なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが 作:送検
俺の今の陸上でできる一番の武器は、ブラケットからのダブルアクセルです。
それ以外の技は出来ませんし、そもそも練習をしていません。
半回転多く跳ぶ分、どう考えてもアクセルジャンプの方が難易度が高いのですが、憧れの人がファーストジャンプで跳ぶのがアクセルジャンプなので、その練習しかしてきませんでした。
以後、彼のジャンプはルッツ+トウループ。フリップと続いていきますが、そんなものできるわけがありません。コンビネーションジャンプとか無理ゲーです。氷上でやろうとしたら回転も出来ずに終わると思います。
なのでまあ、現状はこれだけが俺の武器ではあるのですが……おっちゃんは何を言うことも無く、俺の痴態を眺めています。
あろう事かサングラスまで外して。まるで頭のおかしな奴でも見るかのように、その目を見開いて。
「……その入り方」
「へ?」
そして、おっちゃんはここで初めて口を開きます。
声に若干の震えがあるように感じられるのは気のせいなのかもしれません。しかし、先程から明らかに分かるのはおっちゃんが
余計なことに口を挟まず、問われた質問には淡々と答えるサングラスのおっちゃん。
そんなおっちゃんが、このタイミングで自発的に言葉を投げかけた上でサングラスを外したのです。
「……そのジャンプ、何処で覚えたの?」
アクセルジャンプは、おっちゃんにとっての禁忌だったのかも知れません。
鷹のように鋭い眼光が、俺を射抜きます。その眼光からは怒りや困惑、それらを超越したドス黒い何かを悟りました。
ジャンプを見せただけでこうなるのは正直異常です。俺が先程のダブルアクセルでおっちゃんの逆鱗に触れてしまったのは火を見るより明らかでしょう。
まあ別に気にしないっすけどね。
流石にダブルアクセルでキレるおっちゃんなんてこの世にいないでしょ。しかもコーチ契約結んでるとかなら兎も角、俺とこの人は何も結んでないですし、なんなら初対面ですし。
なのでまあ、ヘーキヘーキっていうことで。
「何処でって……ようつべ」
「……?」
「おっちゃんようつべ知らねぇの?遅れてんねぇ!!」
俺は自分のスマホを使ってようつべを開き、末梢神経をフル活用した両手高速タップで動画を検索します。
そして、出てきたのは何百回と見返した憧れの人の動画。
その結果に口角の上がる感覚を抑えきれなかった俺は、その勢いとノリのままにおっちゃんにスマホを預けます。
「ほら、これ。この動画サイトがようつべで……この動画の人が、俺の憧れなんだ。この人の動画を
「……」
「んで、憧れの人の真似してたらよぉ。これが出来ちゃったってスンポーよ──こんな風にな!!」
そして、スマホを預けた俺は唯一跳ぶことの出来る武器、ダブルアクセルをもう一度跳びます。
本当ならルッツを跳びたいのですが、多分シングルでも跳んだらミスるのでやろうにもやれません。
なお、陸上です。
氷上ではどのジャンプも減点対象です。尻もちついてケツ割れます。
助けて。
「……キミは」
2回目のダブルアクセルも着地成功し、着地した右脚で2度小さく跳ねます。
唯一の武器を2度成功させた俺は、本来ならば諸手を挙げて喜びたかったのですが、その喜びの舞をおっちゃんの一言が遮りました。
全くもって笑えません。おのれおっちゃん。俺の喜びの舞を封じたニコチンマウス、どうしてくれようか。
とはいえ、それを言えるような状況では無いことも理解しています。
おっちゃんは俺に目線を合わせるようにしゃがみこむと、鋭い鷹の如き眼光はそのままに、畳み掛けるような一言を放ったのでした。
「本気で
「しばかれてえかおい」
おっ、いいですねぇ〜!!
そういう強い言葉ばかり使ってると弱く見えちゃいますよ?
おっちゃんはフツーにいい人なんですから、そんな誤解を招くようなこと言わないで俺と一緒にこの人の動画見ましょ?
「ふっ……ダメだよおっちゃん、人の推しを軽視しちゃ。時代は多様性だよ。そういうことばかりしてるとオタクに嫌われるよ?」
「知ってるよ、君よりも」
「何をう?」
おっちゃんが俺の憧れの何を知ってるってんですかね。
ちょっとばかし動画を見て、俺のダブルアクセルを肉眼で見た位で知ったかぶって貰っちゃ困ります。
俺の憧れはこんなもんじゃないんです。
困難を実現させる勝負強さと、技術と、体力を併せ持ったすごいフィギュアスケーターなんです。
それがたった数分間の動画で分かるわけがないですし、なんなら俺のダブルアクセル如きで全てを知ることなどできないはずなんです。
「その選手のこと。彼が
──そして、
それでもおっちゃんは、俺よりもその人を知っていると言います。
何百回と動画を見て、雑誌を読み漁った俺よりもその選手を理解していると言うのです。
ならば、それが。その事実が嘘ではないのだとして。
俺はおっちゃんにひとつの疑問を感じ、質問をぶつけます。
「おっちゃんは選手だったのか?」
「…………」
「この人のことを知っている、現役のフィギュアスケーターだったのか?」
数秒の間、無言。
俺にとっては慣れた、その空気が場を支配します。
思えば、このおっちゃんとの会話には大抵タイムラグと無言の空気が付き物でした。
今回も例に漏れることはありません。おっちゃんは、少しばかりの時間を置き、やがて何かを想うように目を伏せ。
そうして、もう一度俺を視線で射抜きました。
「少なくとも、君よりはそれに近い存在かもね」
そして、おっちゃんは。
おっちゃんにとっては当たり前で。俺にとっては疑問を解消する一言を、さも当然のように語ります。
おっちゃんは、今更何故そのようなことを聞くのだろうと思ったことでしょう。質問にしてはあまりに突飛な内容ですし、おっちゃん自身選手を仄めかすような発言をしている訳ではありませんでした。
それでも俺はその質問を問い、おっちゃんに答えを要求しました。
何故なら、俺にとってその答えは。
聞き流すより、知らなければいけないと思ったことでだったからです。
「そっか」
そして。
その答えを知った俺は、おっちゃんを見据えます。
おっちゃんが話す時、常に俺の目を
嘘偽りない言葉を並べるために。
「そんな存在が、あの人のことを愚かだって言うんだな」
「……」
「勿論色んな人の、色んな考えがあっていいと思う。そこに関して俺が何かを言う必要なんてないけど」
選手としての彼の軌跡。
その全貌は正直な所、俺にもよく分かりません。
先程俺は、内心でおっちゃんに「いぇーい!おっちゃん知ったかぶって恥ずかしー!」的な悪態をつきましたが、それは俺とて同じなのです。
たかが数分の動画や、数ページの雑誌を何千何日と読み漁ったところで、憧れの人の全貌なんて分かるはずがありません。
他人の人生の軌跡は、俺がこうして息を吸っている間にも長く、遠く、伸びていきます。
それら全てを、自分のことで精一杯な俺が知れる訳ありません。
その時点で俺は知ったかぶりの仲間入りなのです。
ですが、おっちゃんが俺よりもその人の軌跡を知っているとして。
おっちゃんがその人と同じ立場の人間だったとして。
その2つが大前提の上で、俺という矮小な人間にはどうしても許容し難いことがありました。
「近い存在なら、尚更分かるはずだって無条件に思っていた。
困難に挑み、開拓の道を選んだあの人の尊さが。知っているなら、──その人のことを『愚か』や『この程度』だなんて、言える筈がないと思っていた」
どれだけ挑戦をしようが結果が出てこそ、それがプロです。
それは分かっています。プロがプロで在る理由が『結果』には凝縮されているのですから。
結果を出してお金を貰って、結果を出して夢を与えて、結果を出すことで皆に覚えてもらえる。プロを名乗る者において、結果というものがどれだけ大事なのかということはちゃんと理解しています。
けど、それと同時に俺は思います。
憧れの人も、アクセルジャンプという夢『だけ』を追い続けていた訳ではありません。
結果を残しました。オリンピックのメダルこそ取ることは出来ませんでしたが、主要大会の多くで金メダルを獲得し、日の丸を背負ったのです。
その上で、彼は『誰も跳ぶことが出来ず、自身すら飛ぶことが出来なかったジャンプ』に挑み続けました。どれ程失敗しようとも諦めず、頭を垂れることを良しとせず、本番のジャンプシークエンス1回分と、その1回分を成功させる為の膨大な時間を犠牲にして、彼は戦ったのです。
結果を残し、未知に挑む。
だからこそ俺は彼に憧れ、理屈ではそれを分かっていながらもおっちゃんに噛み付いたのでしょう。
おっちゃんが言わんとしていることも間違いではないと、頭の中では理解しているのに。
それを心では認められない俺は、その矮小さでおっちゃんに反抗してしまうのです。
「俺はあの人のことを愚かだなんて思えないし、この程度だとも思わない。
俺はあの人の刻んだパフォーマンスを。ジャンプ、スピン、ステップ、コレオ。全てのシークエンスに命を懸け、結果を残す道を追求しながら挑戦の道を進んだあの人を。
──同じ人間として誇りに思う」
「……」
「だから、おっちゃんとは違う意見だな」
多種多様な意見があります。
その中に、憧れの人を批判する声、軽んじる論調、下に見る風潮があることは当たり前です。
だけど、その選手を俺が尊敬し、敬愛し、目標としていること。
それが他人の一言で揺らぐようなことは絶対に有り得ませんし、譲ったりもしません。
心に宿った1本の幹は、未来に向かう俺の成長に沿ってぐんぐんと伸び続けていきます。
それを自他の影響で腐らせるような真似は絶対にしない。
倉見遥人という人間の憧れや目標は、誰に何を言われようが決して変わりゃあしないんです。
「──君は」
おっちゃんが、俺を見つめたまま言葉を発します。
しかし、その言葉は途中で中断され。またも無言の空気が場を包みました。
本来ならば気まずくなるような状況ではありますが、俺とおっちゃんとの時間は大半が無言だったので今更どうってことありません。
むしろ、無言の方が良い迄あります。
これ以上言葉を重ねられる自信などありませんでしたし、何より俺にはバッジテストに向けての時間が迫っているのです。
ここには長居が過ぎました。
そろそろ、次の目標へ向かいましょう。
「おっちゃん!道案内してくれてありがとな!!」
おっちゃんに一礼し、背を向けます。
そして、俺は。
「バッジテスト!受かってくらぁ!!!」
拳を握り、頭上に掲げ。
※
「……」
口達者な少年の言うことは間違っていない。
その憧れは、僕とは違う。
未知の開拓に挑んだ。現役に拘り、意思を貫いた。誰に跳ぶことも叶わないジャンプを僕の目の前で1度、成功させた。
その飛翔に、夢を見た。
そして、フィギュアスケーターとして死んだ。
「……君は、無謀と蛮勇を美化している」
言いかけた言葉が口を突く。
もう遅いのは分かっている。
伝えたところで、曲がらないことも理解している。
「……」
なら、
僕と正反対の君ならば。去り際の少年に言えたのだろうか。
情報だけでは伝わらない憧れの末路を。未知を知る危険を。その眼の限界を。勇気と無謀の違いを。
「
君は、