ノルウェーで目を覚ます話   作:goldMg

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ノルウェーで目を覚ます話1

 

 なんでもない昼下がり。

 木立を歩く俺の影が、陽炎のようにゆらめく。

 そんな、うだるような暑さを堪えることも叶わぬ残暑の日だ。

 

「なんで俺が……」

 

 なんで、というのは疑問でなくてただの文句。

 学園祭の買い出しで、ジャン負けした俺が買い出しということにあいなった。ウーバーで頼もうとしたら先生が「お前それやったら停学だからな」と厳しいお達しを出したため、わざわざこの俺が徒歩で最寄りのスーパーまで行かにゃならん。

 自転車持ってるやつもいないしなんなんだあいつら、役に立たねえな。

 

「せめて誰か付いてきてくれてもいいだろ……」

 

 この暑さ。

 歩いているだけで汗が滲み出てくる。

 日差し、気温、熱風、照り返し。あらゆる要素が俺を殺しにかかっていた。こうなったら、目一杯時間使ってスーパーでのんびりしてやる。具体的にはあいつらに買うのは安いアイスで俺は高いやつ買って楽しんでから帰ってやる。

 バカどもが! 暑さで死ね! 

 

 俺たちが製作しているのは机を使ったジェットコースター。スリリングでマジ最高だ。隣のクラスの奴らは羨ましそうに見ていた。うちの先生、マジで放任主義だからな。動画で見てからやってみたかったんだよな。俺が作ってるのは装飾部分。さっきまではモールとか星とか飾ってた。意味とかないけど、とりあえず机感をなくすのは大事だ。

 

「……やべっ」

 

 信号が赤になりそうだ。

 ……こんな暑い中、立ち止まって待ってなんかいられねえ! 俺はさっさとスーパーに避難するんだ! 

 

「うおっ、すいません!」

 

「…………」

 

 ヨロヨロ歩いている修道女っぽい服を着た女にぶつかりそうになったけど、なんとか歩行者専用信号が点滅している中に入ることができた。横断帯にまでたどり着けば大丈夫、たとえ途中で赤信号になろうが車が来ることなんて──

 

「…………あ…………」

 

 どこか遠く聞こえる音。

 地面の暑さ。

 反対に冷たい腹。

 それなのに全身が熱い。

 なんでだ…………? 

 身体が、動かねえ…………

 

 

 ──────

 

 

 次に目を覚ました時、そこはよくわからないところだった。

 

「────」

 

 とりあえず、薪の目の前に座り込んでいた。

 …………なんで? 

 夢じゃない──と思う。

 だって、肉体が変に動かないとかないもん。ちゃんと動かせるし、喋れる。

 変なのは、俺が暖炉の前に座っているってことと、そこが誰かの家のカーペットの上だってことだ。モコモコしててあったかいのねん。

 あと、なんか……寒くね? 

 

「!!!!」

 

 なんかめっちゃうるさい。

 

「な、なんだ……? ……うわっ!?」

 

 おっさん、おばさん、女の子。

 金髪だ。

 おばさんと女の子を守るように立つ恰幅のいいおっさんが、こちらを睨みながら何事か叫んでいる。

 

「…………なにこれ」

 

「!!!」

 

「い、いてっ! やめてください!」

 

 おっさんが掴みかかってきた。

 

「!!!」

 

「うぐっ!」

 

 訳がわからなさすぎて、なされるがまま。

 首根っこを掴まれて家から放り出された。

 

「…………いってえ」

 

 なんなんだよ、マジで。イライラしながら周りを見ると、なんだかいつもと違う。

 

「さむっ! 寒い寒い寒い寒い!」

 

 そう、寒い。めちゃくちゃ寒い。

 なんでさっきまであんなに暑かったのにこんな一気に寒くなってんの? マジで意味わからん、死ねよ。

 それだけじゃない、めっちゃ田舎みたいな雰囲気だし絶対に何かいつもと違う。何かは分からないけど絶対になんかちげえ。

 だけど、とにかく寒い。

 

 あと、夜だ。

 あんなに暑く太陽が照りつけていたのに、真っ暗。街灯がなければ足元だって見えないだろう。何これどういうこと? 

 

「うう…………」

 

 凍えるような寒さだ。

 なんでこんなに寒いんだよ。

 昨日の夜とか俺、パンイチで寝たぞ。

 

「んだよ! ここどこだよ!」

 

 不安で、泣きそうになる。

 こんなところ同級生に見られたら間違いなく笑われるけど、とにかく心細かった。だって、俺はさっきまでアイスを買いに行っていただけなのに。

 

「ああ……うう、寒い……」

 

 無意識にポケットを探る。

 

「──!」

 

 そう、あった。俺たちの命そのものと言っても過言ではないスマホ。これさえあればなんでもできるし、これがなきゃなんもできない。時計とか持つくらいならこれ持つしな。

 

「お、つながるじゃん」

 

 時間を見ると22時45分。さっき学校を出たのが14時10分とかだったのに、わけわからん。

 …………え? どういうこと? 

 本当に意味がわからない。

 

「なんだよこれ……どうなってんだよ」

 

 苛立ちが込み上げてくる。なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ、アイツらのせいだろ絶対。

 

「死ねよ……」

 

 アイツらが俺に買い出し押し付けなきゃ、こんな目には合わなかった。寒い。

 寒すぎて、身体が震えている。

 歯の根が合わず、ガチガチとかち合う音が響く。

 車がやってきて舗装された道路を通り過ぎた。

 とにかく、ここがどこかを調べた。

 地図のアプリを開き、現在地を。

 

「──は?」

 

 信じられないことが書かれていた。

 現在地表示が表すべきはずの場所が示されていない。

 こんな寒いわけはないけど、とにかくおかしかった。

 

「ノルウェー…………ってどこだ!?」

 

 ノルウェーってもしかして、別の県か? 

 そう思ってブラウザで検索をかける。

 すると──

 

「よ、よ、ヨーロッパ!?」

 

 意味わからん。ヨーロッパって全然違う国だろ。どこだよヨーロッパって。

 ──そうだ、アイツらに連絡をしなきゃ。

 すぐさま電話をかける。

 イインチョでいいだろ、良い子ちゃだからすぐ出てくれるはずだ。

 

「…………ちっ」

 

 だけど、そんな予想に反してイインチョは全然出ない。舌打ちだって出る。俺はこんなに辛い思いしてるのにアイツ何してんだよ。

 帰ったら問い詰めてやる。

 とにかく、クラスのグループに向けて、今ノルウェーにいるとメッセージを送った。

 

「ピース」

 

 写真も。

 とにかくなんとかしなきゃ。

 寒すぎて死んでしまう。

 半袖から中に腕を引っ込める。

 すると、変な感触が胸のあたりに。

 

「うおああ!?」

 

 気持ち悪くて、思わず声が出る。虫か何かが入り込んだのかと思って慌ててシャツを脱ぐ。手が触れた部分が妙な感触を得たのも相待って、めちゃくちゃビビった。

 シャツを脱ぐと、その違和感の正体がわかった。

 

「…………へ……」

 

 わかった、というと変だな。

 違和感自体は正しかったけど、何かはわからなかった。

 

「黒い……丸……?」

 

 胸の真ん中が、黒くまん丸にくり抜かれている。

 触れてもスカッ、スカッとすり抜ける。手がどこまでも入り込んで──

 

「う、うわあああああ!?」

 

 

 ──────

 

 

 あれから数分、喚き散らす俺を不審に思った誰かが通報しやがったのか警察にしょっ引かれた。慌ててシャツを着たおかげでアレは見られてないだけど、何言ってっか全然わからん。

 

「アー、アイムジャパニーズ!」

 

「?」

 

「アイム! ジャパニーズ!」

 

「……はぁ」

 

 全然言葉通じねえし! なんだよこいつ! 

 こっちはよく分からないながら必死に英語で喋ってやってんのに! 

 

「アイムジャパニーズ!」

 

「…………」

 

 警官は呆れたように肩をすくめると、どこかに電話をかける。

 そんな時──

 

「──あ、電話」

 

「…………」

 

 警官がこちらを見た。

 

「で、出て良い?」

 

「…………」

 

 良いよ、とジェスチャーしてくれたので遠慮なく出る。なんだよ、結構良いやつじゃん。太っててでかいから怖いけど、意外と話せば通じるのかも。

 

「もしもし! イインチョ!」

 

『も、もしもし! 矢田くん!?』

 

「はぁぁぁ……よかった……」

 

 映像通話でイインチョの顔を見るとマジで安心して、一瞬泣きそうになった。だけど女に涙見られるとかマジで恥だからなんとか深呼吸をして整える。

 

『あ、あれ? ヤダくん? ヤダくーん?』

 

「──あ、な、なに?」

 

『……今ノルウェーにいるって本当なの!?』

 

「マジなんだよ、Googleマップ開いたらノルウェー。今警察のところにいるんだけど全然言葉通じない」

 

 スマホを周りに向け、そこら中に書いてある文字とか警官のバッジとかを映す。

 

『少なくとも日本じゃないよね…………いやまあ……ノルウェーって英語圏じゃないから通じないのは当たり前だけど……』

 

「なに?」

 

『あ、ううん! とにかく、ヤダくん! それが本当ならノルウェーにも日本の大使館があると思うから連絡してみて!』

 

「タイシ? だれ?」

 

『大使館!』

 

「はあ? テイシ?」

 

『……これだからバカは』

 

「え?」

 

『──タ! イ! シ! これ! 大きな使い!』

 

 イインチョが紙に文字を書いて見せてくれた。

 

『ノルウェーの日本大使館の電話番号! 誰か調べて!』

 

 向こうでガヤガヤと何か言っている。

 俺を置いてけぼりにするのはやめてほしい。

 

『とにかくヤダくん!』

 

「なに」

 

『今から電話番号を言うから、メモして!』

 

「え? メモっつっても……今使ってるじゃん」

 

『紙があるでしょ!』

 

「んだよ……」

 

 言い方が厳しいんだよイインチョは……さっきは電話出なかったくせによ。

 一応紙はあるけど……勝手に使っちゃダメだろこれ。

 

「あー……んん!」

 

「?」

 

「カミ、ツカッテイイ?」

 

「……?」

 

「アー……カキカキ、OK?」

 

「──OK」

 

『アハハハハハハ!!!』

 

 くっそ……マジで帰ったら覚えとけよ……

 

「もういいから! 早く教えて!」

 

『じゃあ教えるね──』

 

 電話番号を教えられ、イインチョとの通話を切ってそちらに電話をかける。

 すると……

 

『現在、電話が混み合っております。時間を空けておかけ直しください。現在、でん──』

 

「んだよ!」

 

 繋がらねえでやんの。

 大使館とかいう誰も知らん建物に誰が電話かけるんだよ! ふざけんな! 

 こちとら学園祭の準備してんだぞ! 

 今だって警官が可哀想なものを見る目で見てくるしよ! 

 

「寒い……」

 

 ──あの黒いのだって、なんなのか全然分からない。思考の片隅に追いやって一時的に忘れる、なんてことはできない。あんなの、忘れようがない。

 

「────?」

 

「…………ざす」

 

 警官も、途中から優しくなった。言葉通じない、状況分からない、寒いの三拍子でどうしようもない中で、それだけが助けだった。

 

「……ケイスケ」

 

「ケースケ? OK、エリック」

 

「エリック……センキュー」

 

 どうやら警官はエリックという名前のようだった。

 毛布とご飯を用意してくれて、翻訳の内容的に今日はここに泊まって良いって言ってくれたみたいだ。まだ全然眠くないけどな。あと、警察に泊まるのはすごく居心地が悪い。

 それでも、外にいたら寒くて死ぬと思うから全然マシなんだろう。

 

「──イインチョ?」

 

 おそらく仮眠室らしきところでのんびりしていたら、ババアから連絡が来た。

 

『ケイスケ!』

 

「ああ」

 

『ああ、じゃないよ! 今ノルウェーにいるって本当なの!?』

 

「多分」

 

『たぶんて……ちゃんと調べたの!?』

 

「しらねえよ! 俺だってよくわかんねえんだから!」

 

『日本の違うところにいるとかじゃないの!』

 

「だから知らねえっつってんだろ!」

 

 本当にムカつく。

 母親ってのはまともな話ができない。

 こっちの方が大変なのに、本当なのかとかちゃんと調べろとか……バカかよ、死ね。

 

「うぜえな」

 

『うぜえって……お母さんに向かって何言ってんの!』

 

「ちっ……」

 

 切った。

 普通にイラつくし、役にたたない。

 充電器だって無いんだから無駄なことを話してる場合じゃ無い。46%、それが俺の生命線だ。

 なんとか大使館に繋がるまでは持たせないといけないんだけど……何度電話をかけても繋がらないんだ。

 

「イインチョ……」

 

 アイツなら、良い考えとか思いつくだろうか。

 グループのメッセージを見てみたけど、心配そうにする内容はあっても役に立ちそうなものはない。返信はしつつも、手詰まりという感触をアリアリと感じさせるような現状だった。

 

 とにかく、不安だった。

 

 

 ──────

 

 

「……なん……だよ、これ……!?」

 

 何気なく調べたネットのニュース。

 世界で、墓場から人が現れているという荒唐無稽な内容が。

 それだけじゃない。

 病院からも死体が動き出してパニックになっている。

 そして、彼らの特徴。

 

「胸の……黒いやつ……」

 

 シャツの襟首から下を見下ろす。

 そこには黒々と渦巻く不気味な穴がある。

 動画に収められた姿。

 死体──腐り落ちている途中の彼らは、混乱しているのか座り込んだり人に向けて手を挙げたりしている。

 当然、大パニックだ。

 ──ゾンピ映画? 

 いや……そういうことか。

 

「なーんだ……」

 

 アレか。

 学校の奴ら、ババアも巻き込んで壮大なドッキリに嵌めやがったな。あーあ、そうとわかれば拍子抜けだ。

 次に目を覚ましたらまた元に戻ってるんだな。

 この黒いやつ。

 こーんな安っぽくてわかりやすい変なの使うからこんな事になるんだよ。

 

「ふぁ〜……」

 

 一気に落ち着いた。

 寝よ。

 起きた時にイインチョがいたらあれだ、髪グジャグジャにしてやる。ゲーセンで負けた借りも返してないしな。

 

 

 ──────

 

 

「!!!」

 

 なんだか、騒がしい気配がした。

 寒いし硬いしで寝付きが悪くて、やっと眠ったと思ったらこれだ。

 

「──!!」

 

 一応朝は来ているようで、窓から入る光が──

 

「ケースケ!!」

 

「…………え」

 

 エリックがいた。

 大慌てというか……

 

「!!!」

 

 なにをそんなに仕切りに訴えているのか分からなくて──というか。

 

「まだ終わってないの!?」

 

「────!」

 

 ドッキリがまだ終わってない事に驚いていたら、エリックが手のひらをこちらに向けた。待て、ということか。

 スマホを取り出して何かを打ち込んでいる。

 暫く待つと、翻訳された文をスマホごと机に置いた。

 

「……急いで大使館に行くぞ? いや、行きたいけど……」

 

「カー! カー!」

 

「……ああ、車!」

 

 どうやら連れて行ってくれるらしい。

 エリックの後に続いて車に乗り込む。

 運転の最中、エリックは一生懸命に何かを伝えようとしていた。

 この人、エキストラの割には演技がうますぎる。

 

「!!!」

 

「???」

 

 まあ、俺は日本人なので外国語はわからない。

 エリックも口をへの字にして黙り込んでしまった。すっげえ悔しそうだ。

 

「──ケースケ! ン! ン!」

 

 信号待ちの最中、エリックは俺の胸を仕切りに指差した。

 

「…………エリック……」

 

「アー……ルック! ルック!」

 

 意味は分かった。

 胸を捲って見せろ、という事だろう。

 これの反応を見せつけることまでがアレなのか? 

 まあ、正体がわかって仕舞えば怖くもなんともない。

 

「ほい」

 

「っ! …………」

 

 エリックはなぜか、顔を歪めていた。

 

「──エリック?」

 

「…………」

 

 黙り込んだエリックは、それから最後まで話してくれることはなかった。

 数時間──いや、半日以上かかって辿り着いた大使館の近くにある駐車場。

 

「エリック……ありがとう!」

 

「…………」

 

 エリックと握手を交わす。

 なぜ、そんなにも辛そうな顔をしているのか。ウンコを我慢しているのだろうか。

 ……というか、やり口が大掛かりすぎる! 大使館に来るまでの間、日本語を一文字も見かけなかったぞ。

 エリックと別れ、大使館の入り口っぽいところに向かうと──

 

「──うわ、いっぱいいる」

 

『早く入れてくれ!』

 

『いつになったら対処してくれるんだ……!』

 

 日本人がいっぱいいた。

 いや、いっぱいってほどでもないか。

 五人。

 おっさん、婆さん、スーツの姉さん、主婦、中学生らしき女の子。

 つまり、学生は俺ともう一人だけだ。

 それも隅っこで蹲っている。

 

『──君は?』

 

「あ、俺は矢田って言います。皆さんは何してるんですか?」

 

『何って……知らないのか?』

 

「え?」

 

『ニュースは見てないのか?』

 

「何がですか?」

 

『世界中が大混乱なのよ』

 

「まさか……この話ですか?」

 

 インストの画面を見せる。

 死体が動くとか。

 

『それ!』

 

「……ああ、なるほど」

 

 この人たちもドッキリの要因なのか。

 いや、本当に金かけてんな。多分チューチューバーとか関係してるんだろうな。あるいはテレビ? 

 なんで俺を巻き込むのか知らないけど、暇なのかな。

 

「ここからはどうすればいいんです?」

 

『とにかく帰らないと!』

 

『五人程度ならすぐ帰してくれるだろうよ』

 

 どうやら、ここまで来たら学校に帰してくれる段階になっているらしい。それにしては大使館の人が出てこないけど。

 

「大使館の人、いないんすか?」

 

『ちっ……』

 

 サラリーマンらしきおっさんの舌打ち。

 イライラしてるっぽい。

 気持ちは分かるけど、怖いからやめてほしい。

 

『いるんだけど、中で話すって言ったっきり出てきてくれないのよ』

 

「そうなんすか」

 

 良い加減スマホも充電したい。中に入れば誰かしらから借りれるだろうと思ったのが甘かったか。

 

 そこから10分ほど経って、中から三人出てきた。

 なんか凄そう。

 

『皆さん。皆さんを日本に送るために飛行機を準備する必要があります』

 

『今すぐにやれ!』

 

『…………』

 

 おっさんが詰め寄ると、出てきた人たちが露骨に不快そうな顔をしている。

 俺もバイトしてるとあーいう奴に当たることあるからわかるよ。嫌い、普通に死んでほしいもん。

 

『今すぐはできないですが、必ず準備はしますので──それまでは、近くの宿に泊まっていただきます』

 

 ホッとした。このまま外に放り出されたままでは結構寒いし、女の子なんかも体をさすっている。

 

「あの、どれくらい時間とかかかります?」

 

『…………どれくらい、というのは我々にも分かりません。まずは本国とそこら辺を詰めないといけませんから』

 

『最短でどれくらいだ』

 

 おっさんが焦りを隠さずに尋ねる。

 

『それもお答えできません、何も確約できないので』

 

『ちっ……!』

 

『……申し訳ないんですけどね。私たちもかなり混乱しているのであまりお伝えできることもないんです』

 

 そういう展開らしい。

 

「──あ、あの!」

 

『はい?』

 

「スマホの充電器……貸してもらえます?」

 

『…………あとは服、か。そうですね、必要なものを言ってくれれば、必需品であれば用意があります』

 

「ほっ……」

 

 一時的に大使館の建物の中に入れてもらえるってことで、付いていくと応接室ってところに通された。

 

『まずはこれを』

 

「ありがとうございます!」

 

 ニコッと微笑んだお姉さん、多分頭もいいんだろうな。

 

 

 ──────

 

 

 あれから一週間も帰れていない。

 どうなってんだよ、と思って調べたらドンドンと行方不明になった人間が増えているらしい。

 そういうシナリオか……俺も昔、演劇とかやったことあるけどずいぶん手が込んでるなあ。

 それと、同じホテルに泊まっているあの女の子はご飯を食べている時も何処か暗い様子だから、見ていられなくて話しかけるようになった。

 

「ミオリちゃん、これ知ってる?」

 

 ミオリちゃんはスマホも持っていなくて連絡を取れないみたいだったから、使わせてあげようと思った。だけど、断られてしまった。

 あんまり連絡したくないみたいで──多分、あんまり良い親じゃないんだろうと思う。

 俺の母親ほどじゃないだろうけどな。

 

『なんですか、これ』

 

「これはインストリスターっていうアプリだよ」

 

『聞いたことはあります』

 

「聞いたことあるって……アレだな、不便だな」

 

『…………別に』

 

「ほら、ショート見ようぜ暇だし」

 

『…………』

 

 最初は興味なさげだったけど、ぼーっと流してると少しずつ興味が湧いてきたのか覗き込んでくるようになった。

 ショートほど暇つぶしにもってこいのものもないので、永遠にここにいられると思う。それでも、日本はよっぽど大変な事になっているような演出のようで、メッセージが酷い。

 

『やばい』

 

『変な犬がいる』

 

『街が静か』

 

 撮られた動画を見る限り、痩せこけた犬とか誰もいない駅前とか、まあ、作ろうと思えば作れるよなって動画ばかり。みんな、このために時間使うくらいなら学園祭の準備してほしいんだけど……あと、俺だけなんでこんな大変なの? 

 

 ──いや、嘘。

 

 流石にもう分かってる。

 こんなの、おかしい。

 普通じゃ無い。

 たかが俺を騙すためだけにこんな大掛かりなことをするわけがないし、ミオリちゃんみたいな女の子を巻き込むのもおかしい。

 イインチョにも連絡がつかない。

 

「イインチョ……」

 

「…………イインチョって、誰ですか」

 

「ん……変なこといっぱい知ってるし本人も変な奴だよ」

 

 だけど、今はあの真面目さが恋しかった。

 突っかかってくるあの態度も、うざったいと思っていたけどいざ無くなると寂しいってものだ。これがカイコってやつかね。

 

「好きなんですか?」

 

「ばか! そんなんじゃないから!」

 

「…………ふーん」

 

 胸の黒い穴はいつまで経っても消えない。

 どうやったら消せるのか調べてみたけど、どうやらこれが現れたら決して消えることはないらしい。

 嫌だねえ。

 

「いつ帰れるのかねえ」

 

「…………帰りたくないなあ」

 

「ミオリちゃん、お母さんたちのこと嫌いなの?」

 

「…………っ」

 

 ああ、しまった。いきなり踏み込みすぎた。

 拒絶の顔。引き絞られた唇。

 握られた拳。

 

「ごめん、なんでもない」

 

「……」

 

「──ほ、ほら! 卵爆弾だってさ! 変なの! はは!」

 

 失敗したなあ。

 

「…………くすっ」

 

「お──」

 

 よ、よかった。

 笑ってくれた……

 

 

 ──────

 

 

「ミオリちゃん!」

 

「ケイスケくん! こ、これ、なに!?」

 

「わかんねえ……わかんねえから、とりあえず俺の部屋行くぞ!」

 

 ホテルの外が大混乱だった。

 追加で1ヶ月もココに留まっていて、良い加減に俺は帰りたいのに世界はそれを許してくれそうにはない。

 大急ぎでミオリちゃんの手を引き、部屋に鍵をかける。

 

「はぁ……」

 

「なにこれ……なんなのこれ……こんなの、普通じゃないよ」

 

 大使館に連絡をしてみたら、一応繋がった。

 

『もしもし!?』

 

「あ、あの……宿泊してるヤダケイスケです」

 

『ヤダさん! 今どこにいるんですか!?』

 

「いやそりゃ、ホテルですけど……ミオリちゃんも一緒にいます」

 

『的場ミオリさんですか? 二人!? 他にはいないんですか!?』

 

「はい、いません」

 

 キンキンとうるさい声に思わず顔を顰める。

 

『とにかく部屋から出ないでください! 迎えが行くまでは! ──あ、わ──』

 

「迎え? 誰か来るんですか?」

 

『──ギャアア──ガ──ブ────』

 

「もしもし? …………もしもし!?」

 

 電話が切れた。

 もしかしたら大使館で何かあったのかもしれない。

 胸の中に広がる、冷たい感覚。

 もしかして俺はこのまま日本には帰れないのか? 

 

「なんか騒いでました?」

 

「…………大使館で何かあったのかもしれない」

 

「…………あっ! あれ!」

 

「!」

 

 ミオリちゃんの言葉に釣られて窓際へ。

 窓から見えたのは、人が走っている様子。

 

「何かから逃げて…………っ!? な、なにあれ……」

 

「…………」

 

 開いた口が塞がらなかった。口を押さえたミオリちゃんの気持ちも、理解できる。

 人の形をした何かが、斧を振り回しながら人を追いかけている。必死に逃げるも、どうやらヒールを履いていたようで転んでしまった。

 

「まさか……」

 

 追いつかれた人の元へ辿り着いたナニカは、斧を振り上げて──

 

『ぎぃいいいいい!?』

 

「っ!」

 

 咄嗟に、ミオリちゃんの頭を抱えた。

 何度も振り下ろされる斧。

 響く絶叫がやがて弱まり、ビクビクと揺れる手足も動かなくなっていった。

 

「……ケ、ケイスケくん…………?」

 

 腕が、震えている。

 ミオリちゃんに悟らせまいと必死に抑えようとしても、止まらない。

 現実感がなかった。

 こんな光景、日本にいたら絶対に見ることは一生……目が離せない。

 

『!』

 

 何度も何度も、すでに動かなくなった人に向けて斧を振り下ろす。赤い液体がじわじわと広がっていくのが見えて──

 

「う──」

 

 カーテンを閉め切り、トイレに駆け込んだ。

 

 

 ──────

 

 

「…………大丈夫、ですか?」

 

「大丈夫…………大丈夫……」

 

「な、何があったんですか?」

 

「──人が、人を襲ってる」

 

「え…………」

 

 いずれは知ることならば、先に知らせておいほうがいいと思った。だけど、見させることはできない。そんな事、この子にさせちゃダメだ。

 

「外は見ちゃダメだ」

 

 俺もこのザマ。

 二人も吐いてたら世話ないからな。

 

「俺が見るから」

 

「…………」

 

 すでにうがいはしてある。

 トイレまで保って良かった。

 部屋が汚れたら洒落にならない。

 

「…………っ!」

 

 窓から下を見ると、先ほどのナニカはヨロヨロと歩いている。同じ場所を何度も繰り返し、何が気になるのか。

 そこにはもう、死体しかないのに。

 

「あ」

 

 鳴り響くサイレン。

 パトカーがやってくる、そう思って見ていたら──

 

「あれって……軍隊?」

 

 警察じゃなくて、もっと物々しいものを担いだ人間たちがやってきたかと思えば、例の斧を持っている奴へ向けて何かを言っている。

 ナニカは、それをまともに聞くこともなく斧を振り上げ──

 

「!」

 

 軍人が構えたのは……明らかに銃。そして、それを使った。あり得ない光景。ノルウェーってのは日常的にこんなことをやってるのか。

 一発撃ち込まれ、動かなくなった──かに思えたが、なんと例のヒトガタはそれでも動き出した。

 

「銃で撃たれてんだぞ……!?」

 

 その後、十発くらい撃ち込まれてももがくことをやめず、至近で何度も打ち込まれてようやく動かなくなった。

 間違いなく、人間の耐久を超えていた。

 

「──ケイスケくん」

 

「っ! ……な、なに?」

 

「私たち、どうなるんですか……?」

 

「…………だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 

 そう、大丈夫。

 根拠なんて何も無いけど、きっと、元の生活に戻れるはずだ。うざったいババアと理知的なオヤジが待つ家に帰って親子喧嘩をしておしまいだと──この時はまだ、そう思っていた。

 

 

 ──────

 

 

「──ミオリちゃん! こっちだ!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 あれから、状況は全く好転していない。

 軍隊がホテルの中にまでやってきて、翻訳でここから出ないように言われたので大人しく従ったけど──その軍隊たちも日に日に疲れていった。

 何せ、目の光を失った人間たちがそこかしこを彷徨いている。軍人達は必死に俺たちのことを守ってくれたけど……アイツらは無限にやってきた。

 別に俺たちを狙っていたわけじゃ無いと思う。

 ただ、俺は見てしまった。

 斧を持っていた死体が粉になって空気に溶けたことを。そして、半日ぐらいしてまたやってきたことを。

 アイツらはきっと死なない。死んでも、またやってくるんだ。

 

 廊下や下から響く銃声が日に日に少しずつ減り、逆に、扉から顔を出すと俺たちへ向けて鉛玉が飛んでくる。

 持ち込んでいた食料もそのうち無くなり、ミオリちゃんも日に日に疲れていった。

 やがて限界を迎え、食料調達のために二人で外へ出ることにした。

 

 ──それが間違いだった。

 軍人達はすでに正気を失い、銃を向けていたのは俺たちみたいなまともな人間。

 血走った目で、何かを口走りながら銃口を向けてくる。

 

 必死に逃げて──追いつかれた。

 袋小路に追い詰められ、なんとかスマホで会話を試みて──

 

「あ──」

 

 ミオリちゃんが撃たれた。

 

「ミオリちゃん! ミオリちゃん!」

 

「ごぼっ……い……た……」

 

「ミオリちゃん!」

 

 段々と目の光が失われていく。

 軍人は耳に手を当てて何かを話している。

 

「────!」

 

 ミオリちゃんが…………死んだ……? 

 そう、どこか遠く見える景色の中で……耐えきれなくなった。

 立ち上がり、向かって行こうとした。

 

「うおあああああああ!!! ──は?」

 

 俺の腕の中。

 今の今までいたはずなのに、重さが一気になくなった。

 

「え? ………………え?」

 

 今までのは夢? 

 そう思った。

 それならどれほど良かっただろう。

 向けられた銃口。

 マズルフラッシュ。

 肉体を貫いていく弾丸が、痛みとともに内部を破壊する感触というは筆舌に尽くしがたかった。

 血が穴から出てくるのを震える手で見つめ、崩れ落ちた。

 

 

 ──────

 

 

「──え?」

 

 俺は、暖炉の前にいた。

 見覚えがある。

 そう、それは最初にやってきたあの家の暖炉だった。

 パチパチと燃える火。ノルウェーというのは北国だった。だから、デントー的にこういうのがあるらしい。

 やけに暖かみを感じるそれに、すぐさま振り向く。

 

「──!?」

 

 あの時の女の子がいた。

 そして、その子は今叫んでいる。

 追い詰められていた。

 俺じゃ無いぞ。

 俺は……人を襲ったりしない。

 じゃあ何に? 

 そう、それは──

 

「!!」

 

 あの時のおっさんが俺に背を向けて、木の棒を持っていた。

 木の棒で、女の子を殴ろうとしていた。

 怯えている姿はまるで、ミオリちゃんみたいで──咄嗟におっさんを羽交締めにする。

 

「逃げろ!」

 

「──!?」

 

「あっち逃げろ!」

 

 言葉は通じなくても、意味は伝わったらしい。よろめきながら扉を開けて外に逃げた。

 

「くっ……!」

 

 オッサンは、思ったよりもずっと力が強い。そりゃそうだ、身長も体重も俺より上なんだから。

 

「ガアアアアアア!!」

 

 獣みたいな雄叫びをあげ、振り解かれた俺の腕。

 

「うわ!」

 

 置かれていたテーブルに背中から突っ込み、痛みで動けなくなっていた俺が最後に見たのは、オッサンが棒を振り下ろす姿だった。

 

 

 ──────

 

 

「──え?」

 

 目の前に暖炉がある。

 俺は、一体……? 

 何かを忘れているような気がして振り向くと、オッサンが棒を持ってテーブルを殴りつけていた。

 

「はっ!」

 

 そうだ、俺はさっきこのおっさんにあの棒で……そう、ちょうど、血がついているあそこで串刺しに……

 

「オエエエエエエ!」

 

「!」

 

 何があったかを思い出した瞬間、吐き気が止まらなかった。出すものもないのに吐き出して……おっさんがこちらを振り向いた。口元から涎を垂れ流すオッサンの顔は──まるでミイラのようだ。

 人から極限まで肉と水分を奪ったらこうなるのではないかという姿。

 

「ひ、ひぃ──」

 

「!!」

 

 

 ──────

 

 

「……っ!」

 

 目の前に暖炉がある。

 オッサンは、隣で床を何度も殴りつけている。

 咄嗟に、目の前の灰皿を持ち上げてぶん殴った。

 

「ガアッ!?」

 

「死ね!」

 

 怯んだおっさんへたたみかける。

 

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

 

「ガッ、アッ、ウッ」

 

 殴るたびにうめくおっさんを、ひたすらに灰皿で殴り続けた。途中で押しのけて立ちあがろうとしてきたオッサンの顔面へ向けて灰皿を全力で振り下ろし、また殴る。

 涙が目から溢れるのを感じながら、何度も何度も殴り続けた。

 

 

 ──────

 

 

「──はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………あぁ…………なんなんだよ」

 

 動かなくなったオッサン。

 潰れた頭。

 割れた灰皿。

 血だらけの俺の手。

 なんだこれは。

 なんなんだこれは。

 なんでこんなことしてるんだ。

 俺が一体何をした。

 なんで俺は人を殺した。

 なんで俺はこんなところに来た。

 なんで、なんで、なんで、なんで。

 

 繰り返されるなんでに対する答えを持っている先生はいなくて、暫くはオッサンの横で蹲っていた。

 

「…………焚き火」

 

 そう、焚き火が無性に見たかった。

 痛む右手を押さえながら、焚き火の前に座り込む。

 揺れる炎を見ていると視界がだんだんと滲んでいく。

 

「…………うぅ……うぅ……」

 

 左手で顔を押さえた。

 俺は、人を殺してしまった。

 必死だったとはいえ、無我夢中だったとはいえ。

 心が、ミキサーに巻き込まれたようにグチャグチャで、辛かった。

 悲しみとか怒りとかじゃなくて、ただ、辛かった。

 次から次へと溢れてくる涙。

 俺はもう、捕まるしかない。

 警察に捕まって、牢屋に入れられるしかない。

 

「あぁ…………あ? …………あ?」

 

 滲む視界の中で、違和感に気づいた。

 右手の痛みが治っていた。

 そして右手を見ると、そこには血など流れていなかった。俺は、割れた灰皿をそれでも掴んで全力で振り下ろしていた。確かに出現していたはずなのに。

 あれほど痛かったはずなのに。

 

「んだよ……ははっ…………ははははは…………」

 

 涙と笑いが同時にやってきて、また、膝の中に顔を埋めた。側から見たら気狂いだと思われていたかもしれない。

 誰もいないけどな。

 

「──うわあああ!?」

 

 やがて、俺は一つのことに気付いた。

 それは棚に備え付けられたガラス製の扉を何気なく見た時のことだった。

 そこに映ったのは、馴染みのある顔じゃなかった。

 痩せ細り、落ち窪み、肉も皮も搾り切られた、ミイラみたいな顔。

 

「な、なんで……!?」

 

 ペタペタと感触を確かめると、確かにあれの顔はカッサカサだった。腕も、手も。全く気付かなかったのは、これまで長袖を着ていたからか、気が動転していたからか。

 信じられなかった。

 でも、ガラスの中で顔を触っているのは確かに俺自身だった。

 

「なんでこんな……ハッ!?」

 

 それは電話。ポケットに入っているスマホから鳴っている着信音だった。

 出るか躊躇する。

 そもそも知らない電話番号、果たして誰なのか。

 

「まさか……大使館!?」

 

 もしかしたら、迎えが。そう思って出た。

 

「もしもし!」

 

『あっ……』

 

「大使館の方ですか! ヤダです!」

 

『…………ミ、ミオリ、です』

 

「──」

 

 そう、俺は一応ミオリちゃんに電話番号を教えていた。だけど、この電話番号は? 彼女はスマホなんか持っていないのに。

 

『し、死んでた人のスマホを……』

 

 どこか震えた声。

 そして、尋ねる。

 

「生きて……たのか?」

 

『わかんないんです……私、撃たれたのに……撃たれたんですよね?』

 

「…………あっ……そ、そうだ! 今、どこにいる!?」

 

『……ええと────ってところみたいです』

 

「………………メモした! 調べてそこに向かうから!」

 

『……いいんですか?』

 

「当たり前だろ!」

 

『…………ありがとう、ございます』

 

「絶対に危ないことはしちゃダメだぞ!」

 

『……ケイスケくんも、気を付けてくださいね?』

 

「ああ!」

 

『…………』

 

「…………」

 

 電話を切るのが、怖かった。次、今度はいつ繋がるのか。彼女が今持っているスマホだって人のものだ。一回画面を閉じて仕舞えば、もう使えまい。

 彼女もきっと、同じ気持ちだ。

 それでも。

 

「じゃあ……切るよ?」

 

『…………』

 

「ミオリちゃん、絶対に迎えにいくから」

 

『…………はい』

 

「絶対だ」

 

『絶対……です』

 

 人生で初めて、心の底から絶対って思った。

 

 絶対に迎えにいく。

 絶対。

 言葉っていうのはこんなにも重いんだ。

 

「…………」

 

 通話が切れた。

 きっと、あの子は心細い思いをしている。

 早く動かなきゃ。

 だけど……こんな姿を見せつけたら怖がらせてしまう。

 なんとかならないか。

 

『──闇のお方』

 

「!?」

 

 いつのまにか後ろに。

 全く気配も音もせず、そいつはいた。

 灰色のフードを深く被った女。

 顔達からして相当の美人──だけど、俺はそいつが現れた瞬間から言いようのない不安に襲われていた。

 だって、明らかに不釣り合いだ。

 なんだっていきなり日本語が話せる超美人がこんなところに現れる。

 

『元から人間性を有していた為に理性までは失くさなかったのが幸いでしたね』

 

「…………」

 

『ですが……次に死ねば肉体どころか理性も失い、亡者になってしまいます』

 

「…………」

 

『さあ──あなたの人間性を取り戻してください』

 

「…………あんたは、何を言っているんだ?」

 

 確信に満ちた言葉の一つも理解することができなかった。絶対に俺はおかしくない。この人がおかしい。

 言うなれば、宗教勧誘をしてくる人間のような、無意味な自信に満ち溢れているように見えた。しかも、アイツらは嘘に塗れているけど……この人は真実を語っているように思えた。

 その事が、何よりも恐ろしかった。

 

『分かりませんか? 闇のお方』

 

「闇のお方って……ヴォルデモートみたいな?」

 

『……ふふ、創作上の人物ですか。あの方は確かに真の意味で闇のお方と呼ぶに相応しいですね』

 

「…………」

 

 難解な謎解きをしているようだった。スフィンクスだってもう少し分かりやすく聞いてくるだろう。何せ、スフィンクスの謎解きは質問文そのものがヒントになっているけど、この人の言葉にはヒントがどこにもなかった。かろうじて拾えた言葉であるモウジャとかニンゲンセイというのが、何を意味しているのかがまずわからないので、読み解きようが無い。

 

「まず、俺はヤダケイスケです」

 

『──コレは失礼しました。私はフィーネ、火防女のフィーネです』

 

 また知らない単語が出てきた。

 ヒモリメとは一体……

 

「ニンゲンセイとかモウジャってのは?」

 

『人間性とは、人間そのもの。闇を見出した小人たる人間しか持ち得ぬものです。そして亡者とは、人間が人間性を失い、肉の器のみになった時に辿り着くもの。摩耗した記憶と虚な肉体がこの世界を彷徨うのみとなります』

 

「…………?」

 

 ちんぷんかんぷんで、頭の中に全く入ってこない。専門用語を使って気持ちよくなっているだけだろこの女。もっとわかりやすく話せよ。

 

「ググるか……」

 

『ググる……うふふ』

 

「…………」

 

 調べると答えが出てきた。

 人間性は人間らしさ。

 亡者は死んでも成仏できなかったやつ。

 よくわからないけどイインチョなら詳しそうだ。

 オタクだからな、イインチョは。

 

「……それで、なんだっけ」

 

『あなたの闇──ダークソウルを通じて人間性を復活させる事ができます』

 

「え……俺、いま人間性無いの?」

 

『正確に言えば、無くなりかけているというところでしょう』

 

「あと、ダークソウルってなに?」

 

『人の魂を指す呼称です』

 

「俺は亡者なんです?」

 

『御自身の顔を見て、何か思うところは?』

 

「ミイラみたい」

 

『ミイラ……うふふ……』

 

「いや、その笑いはなんなのさっきから……」

 

『面白い表現です……ふふ……』

 

 どうやらこのフィーネとかいう美人は──んん!? めっちゃ美人だ!? よく考えたら俺、こんな美人と話すの初めてだ!? 

 

「あ、じゃ、じゃあ……治せる、んですか?」

 

『? ……ええ、治せますよ』

 

 ニコリと首を傾げる仕草にすらドキドキする。

 あれ、なんかどうでもよくなってきたな。こんな美人さんとどうやってあんな普通に話してたんだ俺。すごいなさっきまでの俺。

 

「どうすればいいんですか?」

 

『闇を使うのです』

 

「…………」

 

 闇とは。

 

『ダークリング、胸に現れているものです』

 

 フィーネが自分のお胸を指さす。ホヨンホヨンって、嘘だろ……えっちすぎる……こんな光景がこの世にあって良いのか……? 

 

『闇のお方?』

 

「あの…………俺のことはケイスケかヤダって呼んでもらえると」

 

 闇のお方とか言われると、そのうち厨二病になってしまいそうだ。

 

『では、ケイスケ様』

 

「はい!」

 

『ふふ、そんな硬くならないで。やることは簡単です』

 

「ええと……」

 

『ダークリングはダークソウルの入り口、そこに手を入れてください』

 

「…………」

 

 あれか……あれ、怖いんだよな……底なしの沼に手を差し入れたような気分になる。

 

『そして、念じるのです』

 

「なにを?」

 

『人間性を使うことを』

 

「???」

 

 ダメだ、国語の勉強をもっとしておけばよかった。フィーネが何を言っているか全くわからない。人間性を使うってなんだ……

 

『ほらほら、躊躇なされず』

 

「っ!」

 

 こ、この人躊躇ないよお! 

 おっぱいが! おっぱいが腕に! すごい! おっぱいが柔らかい! くそ、顔が吸い込まれる! なんで! こんな! 俺は! ……う、うわああああああああ! ▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂

 

『け、ケイスケ様……?』

 

「おふぃになふぁふぁず! (お気になさらず!)」

 

 そこは、闇だった。

 俺の魂を吸い込むような、無限の闇。

 どこまでも落ちていく俺の魂。

 ああ、ここに人間性があったんだあ……

 

『で、ですがお顔が私の胸に……』

 

「いふぁ! ふぉれふぁふぁーふふぉうふがふぇふへ! (いや! これはダークソウルがですね!)」

 

 っかー! ダークソウルがなあ! 俺にも人間性があればなあ! っかー! 仕方ない! だって俺、人間性無くなりかけてるからな! すぅぅぅぅぅぅう!! ↑

 ウッヒョオ! これが人間性の香り! たまんねえ! 

 

『…………えい』

 

 それは、真の闇。

 誰もが恐れる永遠の冷たさ。

 神を堕とし、世界を混沌の渦で包み込む終焉の象徴。

 終わらせるモノ。

 昏く染まった太陽が。

 普く腐敗が。

 真の黄金が。

 冷たい月が。

 狂った火が。

 獣の夜が。

 完全な炉心が。

 星を焼く炎が。

 霧の暗闇が。

 ──寝そべっている竜が、こちらを見た。

 

「うおああああああああ!?」

 

『…………』

 

「あ」

 

 彼女は瞳を手拭いみたいなやつで隠しているけど、冷たい目で見られているような気がした。

 

「あ、いや…………すいません」

 

『全くもう……良いですか? 手をこうして──』

 

「ううおああ……」

 

 ああ、気持ち悪い。この感覚に慣れる日は来るのだろうか。いや、それよりも病院に行って早く治したほうがいいか。

 

『探してください、人間性を』

 

「…………」

 

 そんなこと言われても、こんなの初めてで……何をすればいいんだ? 

 

『本来は探さずともそこにあります。ですが、あなたが得たのは別の人間性。よく感じ取れば違和感があるでしょう?』

 

「…………っ」

 

 脳内に響くようなゆったりとした声。従うままに探してみると、確かにあった。胸の奥に引っ掛かるような感覚。

 

『さあ』

 

「…………!」

 

 パキン、と。

 確かに音が胸の中に響いた気がした。

 なぜだろう。

 心なしか、さっきよりも少しだけ意識がハッキリするような……? 

 

『うふふ』

 

「…………?」

 

『こちらを』

 

 手を引かれ、鏡の前へ。

 なぜ彼女はこの家の洗面所の場所を……? 

 だけど、大きな成果が。

 

「あ、俺だ」

 

『先ほどの姿もケイスケ様ですが……そうですね、見慣れた姿でしょう』

 

 そこにいたのはぴちぴちの俺だった。

 やっぱりミイラ姿よりこっちの方が良いよな。

 

「…………そういえば、フィーネさんは何のためにココに?」

 

『何のため? それはもちろん、ケイスケ様にお会いするためにですよ』

 

「はい?」

 

 こんなドチャクソおっぱい美人が俺に合うために? ……もしかして──

 

「美人局……?」

 

『んなっ……そ、そんなわけないではありませんか!』

 

「…………」

 

 かわE

 フィーネがプンプン怒るとオパーイがプルプルしてチソチソがモヤモヤする。

 初対面なのにこの気持ち……いけない! 俺はミオリちゃんを助けるんだ! 

 

『良いですか、ケイスケ様』

 

「は、はいっ! …………」

 

『…………』

 

「あ」

 

 スッと、腕で胸が隠されてしまった。

 別に露出してるわけじゃないんだからいーじゃん! ちょっとぐらい! 

 修道女みたいな服着てるんだから大丈夫だろ! 胸のところにのピンって張ってる皺がすげえエッチだなとか思ったりしてねえし! 

 仄かに赤くなった頬が、白雪みたいな肌を色めかせてすげえエッチだなとかも思ってねえし! 

 ……ど、どどど童貞ちゃうわい! 

 

『はぁ……闇の世界はこれより終わりを迎えます』

 

「闇の世界?」

 

『人の世です』

 

「ん?」

 

『人が支配し、自らの力で星を照らす時代は終わりを迎えました』

 

「……どこが闇の世界なんですか?」

 

 どう考えても黄金時代だろそれ。

 誰がどう見ても闇じゃない。

 闇とか……何でそんな酷いこと言うん? 

 

『闇とは悪ではありません。人を象徴するモノが闇であり、それが最も栄えているからこそ闇の時代と呼ばれるのです』

 

「うーん」

 

 よくわからない理屈だった。

 だって闇って暗いじゃん。

 表情が暗いっていうのを良いようには捉えない。

 黄金みたいな表情なら全然わかるけど。

 

『私は、あなたがどのような行末を選ぶのか導くためにここへきました』

 

「…………意味がわかりません」

 

 I can't understand(直訳)

 

『そのままの意味です、ここではあえて闇のお方と呼ばせて頂きますが──闇のお方が火を付けるのか、それとも闇を選ぶのか』

 

「…………」

 

 そういえば、来週「ひょっとこ! スバミノスちゃん!」の単行本が発売なのに……この様子じゃ買えそうにないな。いや、思考が逸れた。

 壮大な話っぽすぎてよくわからなかったな。

 

『どちらを選べとも申しません──ただ、あなたのお望みのままに』

 

「………………なら、俺はミオリちゃんを助けたい」

 

『……』

 

 おそらく、彼女が言うところの闇とか火とか、そのどちらにも属さないだろう。決して、俺の言葉彼女の求める答えではなかっただろう。

 だけど、彼女は微笑んだ。

 胸の前で組んだ手。

 それはきっと──祈り。

 

『ケイスケ様、今のままでは厳しい旅路となるでしょう』

 

「…………」

 

『どうか……私の手に触れてください』

 

 彼女の言葉は真実だった。

 俺は弱い。

 差し出された手のひらへ、犬がお手をするように右手を載せた。

 

「────!」

 

 加速していく視界。

 止まった世界。

 空気の流れすら感じられるような灰色の世界で、彼女は微笑んでいる。

 

「これは……?」

 

『ソウルワールドです』

 

「ソウルワールド……」

 

『選ばれた者のみが開くことのできる扉──火守女と繋がる力を持った不死人はここで自らを鍛えるのです』

 

「…………」

 

 よくわからない。

 というか今……フシビトって言った? 

 なにそれ。

 

『文字の通りです。不死人……死なない人です』

 

「い、いやいや……何言ってるんすか。不死って……いや、じょ、冗談きついって……」

 

『覚えがあるでしょう? 先ほどもあの亡者に頭を潰されて──』

 

「…………!」

 

 それはつまり。

 

『はい、あなたは死んでいます』

 

「…………じゃ、じゃあ……俺が撃たれたのは……」

 

『本当のことです。あなたは銃で撃たれ、その命を散らした』

 

「──」

 

 全身が震え出した。

 歯の根が合わない。

 ガチガチと音が鳴り、静かな空間の中をけたたましく掻き乱す。

 

『夢だと思っていましたか?』

 

「…………」

 

 あの痛みは、あの感覚は、あの苦しみは…………全部、本当だった……

 

「う゛っ」

 

 猛烈な吐き気が襲ってきた。

 

「おえええええ!」

 

 出すものはなかった。

 無くても、吐き気が止まらない。

 俺は人を殺した。

 それだけじゃ無くて、俺は死んだ……? 

 この、よくわかんねえ場所で。

 銃で撃たれて、頭を棒で貫かれて。

 あの痛みは…………

 

「うおええええええ!!」

 

『大丈夫です、ケイスケ様』

 

 背中を摩る手。

 何かを優しく囁からているのは分かった。

 だけど、そんなことが気にならないくらいに激しい動揺が臓物と魂を揺らしていた。

 

 

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