なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが 作:送検
『一生懸命は、恥ずかしいことなんかじゃねえし恥ずかしがる必要もねえ』
『……!』
『問題はさ。それを嗤う一部のヤツらと、それを恥じる自分自身じゃねえのかな』
公園のブランコに乗りながら、私は目の前の男の子の話を聞いていた。
夕暮れが近付き、橙色の空が照らすこの時間。
本来なら、家に帰るために歩き始めるであろうこの時間。
けれど、今は帰る気にはなれなくて。
まるでブランコに捕まってしまったように立ち上がることが出来なくて。
『どんな状況でも、自分だけは自分自身の一生懸命を守ってやれる。
──だからさ、大切にしてやりなよ。そういうキミの『めちゃくちゃ』で『むちゃくちゃ』なところ』
けれど、その男の子の話は耳にスっと入っていった。
昨日までは話なんて聞かず、目を合わせることもせず。心のどこかに『怖い』という印象を抱いていた当時の私は、様々な手法でその男の子から逃げていた。
この瞬間だって、正直怖さは残っている。可能ならば逃げたいし、話を聞くより帰りたいし、その場を離れたい気持ちは今だって持っていて。
そう。今は、合理的に逃げられるんだ。
これ以上遅くなればお母さんに怒られるし、そもそも子どもは早い時間に帰るべきだって思うし。
それに、この男の子は酷いことを言うような人でも、無理強いをするような人でもなくて。
だから、ちゃんと話せば分かってくれるという自信があった。
『お母さんに怒られるから、もう帰りたい』と。
そう言えば、きっと逃げるようなことをしなくても帰ることができると、そう信じていた。
『誰にだってできることじゃない。頑張ることを茶化したり馬鹿にしたりするような奴、そもそも同じ舞台にすら立ててないんだ。
──そんなヤツの話なんてどうでもいい。そんなヤツらに影響される必要なんてない』
それなのに。
私は逃げることもせず、言うこともせず。
ずっと、ずっと。目の前で私を見下ろす男の子の話を聞いていた。
耳に入り、心に響いていくその言葉の数々が私の色々な気持ちを刺激して。
勇気と決意の足りない私の心の容器を、少しずつ、また少しずつ満たしていって。
それでも、『フィギュアスケートをやる』と。
そう、面と向かって言えないのは──当時の私の勇気があと少し足りなかったから。
それでも、この男の子は責めることも咎めることもなく、ただ微笑んで。
その微笑を回想する度に、私は何度も思う。
なんであの時、逃げちゃったんだろうなと。
なんで怖いなんて思っちゃったんだろうな、と。
『時間がないとか、このままじゃダメとか。そんな難しいことは一旦抜きにしてさ。
自分の気持ちを大切にするために。自分のために、想いを伝えるんだ』
『想い……?』
『なんでも言わなきゃ始まらねえんだぜ?
──例えばこんな風にな!』
繰り返し、思う。
何度も何度も回想する大切な記憶。
その中で、この男の子は1度たりとも愚図で、忘れ物も多くて、のろまで、勉強だってできない私を馬鹿にしなかった。
一生懸命を認めてくれた。目線を合わせてくれた。1度たりとも嫌な顔をしなかった。
そんな男の子が、踵を返して1歩前に踏み出す。
そして──
『俺は!フィギュアスケートが!大好きだーッ!!』
夕日に照らされながら、跳んだ。
綺麗な横の回転。軸の揺るがない、本当に綺麗な跳躍。
やがて影が放物線を描き終えると、男の子は私の方向を向きながら着地した。
当時の私には、それがどういうジャンプだったのか。咄嗟に思いつくことは出来なかったけれど。
その当時の光景は、鮮明に覚えていて。
そして、目と技を多くの人達に与えられた優しさと厳しさで養ってきた今の私なら、分かる。
『お?このジャンプ、確か……ごめん忘れた。なんだっけ』
『……え、と』
『あっ、そうだ。ブレーキ!一番難しいジャンプなんだっけか?ブレーキジャンプ!!』
あれは、アクセルジャンプだった。
数種類のジャンプの中で、最も難易度の高いアクセルジャンプ。
そして、その
その代名詞のプロローグが、このジャンプだった。
少なくとも、私にとってはそうだった。
『俺だって言えた。自分の『フィギュアスケートやりたい!』って気持ちを大切にするために、母ちゃんに本音をぶつけたんだ』
『……私にも、言えるかな?』
『言えるさ、自慢じゃあないが俺はキミより立派な志も、勉強してきた本も、積み重ねもねえんだ。
強い気持ちでむちゃくちゃ頑張ってる勇者さんが、ミスっては発狂するバケモンに負けるわけねえだろう』
『……うん』
『ははっ、そうだろ?』
そんなジャンプを跳んでみせた男の子の名前は、倉見遥人君。
周囲からはハルと呼ばれ、親しまれているその子の性格はその時から明るくて。
それでも、ふざけてばかりじゃなくて困った時にはちゃんと目線を合わせて話を聞いてくれる、真摯な面も相まって、クラスで知らない人は居ないほど良い意味で名前が知られている子。
『だからさ。
──諦めんなよ、自分のこと』
そんな遥人君を、次第に私も
名前を用いたあだ名。驚く程に馴染む、愛称。
その名前を口ずさむだけで心が満たされ、優しい気持ちになれた。
そんなハルくんと重ねていった1つ1つが、私にとっては大切な思い出になり──気付けば私達は、お互いを尊敬する大切な仲間になった。
前はちゃんと言えなかったけど、今ならはっきりと言える。
ハルくんは、私にとって──
「おいエビ、何やってんだよ」
「り、理凰君!?」
「遥人が虚ろな目でタイムマシーンを探し始めてる。何とかしろ、役目だろエビ」
「え、また!?」
…………えっと。まあ、それはそれとして!
さっきからハルくんの姿が見えないなぁと思っていたら、理凰君がいつも通り、ハルくん行方不明の知らせを届けに来てくれた。
理凰君とハルくんの関係は、なかなかに特殊だ。
元々はぎこちなかった二人の関係をゲームが大好きな総太君が繋げてからは、時にゲーム仲間として。時に競い合い、高め合う好敵手として。
そして、かけがえのない親友として。こうしてたまに現実逃避に走ってしまうハルくんを回収する役目をしたり、しなかったり。
仲良くなったり、険悪になったり。忙しくて複雑で、特殊だなあと思う。
「……」
「……何笑ってんだよ、気色悪い」
「気色悪くないよ!ちょっと昔を思い出してただけ!」
「それが気持ち悪いんだよエビ」
「だからエビじゃないって──ば」
と、まあ。
そんなことを考えながら、理凰君と2人でハルくんを探していたんだけど、やはりと言うべきかなんというか。
例に漏れずハルくんは自販機でタイムマシーンを探していた。
自販機にタイムマシーンなんてないってわかっている筈なのに。
というか前に『自販機にタイムマシーンなんてあるわけないんじゃいアホボケェ!!』って自分で自分に怒ってたのに、それでもなお一縷の望みを持って探し続ける執念は本当にすごいと思う。
私が言うのもなんだけど、ハルくんのタイムマシーンへの熱意が凄すぎる。
「タイムマシーンにー……のってー……どーこーまでーいーこー……」
「……遥人、お前なにやってんの?」
「理凰君、しっ……ハルくん、どうしたの?」
「いのり?……ははっ、知ってるか。タイムマシーンって、実在しない架空の乗り物なんだぜ」
「うん、知ってるよ。ハルくんが凄いフィギュアスケーターなのも、タイムマシーンに乗りたがっているのも全部」
「いやそんな話してないからっ!」
「取り敢えず戻ろう?というかタイムマシーンから卒業しよ?」
「あぁ゛できない゛ですぅぅぅ!!(現実逃避)」
「……一緒にオリンピックで金メダル、取るって約束したのに?」
「卒業゛しますぅぅぅぅ゛ぅ!!!!(原点回帰)」
……それにしても、どうしてハルくんは頻繁にタイムマシーンを探すのかなぁ。
わざわざ5歳頃に戻ろうとしなくても、ハルくんは本当に凄くて、かっこよくて、強い──そんなフィギュアスケーターなのに。
「……1級遥人使い。遥人マスターの結束いのり、か……」
理凰君、ちょっとうるさい。
※
「あ!あそこにいる人最近スクールに通ってる発狂魔人だ!!」
「ちょっと!指差しちゃダメ!気にして辞めちゃったらどうするの!?」
「ゲームやってんのかな、あの子」
どうも皆さん、発狂魔人です。
最近は基礎のひょうたん、T字、それから少々のスネークで自分のスケーティング技術をひたすら磨いています。
その過程で転けたり、自分の足に引っかかったりという文字通りの七転び八起き、後に大声で自分を奮い立たせるという愚行を繰り返しながらようやく辿り着いた境地。
俺はその場所にて無事、発狂魔人の称号を得たのでした。
わーい、嬉しいね!
地獄に堕ちろ。
「それにしても、倉見君。覚えるまでが大変だけど覚えてからの上達は早いわね」
「へへっ、基礎でそんなに褒められても嬉しくないってゆーかぁ……でへへへへへ」
「ものすごい嬉しそうね……」
まあ、俺のクソみたいな渾名はともかくとして。
瞳ちゃん先生が言うように、割と早いスピードで基礎を学べている俺は、当社比ではありますがメキメキと実力を伸ばしているらしく。
俺には実力が伸びているという感覚はないのですが、人からそう言われて嬉しくないわけがなく、顔はめっちゃふにゃついてますし、なんなら崩壊しています。
大人のお姉さんに褒められてるってのが、これまたミソなんですよねぇ。
嬉しいですじゃ……
「そういえば、お友達とは上手くいった?」
「何の話でせうか」
「前に言ってたじゃない。お友達とのファーストコンタクトに失敗したって。……もしかして、今日は何もしてこなかったの?」
さて。
こうしてフィギュアスケーターとしての道を順調に歩み始めている俺ではありますが、順風満帆な旅路にはひとつ、大きな岩がめりこんでいました。
その岩こそ瞳ちゃん先生の質問の内容であり、俺がこの先フィギュアスケーターとしての道を歩む上で避けてはいけないもの。
これを解決しない限り、俺のフィギュアスケーターとしての人生には暗い影が差し込むことでしょう。
フィギュアスケーターを志して本当に間もないのに、現実は非常に非情なもんで、早速ターニングポイントです。
死に晒せ。
「気に入らないから無視してるとかじゃないッスよ。ただ、タイミングが掴めないんです」
「タイミング?」
「第一に最近の俺はスクールに通い始めたことがバレた上に、奇行を犯したせいで悪い意味でクラスの注目の的です。休み時間になると、クラスメイトや他クラスの生徒が俺の机を囲んで……っぐ、思い出したくもねぇ、あの煽りの数々……!」
「……なんか分からないけど、かなり大変なのね」
『倉見!お前股関節バーストしたって本当か!?』
『ひょうたん得意なのか!?ところでひょうたんってなんだ?学校で育ててるやつ?』
『おしり痛いねぇ!ふたつに割れちゃうねぇ!!』
えー、この言葉の羅列は今日の俺がクラスメイトにぶち込まれた言葉の数々です。
それ以外にもたくさんの言葉を両耳にぶち込まれた俺ではあるのですが、聖徳太子でもない俺が全員の言葉を覚えて、レスポンスを返せる訳ありませんので途中からうわ言のように『にゃーにゃー』言ってました。
その光景と言ったらまあ、客観的に見たら地獄絵図ですね。なので、瞳ちゃん先生の言っていることもあながち間違いではないです。
そう、大変なんですよ。
大変だから、……こう。どうしても、話す時間がないんです。
「そして、気がつけば休み時間が終わってしまって。話しかける時間がなくなって……」
「なくなって?」
「それでも話しかけようと思い至り、俺は敵陣を掻い潜り、結束さんの元へ向かった!!」
それでも、前進あるのみと決めた俺がこれしきの事で屈するわけがありません。
魔法少女だって戦隊ヒーローだって最終的には前へ進むんですから、これしきの事で「にゃーにゃー」言って日和る訳にはいきません。
つーわけで、俺は大量発生中の煽り厨共を華麗なフェイントで躱し、結束さんの下へと降り立ったのですが。
「結果は最悪。息を切らしてたせいで変態不審者に思われた挙句、逃げられました」
「えぇ……」
「話す時間?なかったですね、追いかけようにも手すりを滑り台にして、廊下を爆速で走って、……え、瞳ちゃん先生。学校って巨大な遊技場かなんかだっけ?」
「あはは……」
あの時の結束さんはすごかった。
手すりを滑り台にして、廊下を縦横無尽に駆け回り、最終的には行方をくらまして、気付いたら教室に戻ってたんです。
そして、休み時間になって再チャレンジしようと思ったら同じように逃亡。
それを繰り返し、回数を重ねる毎に俺の疲労感は倍プッシュどころか2乗、3乗と重なっていき。
追い討ちのように結束さんは同じような逃亡を繰り返すのでした。
「……ああ、どうりで今日の倉見君がヘトヘトだったわけね」
「半端ないっすよ。極めつけには追いかけた俺だけ先生に捕まって職員室に連行されましたからね。
後で結束さんも捕まって欲しい。マジで理不尽」
「人の失敗を願わないの」
つーか俺が追いかけようと走った瞬間、毎度のように『待って!止まりなさいッ!!』て制止すんのおかしいやろ。
一緒に結束さんも止めーや。
まあ、そんなこんなで俺は未だに結束さんと話すどころか謝罪もできていません。
何事にも誠実なのは俺のそこそこ誇れる点ではあるのですが、このままではその誇れる点も汚点になってしまいます。
とにかく、何かしらの機会を作って話し合う機会を作らなければなりません。
つーわけで先ずは、お前からだ。
「なあ、ミミズくん」
「……」
「お前は結束さんのあのヘアスタイルについてどう思う?」
「……」
「褒めたら友達になれるかな?」
「……」
「ニュルニュル動いてばっかりいねえで少しは質問に答えろやボケェ!!!!」
結束いのりさんに関連するひとつの生物として、ミミズが該当します。
ニュルっと動く掴みどころのないところが彼女の琴線に触れたのかどうかは知りませんが、結束さんがミミズをめちゃくちゃ漁っているというのならばこの機会を逃す手はありません。
俺もミミズを漁る大変さを知り、彼女とミミズの話題で茶でもシバこうと思ったんですが……
「ママー!あれなにやってるのー!?」
「しっ!きっと私たちには理解できない遊びをやってるのよ!めっ!!」
「パパー!あれなにやってるのー!?」
「ミミズとタイマンやろなぁ……」
くたばれw
ミ 触れないwww
ミ 33-4wwww
ズ 外野うっさいwww アホたわけwwwww
が 怖 い で す (直 球)。
あはははは!!あーっはっはっは!!(錯乱)
えー、はい。結束さんと話したい、遊びたい願望に駆られたせいですっかり忘れていたのですが、そもそもの話虫を触るのが普通に無理だった自分に気付いたんですよね。
ミミズとかムカデとかフツーに無理です。なので非常に残念ではあるのですが、ここは諦めて他のやり方を探しましょう。
大丈夫、時間ならたっぷりあるんです。
虫にこだわらなくたって、きっといい方法は見つかるでしょ──
「……んあ?」
「……あっ」
さて、そろそろミミズ遊びを辞めて先程お遊戯擬きで俺をバカにしてきた低学年の逃走者共をハンターよろしくとっ捕まえようかと思い、視線を動かした刹那。
俺の目と、1人の少女の目が合いました。
それはもう、逃れようがないほどバチッと。一瞬どころか2秒近く目が合った、合ってしまった俺と少女──結束さん。
その後怯えたような百面相で目を逸らした結束さんですが、その程度の目逸らしで逃げようったってそうはいかないんだよなぁ!!
目と目が合ったら会話か会釈ゥ!!
それくらい当たり前だろうがァ!!
「やあ、結束さん!こんなところで何してるのかな?」
「!……あ、えっと……そのっ……」
「あ。えっと、その……?」
呪文かな?
や、や、別に呪文を唱えられようが呪詛を放たれようが俺は別に構わないんですが、せめてもう少しだけ声のボリュームを上げて欲しいと思いました。
こうして面と向かって会話が出来ている以上、それが高望みだと言うのも分かっちゃいるんですが、思い返せば俺と結束さんは1度として会話のキャッチボールをしていないんです。
それじゃあ仲良くなんて夢のまた夢ですし、友達になんかなれっこありませんよね。
なので、先ずはこちらから。しっかりと歩み寄って、しっかりと話を聞き取って、しっかりと言葉を返す。
そこから始めま──
「……ご、ごめんなさいっ!!」
「は?」
──Huh?
ああ、なんということでしょう。
会話のキャッチボールを試みた結果、振りかぶる前に結束さんはフライを追う外野手よろしく、俺から逃げるように走っていったのでした。
彼女には俺が遠くにボールを投げた幻覚でも見えたのでしょうか。だとしたら精神科か眼科にでも行くことをオススメしたいのですが、彼女の様子を見るに至って健康。
つまり、俺を目の前にして逃げ出し──戦略的撤退をしたのでしょう。
つーか足はっや。
レッドスターかな?
「あうっ……!」
「……」
しっかしまあ、パニックになって良い事なんてひとつもないというのは自明の理とも言えるもので。
パニクって戦略的撤退を行った結束さんは走ったことによる疲労も相まって、足を絡ませ転んでしまうのでした。ああ、めがっさ痛そう。
ゾンビ映画なら即死パターンのドジです。
ふはははは!ドジっ子め!!恨むなら己のドジを恨めよ!!
「うう……痛い」
「……あー。その、……大丈夫か?」
「鼻血出た……」
はいはい、ちょっと患部見せてねー。