なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが 作:送検
『あぁっ!うわー……落としちゃった……!トウループのカード落としちゃった……!!』
日頃の疲れから貸切練習後、ストレッチも宿題もせずにベッドでスヤァしてしまった後日。
目が覚め、上半身を起こすと目の前のテレビからおかしな映像が流れていました。
テレビに映るは俺とは何処か似ているようで、似ていない誰か。
何をしているのかと目を凝らしてみると、地面に四つん這いになって何かを必死に探しています。
アリさんでも探してるのかと思いきや、口振りから見るに探しているのはカード。現実の俺が微塵も興味を抱いていないカード。
……あー、これ夢ですねと内心で自分の脳内に呆れてました。
『あら、どうかした?』
『はひ!ひーちゃん先生!!トウループのカードを落としてスゥ……しまったのですが!!』
『うーん……じゃあ少し探してみるから、ちょっと大人しくしててくれる?』
『アハン……』
馬鹿か?
なんでこんな所に瞳ちゃん先生が出演してんねん。
つーかお前は誰やねん。俺のそっくりさんの分際で瞳ちゃん先生の事をひーちゃん先生とか言ってんじゃねえぞ。というか、語尾語尾!!断末魔のようにアハンとか言ってんじゃねえ!!
そこ変われ!俺がお手本見せたる!!
先ずは腹から声出すところからやり直しィ!!!
『見つけたわよ、トウループのカード』
『アハン!?』
『あなたがなくしたのはこの2回転トウループのカード?それとも、この2回転アクセルのカード?』
ま、まあええですわ。
何故かは全くわかりませんが、このシーンは見覚えがあります。映像の奴がショージキかウソツキかで結果が変わる例のアレです。
きっと、この映像の奴がどっちかのカードを選んで、その結末を見届けたらこの夢は終わるでしょう。
そして、幸か不幸か映像の奴が変に話を引き伸ばさず、断末魔を上げてるため話はポンポン進んでいきます。
このまま行けば、残り数秒もしないうちにとっととカード回収して夢から脱出できるってスンポーです。
ありがてえ。パチモン、お前やっぱ船に乗れ。
『どうか行かないで……!!(優柔不断)』
船降りろパチモン野郎。
『優柔不断なあなたには4回転フリップのカードを贈呈します』
『……ァハン?』
『はい、カード。明日までに覚えなかったら手持ちのカード全部没収するからね』
『……マ?』
『没収、するからね(無慈悲)』
『マァァァァッ!!(発狂)』
燦然と輝く4回転フリップのカードを貰ったは良いものの、条件次第で全てを失くす地獄のカードに、パチモンが絶叫します。
こういう妙ちくりんなところだけそっくりなのマなジでやめて欲しいのですが、勘違いしないでくださいね。
俺はこのパチモンみたいにカードの選択で優柔不断になったりしませんし、瞳ちゃん先生のことをひーちゃん先生と言ったりしません。
要するに紛うことなき夢であり、パチモンは俺の夢の中で好き勝手やってるってことです。
許せねえ、しばきたおしてやる。
つーか、そんな茶番より何より──
「そんな巫山戯た獲得方法あるかァァァァァァ!!!!」
いやマジで。
※
「ぐごっ……う、夢か……」
醒めました。
文字通り、目が覚めました。
意識は覚醒し、先程までの惨状は夢だということを現実が教えてくれました。
辺りを見渡せば移り変わる景色に、スピーカーから聞こえる妙ちくりんな音楽。
ここが母ちゃんの運転する車内であるということを、ようやく俺は理解したのです。
「ハルー?」
「んー?」
「そろそろ目的地に着くわよ、起きなさいな〜」
「も……もう起きてるよ……」
「みんな寝てる時はそう言うのよ。早く起きなさい〜」
「え、もしかして寝言だと思ってる?」
なんなら俺、パチモンにトドメさせなかったことに対して激おこですからね?
カード落としたとか知りません。何がとは言いませんが別のモン物理的に落としてやろうかとか考えてました。
後、これは前から思っていたのですが夢の中とか頭ん中でやたら外見『だけ』解像度高いパチモン用意すんのやめろや。
エセ結束さんとか、パチモンひーちゃん先生とか外見の解像度は高い癖に台詞の解像度低すぎんねん。
何が「し……しんとう、めっきゃく?だよ!」か。
何が「ちょっと大人しくしててくれる?」か。
心頭を滅却し、大人しくしなければならないのは
「それはそうと、なんか瞳ちゃんトウループ覚えてから変な夢ばっか見るな……」
事実、瞳ちゃんトウループを覚えてから頭ン中のイマジナリーひーちゃんが化けてでることは良くあることで、昨晩も一昨日も夢に出てきては俺に悪夢を見せてきました。
なんかスケート靴が武器になるファンタジーな世界で、瞳ちゃん先生が師匠になってて、右も左も分からぬままに2回転フリップ跳ばされてたんですよね。
もしかしたら瞳ちゃんトウループは呪いの装備なのでしょうか?装備すると高確率で変な夢を見るとか、そんな感じの。
だとしたらこれは即教会案件なのですが、この場合の教会は大須リンクで、呪いを解除する神父は瞳ちゃん先生でOKなんですかね?
それ以外に適した配役あります?
あったら知恵袋でもAIでも教えて欲しいもんですが……いないっすよね?
「まあいいか。呪いの装備のひとつくらい持ってるのがフィギュアスケーターの甲斐性ってもんだろ」
「あらまあ、勉強全くしないのにそんな言葉ばっかり覚えて……」
「なあ、母ちゃん。母ちゃんなら分かってくれるだろ?」
「呪いは打ち破る為にあるものよ?」
「……(絶句)」
「聖水は甘えかしらね〜」
パワー系母ちゃんとか聞いてねンだわ。
なんでそんな格闘家みたいな精神携えてんすか。
そうでなくとも聖水が甘えってなんすか。
マジでなんなんすか。
「そもそもそれを呪いだなんて言ってる時点でお子ちゃまね。お子ちゃま遥人……良い響きで2年間は擦ってられそうね……」
「え、めっちゃ煽るじゃんこのパワー系母ちゃん」
「明日のご飯はカレーかしら……」
「Foo〜!!パワー系母ちゃん最高ゥ!!」
「因みに呪いは自分で打ち砕いてね」
「……なんだって?」
「ハル?難聴系ヒロインは今時流行らないわよ?」
じゃあ母ちゃんもパワー系やめたら?
大体、呪いを力技で打ち砕けてたら今頃変な夢の中でトウループのカード落としてねえんだわ。
なんでもかんでも母ちゃんの視点で物事語るのやめてください!俺はパワー系でも難聴系でもないんですぅ!!
「大体難聴系ヒロインは母ちゃんの方だろ。この前、俺がヨネダでデザート食べようって言ったのに間違えてカツパン頼んでさ。難聴系が難聴系を語るなんてどんなネタ振りなのさ」
「あらまぁ、車の運転で眠くなってきちゃったかしら……」
「うわぁ!寝たフリやめろォ!!!」
父ちゃんが見せてくれたお淑やかでほんわかとした黒髪セミロングの清楚系母ちゃんカムバックヒア。
今のはっちゃけたエセほんわか、「あらまぁ」でなんでも解決できると思い込んでいる黒髪ロングの母ちゃんに説教食らわせてやってください。
何のとは言わないけど、現役の頃の母ちゃんはもっと凛々しくて、カッコよくて、綺麗で、物怖じしない態度が素敵な人だったんです。
それが今やふざけ倒して、ぽけーっとしてて、難聴系ヒロインで、ガキンチョに舐め腐った態度を取るだけの母ちゃんですからね。
鏡を見てみろと言ったところで当時と外見がさほど変わってない母ちゃんには毛ほども効かないでしょうが、少しは過去を回想してかつてのエースっぷりを取り戻したらどうでしょうか──
「それはそうと、ハル?」
「?」
「トウループのカード落としちゃったの?」
「ごめんその寝言忘れて?」
声出てたとか聞いてねンだわ。
「こんにちは、遥人君。今日もレッスン頑張ろっか」
「ウス、よろしくお願いしますひーちゃん先生」
「うん、この前の話ちゃんと聞いてた?」
母ちゃんの無事故無違反の華麗なドライビングテクに翻弄され、あれよこれという間に大須スケートリンクに辿り着いた俺は、着替えを済ませてウォーミングアップ。そして、瞳ちゃん先生との個別レッスンという名の戦場へと赴きます。
交わされる軽口と世間話は心のウォーミングアップみたいなもんです。リンクは寒いですからね。心身共に暖めた上で戦地に赴かないといけませんよね、まる。
ちなみにひーちゃん先生の話は聞いていた。
そんなの約束できないもんねって言ったところから記憶がないッスけど。
「で、今日の練習内容だけど……」
「ステップゥ!!ステップゥ!!!」
「あれ、そんなにスケーティング好きだったっけ?」
「お願い……!今日はジャンプ以外で……!!新技習得よりステップシークエンスの習熟を……!!」
そして、今日も今日とて俺の希望とは相反する練習メニューが瞳ちゃん先生の下で勝手に作られ、その言葉を口にする前に俺は練習メニューの希望を伝えます。
なんてったって、このまま瞳ちゃん先生の言葉を待っていたら問答無用で練習メニューが2回転フリップになりますからね。
勿論、2回転ジャンプはいずれ跳びますが今の下手ぴっぴな状態で2回転フリップなんて大技を決められるとは思いません。
そして、何より。フィギュアスケーターにとっての基礎であるスケーティング。そして、瞳ちゃん先生に賜った最高の振付をマスターする時間が疎かになりつつある今!
やるべきはひとつだと!!そうは思いませんかねぇ瞳ちゃんたそ先生ェ!
「うーん、そうは言っても遥人君のスケーティングはもう……」
「下手ッぴィ!!下手ッぴさァッ!!!!」
「うん、分かったから少し大人しくしててくれる?」
うるせぇ!今度こそステップシークエンスじゃオラァ!!
なんて言われようがステップシークエンスなんだよ今日は!!
オラッ!!強めの言葉でもなんでも使ってみろやオラッ……!!その尽くを弾き返して今日こそはステップシークエンスを──
「……うん。ステップは火曜日と金曜日にグループレッスンでやるから。しばらくはトウループの練習も交えつつ、ルッツとフリップの練習しよっか」
「る……るる……ふりふり……(錯乱)」
「短所克服も長所伸ばしも頑張ろうね。というわけで、今日はフリップ」
「……い、1回転?」
「2回転(無慈悲)」
「……」
「どっちも、2回転(死刑宣告)」
笑顔でこっち見んな。
※
「昨日、走馬灯が見えました」
「あ、遥人君おはよう〜」
「おっはーそうたくん……なぁ、そうたくんって陰陽師の末裔とか矢部野って名前の苗字で知り合い居ない?」
「そんなことよりゲームしない?」
「なにゲー?クソゲー?泣きゲー?」
「狩りゲ〜」
「任せろ」
やっぱり瞳ちゃんトウループは呪いの装備だったみたいです。
瞳ちゃんトウループの影響は悪夢に留まらず、なんと現実にまで降り掛かってきました。
希望が通らない。そうたくんに相談を無視される。頼れるユキチャン先輩が塾で不在。
俺の身体に降ってかかる最強の三重苦こそ、この瞳ちゃんトウループの呪いの本領とでも言うのでしょうか。
「かくなる上は自分で自分を救うか……悪霊退散悪霊退散怨霊物の怪ドーマンセーマン……」
「メッセ送ったよ〜」
「お、卵運搬クエストか。お小遣い稼ぎにはピッタリだな!!」
「ひと狩りいこうぜ〜」
「ハチミツ狩りじゃあぁぁぁ!!!」
「うひ〜ふんた〜」
勿論、自分の呪詛でカウンターを狙ったところで、逆にジョルトカウンター喰らってノックアウトが関の山です。
急いで大須リンクで神父かシスターを見つけて聖水をぶっかけてもらう必要があるのですが、聖水なんて大須リンクで売っている筈もないので仕方なく俺はスポーツドリンクを飲み干し、ゲームという名の娯楽で現実逃避を敢行します。
現実と夢の両方から悪夢が来るのなら、その狭間に隠れて身を潜めれば良い。
ごくごくありふれたステルス戦略が、悪夢打開の鍵でもありました。
「ふははっ!チョロすぎなんだけどマジ!!誰だよこのクエスト依頼した奴!!ブッ転がしてやるよ俺が!!」
「なんか静かだね〜」
「菖蒲水仙でも咲きそうな死亡フラグ建てんなよぶっ飛ばすぞ!!」
まあ隠れたところでいずれは見つかるんですけどね。
所謂、悪足掻きってやつです。
それでも延々と瞳ちゃんトウループの呪いに捕まっているよりかはマシです。夢でも現実でもずっと憑いて回られるとか絶対嫌ですからね。
せめて現実から逃走中してる間はフリーでいたいのですが──
「大体卵の運搬って言うけどさ、この卵は一体なんの卵で、何に使うんだよ。目玉焼きにでもして美味しくちょう、り……」
『グルルルル……』
「わぁ、でっかいモンスターだ〜」
「……おい、そうたくん」
「なに〜?」
「今日のミッションって卵運搬だよな?」
「そうだね〜」
「……なんで、ボス級モンスターが現れちゃってんの?」
『ギャオオオオオオオオン!!!!!!*1』
「うひ〜怒ってる〜」
「そんなとこに希望の花咲かせてるからだろうが!責任持ってそうたくんが肉壁に──うわぁ!!俺の相棒と卵がァ!!」
どうやらゲーム内でも呪いは適用のようです。
せっせと運んでいた卵は突如現れたボス級モンスターの攻撃で物の見事に大破し、連れてきていたペットの「てつ」も頭から地中に埋没。
正しく情け容赦のない理不尽の一撃は、俺とそうたくんの怒りのゲージをマックスにするには十分な要素になり得ました。
ブチギレです。いくらゲームとはいえやっていい事と悪いことがあります。
NPCだからといってなんでも許されると思ったら大間違いなんですよね。
「……そうたくん」
「……なに〜?」
「確か動物愛護団体ってよォ……この世界には存在しねェよなァ……?」
「……今更だよね、それ〜*2」
もう呪いとか知りません。卵を割られた怒りしかありません。
この怒りはきっと、こいつの巫山戯た尻尾を切り落としてケチョンケチョンにした後に素材を剥ぎ取ってこんがりと焼いた肉と回復薬で祝杯の号砲を上げることでしか発散することは出来ないでしょう。
怒りに震えつつ隣を見ると、バチリ。そうたくんと目が合います。
もう言葉は要りません。
互いに頷き、俺達は泥に塗れ培った連携を持って卵&ペットバスターの罪深きモンスターに止めを差すべく武器を手に取り、蹂躙を開始しました。
その連携はさながら6-4-3のクレイジーゲッツー。
ふへへ、そうたくんたまらん。
「オラァ!!血反吐見せろオラァ!!!」
「卵の恨み〜*3」
と、まあ。
最近は休憩中にそうたくんとゲームをすることが多いのですが、何も俺はスケート場でゲームだけをしに行っているわけではありません。
憧れの如きジャンプとスケーティングを手に入れるべく日々鍛錬を重ね、ひたむきに一日一善。少しずつではありますが、希望に連なる道に自らの刃跡を刻んでいます。
当初は非情な宣告に戦慄ってた2回転トウループ、そして2回転フリップも形だけではありますが着氷することができました。
当社比ではありますが俺はきっと成長出来ているんだと、そう思っています。
「……」
まあ、2回転フリップを成功させられたのは元々6種の中で1番降りた時の感触が良かったジャンプってこともあるんですけどね。
1回転ジャンプを瞳ちゃん先生と練習した時、フリップは一日の中でも割と早い段階で着氷することができていました。
モホークの流れからターン、左膝を曲げて右足のトウで氷を突く感覚から、反時計回りに丸々一回転、着氷。
その流れが、自分でも驚く程自然に。まるで
『……明日、片手上げで2回転フリップやってみる?』
『ここまで行って止まるとか無理でしょ。元々1回転フリップは片手上げでやってたんだし2回転もやりますよーだ』
『……この調子なら、いつかルッツも片手上げでできるかもね』
『だっはっはっ、何年後になるんでしょうねぇ』
なのでまあ、2回転フリップの練習を瞳ちゃん先生が優先させたことに絶望こそしましたが恐怖感はあまりありませんでした。
スケーティングの速度を
そして、これは俺のこだわり。瞳ちゃん先生には予め伝えてある、憧れの人がやっていた
「タノフリップか……」
「そういえばタノフリップ2回転で成功させてたね〜」
「最後、ある程度の形だけな。瞳ちゃん先生に聞いたけど、アンダーローテーションだと点数下がるんだってよ。ジャンプってマジぐう畜」
「その心ダウングレード〜」
「おい!言葉を慎めよ……!」
かつての憧れが手で描いた、
それを瞳ちゃん先生が言うようなルッツで挑戦とか、1周回って目と頭の両方を心配するレベルなのですが、状況に応じて憧れがルッツを片手で跳んでいた以上、いつかタノルッツにも挑まなければなりません。
でもルッツかぁ。
確か俺と同年代くらいの女の子がテレビで綺麗なルッツやってたよなぁ……えっと、確か……かみ、かみ……かみ……さ、き?
「なあ、そうたくん。俺と同い年くらいの奴でカミサキ何とかピカピカるんるんって感じの名前の奴居ない?」
「ちょっと何言ってるか分かんない〜」
「だよな!俺も分かんねぇ!!だっはっは──オラァ!!卵の恨みィ!!」
ともあれ、タノルッツもいつかは出来るように仕上げていきましょう。
憧れのフィギュアスケーターが使っていたってのもありますが、それ抜きにしてもタノジャンプってのが俺ァ好きなんです。
一重にタノジャンプといっても人によってその形は違います。左右どちらかの片手を上げ、少し肘を曲げたタノ。両手を真っ直ぐ伸ばすタノ。
俺が見ただけでも大まかに3種類は分けられるタノジャンプが選手によって最適化され、それぞれ独自のタノジャンプになっていく様が本当に美しくて、綺麗で、格好良くて。
憧れに近付く、美しくて綺麗で格好良いフィギュアスケートをするために、それが必要なんだって。タノジャンプを視た瞬間、俺はこの技を極めていこうって強く思ったんです。
モチロン、ルッツもフリップも普通の形で確実に着氷するのが絶対条件です。それは3回転習得の機会が訪れようが、運良く4回転の領域に至ろうとも決して変わりゃしません。
先ずは基本の形から。そして、いずれは憧れのフィギュアスケーターのように多種多様なタノジャンプの形を自在に操るフィギュアスケーターになります。
そのために、これからも必死で練習して自分を高めていきたいです。
なんでまあ、取り敢えずステップの練習をお願いします……どうか、何卒……!!
「やっほー、総太くんに遥人くん。早いね」
「ユキチャン先輩がシスターになるんだよォッ!!!!」
「急に何の話!?」
ボスを討伐し報酬を剥ぎ取って、ゲームの時間は終了です。
そうたくんが次なるボスを討伐せんと送ってきた勧誘メッセをやんわりと断り、靴紐を結んだ俺はフィギュアスケートに自分の意識を向けます。
瞳ちゃん先生の言っていた自分の才能。
それが何か、ハッキリしたものは今でも分かっていません。
最後の最後で掴む、俺だけの目。そんな大層なものが俺の特技なのだとしたら、今頃俺の成長速度は爆速の向こう側へ突き抜けていると思います。
それでも、それを言ってくれたのは他でもない瞳ちゃん先生です。
フィギュアスケーターを志した俺の初めから今までをずっと見てくれている、俺史上最高の指導者にそう言われたのなら、それを信じてやるっきゃないでしょ?
「さあ、そろそろ行くかそうたくん、ユキチャン先輩。俺はこれから2回転タノフリップという名の地獄に向かっていくからよ……お前らも止まるんじゃねえぞ……」
「いや、どういう状況……?」
俺の武器が技を掴む『目』なのだとしたら、その才能の在処を掴んで自分のものにでもなんでもしてやりましょう。
何がなんでも瞳ちゃん先生の見据える俺になってみせます。
そして、いつかは憧れへ。
観客の反応すら自在に操ってしまう、そんなフィギュアスケーターになってみせるのです。
「瞳ちゃんトウループが呪いの装備だったからユキチャン先輩に浄化してもらうって話〜」
「本当にどういう状況なの!?」
まあ問題は、その夢を阻害するかの如く浮かび上がる夢と己の成長速度なんですけどね。
因みに今日は夢の中で結束さんに発狂してるとこ見られてました。
あの時に見た解像度高めのイマジナリー結束さんの表情と一言は絶対に忘れない。*4
これが正夢になったらもれなく俺はシューズを脱ぐでしょう。
文字通り足を洗います。引退です。引退。
日曜日に唯一行うことの出来る朝練は、ぶっちゃけて言うとめちゃ寒いです。
朝早くから眠い目を擦り、5時頃に大須スケートリンクに到着。そうたくんとゲームという名のウォーミングアップを済ませた後に向かう極寒の地はガチのマジでしんどいです。
『ホッカイドウ……身体壊れちゃう……』
『北海道はでっかいど〜*5』
『ケツ出せ』
とはいえ、いずれ自身が大きな大会に出場することになった時。その試合の公式練習が早朝に行われることが多いため、これに関しては常日頃から慣れておく必要があります。
必要性がある以上、サボるなんて真似はできません。ましてや参加率が非常に低く、広いスケート場を使う数少ない機会である以上、この好機を無駄にすることは憧れから自分を遠ざけることと同義。
憧れとの距離を意図的に離すことなんてしたくありません。
少しの機会すら逃さず、最短距離を司る狩人になるのです。
寒いだなんて言っている暇はありません!
さあ、疾風怒濤のスケーティングで朝を迎えに行きましょう!!
「バカヤロォォォォォ!!リンクゥ!!!誰を凍えさせてる!?ふゥざけるなァァァァ!!!!」
「変なこと言いながら振付踊るの癖になってるよー」
「はいチョクトウ!カウンター!!ブラケットからトウステップで一回転!!暖まってきたァ!!!」
「あ、朝からすごいね……もしかして深夜テンション?」
「昨日の持ち越し分だって〜……」
それにしても今日は絶好調ですね。
一昨日くらいから待ち望んでいたスケーティングの練習でテンション爆上がりってのもあるんですが、頭ン中で思い描く振付とステップがヤケに気持ち良く決まります。
スケート靴に氷が上手くハマっていく感じ──っていうのは流石に誇張表現が過ぎますし、例えも下手っぴですが、本当にそんな感じなんですから仕方ないっすよね。
「うん、良い感じ」
んで、その自己評価はあながち間違いではないらしく。
普段からスケーティングに関しては細かいところまで良く見ている瞳ちゃん先生からお褒めの言葉を賜る程には今日のステップにはキレもノビもコクもあるみたいで。
いやコクってなんだよ、と自分で自分を諌めつつ予定されていたジャンプを跳ぶべくバックアウトスネーク、スリー、モホークと繋いで──
2回転フリップ
「!」
「っし!やっぱり今日の俺、絶好調!!」
瞳ちゃん先生に『やれる』と思ったらGOの許可を頂き、
これを見事に着氷させ、俺は振付通りラウンドの要領でキック。
今のはかなり手応えがありましたが、瞳ちゃん先生的にはどうだったのでしょうか。
その驚いた顔は、成功ってことでいいんですかね?
「遥人君」
「ッス!」
「アンダーローテーション」
「ズッコォ!!!!」
どうやら、俺の渾身を込めた2回転タノフリップは無事に失敗してしまったようです。
昨日からの回転不足を解消しきれず、形だけは1丁前なフリップ。
これを公衆の面前で披露し、恰も成功したかのような表情で振舞った俺のメンタルはズタズタのボロボロ。
やはり俺に才能なんてものはありませんし、物語の主人公的な存在でもないのでしょう。
普通に才能があったり主人公的な存在なら、今のこのタイミングで格好良く着氷してますからね。
どうして俺はそういう星の下に生まれることが出来なかったのか、それが分からない。
「ちくしょう……!もし俺がテレビに出るような天才少女だったら、このタイミングで、2回転タノフリップを着氷していたハズなのに……!!」
「そんなに簡単に上手くいくわけないでしょうに」
「瞳ちゃん先生に褒められた俺は無敵なんですゥー!!自分が煽った癖にそういうこと言うのは狡いと思いますゥー!!
瞳ちゃん先生の言う『覚えるのが速い遥人君』は本日中に2回転タノフリップ完成させるんですゥー!!」
「えぇ……」
覚えるのが速いって言ったのは瞳ちゃん先生じゃないですか。
そう言って、俺を褒めてくれたのも瞳ちゃん先生じゃないですか。
振付や指導と一緒に、
だから俺は、その信頼や期待に応えるんです。
応えなきゃ俺の気が収まらないんです。
「ッ……見てろよ瞳ちゃん先生!!いつかアンタの期待値を大幅に……否!なんなら今から!!今日から超えまくって、最短距離で望む未来を掴み取ってやる!!」
「今のところは大幅どころか予想の遥か先を行っているんだけど……まあ、それはそれとして。
遥人君、身のこなしが本当に良くなったね」
?????*6
今、一瞬耳当たりの良い言葉が聞こえましたが、そんなことよりも気になる単語が出てきたので華麗にスルーして言葉を紡ぎます。
「身のこなし……?」
「まあ、簡単に言うと振付とかステップを上手く踊れているってことかな。前にダンスと体操みたいな身体を動かすことが大好きだったって遥人君のお母さんから聞いたけど、下地はそれなのかもね」
「ダンスと体操かぁ……あれは、嫌な事件だったね」
「どんな事件なのかは突っ込まないでおくね」
「教室でディスコ」
「前言撤回していい?」
「遥人君の教室のブームだけ時代と逆行してない……?」と瞳ちゃん先生が頭を抱えますが、そんなことを言われても困ります。
なんてったって、俺達は今をときめく少年少女共です。色んなものに興味を持つことが悪い事だとは思っていませんし、あの時はたまたま先生が昔の話をしてくれた時にふと話題に挙がった『バブル絶頂期』って言葉が気になって、その象徴っぽかったディスコに目移りしてしまっただけなんですから。
因みに音源は環境と心身の健全な成長に配慮して校歌でした。
模範的生徒で素敵ですよね、ぶいぶい。
まあその後先生にしこたま怒られましたけどね。
思えばここら辺からクラスメイトやダチ達に煽られるようになったのかもしれません。
ディスコ倉見、トリッキング倉見、バブル倉見……何でもかんでも倉見の前に言葉を付ければ良いと思っているアホダチ共のせいで俺の渾名図鑑はぐちゃぐちゃです。
どうしてくれるんだこの始末。
「ともあれ頂きました、瞳ちゃん先生のお墨付き!!これで結束さんともスケートで遊べますかね!?」
「遊ぶ子にもよると思うけど……というか、結束さんって?」
「ファーストコンタクトに失敗したダチッス!!」
「ああ、あの子……」
まあ、それはそれとして。
俺にとっては一種のご褒美とも言える
これを結束さんが覚えているかは正直分かりませんが、もし覚えていてくれているのだとしたらこれ程嬉しいことはありません。
瞳ちゃん先生にお褒めの言葉を頂き、自信を深めることのできた俺。
自己と他者の両面で納得いく評価を得ることが出来た以上、やるべきことはひとつです。
今こそ……いや、今度こそ!結束さんと一緒にスケートするんじゃい!
「普通に遊ぶくらいなら大丈夫だと思うよ。今の遥人君は前と違ってT字ストップで自分の足を蹴ったりしないし」
「お、股関節バーストからの軸足シュートっすか?雅な記憶ですね〜」
「それに、今の遥人君は完成度は度外視で普通に滑って跳ぶ事ができる。お友達の技術がどうなのかは分からないけど、スケートで遊ぶのはそれが出来てれば十二分に楽しめるわよ?」
「……え、滑って跳ぶだけで遊べるんですか?」
それじゃあ面白くないと思うんだが。
というか、結束さんがそれで楽しめるのか不安なのだが。
タダでさえ、折角のスケートの機会を野郎と一緒に滑るんです。
せめてスケートの時間くらいはめいっぱい楽しんで貰えるように色々考えてきたのですが──というか、瞳ちゃんトウループに点数つけてもらおうとしたんですけど、それって全部無駄だったってことっすかね?
「え?」と瞳ちゃん先生が胡乱な表情で俺を見ます。
やめてその瞳でこっち見ないで、俺がアホな子なんだって嫌でも思っちゃう。
「逆にそれ以外にどうやって遊ぶの?」
「えっと、この前覚えた瞳ちゃんトウループに点数付けてもらったり……」
「やめて」
なんでやねん。
「後は……高度なスケーティングで速度出して競争したり」
「それ、スピードスケート」
アカン競技間違えた。
「スケーティングスキル頂上決戦とか!瞳ちゃん先生ごっことか!後……ひ、ひとりアイスダンスとかッ……!!」
「頂上決戦は遊びじゃないところでやればいい。瞳ちゃん先生ごっことか意味の分からないことを友達に教えないでね。ひとりアイスダンスは最早アイスダンスじゃない。……後は?」
「それが出来なかったら『そういうのが許されるのは小学生までだよね〜』って煽られたり!!」
「遥人君はどの世界線を生きてるの?」
この世界線です。
なんすか、文句あんすか。
言っときますけど今日の俺は止まったりしませんよ?なんてったってこの難所を乗り越えた先には結束さんとのスケートが待っているんですから!
今も昔も、ダチと約束した俺は無敵で最強なんです!
さあ、来いよ!!もっと強めの言葉、来いよ!!
「そんな歪んだ価値観持ってたら誰も遥人君とスケートで遊んでくれなくなるわよ?*7」
「あひゅう……*8」
その脅し方はエグいって。
「スケートで遊ぶっていうことを難しく考えすぎ。人によってはスケートリンクに来て、氷の上に立つことだけでも遊びになるんだから余計な遊びを付け加えようとしなくていいの」
どうやら俺は歪んだ価値観の下で結束さんとスケートをしようとしていたみたいです。
遊びで策を弄する必要などなく、滑るだけで良いという瞳ちゃん先生の発言は先程までの俺の考えに気付きを与えるきっかけになりました。
自分が歪んでいることなんて、自分自身じゃあ分かりません。
言ってくれなければ分からないことも往々にしてあります。
瞳ちゃん先生の目で見えた俺は、歪んだ価値観を以て結束さんと歪みまくった遊びをしようとしていたのでしょう。
これではいけませんね。
やっていることが友達を酒とタバコに誘う不良生徒と大差ありません。
「もちろん、その子がどれだけスケートを学んでいるのかは分からないけど。少なくとも、フィギュアスケートの話が出来るってことは滑りの知識はあると思う」
「まあ、それは。それなりに」
「もしその子が滑ったことないのなら良い機会だし、ここに連れ出してあげたら?勿論、お金がかかることだから親御さんへの許可は必要だけど」
「い、いやいや。滑ったことくらいありますよ。……多分」
「滑ってるところ見たことないの?」
「……へい、誠に残念ながら」
「へー……」
瞳ちゃん先生がなんか嫌らしい笑みを浮かべて口元を隠します。
何故そんな笑みを浮かべるのか、1度ちゃんと聞いてみたいものではありますが聞くとひどい目に遭うのが目に見えているのでショージキ聞く気にはなれません。
俺っていう人間の扱い方を覚えたのではないかとでも錯覚する笑みが瞳ちゃん先生の器量よしの外見から繰り出されると、同時に彼女が一言。
「その子の手を取って、今いる世界から違う場所に連れ出すことは
「……」
「待っているだけじゃダメよ、遥人君」
「ぐ、ぐぬぬ……!!」
教訓と図星を俺に授け、俺を「ぐぬぬ……」な状態にさせるのでした。
さっきから死の宣告を授けたり「ぐぬぬ……」ってさせたり、瞳ちゃんトウループを覚えさせたり、忙しい先生です。
もしかしたら瞳ちゃん先生の正体はファンタジーな世界に生を受けた最高峰の魔法使いなのかもしれません。
え、どんな魔法使いかって?……問題のある敵に問答無用で氷魔法を使ったと思ったら、呪文で味方に暖かさという名のバフを授ける強キャラ的な。
まあ瞳ちゃん先生がそんな立ち位置なのだとしたら、今の俺の立ち位置は確実に敵対組織のやられキャラなんですけどね。
とはいえ、悪い気はしません。やられキャラならやられキャラなりに足掻いてみせましょうってことで、俺はかねてより対瞳ちゃん先生用に暖めておいた一言を放ちます。
「……昔、瞳ちゃん先生のファンだった保護者の方にひーちゃんって呼ばれてた癖に」
「……遥人君、明日はタノジャンプを用いたルッツに挑戦っと」
「メモ帳に何か書くのやめろォ!!」
「え、無言で書かなければいいんじゃなくて?」
「うわぁ!墓穴ゥ!!」
助けて。
※
死地に赴いた勇者達にひと握りの幸福が訪れるように、朝っぱらから極寒の環境で朝練を頑張った俺達にも、俺達なりの幸福が訪れます。
空調の効いた店内の、ふかふかの席に座って仲間達と朝食を貪るごくごく一般的な日常風景。
先程までのマイナス思考は何処へやら、今は頭ン中に幸福とパンの齧る音とセットのコンポタシバいてる音しか聞こえません。
「……」
「遥人君?どうかした?」
「ユキチャンセンパイ……俺今、すげぇリッチな雰囲気味わってるんです」
「…………?
…………あ、うん……えっと。……う、うん……そうなんだ」
「ははっ、言葉に詰まっちゃって。共感かな?」
「うひ〜共感性羞恥〜」
「後で覚えとけな?」
そして、それらの音を噛み締める俺の心に3文字のカタカナが浮かび上がります。
それが、リッチという言葉。使い方によっては嫌味にも褒め言葉にも使える蠱惑的で幻想的な言葉。
「リッチ イズ ジャスティス……」
「……は、遥人君。もしかして……浸ってる?」
「お?ユキチャンセンパイ何してんすか。はやくコンポタでトーストシバかないと冷めちゃいますよ、コンポタ」
「選んでないってば」
「なんだ邪道か」
「珈琲は王道だよっ!!*9」
そう、リッチです。
今の俺の、この状況は正しくリッチと言えるものなんです。
朝からヨネダのモーニング+コンポタシバいている俺はリッチだと、そう思わずには居られなかったのです。
「リッチだね、そうたくん……」
「カツパン美味しいね〜」
「なッ……俺よりリッチ……だと?」
「何がダメだったか明日までに考えといて〜」
「1日1回勝負だな!よし、次こそシバキ倒すッ!!」
写真詐欺のゲロ甘クソデカスイーツでシバいてやるからよ。
後、オヤジギャグの仕返しか知らねえけど朝練中に人間ストーブとか言って俺の目の前で手ェ翳すのやめろ。
手前の体温は手前で上げろ。
お前も頑張んだよ。
「それにしても、遥人くんも総太くんも雪ちゃんも、本当に練習熱心だね」
「は?」
「ひぃ〜」
「え、私も言わなきゃいけない流れなの!?……え、えっと……ふ?」
「真似しなくていいからね」
さて。
朝の優雅なモーニングタイムをリッチな気分で過ごしつつ、窓から見える景色を眺めていると、たまたま向かい側の席に座っていた瞳ちゃん先生が俺、そうたくん、ユキチャンセンパイを見つめて歯の浮くような台詞を抜かしてきやがりました。
事実、景色を眺めていた俺は『練習熱心』という言葉に対してニヤつきが止まりません。油断してたら笑い声が出てきてしまいそうです。
しかし、そこはご心配なく。
何せ、今日の俺はリッチな雰囲気を嗜むジェントルメン。
こんな所で奇声を上げ、皆に言葉でリンチされる趣味などないのです。
「朝練は後々の大会で行われる公式練習に慣れるために行う練習だから、それをサボらずに消化するのは本当に偉いことよ」
「そんなもんすか?」
「足りない練習を補うには朝の時間を上手く活用するしかない。だけど、今日も今日でリンクは体感した通りの寒さだからね。朝は眠いし、億劫だから行かないって子も多いから」
「じゃあ、俺より前から朝練参加してた2人は凄いッスね。奇声と祈誓でミスって瞳ちゃん先生に規制をかけられる俺とは大違いってワケだ」
「まあ、確かにそうだけど。
それでも、1番難しいのは
「えー、嬉しい。食べちゃいたい、ふひひ」
「変な笑い声はやめようね」
前言撤回の呼吸を用いながら、食べちゃいたかったトーストを齧ります。
「つい最近とは言え一度もサボらず、むしろ誰より早く来て練習する元気印の遥人君。勉強を頑張りながらフィギュアスケートも頑張る雪ちゃん。ゲームに驚異的な執念を持つ総太君。
個性的で面白いね、3人とも」
初期メン御三家かな?
や、や、まあいいと思いますよ。最初のメンバー選びは肝心ですし。
とはいえそうた君とユキチャン先輩、そして俺は瞳ちゃん先生にコーチされてますし、そういうお願いも実はしちゃってます。
つまり瞳ちゃん先生は俺達御三家を強制的に全部預からなければいけないのです。
それぞれの育成プランを組み立てるのは非常に大変そうですが、どうか最終進化までよろしくお願いされたいものです。
「……でも、遥人君は少し格というか……何か違うよね」
「格?」
「悪い意味で言ってる訳じゃないよ?けど、覚えるのも速くて、それだけで十分なのに出来るようになるまで諦めないし、弱音も吐いたりするけど最後までやり抜くし、頑張るし。
才能も、努力も、私とは比べ物にならないくらい遥人君はすごいなーって思いながらいつも見てるよ」
「……」
と、まあ。
己の成長速度にドラゴンタイプの鼓動を感じつつ、むしタイプを目指そうというかっちょいい歴代のドラゴン達に対する盛大な裏切りをかましていた横で、ユキチャンセンパイはあろうことか俺を褒め始めます。
その賞賛っぷりに、先程までコーヒーかコンポタかで喧嘩していたユキチャンセンパイの姿はなく。その表情に若干の影を落としつつ、そう言ってのける様に俺は少しだけ『むかっ』ときました。
『雪ちゃん、最近勉強もスケートも本当に頑張ってるね。疲れたりしてない?』
『いえ、全然!みんなだって頑張ってるんだし、私ももっと頑張ります!』
ユキチャンセンパイは俺の事を才能も努力も自身より比べ物にならないと言いますが、そんな馬鹿みたいな話はしないでもらいたいですね。
俺は確かにフィギュアスケートを楽しんでいますし、頑張っています。瞳ちゃん先生から覚えの速さを褒められてもいますし、自分なりにスケートが上手くなっているって実感も多少はあります。
それでも、ユキチャンセンパイやそうたくんより才能や努力の積み重ねがあるだなんて自惚れた事は1度もありません。俺はその点に関してあなた達に勝ったと思ったことは欠片もないのです。
塾に通いながら、ゲームに熱中しながら、色んなことを頑張りながらフィギュアスケートを
努力を継続する才能。
そして、年単位の積み重ね。
そんな皆の実績に数ヶ月単位のクソザコ発狂魔人の才能と努力が勝るとでも?
答えは惨敗なんだよなぁ!!
……そもそもの話、ユキチャンセンパイは俺を煽てたところで返ってくるものは奇声と発狂くらいしかないことに気付いた方が良いと思います。
自分のこと棚に上げて俺のこと言うのやめてくれよな、頼むよ……
「俺の才能とか知らんし、そういう風に思って自惚れるつもりは欠片もないけどさ。1番頑張ってんのはユキチャン先輩だろ。いつも塾通いながらフィギュアスケートめちゃ頑張ってんじゃん」
「同感〜」
「父ちゃんが言ってたぞ?二刀流は選ばれし者のみが背負うことの出来る最高のタスクだって」
「に、二刀流!?そんな大層なものじゃないってば……!!」
ちなみに父ちゃんは昔、勉強と野球、投手と遊撃手という風に人生で2回二刀流に挑んでいます。
まあ、母ちゃんの話によると前者がどちらもノーコンだった為断念したみたいですが。
勉強ノーコンってどういう意味なんすかね、ちょっと何言ってるかわかんない。
「それこそ、才能がどうとか言うならユキチャンセンパイもそうたくんも才能バリバリあるでしょ。
こんな寒い場所での朝練も、個別指導も俺より長く頑張ってる。それって俺より努力を継続する才能があるってことなんじゃねえの?」
「……遥人君」
まあ父ちゃんでそんな感じなんで前向きに二刀流頑張ってるユキチャンセンパイがこの中で1番の頑張り屋じゃないとかマジで有り得ない話なんですよね。
ひょっとして自信ないんですかあ?
照れてんじゃねえよ。前向くんだよユキチャンセンパイ、オラッ……!!
「文武両道を追い求めるのは本当に大変な事だけど、挑戦することは出来る。その中でフィギュアスケートも勉強も頑張ってる雪ちゃんは私も凄いと思うな」
「ひ、瞳先生……」
「難しいことでも挑戦してみなければ結果は出ないし、何も分からない。
遥人君も総太君も、フィギュアスケートの道を追い求めながらでいいから、他のことにも積極的にチャレンジしていってね」
「ふむふむ……じゃあ、折角だから!俺は超巨大モンスターに喧嘩を売ることにするぜ!」
「ひと狩りいこうぜ〜」
「好きな物は、ドキドキノコ!!(錯乱)」
「話聞いてたかな?」
瞳ちゃん先生からありがたいツッコミを賜りながら、俺とそうたくんは今後のハンター計画を練ります。
や、まあ練るといっても話の内容なんて狩るか狩られるか、採取するかバグで遊ぶかのどれかなんですけどね。無心で知育菓子を練りまくっているくらい頭がすっからかんな俺達は、年長組の苦笑と微笑を他所にゲーム談義を始めるのでした、まる。
それはそうと、先程の瞳ちゃん先生の言葉には俺自身感じるものがありました。
例え難しいと感じるものでも、先ずは挑戦してみなければ結果は出ませんし、何も得ることが出来ません。
人は間違いなく失敗をする生き物です。道なんて容易に踏み外しますし、逸れた軌道を皆の助けで修正しながら歩んでいきます。
その過程では傷つくこともありますし、投げやりになってしまうこともあるでしょう。
けど、そうした傷や思いが挑戦した時の助けになることだってあるのです。
失敗は恐れるものではなく、受け入れて糧にしていくものなのです。
なら、俺が次にやらなければならないことはなんでしょうか。
何かやり残していることはないでしょうか。
実は一緒にやりたかったのに、自分の不確かな実力に怯えて気持ちに蓋をした、そんなことは無かったでしょうか。
──フィギュアスケートの友達と、本当にやりたいことはなんでしょうか?
『スケートで遊ぶっていうことを難しく考えすぎ。人によってはスケートリンクに来て、氷の上に立つことだけでも遊びになるんだから余計な遊びを付け加えようとしなくていいの』
瞳ちゃん先生の言葉がひとつ、またひとつ。
胸に響いては、空だった心の容器を満たしていくような──そんな感覚が襲います。
満杯になった時、この心がどのような名前の気持ちになるのか。
それは、この心の持ち主である俺が分かっています。
『その子の手を取って、今いる世界から違う場所に連れ出すことは連れ出したい場所に足を踏み入れた子にしかできない』
そして、その気持ちは。
今いる場所から飛び出す時、その決心を後押ししてくれる大切なものだということを識っています。
現在に至るまでに山ほどあった挑戦の機会。経てきた道程で、俺はたくさんの人に空の容器を満たしてもらいました。
背中で、言葉で。そして──差し伸べられた手で。
俺は『勇気』という名の気持ちを授けてもらったのです。
『待っているだけじゃダメよ、遥人君』
そして。
その気持ちがフィギュアスケーターとしての俺を誰よりも視てくれている先生の言葉で
フィギュアスケートの先生に、踏み出す勇気を授けてもらったこの瞬間。
俺が次にやるべきことはひとつだと、
だからかな。
そんな独りよがりな決断を胸に秘めた俺は、その
独りで磨き続けた気持ちが、大切な誰かの心を傷付けることになること。
そして、事情も知らずに発した言葉が、誰かを深い闇に突き落とすことを。
何も、分かっていなかったんです。