俺は、最近自分の影のことが気になっている。
特に変わったことはない。
影はいつも通り、俺の動きに合わせて伸びたり縮んだりする。
──ただ、一つだけ、おかしいことがある。
影が、増えている。
最初に気づいたのは、会社から帰宅した夜だった。
アパートの玄関前で、ふと足元を見た。
街灯の光が俺の影を作っている。
でも、その横に、もう一つの影があった。
「……?」
俺の他に、誰もいない。
なのに、影は俺と並ぶようにもう一つ存在していた。
「気のせいか……?」
俺は足を動かしてみた。
すると、俺の影と一緒に、隣の影も同じように動いた。
──でも、それは俺の影ではなかった。
俺が右に足を踏み出した時、
隣の影は、左に足を踏み出していた。
「……。」
背筋がゾクリとした。
次の日。
会社で昼休み、俺はふと自分の足元を見た。
──そこには、三つの影があった。
俺の影。
そして、もう二つの影。
……増えている。
影は、毎日増えた。
次の日は四つ。
その次の日は五つ。
影の形は、どれも俺と同じだった。
でも、動きは微妙に違った。
最初の影は、俺と左右逆の動きをする。
二つ目の影は、俺より少し遅れて動く。
三つ目の影は、まるで俺の行動を予測しているかのように、俺が動く前に動いていた。
「……。」
俺は、怖くなってきた。
でも、誰にも言えなかった。
影のことを話したら、ただの気のせいだと思われるだろう。
俺は黙って、影が増えていくのを見続けた。
ある日、俺は試しに影を踏んでみることにした。
自分の影の上に足を乗せる。
──何も起こらない。
次に、増えた影の上に足を乗せる。
──何も起こらない。
……いや。
影が、わずかに揺れた。
「……。」
影が揺れる?
そんなこと、あるのか?
俺は、じっと影を見つめた。
──すると、影が、俺を見上げた。
「……ッ!」
影には顔なんてない。
でも、俺には確かに、影が俺を“見た”と分かった。
次の日。
俺は朝起きて、いつものように足元を見た。
影は、十個になっていた。
俺の影。
俺の動きを左右反転する影。
俺の動きを遅れて真似る影。
俺の行動を予測する影。
……そして、新しく増えた影たち。
その日、俺は気づいた。
影が、俺と関係のない動きをしている。
それまでの影は、すべて俺に従っていた。
でも、十個目の影は、俺が動いていないのに勝手に動いた。
俺が立ち止まっているのに、
影の一つが、ゆっくりと歩き出す。
俺が手をポケットに入れているのに、
影の一つが、ゆっくりと腕を上げる。
「……なんだよ、これ……」
俺は震えた。
影は、増え続けている。
しかも、もう俺とは無関係に動き始めている。
これが続いたら……
最終的に、どうなる?
俺の影は、どこまで増える?
俺が止まっているのに、影だけが歩いていく。
影だけが手を振る。
影だけが、俺の方を振り返る。
──俺を、見ている。
その夜。
俺は、いつものように部屋で寝ようとした。
布団に入り、電気を消す。
部屋は真っ暗になった。
──影は消えた。
少し安心した。
光がなければ、影はできない。
俺はゆっくりと目を閉じる。
……しかし、その瞬間。
「おやすみ。」
暗闇の中で、誰かの声がした。
──俺は、一人暮らしのはずだった。
【END】