スパイダーマン、ようこそテラへ   作:庵間亜狐也

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#4 再会

 留置所の簡素なベッドに寝転がっているピーターは、読んでいた本を閉じた。

 ここ数日で読んだ本は枕元に積み上がっており、赤ん坊の背丈くらいになっていた。

 

「鉱石病……感染者……アーツ」

 

 ピーターが落っこちてきたこのテラ大陸で、主なエネルギー源とされている源石。

 それがもたらす恩恵と災害を思えば複雑な気分だ。

 

「科学技術の発展は、屍を土台にして積み上がる……。どこの世界でも同じだね」

 

 ピーターは故郷のニューヨークに想いを馳せる。天に届かんばかりの摩天楼、雑踏を極めるタイムズスクエア、朝ゴミ出しの時にいつも挨拶してくれる隣の部屋のジェーンおばさん、いきつけのパン屋のスミス夫妻が作るサンドウィッチはクイーンズでダントツ。

 

 元の世界に帰る手立ては未だ見当もつかないが、それよりもやるべきことは龍門のどこかに潜伏しているであろう、グリーンゴブリンの確保だ。

 あの男が源石やアーツをどのように悪用するか、考えただけでも恐ろしい。

 

 グリーンゴブリンを捕まえるためなら、ピーターは近衛局に対するどんな協力も惜しむつもりはない。現に、時折やってきて情報を求めるスワイヤーには、ピーターが知る限りの全てを伝えている。

 理想としては、この留置所から出してもらって龍門近衛局と全面的な協力体制を取ることだが……。

 

「ま、許してくれるわけないよね……」

 

 市街地の病院で感染爆発を起こさせようとした、テロ未遂犯。これが近衛局内でのピーターの立場だ。

 我ながらとんでもないことをやらかしたものだと、ピーターは自分に呆れる。

 

 この留置所の格子扉の構造は既に把握済みで、スパイダーマンの腕力をもってすればぶち破ることも容易いが、なんだかそれはスーパーヒーロー的にNGな気もする。

 

「どうしたもんかな……」

 

 ピーターは横になったまま頭の後ろで手を組んだ。

 

 次の瞬間、ピーターは反射的に跳ね起きた。全身に鳥肌が立つ。天敵の気配を察知した小動物が辺りを見回すように、周囲の気配を探る。

 

 スパイダーセンスは、スパイダーマンの能力の一つ。いわゆる第六感に似たそれは、危機が迫る瞬間、直感的にそれを知らせてくれる。

 

 そして今、スパイダーセンスは何らかの危険が迫っていることをピーターに教えてくれているのだ。

 

 突如、地面が揺れた。いや揺れたというよりも、何らかの振動が床に伝わってきているのか。その振動は不整脈のように断続的なもの。

 

 ピーターが耳を澄ますと、留置所の外が徐々に騒がしくなっていくのが分かった。

 

「ねぇ、誰かいない!?」

 

 返事はない。幸か不幸か、留置所に監視の目はない。

 

 スパイダーセンスのざわめきは収まらず、むしろじわじわと強くなってきてさえいる。

 確信する。近衛局の建物で何かが起こっているのだ。それもとびきり悪い何かが。

 

 もうピーターに悩んでいる暇はない。

 

「ごめん、スワイヤー」

 

 格子扉の鍵穴あたりに手を掛けると、ピーターは全力で引っ張った。スパイダーマンの膂力は扉の設計者の想定を超えているらしく、金属が軋む。さらに力を込めると、扉を施錠していた金属パーツが音を立てて弾けた。

 

 キィ……と情けない音を立てて開いた扉をくぐり、ピーターは留置所から飛び出す。

 

 近衛局の通路は局員でごった返している。誰も彼もが慌ただしく走り回っており、明らかな非常事態だ。

 

「ねぇ、何があったの?」

「どけ!」

「あぁ、そう、ごめん……」

 

 近くの局員に声をかけるも乱暴に押しのけられてしまう。

 

 仕方ない。自分で確かめるしかなさそうだ。

 ピーターは行き交う職員の間を縫って、騒ぎの起きている方へ向かって駆け出した。

 

 ◆◆◆

 

「助けてくれ! 医療班はまだか!」

「第二小隊が全滅!」

「増援を早く! 術師部隊は援護を!」

 

 近衛局ビルの一階は阿鼻叫喚の真っ只中だ。

 

 吹き抜けになっている二階の通路から、ピーターはエントランスを見下ろす。

 

「あれは……!」

 

 エントランスで暴れ回る人影が一つ。人だろうが椅子だろうがお構いなしに、周囲のものをなぎ倒している。

 

 背丈はゆうに三メートルを越え、暗灰色の機械が鎧のように体を覆っている。巨木のような体躯に頭頂部から生えた角。

 ピーターの脳裏にかつて戦ったロシア人の男が過ぎる。

 

 あれはまるで——。

 

「『ライノ』みたいだろう。懐かしいか、スパイダーマン?」

 

 背後から聞こえた悪意に満ちた声。

 

 振り向くと緑色の悪趣味なマスクと目が合った。グリーンゴブリンがコウモリ型のグライダーの上で仁王立ちしている。

 

 ようやく見つけた宿敵。間髪入れずウェブを放とうとして、ウェブシューターは押収されていたことを思い出した。

 

「くそっ」

 

 グライダーごと突っ込んできたグリーンゴブリンは、スパイダーマンの首根っこを引っ掴むと、壁に叩きつけた。

 

「ぐぅっ……」

「まさかこんなところで再会するとはな」

「グリーンゴブリン、あのライノはまさか」

「この世界に来てからの初作品だ。まだ試作段階だが、既に予想以上の成果だよ! この世界の源石というやつは素晴らしい。俺の技術はまたも進化した!」

「お前の、好きには……させない……!」

 

 咳き込みながらピーターが言うと、グリーンゴブリンは喉の奥でくくっと笑った。

 

「そう、問題があるとすればお前だ、スパイダーマン。いつも邪魔ばかりされて嫌気がさす。まぁ、今ここで殺せば何も問題は残らんがな!」

 

 ぎりぎりと、ピーターの首を絞める腕に力がこもる。

 

 なんとか逃れようともがこうにも、壁にひびが入るほど強く押し付けられているせいで手足の自由が効かない。

 首の骨が軋み、意識が遠のく感じがした。

 

 突如、ピーターの耳が、鎖のうねる甲高い音を捉えた。

 

 空を切って飛んできた巨大な金属の塊が、グリーンゴブリンを真横からぶち抜き、数メートル吹っ飛ばした。

 

「容疑者発見! 拘束!」

 

 鋭く発された指示に従い、二人の近衛局員が床に転がったグリーンゴブリンの手足に手錠をかけた。

 

「スワイヤー!」

 

 ピーターが安堵の声を上げた。

 

 スワイヤーは得物を腰のベルトに収めると、自慢の縦ロールヘアーをサッと靡かせ。

 

「こんの*龍門スラング*!! よくも勝手に抜け出したわね!?」

 

 今にも噛みつかんばかりの勢いでピーターを怒鳴りつけた。

 

「ご、ごめん……騒ぎが聞こえて、いてもたってもいられなくて——」

「あんたの身柄の管理責任者はアタシなの! 勝手なことされたらアタシの首が飛ぶのよ!」

 

 おわかり!? とすごむスワイヤーに、ピーターはただ小さくなるしかない。

 

「はぁ……。まあいいわ、今はそれよりも——」

 

 スワイヤーは両脇を抱えられ拘束されたグリーンゴブリンにつかつかと歩み寄る。

 緑の仮面をむしり取ると、邪悪に歪んだ男の顔が現れた。

 

「こいつがグリーンゴブリンことノーマン・オズボーンで間違いないわね?」

「ああ、間違いない」

 

 ピーターの答えにスワイヤーは頷くと、グリーンゴブリンを睨みつける。

 

「ノーマン・オズボーン、あんたにはたっぷり話があるわ」

 

 拘束されていることなど意に介さぬ様子でグリーンゴブリンは唇の端を上げた。

 

「不意打ちとは味なことをするじゃあないか、お嬢さん」

「何とでも言いなさい、下衆が」

「おお、怖い。そんな顔をしなくたっていいじゃないか。……俺も不意打ちは大好きなんでね」

 

 ピーターのスパイダーセンスがまたも警鐘を鳴らす。

 

「みんな伏せて!」

 

 ピーターが叫ぶと同時、轟音を立ててグリーンゴブリンのグライダーが飛び上がり、局員二人を突き飛ばす。

 

 手足の手錠を力任せに引きちぎり、自由を取り戻したグリーンゴブリンは軽やかにグライダーへと飛び乗った。

 手錠の残骸を一瞥すると、ぞっとする笑みを浮かべてスワイヤーを見据える。

 

「D32鋼を主成分にした合金だな。確かに頑丈だが、この程度で俺は止められないぞ、お嬢さん」

 

 グリーンゴブリンのグライダーから音を立てて機関銃の銃身が伸び、あっけに取られるスワイヤーに照準を合わせる。

 

 機関銃が火を吹くのと同時、ピーターがスワイヤーを突き飛ばす。

 銃弾が床を粘土か何かのように破壊していった。

 

「大丈夫?」

「ありがと。あの手錠を壊すなんて聞いてないわ。ホシグマだって壊せないのよ!」

「あいつは特殊な血清で身体能力を強化してるんだ。並大抵の拘束じゃ突破されちゃう」

「そういうのは早く言いなさいよね」

 

 機銃の弾幕をかわしながら、スワイヤーが苦々しげに呟く。

 

「下のデカブツも何とかしなきゃいけないのに、こいつも相手にするなんて想定外よ!」

「下の状況は?」

「ホシグマを先頭に精鋭部隊が抑えてるけど長くは持たないわね。このままだとビルが根元からぽっきり折れる」

 

 ピーターの思考が高速回転する。

 下のエントランスではライノ。目の前には宿敵グリーンゴブリン。空中を飛び回るグリーンゴブリン相手に、今の自分はあまりにも分が悪すぎる。己の身体能力に任せて攻撃をかわすので手一杯だ。

 

 スワイヤーも鎖の武器で何とか応戦を試みているが、空を飛ぶ相手を狙うのは困難な様子。この状況の突破口にはなりえない。

 

 せめてウェブシューターがあれば。

 

「やっぱりこのままじゃ埒が開かないわね……。ピーター!」

 

 スワイヤーが何かを二つ投げてよこす。

 金属製のごてごてした腕輪のようなそれは。

 

「ウェブシューター! いいの!?」

 

 スパイダーマン唯一の武装にして最強の武器。ピーターの目が輝く。

 

「ホントはダメだけど仕方ないわ。協力しましょう、スパイダーマン!」

「サンキュー、スワイヤー! 君のこと大好きだ!」

 

 スパイダーマンは天井にウェブを飛ばすと、それを力一杯握って思い切り跳躍した。




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