なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが 作:送検
「夜鷹純さんにだって……勝てます!!」
「勝てなァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛イ!!!!」
「あ、ハルくん」
「『あ、ハルくん』じゃねえんだよオイ!!何やってんだお前ェ!!」
明浦路司にとって、倉見遥人は異端と呼べる存在だった。
フィギュアスケートを始めて間もなく頭角を現し、多くの大会で結果を残した少年。
己に実力があるという自信を微塵も抱かず、とある能力の異常性にも気付かずに惜しみない鍛錬を重ねた結果、彼は男子フィギュアスケート日本代表選手として輝かしい実績を残し、正に綺羅星の如くフィギュアスケーターとしての階段を駆け上がってしまった。
その姿は正しく異端そのもので。
多くの技を覚え、その技を自分のものにした上で、本番でその武器を遺憾無く発揮する強心臓も相まって、人々は彼がフィギュアスケートを始めてそう遠くない未来にて、その異端に相応しい言葉を授けた。
決して誰にでも授ける様な言葉ではない。
日本中に存在するフィギュアスケーターの中で、そう呼ばれる者は多くない。
その名を遥人は賜った。
多くの人に知られることになるきっかけとなる、その名を。遥人はフィギュアスケートを始めて間もない段階で背負うことになったのだ。
「いのり、お前数年前から俺に対する過大評価が過ぎるんだよ!確かに結果は付いてきてる!そこに関しての自信も多少はある!けど、夜鷹さんに勝てるってのはあまりにも言い過ぎだ!!
俺はまだ弱い!このままじゃお前との約束も果たせない、取るに足らないフィギュアスケーターになっちまうんだよ!!」
「!……ハルくんはそんなフィギュアスケーターじゃないもん。みんな知ってる、すごいフィギュアスケーターだもん……!!」
「ッ……ああ言えばこう言う……それを言うならのんちゃんこそ俺なんかより余っ程、世界で1番凄ェフィギュアスケーターだろうが……!!」
「の、のんちゃんはやめて……!」
では司にとって、倉見遥人はその言葉に相応しいフィギュアスケーターなのか?
そう問われた時、司は断言することができなかった。
遥人の才能を疑っている訳では無い。
ルクス東山FSCのコーチとして、彼の才能には太鼓判を押すべきだと司は本気で思っているし、仮に自身が『そうではない』と語っても周囲が『ある』と語ることは目に見えている。
「とにかく勝てねェ!何時俺がヨダカさんを超えたんだ!?ガチモンのヨダカさんが6分間練習をボロボロで終わらすとでも!?当時の俺のアクセルジャンプのどこが狼嵜に勝ってたって!?」
「勝ってるよ!!」
「答えになってねえって!!」
「勝てるよ!!」
「ヤバいって死ぬって!!」
「勝てるもんッ!!!」
「だから勝てねえって!!!」
何より、積み重ねてきた結果が同期の中でズバ抜けている。
その結果を踏まえれば、倉見遥人というフィギュアスケーターがその名で呼ばれるのは同期の狼嵜光がそう言われるように、当然のことなのかもしれない。
それでも、司にとって倉見遥人をその名で呼ぶのはどうにもしっくりとこなかった。
そして、その理由は──司の中ではある程度纏まりが付いている。
(遥人さんは、その言葉では評することが出来ないんだ)
ある人は、出始めの衝撃を『夜鷹純』のようだと語り。
ある人は、高さと幅のある素晴らしいジャンプを
しかし、司にとってはそのどれもが見当違いのように思えた。
確かに初めて遥人の演技を見た時の衝撃は計り知れるものではなかった。
彼のジャンプは、憧れがそうであったように多くの夢と希望に満ち溢れた技術だった。
しかし、彼等の映像を見てきた司にとって『倉見遥人』は『夜鷹純』でも『憧れのフィギュアスケーター』でもなかった。
「洸平先生もなんか言ってやってくださいよ!瞳ちゃん先生はいい加減笑うのやめてくださいよ!司先生ー!見てないでこっち来てーッ!!」
司が覚えた衝撃は、夜鷹純や遥人の憧れのフィギュアスケーターと同じ類のものではない、全く別物の衝撃だった。
初めてフィギュアスケーターとして、リンクの上でプログラムを滑った時。
その日を境に別人の如く成長を果たした時。
そして、
(期待通りを実現するだけじゃない。そうじゃないんだ、遥人さんがプログラムを滑る時の衝撃は)
夜鷹純のプログラムでも、鴗鳥慎一郎のプログラムでも、果ては遥人の憧れのフィギュアスケーターでも感じることのなかった倉見遥人の衝撃。
それはジャンプによるものであり、スケーティングによるものでもあり、完成度の高さによるものでもあり。
そして、その全てに連なる芯の部分。
紛れもない、倉見遥人が
(あなたのフィギュアスケートは記録を超えて、記憶になる。
──それも、幾度となく。
コーチとして、いのりを支える傍らで遥人の事もしっかりと見て、支えてきた明浦路司にとって、遥人の驚異的な成長力は常に衝撃だった。
身近にいる者や、彼のフィギュアスケートを追う者には感じることの出来る、日を追う事に成長していく凄み。
そして、氷上でスっと落ち着ける勝負強さを以て本番では幾度となく過去の自分を超え、多くの記録を超えてきた。
(だから、あなたのことを『天才』だとは思わない。
あなたは、天才なんて言葉では片付けられない特別だから)
故に、司にとっての遥人は
コーチとして、1人の指導者として。倉見遥人という化け物じみた存在は、何処を探してもいないトクベツだったのだ。
「──遥人さん、あなたは何処まで行ってしまうのだろう」
司にとって、倉見遥人は異質なナニカである。
その理由は、倉見遥人が司の目の前で幾度となく壁を破り、記録を超え、新たな自身を見せてきたから。
そして今、倉見遥人は羽ばたこうとしている。多くの人の羨望と期待の眼差しを背に、遥か先を行く
それは、幼い頃の遥人を見てきた司にとっては何処か悲しいような、嬉しいような、そんな心境であった。
「……絶対に、独りにはさせないからね」
しかし、その思いにかまけて支えることを放棄することはしない。
何より、夢を叶えて欲しい。
そのために出来ることがあるのならば、いのりさんや他の生徒同様に惜しみないサポートをする。
司にとって倉見遥人は、異質で、衝撃で、特別な存在。
それでも、それ以前に1人の子どもであり大切な生徒。
他が【日本のエース】と祀り上げようが、【至宝】と過剰な期待をかけようがそんなものは全く関係ない。
司にとっての遥人は【ルクス東山FSC】の倉見遥人なのだから。
「遥人さん、あなたは何処まで行ってしまうのだろう……」
「──Huh?」
なんか助けを求めるべく司先生の元に向かったら、当の本人がわけのわからねー言葉で浸ってやがりました。
人が助けを求めているってのに、この有様です。
ははっ、司先生ったら放置プレイのGOE+5ですね!
くたばれ。
「司先生?」
「ほっとけいのり。今の司先生は……俺達には救えねえ存在なのさ」
「え、えぇ……」
そもそも俺が何処に行くって?何処にも行かねえよ筋肉。
俺が蓮華茶のオッサンとこ頼って京都に行ったところで待っている展開は『はんなりスズちゃんすこすこ侍』ルートしかねえんですよ。
なんだよそのルート、いのりとの約束ガン無視じゃねえですか。
心が痛ェよ、嫌ですよそんなルート。
テキトー抜かしてんじゃねえ。アンタの腹筋6LDK取り壊すぞアホボケ!!
「『何処まで行ってしまうのだろう、ムキムキ!』じゃねえんだよシバキ倒すぞミスターキン肉マンが」
「……ハルくんは、ここを離れてどっか行ったりしないの?」
「はへ?」
「えっと……移籍……とか」
「はへん?」
と、まあそんなことを考えたら先程まで俺に対して怒りを見せてきたいのりが不安そうな表情で俺に言葉を投げかけてきます。
その表情は、いつも俺の自販機調査癖を窘めてくれるお姉さんになったいのりではなく、平常運転ののんちゃんでした。
俺の愛知県に対する好感度調査ですかね?
かわいいね、シバくぞ。
「ない」
「!」
「分かってて聞いてるだろ。ねぇよ」
つーか俺が移籍?無理だって死にますって。
慣れ親しんだ地元を離れてフィギュアスケートをする未来浮かばんって。
蓮華茶の下りは……言いましたか。じゃあ仮に俺がスターフォックスのコンちゃん先生の所頼って、東京進出したとしましょうか。
先ずあそこには俺の事を常時胡乱もしくは鋭く睨みつけてくる狼嵜がいるでしょ?
コンちゃんはコンちゃんで俺を見る目が偶におかしくなるでしょ?
すーくんはコンちゃん先生単推しでしょ?
フィギュアスケートどころじゃねえっすよ。待ってる未来『コアラのkawaiiセレクト激推しルート』しかねぇっすよ。
コアラのアイスショーでヲタ芸やって狼嵜にシバキ倒されてますよ。
痛ェよ、色々。物理的にも精神的にも逝くわそんなルート。
「ここはいのりと一緒にオリンピックで金メダル取るって決めた原点だから。そこを離れたら本格的にダメになりそうだから離れない」
「……えへへ、そっか」
俺がフィギュアスケートを始めた意味も、続けている原点もこの故郷にあります。
この場所で動画を見て、この場所で約束をして。
そうして魔境に踏み入って今の俺がいるんですから、今更場所を変えてレッツ・フィギュアスケート!!なんてできる訳ありません。
そんなこと出来る行動力があるんならいのりとの約束ブッチしてシューズ脱いでます。引退です引退。
まあそんな行動力俺にはないですし、そもそも1度結んだ約束を破るなんてこたァしたくないですし、なんなら本気でいのりとオリンピックで金メダル取りたいから俺は今もフィギュアスケーターやってるんですけどね。
つまり、いのりとの約束が倉見遥人の生きる原動力ってなワケです。
ありがとうのんちゃん、お前やっぱ船に乗れ。
「HAHAHA。そんなこと言って、実は他の場所が怖いだけだったりするんだけどな──」
「……待っててね、ハルくん」
「?」
「私も光ちゃんに勝って、ハルくんの隣に立つフィギュアスケーターになってみせるから!!」
「???(宇宙猫)」
船降りていいぞのんちゃん。
つーか、そんな気合い入れなくて大丈夫ですって。
むしろ闘魂注入しないといけないのは俺なわけで。超有望選手なリオウやすーくん、その他超有望な選手なんて星の数ほどいるわけで。
このままの俺が俺のままいたら、置いていかれるのは俺の方だって自分自身が一番分かっているからこそ、俺は今の俺を認めてやる訳にはいかないんです。
どんなに綺麗なアクセルジャンプを決めたところで、その価値を決めるのは自己ではなく他者です。
そして、それだけでは頂点など極めるなど夢のまた夢。
ルッツやループ。スピン、ステップシークエンスを筆頭とした数多くの技の頂点を極めなければ、オリンピックのメダリストにはなれないのです。
「……」
「……は、ハルくん?」
まあ、それはそれとして。
こうしていのりがやる気になってくれているのは良いことです。どんな時でも笑顔ややる気のGOE+5のいのりは俺に対して最高レベルの元気と勇気をオールウェイズ供給してくれます。
いつも司先生がいのりの事を褒めていますが、そうせざるを得ない凄みやら偉さがいのりにはあるんですよね。
つーわけで、今日もその笑顔に乗せられた哀れなフィギュアスケーターは現段階では叶う確証もない一言を、手拍子3回のちダブルピースで放ってしまいます。
「いぇーい!のんちゃんとオリンピックで金メダルだにゃん!!」
「……!うん、一緒に行こうオリンピック!!」
せやな、一緒にオリンピック行こうや!
まあ、問題は俺がどうやってオリンピックに行くかなんですけどね(白目)
もうさ、ほら。いのりの凄さは狼嵜が……なんなら近くで見てる俺が分かってるワケなんすよ。
ステップシークエンス、4回転サルコウ、勝負に懸ける驚異的な執念。それら全てはいのりの武器で、俺が他の誰よりも尊敬するものです。
その他にも、いのりには凄いところが山ほどあります。
そして、その凄さは決して俺なんかが真似できるようなものではありません。
いつか結束いのりは、オリンピックの金メダルを取ると。そう公言出来てしまうほどに俺は彼女を信じ、尊敬しているのです。
問題は俺なんすよ。
狼嵜は俺の事めがっさ厳しい目で見てくるんすよ。いるか先輩がオールウェイズ胸ぐら掴んでくるんすよ。リオウは勝負事になるとめっちゃ鋭い眼光送ってくるんすよ。ヨダカのおっちゃんは、定期的に俺の目の前に現れてきてはクッソ冷たい目で見てくるんですよ。
なんかみんな、俺を見る目が冷たいっつーか、全体的に厳しいんすよ。
それこそ『お前の実力なんて誰かが直ぐに追い抜ける程度のものだ』って、目が雄弁に語っているように見えて、とても辛いんです。
なので俺はもっと上手くなって、皆の見る目を変えて、並み居る天才達を薙ぎ払わなければなりません。
それこそ、先程まで論点になっていたヨダカのおっちゃん。
彼を超えるプログラムを完走する程の実力を持たなければ、オリンピックの金メダル等到底無理でしょう。どれだけ高い得点を叩き出そうが上には上がいて、やっとこさ出した記録は直ぐにブチ抜かれる。
なので凡人の極みたる俺は今日も今日とて限界までジャンプの練習をして、偶に来る金弓先生にクソほど怒られなければならないのです。
これぞ超次元空間、ディスイズフィギュアスケート。
もう俺嫌だ、この魔境。
「……ありがとう、ハルくん」
「ん?おう、こっちこそいつもありがとな」
「え、聞こえてた!?」
「独り言のつもりだったのか?」
それはそうと、さっきからなんかいのりの機嫌が良いぞ!
今なら自販機に突撃しても許されるかな?
自販機交渉してみよっかなぁ!もしかしたら成功するかもなぁ!!
取り敢えず一発サクッと現実逃避──
「……あ、自販機のこと考えてた?」
「エスパーのんちゃんかな?」
「だ、だから!のんちゃんはやめて……!」
助けて。