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約束
腕から血が
「…………」
やめられない。痛みが私の鬱屈を発散させてくれる。傷がついた部分を親指で撫でる。傷跡を肌で感じる。熱い。新鮮な血の臭いがする。
「ミサキ」
アツコの声。足音が近づいてくる。床には私の血が飛び散っている。この状態を姫に見せない方がいいだろう。私は声を張り上げて、
「入らないで!」
足音がドアの前で止まる。
「何してるの?」
「別に……。ただ気が滅入ってただけ。すぐに処理するから待って」
私は浴室にいる。シャワーで血を流せばすぐに終わる。姫にショッキングな光景を見せたくない。
「みーちゃん」
が、姫はドアの隙間から顔を出す。
「サッちゃんが怒るよ? もう
「死ぬ程の傷じゃないから平気」
「それでもダメ。手、出して」
姫は近くに置いてた包帯を取り、私の腕に丁寧に巻いていく。
「辛くなったら、私もヒヨリもいるから」
「これは私の問題。二人にはわからない」
「わからなくても、そばにいるよ」
包帯に赤い血が滲む。
「またやりたくなったら言って。約束」
「約束はしない。守れないから」
「えい」
姫が私の傷口を親指でグッと押す。鋭い痛みだ。
「約束してくれる?」
「……痛みには慣れてる。そんなことしても無意味」
「もっと押してもいいの?」
「好きにすれば」
でも、姫はそれ以上傷口を押さえなかった。
「わかった。罰として、みーちゃんはおつかいに行ってきて」
「おつかい?」
「先生が物資を渡してくれるの。ここから少し離れた所」
リーダーには借りを作るなと言われてるのに。先生はまた私達を助けようとしてる。あの大人はよく分からない。
「命令なら従うけど」
「うーん、命令かも。もう会う約束をしてるから、行ってきて」
やることがあるなら、気を紛らわせられる。虚しさも鬱屈も感じなくて済む。腕の痛みがまだ残っている。姫が巻いてくれた包帯に血が滲んでいた。
+
モモトークで先生からのメッセージを確認する。私達は指名手配されているから、簡単に外を歩けない。先生と会う場所も、
「ミサキ、お待たせ」
「別に待ってない。ただ命令されて来ただけだから」
「そっか。生活に使えそうなもの、色々持ってきたよ」
先生は手に持ったビニール袋の中身を見せる。缶詰、ゼリー、水、布、雑誌、モバイルバッテリー。……たぶんヒヨリの分だ。
「姫……アツコの代わりに来ただけだから。でも、お礼は言っておく。他に用がないなら帰るよ」
私は先生からビニール袋を受け取る。
「待って。少し話そう」
「何を?」
「その腕のこと」
私の左腕。さっきより血が濃くなっている。たぶん必要以上に刃を深く刺したからだ。血がいつもより多い。
「自分でやっただけ。別に平気」
「痛くないの?」
「痛いに決まってるでしょ。そういう問題じゃないから。痛いかどうかなんて、私の体が勝手に感じてるだけだから関係ない」
「…………」
先生が返答に詰まったように見えた。たぶん私が異質だから。先生はきっと私のことを理解できない。
「こんな話、つまらないでしょ」
「大事なことだよ。包帯と
「いらない。これ以上、借りを作るつもりはない」
「先生が生徒のために行動するのは当然だよ」
「…………」
そんなことして先生に何の意味があるの。とか言ったら、また何か言うんだろうな。すべては虚しいのに。
「命令なら従うけど」
「ミサキはどうしたいの?」
「…………。別に私の意思は関係ない。先生にリードはあげてるから。それに従うだけ」
「それなら一緒に行こう。……?」
建物が揺れた気がした。一瞬だけ。
「今、揺れた?」
「わからない。隠れた方がいい。先生、建物の中に入って」
しゃがんで外の様子を見る。発砲音は聞こえなかった。爆発の余波? いや、揺れてる。確実に揺れてる。
「ミサキ、危ない!」
揺れが激しい。地震だ。建物がガシャガシャと揺れる音がする。古びた建物だ。この中は危ない。外に出ないと。先生が私に覆い被さる。邪魔だ。ここは危ない。
「先生、立って!」
立ち上がろうとしたが、バランスを崩す。揺れが大きい。立っていられない。騒々しい音。巨大なコンクリートが落ちる。地面が隆起する。目をつぶる。
逃げたいのに、動けない。天井が壊れたら終わり。壁が崩れたら生き埋めになる。逃げたい。音がうるさい。早く静かになって。
「ミサキ、走って!」
先生が私の
「こっち!」
先生が私の左腕をぐいと引っ張る。階段だ。下へ降りるしかない。
地下は真っ暗だ。明かりがない。前が見えない。それなのに天井からけたたましい音が鳴っている。怖い。足を止めたくなるのに、先生が腕を離さない。
いつ天井が崩れてもおかしくない。右手でスマホを取り出す。ライトをつけて、辺りを照らす。窓も何もない。身を隠せる場所もない。
揺れはまだ収まらない。暗くて狭い場所に閉じ込められている。混乱したらダメ。息を整えて。吸う。吐く。考えるな。
先生が私の左腕を握りしめている。痛い。
「先生。腕、痛い」
先生は腕を離さない。ずっと握りしめたままだ。
「先生! 手、離して」
「ダメ。じっとしてて」
「…………」
昔、サオリ
「大丈夫だよ、そばにいるからね」
「…………」
よくわからない。先生のことも私のことも。
+
しばらくして。揺れが収まった。天井は崩れてない。生きてる。死んでない。先生が私の腕からそっと手を離す。
「ミサキ、すぐにここから出よう。スマホがないから、代わりに照らしてくれる?」
スマホのライトを先生の足元に向ける。
「階段は瓦礫が崩れて出られなさそう。他に出口はない?」
明かりを周囲に向ける。辺り一面壁に覆われてる。他に通路はない。閉じ込められた? 無理。階段の瓦礫をどける。無理だ。瓦礫が多すぎる。出られない。狭い。暗い。
「はぁ……はぁ……、待って。瓦礫どかして。早く出たい……」
落ち着け。呼吸を乱すな。吐いて。ここに閉じ込められた? 吸って。出られない。死ぬ? 助けがこない。ヒヨリ達。携帯。
携帯を取り出す。充電はまだある。姫に電話しないと。早く。電話できない。圏外。無理。
「ミサキ、落ち着いて」
「待って。手を貸して。少し混乱してるかも。待って。そこにいて。置いてかないで」
「大丈夫、ここにいるよ。深呼吸しよう」
「できない。無理」
「なら手を握って」
先生の手を思いっきり握りしめる。心のざわめきが少しだけ落ち着く。
「大丈夫。助けは来るよ」
「はぁ……はぁ……そんなの分からない。誰にも見つけてもらえないかもしれない」
楽になりたい。体という器から解放されたい。刃物。刃物が欲しい。なければ爪で。左腕の包帯を取りたい。別にここで死んでもいい。楽になれるなら。
「ミサキ、ちゃんと手を握って」
先生がしっかりと両手を握る。
「離して。もう終わりたい」
「ダメ。怒るよ」
「サオリ
「まだ諦めるには早すぎる。助けが来るかもしれないよ」
「いつ来るの? 諦めた方が楽でしょ」
「楽だけど苦しいと思うよ」
「…………」
なんで苦しいの? 生きるつもりなんてないのに、ずっと苦しい。早く解放されたい。
「まだ助けが来る可能性はある。諦めたらダメだよ」
「……それは命令? 命令なら従う」
「ミサキはどうしたいの?」
「…………。私の意思は関係ない」
「ミサキが決めて」
「…………」
明かりがないせいで、先生の表情が見えない。私はじっくりと時間を取って口を開いた。
「……1日。1日だけ我慢する」
「よかった」
「でも、それまでに助けが来なかったら終わりにするから」
真っ暗な地下に先生と2人きり。私が死ぬまで1日だ。
誰かミサキにちんちんが生える話を書いてください。