なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが   作:送検

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score5 将来とおっちゃんが黒い 1

 

 

 

 子供の頃から、アホなことばっかりやって生きてきました。

 好きなことだけで生きてきたなんて、そんなことは言いません。俺は少ない人生の中で、嫌なことも真面目にやらなければならないことも取り敢えずは逃げず、チャレンジから入る生活を続けてきました。

 ただ、圧倒的にアホなことばっかやってる比率の方が多かったんですよね。今みたいに1つのことに熱中することもなく、色んなものに手を出しまくって、遊びまくって、笑って、戯れて。

 凡そ現代っ子がやらないような古典的な遊びから、現代っ子がやるような近代的な遊びまで、ありとあらゆる遊びを朝から晩まで楽しみ尽くし、夜は泥のように眠る。そんな生活を繰り返していた俺に、当然フィギュアスケートの知識や能力なんて付くはずもなく、俺は貴重な子供時代を後々死ぬ程後悔しちゃうんですよね。

 もっと速くフィギュアスケートをやっていたら。もっと早くいのりと会えていたら。そしたら俺は、数年後にピーピー言いながら死ぬ気で技を覚えるようなこともなかったと、そう思わずには居られないのです。

 

 とはいえ、当時の魔境の存在を知らない無知で無謀な俺がそのような後悔などするはずもなく。

 ホイホイと魔境の始まりに足を踏み入れ、右足と左足を交互に前に進めて、そうして迷い込んだ闇の中で、俺は見事に溺れることになります。

 

「……そのジャンプ」

「……」

「何処で覚えたの?」

 

 今のこの瞬間もそう。

 対面した半分以上の子どもがそっぽ向いて怯えるであろうこの場面。

 いくらしゃがんで目線を合わせられようが怖いものは怖い、煙いものは煙い、(威圧感が)強いものは強い。

 子どもの教育上宜しくないもの三原則に出くわしてしまった時点で、本来ならすたこらさっさと逃げるのが普通の子供なのでしょうが、この頃の俺の安全感覚はどっかイカれてたのでしょう。

 挨拶をするだけならまだしも、無謀にも俺は挨拶以上の言葉を使い、おっちゃんとの時間を延長させてしまいます。

 

「ようつべ」

「……?」

「おっちゃんようつべ知らねえの?遅れてんねぇ!!」

 

 ほら、イカれてるでしょ?

 時間を延長させるどころか、失礼にもおっちゃんの無知を指摘しちゃってます。

 ところがどっこい、それが当時の倉見遥人だったのです。

 人の迷惑など気にせず、ドカドカと人の領域に踏み入っては颯爽と道を踏み外す。

 そうして出来た友情や交友は数知れずありますが、当時の無知蒙昧を極めた俺の過去を友人達に話される度に俺の顔からは火が出ます。

 ファイアーです、ファイアー。

 

「ほら、これ。この動画サイトがようつべで……この動画の人が、俺の憧れ。この人の動画を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()始めたんだ」

「……」

「んで、憧れの人の真似してたらよぉ。これが出来ちゃったってスンポーよ──こんな風にな!!」

 

 そして、俺は何を血迷ったのか未完成で、拙くて、今思えばクソほどのGOEも貰えないだろうジャンプを跳びます。

 どの種類のジャンプを跳んだかは覚えていません。聞く勇気もありません。

 しかし。何故かそのジャンプを見たおっちゃんが、目をほんの少しだけ見開いていたのは鮮明に覚えていて。

 その時のおっちゃんの瞳だけは、まるで何か懐かしいものでも見るかのような眼差しで。

 今となっては見ることの無い、その表情は。決して忘れられない記憶の1ページになったのです。

 

「……キミは」

 

 ジャンプを跳び終えた俺の耳に、おっちゃんの声が響きます。

 その声はとても低く、冷たく、怒りの印象を容易に与えてしまうような一言。

 とはいえ、彼は怒っている訳ではありません。

 これは後々分かることですが、このおっちゃんはコミュ障破壊神フィギュアスケートジャンキーです。

 人間性の全てをフィギュアスケートに置いてきたせいかどうかは知りませんが、コミュニケーション能力がなく、人の傷口を抉るような一言を容易に発します。

 内心では優しい感情を抱いていても、それを口に出すことはありません。そのせいで俺の親友はこの人との付き合いに大人になっても苦労しました。

 だけど、俺はこの人がただの優しいおっちゃんだってことを知っています。

 つーか、理解したんすよね。

 親友に対する感情の意外な大きさに。彼の教え子に向けられた優しさに。

 そして、俺に対する言葉に孕ませた慈悲の数々に──

 

「本気で()()()()()()()に見立てたの?」

「しばかれてえか」

 

 嘘つきました。

 多分この人俺に対して慈悲持ってねぇわ。

 

 

 

 

 

 

 光陰矢の如しとはまさにこの事を言うのでしょう。

 スクールにて基礎を固めていた俺も、気が付けばスクールに通い始めて2週間。

 その間、毎日サボらず自主練したり、陸上で練習したり、スクールで瞳ちゃん先生に教えてもらったりを繰り返し──基礎のスケーティングは一通りこなすことができるようになりました。

 未だ拙さの残るスケーティングではあるものの、一先ず氷上にて()()()()()()()()()()の滑りが出来なければ、目標である憧れのフィギュアスケーターのようなジャンプもクソもありません。

 取り敢えずは1歩前進、と自分で自分を褒めつつ瞳ちゃん先生の下へ向かうと、何故か瞳ちゃん先生は俺をじーっと見て思考中。

 なんでしょう、さっきのフォアクロスにて産まれたての子鹿のように腕を震わせてたのが瞳ちゃん先生的にはNGだったのでしょうか。

 とはいえ、今の俺は股関節バーストならぬ両腕バーストを発症してしまっているので、そこはバースト倉見*1に免じてもう少し我慢して頂きたいのですが……

 

「あんまり褒め過ぎると保護者の人に苦情が来ちゃうけど、……ええと、なんて言えば良いのかな……」

「たはは、そもそもそこまで上手くないでしょ?」

「いえ、『そっちの(技術的な)方』じゃなくて……」

「?」

 

 しかし、予想に反して返ってきた言葉は主語のハッキリとしない瞳ちゃん先生らしからぬ一言でした。

 そっちの方ってどっちの遥人だよと思わずツッコミを入れそうになりましたが、ここで波風を立てる必要も無いので黙って瞳ちゃん先生の話に耳を傾けます。

 すると、何を思い立ったのか「よし」と自らの思考にトドメを刺すように呟いた瞳ちゃん先生。

 今晩の献立でも決めたんですかね?

 

「遥人君。ちょっとお母さんと一緒にお話しよっか」

「お?別に良いっすけど……母ちゃーん!!」

「はいはーい!どしたのハル〜!」

 

 どうやら献立のことなんて微塵も考えてなかったみたいですね、はい。

 つーわけで、瞳ちゃん先生の言う通りに遠くで新しいママ友とワイワイ話してた母ちゃんをそこそこ大きな声で呼んでみます。

 すると、家事の一通りを取り仕切る主婦とは思えない高速移動でこちらに近付いてくるバイタリティ溢れるウチの母ちゃん。

 ……つーかママ友作るの早くね?

 

「いやなんかさ、瞳ちゃん先生が母ちゃんと一緒に話したいことがあるんだってよ」

「あら、何かしら?噂のバースト倉見?発狂魔神?」

「やめて」

「流石私の息子。大層な異名を付けられたわね……」

「瞳先生!話の続きをお願いしますッ!!」

 

 このままじゃ埒が明きません。

 というか、俺の異名が保護者内でも知れ渡っているとかフツーに考えて怖いです。母ちゃんにまで発狂魔人と呼ばれるようになるとか聞いてないです恥ずいっす。

 とはいえ、過ぎたことは仕方ありません。

 過去は引き摺ってでも前に進むものです。例えこの先、発狂魔人と呼ばれようがバースト倉見と呼ばれようが、俺は息絶えるまで走り続けることでしょう。

 

 なのでまあ、取り敢えず瞳先生助けて

 このままじゃ俺、恥ずか死んじゃう。

 

「コホン」とひとつ。

 咳払いをした瞳先生が、改めて俺を見つめます。

 その視線は今までの緩み切った空気を正しいものにするそれで、自然と俺と母ちゃんの会話もピタリと止みます。

 さて、先生は一体どのような話をするのでしょうか。

 次なる段階──ジャンプやスピンへの移行でしょうか。もしくはアレでしょうか、もう面倒を見きれないということでクビ移籍の勧告でしょうか。

 だとしたら流石の俺も笑えません。

 なんてったって、散々大須のスケートリンクを引っ掻き回し、フィギュアスケートの友達も出来たところで迎える末路が即戦力外通告ですからね。

 ハハッ、マジで笑えねえッス。

 

 もしクビになったら、次も優しいお姉さん先生がいいな。男の先生は怖いしな……なんて、甘っちょろい考えで現実から逃げていると、瞳先生が俺の両肩を『ポン』と叩き、一言。

 

「遥人君。バッジテスト、受けてみない?」

「…………。

 ……へぁえ?」

 

 ばっじてすと。

 バッジてすと。

 バッジテスト。

 その言葉を3度脳内で反芻した俺は、漸くその言葉の意味を悟り──思わず変な声が出ました。

 クビ・移籍勧告の類ではなかったことに安心はしました。

 しかし、このタイミングでのバッジテストのススメに少なからず驚きの感情があるのは確かで。

 バッジテストなるものがある、ということだけは知ってた俺にとっては『まあそろそろかなぁ、でももう少し準備してから……いや最悪取らなくても……くふふ……』みたいな感情を抱いていたので、まさかこの時期で瞳先生からバッジテストを勧められるとは思っていなかったんです。

 

「……俺的には、もう少し後か。実力に見合ってなければ最悪受けないことも考えてたんですけど」

「あら、そうだったの?けど……遥人君はこの数週間で飛躍的にスケーティングの技術を上げてきたわよね?」

「そりゃあんなに懇切丁寧に分かりやすく教えてくれりゃあ……」

「ふふ、ありがとう。だけど、遥人君の頑張りと吸収能力も本当に良かったから、今がタイミングかなって思ったのよ?」

 

 だからこそ、この瞳先生からの高評価にはめちゃ驚きましたし、純粋に嬉しさを感じました。

 特に頑張りと吸収能力の高さを褒めてくれたこと。めちゃ嬉しかったです。ダメダメな俺にも、少しは良いところがあるんだと思えて、内心で俺の涙腺はガバガバです。

 まあリップサービスも多少は入っているとは思います。だって、今の俺が氷上で不自由なく滑れているのはルクス東山FSCに通い始め、高峰瞳という素晴らしいコーチが俺の手を取ってくれたからなのですから。

 それでも瞳先生に褒められるのはめちゃくちゃ嬉しいッス。

 自分涙良いですか?

 

「あらまぁ!ハルったら、バッジテスト受けるの?」

「いやまだ決めてないから母ちゃん。つーか、バッジテスト受けるかどうかをこれから母ちゃんと一緒に……」

「私はハルが幸せならOKよ!」

「やべぇ母ちゃんと会話できねぇ」

 

 まあ、その感動的シーンを容易にぶった斬るセイバーな母ちゃんが俺の隣で暴れ始めたので泣くことはないんですけどね?

 拝啓、母ちゃん。

 俺は母ちゃんと会話が出来ればOKです。

 強引に会話を続けようとしないでください。

 敬具、誰か助けて。

 

「一応、遥人君が今まで習ってきた内容で初級は受かるようになってる。問題はバッジを取る気があるのかと、いつやるのかって話なんだけど……」

「うーん。……俺、あまりバッジテストに関して詳しくなくて。バッジテストをやらなかった場合の不都合とかってあるんですかね?」

「まあ突き詰めていけば色々あると思うけど……一番最初に躓く問題は年代別の大会に出場するための資格を貰えないことかしら」

「?」

「例えば……順当に行けば遥人君にとって1番近くて大きな目標になるのは全日本ノービスA。もっと上に行くなら、全日本ジュニア、グランプリ、そして──全日本選手権。

 遥人君の未来には、色んな分かれ道があって。その分かれ道の選択によっては様々な大会が遥人君を待っている」

 

 瞳ちゃん先生が指折り数えながら数々の大会の名を語ります。

 それらはフィギュアスケートを始めたばかりの俺でも分かる有名な大会。ノービスから始まり、ジュニアへと進み、シニアで大輪の花を咲かせる。

 フィギュアスケーターとして上を目指すのであれば、それらは決して避けられるような選択ではありません。

 例え、自分の能力値を遥かに超えるような才能と相見える時が来たとしても、その土俵に立ったのであればその才能を踏み台にして上に行かなくてはならないのです。

 

「これからの遥人君がもし、最短で全日本ノービス大会に出たいと思うなら、少なくとも6級まで。全日本選手権まで行きたいとなれば7級を取る必要がある。

 勿論、7級を取ることはとても大変よ?」

「……」

「だけど、大きな大会に出ることで得られるものはある。尤も、これは私の経験上の話なんだけどね」

 

 分かってます。

 6級を取ることも、7級を取ることも簡単では無いことくらい分かっているんです。

 だって、そうでしょう?

 全日本や世界へ飛び出すための資格がそんな簡単に取れるのなら、日本はフィギュアスケート大国になんかなってません。

 6級や7級の合格の為に課されたジャンプ、スピンを含めたプログラム。数多くの厳しい過程を潜り抜け、勝ち残った日本のフィギュアスケーターが多くの歴史を作り、時代を築いていったんです。

 そんな人達が獲得している級が簡単に取れる?

 夢や物語の中でもそんなこと言えません。言えるわけがないんです。

 だってそれは、過去と今の狭間で懸命な努力を以てバッジを取った人に対してリスペクトの欠片もない侮辱になってしまうから。

 

「あら、ハル。素人質問で悪いけど、憧れを追い求めるのならばその人と同じ道を辿ってみるのも雅じゃないかしら?」

「なんですと?」

「それに、7級を取ればあの動画の人の出ていた大会──全日本選手権だったりGPFのような世界進出も夢ではないでしょう?ここは一丁気張ってとことんやってみなさいな」

「あっ、やばい!この人素人じゃないってくらい知識を携えてきてる!1周回って『素人質問で悪いけど……』が嫌味になってるゥ!!」

 

 いや確かにそうだけれども。

 憧れに最も近付くやり方は、その人と同じ道を歩んでみるのが1番だけれども。

 それでも母ちゃんは俺の才能ってやつを少しは理解した方が良いと思うんだ。

 テレビで見ましたよ?本当に凄いフィギュアスケーターは幼い頃から練習して、その才能を遺憾無く伸ばすって。

 そして、中学生位になった頃には6級か7級取ってバンバン大会に出て、シニアになったら大活躍するんでしょ?

 この前も特集組んでたじゃないですか。えっと……かみ、かみ……カミカミなんとかが神ってるって。天才か天災か知りゃあしませんが、ああいう子が6級7級を幼い頃から取得して、ビッグな大会でビッグな存在になるんでしょ?

 それに比べて俺はどうよ。幼い頃からフィギュアスケートを齧っていたわけでもなく、特別な才能がある訳でもなく、なんなら今の今まで遊び呆けてた道楽フィギュアスケーターですよ?

 そんな俺が全日本ノービスやら、全日本選手権、GPFやらで堂々たる天賦を発揮して()()()()()()()()金メダルを取れるとでも?

 

 つーか雅ってなんやねん。

 むしろ俺は雅とは対極にいるような存在だし、そんな道歩むことはできません。

 雅の道を切り拓く人間は最近できた友達との友情構築に時間をかけたり、会話の選択肢の尽くを踏み外したりませんからね?

 結論、母ちゃんは俺の事を分かってなさすぎです。

 俺は今から6級7級を取れるような天才でも、常識の尽くをぶっ壊すような天災でもないんです。

 

「やってみてダメならそれでいい。でも、やると言ったからにはとことんやりなさい」

「母ちゃん……」

「ハル。今のあなたはとことんやれてるかしら?」

 

 しかし、有無を言わさずという言葉が正しいと思えるほどに母ちゃんの言葉は俺の胸に突き刺さります。

 こうやって痛いところをブスブスと突くウチの母ちゃんは、こういう風にナーバスになった父ちゃんを叱咤激励し、父ちゃんを大活躍させてしまいます。

 いやまあ、それを俺にもするんすか母ちゃんとか、煽ってんのか?挑戦的な表情でニヤケやがって……ぐぬぬ……!とか言いたいことは山ほどありますがまずは一言。

 この『してやられた』感満載の状況に一石を投じ、なけなしのプライドを守り抜くため、不敵な笑みで応えたのでした。

 

「ふっ……甘いよ母ちゃん」

「あらら?反抗期かしら」

「今の母ちゃんは父ちゃんが北海道遠征で買ってきたお菓子よりも甘い。そうやって煽ってやる気を出させようってスンポーだろうが残念!俺は父ちゃんの血筋を継ぐクールでスタイリッシュなポーカーフェイス──」

「バッジテストのお話はお友達との良い話題になるかもね、遥人君」

「8級目指して驀進じゃァァァァァァ!!!!!」

 

 まあバッジテストはやるんですけどね初見さん。

 てなわけで、バッジテストを受ける羽目になったのですがレッスン内容に大した変化はありません。

 どうにも、これが1級となると簡単なジャンプやスピンを行わなければならないみたいなのですが、初級はスケーティングのみで終わるらしく。

 とはいえ油断は出来ません。なんてったって、俺がこれから試験を行う場所は氷上。何が起こるか分からない怖さがあるというのは初日の股関節バーストや尻もち、軸足自爆キックで理解しています。

 本番当日まで練習を怠らず、本番で実力をしっかり発揮する。

 決して油断をせずに本番を迎える、一種の心構えが俺の心の中には生まれていたのでした。

 

「初級に受かったらプログラムを作るから、好きな楽曲決めておいてね」

「かえるのうた」

「真面目に。考えてきてね?」

 

 ひぃ。

 

 

*1
遥人の三大異名。発狂魔神バースト倉見???

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