なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが   作:送検

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score12 オレンジ色の空の下で 2

 

 

 

 静寂の氷上に、和の音が響いた。

 

 荘厳、とも呼べる音。複数の和の楽器を用いているのだろう。耳に響き渡る笛太鼓の音が、その音を際立たせ『和』を作り上げる。

 決して派手な音ではない。思わず振り向いてしまうような現代的な音でもない。

 然し、その音に耳を澄ませて舞う少年はそこにいた。

 音に合わせ、氷上という不安定な舞台にて舞う。その行為に対して、疑問を抱く者はいない。

 キャッチーな音楽か、派手な音楽か。それは今、この舞台に釘付けになっている数人の大人子供には関係の無いこと。

 その『和』に合わせ、その性格には似合わない荘厳な雰囲気を纏った少年が今、氷上に図形を描き始める。

 

「ねえ、あの子……」

「……いつもと雰囲気、ちがう?」

 

 悩み抜き、自らが選択した1つの音楽。

 そこに、振付と跳躍。そしてスピンを加えたフィギュアスケートのプログラム。

 その一連の流れを、自らの慕う師に賜った時。少年は初めて賜った自分だけのプログラムに喜びの感情と共に信頼を感じた。

 プログラムを貰うまで、ジャンプの練習を頑張った。

 スケーティングの基礎を学び、ジャンプの練習に入り、氷上でジャンプを跳ぶことの大変さを学んだ。

 

 ──楽しかった。

 

 出来ないことに対する焦燥感を感じない訳ではなかった。けれども、ジャンプを跳ぶことで着実に憧れに近付いているという実感が湧いた。

 その実感が楽しさに繋がり、楽しさが意欲に繋がり、意欲が努力の形になる。

 その好循環を経て、少年は1回転のジャンプを揃えた。

 その上で、師に賜ったプログラム。そこには、未だ発展途上ながら覚えたジャンプが入っていた。

 師は言葉にこそしなかった。けれど、そのプログラムから『今のあなたならこれが出来る』という確かな信頼を感じた。

 

 応えたいと。

 強く、そう思った。

 

1回転ループ

 

「うへぇ、跳んだねぇ〜」

「すごいすごい!練習の成果出てるよ遥人君!!」

 

 スリーターンからの1回転ループ。

 ループジャンプに対する自信の無さが、スリーターンの長さと踏み込みの際のタメ、沈み込みに現れており、完璧なループジャンプとまでは行かなかった。

 しかし、着氷はできている。

 腕、足下、そしてジャッジ意識の笑顔。

 その全てを確認した師は、笑顔で小さく頷く。練習の成果を()()()でしっかり出してくる、少年の演技に感心すら覚えていた。

 

(──1ヶ月と少し。よくここまで来たわね、遥人君)

 

 思えば、最初から()()()()()生徒だった。何も無い状態から1ヶ月少々。そこから基礎のスケーティング、正しいエッジの運び方、6種の1回転、そして初めての振付を覚え、少年──倉見遥人は氷上で独り、舞っている。

 それが努力の結晶だということを、師である高峰瞳は分かっていた。その上で改めて、遥人の覚えの速さに注目した。

 

(初めての通し。ここをしっかり決められたら『もう一段』上がっていける。決めちゃいなさい、遥人君)

 

 誰に告げる訳でもなく、心の中で独りごちた瞳の内心。

 その言葉に応えるかの如く、遥人は目を閉じ両手を合わせ強く握る。

 その姿は、傍から見れば何かを強く祈るように見え。

 再度訪れた静寂に合わせるように動きを止めた少年に、一同の視線が釘付けになる。

 

 何をしているのか。

 

 ──否、これから()()()()()()

 

 誰もが遥人の動きに注目していた、その瞬間。

 曲の始まりと共に強く目を見開いた遥人が爆ぜるように、動き出した。

 

「!」

 

 まるで新体操のリボンを使いこなしているのでは?と錯覚してしまうほど靱やかに、そして自然に曲と共に振るわれる両腕。

 基礎を繰り返し、振付を死ぬ気で学び、氷上で試し続けることで至った繊細で華麗な足運び。

 それらを駆使し、先程までの荘厳さを残しつつも瞬時に曲調の変化に合わせた速度へ切り替える。

 フリーレッグで氷を押す力、スケーティングレッグのエッジの傾き。その2つが上手く絡み合い、加速していく。

 そして、遥人はその加速を恐れない。

 瞬時に持っていった自分の100パーセントを減速させない度胸と、1度掴んだスケートがよく滑る位置を手放さない技術。

 

 度胸と技術が混ざり合った遥人のスケーティング。

 そして、そこから織り成す──

 

1回転ルッツ+1回転トウループ

■■

 

「──よし!」

 

 コンビネーションジャンプが炸裂し、瞳と遥人は図らずとも同じタイミングで小さくガッツポーズ。

 ──が、瞬時に切り替えたのは氷上の遥人。意識を曲に潜り込ませ、またしても()()()()()()()()振付を舞うように踊る。

 

 次第に大きく響き渡る太鼓。危機感を表すかの如く、意図的なまでに高音を響かせる笛。

 ベースとなる箏曲の拍子が速まり、更なる加速を要求してくる。

 然し、少年の速度はその誘いに応えるように加速していく。

 恐れ知らずのフォアクロス、そしてシャッセスネークで迫り来る『ナニカ』を描き、更に、その描いた『ナニカ』を躱すような華麗さで魅せるモホーク。

 その流れから──

 

1回転フリップ

■■■

 

「すごいすごいすごい!!!遥人君曲かけ初めて間もないのに!!もうあんなにジャンプ跳べるようになってる!!」

「ルッツとフリップ、それからループも一緒に頑張ったもんね〜」

 

()()()()()()()()()()1回転フリップ。

 そして、伸ばした手を横に切り裂くように動かし、振付を無駄にせず活かす着氷後のツイズル。

 不思議な事に、疲労が溜まる後半にかけてジャンプ、スケーティングの精度が高まっていく。

 より速く、より鋭く、より高く。

 一つ一つの技術を消化する毎に、またひとつギアが上がっていく。

 それは、遥人の演技を見ていたフィギュアスケーター達が一様に思ったことであり。

 何より本人が、それに気付いていた。

 

(……なんか今日、いいぞ)

 

 確かに感じる手応え。

 いつもとは違う、心身の好調。

 曲かけ練習の始まりから朧気に感じていた予感が、コンビネーションジャンプの成功により確信に変わった。

 今日の俺は、すごい。

 やや過信にも近い自信が遥人の集中力を高め、悲しいことに()()()()()に浸らせた。

 

(……あっ)

 

 そして、その油断を瞳は察した。

 普段快活なリンクの外の遥人。練習をサボらず、真面目に、それでいてフィギュアスケートを愛するように楽しむ、常に笑顔を絶やさない様を指導者として、大人として見てきたからこそ気付いた遥人の変化。

 先程までの『曲に取り憑かれている』様子が薄れ、微かに浮かび上がる笑顔。

 含み笑いに近い、それを堪える様子が紛れもない遥人の油断を象徴しており──瞳は頭を抱えた。

 

(な、なんか……いやな予感?)

(うへ〜)

 

 そして、遥人が曲かけ練習に参加する前から親しくしていた2()()()()()()()()()()()()()も、その変化に何となく気付き、先程までの笑顔を浮かべつつ、10秒後に起こる出来事を予感し、冷や汗を浮かべた。

 その理由は、過去が明確に語っている。

 それは、少女がスケーティングに悪戦苦闘していた少年に手を差し伸べる10秒前、大須に響いた時空が歪んだのでは?と錯覚した鳴き声。

 それは、少年がゲームにて伝説のモンスターを捕獲する5秒前、控え室にまで届いた化け物の呻き声。

 

 そして、氷上にて舞う少年の渾名

 

(うう……お願い私の予感間違ってて!いや間違ってろ!お願い!ミスなしで!)

(あ、そういえば遥人君に勧められた輪っかくぐりゲームすごいつまんなかったなぁ〜)

 

 2人は、どうか杞憂であってくれとお願いした。

 しかし、それこそが盛大な伏線回収であることに幼い2人の子どもは気付いていない。いや、祈ろうが祈らまいが失敗は避けられない運命だったのかもしれない。

 両手を合わせてお祈りしたところで、実現させるのは未来の自分。

 遥人が()()()()を浮かべていた時点で、10秒後の未来は既に決まっているのだ。

 

 憧れに倣う、遥人自身が1番練習したジャンプ。

 師に「いきなりそれを後半に持ってくるのは難しいんじゃ……」と渋られたのを「アクセルジャンプ、得意なんです!」と駄々に駄々を捏ねた結果、組み込んで貰った我儘の極地。

 

 ロッカーで前を向き、片足ブラケット。

 そして、遥人自身の目が前を見据えたその瞬間。

 遥人が氷上を跳んだ。

 そして、それは()()()()()()()()()()()ではない独断で挑戦する我儘に我儘を塗り重ねたジャンプ。

 確かな自信と期待を乗せた放物線は、横軸に回転しながら()()()()()申し分ない軌道を描き──

 

 

 

「ぶぅおっはぁッ!!!!!」

 

2回転アクセル

■■■

 

 氷上に、少年の『らしさ』が炸裂した。

 

 

 

 

「ぶうおっはぁ!!!!!」

 

 転倒の衝撃は軽かったものの、えげつない失敗による失望と驚愕の声が混じり、とんでもない声が大須スケートリンクに響き渡ります。

 発狂魔人の所以たる発狂癖が今日も健在なようでして、俺は転んだダメージがあるのにも関わらず産声を上げるように断末魔を響かせました。

 断末魔が『ぶぅおっはぁ!!!』とか我ながら笑っちゃいますね。

 イマドキやられキャラの中ボスでもそんな声出さねーぞ。

 

 そして、うつ伏せの状態で2度転がり終えた俺は氷上に大きな穴を開けたわけでも敵に自爆された訳でもないのに瀕死の状態で朽ち果てたのでした。

 

「み、見て!やっぱり発狂魔人はいつも通り発狂魔人だったわ!!」

「3回くらいこだましたね……」

「無茶しやがって……!」

「うへ〜、氷の上で2回転がってるから実質2回転にならない?」

 

 なるわけねえだろ潰すぞ。

 今ふざけたこと抜かしたの誰──あ、ああっ!そうたくんですか!

 そうたくんなら別にいいや。なんてったってそうたくんと俺はゲーム仲間。ゲームを愛し、ゲームに愛されたゲーマーとして同盟を結んだ俺達に失礼や無礼なんて無粋なものは全く必要ありません。

 多少の問題なら遥人マジック*1で消しゴムごと消してやるのさ!!

 さあ、来いよ!自然体のそうたくんを見せてみろよ!!

 

「遥人くん」

「そうたくん……手ェ差し伸べてくれんのか?ありがてぇ──」

「あの輪っかくぐりゲームつまんなかったから返すねー」

「そうたくん!?」

 

 おいそうたくんテメェゴラァ!!*2

 お前まだ最初のボスすら倒してねえだろ!!仮にもゲーマーならせめて最初のミッションくらい達成してみろやァ!!

 んでもって慰めるならともかくこんな状況でクソゲーの話題出すなや!!

 俺!今!真面目にフィギュアスケートしてんの!!初めての曲かけ練習で!ダブルアクセルに挑戦して盛大に失敗したの!!

 少しは慰めてよぉ!俺を労ってよぉ!!

 

「ま、まあ仕方ないよ!というより遥人くん、ダブルアクセルあともうちょっとで出来そうなの凄いよ!!」

「ユキチャンセンパイ……?」

「そもそも、思い出してみてよ遥人君。1週間前の遥人くんはルッツとフリップなんて全然できてなかったんだよ?

 それが頑張ってここまで色んなジャンプを跳べるようになった。それってすごい進歩だと思わない?」

「ユキチャンパイセン……」

 

 と、あんまりなそうたくんの一言に対して何を思ったのかは分かりませんが、時を同じくして俺の様子を心配しに来てくれたユキチャンセンパイがこちらまで駆け寄ってきてくれました。

 ユキチャンセンパイは、スネークのやり方を見失い発狂していた俺に手を差し伸べてくれた心優しきセンパイです。

 塾に通いながらフィギュアスケートにも励む、スーパー頑張り屋さんな彼女は面倒見も非常に良く、こんな俺にも優しく接してくれています。

 どんな子にも優しく、暖かく、分け隔てなく。そんな彼女は正しく褒め上手の姫君なのでしょう。

 

 え、そうたくんとの出会い?

 なんか急にゲームするのかどうか聞かれました。そっから縁が始まりました。ゲームとゲームが繋いでくれたってスンポーです。

 素敵だね。

 まあそれはともかく。

 

「そうたくん、ルクスが誇る褒め上手の姫君が俺の『ぶぅおっはぁ!』アクセルを褒めていらっしゃるぞ。こういう時はどんな反応したらええんです?」

「なんか照れちゃうなー」

「あはは!!なんか照れちゃうなァッ!!!!!」

「何で!?」

 

 ジャンプの際の着氷失敗で打ち付けたケツを擦りながら、ようやっと四つん這いになった俺は、そうたくんのアドバイスを馬鹿正直に実行し、ユキチャンセンパイを驚かせつつ立ち上がろうとしました。

 時間は有限。少しでも先程の失敗を取り返す為のジャンプ練習をしなければいけないと思ったからです。

 しっかしまあ、現実というのは非常に辛いもので。

 いちばん得意な筈のアクセルジャンプを失敗してしまったという事実。そして、陸地で練習を1番頑張り、おっちゃんに見せた時も成功したダブルアクセルを、いつまで経っても氷上では出来ないという事実。

 その2つの事実が両肩に重くのしかかったのでしょう。俺は片膝をついたまま、そうたくんとユキチャンセンパイの前で頭を垂れるのでした。

 

「は、遥人君……?だ、大丈夫だよ!ダブルアクセルの回転は足りてたよ!このまま練習を続けてればいつかはちゃんとできるようになるから!」

 

 そうかもしれませんね、ユキチャンセンパイ。

 だけど出来ない可能性だってあるわけで。

 つーか俺みたいなウジ虫、できない可能性のほうがどちゃクソ高いんです。

 俺は元々才能なんてあるかないか分からないような、熱中したものすらフィギュアスケートに出会うまでは皆無のどうしようもない人間なんです。

 つーかあんだけ駄々捏ねまくって『アクセルジャンプ、得意なんです!』とか言ったくせに着氷失敗とか恥ずかしすぎでしょ。

 今頃瞳ちゃん先生なんて言わんこっちゃないと頭を抱え──

 

「……段階を踏まなきゃね」

「うわぁ!瞳ちゃん先生!?」

 

 気付いたら瞳ちゃん先生が俺に手を差し伸べていました。

 労わるように優しくかけられる言葉と、差し出された手。それが傍から見れば蹲っているように見える俺には響きます。

 思えば、最初に用意されたプログラムは得意なシングルアクセルを初めに据えたものでした。

 そこから駄々を捏ね、最後にシングルアクセルを置く構成に変え、最終的には初めての曲かけにも関わらず勝手にジャンプを変更。

 マジで不義理極まりないです。指導者の思いを考えないサイテーの行為だったと今、後悔の念がどっと押し寄せてきます。

 

「そもそもの話、ダブルアクセルって本当に難しいジャンプだから。遥人くんと同い年の子でも跳べない子はたくさんいるの」

「……ごめんなさい」

「だから先ずは段階を踏みましょう。スケーティングの練習、ジャンプの練習、曲かけ。折角ここまで順調に来たんだから、ね?」

 

 それでも瞳ちゃん先生は怒りません。

 それどころか俺の不義理を咎めることすらせず、俺のダブルアクセルに対して焦点を当ててくれている始末。

 瞳ちゃん先生は女神なのでしょうか。

 いえ、指導者であり尊敬すべきコーチです。

 そして、女神を超えて最早崇拝されるべき存在なのです。

 

「瞳ちゃん先生……」

「ん?どうかし──えぇ……」

 

 目元が潤んで全貌がまるで見えませんが、手を差し伸べてくれている瞳ちゃん先生の顔が苦笑に歪みます。

 無理もありません。瞳ちゃん先生の視点では、ダブルアクセルに失敗した挙句、目元をウルウルさせている頭のおかしい発狂魔人がいるのですから。

 鬼の目にも涙とかそんなレベルじゃありません。これはただの変態が泣いているだけです。

 決して美化させてはいけません。ダブルアクセルに失敗した発狂魔人が目元をウルウルさせていることを感動話にしてはいけないのです。

 

「し、師弟関係だ……師弟関係だよそうたくん……(感動)」

「うへ〜、なんかやられキャラの中ボスみたいだね〜(辛辣)」

 

 ユキチャンセンパイ、泣くな。現実を見ろ。

 そしてそうたくん、お前は船降りろ。

 

「えう゛……瞳ちゃんたそ先生……一生付いて行きますぅ゛……!!」

「重い重い。ほら、先ずは立って」

 

 というか、まあ。

 そもそも憧れを追い求めて地道にコツコツフィギュアスケートやってただけの俺がどうして夜遅くの貸切練習に参加して、曲かけ練習なんてやってんのか。

 唐突展開からの『ぶぅおっはぁ!』で記憶がバーストしている方もいると思うので、小休憩がてら数週間前の出来事からぽつぽつと話していきたいと思います。

 

「瞳ちゃん先生は……女神だったんやな……」

「そろそろ本気で怒るわよ?」

「ッピ……」

 

 助けて。

 

 

 

 

 

 

 フィギュアスケートを始めたばかりの発狂魔人。

 そんな不名誉極まりないあだ名を付けられた俺が何故貸切練習なるものに参加を始めることになったのか、なってしまったのかは数日前のとある一時にまで遡ります。

 

「遥人君、貸切練習に参加してみない?」

「菓子切り練習?菓子切るの?なんで?」

「やだもうハルったら!ごめんなさい瞳先生!!この子私に似て頭がからっぽで!」

エ゛グッ゛!゛゛

 

 いつも通り、瞳ちゃん先生とスケーティングの練習を行い僅かな達成感と膨大な課題を手にすることが出来た俺。

 さあ、次はもっとシャッセスネーク頑張るぞーっと意気揚々と帰ろうとしたら、いつの間にか母ちゃんと瞳ちゃん先生が2人で仲良く話をしていて、気付いたら別室で三者面談してました。

 しかも、そのような状況下で発せられた瞳ちゃん先生の言葉にトンチンカンな言葉で応えた結果、隣の母ちゃんに頭突きを喰らうというおまけ付きです。

 瞳ちゃん先生が苦笑しながら俺達の会話を見ていました。やだもう恥ずかしい……

 

「それにしても、急にか……かし、きり?練習だなんて。どうしたんですか瞳ちゃん先生」

 

 まあ、俺が恥ずかしいとか母ちゃんが頭突きをしてきたとか、そんな難しい話はどうでもいいんです。

 問題は今の俺が急にどうして貸切練習の参加を勧められているのか、その一点のみです。

 正直めちゃくちゃに驚いています。未だ氷の上でジャンプもままならないゴミカスくんです。そんな俺が貸切練習なるものに参加するとは勿論思っていなかったし、そもそも貸切練習の存在自体分かっていなかったので、話の内容が全く掴めていませんでした。

 なのでまあ、その問題を先ずは解決しようと。そんな気持ちで瞳ちゃん先生に話を聞こうとしたら、瞳ちゃん先生がなんか自分のタブレットを俺と母ちゃんの目の前に差し出したんですよね。

 

「こ、これは……瞳ちゃん先生の、タブレット……?」

「あらまぁ、ハルったらまた何かやらかしたの?これは今日お説教かしらね……」

「も、もう新たな渾名が増えるのは嫌だ……!発狂魔人からのバースト倉見でおなかいっぱいだよ……!!」

 

 まあ、そんな風に無言でタブレットを提出させられれば当然俺が何かやらかしたもんだと思い込みます。

 てっきり瞳ちゃん先生のタブレットが、俺のやらかした決定的瞬間を映像として収めているのだと思い込んだ俺は、母ちゃんの予告説教も相まって絶望します。

 やらかしが映像に撮られるという撮影プレイと母ちゃんの説教という悲劇のコンビネーションジャンプです。

 GOE-5ですかね?

 喧しいわ。

 

「違う違う。まあ遥人君が今までやってきたことはお母さんに逐一伝えているんだけど……」

「今とんでもないこと聞いちゃったんですけど、泣いていいです?」

「別に今日は遥人君を怒ったりするために呼び出した訳じゃないの。

 ──はい、これ見て」

 

 衝撃の事実が頭に突き刺さりましたが、最悪の事態は逃れていたみたいです。

 よく見たら瞳ちゃん先生が笑みを堪えるように表情を引き締めています。

 なんなん、そういうプレイなんですか?と物申したくなりましたが、瞳ちゃん先生は何やら笑みを我慢してまで俺に自分のスマホを見せたいみたいで。

 だったら見てやろうじゃねえかコノヤロウってことで、瞳ちゃん先生のタブレットを凝視していると、手馴れた動作で瞳ちゃん先生が画面を操作。

 そして、画面に映ったのはひとつの動画でした。

 

「今日、この前渡してくれた曲を元に『1級用』のプログラムを作ってみたの」

「──!」

「お母さん、遥人君。時間ありますか?もし良かったら一通りの流れを動画で見て欲しくて……」

「見ます!絶対見ます!!今日の宿題を犠牲にしても見ます!!!」

「遥人君、宿題はちゃんとやりなさい」

「ぴえん……」

 

 その動画を見ない、なんて選択肢は俺にはありませんでした。

 何せ、待ちに待った俺だけのプログラムです。この振付が、暫くの間苦楽を共にするであろう俺の相棒となるわけなのです。

 ならば、その相棒の勇姿をいち早く見たいというのは当たり前のことでしょう?

 少なくとも俺はそうです。

 なので、俺は宿題を犠牲にする確固たる信念を抱き、その振付を見ると高らかに宣言したのでした。

 因みに宿題は犠牲にできず、代わりに本日のメインディッシュのおかわりが犠牲になりました。

 うーん、ハンバーグ!!(絶望)。

 

 

 

 

「……お、おおっ」

 

 耳から聴こえる音に導かれるように、俺はその動画を食い入るように眺めます。

 ひとつの『祈願』から始まるそのプログラムは、願った先の答えに導かれるかの如く華麗に、優雅に、そして成就を『誓う』ように迷いなく五体を動かします。

 曲の進行に沿い、加速していく振付の速度。

 そして、随所に見られる俺が覚えたスケーティング。生憎、ジャンプの方は氷上で跳ぶことは愚か、これから練習していこうってレベルではあるのですが、それらが織り成す氷上の舞は俺からしたら感動そのもので。

 

「す……」

「す?」

「すげぇ!!かっこいい!!イカすぜこの振付!!」

 

 俺は一通りのプログラムを見終わった後、瞳ちゃん先生に感想をぶつけるように言い放つのでした。

 抱いた感情そのままに言葉を口走るのは俺の専売特許です。まあこの専売特許のせいで結束さんや瞳ちゃん先生に諸々の迷惑をかけちゃってるわけなので、いっそのこと権利を売却したいくらいなんですが……

 

「ジャンプもステップも振付も最高にいい!!というか最後のお祈りするポーズでシメるのめっちゃカッコイイ!!泣ける!!濡れる!!涙腺バグる!!」

「泣けるかなぁ……」

 

 ですが、本当にカッコイイ振り付けでした。

 言っちゃ悪いですがドストライクでした。

 イメージ通りなんて滅相もない。レベルなんて言葉を超越したナニカをオールウェイズ超えてくるその振付に、俺の趣味嗜好はぶっ壊されたのです。

 最早俺の趣味嗜好は瞳ちゃん先生が握っていると言っても過言ではありません。責任取ってよね瞳ちゃん先生。

 

「ハル、()()()とか()()みたいに身体を動かすの好きだったもんね〜」

「遊びでやってただけ!でもこれは違う!!本気で練習して、本番で踊りたい!!この振付でフィギュアスケートやりたいッ!!」

 

 母ちゃんが横槍をブスブスと突き刺してきますが、関係ありません。

 俺はこの振付でフィギュアスケートをやりたいと思いました。

 そして、この振付を考えてくれた瞳ちゃん先生の期待に応えたいと強く思いました。

 未だ俺のフィギュアスケーターとしてのレベルは未熟そのもので、スケーティングもジャンプも、なんならスピンも発展途上。なんなら初級すら怒りでヤケクソになって気付いたら受かってたってレベルのペーペーです。

 それでも、瞳ちゃん先生はこの振付を俺に授けてくれました。

 振付の中には俺が()()()()()()()()()()()()()()()()の要素も含まれています。

 それにも関わらず、このプログラムを俺に見せてくれたこと。それ自体が「あなたならこれが出来る」と言ってくれているようで、それが本当に嬉しくて。

 

 だからまあ、一丁死ぬ気でこの振付覚えてみせるか!ってことで瞳ちゃん先生のタブレットの画面を勝手にタッチ。

 おかわりホームランならぬおかわり振付チェックってことで、目を滑らせるように画面を見ていると、あることに気付きます。

 振付の練習は、別に陸でもできます。なんならジャンプも陸地でやれるにはやれます。

 しかし、あくまで戦う俺のフィールドは氷の上です。

 陸地で心を燃やしたところで、氷上で上手くいかなければ意味ありません。

 つまり、俺には氷の上で練習する時間が必要です。

 しかし練習時間は限られていますし、級を追うごとにやらなければならないことも増えていきます。

 まあ、つまるところ。

 

「だっはっは!時間足んねえじゃん!」

「そう、圧倒的に時間が足りないの」

 

 時間が足りません。

 この世界がゲームの世界ならDLCかチートで1発回答なのですが、生憎ここはゲームでも遊びでもありません。

 俺らがどれだけ頑張ったところで、アラブから石油王はやってきませんしオイルマネーが大量にやってくることもありません。

 時間の問題は、俺にとっては笑っちゃうくらい早急に何とかしなければならない問題なのでした。

 だっはっは!

 

「遥人君はこの前、8級を目指すって言ってたでしょ?」

「おう、8級目指して驀進じゃい」

「そうなると、いつかSPとFSを通しでやらなきゃいけなくなる。そのためには自分のプログラムを最低2個は持ってないといけない。もちろんテキトーはダメ。自分らしさと、曲を同調させた『自分だけ』のプログラムを()()させなきゃいけない」

「……カンソー」

「そのために必要なのは、曲かけ練習と時間。だけど、今の遥人君がフィギュアスケートにかける時間だと、まだ足りない」

 

 フィギュアスケートのカンソーなんて言葉始めて聞いたんですが、とりあえず先走り癖を発動して疑問が解決した試しがないので、分かったフリをします。

 プログラムをカンソーでしょ?ヨユーで分かりませんが、瞳ちゃん先生の言葉にヒントが隠されているはずです。

 今のところ何も分かっちゃいませんけど、気ままに探していきましょう。や、マジで何も分からないんですけどね。

 

「ハル、完走の意味分かってないでしょ?」

「……フッ、マラソンみたいなもんだろ?大丈夫だって母ちゃん、昔から持久力と自販機探しは得意だったしヘーキヘーキ」

「さすが!そういう見方もあるわね!!」

「ごめんなさいお母さん、違います」

「あらまぁ……」

 

 え、今の話の感想?

 何も分かってなかった数秒前の俺にカンチョーしてやりたいと思った。

 ともあれ、逸れてしまった話題を戻した瞳ちゃん先生。改めて、貸切練習の話へと移行します。

 曰く、瞳ちゃん先生が心血を注ぎ作ったプログラムをカンソーするためには、足りない時間を補うための貸切練習が肝らしく。

 とはいえ、貸切練習は時間もお金も関わってくる問題であるため俺や瞳ちゃん先生の一存では決められない問題でありまして。

 そうした諸々の問題を解決するために、瞳ちゃん先生と俺、それから母ちゃんは膝を突き合わせて話し合います。

 

「ルクス東山FSCが大須スケートリンクを貸し切れるのは、火曜日と金曜日。この週2日の貸切練習で行われる曲かけ練習で遥人君の足りない時間を埋めて、プログラムを完成させる」

「ふむふむ……」

「そして、これはお母さんとも相談することになるけど1級のバッジテストも視野に入れて、ステップシークエンスと本格的なジャンプの練習。出来れば2()()()の練習にも入っていきたいと私は思っているの」

「2回転!?」

「ええ、そして当面の大きな目標として見据えるのは──」

 

 そして、瞳ちゃん先生が小さな目標を積み重ねた先にある大きな目標を俺に告げます。

 その言葉を聞いた俺は、一瞬驚きました。なんてったって未知の世界です。未だジャンプもロクにできないようなペーペーが見据えていいようなものではないと思いましたし、そもそも小さな目標すら達成できるかどうか怪しい俺には何処か瞳ちゃん先生の話が夢物語のようにすら聞こえてしまったのです。

 

「……」

 

 ですが。

 俺の心の中で、驚きとは違う何かが身体を震わせているのも確かで。

 未知の世界に飛び込み、果敢に挑む事は何よりも俺が憧れたフィギュアスケーターそのもので。

 段階を踏むごとに、その憧れに近付けるのなら──やるしかないと。

 挑戦的にすら思えるその大きな目標に噛み付くような好戦的な言葉遣いで、俺は瞳ちゃん先生に応えるのでした。

 

「……へっ。分かったよ、瞳ちゃん先生。つまり俺は来るべき時の為に2回転の練習!振付完全制覇!そして、ステップシークエンスの練習をしろと!そういうことなんだな!?」

「勿論、本格的にフィギュアスケートを始めるとなるとご家庭の方の負担も相応以上にかかります。直ぐに決断をする必要はありませんが……どうでしょうか、お母さん」

瞳ちゃん先生!?

 

 武者震いに震え、心が燃えるように熱くなります。

 まあその炎を消化器で消したのが焚き付けた瞳ちゃん先生なのがなんとも言えないところなんですが。

 いやしかし、これには母ちゃんの許可が必要不可欠なのでそうなるのも仕方ないでしょう。

 ここから先は大人の会話なんですかね?

 なんか生殺与奪の権利を握られてるみたいで興奮しちゃいます。

 

「遥人君の成長速度と、真摯な練習姿勢はクラブのみんなも一目置いています。実は、遥人君が頑張ってるから練習頑張るっていう子も多いんですよ」

「うそつけ絶対発狂魔人って言われてるだけだぞ」

「親御さんの前で嘘なんてつかないってば。……そんな遥人君なら、この目標を見据えても良いと思いました。

 ──どうでしょうか?」

 

 瞳ちゃん先生が、母ちゃんの目をしっかりと見据えて答えます。

 正しくその名前の通り、決して曇りのない瞳で母ちゃんを見据えた瞳ちゃん先生の言葉は、きっと母ちゃんにも届いていると思います。

 現に先程までニコニコと微笑んでいた母ちゃんが珍しく真剣な表情で瞳ちゃん先生を見つめました。

 こういう顔をした時の母ちゃんは、本音で応えてくれます。イージーミスでしょげた父ちゃんを励ます時も、俺を本気で怒る時も、決まって母ちゃんはその顔と本音で、家族を大切にしてくれるんです。

 そういう母ちゃんを、俺は心からソンケーしています。

 普段は朗らかに、やる時は真面目に。メリとハリのある母ちゃんが、俺は大好きなのです。

 

「まあ!まあ!良かったわね、ハル。先生にとっても褒められてるわよ?」

「瞳ちゃん先生はいつも俺を褒めてくれるぞ」

「あらまあ褒め上手!」

「い、いえ別にそういうワケでは──」

 

 まあ母ちゃんのその表情って1分持たないんですけどね。

 現に今の母ちゃんの顔に真剣さなんて微塵もありません。

「あらまぁ!」と「まあ!まあ!」が取り柄の朗らか専業主婦です。

 そんな母ちゃんが先程までの真剣さを崩して、コロコロと状況を変化させていきます。

 瞳ちゃん先生、すいません。母ちゃんがマジですいません……!!

 

「まあ、お金の話は置いといて」

「置いてっちゃダメだろ」

「ふふっ、甘いわねハル。お金はね、人の気持ちを惑わす魔性の女なのよ?」

「……えっと、あれ?今なんの話してんだ?」

「残念ながら、お金が関わってくると人は自分の気持ちに嘘をついちゃうの。稼ぎたいから我慢、貯めたいから使わない、足りないから出来ない、使いたいから浪費……お金に纏わる色んな感情が、自分の本当の気持ちに嘘をつかせちゃうのよ」

「お、おう……」

「だからお金の話はナシ!私が聞きたいのは、ハルの今やりたいこと!」

 

 母ちゃんの目が、俺を射抜きます。

 再度訪れた真剣な時間。

 嘘をつくと何故か確実にバレて、おかずのおかわりができなくなる不思議な眼差し。

 因みに昨日は、宿題をテキトーにやったのがバレておやつのサラダチキンが夕飯のサラダにぶちこまれてました。

 そんな目が俺の姿を見据えると、少しだけ微笑んだ母ちゃんが一言。

 

「ハルはもっとフィギュアスケート楽しんだり、上手くなったりしたい?」

「おう、動画の人みたいなフィギュアスケートができるようにするのが俺の夢だからな」

「じゃあ、貸切練習やってみたい?」

「やってみたい」

 

 矢継ぎ早に問われた質問に、俺は間髪入れずに言葉で応えました。

 嘘なんてつけません。憧れを諦めることもできません。そのためにできることはやれるだけやりたいんです。

 そんな気持ちを優先させた一言は、もしかしたら母ちゃんを困らせてしまうかもしれません。

 それでも、母ちゃんはその言葉を「待ってました」と言わんばかりの満面の笑みで受け止めてくれます。

 そして、俺も。母ちゃんがきっとそうしてくれると思って、分かってて自分の気持ちを優先させました。

 ひどいです、ばかです、ずっちぃ男です。

 だけど仕方ないのです。

 その目と笑みを浮かべた母ちゃんに臆面もなく嘘をつけるようなDNA、俺は持ってないんですから。

 

「判断が鬼のように早いわね!!ならやってみなさいな!!!」

「決断が速すぎませんか!?」

「先生!これからも遥人のこと、よろしくお願いします!」

 

 つーか今の俺の選択に文句言ってくる人は、母ちゃんの本当の怖さを知らないから言えるんです。

 嘘をついたら俺や父ちゃんがいくら弁解しようとメインディッシュの好物が違う何かにすり変わってるんですからね。

 約束された好物が違う何かにすりかわるあの恐怖は、やられたものにしか分からないのです。

 

「あ、因みに宿題を犠牲にしようとしたハルの晩御飯のおかわりはエビフライだからね?」

「……は、ハンバーグの間違いでは?」

「洋食のド定番がいっぱい食べられて素敵ね!丁度宿題を犠牲にしようとしてたんだし、今日はおかわりのハンバーグを犠牲にしなさいな」

 

 うーん、エビフライ!(絶望)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から貸切練習に参加することになりました、倉見遥人くんです!」

「は、発狂魔人だ!」

「バースト倉見……!!」

「キング・オブ・クソゲーマー……!!」

 

 まあ、そんないざこざや犠牲、ジャンプやステップの練習などもあって初めての貸切練習の日に遡ります。

 キレそうでした、はい。

 いやまあ、何がキレそうって俺の渾名がなんかまた増えていることです。

 発狂魔人は全然分かります。なんてったって俺は大須の問題児ですからね。俺の代名詞とも言える発狂をもじってあだ名を付けることなんて俺からしたら全然大した問題じゃないです。

 バースト倉見もまあ、分かります。初日に股関節バーストして以降、ありとあらゆる場所をバーストしてますからね。

 痛みに打ち震えつつも、何故かフィギュアスケートは止めてない俺を面白がってバースト倉見って言ってるんでしょ?

 まあいいです。特別に許しちゃいます。寛容な男はモテるっていいますし。

 

 但しキング・オブ・クソゲーマー。テメーはダメだ。

 簡単にキングとか付けんじゃねえ。クソゲーキングってのは数多の努力と幾多の歳月を以てようやく辿り着ける虚無の境地。神ゲーとクソゲーの何方も愛した者のみが賜ることの出来る至上の王冠。

 それを若輩者の俺が名乗るなど言語道断。勝手に囁かれることすら烏滸がましいです。

 そういうのが許されるのは小学生までって広辞苑で学ばなかったんですかね?あんまりいい加減なこと言ってっとハムスター育成ゲームやらすぞアホ!ボケ!

 

「倉見遥人です」

「……それだけ?」

「発狂します」

「いやそれは知ってるけれども」

「自販機探しが得意です」

「うへ〜パシリだね〜」

 

 自己紹介の為に発した言葉の一つ一つにツッコミを入れられます。

 こちとら話を聞いてる少年少女共に突っ込んでやりたい気分なのですが、流石に初日からすてみタックルかます奴なんて聞いた事ありませんので、ここは堪えます。

 

「ついに貸切練習に来たね、遥人君!今の気分は?」

「そうですね。まあ……すてみタックルかましてやりたい気分ですね」

「いやどんな気分!?」

「遥人君、ゲーム持ってきた?」

「父ちゃんのゲーム機なら持ってきたぞ。なんかパカパカ逝ってて封印の御札が貼られてたが起動自体は可能だ」

「うへー特級呪物〜」

「やめ、やめろ父ちゃんの青春だぞ!」

 

 というかさ。なんかみんなの見る目がおかしいような気がするんだよなぁ。

 フツークラブ入って間もない曰く付きの奴が貸切練習なるフィギュアスケーターの始まりの街的な場所に迷い込んだら、みんな迷惑そうな顔しませんかね?

 てっきり『なぁにこいつぅ!!』とか『トーシロは帰って、どうぞ』とか『ヌルいフィギュアしてんじゃねえよ』とか言われると思ったのですが……

 

 まあ、ご覧の通りというとアレなんですが、そこそこ歓迎されちゃってます。

 周りを見渡しても、その視線の尽くが好意的な視線で溢れかえっています。

 おかしいと思いますが、これが現実。

 俺、倉見遥人はそのような視線に囲まれ、至極快適な貸切練習一日目を迎えたのでした。

 

う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!

「は、遥人君!?」

 

 まあ、その後の曲かけ練習で振付ミスった挙句1回転ルッツでド派手に発狂して逝ったんですけどね初見さん。

 和やかなムードだからって何もかもが上手くいくと思ったら大間違いなのだということを再認識した初めての貸切練習を経て、俺は今日の曲掛け練習で大須スケートリンクの歴史に残る*3盛大な転倒を決めるのでした、まる。

 

 

 

 

 

 

「り、陸上で練習した時は上手くいったんです!宿題やってきたけど忘れちゃった的な……そんな感じなんですぅっ!!」

「……遥人君、今日の休憩時間に宿題はやった?」

「や……やー、ははっ。……車の中でやってきたけど忘れちゃいました」

「いつもすぐ学校から大須まで車で来てるのに?」

「……く、車の中に落としてすぅ……しまったのですが……」

「お母さんから聞いているんだけど、車の中の遥人君は大抵補給食を食べて寝ているんでしょ?」

「あっ、やべっ……(墓穴)」

「……」

「むがもごむがむが!!!!」

 

 舞台は大須スケートリンク。

 氷上にて盛大な転倒をぶちかまし、鼻血をケチャドバした俺は相変わらずな美人コーチの瞳ちゃん先生と貸切練習終了後に、脇のベンチでお話をしていました。

 勿論内容は曲かけ練習での奇行。

 因みにあれから鼻血が出てしまった俺は以降の練習をベンチウォームに費やしてました。ホカホカです。ほくほく。

 ……えーはい。カッコつけて横文字使いましたが、単純に練習禁止です。念の為ということで、今回はずっと休んでました。

 ついでに宿題をやってなかったことがバレて頬をむにむにされ続けました。

 時間がもったいない。

 

「……成程、陸上では上手く行ってるのね」

「ウッス!」

「それで、元々の構成を無視したダブルアクセルにチャレンジしたと……」

「う……ウッス!!」

「そして転んで鼻血を出して、とんでもない声を上げたと……」

「……」

 

 事実陳列罪は時として人を傷つけますが、今の俺が正にそうです。

 淡々と曲かけ練習時のやらかしを指摘され続け、俺の心には浅くはない傷が入り続けます。

 とはいえ、この件は俺の自業自得。俺が未完成のダブルアクセルなんてもんを曲かけ練習に使わなければこんなことにはならなかったハズです。

 俺は自分を主人公だと思い上がっていたのでしょう。

 やればできる、常時無敵、チート、ご都合主義。数々の甘い言葉を悪戯に学び、図らずも自分をそんな風に思い込んでいるから、こんなアホみたいなことが出来るんです。

 そして、痛いほど思い知りました。

 俺はやられキャラの中ボスにすらなれない雑魚ぴっぴです。何故氷上で転んで鼻血を出すような雑魚ぴがダブルアクセルを跳ぼうとしたのか、それが分からない。

 

「……着氷するまでの流れは良かったんだけどね」

「え」

「ほら、見て。あなたのダブルアクセルの映像」

 

 と、まあ。

 瞳ちゃん先生と話をする前からそんな風に何時間も自己嫌悪に陥っていたやられキャラで雑魚ぴな俺を見かねたのでしょうか。

 瞳ちゃん先生は俺の雑魚ぴたる所以であるダブルアクセルの失敗映像をあろうことか俺の目の前で再生します。

 追い討ちか追い剥ぎの類でしょうか。いやしかし、甘んじて受け入れましょう。先に瞳ちゃん先生に酷いことをしたのは俺の方です。

 加糖か無糖かなんて選ぶ権利俺にはありません。なんなら瞳ちゃん先生にはいつも甘やかしてもらってるんですから、ちょっと位痛い目を見た方が──

 

『ぶぅおっはぁ!!』

 

 うっさいねん蹴り飛ばすぞ。

 

「……この映像を見て何か気付いたこととかある?」

「この叫び声を上げた倉見選手に対する殺意に気付きました」

「うーん……」

 

「そこじゃなくて」と、瞳ちゃん先生がタブレットを操作しながら続けます。

 

「直前にブラケットを入れてジャンプ。踏み切りも回転数も申し分ないし、何よりジャンプの高さと幅。それらを含めた思い切りの良さがとても良い」

「ほ……ほへー……」

「遥人君はフリップもルッツも『跳び方を覚えた』後は予定よりも速く跳べるようになったよね。

 それって、遥人君が良い跳び方で思い切り良く跳ぶことが出来たからなの」

 

 ジャンプを跳ぶ俺の一連の流れが視界に映ります。

 その残像は確かに2回転半の軌道を描いており、瞳ちゃん先生の言う通り思い切りよく跳んでいるように見えます。

 思い切りの良さは俺の武器だと思います、多分。

 飛ぶ時は不思議と怖くないですし、やってやるって気持ちの方が強くなってきますし。

 まあ、それが根本的な失敗の原因って言われたら何とも言えないのですが。

 

「怖がって跳ぶことの出来るジャンプはない。ジャンプは先ずひとつ、跳ぶ勇気がなければ跳べない。

 失敗した時、氷に叩きつけられる痛み。上手く降りれなかった時は骨折するかもしれないし、靭帯を痛めるリスクだってあるかもしれない。

 そうした恐怖に打ち勝って、フィギュアスケーターは氷上から自分の身体を空に放るのよ」

「……恐怖に、打ち勝つ」

 

 そう言われると、フィギュアスケートってマジで危険なんですよね。

 ただでさえ不安定な氷の上で、自分の身体を回転させながらジャンプするんです。俺はまだ子どもで、1回転とか2回転しか跳んでませんが、シニアの人達やレベルの高い選手たちはこれを3回転、4回転で跳ぶんです。

 大人になればなるほど、身体は重くなります。氷に打ち付けられた時のダメージも、怪我のリスクも高まります。

 それにも関わらず、シニアの選手達は自分達で更に怪我のリスクを高めるようなジャンプを跳びます。

 恐怖もあるでしょう。しかし、それに打ち勝った上で危険に危険を重ねているんです。そして、彼等は成功という名の栄誉を勝ち取ってしまいます。

 凄いです。エグいです。尊敬しちゃいます。

 

「遥人君は強い気持ちを持ってる。何回失敗してもちゃんと出来るようになるための努力を止めない」

「……先生」

「だから遥人君はジャンプの覚えが早いのかもね。まあ、多分……他にも要因が。というか大半は()()が理由だと思うけど」

「A.R.E?」

「だから問題は、技術的な話になってくるの」

 

 どうやら瞳ちゃん先生が言うには、俺にはジャンプを跳ぶために必要な強い気持ちを持っているらしく。

 問題は技術ということで、またしても映像を見せられます。

 いやー、強い気持ちを持っているなんて言われちゃったら照れちゃいますねぇ。まあ実際の所はクッソ痛いのを発狂で紛らわしているだけで正直止めたくなっちゃう時もあるクソザコメンタルなんですけど。

 それでも、強い気持ちを持っているように思われているのは僥倖です。

 虚勢だとしても心が強いように見せるのは大事ですからね。今回の一連の流れを通して、俺は瞳ちゃん先生にハートの強い男だと認識されたわけです。

 こんなに嬉しいことは──

 

ぶぅおっはぁ!!!!

『は、遥人君大丈夫!?』

『うひー、これ転んだ後2回ころがってるから実質2回転にならない?』

 

 だからうっさいんじゃいシバキ倒すぞ。

 

「もう一度再生するね。ブラケット、助走、踏み込み、跳躍──ここ」

「……回転?」

「厳密には、回転軸を作る速さとそれを解くタイミングかな」

 

 動画の中の俺がジャンプをした瞬間、瞳ちゃん先生がその映像を一時停止させます。

 そして、俺が脇を締める映像が映ると、今度は少しだけ再生。またしても一時停止。そして今度は腕を開いた俺が映ります。

 こうして見ると、俺がどのタイミングで身体をキュッと締めて、どこでそれを解放しているかってのがハッキリと分かりますね。

 動画のスピードも遅めです。瞳ちゃん先生が俺にも分かるように再生速度を落としてくれたのでしょう。

 なので、分かりました。今の俺の弱点。そして、全てのジャンプに通ずる俺の致命的な欠点。

 

「締めるのちょっと遅いか……?」

「正解」

 

 瞳ちゃん先生が笑顔で、俺の答えに花丸をくれます。

 でっへへ、照ぇれるからやぁめれぇ!!

 

「脇を締めて軸を作る速さ。それから開くタイミングから着氷までの流れ。これが悪いと狙った回転数で着氷出来ないから転倒してしまう」

「……」

「後、遥人君は()()()()()()()()高跳び型のジャンプをするよね。多分高さを意識してる分踏み込みにかなり意識を傾けていると思うんだけど、それだけじゃ2回転アクセルも、他の高難度ジャンプも跳べないの」

 

 逆に高跳び以外になんのジャンプがあるんや。

 俺はフィギュアスケートの初等教育を憧れの人の高跳びジャンプで学んだため、それ以外のジャンプをまるで知りません。

 それ以外はアレです、見てません。1秒も見たことがないのです。

 だって考えても見てください。俺の動機は憧れの人のようなフィギュアスケートをすることですよ?

 現状それくらいの動機しか持ってない俺が、他の人のジャンプを見る余裕なんてないハズです。今の俺にはまだ、やらなければならないことも真似しなければならないことも山ほどあるのですから。

 

「例えば、……うーん、今の遥人君のジャンプに似てるのはこの人かも」

「憧れ!憧れ!心だけならあの人の気分でやってます!!」

「うーん……どちらかと言うと、私はこの人を参考にしてもらいたいような気もするのよね……」

 

 しかし、瞳ちゃんアイズ的にはそうでは無いらしく。

 またしてもタブレットをいじり出すと、今度開いたアプリケーションはようつべ。

『あなたへのオススメッ!』の項目がフィギュアスケート関連で1杯になっているところから見るに、この人は生徒のことを考えてようつべでも取り入れられるものは取り入れようと努めているのでしょう。

 本当に頭が上がらないですね。この人は紛れもなく氷上に生きているのでしょう。そんな気がしました。

 

「鴗鳥慎一郎選手。今の遥人君と同じ高跳び型のジャンプを使うフィギュアスケート銀メダリスト」

「……そ、そに?」

「そにどり。鴗鳥慎一郎選手ね。で、肝心のジャンプなんだけど……」

 

 動画のフィギュアスケーターが前向きに跳びます。

 バックアウトカウンターからのトリプルアクセル。彼が描く軌道は、瞳ちゃん先生の言う通り、確かに俺に似ているように見えて。

 それでも、やはり雑魚ぴっぴな俺のへなちょこアクセルを見た後だと、この人のジャンプの凄さ。俺との明確な違いが明らかになります。

 

「うわっ、高ッ!!」

「でしょ」

「んでもってチェックポーズ綺麗……!!」

 

 驚くべきはジャンプをしてから着氷まで、一連の流れが違和感なく自然に演じられていたということでしょう。

 あれだけの体格で、あれだけの高さを跳べば着氷時の負担もとんでもないものになるでしょう。

 しかし、彼はそれを苦にせず、恰も簡単だと言わんばかりの着氷とチェックポーズを決め、次のターンへと繋ぎます。

 ド素人の俺でも分かります。

 この人はバケモノです。フィギュアスケートを齧っているからこそ、彼の凄みが痛い程に分かるのです。

 

「軸の作り。空中で開く動作。そして着氷時のチェックポーズ。今の遥人君に足りないものがこの人のジャンプには詰まってる」

「と、トリプルアクセルやってんじゃねえか……なんだこの化け物……」

「こうして色んな人のジャンプを見ると、意外と自分に足りないものに気付けたりするからお勧め。一朝一夕じゃ無理だけど、色んな人の演技を視ることは自分の引き出しを増やす大切な時間なのよ?」

 

 瞳ちゃん先生がタブレットをしまい、改めて俺の方に視線を移します。その目は幾分か穏やかで、安心感を与えてくれるような微笑みを浮かべつつの視線に、俺の気持ちは暖かいものになります。

 そして、それと同時に俺は自分のやらなければならないこと。一番に優先すべきこと、それをまずは段階を踏んで潰していこうと決心します。

 

「踏み込み。軸の作りの速さ。締めて、開く動作。着氷時のチェックポイント意識。そして、そのジャンプを次のステップに繋げる意識。

 最初は難しいと思うけど、ひとつひとつ。いずれは全てを意識して、ダブルアクセルを跳べるように頑張ろうね」

「はい!!」

 

 故に発した大きな声は、発狂とは違う類。

 自分の真剣さを全面に押し出した闘魂注入の一声。

 その声で瞳ちゃん先生にやる気を見せ、ついでに俺自身に発破も入れます。

 俺のためにここまでしてくれる最高の先生の期待に応えたい。そして何より、もうこんな期待を裏切る真似はしたくありません。

 一旦冷静になりましょう。今の俺は、予定のプログラムさえできるか怪しく、ダブルアクセルはお察し。このまま諦めずダブルアクセルにチャレンジすることはできますが、それでは瞳ちゃん先生の作ってくれた振付という名の信頼や期待を裏切ることになります。

 なら、瞳ちゃん先生の信頼や期待を裏切りたくない俺がやるべきことは、ひとつですよね。

 

「ダブルアクセルは一旦封印!先ずは瞳ちゃん先生がくれた振付とプログラムを完走!そして、今度はジャンプに必要なもの全部を意識!それが出来たら今度こそダブルアクセル!!」

「…………」

「やったりますよ瞳ちゃん先生……俺!世界一のフィギュアスケーターになります!!」

「まあ、それは脇に置いといて」

「へぇあえ?」

「遥人君」

「ギャッ!!!!」

 

 決意表明の最中、瞳ちゃん先生に両肩をガシッと掴まれます。

 表情は先程と同じ笑顔ではあるのですが、明確な違いがあります。

 目が笑っていません。絶対零度です。ぴゅーぴゅー冷たい風が吹いてます。そう錯覚してしまうほど瞳ちゃんの目が笑っていないのです。

 ……あ、あれ?

 なんか俺……またなにかやっちゃいました?*4

 そうじゃなくっても俺、瞳ちゃん先生に何か変なことしちゃいました?

 やらかしって言ったら先のシングルアクセルをダブルアクセルにしたことくらいしか──あっ。

 

「予定にないジャンプを跳びたいなら1度話し合い」

「……」

「一言あってもいい。そう思わない?」

「ひぃ」

 

 まだ本格的に怒られてなかったァッ!!

 あっ、ああっ!せや、せや、せや!!

 先程までの優しい瞳ちゃん先生で完ッ全に忘れてたけど、アカン事はアカンってちゃんと怒る人なの完全に忘れてたァ!!

 お前バカじゃん!『かえるのうた』事件の教訓全く生きてねえじゃん!!

 あの時の全ギレ瞳ちゃん先生の教えが全く活かされてねえじゃん!!

 

「独りで練習したのは偉い。だけど、それも陸上ででしょう?それを曲掛け練習でいきなり挑戦するのがどれだけ危険なことなのか、ちゃんと分かってる?」

「は、はい……」

「氷上と陸上は全く違うことが分かってて、その上で色んな段階を飛ばして、話も通さず1番疲れの出る後半に挑戦するのはあまりにも無謀だし、危険すぎる。案の定、転倒して鼻血出してるし」

「……」

「今回は転倒と鼻血だけで良かったけど、もし骨や靭帯を痛めてたら笑い事じゃ済まないし、自分が痛い思いをすることになる。

 ──次同じようなことしたら曲掛け練習しばらくさせないからね?」

「……はい、ごめんなさい。本当に反省してます」

 

 仰る通り、至極真っ当な一言のため何も言い返すことができません。

 むしろ曲かけ練習を次もやらせてくれるだけゲロ甘だと思うのは俺の気のせいなのでしょうか。

 いや、気のせいじゃありませんよね。

 本来ならやらかした後すぐ、もっと怒られていてもおかしくなかったはずです。

 それをワンクッション置いて、窘めるように怒ってくれることがどれだけ有難いことなのか、俺は痛感する必要があります。

 決して怒号を浴びせているわけではない瞳ちゃん先生の言葉はスっと胸の中に入っていくような、そんな気がしました。

 

「遥人君は貸切練習ひとつ取っても経験がまだ浅い。色々慣れないことも多い中で、急に新しいことをやろうとしても──今みたいに怪我しちゃうかもしれないでしょ?」

「……はい。怪我しちゃいました」

「もちろん、新しいことをやる時に傷は付き物。だけど、その傷を減らすことは出来るし、軽くすることもできる。そして、より意味のあるものにすることだって考え方次第ではできる。

 無闇矢鱈に傷を作るような危ない真似は二度としないで。……約束できる?」

 

 差し出された小指は、俺の不誠実の結果だと思っています。

 本来ならば言葉と言葉のキャッチボールで成立する約束。先生から投じられた山なりのボール(約束)を俺は後逸(反故に)しました。

 そのため、瞳ちゃん先生は1度俺を呼び寄せ念を押したのです。

 本来在るべき信頼関係ならば、そんなもの必要はありません。

 この結果は、俺が瞳ちゃん先生を。高峰瞳先生の信頼を裏切ったことから始まっています。

 そしてあのジャンプを跳んだ瞬間、俺は瞳先生の信頼を失ったのです。

 

「はい」

 

 いつか喪った信頼を取り戻すことはできるでしょうか。

 いや、きっと取り返してみせます。

 小指のまじないを経由せずとも、瞳ちゃん先生が信ずるに値するフィギュアスケーターになってみせます。

 ここまで親身になってくれる先生を、これ以上裏切るのは御免ですから。

 

「冷静じゃありませんでした。ごめんなさい」

「分かってくれたのなら良し。じゃあお説教の時間は終わりね」

「はへん?」

「遥人君」

「ギャッ!!!!」

 

 今度は小指を絡めた勢いそのままに両手を握られます。

 な、な、な、なんでしょうか。

 もしかして俺は信頼を失う以前から瞳先生に信頼されていなかったのでしょうか。

 もしかしなくても、瞳先生の俺に対する信頼度はゼロを振り切りマイナスへと振り切ってしまっていたのでしょうか。

 だとしたらクッソ笑えません。なんてったって、振付を貰ってから今日までの間の俺は瞳先生から信頼されていると思い込んでいた訳ですからね。

 それが思い上がりってことになると、流石の俺も恥ずか死にます。

 そこら辺の自販機に過去行きのタイムマシーンありませんかね?

 助けて。

 

 

 

 なんて、思っていたのですが。

 

「ナイスチャレンジ!

 今回のは危ないからやめて欲しいけど、出来ると思って即行動に移せる積極的な所は遥人君の良いところだから、その気持ちは忘れないで欲しいかな」

「ひ、瞳先生……」

「今度はちゃんとチャレンジしたいものを予め教えてね。そうしたら色々とアドバイスもできる。より良い方法を一緒に探すこともできる。

 ……なんでも独りで抱え込まないでね。困ったことや聞きたいことは、信頼できる人と一緒に分け合っていいんだから」

 

 瞳先生は、俺を褒めてくれました。

 叱るだけでは終わらず、ダメダメな俺の良いところを見つけて最後はプラスの感情で終わることができるように、俺を褒めてくれたのです。

 この気遣い、笑顔、ダメなところはダメだと言ってくれる厳しさという名の優しさ。

 大人とはこういう人のことを言うのだと痛感した俺の目には、汗とは違う何かが幾度となく伝います。

 その理由は明白。

 上げて、下げて、また上げて。そんな瞳ちゃん先生のジェットコースタープレイに、俺の心臓は既に絶叫を通り越してボロ泣き状態だったからです。

 

「うぉぉぉおん!*5瞳ちゃん先生!!俺、予定のジャンプを全部完遂したら!ブラケットからのダブルアクセル!着氷後ツイズルをやりたいんです!出来れば来るべき時までにマスターしたいッスぅ!!うおおおおん!!*6

「うん、とりあえず遥人君は予定プログラムを完走する所から始めよっか」

 

 まあ、そんな後々になって回想すると恥ずかしくて悶絶しちゃいそうなシーンの甲斐がありまして。

 無事に現状と、課題を明確にすることのできた俺はその後の貸切練習を瞳ちゃん先生と共に、時間の許す限り頑張ってきました。

 

『頑張り』はすぐに結果に繋がる訳ではありません。また、頑張ったからといって成果を確実に出せるかと言われれば、そのような単純な話でもありません。

 ですが、結果を出す人も成果を出す人も先ずは頑張ります。頑張って、頑張って、先行きの見えない暗闇を、松明片手にぶっちぎって行くんです。

 

 それが分かっているのにぶっちぎらないなんて選択肢、俺にはありません。

 曲かけ練習の完走、ジャンプとスケーティングの習熟、動画の研究からターン、スピンの練習まで。

 いつか、ダブルアクセルを完璧に着氷するために。そして、憧れのフィギュアスケーターのような演技をするために。

 俺は瞳先生という頼もしくて暖かな松明と共に、先行きの見えない暗闇を頑張りという名の光で理不尽にも吹き飛ばしにかかるのでした。

 

「ダブルアクセルへの道は先ずシングルアクセルから!!世界一のシングルアクセル使いに──俺はなぁる!!!」

「あ、またそうやって叫びながらやってると──」

う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!*7

「言わんこっちゃない」

 

 まあダブルアクセル覚える前に何回4億円の叫び声を上げればいいのかって話なんですけどね。

 果たして少なくなるのは、ダブルアクセルを覚える日数の方か、それとも4億円の叫び声を上げた回数の方か。

 正直今のままだと後者の方が多くなりそうだなと感じる、最近のフィギュアスケーター倉見遥人なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、あれよこれよという間に2週間が経過しました。

 世間的には自販機のあったかーいお茶とつめたーいお茶の二刀流で飲み比べができる今日この頃、俺は氷上で振付を最後まで踊り切る練習を続けていました。

 その甲斐あってかは分かりませんが、お祈りから始まりお祈りで終わる振付をある程度覚え、拙いながらも完走までこぎ着けられるようになったのです。

 因みに数週間前の俺は数週間後の俺にダブルアクセルを覚えるように指示を出していたのですが、瞳ちゃん先生の叱責以降ダブルアクセルの練習は1度たりとも行っていません。

 つまり、出来ません。

 数週間前の俺、許せ。

 

「どう?ユキチャン先輩」

「いいと思うよ。特に曲のサビに入る前と後の緩急というか、豹変っぷりというか……引き込まれる良い振り付けだなぁ」

「でしょでしょ。いやあ、瞳ちゃん先生の振り付けは凄いなぁ」

「遥人君っぽいよね。急に発狂する所とか特に」

「ユキチャン先輩、ごめん」

「冗談だってば。ジャンプもスケーティングもすごい上手くなったね。1級のバッジテストも受かるんじゃないかな」

「でっへっへ!照れるからやめれぇ!!」

 

 本日、奇跡的に同じタイミングで氷上に立ったユキチャン先輩はよく俺の練習を見てくれる面倒見の良い姉御的な存在です。

 6種のジャンプの中でも2番目に難しいとされるルッツを2回転で跳ぶフィギュアスケーターなのですが、彼女は決して偉ぶることなく年少の子供たちの面倒をよく見てくれています。

 その上で、自分の練習は真面目に。その上で勉強まで頑張る二刀流なのですから頭が上がりません。

 今日も、たまたま同じタイミングで自主練習のためにリンクに立ったってだけでこうして振付を見てくれているのです。

 それこそ自分の時間は自分のために使いたいでしょうに、それを顔にも口にも出さず、ユキチャン先輩は俺を見てくれているのです。

 いや、もう……ほんと。ほんとッ……!

 

「ユキチャン先輩ィ!!」

「大声出すのやめよっか」

「ウェイ……」

 

 ただまあ、たまに怒る時が……つーか主に怒られてるの俺なんですけど、怒る時の表情とかトーンが瞳ちゃん先生に似てんのだけはマジで勘弁してくれって思います。

 この前なんて瞳ちゃん先生が席を外していることを知って、発狂しながら自主練習してたら瞳ちゃん先生オーラを纏ったユキチャン先輩におもっくそ叱られましたからね。

 これがそうたくんとかならまだしも、ルクスの誇る二刀流に叱られたってんなら言うことを聞く他ありません。

 なんてったって、性格良し、態度よし、ルッツよしの褒め上手の姫君ですからね。

 ルクスは本格的に彼女を次期後継者に指名した方がよいのではないか。

 

「あ、ほら。瞳先生来たよ、そろそろレッスンの時間なんじゃない?」

「うげっ、もうこんな時間……ごめんユキチャン先輩。時間作ってまで俺の振付見てもらって」

「いいのいいの。フィギュアスケートもいいけど、ちゃんと宿題もやるんだよ?」

「おう!!明日の総合的な学習の時間を使って死ぬ気で答え写すぜ!!」

「今日!自力で!!やるの!!!」

「ぶぅおっはぁ!!」

 

 ユキチャン先輩のツッコミ3連発が文字通り頭に突き刺さりますが、俺は絶対に休憩室では宿題をやらないって決めてるんです。

 事実、休憩室での時間は瞳ちゃん先生か母ちゃんにバレた時を除いて大抵メシ食ってるかそうたくんとゲームやってますから。

 因みに今日はファイナルなソードやる予定です。腕が鳴るぜ〜。

 まあ、それは置いといて。

 

「まあ……俺がここまで短期間で振付完走できるようになったのも瞳ちゃん先生と出会うことができたからなんだけどな……」

「と、唐突に話題を変えてくるよね遥人君って……」

「そうっすか?すんません、ユキチャン先輩」

 

 振付の宿題がユキチャンでノリツッコミって話っすよね?

 え、違う?

 まあええじゃないですか、大して変わらんでしょ。ヘーキヘーキ。

 

「まあそれはそれとしてさ、瞳ちゃん先生ってスケーティング教えんのめちゃ上手だよな。前々から思ってたんだよ、実質ワザップかライザップって」

「あれ、知らないの?瞳先生ってアイスダンスの選手だったんだよ?」

「あいす、だんす……なにかの必殺技?」

「違うよ!?」

 

 驚いたユキチャン先輩が、俺の肩を掴んで「あ、頭打ったりとかしてないよね!?」としきりに心配してきます。

 もしかしたら彼女は長年の頑張り屋のせいで変な幻覚が見えているのかも知れません。もしくは先入観とやらが邪魔してユキチャン自身がユキチャンアイズを勝手に曇らせてしまっているのかもしれません。

 今日の俺は1度として転んでません。俺の名誉とプライドのために今日ばかりはムチャクチャ言ったります。

 いつもムチャクチャ言っているような気がしなくもないですが、構いません。

 多分ここで使うべきではない確固たる意思やら何やらを総動員して、俺はユキチャンに食ってかかりました。

 

「強いて言うならユキチャン先輩が宿題をやらない俺にチョップ3連発を浴びせたところかな。そこで俺の頭はパッパラパーになっちまった。どうしてくれんのこれ?」

「アイスダンスとフィギュアスケートは似て非なる競技なんだよ。例えば……実力と呼吸の合うカップルで最高の演技をする所とか!!」

「瞳ちゃんせんせー!!助けてー!!ユキチャン先輩の話が終わらなーい!!」

 

 そして匙を投げました。

 食ってかかろうとしたら返り討ちにあってしまった俺は、両手を上げて瞳ちゃん先生の助けを求めます。

 しかし、現実は残酷です。この前はあれだけ頼れるセンセーだった瞳ちゃん先生は俺とユキチャン先輩の絡みを単なるレクリエーションと勘違いしたのか、笑みを零してサムズアップを敢行するのみに留めたのです。

 オーマイガーです。瞳ちゃん先生はこの光景が戯れか何かに見えて仕方ないのでしょうか。あまりにも笑えない冗談ですね。

 一生ちゃん付けしてやる。

 

「瞳先生、すごい選手だったんだよ?アイスダンスの全日本選手権にも出た経験のある選手だったんだから」

「ふーん、スーパーじゃん」

「そう、スーパーなんだよ!」

 

 まあ瞳ちゃん先生の現役時代が本当にスーパーだったのかは置いといて、普段誇張表現の類をしないユキチャン先輩がアイスダンスという1つの競技で活躍した瞳ちゃん先生を褒めるということは、本当に凄い選手だったのでしょうね。

 そうなると、アイスダンスという競技そのものを知らない俺の無知が憎まれます。残念ながら今の俺はフィギュアスケートのことで頭がパンクしそうなんで、アイスダンスまでやろうという欲張りな気持ちは微塵も持ち合わせちゃいませんが、単純に瞳ちゃん先生の現役生活がどのようなものだったかは気になります。

 瞳ちゃん先生から他選手の映像を見ることの重要性を学んだばかりですし、機会があったら瞳ちゃん先生の現役時代の映像を見てみましょうかね?多分スゴすぎて、そのスゴさは微塵も理解出来ないのでしょうが知識として修めておくのもアリっちゃアリだと思う俺もいるんですよね……

 

「つーか瞳ちゃん先生全日本経験者だったんかよ……」

 

 そして、まあ。

 これは薄々思っていたことではあったのですが、なんと瞳ちゃん先生は全日本経験者だったみたいです。

 恐らく過去のリザルトとかを漁ればどのような実績を残したのかなんてパパっと分かることなのでしょうが、それよりもフィギュアスケートを教えてくれる先生としての瞳ちゃん先生に大満足していた俺は過去の実績やら何やらを見ることを完ッ全に失念していました。

 

「も──もしかして知らないで来たの!?」

「おん」

 

 思えば初めてルクス東山FSCに入会すると父ちゃんに告げた時、父ちゃんは何やら普段使わないインターネットでルクス東山FSCのホームページをめちゃくちゃ調べてました。

 結局母ちゃんの説得の甲斐あったのか、父ちゃんもルクス東山でのフィギュアスケート活動を認めてくれましたが、最後まで『他のクラブ見なくていいのか?本当にいいんだな?』と確認してくれていました。

 きっと父ちゃんは俺が勢いそのままにフィギュアスケートをやろうとしていたことを分かっていたのでしょう。

 愛知県はスケートが盛んな場所なので、多くのFSCが存在しています。

 そうなれば勿論、それぞれ特色ってもんがありますし、入るクラブによって合う合わないの問題も出てくることでしょう。

 それを父ちゃんは指摘したかったのだと思います。誰だってそれを指摘したくなると思います。俺だって多分指摘します。

 フィギュアスケート本気でやりたい!って言ってる奴がクラブ選びを秒で済ませるとか、本気の在処を疑われるでしょ絶対。

 しかも理由が『瞳ちゃん先生優しい!好き!この人に指導してもらいたい!』ですからね。

 俺が父ちゃんの立場なら多分ケツ引っぱたいて無理やり名城クラウンFSCと名港ウィンドFSCに遥人君を連れていくと思います。それぐらい危ない橋を渡ったってのも自覚しています。

 

 それでも、当時の俺も今の俺にも迷いはありません。

 数多くあるであろう選択肢の中で、俺はたった一つ。近いからという動機から始まり、瞳ちゃん先生に対する好印象で終わったルクス東山という最初に生まれた選択肢の先を、頑なに進み続けたのです。

 そして、今も後悔なく突き進む事が出来ているのです。

 

「そ、そういえば遥人君ってフィギュアスケートを始めた理由は聞いたことあるけどルクス東山でフィギュアスケート始めた理由は聞いてなかったような……!」

「近いから」

「ほ、ホームページとか見たり他のFSCに見学行かなかったの!?」

「第一印象から決めてました」

「即決なの!?」

 

 なのでまあ、瞳ちゃん先生の実績とか知りません。

 アイスダンスやってたってのも今日、ユキチャン先輩から初めて聞きました。

 というか、それ以上のことは一切分かりません。

 俺が瞳ちゃん先生に関して知っていることと言ったらどんな子でも平等に優しく、時に厳しくフィギュアスケートやアイスダンスを教えてくれるスーパーコーチってこと位のモンです。

 んでもって、俺自身がそれだけ知ってれば良いとも思ってます。

 優しくて、時に厳しく、誰にも平等な生徒思いの瞳ちゃん先生。

 それだけで、俺は彼女を信じることができますから。

 

「まあいいじゃん。入った結果後悔せず、優しいユキチャン先輩にゲームの話題が通じる男友達。そしてフィギュアスケートを教えてくれる先生に出会えた。この短期間でここまで来れたんなら上出来でしょ」

「ま、まあ……後悔しない世界が正解だって言うもんね」

「そうそう。それに、ヘタクソで勉強だって出来ない俺が短期間で振付を覚えられるようにまでなったんだぜ?

 瞳ちゃん先生じゃなきゃ、きっと俺はここまで辿り着けなかっただろうさ」

「……」

「なぁ、ユキチャン先輩?」

 

 もう既に人として信頼している瞳ちゃん先生を実績で判断するような事は、今後一切ないと思います。

 なので実績も追加情報も要らないと。そんな心境を抱き、俺はユキチャン先輩に問いかけました。

 しかし、その質問に対してユキチャンは無言を貫きました。

 というより俺の言葉に対して恰も別の何かを探り取ったかの如く、顎に手を当て思考しています。

 

「……遥人君」

「んぁ?」

 

 やがて、思考を終えたユキチャン先輩は改めて言葉を紡ぎました。

 顎に手を当てるのを止め、本当に分からないとでも言いたげな困惑の表情で。そう、それこそ未知の何かに触れるように恐る恐るといった感じに。

 

「遥人君って()()()()()()よね」

「はへん?」

「昔から?」

 

 見当違いも甚だしい質問を、凡人に問うのでした。

 

*1
ブチギレダンス

*2
全ギレ

*3
誇張表現

*4
なろう系フィギュアスケーター

*5
ガチ泣き

*6
ギャン泣き

*7
転倒

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