スパイダーマン、ようこそテラへ   作:庵間亜狐也

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#2 異世界より

 龍門近衛局の業務内容は多岐にわたる。

 龍門の治安維持、先のレユニオン事変の後始末、市民への交通指導、未解決事件の調査、拘束した被疑者への取調べ——。

 とにかく何でもしなければならない。どんなに些細なことでも龍門のために力を尽くす、それが龍門近衛局の使命なのだ。

 

 たとえそれが、末期感染者を病院に担ぎ込み、院内を感染爆発の危険に晒したテロ未遂の赤と青の全身タイツを着た不審者に対する取調べだったとしても。

 

 ◆◆◆

 

 近衛局の取調べ室へ向かう道中、スワイヤーは口を開いた。

 

「鉱石病検査、陰性だったのね」

 

 良かったわ、とスワイヤーは隣を歩くホシグマの顔を見上げる。

 

「私含め、院内にいた局員は全員陰性でしたからね。ひと安心です。さすがに一時は肝を潰しましたが」

 

 苦笑いを浮かべるホシグマだったが、それに向けるスワイヤーの視線は鋭い。

 

「無理はするなといつも言ってるでしょ。チェンみたいな*龍門スラング*は一人で十分だわ」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 隣を歩くこの鬼は、こっちの心配を分かっているのだろうか。スワイヤーは鼻を鳴らして本題に入る。

 

「で、被疑者の蜘蛛野郎の様子は?」

「スパイダーマンですよ、自称ですけど。被疑者のピーター・パーカーは今のところ協力的な態度です。こちらの指示にも素直に従ってくれてます」

 

 もちろん厳重警戒対象ですけどね、とホシグマは付け加える。

 

「聞くところによると、腕力じゃアンタと良い勝負だったそうじゃない?」

 

 スワイヤーの問いに鬼族のプライドが刺激されたか、ホシグマの顔が若干曇る。

 

「悔しいですが認めざるを得ませんね。般若を使った突撃を真正面から受け止められたのは初めてです」

「そうでしょうね」

 

 ホシグマのパワーは近衛局内でも群を抜いている。それと真正面からやり合えるやつがそう何人もいたら敵わない。

 

「で、糸を操るアーツの方は?」

「どうもアーツではない機械技術のようです。詳しいことは分かりませんが、化学分析班も見たことない技術だそうで」

「ふぅん……。ま、当人に吐かせるとしましょうか」

 

 スワイヤーとホシグマが取調べ室に入ると、強化アクリル板の向こうに、被疑者スパイダーマンことピーター・パーカーがいた。

 赤と青の全身タイツと頭部をすっぽり覆っていたマスクは身柄拘束時に剥ぎ取られたらしい。スウェットを着せられているが、ホシグマから上がってきた報告書で見た写真と同じ顔だ。

 

 スワイヤーはアクリル板を挟んでピーターと向かい合うように座る。

 

「初めましてピーター・パーカー。スパイダーマンと呼んだ方がいいのかしら?」

 

 ピーターが人懐こそうな笑みを浮かべた。年齢も随分若く見える。大学生か、もしくは大学を卒業してすぐくらいか。

 

「どっちでもいいよ。キミは?」

「アタシはスワイヤー。で、こっちはアンタを気絶させたホシグマ」

「あー、覚えてるよ。闘牛のお姉さんね、いいチョップだった。もう二度と食らいたくないくらいにはね」

 

 こんな状況でも軽口を叩く余裕はあるらしい。

 横でホシグマがぼそっと「鬼ですが」と呟くのを聞き流し、スワイヤーは続ける。

 

「これからアンタの取調べをする。素直に質問に答えれば多少罪が軽くなるかもね」

「それはいいや! 話し相手もいないし数独パズルもなくて退屈してたところだから。ねぇ、もし調書に『スパイダーマン』って書くなら『スパイダー』と『マン』の間にハイフンつけるの忘れないでね」

「善処するわ。あと聞かれたことだけに答えなさい。私語もジョークも禁止。わかった?」

「イエッサー」

 

 随分とノリが軽い。それが素なのか虚勢なのか、スワイヤーには判断しかねたが、ここに座っているのが自分ではなくチェンだったらブチギレていただろうなと思った。

 何にせよ、スワイヤーはやるべきことをやるだけ。すぐに取調べが始まった。

 

「出身は?」

「ニューヨークのクイーンズ」

 

 早速スワイヤーは言葉に詰まった。「ニューヨーク」も「クイーンズ」も聞いたことのない名詞だ。

 横にいるホシグマに顔を向ける。

 

「聞いたことある?」

「少なくとも極東と炎国では聞いたことありません」

「イントネーション的にクルビアかしら」

「ヴィクトリアかもしれません」

「ボリバルの可能性は?」

「んー、サーミでないことは確かかと」

 

 生産性のないやり取りを経て、スワイヤーは肩を落とした。これは骨が折れそうだ。

 

「パーカー。アタシ達は『にゅーよーく』という地名を聞いたことがないわ」

「ニューヨークは州の名前だよ。国はアメリカ」

 

 またも知らない名詞が飛び出した。

 ちらりとホシグマを見るも、やはり彼女も知らないらしく首を傾げるばかり。

 

「パーカー、もしも揶揄ってるならタメにならないわよ」

 

 苛立ちを隠さずスワイヤーが凄むと、ピーターは困ったような顔をした。

 

「全部ホントだってば。ただ、キミたちが知らないのも無理ないよ。僕は異世界から来たんだ」

「はぁ?」

 

 度重なる激務で頭がおかしくなったのだろうか。これは本格的に休暇を取らないとまずいかもしれない。

 

 ◆◆◆

 

「えーと、つまりピーター? あんたは二週間前にぐりーんらんたんとかいう犯罪者が作った、あー、なんちゃら転送装置に巻き込まれて……?」

「厳密には十六日前ね。グリーンランタンじゃなくてグリーンゴブリンが作った量子加速式時空転移装置だよ」

「そういうこと聞いてんじゃないのよ……」

 

 スワイヤーは己の頭を掻きむしった。

 

 目の前にいる男が語った話は、あまりにも荒唐無稽なものだった。

 

 スパイダーマンことピーター・パーカーはテラとは全く別の世界にある街で自警団的な活動をしていたらしい。長年の宿敵グリーンゴブリンが異世界を行き来するための装置を作ってしまったので、それを止めるべく戦っていたが奮闘むなしく装置が作動し、龍門に落っこちてきたのが半月前のこと。

 

「どう思う?」

 

 横で黙っていたホシグマは肩をすくめた。

 

「小官にはさっぱり。ただ、嘘にしては嘘っぽすぎる」

 

 テレビゲームを親にねだる子供でも、もう少しそれっぽい嘘をつきそうなものだ。

 

 ピーターの話からして、半月前に龍門で起こった爆破騒ぎも、そのグリーンゴブリンなる者が絡んでいる可能性が高い。

 何ともまあとんでもない事件が舞い込んできたものである。

 

 ピーターの経歴はさて置いて、スワイヤーは質問を変えることにした。

 

「死んだ感染者とはどういう関係だったの」

 

 一転してピーターの顔が険しくなる。

 

「トレッドだよ。彼の名前はトレッドだ」

「悪かったわ。言葉を変える。トレッドとはどういう関係だったの?」

 

 ピーターが項垂れる。その瞳には後悔と無力感が浮かんでいた。

 

「友人だよ。こっちに来てからすぐ知り合ったんだ。龍門のスラム街についていろいろ教えてくれたし、食べ物も分けてくれた」

「鉱石病のことはどれくらい知ってるの?」

「感染性の不治の病気で、体から石が生えてくるってことくらいかな。……感染した人はほとんどが差別を受けてるって話もね」

 

 少しだけ口を閉じてから、ピーターは続けた。

 

「ごめん。感染者が死ぬ時に何が起こるのかは知らなかったんだ。あの日、トレッドが急に苦しみ出したから何とか病院に連れて行ったんだけど、まさかあんな風になるとは思わなかった」

 

 重苦しい沈黙が降りる。

 

「あの一件から、新しい感染は報告されてないわ。それだけは救いね」

「ああ……本当によかったよ」

 

 消沈したピーターに、スワイヤーはかける言葉が思い浮かばなかった。

 彼の行動は純粋な善意と正義感に突き動かされた結果なのだろう。それが巻き起こした騒動を鑑みても、スワイヤーはピーターを非難する気にはなれなかった。

 

 ピーターがトレッドを担ぎ込んだ先が市街地の病院ではなく、あのロドスだったら結果はまた違っていたのかも知れない。

 

「今日の取調べはここまでにするわ。あなたの処遇はこちらで検討する」

「お手柔らかに頼むよ」

 

 スワイヤーとホシグマは、取調べ室を後にした。

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