ノルウェーで目を覚ます話   作:goldMg

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ノルウェーで目を覚ます話3

 

 

「そういえば、先生もお菓子食べます?」

 

『お菓子……』

 

「読めないけど、一応色々持ってきたんだよね」

 

 次の日の朝、目が覚めたので朝飯という事になった。

 ダークソウルから取り出した食料の一部を温める。

 食べ終えた後はデザートだ。

 持ってきたものの中にはポテチとかも普通にあったからな。

 持ってきたっつっても普通に窃盗だけど……緊急時だからね、うん。

 とりあえず一袋。

 フィーネに手渡す。

 

『……あの……これはどうやって開ければ……』

 

「え」

 

『…………』

 

 恥ずかしそうに俯いてて萌える。

 嘘だろ、幾つなのこの人。ポテチの袋も開けたことないってどういう生活してたんだよ。

 

「このギザギザから裂いてもいいし、両側から引っ張っても開けますよ」

 

『…………きゃっ!』

 

 パァン! と袋が弾けた。

 どうやら力加減がわからなかったらしい。

 弾けた中身のうちの一つ、ポテトチップくんが豊満なお胸の上へ。

 

「…………!」

 

『あ、あの……顔が近……』

 

 くそっ、なんだこの重力は! 

 あれか! ブラックホールがあるのか! 

 光すら脱出できないらしいからな、ブラックホールは! 

 どこまでも顔が吸い込まれていく! 

 ……ポテチにな! 俺、ポテチが好きだから! 

 

『あまり、女性に妄りに触れようとするものではありませんよ』

 

「ぬおああああ!?」

 

 背後から聞こえたASMR。

 ネッチョリとした男の声。

 慌てて振り返ると、クライスラーがいた。

 静かな圧を感じて背筋を伸ばす。

 これは……怒り!? 

 

「す、すいません、先生」

 

『い、いえ……』

 

『いいですか、ヤダ様。お若いというところで気持ちはわかりますが、そういうのはしっかりとした関係性を築いた上で──』

 

 頷き続けるしか無かった。

 俺は……無力だ……! 

 

『美味しい……のかな……?』

 

「そういえば、先生って好きな食べ物とかあるんですか?」

 

 改めて、ポテチを食べ始めたフィーネ。しかし、その反応はあまりにも素人だった。無垢で、無知で、ポテチを食べたことがあるとは到底思えなかった。

 

『食べ物……食べた経験が無くて……よく分からないです』

 

「!?」

 

 何を言っているんだ、というようなことを言いだした。

 そんなわけがないだろう! だって、食べてないってんならそのおっぱいはなんだ! 言ってみろ! そのオッパイには何が詰まってんだよ! 霞か!? 灰か!? 

 ──んなわけあるか! そのオッパイには夢が詰まってんの! いっぱい食べたから育ったんでしょ! 

 

 という内心は置いといて……

 

「食べた経験がない?」

 

『正確には……食べなくても死なない、です』

 

「…………人間、なんですよね?」

 

『もちろん』

 

「人間は食べなきゃ死ぬんですけど」

 

『ふふ、それが火守女なんです』

 

「へえ〜」

 

『でも……このリンゴジュースは美味しいです』

 

「!」

 

『甘くて、いくらでも飲めそうです』

 

 本当に可愛いなこの人。

 

「じゃあ、これからはいろんなものを食べましょうよ」

 

『色んなもの?』

 

「そう、色んな食べ物を持ってくるから食べてほしいなって」

 

『──』

 

「それにここはノルウェーだけど……日本ならもっと色んなものがある。なんたって日本は、世界で一番ご飯が美味しい国なんだから」

 

『……うふふ、そうですね』

 

「あ、冗談だと思ってる? はいカッチーン、頭に来ました。絶対日本に連れて行きます」

 

 日本のご飯を震えて待て。

 

 

 ──────

 

 

『ダークソウルの説明、ですか?』

 

「いやほら、俺の中に物をしまえるやつあるじゃないですか」

 

『ええ』

 

「あれをクライスラーさんも使えるんじゃないかと思って」

 

『勿論使えますよ』

 

「おお、やっぱり!」

 

 ガタガタと音が鳴った。

 

『なんですとお!!!』

 

 椅子を揺らしながら立ち上がったクライスラーが近づいてきた。勢いが凄すぎる。

 怖いよクライスラー。

 車よりも勢いがすごいよクライスラー。

 轢き殺されるかと思ったよクライスラー! 

 

『フィーネ様! 不躾な願いとは存じておりますが、何卒私にもご教示願えないでしょうか!』

 

『ふふ、大丈夫ですよ』

 

『ど、どどっどっどっどうすれば!?』

 

『…………』

 

 引いちゃってる! フィーネが引いてるよクライスラー! 落ち着け! 

 

「クライスラーさん! 女の人にそんな勢い良くいっちゃダメだって!」

 

『ハッ!? ふ、不覚! ……ヤダ様のお気持ちが、わかりました……!』

 

「多分違うと思うけど……先生、お願いしても良いですか?」

 

 というわけで、クライスラーに対しても俺と同じ説明をしてくれたフィーネ。

 それをクライスラーは、片膝ついて跪きながら聞いていた。

 騎士かお前は。

 

『なるほど……原罪を持つ人間であるが故に闇の魂……善き行いをすれば、我々の魂は晴れるというわけか』

 

『…………』

 

『ありがとうございます、フィーネ様』

 

 深く感謝を捧げたクライスラーは、建物の掃除に向かった。解釈に宗教的なものが含まれていたのは気になったけど、フィーネはそこには触れなかった。触れても良いことないもんね……

 

「先生、気になったことがあるんですけど」

 

『なんですか?』

 

「その……こういう事聞いて良いのかわかんないんだけど……」

 

『答えられる範囲なら──はっ!? ……そ、その……下着が何かとかじゃなければ……』

 

「いやいやいや、そ、そんなこと聞かないって!」

 

 人が盛りのついた猿であるかのように言うのはやめてほしい。俺はあくまで健全な話をしたいだけ……健全、かなあ……いや、真面目な話ではあるか。

 

「あのさ……俺がいなかった間、人に襲われたりとかしてないよね?」

 

『え?』

 

「ほら……先生ってび、美人……じゃん?」

 

『…………』

 

「俺が言うのも変な話だけど……」

 

『…………ありがとうございます、でも大丈夫ですよ』

 

「!?」

 

 俺の目の前で、フィーネの姿が薄くなっていく。半透明──まるでソウルみたいな青白の燐光を放ちながら、その姿は希薄になり、空気へと溶け消えていった。

 触れることもできない。

 

「せ、先生!?」

 

『これもまたソウルの秘術……ケイスケ様がいない間は基本的にこうしています』

 

「…………はえーっ!」

 

 そりゃあすごい。

 美術だかなんだか知らないけど、そういうことが出来るなら俺なんかの心配はいらないな。というか、もしかしてフィーネって俺より強いのでは? 

 

「先生、もしかして先生って俺より強かったり?」

 

『いいえ、私は戦う力は持ちません』

 

「あ、そうなの……なんか安心したわ」

 

『安心?』

 

「だって──先生が俺よりも強かったら、俺じゃなくて先生がその役目なんちゃらをやれば良いし……それに、男として格好がつかないからさ!」

 

『まあ! うふふ……』

 

 

 ──────

 

 

『ああ……なんと美しい光景なんだ……』

 

 掃除をしに行くふりをして、クライスラーはコッソリと陰から二人の様子をのぞいていた。

 そこに広がるのは、世界を救うべき少年と聖女が奇跡の炎の前で談笑している光景。

 男として、酸いも甘いも経験してきた。だが、これほどに素晴らしい光景は見たことがなかった。この光景に比べれば──カリフォルニアで見た、自然が数億年をかけて生み出した光景ですら奇跡という接頭辞をつけることはできないだろう。

 ゆらめく火に照らされて、二人の影が踊っている。

 ──暖かくて、見ているだけで惹きつけられる火。まるで太陽のような、そこにあるだけで安心する温もり。

 

『火の導き──』

 

 彼は、キリスト教信者ではないのだろう。宗教という概念を理解することができていない。まだ若く、心に根付くべき信念という物を深く認知したことがないものにはありがちなこと。

 だとしても──応援したくなってしまう。

 啓示を授けられた程度の矮小な身では、この場所を提供することが精一杯でも。

 

『がんばれ』

 

 きっと、苦難が待ち受けている。世界を救うという偉業を成し遂げるには、想像を絶する苦行が彼を襲うだろう。あの怪物も、そのうちの一つだ。

 黒く。

 醜く。

 太った姿。

 棍棒を持ち、地獄の炎を放つ。

 きっとアレは最初の壁。

 

『がんばってくれ』

 

 この、壊れた世界を救うために彼が進む道。

 どれだけの犠牲を彼は払うのだろう。

 押し付けた自分の、なんと醜いことか。

 それでも……何故だろう、彼ならばきっとやってくれると信じている。

 

 ──啓示

 

 夢で言い渡された言葉通り、このノルウェーにいつのまにか自分はいた。

 そして現れた少年。

 現実感がなくて、言葉を押し付けるようなことをした。

 申し訳なく思う。

 

『主よ、我らが願いを押し付ける子羊に至上の祝福を……』

 

 それでも、救うとしたら彼なのだ。

 なにせ啓示があったのだから。

 

『ヤダケイスケ……どうか、我らの世界を──』

 

 ──彼に、子供に押し付けるのは果たして正解なのか? 

 

『…………』

 

 

 ──────

 

 

「行ってきます」

 

『どうかお気を付けて行ってらっしゃいませ』

 

「……はは」

 

『うふふ』

 

 フィーネに行ってらっしゃいってしてもらったから元気10000倍ですわ! 

 さーて行くぞ! 

 なんか、クライスラーの言ってた怪物も倒せる気がしてきた! 

 

 ──そんな俺の希望を断つような存在がいた。

 

 スーパーマーケットへの道は再確認したから、特に迷うことなくたどり着いた。

 まさか、たどり着いたことを後悔する事になろうとは。

 

「はぁ……っ……」

 

 マーケットの屋上にいる、明らかに異質な存在。

 それが見えた瞬間、直ぐに木陰に隠れた。

 あんな遠くにまで聞こえるわけもないのに息を止める。

 ゆっくりと木陰から覗くと──やっぱりいた。

 

「嘘だろ……!」

 

 おおよそ、人が倒すことなど不可能な存在がそこにはいた。亡者とかそういうレベルじゃない。

 ゾンビ映画なら、時間が経ったりして進化したスーパーゾンビみたいなやつがいたりするけど……そういうこと? あれも亡者なのか? 

 

「むりむりむりむり……」

 

 目を閉じて、首を振る。

 人間一人で倒すような存在じゃない。軍隊が全力でぶち殺すべきモンスターだ。少なくとも戦車がないと話にならないんじゃないか──そんなことを考えた俺の脳裏に、またもやフィーネの言葉が思い出される。

 

「……ソウル」

 

 そうだ。

 ソウルを使えば、俺の魂は強化される。

 強化していけば…………一体どれだけ強化すればあの怪物とまともに渡り合えるようになる? 無理だろ、普通に考えて。

 見ろよあれ。

 棍棒の長さだけで人の丈の2倍はある。

 太さも1mくらい? 

 距離離れてるからわからんけど……

 

「ふっ……いや……ちょ……」

 

 無理(笑)

 俺よりもあの棍棒の方がシンプルに強い。

 倒すって……クライスラー……無茶だぜ。

 

 一旦、教会に戻った。

 フィーネに相談だ。

 

『デーモンですね』

 

「でえもん? ドラえもんじゃなくて?」

 

『ふふ……んふふふ……』

 

「でえもんって?」

 

『むふふ……』

 

「先生!」

 

『んん……混沌から生まれ出でた存在と言われています』

 

「あ゛え゛?」

 

 混沌ときた。

 それは知ってる。

 ケイオス(ねっとり)だろ? 

 ……ケイオス(ねっとり)ってなに? 

 

『混沌とは……正確に言い表すことは難しいですが……そうですね、偽物の火とでも言いましょうか』

 

 火に偽物も本物もあるかい! 

 しかし、フィーネはそんな俺の心を読んだのか首を横に振った。

 なんだ、もうしてみろ! 俺に偽物の火とやらを納得させてみせろ! 

 

『火とは陽。太陽のことです』

 

「偽物の太陽? …………核爆弾とか?」

 

『! ──ご賢察お見それしました。この時代において人が生み出した、新たな穢れし火……核から生まれたのがデーモンなのです』

 

 適当に言ったら当たってしまった。

 怖い、自分の才能が。

 学者とかになろうかな。

 世界が壊れてるから無理だったわ。

 クソが! 

 

『より古くにおいては、正しい意味での混沌の炎が存在しました。元はそこからなのです』

 

「詳しすぎません?」

 

『これでも火守女ですから』

 

 目隠しをしたままでちょっとドヤっているのが実にアホっぽくて良い。

 賢いのにアホっぽいってすごくクるよね……

 ともかく、デーモンってのが核から生まれた化け物だってことはわかった。

 ……どうしようもなくない!? 

 人間は核兵器には勝てないし、そこから生まれた存在に勝とうとか──核兵器から生命が生まれるって何!? 

 

「ああもう……世界が壊れていく……」

 

『おっしゃる通りです。世界は日に日に、闇の世界から姿を変えている。このままではそう遠くないうちに膿んだ世界に成り果てるでしょう』

 

「それは聞いた……」

 

 頭が痛い。

 俺はこんなに弱いのに、世界は俺が弱いままでいることを許してくれそうにはない。しかも、弱いままだとミオリちゃんに会いにいくことすらできそうにない。最悪はコッソリ通り過ぎようかなーとか思ってたけど……近くを通りかかった亡者を、わざわざ屋上から飛んで潰しに行ったからな。

 

 そう、あいつ──デーモンは飛べる。

 飛べるし、でかいし、重い。

 棍棒と、なんか小さめの瓶を腰に着けてる。

 絶望だ。

 絶望のデーモンって名前にしよう。そもそも、核兵器から生まれたって……どこに核兵器が落ちたんだよ。

 

『れべるあっぷ?』

 

「ソウルの強化、言いやすい方がいいかなって」

 

『れべるあっぷ……ふふっ、悪くないですね』

 

 そう、何はともあれ強くならないといけない。こんなお手軽に強くなれちゃっていいのかって? 

 ばかやろう! お手軽に強くならねえとあんなバケモン倒せるわけねえだろうが! 

 あの巨体見てみろ! 陸棲の肉食クジラと戦えって言われてるようなもんだぞ! アホか! 

 

「マジで時間の流れが遅いんだな……」

 

 ソウルワールド、俺は再びソウルを使う事にした。

 しかし、そこで気付いたこともあった。たまたま近くにいたクライスラーがめちゃくちゃゆっくり動いている。本当に動いているのかわからないくらいゆっくりだけど、暫く待っていると少しだけ手の位置が変わったので間違いない。ここにいると、時間の流れが半端なくゆっくりになるみたいだ。

 

『さあ、ケイスケ様』

 

「はいよ!」

 

 ダークリングに手を突っ込み、なりたい自分をイメージする。今回は明確に方向がある。とにかく力が欲しかった。絶望のデーモンと同じくらいの力。

 

『では──』

 

「っ!」

 

 ボッと、ダークリングが熱くなった。

 

「……」

 

『今回は──以前よりも変化量は大きそうですね』

 

「そ、そうなの?」

 

『はい』

 

「じゃあ、結構強くなった?」

 

『…………ちょっとは』

 

「ちょっとかああ!」

 

『──』

 

「ん?」

 

『ケイスケ様は……明るいですね』

 

「明るい?」

 

『命を散らすとは……どのような感覚はわかりませんが、心地の良いものでないという事は分かります』

 

「まあ、はい」

 

 マジで苦しい。

 死ぬ時、肺の中を血が満たして溺れたこともあったし、骨がベコベコになって1ミリも身体を動かせない中でぶち殺されたこともあった。

 今だって、あの時のことを思い返すと辛いさ。まさに今、思い出したせいで吐きそうにだってなってる。だけど、俺だけなら許せる。死んでも蘇る俺だけなら。

 耐えられる理由は、いくつかある。

 

『だからこそ──その中でも明るいあなたが……ちょっとだけ眩しい』

 

「…………ははは!」

 

『な、なんですか!』

 

「いやいや! あははは!」

 

 何にもわかってない。

 俺がなんで耐えているのか。

 ミオリちゃんやイインチョの事もあるけど……今、そばにいて俺を励ましてくれているのが誰かって話だよ。

 あーあ、おもしれ。

 デーモン怖すぎワロタって感じだったのに、笑ったら和んだわ。

 お笑いの才能あるよ、この姉ちゃん。

 

『もう! …………もう!』

 

「いやごめんごめん……でも、力が強くなったか確かめる指標みたいなの欲しいな」

 

『知りません!』

 

 拝み倒し、凝っているであろう方を揉んだりオレンジジュースを差し出したり褒めまくったりして許してもらった。ふぅ……やることが多いぜ! 

 …………斧! 

 

「斧を振ろう!」

 

『斧ですか?』

 

「そう! 斧を振ってれば、どう変わったかがわかるだろ! 多分!」

 

『そうなのでしょうか』

 

「物は試しだろ!」

 

 早速、ソウルワールドから現実に戻ってきて斧を取り出す。

 

『ヤダ様……斧を扱う際は外でお願いしますね?』

 

「あ、はい」

 

 近くを通っていたクライスラーに当然の注意を受けて、外へ出る。

 斧を構え、振る。

 

「!?」

 

 振った。

 

「!」

 

 振った。

 

「おおお……!」

 

 ゾクゾクと背筋を登っていく震え。明らかに軽い。この前は両手でえいやっ! としか振れなかったのに、両手でそいやっ! と振れるようになっている。ブンブン振り回しても体が流れない。すげえ、無敵じゃん! 

 ──絶望のデーモンの姿を思い出す。

 

「無理だあ……」

 

 座り込んだ。

 とても、こんな程度でやれる敵じゃない。

 最低でも片手で斧をブルンブルンと振り回せてからじゃないと話にならない。それも、斧があいつに攻撃を喰らわせられるという前提があっての話だけど。

 今は流石に、片手で振るうと体が流れる。

 俺の体が弱すぎるのか……? 

 いや、違う! 

 斧は片手で振るうものじゃない! 

 筋トレなんかしてるやつはバカ! 俺が正常だ! 

 でも、いいぞ! ソウルでしっかりと体が強くなっているってわかった! 

 

『一つ、忠告を』

 

 わざわざ庭まで出てきたフィーネがそんなことを。

 

『ソウルを使い、レベルアッ……ぷふっ……ふふふふ』

 

「なにしにきたの!?」

 

『うふふふ……』

 

 身体を揺らして笑うフィーネ。

 可愛いけど、まさか……レベルアッぷふふふというネタを見せにきただけなんだろうか。

 

『ふふ…………レベルアップを繰り返すたび、必要なソウルの量は増えます』

 

「え」

 

『ですので、次にレベル……する際には、より多くのソウルを集めることをお勧めします』

 

 とんでもなく大事なことだ。

 そりゃあ、レベルアップって言ったら一回したら次のレベルアップにはより多くや経験値やらが必要になるってのは一般常識だけど。まさか自分がそれになるとは。

 より多くの亡者を倒せって? 

 嫌だなあ……

 

『亡者は……基本的には戻る事はできません』

 

「──なんだって!?」

 

『古に存在したであろうアイテムでもない限りは、元には戻りません』

 

「…………」

 

 それは、俺の勘違いでしかなかっただろう。自分があの顔から戻れたのだから、他の人だって元に戻ることができる。そんな風に考えていた。

 だけど、それが間違っていた。

 一番の問題は、ミオリちゃん達が亡者化してしまったときのことだ。

 

「ミオリちゃん…………!」

 

『ヤダ様、落ち着いてください』

 

「っ!」

 

 クライスラーがいた。

 走り出しかけた身体。

 腕を掴まれ、落ち着くように言われる。

 だけど、落ち着くなんて無理だ。

 今、こうしている間にもミオリちゃんは、そしてイインチョは……親父は……

 

『今、あなたにできる事……それは、あのデーモンを倒す事です──でしょう?』

 

『その通りです』

 

『ならば、そこに意識を集中させねば』

 

「…………分かりました」

 

『自分では戦わない分際での上からの物言い……失礼いたしました』

 

「いや、そんな事は……」

 

 少しも思わなかったかと言えば、嘘になる。だけど、こうして謝られると……自分がいかに子供じみているかってことが明らかにされた気分だった。

 

 

 ──────

 

 

「…………ダメだな俺」

 

『お悩みですか』

 

「クライスラーさん……」

 

 恥ずかしくて暖炉に座り込んでいたら、隣にまたもやクライスラーがやってきた。確かにお悩みですけど、その原因があなたなんですよ……

 

『未熟ではありますが、私も聖職者の端くれ……話すだけでもスッキリするかもしれませんよ?』

 

「…………」

 

『……やはり、私では頼りないですかね?』

 

「い、いやいや! そんなことは!」

 

『はは……お気遣いなく、食料集めやら何やらあなたにおまかせしている現状で役に立っているとは言えませんから』

 

「……ほ、ほら! 腕を治療してくれたこと! あれ! すごく嬉しかったです! カッコよかったですよ!」

 

『…………ありがとうございます』

 

「お、俺もあれです! さっき、勢いで出て行こうとしたのが今更ながら恥ずかしくなっただけで…………そう……あのデーモンを倒せる気がしないだけです──ミオリちゃんを助けないといけないのに……俺はっ……」

 

『──』

 

「分かってるんだよ、やるべき事は……亡者を倒して、ソウルを集めるんだ…………だけど、あの人たちは人間だ! 俺が殺してしまったら、元に戻る可能性も永遠になくなる! フィーネさんの言っていた古い方法ってのを使える人だって、どこかにいるかもしれないのに!」

 

 どうすればいいのか、わからなかった。

 俺みたいなバカじゃなきゃ、もっといい方法を思いつくかもしれない。だけど、何も思い付かない。フィーネが亡者から復活する方法について詳しく話さないって事は、まだそれに出会してないって事だ。しかも、あの口ぶりからして闇の時代──現代で使えるとは思っていないようだった。

 

「クライスラーさん……人を殴り殺した事はありますか?」

 

『…………いいえ』

 

「そうでしょう──人を棒で殴るとね、その感触が手に伝わってくるんですよ。手が痛くなるんです…………でも、殴られた方はもっと痛いはずなんだ。そんなことを死ぬまで繰り返す。皮がなくなって、肉が削げて、骨を何度も殴るんです」

 

『…………』

 

「斧はもう少し楽でしたよ……はは……」

 

 手のひらを見る。

 情けないことに震えていた。

 殺した感触が離れない。

 ふざけたフリをしても、あの感覚が離れない。

 つくづくこのお役目に向いてないな、俺は。

 

『……私もついていきます』

 

「え?」

 

『せめて、貴方がデーモンを倒せるまでは私も貴方と一緒に行きます』

 

「い、いや、そんなこと……」

 

 そんなことする必要ない──そう、口から出ることはなかった。だって、怖い。心細い。寂しい。

 まともな人間の残っていない街を一人で歩くのは心が折れそうだ。見つけた人間も疲れ切っていて余裕が無いし、会話なんてそもそもできない。出来るなら誰かと一緒にいたいってのが本音だ。

 

『──お勧めはしません』

 

『なぜです?』

 

『クライスラー様は人間性が少ない、一度死んだだけで亡者化してしまう可能性が高いでしょう』

 

 天気予報のようだった。

 確定では無いけど、ほぼ間違いないだろうという──フィーネが言うならばきっと、そうなんだろう。ほんの短い付き合いだけど、彼女はこういうことに関して嘘はつかないとなぜか信じていた。

 自分でもチョロいと思うけど、仕方ない。

 

『──だとしても、私は行きますよ』

 

『そうですか……私にはそれを止める権利はありません』

 

 何故だ。

 なんの意味がある。

 つい先日、俺に対してデーモンを倒す役目をバトンタッチしたのに。わざわざ付いてきて、何をするんだ? 

 

『ヤダ様、行きましょう』

 

「…………なんで?」

 

『……いずれわかります』

 

「…………」

 

 子供扱いされているようで一瞬ムッときたけど、さっきのやり取りで俺が子供だってことは明らかにされてしまった。反論のしようがなかった。そんな事をすれば、尚更自分がガキだって認めているみたいだ。

 だから、黙って一緒に行く事にした。

 

『──最近の若者が地図を読めないというのは、本当なんですね』

 

「アプリで十分ですから」

 

『良い機会ですから、この際どうやって見るかを覚えてしまいましょう』

 

「……」

 

 正直めんどくさい。

 なんかよくわからない記号が多いし、文字でパッと表示してくれるアプリと違って解読していかないと意味すらわからない。そもそも、手に入れた地図はノルウェーの言葉で作られている。

 

『確かに日本の地図とは違うところがありますね。でも大まかな作りは同じです』

 

「ふうん」

 

『このマークは警察、こっちは畑、これは──』

 

「早いって……」

 

『ははは、何事も早ければ早いほど良いものですよ』

 

「初めてなんだからもう少し余裕持たせてよ……」

 

『では、歩きながら一つ一つ確かめていきましょう』

 

 もちろん、亡者はいる。

 少しだけではあるものの戦い慣れているし、どうすれば見つからないかも分かる。俺が先行する事にした。

 

「──あれは」

 

 先行して、新たな発見もあった。

 

『警官、ですか』

 

「エリック……じゃないか」

 

『誰です?』

 

「お世話になった人です」

 

『…………』

 

「っ!」

 

 発砲音。

 警官は、今まさに自分に向けて嬉しそうに走ってきた女性と女の子に向けて発砲した。

 二人は、あえなく倒れた。

 つまり……

 

「亡者……だったのか……!」

 

『──まだ生きています!』

 

「!」

 

 警官はとどめを刺すためか。

 ゆっくりと近付いていく。

 

『助けねば!』

 

「ダメだ……!」

 

 立ちあがろうとしたクライスラーを止まらせる。

 

『……何故ですか』

 

「あっち……」

 

 そこには亡者の一団がいた。銃声を聞きつけてやって来たのか、はたまたここを周回ルートにしているのか。ホテルに引きこもっている時にも思ったんだけど、あいつらは基本的にはおんなじようなルートをぐるぐると行き来するだけだ。

 音がしたり、知らん人間が入ってくるとそのルートを外れて向かってくる。

 だからクライスラーがあの母娘を助け出そうと飛び出せば、あの亡者はクライスラーに襲いかかる。

 

「たとえダークリングがあっても……死んで亡者になってしまえば終わりです!」

 

『……では、どうするんですか』

 

「俺が行きます」

 

『!』

 

「武器だって持ってる、きっとなんとかなるはずです」

 

『──』

 

 答えは待たずに飛び出した。もちろん、いきなり警官の前に行くわけじゃない。生垣の裏側を走ってなるべく距離を詰める。その際、石ころを拾った。

 

「えいっ」

 

「!」

 

 即座に投げる。

 石ころは警官のそばに落ちて、転がった。その音に反応して振り返る。

 女の子は痛みからか動くことができていない。あの時のミオリちゃんみたいに──

 

「っ!」

 

 飛び出し、蹴躓いて転びそうになりながら全力で脚を動かす。

 助けないと。

 俺が助けないと、また人が死ぬ。

 そんなの……嫌だ! 

 

「──うあああああ!」

 

「?」

 

 斧を両腕でしっかりと握って、小石を眺めていた警官亡者の頭上から叩きつけた。

 グシャリという、とても嫌な感触が腕に広がる。グラついて倒れた警官、どうやら一撃で致命打になったらしい。斧を消して二人の元へ行く。

 

「大丈夫か!」

 

「パパ……」

 

「っ……」

 

 酷い出血。

 母親の方は一撃で死んでいた。目を貫通して後ろへ……不甲斐なさで視界が滲む。俺はまた助けられなかった。だけどこの子だけでもせめて、なんとか助けないと。

 

「大丈夫だ、教会に戻れば必ず……!」

 

「…………」

 

 女の子が握っている小さな十字架の首飾り。

 白い手。青ざめた顔。血の匂い。

 気分が悪くなってきた。

 だけど……それで何もしなかったらこの子は死ぬ。また人が死ぬ。

 

『ヤダ様!!!』

 

「っ!?」

 

 振り返ったら、亡者が数mの位置にいた。もう、何かを悩んでいる暇はない。

 

「ううお!」

 

 気合いで女の子を担ぎ上げ、走り出──せない。

 亡者どもと同じ程度の速度で行くのが精一杯だ。

 彼女を捨てれば、容易く逃げられるだろう。

 

「──ダメだ……ダメだ!」

 

 そんなのできない。

 もし、この子を見捨ててしまったなら……何のために俺はミオリちゃんを助けるんだ? この子も助けられないで、なんでミオリちゃんは助けられると思うんだ? イインチョのことをどうやって迎えに行くんだ? どうやって──

 

「助けるんだ! 絶対に!」

 

 そうだ、俺は絶対にあの子を助ける。

 一人ぼっちのあの子を助けてあげられるのは俺だけなんだ。だから、この子も助ける! 

 

『私が代わります!』

 

「っ!」

 

 ふわりと体が軽くなる。

 クライスラーは細身だけど、それでも大人の男だ。女の子一人くらいなら担いで動けるだろう。

 

『行きますよ!』

 

「はい!」

 

 近寄る亡者達へ木の棒を振り当てながら撤退した。

 

『──まあ』

 

 片手を口に当てるが、あくまで落ち着いた雰囲気のフィーネ。そうだろう。世界の命運すら握っていそうなんだから、この程度大したことねえよな。

 

「クライスラーさん! あんた医者なんですか!?」

 

『……いいえ、違います』

 

「…………どうすればいいんだ!」

 

 だけど、何もできない。

 俺はただのガキだ。

 身体のことになんて詳しくないし、どうすれば血を止められるかも分かんねえ。

 

「お願いです! 何とか、助けられないですか!?」

 

『…………』

 

「誰か……誰かいないのか! 誰か、この子を助けられる人はいないのか!」

 

『わ、わたしは……』

 

 俺は本当にバカだった。頑張れば何とかなるとか、二人のうちのどっちかが上手くできるとか、そんな甘っちょろい事を考えていた。

 俺たちは医者じゃない。

 一人は火守女、一人は聖職者、一人はただの不死者。俺たちは役割をこなすことしか能が無い、それ以外のことはまるでできない役立たずどもだった。

 

「……コヒュー……コヒュー」

 

「だ、ダメだ! ──頼む、死なないでくれ!」

 

 二人はまだマシだ。

 火を守るのが役割のフィーネと、神に仕えるのが役割のクライスラー。

 俺はといえば、訳もわからず流されるだけ。ミオリちゃんとイインチョを助けられれば良いと、世界を侮っていた。

 正真正銘のガキ。

 俺は──

 

 

 ──────

 

 

「あああああ! …………なんで…………なんでだよ……!」

 

 螺旋剣で作り出した火葬の火。

 燃え上がる炎の中、彼は泣いていた。

 

 目の前で消えゆく命を前にして、無力を嘆いていた。何かできないかと必死に少女の手を握り、励ましていた。

 大人であるにも関わらず、私はそれをただ眺めるだけ。何故ならば、分かってしまった。

 彼女が流した血の量。

 喘鳴。

 医者でなくとも、助からないことはわかった。

 

 仮にここが病院であったのならば救いもあっただろう。しかし、ここは教会。迷える子羊に導きを与えることはできても、失くした血を補うことのできる設備はない。手術をできるような人間も、知識も揃っていない。

 だから、初めから詰んでいた。

 

 そんな風に冷静に考えてしまうのは、私が大人だからなのだろう。誰かが死んで、それを仕方ないと受け入れてしまう。それは成長の証だ。いくつかの死を乗り越えれば誰だって気付く、当たり前の事実。

 ……なんて悲劇だ。

 彼は、死ぬことができない。命を落としても灰となって復活する。

 それなのに、他人は容易く完全な死を迎える。

 

 私もこのダークリングを手に入れたが、彼とは違って人間性をすぐに失ってしまう可能性がある。つまり、あまり意味が無い。死ねば──外を闊歩する、ゾンビのような彼らと同じく生ける死者に成り果てる。

 ……希望が無くなった人間にとっては、そちらの方が楽だろう。

 

 だが彼は、進まなければならない。

 世界を救う以前に、彼には助けなければならない女の子がいるという。

 ──だから彼は、あんなにも嘆いているのだ。

 仮に私が彼の立場にあったとして、あそこまで他者を思いやれるのか。聖職者として思ってはならないことだけれども……

 

 きっと、だからこそ彼が選ばれたのだ。

 

 

 ──────

 

 

「あああ!」

 

 亡者を倒す。

 ソウルを得る。

 レベルを上げる。

 

「死ねえ!」

 

 日課となったソウル稼ぎ。

 亡者達は、日を跨ぐと復活する。

 だから俺はこうして、毎日毎日外に出て亡者どもを斧で斬り殺していた。

 

「おらあ!」

 

 あれから一ヶ月。

 亡者を殺すことに、もはや何の躊躇いも無い。

 レベルアップを何回か経て、俺は少なくともクライスラーよりもよほど肉体が強くなった。

 

『──お帰りなさいませ、ヤダ様』

 

 クライスラーはどこか悲しげに、それでもおかえりと俺を迎えてくれる。クライスラーとフィーネの顔を見ると安心する。彼女達は間違いなく人間で、俺の味方だから。

 理由はわからないけど、ここに亡者はやってこない。だから、二人がここにいる限りは亡者に襲われることもない。

 

 クライスラーに付いてきてもらうのは、やっぱりやめた。あの人も俺の言葉に反論することはなくて……それが、寂しいけど安心した。

 一緒に付いてきてくれる人がいるのは心強いけど、それで死なれちゃ世話が無い。

 

 あの子が持っていた十字架の首飾りは、無くさない様にダークリングの中にしまってある。生きていたんだってことを忘れないために。

 だって……誰かが覚えていてあげなくちゃ寂しいもんな。

 名前も何も知らない初対面だったけど、それくらいはしてあげられるはずだ。

 

「先生」

 

『ケイスケ様──おかえりなさいませ』

 

「ただいま」

 

『レベルアップですか?』

 

「はい」

 

『…………』

 

 彼女の手を取る。

 時間の流れがゆっくりになった世界の中で、灰を一掴みした。それを胸に突っ込む前に……じっと見る。

 

『ケイスケ様?』

 

「──ああ、すいません」

 

『何か思うところが?』

 

「……俺、本当に人間じゃなくなっちゃったんだなって」

 

『…………』

 

「今更かもしんないけどさ……俺、この前まで高校生やってたんだぜ? 学園祭の準備でアイス買いに行って…………ごめん、こんなこと言っても意味無いよな。やってください」

 

『────』

 

 全身が燃える様に熱くなる。

 以前着ていた学生服なんかじゃあ動き辛いから、色々と服を集めて(窃盗)カスタマイズしていた。

 結果として、ジーンズにレザーのジャケットを着ている。棒で一発殴られたくらいなら何とか耐えられる程度の防御力があるからな。

 ──そんなジャケットの服の端が、赤く燃える。

 理由は分からないけど……こうして篝火のそばに来ると服が燃え出す。そのくせ燃え広がることはなく、ただひたすらに端っこだけが赤く赤熱している。

 

「俺は……だいぶ強くなったな」

 

 自惚じゃ無い。

 人間だった頃の俺に比べたら、信じられないほどの成長をしている。あの斧だって、片手で軽く振れるほどには膂力がある。

 

「あの時の俺に、この力があったら……」

 

 人間性もいくつか集まった。

 今なら何回か死んでも問題はないだろう。もちろん死にたい訳じゃないし、死なないに越したことはない。

 

「挑むか……」

 

 不注意で死んだことは今のところない。

 だけど、囲まれたら力なんて関係なくやられるってのを既に味わってる。

 立ち上がる隙さえない。

 つまり、これだけ強くなってもいつか亡者に殺される可能性があるってことだ。

 

 無駄に人間性を消費するくらいなら……

 

「絶望のデーモン……」

 

『──新たな道を切り拓くのですね』

 

「……切り開く?」

 

『デーモンを倒し、未知の場所へ──』

 

「それは違うぜ、先生」

 

『え?』

 

「あそこは元々、俺たち人間の場所だ」

 

『……』

 

「この世界も俺たちの世界だ」

 

 デーモンだか偽物の太陽だか知らねえが、俺たちが生きている世界をめちゃくちゃにした挙句に自分の場所なんて言わせねえ。

 

「だから、取り戻す」

 

『──失礼いたしました』

 

「あああ謝らなくていいって! 別に先生は何も悪くないんだから!」

 

『…………』

 

「明日行こうと思うんだ」

 

『明日ですか?』

 

「今日は休んで、気持ちを整理したい」

 

『──であれば、戻りましょうか』

 

「うん」

 

 篝火。

 そばにいると、なぜか安心する。

 何故だろうか。

 火を見ると身体の芯まで温まる様な気がしてくる。

 実際、服は燃えてるし。

 

 ゆらゆらと燃える火。

 弾ける薪。

 そばに座っているフィーネの息遣いが、やけに大きく聞こえる。

 

 デーモン。

 何度も見た。

 亡者をプチッと潰す以外にはほぼ動かない。

 作業をする際の速度は……緩慢なのに速い。

 大きいからだろう。

 

 勝てない。

 でも、やるしかない。

 何回も挑めばきっと勝てるはずだ。

 

 死ぬのは嫌だ。

 あの感覚は、どうしても好きになれない。

 命が無くなる瞬間の、あの冷たさ。

 苦しさ。

 寂しさ。

 どうしようもなく怖い。

 

 でも、やる。

 

 そう決めて、亡者達を殺してきた。

 人間性を与えれば元に戻せる可能性も少しだけある彼らを、幾度も斧で。

 良いのか悪いのかわからないけど、拳銃を手に入れることができた。警官を殺すと手に入るのだ。

 最悪の手口だけど、仕方ない。有効活用させてもらっている。

 斧の方が威力自体は出るけど、拳銃もシンプルに強い。子供の亡者なら頭を二発打てば死ぬ。

 大人はちょっと厳しいかな。何回も撃たなきゃ死なない。

 

 奴らは異常に撃たれ強い。

 最初の頃は無我夢中で殴りまくっていたから気づかなかったけど、人間ならもう死ぬってくらいやっても生きてることがある。

 思い返せば、ホテルで外の様子を見ていた時もそうだった。何発も銃を撃ち込んでやっと死んだ。

 俺がそうじゃないように、亡者も人間を辞めているのだろう。

 

『──ヤダ様、どうかご無事で』

 

「行ってきます」

 

『行ってらっしゃいませ、ケイスケ様』

 

 道は一人。

 慣れたよ、流石にな。

 一ヶ月歩き通しだった。

 レベルは置いといて、かなり足腰が鍛えられた。斧を振ったり物を持ち上げたりして、腕とかにも筋肉ついてる気がする。

 皮肉だよな。

 文明から切り離されるとこんなに健康的な生活になるんだ。

 

 ──なんて、現実逃避だよな。

 

 前を見ろ。

 

『ア…………ア……ア……』

 

「……!」

 

 醜い化け物。

 俺のことを黄色い目で睨む、俺たちの世界をグチャグチャにした奴らのうちの一つ。

 

「殺してや──」

 

 1回目。

 一撃で潰された。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「──うらあ!」

 

 2回目。

 斜め気味の横薙ぎ。

 胴体吹っ飛んだ。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「あいやあ!」

 

 3回目。

 掴まれて奈落にぶん投げられた。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「わあああ!」

 

 4回目。

 頭から齧られた。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「一撃だけでもお!」

 

 5回目。

 斧で足に一回だけ切り付けた。

 蹴り飛ばされた。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「うわあああい!」

 

 6回目。

 足の親指を切り落とした。

 両手をもがれて足から食われた。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「死ぬ……死ぬ……死んだ……」

 

 7回目。

 生き残ることに注力。

 2分くらい耐えた後、灼熱の息で死んだ。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「うあああああああ!」

 

 灼熱の息。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

 灼熱の拳。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

 踏み潰し

 

『行ってらっしゃいませ』

 

 下半身粉砕

 

『行ってらっしゃいませ』

 

『行ってらっしゃいませ』

 

『行ってらっしゃいませ』

 

『行ってらっしゃいませ』

 

『行ってらっしゃいませ』

 

『行ってらっしゃいませ』

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「──かはっ」

 

 10分耐えた。

 片腕を切り落としてやったけど、俺もその頃には血が出過ぎて動けなくなった。デーモン怒りのスタンプで地面のシミ。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「痛え……身体が……痛え……」

 

 幻肢痛(全身バージョン)でまともに動けず、道中で亡者共に殺された。

 

『行ってらっしゃいませ』

 

「やれる……やれる……やって……やるんだ!!」

 

「ブモアアアア!」

 

 振り上げた棍棒。

 背中から生えた羽で浮遊し、重力と体重を乗せた一撃がスーパーの屋上に叩き込まれた。

 

「うああ!」

 

 棍棒は容易く天井を突き破り、穴を開ける。巨大な揺れのせいで俺もバランスを崩して崩落に巻き込まれかけた。轟音を立てながら崩れる天井から何とか離れ、睨み合う。

 やつは大穴を遠回りしてこちらへ近付いてきていた。

 警官から散々っぱら剥ぎ取って弾もしこたま集めた拳銃を撃つ。

 

「ブモッ」

 

 当たるたびに汚ねえ鳴き声を撒き散らしやがって。だけどそれは攻撃が通っていることを意味している。警官殺しももう慣れたから、行きがけに毎回必ず倒して弾を回収するようにしている。とんでもない所業だし、何で毎回いるのかも分からないし、毎回同じ拳銃を持っている理由も分からない。だけど使えるものは何でも、だ。

 

「…………」

 

 正直、戦っている時に声出すのは威力とかそういう話ではあんまり意味が無い。拳銃撃ってる時なんかそれこそブレるだけだし。でも、ノシノシと近付いていくるのはやっぱり大したダメージになってないからだ。あんなデカいやつ、拳銃で倒せるわけはない。コレまでも何度か使ってダメだったからそれは既にわかってる。それでも本当にノーダメージってわけじゃない。本当に微々たるものでも顔面は効くからな。だから、こっちに近付くまでの間は撃つのが有効だ。

 

「ブルアアアアアア!!」

 

「うわああああ!」

 

 臭い匂いと唾を吐きながらの横薙ぎ。

 喰らったらひとたまりも無く肉塊になる。掠っただけでも腕が吹っ飛んだそれを地べたに這いつくばって回避。さながらインディージョーンズに出てくるデストラップを避けているような気分だ。

 キンタマがヒュンッてなったけどすぐさま起き上がってダッシュ! 

 

「らあっ!」

 

「!」

 

 気持ち悪い形の足へ向けて、両手で思いっきり斧を叩きつけた。刃が皮を貫く。だけど、足のデカさも段違いだ。この程度じゃまだまだ切断はできない。

 

「ブアアア!」

 

「うっ……!?」

 

 痛みで暴れたデーモンの身体が掠って吹っ飛ばされた。幸い何にもぶつからずに地面を転がるだけで済んだけど、少し前はこれで頭をぶつけて何もできないでいるうちに潰されたこともあった。

 

「っ!」

 

 だけど、暴れているうちは俺のことをちゃんと見てはいない。棍棒を振り回し、空振りのキックを放ったり、炎を撒き散らしたり。

 つまり──

 

「うおおおおお!」

 

 全力で車の後ろに退避だ。

 俺に巻き込まれたらまともな形では残れない。

 窓枠から様子を見て、こちらへ近付いてこないかを確認しながら隙を伺う。

 

「ブモッ、ブモッ、ブモッ!」

 

「何が楽しいんだよそんなに棍棒振り回して……きたっ!」

 

 一通り暴れた後は、肩で息をしてしばらく動かなくなる。最初の一撃を入れると大抵これだ。

 たまに掴まれて酷い目に遭うけど、今回は大丈夫そう! 

 

「は!」

 

「ブモアッ!?」

 

 今度も全力で同じ場所へ向けて斧を叩きつける。先ほどの傷が広がり、デーモンはタタラを踏んだ。コレがゲームに出てくるような剣とかだったら、こんなに早く傷をつけられなかっただろう。

 クライスラーも

 

『剣に比べて重心がより遠くにありますし、何より刃の範囲、長さが狭い。圧力が威力に転換されているのでしょうね』

 

 と、よくわからないことを言っていた。理屈はともかく斧は強いということだろう。

 そして、タタラを踏んだということは隙ができた──と思って追撃すると酷い目に遭うのは経験済みだ。

 

「──!」

 

「ふおっ……」

 

 デーモンのよろめきざまに、下から掬い上げるように棍棒が振るい上げられた。鼻先を掠める巨木。

 しょ、しょんべん漏らしそう……

 

 ゴロンと背中をつくと、今度こそ2度目の隙。

 一番狙いたいのは頭だけど近いのは右腕、棍棒を握っている方の手だ。

 

「はあっ!」

 

 指ごと切断されろバカが! 

 

「!」

 

 慌てたように動き出すデーモン。デブだから腹筋が足りないんだろうな、倒れた状態から体を起こしてってのができない。うつ伏せに体勢を変えようとして横向きに転がっていく背中へ向けて一度、うつ伏せになった際に左耳へ二度。切りつけてやった。

 

「グルウウウ……」

 

 切り付けると出てくるのはドブみたいな色な液体だ。コレがこいつらの血の色なのかもしれない。生きる価値の無いクソみたいな生物だってことがわかるぜ。

 

 左足2回、右腕4回、左腕1回、左耳2回。

 

 我ながら、良いペースだ。

 こいつは頭が悪いからか、同じような状況だと同じようなことしかしてこない。デカくても基本的には亡者と同じだ。だから、向こうがやってくることを覚えて避ける。避けたら攻撃する。コレが基本だと、死にまくってようやく学んだ。

 それに……なんか身体が軽い! いける! 

 たぶん、前回は亡者如きにぶち殺されたからだ! 

 

「やるぞ……!」

 

 俺の身体を流れる灰に火がついた気がした。カッ、と全身が熱くなる。

 

「うおおおお!」

 

 攻撃する時に声を出すことは意味が無い。

 だけど、勇気が出る。怪物に立ち向かうための勇気は、無からは湧いてこない。声を出すだけで俺の貧弱で情けない──女の子すら救えないようなガキの心が奮い立つんだ。

 

「──ブルアアアアアア!!!」

 

「いくぞお!」

 

 駆け出した先、羽を羽ばたかせたデーモンが軽げに飛んだ状態で吐いた炎に焼き尽くされた。

 

「──うおああ!?」

 

『おかえりなさいませ』

 

「……はぁ……ただいま、先生」

 

 頭を抱える。

 あの炎はどうしても避けようが無い。

 デーモンの動きは腕を振る予備動作とかがあるからわかるんだけど、炎だけは唐突に吹き出してきやがる。そんなもん避けられるか! しかも、身体にまとわりついて痛みでまともに動くことができなくなる。

 

 身体が震えている。

 数秒前、俺は確かに外皮が焼け爛れて水分が弾け飛び、目が見えなくなって体の内側から激しい痛みがつんざき、のたうちまわりながら死んだ。

 痛すぎる。

 苦しすぎる。

 心が折れそうだ。

 

「くそっ……飛びながらは聞いてねえ……」

 

 だけど、死ぬという感覚そのものにはいい加減慣れた。何事も慣れだ。亡者を殺すのも、日課になった。

 あのデーモンの動きも、あれくらいで全部だろう。

 …………全部だよな? 

 まだ初めて見る動きがあるのには、ちょっとカスタマーセンターへの苦情を考えなければならないけど……でも、次だ。次こそいける。

 

『……もう行かれるのですか?』

 

「はい、今ならきっと行ける気がします」

 

『では……行ってらっしゃいませ』

 

「行ってきます、先生」

 

『…………』

 

 途中、教会によるとクライスラーが祈っていた。

 

『おや……少し、晴れやかな顔をしていますね』

 

「次は倒せる気がするんです」

 

『…………』

 

 なぜかクライスラーは厳しい顔をした。

 だけど何も言わずに頭を下げる。

 

『どうかご無事で』

 

「ははっ! 死ななきゃ安いもんですね!」

 

『…………それでも、どうかご無事で』

 

「そうっすね! 行ってきます!」

 

 何でこんなにハイになってるのか分からない。

 でも、できる気がするんだ。

 

「さっきぶりだな」

 

「ブモオオ……」

 

 日に2度の顔合わせは初めてだ。

 コレまで、1日一回の挑戦って決めてたからな。主に恐怖的な意味で。

 だけど、絶望のデーモンは俺の顔など覚えていないだろう。俺と同じような雑魚──亡者どもを嫌になる程ぷちぷちしてるんだから。

 多少マシなくらいの雑魚なんて、覚えてないだろ? 

 むしろ忘れてろ! 

 

「──最初っから炎は飛ばしすぎだろ!」

 

 背後から迫る炎を、物陰に隠れてやり過ごす。それでも、熱波がジリジリと肌を少しずつ焼いていくのを感じる。

 

「ううう……!」

 

 炎が止むと、空気が熱されて非常にしんどい。だけど、その場にとどまることは死を意味する。事前に用意していた布を顔に巻いているから一応耐えられるので、一息に駆け抜けた。

 

「今度こそぶっ殺してやる!」

 

「ブアアアアア!」

 

 なぜか直っているスーパーの屋上。

 まだ砕かれていない地面を一気に近付くと、迎え打つように棍棒が振り下ろされた。

 それはわかってる。

 その軌道は、何十回と見た。

 振り下ろしの速度は速い。

 でも、慣れてしまえば避けられないことはない。

 さすが俺、学習能力がうさぎ上りだな! 

 

 一撃はアスファルトに突き刺さった。凄まじい破砕音が響くと引き抜かれ、かろうじて崩壊にまでは至らない。引き抜いた瞬間、勢いそのままに上体が浮く。

 

「はぁっ!」

 

 炎を吐くこともない確かな隙。

 足を切り付ける。

 足ばっか切りつけてんじゃんと思うかもしれないけど、コイツでけえんだわ。立ち上がった状態だとせいぜい届いても太もも。それなら足を集中的に攻撃したほうが全然良いっしょ。

 

 切りつけていくと、さっきの焼き増し。

 倒れたタイミングで今回は頭が近かったので、左目を潰してやった。

 

「ブグルアアアアア!!!」

 

 ブチギレもブチギレ。

 

「ひやああああ!」

 

 屋上片っ端からぶっ潰して、車は叩き壊して吹き飛ばして、足場全部ぶち抜いたせいで戦闘場所は一階になった。

 瓦礫がいくつも転がる中、あいつも動き辛いかと思えば巨体で軽々と乗り越える。

 胸元が膨らむのが見えた。

 

「つおおああ!?」

 

 ボッという音が聞こえた瞬間、速攻で横に逸れる。

 そのまま反転して足元へ行くと、やつは炎を吐くのに夢中だった。そもそも口からあんな激しい炎なんて吐いてたら下は見えない。

 バカがよ! 

 あっちいな! 

 

 振り抜いた斧が、足の指を切り落とす。

 

「ブモオオッ!?」

 

 よろめくと、黄色く濁った瞳がこちらを向く。

 何度も直視した瞳だ。

 潰される直前、食べられる直前、焼き尽くされる直前。

 死ぬ直前のことばかり覚えているのは仕方ない。

 

 伸ばされた手を避けて、逆に指を切り落とす。

 デーモンはこれで胸を張って身体的障碍者として生きていくことができるな。足も手も指が足りねえんだから。

 次に放たれたのは礫。礫っつっても俺くらいの大きさの塊だ。避けられたのは奇跡だった。

 

「はぁぁ……かぁっ……やっっべえ……!」

 

 バクバクと鳴り続ける心臓を整えるために一旦身を隠す。初見の攻撃はいつ見ても本当に恐ろしい。詰まった息を何とか吐き出して、デーモンを瓦礫の隙間から視界に捉える。

 10秒だ。

 それ以上は意味が無い。

 ただ恐怖が湧いてくるだけ。

 すぐに飛び出してデーモンの前に身体を晒す。

 

 とんでもなく悪い足場だけど、逆に高低差があるおかげであいつの顔が近くなることもある。

 左目を潰した成果もあって、そちら側から近づいて頭を攻撃すると露骨によろめいた。頭を抑えてうめくところを見るに、ちゃんとダメージが効いている。

 どう考えてもまともな生物じゃ無いのに、どう考えても生物的な弱点を有しているのがとても気持ち悪い。

 

 コレはチャンスだ。

 波に乗るしか無い。

 こんなチャンスは2度とやってこない。

 背後から近付いて斧を叩きつけようとした。

 

「──え?」

 

 顔がグルンと、俺の方を向いた。まるでフクロウみたいに。

 みんなと動物園に行った時、たまたまイインチョと見たんだ。あいつら、720度くらい首が回るんだぜ。

 そんな感じで──視界の左端から迫ってくる棍棒が、ゆっくりに見えた。

 

「あああああああ!!!!」

 

 硬直していた左腕を持ち上げ、やってくる棍棒を下からぶん殴る。

 これも幾多の死の中で学んだことだ。

 こうすれば、死は後回しにできる。

 まあ、マトモな結果にはならないけど。

 

「あがっ! うぐっ! おごっ! があっ……!」

 

 全身が砕け散るような衝撃が俺の体を駆け抜け、水平に吹っ飛ばされた。残っていた陳列棚に突っ込んで止まる。

 

「ぐあああああ……!?」

 

 左腕がひしゃげている。

 動かない。

 痛みがひどい。

 血が漏れ出て、急速に命が尽きていく感覚がある。

 

「あがあっ! あああああ!」

 

 何よりも第一に、動けない。背中を打ったのに、腕の痛みが酷すぎて背中は何も感じない。

 真ん前からやってくる足音は、俺の命を掠め取る死神のゴングでしかないのに──顔を上げるのがやっとだ。

 変な汗が身体中を覆って、口から涎が垂れる。涙で視界が滲んでるし、斧は手放してしまった。

 眼前で立ち止まったデーモンが、俺のことを見下ろしている。

 

 ──視界が乱れた。

 

「ううああ!」

 

 ──巨大な城。

 

「あ……」

 

 ──幽閉された檻から抜け出して。

 

「ぐうう……」

 

 ──巡礼の旅へ出た。

 

「なにが……」

 

 ──騎士に切りつけられて負傷した彼(俺)は。

 

「ぐああああ!」

 

 ──瓶を手に取り。

 

「はぁっはぁっはぁっ……なにが……がああっ!」

 

 ──中身を

 

「瓶……!」

 

 ──そう、あの小さな瓶を。

 

 迫った絶望のデーモン。

 その腰に着いているのは、中身が赤く輝く瓶。

 コイツが使うには小さすぎてどうしようもないだろうそれを、なぜコイツが持っているのか。

 使わねえだろ。

 

「ぐあああああ!」

 

 痛みで痺れる全身を、必死に動かす。震える膝を殴って、唇をかみしめて、伸ばされた腕を掻い潜って。

 風が揺れるだけで痛むのに、動いたらもうとんでも無くすごくて、多分一歩ごとに気絶して覚醒してた。

 

「!」

 

 瓶を腰につけている、今にも千切れそうな縄を木の棒で叩いた。俺の左腕も千切れそうだけど。

 木の棒をかなぐり捨て、右手で瓶をキャッチする。

 蓋を口で開けて、中の光るものを見た時、確信に変わった。

 

「灰……ぐっ!」

 

 深く考える前にそれをダークリングに押し付けた。

 流し込まれていく灰。

 まるで燃えているように煌々としているそれがダークリングの奥へ。

 熱が、俺の体を包み込んでいく。

 羽織っているマントの端が、燃え盛る。

 

「──左腕が」

 

 治った。

 折れていた部分が空気に溶けるように消え、何の傷もない新品の腕がそこに現れた。

 魔法のような現象。

 だけど、これで戦える。

 

「ふしゅるるぅ……!」

 

 デーモンは、背後に回った俺を見つけるために再び首を回転させて顔をこちらへ向けた。

 斧を取り出す。

 これまでの成果として、武器を入れ替えると内部にアイテムが戻ることは分かっていた。原理? とかは分かんないけど、できるんだから良いんだよお! 

 

 首をその場に静置して、体を今度は向き直らせるデーモン。

 

 マジで気持ち悪い。

 瓶は、俺の身体が治ると勝手に消えた。きっとダークソウルに格納されたんだな。

 左手をグッパーすると問題なし。

 便利な体になっちまったな。

 

「──もう、手品は出尽くしただろ?」

 

「グルルルル……」

 

 炎を横に避けて接近する。相も変わらずガラ空きな足、くるぶしを切りつけた。

 

「ブガアアアア!」

 

 踏み付けを避け、同じところを。

 転がる身体を頭側に避け、木の棒を潰れた目へ突き刺す。

 

「グギャアアアアア!?」

 

 頭を抑えて転がるヤツのくるぶしへもう一度。

 

「うえあああ!」

 

「ギィヤアアアアアア!」

 

 左足の骨に全力で叩き込んだ斧は骨へミリ込み、ゴリッという音を鳴らした。

 ちょっと痛そうすぎて俺も気分悪い。

 でも、焼け死ぬのはもっときついぞ! 

 

「もう立てねえだろ! この! バカが!」

 

「ピギイイイイイイイ!」

 

 何度も何度も。

 太い体に相応しい太い骨へと金属製の斧を叩きつけ、遂に断ち切った左足。

 

「しゃおらあ! クソが!」

 

 立てなくなったデーモンとか豚も同然だから! 

 

「人間に勝てるわけねえだろこのクソデーモンが!」

 

「ギィィィィイイイ!」

 

 足を失くしたデーモンは、それでも動き続けた。地面を這うしかないからだいぶ機動力は失っているけど、上体を右腕で支え、左手で棍棒を握る。

 大ぶりな一撃、速度も出ていないそれは届かない。

 ……拳銃を取り出した。

 

「死ねええええええええ!!!」

 

 

 ──────

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 灰となって消えゆくデーモン。

 醜い巨体は完全に沈黙し、少年は息荒くその場に座り込んだ。

 

「ってやったぞゴラァ!」

 

 凄まじい高揚感が全身を包んでいた。ライオンよりも、ゾウよりも強大な敵に立ち向かい、彼は勝利を手にした。今この瞬間、世界で一番強いのは自分であると、そんな自負があった。

 

「あああああ! きもちいいいいい!」

 

 あまりの快感。

 勃起が止まらない。

 今、拠点に戻ればフィーネに不埒なことをしてしまいそうなほどだった。

 だけど、それは感情の一部。

 スーパーの屋上、残った部分に瓦礫をつたって這い上がる。

 

「倒した! 倒したんだ! やったぞおおおおお!」

 

 空にこだまする声。

 我はここにありと、強敵を乗り越えたという実績が彼の身を包み込んでいた。こんな、ちっぽけなガキでもなにかを成し遂げたと。

 右手を握りしめる。

 彼の服の端は今も燃え、髪すら僅かに赤を発していた。

 

「ミオリちゃん! 待っててくれ!」

 

 あれだけの死闘を繰り広げたあとにも関わらず、元気はたくさん。むしろ、ここにやってくる前よりも溌剌として弾けている。

 教会へと駆け戻った。

 

 彼をまず迎えたのはクライスラー。

 信じられない偉業を達成した少年に向けて、彼は悲しげながらも確かな称賛を送った。

 

『おめでとう……ございます』

 

「クライスラーさん?」

 

『…………私は……後悔しています』

 

「…………」

 

『あなたに役目を押し付けるべきでは無かった』

 

 今更ながらにそんなことを言った。今更過ぎて何も思わない。啓示とやらはどこに行った。

 

『白状します……あの時の私はおかしかった。子供にこんな役目を押し付けるなんて……』

 

「──結局俺は、あのデーモンを倒さなきゃいけなかったんですよ」

 

 クライスラーやフィーネの話とは関係なしに、彼にはやらなければいけないことがある。仮にクライスラーと出会わなければ、スーパーを通る以外に道がないって事に気付くのに時間がかかっていただけだろう。

 

『そこまでして、何故助けようと思うのです?』

 

「何故って……女の子が一人で泣いているのに、放っておけるわけないでしょう?」

 

『…………主よ、どうかこの迷わぬ子羊にお導きを』

 

「なんか違う気がするけど……ありがとうクライスラーさん」

 

『私など……』

 

 次に迎えたのは、もちろん火守女のフィーネ。

 豊満な胸で彼を出迎えた。

 

『流石でございます』

 

「へへっ! ……あ、そういえばコレなんですけど」

 

 取り出したるは赤い瓶。

 

『!』

 

「これ、何ですか? 使ったら骨折とか治ったんですけど」

 

『それは……いや、でも…………まさか本当に……?』

 

「え?」

 

『…………それはエスト瓶です』

 

「エスト瓶?」

 

『燃える灰──つまりは篝火の一部をそこに溜めておける特殊な容器ですね』

 

「なるほど! だから治ったのか!」

 

『しかし、どこでそれを……?』

 

「デーモンが腰につけてたんですよ」

 

『──偽の炎から生まれ出たデーモンが、悠久の時を超えて不死人の持ち物を持って現れるとは……何と皮肉なことでしょうか』

 

「まあとにかく、すっげえものを手に入れたってことです良いですよね」

 

『はい』

 

「…………なら、進まなきゃな」

 

『ダメですよ』

 

「え?」

 

『こちらへ』

 

「…………」

 

 手を引き、篝火の前で座らせる。

 少年の顔を優しく両手で包むと、眼帯に隠された瞳で彼を優しく見つめた。

 

「あの……」

 

『鏡を見ていませんね?』

 

「…………」

 

『ひどいお顔です』

 

「……そう、かな」

 

 顔を触り、自分の手のひらを見る。

 当然、何もわからない。

 

『さあ、横になって』

 

「…………」

 

 されるがまま、フィーネの膝枕の上に頭を横たえる。

 ここに至っては言葉を発することができなかった。

 

『ケイスケ様……あなたは優しい人です』

 

「…………」

 

『だからこそ、今はお休みください』

 

「…………」

 

 頬を撫でる手。

 心地よさに引かれて意識がすぐに落ち込んでいく。

 消えゆく意識の中で、ケイスケの耳に何かが聞こえた気がした。

 

『どんな末路に至るとしても……私はそれを見届けさせていただきます』

 

 

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