やがて四季に宛がわれた2階の一番奥の部屋の前へと辿り着く。
「この部屋よ。一番奥だから覚えやすいでしょ?」
「ああ、分かり易くて迷わなくてすみそうだ」
詩乃の言葉に対して四季は微笑を浮かべながら答える。すると詩乃の表情が少し緩んだように思えた。今まで緊張していたらしい。
すると、こちらも今まで忘れていた事実を思い出す。あの拳銃はなんなのか? まさかとは思うが侵入者に対する自衛の為に手渡されているのだろうか。幾らなんでもそんな事は無いだろうとその考えを否定する。
「あ、鍵は失くさないでね。すごい怒られるから」
「ああ……分かった。」
「司波先輩、怒ると凄く怖いから」と付け加える詩乃の言葉に想像できるような、出来ないような、と思いながらも頷く。
「えっと……何か訊きたい事はある?」
何かを考えていた事を悟ったのだろう、尋ねてきたゆかりに早速銃の事を訊こうとするが、すぐに考えを変え、
「この寮に子供って居る?」
銃の事ではなく、最初に寮を訪れた際に遭遇した少女の事を尋ねる。いきなり現れ、そして消えたあの少女の方が気になったからだ。
「え、子供?」
だか、彼の言葉に詩乃は目を丸くして、
「……誰の事? ちょっと、やめてよ、そういうの……」
恐らく『そういう話』と勘違いしているのだろう、少し怯えを含んだ様子で答える。
「誰……って……」
この寮に入った時の事を説明しようとも思ったが、四季は詩乃の反応を見てそれを止める。彼女の反応ははっきりの言って幽霊のような物に怯える雰囲気に似ている。
その事から嘘を吐いている訳ではなく、彼女は本当に事を知らない様子だった。
顔色も陰りを見せている事から、その手の物が苦手なのかもしれない。しかも、あの少女と会った時の状況から考えると間違いなくその手の話と間違われる。
「……あっ、ごめん。オレの勘違いみたいだった」
そんな意図は無かったのだが結果的に彼女を怯えさせてしまった非礼を詫びる。だが、詩乃はまだ不安なのだろう「……そう」と言って顔を俯かせた。
だが、四季は彼女の反応から考えてあの少女の事が気になっていた。『彼女は一体何者だったのだろうか』そんな考えが四季の頭の中に浮かんでは消えて行く。
(……やめておこう)
軽く頭を振り、考えを霧散させる。今の自分が持っている情報は少なすぎる。
「あの……ちょっと訊きたいんだけど、良い?」
「何を?」
「駅からここまで来る間、貴方は平気だったの……?」
彼女の言葉に緊張が走る。
『ずっと平気だったのか?』……その質問の意図は一つ……自分が体験しているあの『異常な一時間』の事だろう。
時が止まったように機械は動きを止め、人々が消え去った街とそこに蠢くモノ達、そして、無数の棺、彼女も自分と同様にあの時間を経験しているだけでなく、異常さも認識している。
「別に何とも無かったけど。」
自分の考えを表に出さず表情を変えずにそう言いきる。それは何も知らない一般人の反応としては妥当な所だろう。
「そう。なら、いいわ。ごめん、気にしないで」
「じゃあ、行くわね」と詩乃がその場を去ろうとした時、彼女の方から立ち止まり、
「……色々と、分からない事あると思うけど、それはまた今度ね……」
「分かった」
それで納得がいった訳はない。だが、今の詩乃に尋ねた所で彼女は間違いなく話してはくれないだろう………少なくとも今は。
「出来れば何も知らないままでいて欲しいけど……」
小声でそう呟いて、「おやすみなさい」と言って部屋を出て行く詩乃に「おやすみ」と手を振って返した。
部屋の電気を点けて室内を見ると、その部屋は悪くなかった。広さがあり、家具も一通りは揃っている。部屋の隅には事前に送っていた荷物が届いていた。
届いていた荷物を広げながら、その幾つかを一つ一つ置いていく。後は小物や着替え等の荷物だが、それらは全部明日に回す。
四季は着ていたジャケットを脱ぎ、部屋の電気を消してベッドへと寝転がる。
今はただ眠るのみ、明日からは学校が有るのだから休息は取るに越した事は無い。全ては明日からだ。
四季の意識は目を閉じると直ぐに眠りへと落ちていったのだった。
(……そう言えばあの子、朝田さんに似てた気が……)