空飛ぶ妖精に転生したから気ままに生きたい   作:卯月幾哉

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第三話 風竜との交渉①

「――断る。我らが(なんじ)らに手を貸すことで得られる益はない」

「…………っ!」

 

 俺たちの暮らしていた浮島(フォンド)の群島から遠く離れた更に上空に、急峻(きゅうしゅん)な岩山が固まって出来たような大きな浮島がある。

 今、俺はその浮島の最も高い岩山の洞窟(どうくつ)の奥で、片膝(かたひざ)を地に着けていた。

 

 相対するのは、それこそ小山のような巨体を持つ上位種――竜だ。

 

 風竜族。

 竜の一種であり、風の精霊の加護を得たものだ。その(うろこ)は、青みがかった緑色をしている。

 同じ風の精霊をルーツに持つ俺たち風妖精(シルフ)と、全く縁がない生き物というわけではない。

 

 ――しかし、俺の救援要請に対する風竜の長の返答は冒頭の通りだ。そこには何の情も義理も感じられなかった。

 

「お父ちゃん、もうちょっと話を聞いてあげてよ!」

 

 そう声を上げたのは、俺の隣で俺を真似(まね)て片膝を着いていた緑髪の少女だ。少女は背に緑色の竜の羽根を付け、腰からは長い尾を()やしている。

 彼女もまた風竜族の一人だ。今は俺に合わせて人の姿を取ってくれている。

 

「リタ、お前は黙っておれ」

 

 雄々しい風竜は、ぎろりと娘を(にら)みつけた。

 イオロス――それが、この風竜の長の名前だ。

 

 

    †

 

 

 俺とフィオナが、風竜族の姫であるリタと知己(ちき)を得たのは偶然のことだった。

 あれはこのときの約四年前のこと。俺とフィオナがジーロ島を探検しているとき、獲物(えもの)を追いかけていたリタが目の前に墜落(ついらく)してきたのだ。一歩間違えれば、俺かフィオナが大けがをしているところだった。

 

『ごめんよーっ! エアロフィッシュが意外とすばしっこくてさ!』

 

 地面に大穴を開けながら、けろりと起き上がったリタはそう言った。

 

 それから、俺たちは友達になった。

 

 

    †

 

 

「あたしは一人でも行くよ、父ちゃん」

 

 イオロスの視線を物ともせず、リタはそう言ってくれた。

 正直、めちゃくちゃありがたい。風竜族が一人でもいれば、戦力の面では人間らに劣ることはないだろう。もちろん、それだけで救出作戦が上手く行くとは限らないだろうが。

 

「ならん」

 

 しかし、イオロスの返事は否だった。

 

「なんでさ!」

 

 取り付く島もない父竜の言葉に、リタが(まなじり)を吊り上げる。

 すわ親子喧嘩(げんか)か、というそのとき――

 

「お待ちください!」

 

 声を上げたのは、俺だ。

 風竜の父娘の視線がお互いから外れ、俺の居る場所で交点を結ぶ。

 ……さあ、ここからだ。

 

 イオロスの言うことはもっともだ。とはいえ、まだ第一手で(つまづ)いただけのこと。

 もともと俺は、もっと言葉を(つい)やして彼を説得するつもりだった。そのための「理」と「利」は事前に考えてあった。

 俺は改めて頭の中で考えを整理し、説得のための論理を組み立てる。

 

「人間は、欲深い生き物です」

 

 俺はまず、この言葉から話を始めた。

 

「今回は俺たちが(ねら)われました。が、いずれその欲は、同じこの空で暮らすあなたがた竜のところにまで届くでしょう」

 

 俺が忠告めいたことを言うと、イオロスは鼻息を飛ばした。

 

「我らを狙うということか。フンッ! そのときは返り()ちにしてくれるわ」

 

 彼の態度には、自分たちの力に対する絶対的な自信と矜持(きょうじ)が表れていた。しかし、

 

「……それは可能でしょうか?」

 

 俺はそこに疑問を投げかけた。機嫌を(そこ)ねるだろうと、予想した上で。

 ――案の定、イオロスの気配が変わった。

 

「貴様、我らが人間ごときに負けると申すか!」

 

 イオロスの一喝(いっかつ)により、ビリビリと大気が震える。

 さすがは風の王様だ。

 ……ぶっちゃけ、めっちゃ怖い。

 

 しかし、ここが踏ん張りどころだ。

 俺は、前世でサラリーマンをしていた頃の取引先との商談を思い出しながら、涼しい顔を(よそお)って言葉を続ける。

 

「負けます。今のままでは、確実に」

 

 俺はあえて断言した。……実際にはそんなに簡単には行かないと思うが、人間の脅威(きょうい)を伝えて危機感を持ってもらうためだ。

 

「我らを愚弄(ぐろう)したな! 許さん!」

「父ちゃん、やめて!」

 

 イオロスはいきり立って右の前肢(ぜんし)を振るい、風の刃を放った。その不可視の刃が俺に届く直前、リタが前に出て俺を(かば)ってくれた。

 

 カキィィン、と刃が弾ける音がした。

 

 ……あっぶね〜〜〜っ!! リタがいなかったら、今ので俺、死んでたぞ。

 

 俺はこっそりとつばを飲み下し、さも何事もなかったかのように話を続ける。

 

「……そんな単純な考え方では、狡猾(こうかつ)な人間に足元をすくわれることでしょう」

 

 イオロスは再び前肢を地に下ろし、悔しそうに(うな)る。

 

「ぐぬぬ……」

 

 ……意外と表情豊かだな、このドラゴン。

 

 話が俺の思う方向に進んでいる――イオロスがそう思ってくれていれば、(もう)けものだが。

 

「あなたがたは人間を知らない。ゆえに、手を取り合うのです」

 

 俺は片手で握り拳をつくり、力強く言った。

 

「……汝らも人間にしてやられておるではないか」

「それはおっしゃる通りです」

 

 痛いところを突かれたが、そんなことはおくびにも出さず、俺はイオロスの言葉を認めた。

 その上で、風妖精(シルフ)と手を組むことの「利」を(うった)える。

 

「長き平和の間に、俺たちは人間への警戒を(おこた)り、地上の情報を集めておりませんでした。これからは情報が鍵となります。仲間を取り返すにあたって、まずは情報収集を行う予定です。その情報は、あなたがたと共有いたします」

 

 「情報」という言葉を多用した俺のセリフを聞き、イオロスは納得したかのように大きく息を吐き出した。

 

「……なるほどな。我らは地上では目立つ。情報収集については、汝らの方が適任であろう」

 

 俺は彼の言葉に、ことさらに大きく(うなず)いてみせた。

 

「ええ。それに私たちも全くの無力というわけではありません。風は私たちの友ですから。人間の一人や二人であれば、吹き飛ばすことも切り刻むことも可能です」

「ふむ。そうであろうな」

 

 同じ風を操る種族として、イオロスは俺の言葉に理解を示した。

 

 ――いい流れだ。たたみ掛けるとしたら、ここだろう。

 

 俺はここで、とっておきの情報を投下することにする。

 

「そんな俺たちが、なぜあっさりと捕らえられてしまったのか。その理由は、人間の持ち込んだ魔道具にありました」

「なにぃ! ……なんだ、それは?」

 

 ――掛かった。

 

 俺は内心で口角を吊り上げた。

 

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