スパイダーマン、ようこそテラへ   作:庵間亜狐也

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#3 潜伏、発露、爆発

 龍門市内の病院で感染者騒動が起こってから、あっという間に数日が過ぎた。

 

 毎日毎日、仕事と仕事の合間に仕事。

 

 龍門近衛局には大小様々な事件が舞い込んで来る。行方不明のペットからマフィア同士の抗争に至るまで、その種類は多岐に渡る。

 

 いくら天下の近衛局といえども、そのリソースには限りがある。危険度が低いと思われるものや、手掛かりが集まらず捜査不能と判断されたものは当然優先度は低くなり、最終的には迷宮入りとして処理される。

 

 もちろん簡単に未解決事件ファイルのページを増やすわけにはいかないのだが、一度優先順位の下がった案件が再び捜査線上に浮かび上がることはそうそうない。

 

 しかし、物事には例外が付きもののようで。

 

「爆発現場で回収されたものよ。見覚えはある?」

 

 スワイヤーは取調べ室にいた。

 特殊加工を施された強化ガラスの向こうに座っているピーターは、スワイヤーが差し出した金属片をじっと見つめる。

 

「……うん。グリーンゴブリンが使ってるパンプキンボムの破片で間違いない」

「こんな形で捜査が進展するなんてね」

 

 半月前に龍門市街地で起きた連続爆破事件は、それなりの規模で発生し、市民にも被害があった。

 しかし目撃証言も少なく、犯人の目星もつかなかったため、龍門に潜伏するマフィアの抗争と結論づけられ、捜査の熱は下火になっていた。

 

 ピーターの証言によると、犯人のグリーンゴブリン、本名ノーマン・オズボーンはピーターと同じ世界から来た異世界人であり、向こうの世界では名の知れた科学技術企業のCEOだったらしい。

 ピーターは何年もグリーンゴブリンを捕まえるべく奔走しており、テラ大陸に来てしまった原因もこの男が作った装置によるものだという。

 

「本当はとてもいい人なんだ……」

 

 ピーターは残念そうに言った。

 

 ノーマンは難病治療のために製作された新薬を自身で試したところ、その副作用として重度の二重人格障害を発症し、グリーンゴブリンとしての人格はそれによるものらしい。

 

「事情が何であれ、龍門に危害を加えるやつを放っておけないわ」

「分かってる。彼を野放しにするわけにはいかないからね」

「また何かあったら意見をちょうだい」

「もちろん」

 

 スワイヤーは椅子から立ち上がろうとして、ふと思いついて改めて座り直した。

 

「留置所の生活はどう」

 

 ピーターの立場あまりにも複雑なので、近衛局上層部でも処遇を決めあぐねていた。今後の方針が定まるまでは近衛局の留置所で拘束されることになっている。

 

「悪くないよ。本も読めるし、ラフト刑務所に比べれば天国みたいだ」

「しばらくは我慢してもらうからね」

「それは構わないけど……。ああ、そうだ。昨日もらった論理パズル雑誌とアーツ理論の基礎はもう読み終わっちゃったんだ。鉱石病関連の本があるなら読ませてくれない?」

「もう読み終わったの?」

 

 暇つぶしになればと渡した本だったが、一般の大学生でも読み終わるのに数日はかかる代物だったはずだ。

 

「まずかった?」

「別にまずくはないけどね……」

 

 スワイヤーは呆れと感心が入り混じった目をピーターに向ける。

 

「アンタ、実は著名な科学者だったりしないわよね?」

「それを目指したこともあったなぁ。でもほら、スーパーヒーロー活動と両立するのが難しくってね」

「ふぅん。それじゃ行くわ。本は掛け合ってみるけど期待はしないでよね」

「オーケー、お仕事頑張って」

 

 ピーターの話からしてグリーンゴブリンは未だ龍門のどこかに潜伏している可能性が高い。

 早いところ見つけ出さなければ。

 

 ◆◆◆

 

 龍門市街地の外れにあるコンテナ区画。その倉庫の一つは物流会社ペンギン急便のアジトだ。

 

 ガレージに改造されたコンテナの中には、普段の配送業務で使う社用車が鎮座していた。

 その運転席に座るのはペンギン急便が誇るドライバー、テキサス。

 普段なら慣れた調子でハンドルを握る彼女の両手は、しかしチョコ菓子のボックスを弄んでいた。

 ちらりと時計を見る。本来ならもう配達に出ていなければ間に合わない時刻だ。

 

 フロントガラスを覆うように上げられたボンネットに向かってテキサスは声をかける。

 

「まだかかりそうか?」

 

 ボンネットの向こうから男の声が応えた。

 

「点火プラグの劣化だ。交換すればすぐにでも出られる」

 

 車の横で苛立ちを滲ませたエンペラーが唸った。

 

「ったくツイてねぇな……。今回の得意先は時間厳守だ。遅れたらシャレにならねぇ」

 

 エンジンルームを覗き込んでいたエクシアが顔を上げた。

 

「エンジンかかんなくなるの今月入って三度目だよ。ボス、車買い換えようよ。ターボチャージャー付きのニューモデルにさ」

「車も安くねぇんだよ。その分給料下がっていいならすぐにでも買い替えてやる」

「ちぇ〜」

「エクシア、頭を動かさないでくれ。手元が陰になってしまう」

 

 エンジンルームを弄っている男の声がエクシアを咎めた。

 

 エクシアは不服そうに眉を顰め、頭を下げた。

 

「サンクタの光輪は懐中電灯じゃないんだけど」

 

 少しの間ガチャガチャと音がして、それから男の声が上がった。

 

「これでいいはずだ。テキサス、エンジンをかけてみてくれ」

「ああ」

 

 テキサスがキーを回すと、ぶるんと車体が震えてエンジン音が轟いた。

 

「かかったぞ」

 

 歓声の代わりにエクシアが口笛を吹いた。

 

「今から出れば何とか間に合う。……ノーマン、助かったよ」

 

 ボンネットを閉めた中年の男——ノーマン・オズボーンにテキサスが労いの言葉をかけると、彼はにっこり笑って見せた。

 

「さぁ、飛ばしていこう!」

 

 愛銃を片手にエクシアが助手席に飛び乗ってきた。

 続いてノーマンも後部座席に乗り込んだ。

 

「休んでくれていてもいいんだぞ」

 

 テキサスの言葉に、ノーマンは笑った。

 

「道中エンストした時にメカニックがいた方がいいと思ってね」

「言えてるな……飛ばすぞ」

 

 言うが早いかテキサスは蹴飛ばすようにアクセルペダルを踏み込んだ。

 

 ◆◆◆

 

 近衛局の交通安全課が見たら白目を剥いてぶっ倒れそうな運転で、テキサスは車を走らせる。

 相棒のエクシアはいつものこととばかりに涼しい顔をしているし、後部座席のノーマンも特に何か言うことはなかった。

 

「ノーマン、記憶は戻りそう?」

 

 エクシアが斜め後ろに座るノーマンに声をかけた。

 

 ノーマンは重度の記憶障害を患っているらしく、出会った時もここ数ヶ月の記憶の大半を失っている状態だった。

 

 テキサスとエクシアがノーマンと出会ったのは、一週間前のこと。配達帰りに車がエンストを起こして立ち往生していたところを、通りがかりのノーマンが応急で修理をしてくれた。

 お礼のためにペンギン急便のアジトに招待したところ、彼の機械工学の腕前に感心したエンペラーが、臨時のエンジニアとして雇うことにしたのだった。

 

 聞いたところによれば、ノーマンはニューヨークとかいう都市で、オズコープという科学技術企業のCEOを勤めていたらしい。

 

「残念ながら、これがさっぱりでね」

「そっかぁ。まっ、気にしなくてもきっとすぐ戻るよ。ね、テキサス」

 

 エクシアは明るく言ってのけるとテキサスのチョコ菓子を一つノーマンに放り投げた。

 

 テキサスがルームミラー越しに、チョコ菓子を頬張るノーマンを見る。少し神経質そうな顔つきだが、人の良さそうな男だ。

 きっと記憶障害で様々な苦労をしているに違いない。

 

「ああ、きっと良くなる」

 

 テキサスがエクシアに同意すると、ノーマンは微笑んだ。

 

「そうだといいんだがね」

 

 ◆◆◆

 

 市街地の裏路地に、テキサスは車を停めた。

 

「着いたぞ」

 

 待ってましたとばかりにエクシアは助手席から飛び降りた。

 

「ノーマン、後ろの荷物もよろしく」

「ああ、分かっている」

 

 後部座席に積んでいた箱を抱えて、ノーマンも車から降りる。

 

「随分重いな、中身は源石バッテリーだったか?」

「ああ、源石バッテリーが一ダース。精密機械だから落とさないように気をつけて」

 

 配達指示書を片手に、テキサスは近くのビルを指差した。

 

「配達先はあそこだ。社員用の通用口に向かう」

「オッケー、ちゃちゃっと終わらせよう」

 

 テキサスとエクシアは足早に歩き出す。

 

 ……ところが、ノーマンがついてこない。

 

「ノーマン? どしたの?」

 

 荷物を抱えたまま、ノーマンは車の側で微動だにしない。

 

「ノーマン……?」

 

 テキサスが彼の方へ歩み寄ろうとしたその時、ノーマンは顔を上げた。

 

 彼と目が合った瞬間、テキサスは口をつぐんだ。

 

 物腰柔らかなエンジニアはそこにはいない。ノーマンは爛々と目を光らせ、その顔は邪悪な笑みを浮かべて歪んでいる。

 

「ははっ、これだ……これが欲しかったのだ……!」

 

 あまりの豹変ぶりに、テキサスとエクシアの緊張が高まる。

 

「ノーマン、何の真似だ」

 

 テキサスの鋭い問いかけを、ノーマンは鼻で笑って一蹴する。

 

「はっ、ノーマン? あんな腰抜けはもういない!」

 

 上空から何かが轟音と共に急降下してきた。

 翼を広げた羽獣のような形をした金属製のそれが、ノーマンの目の前で静止すると、彼は軽やかな身のこなしで飛び乗った。

 

 ギョロリとした瞳でテキサスとエクシアを睥睨した男は、高らかに叫んだ。

 

「覚えておけ、俺の名前はグリーンゴブリンだ!」

 

 ノーマン、いやグリーンゴブリンは、金属製の羽獣から何かを放り投げた。くすんだオレンジ色に着色された球体は、硬質な音を鳴らしながらテキサスの足元に転がってきて——。

 

「テキサス! 伏せて!」

 

 叫び声と共にエクシアがテキサスを突き飛ばす。

 

 瞬間、球体が炸裂した。

 

 強烈な爆発音と衝撃波が去り、耳鳴りに耐えながらテキサスが顔を上げる。

 

「エクシア!」

「へーきだよ」

 

 服についたほこりを払いながらエクシアが立ち上がる。

 

 状況が飲み込めない二人に、頭上から邪悪な声が降ってくる。

 

「さらばだペンギン急便! あのペンギン野郎にもよろしくと伝えておくんだな!」

 

 不気味な哄笑を残して、グリーンゴブリンはビルの向こうへと消えていった。

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