今、死のう。ミサキ   作:てね

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約3000字あります。


今、死のう。ミサキ
約束


 

 

 

腕から血が(にじ)み出る。それでも、私は手を止めない。刃物を私の左腕により深く刺す。血がどくどくとあふれる。腕の痛みが私の体の輪郭を明らかにしていく。

 

 

「…………」

 

 

やめられない。痛みが私の鬱屈を発散させてくれる。傷がついた部分を親指で撫でる。傷跡を肌で感じる。熱い。新鮮な血の臭いがする。

 

 

「ミサキ」

 

 

アツコの声。足音が近づいてくる。床には私の血が飛び散っている。この状態を姫に見せない方がいいだろう。私は声を張り上げて、

 

 

「入らないで!」

 

 

足音がドアの前で止まる。

 

 

「何してるの?」

 

「別に……。ただ気が滅入ってただけ。すぐに処理するから待って」

 

 

私は浴室にいる。シャワーで血を流せばすぐに終わる。姫にショッキングな光景を見せたくない。

 

 

「みーちゃん」

 

 

が、姫はドアの隙間から顔を出す。

 

 

「サッちゃんが怒るよ? もう()()はしないって約束でしょ」

 

「死ぬ程の傷じゃないから平気」

 

「それでもダメ。手、出して」

 

 

姫は近くに置いてた包帯を取り、私の腕に丁寧に巻いていく。

 

 

「辛くなったら、私もヒヨリもいるから」

 

「これは私の問題。二人にはわからない」

 

「わからなくても、そばにいるよ」

 

 

包帯に赤い血が滲む。

 

 

「またやりたくなったら言って。約束」

 

「約束はしない。守れないから」

 

「えい」

 

 

姫が私の傷口を親指でグッと押す。鋭い痛みだ。

 

 

「約束してくれる?」

 

「……痛みには慣れてる。そんなことしても無意味」

 

「もっと押してもいいの?」

 

「好きにすれば」

 

 

でも、姫はそれ以上傷口を押さえなかった。

 

 

「わかった。罰として、みーちゃんはおつかいに行ってきて」

 

「おつかい?」

 

「先生が物資を渡してくれるの。ここから少し離れた所」

 

 

リーダーには借りを作るなと言われてるのに。先生はまた私達を助けようとしてる。あの大人はよく分からない。

 

 

「命令なら従うけど」

 

「うーん、命令かも。もう会う約束をしてるから、行ってきて」

 

 

やることがあるなら、気を紛らわせられる。虚しさも鬱屈も感じなくて済む。腕の痛みがまだ残っている。姫が巻いてくれた包帯に血が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

モモトークで先生からのメッセージを確認する。私達は指名手配されているから、簡単に外を歩けない。先生と会う場所も、人気(ひとけ)のない古びた建物の中だった。

 

 

「ミサキ、お待たせ」

 

「別に待ってない。ただ命令されて来ただけだから」

 

「そっか。生活に使えそうなもの、色々持ってきたよ」

 

 

先生は手に持ったビニール袋の中身を見せる。缶詰、ゼリー、水、布、雑誌、モバイルバッテリー。……たぶんヒヨリの分だ。

 

 

「姫……アツコの代わりに来ただけだから。でも、お礼は言っておく。他に用がないなら帰るよ」

 

 

私は先生からビニール袋を受け取る。

 

 

「待って。少し話そう」

 

「何を?」

 

「その腕のこと」

 

 

私の左腕。さっきより血が濃くなっている。たぶん必要以上に刃を深く刺したからだ。血がいつもより多い。

 

 

「自分でやっただけ。別に平気」

 

「痛くないの?」

 

「痛いに決まってるでしょ。そういう問題じゃないから。痛いかどうかなんて、私の体が勝手に感じてるだけだから関係ない」

 

「…………」

 

 

先生が返答に詰まったように見えた。たぶん私が異質だから。先生はきっと私のことを理解できない。

 

 

「こんな話、つまらないでしょ」

 

「大事なことだよ。包帯と絆創膏(ばんそうこう)も必要かな。今から一緒に買いに行こう」

 

「いらない。これ以上、借りを作るつもりはない」

 

「先生が生徒のために行動するのは当然だよ」

 

「…………」

 

 

そんなことして先生に何の意味があるの。とか言ったら、また何か言うんだろうな。すべては虚しいのに。

 

 

「命令なら従うけど」

 

「ミサキはどうしたいの?」

 

「…………。別に私の意思は関係ない。先生にリードはあげてるから。それに従うだけ」

 

「それなら一緒に行こう。……?」

 

 

建物が揺れた気がした。一瞬だけ。

 

 

「今、揺れた?」

 

「わからない。隠れた方がいい。先生、建物の中に入って」

 

 

しゃがんで外の様子を見る。発砲音は聞こえなかった。爆発の余波? いや、揺れてる。確実に揺れてる。

 

 

「ミサキ、危ない!」

 

 

揺れが激しい。地震だ。建物がガシャガシャと揺れる音がする。古びた建物だ。この中は危ない。外に出ないと。先生が私に覆い被さる。邪魔だ。ここは危ない。

 

 

「先生、立って!」

 

 

立ち上がろうとしたが、バランスを崩す。揺れが大きい。立っていられない。騒々しい音。巨大なコンクリートが落ちる。地面が隆起する。目をつぶる。

 

逃げたいのに、動けない。天井が壊れたら終わり。壁が崩れたら生き埋めになる。逃げたい。音がうるさい。早く静かになって。

 

 

「ミサキ、走って!」

 

 

先生が私の(えり)を掴み上げる。目を開ける。走らないと。天井が崩れ落ちる。ダメだ。逃げられない。

 

 

「こっち!」

 

 

先生が私の左腕をぐいと引っ張る。階段だ。下へ降りるしかない。

 

地下は真っ暗だ。明かりがない。前が見えない。それなのに天井からけたたましい音が鳴っている。怖い。足を止めたくなるのに、先生が腕を離さない。

 

いつ天井が崩れてもおかしくない。右手でスマホを取り出す。ライトをつけて、辺りを照らす。窓も何もない。身を隠せる場所もない。

 

揺れはまだ収まらない。暗くて狭い場所に閉じ込められている。混乱したらダメ。息を整えて。吸う。吐く。考えるな。

 

先生が私の左腕を握りしめている。痛い。

 

 

「先生。腕、痛い」

 

 

先生は腕を離さない。ずっと握りしめたままだ。

 

 

「先生! 手、離して」

 

「ダメ。じっとしてて」

 

「…………」

 

 

昔、サオリ(ねえ)にも手を握ってもらってた。あの時もずっと手を離してくれなかった。

 

 

「大丈夫だよ、そばにいるからね」

 

「…………」

 

 

よくわからない。先生のことも私のことも。

 

 

 

 

しばらくして。揺れが収まった。天井は崩れてない。生きてる。死んでない。先生が私の腕からそっと手を離す。

 

 

「ミサキ、すぐにここから出よう。スマホがないから、代わりに照らしてくれる?」

 

 

スマホのライトを先生の足元に向ける。石片(せきへん)が散らばっている。真っ暗だ。呼吸を整えて。今、パニックになったらダメ。

 

 

「階段は瓦礫が崩れて出られなさそう。他に出口はない?」

 

 

明かりを周囲に向ける。辺り一面壁に覆われてる。他に通路はない。閉じ込められた? 無理。階段の瓦礫をどける。無理だ。瓦礫が多すぎる。出られない。狭い。暗い。

 

 

「はぁ……はぁ……、待って。瓦礫どかして。早く出たい……」

 

 

落ち着け。呼吸を乱すな。吐いて。ここに閉じ込められた? 吸って。出られない。死ぬ? 助けがこない。ヒヨリ達。携帯。

 

携帯を取り出す。充電はまだある。姫に電話しないと。早く。電話できない。圏外。無理。

 

 

「ミサキ、落ち着いて」

 

「待って。手を貸して。少し混乱してるかも。待って。そこにいて。置いてかないで」

 

「大丈夫、ここにいるよ。深呼吸しよう」

 

「できない。無理」

 

「なら手を握って」

 

 

先生の手を思いっきり握りしめる。心のざわめきが少しだけ落ち着く。

 

 

「大丈夫。助けは来るよ」

 

「はぁ……はぁ……そんなの分からない。誰にも見つけてもらえないかもしれない」

 

 

楽になりたい。体という器から解放されたい。刃物。刃物が欲しい。なければ爪で。左腕の包帯を取りたい。別にここで死んでもいい。楽になれるなら。

 

 

「ミサキ、ちゃんと手を握って」

 

 

先生がしっかりと両手を握る。

 

 

「離して。もう終わりたい」

 

「ダメ。怒るよ」

 

「サオリ(ねえ)みたいなこと言わないで。先生に関係ないでしょ」

 

「まだ諦めるには早すぎる。助けが来るかもしれないよ」

 

「いつ来るの? 諦めた方が楽でしょ」

 

「楽だけど苦しいと思うよ」

 

「…………」

 

 

なんで苦しいの? 生きるつもりなんてないのに、ずっと苦しい。早く解放されたい。

 

 

「まだ助けが来る可能性はある。諦めたらダメだよ」

 

「……それは命令? 命令なら従う」

 

「ミサキはどうしたいの?」

 

「…………。私の意思は関係ない」

 

「ミサキが決めて」

 

「…………」

 

 

明かりがないせいで、先生の表情が見えない。私はじっくりと時間を取って口を開いた。

 

 

「……1日。1日だけ我慢する」

 

「よかった」

 

「でも、それまでに助けが来なかったら終わりにするから」

 

 

真っ暗な地下に先生と2人きり。私が死ぬまで1日だ。

 

 

 

 






誰かミサキにちんちんが生える話を書いてください。
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