なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが 作:送検
『4回転アクセルを諦める?ハハッ、有り得ないね』
『……』
『これだけ挑戦して諦めるなんてこたァしたくねえ。俺の中で踏ん切りがつくのはこのジャンプを本番で成功させた時、もしくはジャンプが跳べなくなった時だ。それ以外で踏ん切りを付けるなんてことは絶対にないと言い切れるね』
動画の中で記者に向け発言する憧れを、俺は食い入るように見ていました。
いくつかの雑誌や動画を漁り、行き着いた1つの関連動画。数年と経った今でも残っている過去の映像が俺の眼前に映ると、そこには金メダルを獲得した1人の青年と、その青年の肩を親しげに組む憧れの人がいました。
『コイツもそう言ってる』
『……』
『俺達、ズッ友です』
さっきからずっと青年が有り得ないものでも見るかのような表情で男を睨めつけます。
しかし、睨めつけられている張本人はそんなこと気付きもせずに問いかけられた質問に対して言葉を返しました。
『アクセルジャンプは俺の生命線だ。これを3回転にすりゃあ、俺は隣のスケートバカよりもキレーな3Aが跳べるってのは間違いじゃあねえけどよォ』
『……うるさい』
『けど、それよりも挑戦だ。
俺にとっての4回転アクセルは挑戦。その挑戦に必要なものの殆どを用意して貰っているのに挑戦しないのは、俺の流儀に反する』
隣にて無表情で佇む金メダルの選手の肩をノックするようにコンコンと叩き、見せたのは気安さ全開の笑顔。
それでも、記者への回答に迷いや戯れの類はありません。彼は常に言葉を言い淀ませることなく、一定の声量で、確かな信念を感じさせる受け答えをします。
それが例え、自分にとって不都合な内容だとしても。
その質問が、自分の首を絞めるような内容だったとしても。
『この大舞台で失敗した。それは反省すべきことだ。
だけど、後悔はない。俺は、俺が4回転アクセルに挑んだことを。その挑戦に命を燃やしたことを。何より、失敗した後のジャンプ、ステップ、コレオ、スピン。全てのシークエンス、ムーブメントに全力を尽くしたことを。
その全てを、誇りに思う』
多くの記者、カメラを目の前にしても彼の瞳は質問者を真っ直ぐ捉えます。鳥の如く鋭い眼には確かな力が宿っており、敗戦のショックなどまるで気にしていないかのよう。
彼の気持ちは、既に上を向いていたのでしょう。
虚勢ではなく、空元気でもなく。
俺の挑戦はこの大会では終わらない、と。次のステージに進むための切り替えが出来ているようにも感じました。
『俺は選手生命が終わるまで、必ず4回転アクセルに挑み続ける。
文句があんなら、俺が選手として死んだ後にまとめて聞いて謝ったりますわ』
「──!」
そして、彼は不敵な笑みを浮かべます。
その一言は、記者だけでは無い。レンズの向こう側にいる人達に訴えかけるかのような言葉で。
ここまで聞いて、俺はこの人の一挙一動にときめいた理由を知りました。
『以上!行こうぜ、我がライバル。腹減った、なんか食おうぜ』
『興味無い』
『じゃあ美味い栄養ゼリーの屋台とか探しに行こうぜ。お前好きだろ、メシの効率化』
『嫌いだし行かない』
『俺、帰ったらかぁいい妹分と一緒に美味い日本食巡りするんだ……』
『人生で1番うざい』
彼は、純粋に今を楽しんでいるのです。どれだけミスをしようが、挑戦に失敗しようが、笑うことを止めず、フィギュアスケートを愛し続け。
そうして、今も笑っています。
隣の選手は、彼の目標の色を首に下げています。そして、彼の首には
悔しさだってある筈です。ないはずがありません。
それでも、笑みを浮かべて自分の挑戦を語り。ノーサイドと言わんばかりに好敵手と先輩に絡んで。
『後悔はない』と言い切れるその姿勢が。
彼の生き様に、心を打たれたのでした。
「……かっけぇなぁ」
金メダルを取った人のように、全てにおいて完璧な日本のエースを人々は崇め奉り、ヒーローのように取り上げます。
銀メダルを掴み取った努力の人のように、どのような苦境に立たされても諦めない不屈の男を、人々は心の底から応援します。
その中で、どの色のメダルも掴み取る事の出来なかった彼は人々の記憶には残らないのかも知れません。空想だけを語り、結果を出せなかった者としてしか見ないかも知れません。
だけど、俺は。
その映像を見た、倉見遥人は。
その格好良さに憧れ、フィギュアスケートを始めました。
誰が彼を何と言おうと、その気持ちを抑えることはしません。愚者と嘲ろうが、馬鹿者と言われようが、俺はその挑戦者に憧れ続けますし、彼のようなフィギュアスケーターになりたいと願い続けます。
だって、俺のフィギュアスケートは。
この偉大な選手への憧れから始まったのですから。
「俺も挑戦する。憧れのように、ジャンプに挑むんだ」
そして、俺は。
このインタビューを見てから、誰に言うことなく陸地で。
少しでも、その憧れに近付くために。
彼の映像を用いてジャンプの練習を始めたのでした。
※
『遥人君、これはなに?』
『かえるのうたのCD』
『……真面目に考えてきた?』
『かえるのうたじゃないもん。変奏曲だもん』
『…………*1』
『ごめんなひゃい、ほほをむにむにしないれ』
さて、かれこれあってバッジテストを受けることになったのも束の間。
初級バッジテストに向けた基礎のスケーティングを継続しつつ、いずれ来る日に備えて自分の好きな曲を探し、実際に『かえるのうた』のCDを持ってきて瞳ちゃん先生に頬をむにむにされた哀れな俺も、気付けばバッジテスト当日を迎えていました。
ここまでの結果は非常に順調。これならば合格確定とはいかずとも安定したスケーティングくらいは出来るでしょう。
そう思っていた刹那、一家にとある事件が発生しました。
『ははっ、今日……簡単な返球を落としたんだ。不吉な予感がする。もうダメだ、おしまいだァ……』
『あらまぁ……』
なんと父ちゃんが母ちゃんの叱咤激励を必要とする状態になってしまいました。
俗に言うナーバスってやつです。父ちゃんは普段からボールを投げるプロとしてお金を稼いでいるので、こうしたこともたまにはあります。
普段から『プロキャッチボーラー』を自称している父ちゃんにとって、今回の捕球ミスは心に大打撃を与えたのでしょう。
タブレットの向こう側で顔面蒼白の父ちゃんが、変な声を上げながら母ちゃんに助けを求めていました。
子は親に似るんやね。
『ごめんね、ハル……今私、ナーバスになったお父さんをテレビ電話で救わなくちゃいけなくなって……帰りは車で迎えに行くからね、本当にごめんね……』
『父ちゃん今日から開幕だもんね。いつものことじゃん、励ましてなよ』
と、いうこともありまして急な予定変更を余儀なくされた俺は1人ぶらり準急電車の旅に興じることになりました。
とはいえ不都合はありません。遠足やら何やらで電車には慣れてますし、瞳ちゃん先生とは会場前にて待ち合わせをしているので大丈夫です。
それに、帰りは迎えに来てくれるってんなら幼稚園通うのと大差ないでしょ。言ってしまえば幼稚園教諭の瞳ちゃん先生の待っているバッジテスト幼稚園に向かって、そこで母ちゃんのお迎えを待ってりゃいいわけなんですから。
わっはっは、小学生舐めんな。
『ハル……ごめんな。父ちゃん今日は炎上するかもしれんから1チャンネルは見ないでくれな……』
『父ちゃん、俺今日フィギュアスケーターとして初めてのバッジテスト受けるんよ』
『──なんだと?』
『俺、頑張るよ。だから父ちゃんも頑張れ。チームを救う竜になってきなよ』
『ハル──ああ、分かった!!お前の勇姿は一体何チャンネルで見ればいい!?』
『いや映らねえし見んなよ試合出ろや』
それに、もしバッジテストに受からなかったとしても。それは俺にとっては些細な出来事なので問題なしです。
なんてったって、俺の目標は憧れの人みたいなフィギュアスケートをするっていうのと、おまけで健康的で文化的な生活ですからね。
そんな奴がここで躓いたとしても、目標は変わりゃしません。
今後の俺に待っているのは前進か飛翔か、飛躍くらいのもんです。
なのでまあ、気長に行きましょう。
俺のフィギュアスケート人生は始まったばかりなのですから。
『目的地周辺です。お疲れ様でした』
「お疲れ様でしたじゃねえんだよオイ!お前もっと頑張んだよ!!」
んで、ここは何処でしょうか。
電車を乗り継ぎ、目的地周辺までナビの力を頼った方向音痴な俺ではあるのですが、俺が使ってるナビは目的地の入口までは教えてくれません。
あくまで目的地周辺です。
そうしたら『お疲れ様でした』と言われてぶん投げです。
ひどいナビだ。叩き〇してやる。
『目的地周辺です。お疲れ様でした』
「3度目はない……分かるな?無知を晒すな、少し静かに──」
『ナビを終了致します。お疲れ様でした』
「お前を
お前もうアンインストール確定な。
嫌だとか言っても知りません。だってお前に置いてけぼりにされた俺の心が痛いもん。
何がどうなったらこんな何も無いところでナビ終わらせられんですか?
あなたまさか他の端末でも色んな人を置いてけぼりにしてたりしませんよね?
え、それは方向音痴のお前だけ?
シバキ倒すぞ。
「さて、どうしたもんかね……」
瞳ちゃん先生を呼ぶにも、今いる明確な場所が分からなければ来てもらうこともできません。
と、なると何か目印になるものを探して待ち合わせをするのが良いのですが、瞳ちゃん先生とて多忙の身。
できることならば苦労をかけることなくスマートに事を済ませるのが望ましいこの状況で、俺がやらないといけないことは目印探しの類ではないのでは?
いやしかし、集合時間に間に合わずに余計な心配をかけさせることこそ迷惑なのでは?どちらにせよ迷惑をかけるのでは?
そんなことを考えながら悩む俺の脳内は、さながらごちゃ混ぜ。
これが、これからバッジテストを受けに行く人の思考なのでしょうか。
いや多分違う(絶望)。
「ぐ、くぅ……俺の旅はここでおしまいなのか……!」
目の前が真っ暗になります。
あ、やっぱ黒くないです。黒いのはせいぜい地面でえっほえっほと働いているアリくらいのもので、俺の視界はコンクリの色がハッキリと見えるくらいには明瞭です。
さて、絶望ごっこはやめて現実に戻りましょう。
余裕を持って決めた到着予定時刻はとっくに過ぎていますが、ここはもう少し自分の力で目的地を探してみましょう。
それでもどうにもならなければ、目印のある場所で瞳ちゃん先生に助けてもらいます。瞳ちゃん先生には本当に迷惑ばかりかけているので、本来ならば選択したくはない未来なのですが、永遠に目的地に辿り着けずに余計な心配をかけるよりかはマシです。
「仕方ない、ここは一時休戦だ。もう一度力ァ借りるぜ、ナビアプリ──」
『目的地周辺です、お疲れ様でした』
「何やってんだお前ェ!!!」
もうナビアプリを使うのは諦め、闇雲に周囲を見渡します。
恥とか外聞とかそんなもん知りません。とにかく自力でたどり着いてあのバカアプリに指を立ててやるんです。
目的地周辺にはいるんです。それは確かなんです。
ならばここら辺を探しまわりゃ辿り着けるでしょってことで、俺は走り出しました。
走って、走って走り回って。
入口らしきものを探すために辺りをキョロキョロ、気持ちはオロオロ。
それでも気持ちは奮い立たせて、鼻息を荒くして。
──直感的に何かが始まりそうな気配を察知して、何も無いはずの後ろを振り向くと。
「……黒?」
まるで人には追いつけないような速度で、黒い物体Aが俺の額に突き刺さらんかの勢いで飛んできたのでした。
……え、なんで?