なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが   作:送検

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score11 オレンジ色の空の下で 1

 

 

 

『じゃあ、明日は一緒に会場まで行こうね』

「……ちなみにそれって、強制?」

『時差ボケがー、土地勘がー、自販機がーって言ってたのはハルくんだよね?』

「…………」

『放っといたら会場入りまでの道程で自販機に突撃するよね?』

「………………」

『明日、一緒に行けるよね?』

「…………しゃい」

 

 心地良さしか感じない部屋の一室で、俺はとあるフィギュアスケーターの天才美少女と電話越しの会話に興じていました。

 内容は、世間話。そんでもって、フィギュアスケートから一度自分を切り離すことによって、心身の安定を図ろうとしたのですが、いつの間にか話は切り替わり、何故か気付いたら明日に迫った開会式の道中を保護者(いのり)同伴で迎えることが確定していました。

 

 みんなに愛されてて素敵だね♡

 過保護も大概にしろ☆

 

『グランプリファイナルの閉会式だってエキシビション以外危なかったんだから、1人で行っちゃダメだよ』

「そ、そそそそそんなことないぞ。俺はいつだって余裕を持った大人のフィギュアスケーターなんだ。誰がなんと言おうと俺は倉見遥人なんだ……」

『そこまで言ってないってば』

「大体危なかったって言ったらいのりこそ危なかったろ。多国籍言語に頭ふらつかせてた癖によく言うぜ、へっへっへ」

『かっ、海外の人達との会話を『それな!』と『ありがとう!』と『自販機は最高だぜ!』で済ませてたハルくんには言われたくないよ!』

「……えっと、何処の世界線の話?」

『この世界線の話だよっ!』

 

『後、色んな人にタイムマシーンの行方聞いてたでしょ!』といのりの控えめな怒りが鼓膜に心地よく聞こえてきます。

 最近は精神的な落ち着きを得て、大人の女性としての美しさを手に入れつつあるいのりさん。しかし、時として彼女はこうして冷静さを手放し子供っぽい感情を武器に俺に噛み付いてきます。

 前にいるかパイセンが言っていたことが何となく分かるようになりました。

 沁みいるぜいのり、お前サモエドだったのか……

 

「分かった、悪かったよサモ……のん……いのり。明日はどうか俺の首に縄つけて会場まで連れて行ってくれ」

『言い方が怖すぎるよ!それになんか……名前呼んでくれる前に変なこと言ってなかった?』

「雑音だよ、サモエドのんちゃん」

『なんで!?』

 

 まあ、いのりさんがサモエドなのかチワワなのか、それともトイプードルなのかは正直どうでもいい話なんです。

 だって、どちらにせよ彼女が可愛いことには変わりないしいるかパイセンの彼女に対する愛は不変ですから。

 そこさえ変わらなけりゃハッピーです。最悪皆さん幸せならオッケーです。

 

 それよりも大変なのは俺なんです。

 なんてったって、この大事な時期に自販機どころかタイムマシーンすらも一向に見つからない状況下で、全日本選手権の開会式をいのり同伴で行かなければならないんですから。

 同伴してたら先ず自販機に突撃は出来ません。いのりが最寄りの自販機を俺より早く予測し、常に俺と自販機の間に立つからです。

 道の左側に自販機があれば、左隣。右側なら、右隣。計算され尽くした彼女のマンマークに、俺は終始ペースを握られっぱなし。

 合宿の時とかすごかったですよ。そこら中に自販機があったんで、自由時間の間に何処からタイムマシーン探そっかとフラフラしてたら、いつの間にかいのりが俺と自販機の間に立っているんです。

 しかも、その自販機の位置によって立ち位置をコロコロ変える徹底ぶり。

 俺と自販機をくっつけたくないという執念のような何かを感じましたね……

 

『……すすっ』

『何してんの?』

『……ハルくんが変なあだ名付けられないようにする……マンマーク?』

『これはこれで変な噂立てられる気がするんだよなぁ……』

 

 まあこれが道路だと都合がいいんですけどね。車道側に自販機なんて滅多にありませんので、結果的に俺と一緒にいる時のいのりは危険な方(車道側)を歩くような事が絶対にありません。

 そこはまあ良かったんじゃないっすかね。俺のせいで交通事故とかマジで嫌なんで、……うん、まあ……オッケーです。

 

「マンマークもいいけど、時と場所を考えろよ。俺、いのりが俺を徹底マークすることで、()()()()他所のヤツらにあることないこと書かれたり言われるの嫌だぞ」

『そんなに心配しなくても大丈夫だよー……』

「大丈夫じゃない。いのりは俺にとって大切な人だ。いのりが居なきゃ俺はフィギュアスケーターやってないし、夢だって持ててなかった。だからいのりがそういうことをされるのは、俺が嫌なんだよ」

『た、たいせつ……へー、ハルくんにとって大切な人なんだ。私……』

「今頃気づいたのか、うっかりさんめ。特に開会式は記者やカメラマンだっている。もしいのりの集中力を乱すようなこと書かれた日には、俺はその記者を──」

『……そんなこと言っても、明日一緒に開会式行くのは変わらないよ?』

「……………………」

『ハルくん?』

分かった分かった分かりましたよもうっ!明日はどうぞよろしくお願いしますっ!

 

 まあ、おかげさまで明日自販機に突撃することができないのは全く良くないんですけどね初見さん。

 そもそも俺のあだ名とか外野が勝手に騒いでいるものなんて放っておけばいいのに、何故のんちゃんは躍起になって俺をマンマークするのか、それがわからない。

 

 

 

「全く……揃いも揃って過保護っつうか。そんなに俺が大切ですかねぇ」

 

 窓から夜の帳が降りた外の景色を眺めます。

 その景色に、俺の大好きな色は既に打ち消されてしまっています。

 朝日と、夜闇の間を取る色。

 夜の始まりとも言えるその色は、俺にとっては約束と夢の象徴です。

 心に刻まれた約束と夢を思い返す度、浮かぶ情景はかつての空の色。

 俺はすっかり、その色に脳を焼かれてしまったのです。

 

 なのでまあ、そんな素敵な色を今日はもう見れないことに若干の物寂しさがないと言えば、それは嘘になりまして。

 夜に吠える程の気概もない俺の心に、なんとも言えない複雑な心情がのしかかりました。

 その結果の一言だったのかは分かりません。

 ですが、その言葉を拾ったいのりが画面の中で目を見開いていたのは分かっていて。

 そして、その後。数段どころか数億段綺麗になったその顔を綻ばせ、控えめに微笑んだのも理解出来ました。

 

 おのれのんちゃん、その心笑ってるな?

 

『……くすっ』

「へいへいへい、なにわろてんねん」

『ご、ごめん!けど、……いつものハルくんだなぁって思って』

「俺はいつもいのりにとっての『ハルくん』のつもりなんだけどなぁ」

『そういう意味じゃなくてっ』

 

 慌てた様子のいのりが、言葉を続けます。

 

『みんなからもよく言われてること。ハルくんだって気付いているんでしょ?』

「なぁにそれぇ」

『倉見遥人は、氷上で人が変わる。……えっと、最初にそれを言ってたのは──』

「あー……えっと。……リオウ?」

『そう、理凰くんだった。……昔は、その言葉を聞いて「なんて失礼なことを言う人なんだー」って思ったよ。氷上でも、ハルくんはハルくんで、それは絶対に変わらないって思っていたから。

 だから私は、そんなことを言う理凰くんを怒った』

 

 あなた達結構やり合った時ありましたね、そういえば。

 まあ、そりゃあそうですよね。何せあん時のいのりはいっちゃん信頼してる司先生のことをとやかく言われたんですから。そりゃあ怒るのも仕方ない。いのりの怒りは尤もですね。

 んで、それを動力源にして3回転の壁を超えたのは見事だった。それに釣られて、ミケとリオウが3回転を跳んだのも素晴らしかった。

 やっぱここ魔境やんって、俺は思いました。

 

『けど、あの時理凰くんの言っていた言葉の意味……薄々気付いてたんだ』

「へぇ、すげぇじゃん」

『ハルくんは、……氷の上で笑わないよね?』

 

 なのでまあ、いのりの言葉は心底的を射ているというか。

 事実を貫くいのりの一言は、今の俺の現状を恐ろしい程的確に突いてきました。

 そして、その一言が単純な笑みのことを言っている訳では無いということも、俺は知っています。

 演技で魅せる笑みではない、根本の部分。

 フィギュアスケートが心底楽しい!そう思わせてくれる花のような笑み。

 いのりにあって、俺にはないもの。

 その事を言っていると、俺は分かっていたんです。

 

「笑ってんだろ、にーって」

『そうじゃなくて、……その。

 い、……いつものハルくんの笑顔はもっと元気を貰えるものなの!』

「あらやだ、照れるわぁ……」

『ま、真面目に聞いて!くねくねしないで!』

「のんちゃん、今の俺のミミズGOEは?」

『マイナス5っ!!』

「ファッ!?」

 

 でも、それを敢えて口には出しません。

 だって、言ったところであの頃にはもう戻れないですから。

 あの時は無鉄砲だったんです。自分自身が憧れの人になれると信じて止まず、その先のことなどまるで考えずひたすらスケーティング、ジャンプ、ステップ、スピン。

 凡そ常人には理解できない練習量と発狂を繰り返し、挑み続けて漸く編み出した大得意は親友にあっという間に塗り替えられ、なんならライバルは余裕そうに跳んでいました。

 それでも俺のジャンプはすごいんだぞと。そう言わんばかりの虚勢と執念でそのジャンプに拘った少年時代を、俺は間違いなく何度でも無鉄砲と表現するでしょう。

 だって、本当に無鉄砲だったんですから。それこそ、今のような巫山戯た笑みを氷上で見せてしまうくらい当時の倉見遥人は何も考えていなかったんです。

 

 まあ、それはそれとしてさっきの迫真の演技にGOEマイナス5を付けたいのりは許せません。

 のんちゃん、お前船降りろ。

 

『ずっと前からリンクの上のハルくんはそういう笑みを見せたことがなくて。けど、雪ちゃんや総太くんは始めたばかりのハルくんはいっつも笑顔で発狂してたって言ってて』

「若気の至りどころか進化に深化を繰り返していると思うんだが?俺の今の渾名知ってる?自販機マンに発狂魔王だぞ?」

『けど、リンクの上のハルくんは笑わない。心の底から、わーって。思えばハルくんはずっと、氷上では真剣に戦ってた』

「……」

『……氷上を自分のものにするんだって、鬼気迫るものをいつも感じてた』

 

 いのりが俺の会話に突っ込むこともせず、淡々と言葉を述べます。

 余程真剣に話しているのでしょう。いつもながら、わかりやすい子です。

 取り繕ったような笑みに、冷たい気持ちが透けて見えるんですよね。

 今のいのりは悲しい気持ちを必死に推し殺そうとしています。それは分かっているんです。

 

「そんなもんかね」

『うん。

 ……かっこいいなーって、ずっと思ってるよ』

「ならいいんじゃねえの?」

『……』

「納得しきれない理由があるのか?」

 

 ですが、こういう時、俺は目の前の親友に何をしてあげれば良いのか分かりません。

 そもそも、こういう時のいのりに効く特効薬なんてものは無いのかもしれません。仮にあるとするならば明浦路先生のムキムキパワーか何かでしょう。

 少なくとも、今の俺に明確な『それ』を感じ取ることはできませんし、昔っからそうでした。

 俺はいつもいのりに気を遣わせ、彼女の薬にもなれない、そんな情けない人間なんです。

 

『……私が』

 

 故に、俺は彼女の言葉に対して『ちゃんと』聞き、『ちゃんと』考えて、『ちゃんと』した言葉を返すことくらいしか出来ません。

 逆に、それすら出来なければ彼女の友達ですらありません。

 俺にとっては唯一与えられた『ちゃんと』するという武器。それを今、ここで使うことで倉見遥人は結束いのりという1人の人間に向き合いました。

 いのりは、ここで初めて俯いて()()()()()()()()言葉だけを俺にぶつけました。

 

『私が、ハルくんから『好き』を奪っちゃったんじゃないかなって』

「……俺の好きを?いのりが?どうやって?」

『あの日に語った夢で』

 

 氷上で笑わない理由。

 それは俺にとっては本当に些細なもので、それでもいのりにとっては本当に大切なことだったのでしょう。

 間髪入れずに質問に答える様が、それを物語っています。その内容をそこまで考え込んだり、大切にする必要なんてないでしょうに、欲張りにも程があります。

 彼女はどれだけ背負おうとすれば気が済むのでしょうか。

 期待から始まり、思いや願いを筆頭に、(こころ)に詰め込めるだけ詰め込んで。

 挙句の果てには俺との約束や俺自身のことまで()()()()()()()()()()()()()()

 ジャンプは身軽な奴ほど強いって蓮華茶のおっさんも言ってたってのに。

 

「俺にとっては単純で独りよがりだったものが、『いのりと』一緒に目指すものに変わった。その出来事だけで俺の好きが嫌いになるとでも?」

『……嫌いにはなるよ。どんなに好きなことでも、嫌いになることだってあるでしょ?』

「ふーん、俺も舐められたもんだな。泣いちゃうぞ、ふひひ」

『泣く時に使う語尾じゃないよそれ……』

 

 別にいいじゃないですか。

 だって本気でそう思ったんですから。

 さっきから俺に対して見当違いのことばかり言うだけ言って、自分一人で苦しい思いをして、勝手に俯いて。

 久しくこんな姿見てないなー、のんちゃん大人になったんだなぁ……なんて思っていたら、これです。面白くて変な笑いが出そうになってしまいました。

 けども、そんな俺の思いを他所にいのりは言葉を続けます。

 胸に溜め込んだものを全て、余すことなく。俺に対し自責の念すら感じる語調と言の葉で、自分自身を責め続けるように。

 

『私と約束をする前のハルくんは雪ちゃんや総太くんのいうような人。セコマさんも言ってたように、リンクの上で誰よりも一生懸命にフィギュアスケートを楽しんでいた』

「うん」

『でも、今のハルくんは違う。リンクの上では絶対に素の笑顔を見せない。それどころか、たまに怖いくらい作られた表情で笑っているような……ごめん、そんな気がするんだ』

「別に謝んなくていいよ」

『だとしたら、そんなハルくんを変えてしまったのは()()()()()()()()()私で。

 本当は目指すつもりじゃなかったものを目指すためにそうなっちゃったんだったら、私はハルくんに……』

「ハルくんに?」

『……すごい、ひどいことをしちゃったんだなって。たくさん思うようになったんだ』

 

 依然として、いのりの目は俺の姿を捉えることはありません。

 後悔と自責に視線が圧し潰されて、まるで俺の姿が視えていないのです。

 なのでまあ、分かってないんでしょうね。

 俺の今の気持ちとか、浮かべている表情とか。

 けど、今はそれでいいです。本当は今すぐにでも俯いた彼女の視線を何とかしたいのですが、それと同時に今のいのりの気持ちを『ちゃんと』聞くことも親友であり、そのせいで()()()()()()()()()()()()()()()今の俺のやるべきことだと思いますし。

 なにより、今の俺の表情を見たらいのりがまた余計なことを考え出すでしょうから。

 

『約束でハルくんを縛り付けて、好きを奪って、時間を使わせて。その迷惑に対して、私はハルくんの隣に立ってオリンピックで金メダルを取ること。目標を達成することが、かけた迷惑を帳消しにすることができる唯一の方法だって思ってた』

「……」

『……けど、かけた迷惑の先にいる私はこれからのハルくんにどれだけの迷惑をかけていくのかな?』

 

 人の気持ちを慮ろうとすることは、幼いころに大人の顔色をよく見てきた過去のある彼女の一つの『らしさ』です。そのらしさは良い方向に転がるときもありますし、悪い方向に転がるときもあります。

 彼女が誰にも分け隔てなく優しいのは、きっと彼女の良い『らしさ』が出たとき。逆に悪い方向に向かうとき、いのりはこうして独りで思い詰めてしまうのです。

()()()()そうでした。公園のブランコに座って、俯いて。延々と涙を流して。

 それでも、いのりは今、ここにいます。

 明浦路先生にその手を引かれ、家族に背を押され、好敵手と競い合って、信頼できる仲間や友達ができて。

 その度に結束いのりという一人の女の子は前へと進んでいったんです。

 

『ハルくんの好きを奪った私は本当に。()()()だけで、奪ったり迷惑をかけた過去を帳消しになんてできるのかな……』

 

 前に進むとき、いのりの周りには必ず人がいます。

 それは運が良いとかそのような次元の話をしているのではありません。

 いのりの人となりや人間としての魅力が人を引き寄せ、引き寄せられた人が彼女を助け、そうしていのりが前に進む。

 その前進に限りはありません。これからも彼女はそうやって、見違えるように強くなっていきます。

 そして、誰よりも眩しく見えるような存在に結束いのりは至るのです。

 

「うん」

 

 なら、ここで俺がやるべきことって何でしょう?

 そんなもの、決まっています。

 誰に言われずとも、何を考えずとも、そうやって生きてきた足跡が俺を導いていきます。

 これまでも、これからもずっと。

 

「一緒のオリンピックで金メダルを取る。その目標自体は変わってなくて。尚且つ、俺の隣に立って同じものを見るって?」

『……うん。それは絶対に、私がやらなきゃいけないことだって思っている』

「ブレないな、昔からそう言ってた。本当にいのりはすげー奴だ」

『ハルくんこそ、昔から私の事褒めすぎだよ。あの時だって……』

「ははっ、めっちゃ褒めてたな。一生懸命ないのりは世界で1番だーって、声高に叫んでた」

 

 あなたと手を繋ぎ、同じ夢を見たその日から。

 

「とりあえず、いのり」

『……?』

「こっち見ようぜ?」

 

 俺はもう、()()()()()()に生きるって。

 そう決めたんです。

 

「こっち見てくれねえと色々わかんねえんだワ。今のいのりがどんな気持ちでいて、どんな表情してんのかとか」

『ハルくん……』

「目と目を合わせて会話。そうすれば多分分かり合える!友達になった時もそうだっただろ?」

『……懐かしいね』

「思い返せばあの時のいのりは可愛さのGOEプラス5だったなぁ。特に自己紹介をしてくれた時のほんわかした笑顔……」

『か、関係ないでしょ昔の話は!!今の!すごいハルくんの悪意を感じたよ!!』

「言い得て妙だろ?だっていのり、お前俺の目を見て悪意を悟ってんじゃん。分かり合ってんじゃん俺たち」

『わ、分かりあってるって……じゃあハルくんは今の私の何をわかったの!?』

 

 と、まあ。

 内心でカッコつけたはいいものの、現実の俺はちゃんとすることくらいしか取り柄のないおバカさんであり、それすらも取り外してしまった暁にはもれなく人を激おこ状態に陥れてしまいます。

 なんともまあ、情けない人間だと自分で自分を嘲笑いたくなってしまいますが、まあ良いでしょう。

「しょぼーん」としているいのりより「ぷんぷん!」となっているいのりの方が良いです、良きです、可愛いです。

 心做しか気分も健やかになったのではないでしょうか?え、それは俺だけ?

 まあ否定はしない。

 

「考えすぎだし思い込みすぎ。勘違いだってしてるし、一人で背負い込みすぎ」

『!』

「肩肘張りすぎだし、後悔しすぎ。自責の念に駆られすぎだし、俯きすぎ」

『な、何もそこまで言わなくても……』

「後、俺のミミズGOEに低い点数出し過ぎ。総じて『やりすぎ』の目立つフィギュアスケーター、ゆいゆいつかさん。ってのが今ので分かったすべてかなぁ」

『それは関係なくないかな!?』

 

 いいえ、関係ありまくりです。

 行き過ぎた感情そのままに、ひとりで背負って、今日まで本音を殺して。そんなにまで自分を追い込んで俺の心配とか、笑うを通り越してムカッときちゃいます。

 背負ったものの半分くらい俺に預けるくらいの傲慢さを持ってもらいたいものですね、いのりさん。

 つーか、ようやく顔上げてこっち見てくれましたね。

 遅すぎです。待ちくたびれちゃいました。

 

「それだけの考えしてて、その上で思い違いまでしてたらさ。流石の俺も一言二言ぶつけたくもなる」

『……』

「だからさ、今はそのまま俺の目を見ててくれよ?」

 

 いのりさんの目が、何かを探るようにこっちを覗き込んできますが関係ありません。

 馬鹿だと思います。画面上で俺の嘘を暴こうなんざ浅はかにも程がありますし、今の俺を探ろうとしようが、嘘なんて出てきやしません。

 明日は仕返しとして数秒間ガン見の刑で確定ですね。

 なんなら今ガン見してやろうかこのやろう。

 

「そもそもさ、気にする必要もねえんだよ。そんな俺の好きがどーとか、こーとか。考えてたら疲れない?パフォーマンスに影響の出るような熟考はやめてもろて、おーけー?」

『つ、疲れないよ!!ハルくんのことを考えるのは苦じゃないもん!!楽しいもん!!』

「ほう、つまり俺が自販機に突撃するのを防ぐのも好きでやっていると。俺が好きと。そういうことでいいのか?」

『そ……そんなんじゃないよ……!!』

 

 でしょうね。

 まあ、それはそれとして。

 

「いのり」

『……?』

「いのりってさ、ミミズ大好きだよな?」

『……み、ミミズ。……それは、うん。大好きだけど……』

「じゃあ、ミミズで嫌いなところってある?」

『嫌いなところ……思いつかないけど、それがどうしたの?』

「俺にとってのフィギュアスケートはいのりにとってのミミズって話だ」

『ミミズなの!?』

 

 ミミズ。

 俺にとってはちょっぴりどころか触るのがコリジョンルール適用からのヘッスラギリギリセーフって位苦手な生き物。

 そして、いのりにとっては大好きで嫌なところなんて考えても思い浮かばない愛らしい生き物。

 いのりにとってのそれが、俺にとってのフィギュアスケートだということに気が付いたのは──つい最近というわけでもありません。

 前々から思っていました。ふとした時にそう思いました。ああ、そうなんだなって心の中にスーッと入っていくように納得できたんです。

 

「俺はいのりとの約束を嫌って思ったことなんて1度もないよ」

『……!』

「今も昔も、俺はいのりとの約束を果たしたいと心底思っている。それはさ、いのりと交わした約束とか夢を追うこと。それ自体が楽しいを通り越した所にあるからなんだぞ」

 

 そうやって違和感なく納得できるってことは、自分の心に嘘がないってことに繋がります。

 いのりが俺との会話や、俺について考えることを『辛くない』と即答してくれた過去のように、俺もこの件に関しては自信を持って即答することができます。

 そう、楽しいなんて感情の遥か先を俺は行っているんです。

 様々な技を覚えました。たくさんの約束を交わしました。多くのメダルを獲得してきました。

 その過去は確かに輝かしく、俺の瞳に写っています。どれもが俺というフィギュアスケーターを構成するには欠かせない要素です。

 この要素は、何がなんでも手放したくないと思える──そんな存在なんです。

 

「いのりはさ、楽しいを通り越したものってなんだと思う?」

『え……えーっと』

「判断が遅いぞいのり、チョップしていいか?」

『なんで!?』

「正解はCMの後で」

『もうわけが分からないよ!!』

 

 本当にCMがあったらいいんですけどねー。

 これから言うべきことに邪気や妄想の類がないことは胸を張って言えますが、やっぱり口に出すと恥ずかしいことってあると思うんです。

 意図せずとも、そう捉える人は出てきます。それは馬鹿にも分かります。俺にも分かります。みんな分かってます。

 だからこそ、その言葉に誠実な想いを添えた上で言葉を発する。そんな時間が欲しくないといえば嘘になりますが……とはいえ、時間だって有限です。

 そもそも、こんなの呼吸を1拍整えればへっちゃらです。

 自分がヘタレなの時間のせいにしたらアカンすよ!ってことで、俺はいのりさんの目をしっかりと見据えて、一言。

 

「いのり」

『……?』

「俺はフィギュアスケートもいのりのことも、全部大好きだよ」

『!?!?!?』

「最早これは愛だ。死ぬまで好きでいると思うね。責任の取り方は……分かるかなぁのんちゃんに」

『せ、せきっ……せき、せき!?』

「まあ、そんな馬鹿で単純な俺なんで。愛情すら感じる大好きなものや人に繋がることが嫌いになるとか、俺に限ってそんなことないんですわ。

 ……あ、責任の下りは冗談だから真に受けないでね。大丈夫だから、ね?」

 

 なんつーところに反応してんねん。

 反応するとこもっと別にあるでしょ。例えば、ほら……えっと。あ、すんませんそこ以外に反応するとこないっすね。

 とはいえ、言葉なんて選んだ瞬間すぐにいのりに見抜かれます。

 見抜かれたら、それを疑われちゃいます。その疑念が浮かんだ瞬間、俺の言葉は半分以上届かなくなります。

 だから俺は本音をぶつけるんです。伝えたいことがちゃんとあるから、本音を全部、余すことなくぶつけるんです。

 

 それに、本音には本音でお返ししないといけませんしね。

 いのりが折角嘘偽りない言葉をくれたんです。なのでまあ、うん。隠すよりかはずっと、こっちの方がいいと思います。

 

「色んな道を通り過ぎた。そのために諦めたものもあったし、犠牲にしたものも当然あった。厳しい思いもしたし、俺ってやっぱりダメな奴だなって思ったこともある」

『……ハルくん』

「上を見る度に打ちひしがれた。いのりも、リオウも、狼嵜も。すーくんも、コアラも、いるか先輩も──もう誰も彼も俺にとっては上だった。

 その辺の話は……はっ、今は関係ないか。けど、絶望したのは本当だ。みんな誰にも劣らない武器を持ってて、その全てに俺は届かない」

 

 当然、上手くいかないことだってありました。

 多分、当時の俺はフィギュアスケートを浅い所で舐めていたと思うんです。憧れだけを追い求めて、その視野の狭さで何処までも行けると勝手に思い込んで、突っ走って。

 そうして、その状態のまま突き抜けようと意気揚々。元気溌剌に行こうと思った矢先、生涯の指針となる約束を得て、高い壁に激突し、それでも果敢に突撃し、自信諸共撃墜しました。

 その時の絶望感は果てしないものがありました。どれだけ努力しても納得できない、自分自身の不甲斐なさに悲しみを感じ、怒りさえ覚えました。

 いつ約束を果たせるか。夢を叶えられるか。それが全く分からない、そのような事実が、俺の視界を暗闇で覆ってしまいました。

 

 そして、その暗闇は今も。定期的に俺の目の前を覆います。

 簡単には逃がしてくれません。死ぬまで一生纏わりついて、覆ってくるのでしょう。

 これはきっと、逃れられないなんちゃらかんちゃらって奴なんですね。きっと。

 

「キツいよ。──まあ、それこそ他のヤツらはもっとキツイ思いしてるんだけどね」

『……そんなことない。ハルくんは頑張ってるし、挑んでいる。その過程で得た苦しい気持ちは、比較できるようなものじゃない』

「……」

『それでも、比較しなくちゃ仕方ないのならハルくんを見てきた私が比べる。ハルくんは誰よりも大変な思いをして、その上で頑張って結果を残しているって、断言するよ』

「……ああ、ありがとな」

 

 氷上でヘラヘラするのを辞めたのも、丁度その頃だったかもしれません。

 というか、する理由も必要も無くなったんですよね。やりたいことが多過ぎて、そのやりたいことを全てできるようになりたくて、その為には巫山戯た気持ちのまま氷上に立つことなんて出来なかったんです。

 きっと、昔の俺をいるかパイセンが見たら……うへぇ、考えたくもないですね。それこそ、胸倉掴まれてぶん回しルート一直線です。

 勿論、そんなことは絶対に起こしませんし起こす予定もありません。俺は何時でもいるかパイセンの可愛い後輩です。

 昨日なんて久しぶりの再会ってことでひし形に輝く綺麗な髪を褒めたら*1おもっくそ胸倉掴まれて怒られました*2からね。

 ボディコミュニケーションが流暢で素敵な関係でしょ?ゴリセンに止められちゃいましたけど、本当ならもっと再会の余韻に浸ってたかったです。

 まあ、それはともかく。

 

「まあ、そんな風に順風満帆とはいかない現役生活だけど。いついかなる時も、好きって気持ちを忘れたことは無かったよ」

『!』

「いつも目の前には先を競い合う最強で最高の好敵手がいて。素晴らしい指導者と、仲間にも巡り会えた。高い壁はあったけど、それすら一緒に乗り越えてくれる最高の仲間がいた」

 

 ここまでの道程で、たくさんの人に出会い。数え切れないほどの出来事が俺のフィギュアスケートに対する愛情を強くしてくれました。

 そうたくんや、ユキチャンセンパイ、同期のフィギュアスケーター。

 明浦路先生、瞳ちゃん先生、洸平先生に、金弓先生。これまでに出会い、ひとつの道を示してくれたたくさんの大人の人たち。

 リオウ、すーくん、ゆいくん。鎬を削った、最高の好敵手達。

 狼嵜、コアラ、すずちゃん、みっきー。上にはこんなヤツらがいるんだということを、まざまざと見せつけられた天才達。

 

 そして──

 

「いのりに出会えた」

『……!』

「目の前にいのりがいたから、どんなにキツくても『嫌い』だなんて思わなかった。いのりがあの日、手を取ってくれた瞬間。俺の中のフィギュアスケートが一気に広がった。

 いのりのおかげで、フィギュアスケートに纏わる全てが大好きになったよ」

 

 もうここまで言ったら、分かってくれますよね?

 いのりはさっき、自分が好きを奪っただなんて言いましたが、そんなことは絶対に有り得ないのです。

 氷上で笑わなくなったのは、嫌いになった訳でも楽しくなくなったからでもありません。これからもっと、たくさんの好きや楽しいを見つけられるように、その場所で得たたくさんの『好き』を抱き締められるようになるために、これからもいのりの隣に恥じないフィギュアスケーターになるために、ヘラヘラすることをやめたってだけなんです。

 俺にとってのいのりは、そんな下らないものじゃありません。誰に何を言われようとも、この気持ちは絶対に揺らいだりしません。

 

「だから、いのりは俺から好きを奪ってなんていない。()()()()()()()()()()()()()なんだよ」

 

 なので、いのりには是非これからも胸を張って俺の放浪癖を止めて欲しいですし、隣にいて欲しいですし、これからも切磋琢磨する友達であって欲しい。

 きっと、これからも自分の中で思うところもあるでしょう。誰に何かを言われるようなこともあるでしょう。

 だから、そういうのも引っ括めて今みたいに全部ぶつけに来てください。

 そうしたら俺は、俺の中の全ボキャブラリーを以て譲れない大好きなものを声高に叫びますから。

 俺にとってのあなたは、大好きをくれた大切な人なんだって。何度でも言いますから。

 あなたが大好きだと。あなたの目を見て、ちゃんと言いますから。

 

「いのりは?」

『……』

「フィギュアスケートが好きか?」

『……うん』

「俺のことが好きか?」

『…………うん』

「あの日の空の色を、覚えているか?」

 

 いのりの顔が、今までの表情とは違うものになります。

 何かを堪えるような表情。その表情の在処を、俺は知っています。

 俺自身がそうでしたし、いのりもそうでしたから、よく分かるんです。

 けど、いのりはその堪えた様子から自分の意思をしっかり口に出します。自分の意思で紡いだ言葉に、責任を持ちます。

 だから俺は、いのりを心から信頼しています。

 いのりの言葉に嘘はないと、そう信じられるんです。

 

『うん』

「なら、もっと大丈夫だよ。覚えていてくれるって嬉しさが、俺の熱量になる。いのりとの約束が、原動力になる。

 大好きに囲まれている、その全てが倉見遥人ってフィギュアスケーターの力になる」

『……』

「それがある限り、俺はきっとジジイになっても『好きの感情そのままに』フィギュアスケートやってるよ。歴代最年長でメダルだって取ってるかもしれない。リオウや狼嵜がコーチにでもなったら、その教え子とドンパチかましてるかもしれない」

『……ハルくんなら、本当にやってそうだね』

「たはは。

 …………なあ、いのり」

 

 そんな親友を、俺は幾度となく不安にさせてしまいます。

 タイムマシーンの件もそうですし、今日の件もそうですし、なんならずっと。数え切れないくらいの心配をいのりにはさせてきました。

 その結果が、今の状況といのりの曇った表情です。

 本当に笑えない。自分自身の不甲斐なさに心底腹が立ちます。

 

「俺は約束を果たすまで絶対にフィギュアスケートを辞めないし、いのりと一緒のオリンピックで金メダルを取る。表彰台のてっぺんでミミズのぬいぐるみを天高く掲げるし、いのりとお互いの金メダルを見せあってツーショットも取りたい」

『……うん』

「嫌なことなんてひとつもない。むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()で溢れ返っちまってる」

 

 それでも、手放したくないんです。

 あの日、強く結んだ絆も。繋いだ約束も。祈り続けて、進み続けて、ようやく辿り着いた今も。

 その全てに連なる、あなたの事も。俺は何もかもが大好きで、諦めたくなくて、だからここまで来たんです。

 

「──それくらい大好きなんだよ。フィギュアスケートといのりに纏わること、全部」

『……』

「嫌いなんてない。絶対大丈夫」

 

 夢は絶対に叶えます。

 約束も果たします。

 好きの感情そのままに、フィギュアスケートを楽しんでいます。

 遥か先にて、タイムマシーン探しを止めてくれる。フィギュアスケーター『倉見遥人』に欠かせないあなたを一生待っています。

 だから──

 

「だから、そんな顔すんな」

 

 泣かないでください。そして、笑ってくださいと。

 ハッキリとその言葉を言えなかったのは単純に俺がヘタレだったからと無理矢理纏めておきます。

 突き詰めていくと、「そんなボロボロに泣いてる状態で『笑え』は鬼畜でしょ」とか「元凶の俺が笑えとか何様?」やら「きっしょ。なんでお前が命令すんだよ」とか色々な理由が頭を駆け巡った結果の一言だったのですが、冷静になって考えてみたら今の一言も対して変わらないっすよね。

 なので、今回の失態は俺のヘタレのせいにしてください。

 そうじゃないと危うく俺の国語能力がバレる。

 

 とはいえ、今のいのりが目元を拭って嗚咽を必死に堪えているのは誰の目から見ても明らかで。

 はい、俺は無事にのんちゃんを泣かせてしまったのでした。

 わーい!誰にでも等しく鬼畜な遥人くんは真性のクズだねぇ!!

 もう本当に5歳からやり直したいんだが?

 

『……卑怯だよ』

「な、何がぁ……?」

『そんなこと、言うの……ひきょうだよ……』

「は、はっ……ハルくんのありがたーいお説教だ。あ、有難く受け取り給えよ、のののののんちゃん……」

『いつもっ……タイムマシーンばっか、探してるくせに……』

「そ、それは関係ないだろ!?」

 

 嗚咽を漏らしながらいのりが俺に悪態を突いてきます。

 いやエグいて。それ言われちゃったらもう何も言えませんて。

 とはいえ、事の発端であるタイムマシーンを探すなって言われたらそれは勿論断固拒否の姿勢を取るのですが。

 そもそもタイムマシーン探してんのも、それなりに理由があるんですからね。フィギュアスケートから逃げたい訳じゃないんだからね、勘違いしないでよね。

 

「いいかよく聞け、のんちゃん。タイムマシーンはロマンなんだよ。夢なんだよ。全俺が待ち望んでいる、夢を叶えるためのロマン砲なんだよ……」

『ぐすっ……そんなロマンわかんないよ……今はもう慣れたし、ちゃんとわかってるけど、初めて聞いた時は……約束したこと自体を後悔してるのかなーって、そう思ってて……』

「そこからかよっ!じゃあもう今日で誤解を解いてください!!俺は約束したことを後悔してません!いのりのことも、いのりとの約束も大好き!!愛してる!!

 記憶をアップデートしてください、いいですね!?」

 

 一生懸命を超えて、死ぬ気でいのりの誤解を解きます。

 今の俺に羞恥などありません。とにかく誤解を解いて、いのりを泣き止ませることが出来ればOKです。それ以外何も要りません。

 だって考えても見てください。あのいのりが、喜びGOE+5のプロの下で育ったスマイルジーニアスが、氷上での純粋な笑顔が誰よりも素敵なイノリ・ユイツカが、ミミズの話に嬉々とした様子で食いつくのんちゃんが目の前で泣いちゃってんですよ?

 フツー死ぬ気で何とかしようとするでしょ?

 んで、いのりの笑顔が見れたらこっちもハッピーになるでしょ?

 いいことずくめで素敵なことやないですか。だからやるんです。

 

『……おぼえてる』

「エェ!?(困惑)」

『ちゃんと、ぜんぶおぼえてる……』

 

 そして、その甲斐があったのかは分かりませんが。

 ようやくいのりが涙を拭い切って俺の方を見ると、声を震わせつつも言葉を紡ぎます。

 そして、表情は。目元が濡れていますが、それはそれとしてちゃんと微笑んでくれていました。

 良かった、俺の努力は報われ……

 

『あの日の風も、香りも、景色も、好きって気持ちも、ハルくんのジャンプも、かけてくれた言葉も。   

 何もかも全部、ちゃんとおぼえてる……』

「お……覚えすぎだぞ。ちょっと恥ずかしいんだが」

『確かハルくんはあの時──』

「ちょっと!!恥ずかしいんだが!!!」

 

 てねえぞオラァ!

 ちょ、ちょいちょいちょいちょいちょちょいのちょい!!!

 俺はオレンジ色の空と、約束したことと、その時の気持ちを思い出してくれればそれで良かったんだよ!!

 それがなんで俺の言葉まで覚えてんだよ!

 あん時のヘラヘラペラペラ少年時代の言葉なんて覚えてなくていいって!いのり、お前記憶の使い方間違ってるって!!ヤバいって!!

 

「さ……さて!自販機マンは……自販機でも漁ってきますかね……!」

『……俺の手を取れって』

「ヤメロォォォォォォォ!!!!!!」

『…………えへへ』

 

 状況の劣勢を悟り、自販機へ逃げようとしましたがテレビの先にいるいのりに、言葉で回り込まれました。

 最早俺に逃げ場はありません。かつての少年時代の言葉を晒され、俺のメンタルはもれなくズタボロになるでしょう。

 いのりは、最終兵器の側面があります。

 笑顔で人の心を軽く撃ち抜きますし、優しさで人の情緒をぶっ壊しますし、言葉で俺をいじめますし、存在そのもので人を堕とします。

 ここまで来たらもう人たらし最終兵器です。彼女には敵いません。無理ゲーです。ワンキルです。色んな意味でヤバいんです。

 

 まあ、それはそれとして元気を完全に取り戻したのは良かったとも思います。

 画面の先では笑顔GOE+5。スマイルジーニアスの結束いのりが可愛らしく、思わずこっちまで微笑んでしまいそうな笑みで顔を綻ばせていました。

 元気を貰えますね。大好きです、その笑顔。

 

「へいへいへいへい、だからなにわろてんねん。福笑いじゃねえんだぞコノヤロウ」

『ご、ごめん!……えっと、……』

「んだよ」

『…………()()くん』

 

 そして、まあ。

 そんな最終兵器で人たらしなのんちゃんと約束してしまった俺は、今日も今日とて死ぬ気で大好きなフィギュアスケートを楽しみます。

 ジャンプしたり、しなかったり。スピンしたり、はたまたツイストしてみたり。色々な技を好きなだけ楽しんだ末、遥か先に在る場所に辿り着いて見せるのです。

 

『将来だなんて絶対に言わない。もう、すぐ。遥人くんがタイムマシーン見つける前に、私が隣に立つから』

「おう」

『だから、ここで。

 ──この場所で、一緒に叶えよう?』

 

 理由?

 言いましたよね?

 

「あったりまえだこのやろう」

 

 大好きないのりと、大好きなフィギュアスケートで、人生で1番大好きな約束を果たすって。

 

「まあタイムマシーンは引き続き探すんだけどね、いのりさん」

『いじわる』

「やめてくれいのり、そのジト目は俺に効く」

『ハルくんのいじわる』

「やめてくれよ……」

 

 ずーっと前、あの日の空に誓ったからです。

 

 

 

 

*1
「髪がひし形に輝いてますよ?(好意)」

*2
「潰す(殺意)」

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