なんか同時期に入会したノリと勢いで「一緒にオリンピックで金メダル取ろうぜ!」って約束した友達が加速度的に成長してて約束を守れそうにないんだが 作:送検
物理的に目の前が真っ暗になりました。
迫り来る黒は、俺の額目掛けて一直線。一体何が飛んできたのかは確認できるほど余裕がなく、分かりませんでした。
しかし、このまま無抵抗では恐らく怪我をするでしょう。
故に、俺は咄嗟の判断で左手を黒い物体に差し出し──それを掴み取ります。
とはいえ、勢いまでは殺しきれません。
恐怖のせいか防衛反応か、身体の重心を後ろにしてしまった俺は、黒い物体を受け止めた勢いのまま転倒。
結果、俺は仰向けの状態になります。
尻餅をついた流れで仰向けになったので、ケツが痛いです。
いや、マジで痛い。割れる、割れちゃう、ケツが裂ける。
「いっててて……なんだこれ……」
と、取り敢えず掴んだものを確認しなければなりません。
つーか、こんな場所でストレートの軌道で飛んでくる黒い物体ってなんですかね?
カラスにしちゃあ随分冷たくて固い感触でしたし、それなら既に俺が襲われてるでしょうし。
じゃあなんなんでしょうかということで、仰向けの状態のまま左手で掴んだ物体Aを確認します。
「──うわやっば」
そして、思わず声が出ました。
皆さん大変です。スマホです、スマホ。
しかも新品に近い、綺麗なスマホです。
最新機器に近い、文明の利器です。
それが俺の顔面に、ストレートの軌道で飛んできたんです。
これがどういうことを意味するか、お分かりいただけますでしょうか。
「……」
そう、危険球です。
スマートフォンは人が持つもの。つまり、このスマホの持ち主が俺に向かって、もしくは闇雲に投げたということは明白。
そして、飛んでいった方向で喧しい声が聞こえりゃあ面倒くさくても様子くらいは見に行くでしょう。
なのでまあ、俺以外誰もいなかったこの場所に
「……」
「お?」
起き上がった俺の眼前に、黒が広がりました。
その場にはいるはずのなかった人。
黒い髪に、黒系統に揃えられた衣類。
唯一違う可能性のある目の色も、黒いサングラスによって隠され──彼を覆うものは全て黒に染まっていました。
「……」
その姿から発する威圧感。存在自体が揺らいで見える有様。本能的に感じる恐怖。
彼の存在が織り成す全ての感情に直面し、俺は思わず開いた口を閉じます。
というか、黒い人もといおっちゃんも俺を見下ろしてずっと黙っていました。
なんでしょう。持ち主なら持ち主で言うことがあると思うんですが、それすらないってことは……せや、もしかして持ち主じゃなくて心配して来てくれた優しいおじさんだったりするんですかね?
だとしたら、俺は優しいおじさんに御礼を言わなければなりません。
たった一言でいいんです。『心配してくれてありがとうございます、俺は大丈夫です』と。それだけ言って、おじさんを安心させるのです。
さあ、言うんだ倉見遥人!
優しいおじさんに、俺の優しさを振り撒いて真なるラブアンドピースを──
「あ、──りがと、おっちゃ」
「それ」
「
「僕の」
「
「返して」
「
持ち主なら先に謝れやオイ。
えー、はい。非常に残念ですが目の前にいるおっちゃんはただのスマホぶん投げ黒コートグラサン不審者でした。
ラブアンドピース?危険球投げて頭も下げない不審者と平和なんて作れるわけないだろ、テキトー抜かすなアホたわけ。
つーかスマホ投げんなよ。
数十万円の機械を握ってんだぞ、分かってんのか?
自覚はどうなってんだ自覚は。
「このスマホ投げたのおっちゃん?」
「……」
「黙ってちゃわかんないよ?主張するとこだけ主張して、俺の質問に黙りなのは頂けないなぁ」
「……」
喧嘩売ってんのかな、このおっちゃん。
さっきから会話を試みるも、肝心のおっちゃんは権利を主張するだけで会話になりません。
キャッチボール?無理無理、おっちゃんはそれ以前の問題です。俺の投げたボールを捕球するための姿勢もグローブも持ってないんですから。
ついでに投げるための肩もないと来ました。弱肩です。肩力Gです。文字通り話になりません。
この
え、いない?くたばれ。
「あのさぁ、おっちゃ──!」
『だ、ダメだよ倉見くん!知らない人に大声を上げるのは恥ずかしいんだよ!?』
「ッ──!?」
幾分かの理性を保っていた俺にも我慢の限界はやってきます。
物を投げられ、所持権を主張され、会話する気もなし。
人をブチ切れさせる欲張り3点セットを余すことなく用意された俺は、語気と鼻息荒く目の前のおっちゃんに食ってかかろうとしました。
『お、落ち着いて!すーっと息を吸って、吐いて!し……しんとう、めっきゃく?だよ!』
「……本物の結束さんは『し、しんとう……めっきゃく、だよっ!』なんて言わないと思うんだけどな」
『い、言うよ!それくらい言えるもん!』
しかし、そんな時に限って何故か俺の頭の中で女の子の声が響き渡ります。
その女の子の声を、俺は知っていました。
それは──そう、最近フィギュアスケートという共通の趣味を通して友達になることができた女の子、めちゃくちゃガールの結束いのりさん!
そんな女の子の声が脳内で反響すると、失いかけていた冷静さが少しずつ戻ってきます。
そう、そうですよ。いくら目の前のおっちゃんがコミュ障でキャッチボールする気なくて、オマケにスマホを投げつけたとしても、それは俺が感情を顕にして良い理由にはなりません。
自分の感情をぶつけることは、自分の都合で行う身勝手です。これがもし、目の前にいるのが見知った仲の友人ならばまだ良いでしょうが、相手は初対面の不審者です。
これではいけません。ここで俺が1曲分のブチギレダンスを踊って、地団駄を踏んだり咆哮を上げたりすれば、たちまちこの空間は混沌としたものと化してしまうでしょう。
なので、ここは冷静に。
スマホを返して、おっちゃんの目の前から消えて、また邦和スポーツランドの入口探しを再開しましょう。
あはは、簡単なことじゃないでせうか。こんな簡単なことにも気付けないなんて、俺ってばおっちょこちょいですね。
なんだかさっきから顔全体が引きつっているような気もしますが、気のせいでしょ。ヘーキヘーキ。
つーわけで、俺はおっちゃんを見上げながら──否、実際には目の前に結束さんがいると想像しながら、自分に語りかけるように言葉を紡ぐのでした。
「ふ、ふふっ……分かってるさ結束さん。俺は大丈夫。もうキミと出会った時みたいなことはしない。あの日から俺は道を踏み外すことの無い冷静さを得ることが出来たのさ……!」
「……」
「……なんだよ」
「終わった?」
「ビーンボール投げたら謝罪ィ!頭下げるかグラサン外せやオラァン!!!」
そしてブチギレました。
『倉見くん!?』と脳内でミミズを漁っていた結束さんが俺の奇行にびっくりしていますが、そんなの知ったこっちゃありません。
この人相手にキレないとか無理でしょ。何が『……終わった?』やねん。終わってんのはお前のコミュニケーション能力だ貴重品バースト系不審者が。
「そもそもスマホ投げるようなイカれたフレンズがこんなところで何してんだ!!つーかアンタ誰や!!名乗れ!!除霊したる!!」
「……キミ、本当にうるさいね」
「元はこんなんじゃない!おっちゃんが常識知らずな危険球投げるからこうなってんだ!!」
「……」
表情こそ分かりませんが、おっちゃんが心底うざそうにしているのが分かります。
いやさ、うざいの分かるよ。こんなガキにギャーギャー言われたらそりゃめんどっちいよな。俺がアンタの立場なら間違いなく面倒だと思うよこのクソガキ。
けど元凶アンタだよ。スマホ投げて、会話のキャッチボールもせずに、面倒くさそうにタバコ吸ってんのアンタだよ。
少しは申し訳なくしろよ。
マジでぶっ飛ばすぞ。
「下手したら今日のバッジテスト出れなかったし、スマホもお釈迦になってたんだぞ……少しは感謝してくださいよマジで……」
「……」
「あーもうこっちの話っす。気にしないでくださいっす」
なんかもう怒るのも面倒になってきました。
つーか、怒った時点で俺の負けだったのでしょう。
いや、そもそも勝ち負けもクソもないと思うんですが、おっちゃんの押し問答やスマホに対する確固たる意思を打ち砕くには、もう少し俺自身が言語能力や冷静さを筆頭とした力を身につけなければならないのでしょう。
まあそれはそれとして、このおっちゃんは大っ嫌いだけどな。
何が好きで全身も思考も真っ黒のおっちゃんを好きになれというのか。
危うく俺の将来真っ黒になるとこだったわ。
「はい、スマホ」
「……」
「耐久性高いね。けど、もう投げんのやめな。大事な人と連絡取れなくなるよ?」
取り敢えず思ったことを口に出す暴挙の甲斐あって、本物の冷静さを手に入れることが出来た俺は、掴み取ったスマホをおっちゃんの眼前に差し出し、改めておっちゃんを見上げます。
黒い髪、黒いサングラス、黒系統のコーディネート。
これでマスク付いてたら不審者確定ですね。
つーかよく見たら顔ちっさ。骨格からイケメンとか何それ羨ましい。
「大人用のマスクとか付けてたら……顔が埋もれそうだな……」
「……」
「あ、すんません。なんもねっす。こっちの話っす」
終始無言で、煙草を吸う時以外は微動だにしなかったおっちゃんの身体が動き、俺からスマホを受け取ります。
いやほんとなんなんだこのおっちゃん。マジで口数少ないな──と内心でおっちゃんに対して止まらぬ苦言を呈していると、不意におっちゃんがしゃがみ込み、子どもである俺の視線に目を合わせます。
この行為は彼なりに考えた優しさの結果なのでしょうか。それとも、口うるさいクソガキに対する彼なりの処世術なのでしょうか。
そんな事を考えていると、ため息混じりにおっちゃんは一言。
「……これに」
「はい?」
「連絡先はひとつしか入っていない。だからキミの心配は必要ない」
そう言って、右手に持ったスマホの内情を吐露したのでした。
「…………。えっと、……あー」
「……」
「お、おう。……な、なんだ。えっと……連絡先交換するか?」
「要らない」
「お、おっちゃんにもいいとこはあると思うぜ?その、なんつーか……幼い子どもにもヘーキでスマホを投げつけるその情け容赦ねえ性格とか……真の男女平等主義ってカンジでステキ!!」
「疲れない?それ」
そう思ってんならワケの分からねぇ一言を付け足すのやめてくんねぇかなマジで。
あまりに予想の斜め上すぎる言葉に、俺の視線はおっちゃんから虚空を捉えます。
夕焼けが差し込み始めた空、付き始める街灯の明かり。よどみない空気を汚す僅かな副流煙。
へー、夕焼けってこんなに楽しくないものだったっけー不思議だなぁと思い始めた頃には、既に俺の頭から真面目な考えや怒りの類は消え去っていました。
「まあ、そう。元はと言えば……キレ散らかした俺が悪い、俺が始めたトラブルなんだけどな……」
「……好きなんだね、そういう独り言」
「うん、ごめんおっちゃん。ちょっと静かにしてて」
もうこの人のグラサンとかそこはかとなく感じていた威圧感とか怖くねえわ。
だってさ、どう転んでも俺にとってのこの人はスマホをぶん投げて、所有権を主張するだけのコミュ障で、問われた質問に対してポンコツ回答するスマホの連絡先ひとつだけのどうしようもない大人だもん。
そんな人に威圧されたところで「あっそ」位にしか思えないわ。
瞳ちゃん先生の方がよっぽど怖いしソンケーできるよ俺。
「……」
とはいえ、ここにソンケーできる瞳ちゃん先生はいません。
先程も考えたように、緊急時の連絡先を用いて瞳ちゃん先生と話をすることは出来ますが、目印となる場所を見つけられていない以上、呼び出したところで出来ることは世間話位のものしかありません。
今ここで、このタイミングで瞳ちゃん先生に助けを求めても問題の根本的な解決には至らないのでしょう。
そして、目の前には大人のおっちゃんがいます。
生憎と黒系統の服に、煙草をぷかぷかと吸うスマホクラッシャーで不審者なおっちゃんですが、どんな人であろうと
なら、今の俺がすべき最善の策っていうのはこれなんじゃないかなと。
そう思った俺は、一先ず頭を下げて。
彼がコミュ障に加えて方向音痴までこじらせていないことを切に願い、俺はおっちゃんにとあるお願いをするのでした。
「おっちゃん、いくらおっちゃんがスマホをぶん投げたとはいえ怒る必要はなかった。ごめんなさい」
「……」
「後、喧しくてごめんなさい。独り言とか……あ、そうだ。おっちゃんをゴーストに見立ててバスターしようとしたのも謝るよ。色々ごめんなさい」
「……それは」
「そんでさ、恥を忍んでお願いがあるんだけどさ。
もし知ってたらでいいんだけどさ、邦和スポーツランドっていう複合施設の入口教えてくれない?」
「……」
何かを言いかけたおっちゃんの口が止まり、なんとも言えない雰囲気になります。
う、うん!分かります!分かりますよね!さっきまでギャーギャー騒いでた奴の道案内とか絶対嫌ですよね!めーちゃ分かります!死ぬ程分かります!!
だけどお願いします!流石に母ちゃんの叱咤と瞳ちゃん先生の甘い誘い*1があったとはいえ「8級目指して驀進じゃァァァァァァァ!!!!」とか言ってたヤツが初級のバッジテストに不参加で失格はヤバいんです!
無理を承知で、……え、ダメ!?そ、そこをなんとか!!お願いしますタバコの使いっ走りでもゲテモノスムージー一気飲みでも何でもしますから!
「何で僕がキミの道案内をしなくちゃいけないの?」
「俺さ、今日フィギュアスケートのバッジテスト受けるんだよ。もうそろそろ辿り着かないと瞳ちゃ……コーチに怒られちゃうんだ」
「……キミが?」
「うん」
依然としておっちゃんの声は淡々とした様子で、目の前のクソガキに疑問と言葉を投げかけます。
俺の状況に同情なんてもんは持ち合わせてないでしょう。最早おっちゃんにとっての俺はそんな感情を抱けるような存在じゃありません。
控えめに言って歩く騒音です。正直なところおっちゃんが俺を助ける義理なんて微塵もありません。
そんな事は俺とて分かっています。俺もおっちゃんは苦手です。良い感情は持ってません。
それでも、今の俺には大人の助けが必要です。お世話になった大人に迷惑をかけないためにも、今ここにいる大人に非礼を詫び、助けを求めなければなりません。
だからこそ、俺は頭を下げたまま続けます。
言葉と態度の剣を地面に捨て、その剣を見つめるように頭を下げ、今やるべきと思った事を続けるのでした。
「さっきまでのこと、謝る。ごめんなさい。
今の俺はおっちゃんの助けが必要なんです。お願いします、助けてください」
数分とも錯覚できる無言が、俺の心臓をバクつかせます。
おっちゃんは俺の心臓がバクついている間、何を喋ることもなく──自分の靴底で煙草の火を消している様が視界に映りました。
動きが手馴れています。箸で白飯をかき込む日本男児くらい自然な流れです。もはやこの人にとって煙草は食事であり、ルーティンの1部なのでしょう。
「……」
そんなことを考えていたのも束の間。
おっちゃんは小さく嘆息を漏らし、立ち上がります。
その光景に思わずお辞儀したまま顔を上げる俺。
そんな情けない姿勢の俺を黒いおっちゃんは一瞥し。
何を言うこともなく、歩き始めました。
……え、放置プレイっすかね?
「頭を下げたままで目的地に辿り着けるの?」
「へ」
「……」
と、思ったのですが──おっちゃんは1度立ち止まると、何やら含みのある一言を漏らして
その姿は、まるで子どもを気遣う優しい大人のそれで。そんな姿を目敏く見つけた俺はおっちゃんに対して一言。
「……おっちゃん、もしかして優しいおじさん?」
「……」
「ツンデレおじさん?」
「本当に好きだね、無駄口が」
余計なことを言いつつ、おっちゃんの後を小走りで追いかけるのでした。
『く、倉見くん!知らないおじさんに付いていくのは恥ずかしいんだよ!?』
おい、うるせぇぞさっきから。
ガチモンの結束さんはそんなこと言わねぇんだよ少し黙ってろ。