「……それで、命令は?」
水も食料もない。明かりはスマホのライトだけ。誰も来ないしきっと助からない。
「先にスマホの充電を確認しよう」
「……手が塞がってる」
先生の手を強く握りしめる。手を離す余裕はない。
「片手だけ離すことはできる?」
「…………」
ゆっくりと左手を離して、先生の腕を掴む。空いた手で代わりに先生が、私のズボンのポケットをまさぐる。
「先生のスマホは?」
「さっきの地震で
「勝手にライト消さないでよ」
先生の腕に私の手がめり込む。手の震えが先生に伝わる。
「このままだと明日になる前に、充電が切れちゃうよ」
「何? 混乱させたいの? 私がいないと、先生も危ないのに。状況、わかってる?」
「ごめんね。ライトは付けたままにしようか」
「……ごめん、気が動転してるかも。先生を責めたいとかじゃないから。……ただ何かに触れてないと落ち着かないだけ」
「それならもっと密着しよう」
先生が、腕を広げて私の背中に手を回す。先生の胸の感触が私の頭に伝わる。抱きしめられてる。
「……はぁ……はぁ……ちょっときついかも。死ぬ未来しか見えない」
「大丈夫、きっと上手くいく」
「待って。狭い。出してよ。出して、先生。今すぐ」
「落ち着いて。ここにいるから」
「出してって言ってるの。何してるの? 意味わからない。サオリ姉は? 待って。ダメかも。結構きつい」
思考を止めないと。器に入ってるだけ。耐えるだけでいい。
「よしよし、大丈夫だよ」
先生が私の頭をなでる。
「何してるの? きつい。大丈夫。そのままにして」
あちこちに思考が飛ぶ。考えるな。
「こんなことしても死ぬだけなのに」
口に出したらダメ。
「子供扱いしないで。私はそんなことで喜ぶ人間じゃない。……先生。返事して」
「うん、ごめんね」
「なんで謝るの。私の話聞いてる? 混乱してるんじゃないの」
先生の言葉が、私の衝動を止めてくれてる。わかる。助かってる。でも、言葉に出せない。
「ごめん、何言ってるかわからないよね。もう余裕ないから。話にならないと思う」
「ちゃんと伝わってるよ」
「…………」
言葉を続けないと。静かすぎる。
「命令がないと生きていけない。命令がほしい」
「……ミサキは何かしたいことある?」
「あるわけないでしょ。ただ耐えてるだけなのに」
突然スマホのライトが消える。唯一の明かりがなくなった。真っ暗で何も見えない。
「……充電切れかな。ミサキ、大丈夫?」
「先生。明かりつけて」
充電切れじゃない。明かりはつく。先生がつける。
「ミサキ、痛い痛い。腕の力が強すぎるよ」
目をつぶって先生を思い切り強く抱きしめる。
「明かりつけて」
「大丈夫。すぐに助けが来るよ」
「そういう問題じゃない。明かりがないとダメ」
先生がスマホのライトを消したかもしれない。違う。充電切れだ。死ぬ? 遅いか。ダメだ。
「先生。先生!」
「ここにいるよ。大丈夫」
「返事して。すぐに。早く」
「うん。大丈夫」
「わかってる。おかしいよね、私。早く逃げないと。動けない。先生、どこ」
体が宙に浮いていく。離人症だ。先生が見えない。
「先生、返事して! 先生!」
「…………サキ! 聞こえ……」
器に戻りたい。早く器に。手を離して、腕の包帯をむしり取る。体の輪郭を知りたい。
「…………キ! …………!」
「はぁ……はぁ……、早くしないと」
腕が見えない。私の輪郭がわからない。戻らなきゃ。死んじゃう。
「…………! …………!」
私の胸に何かが覆い被さる。何かに包まれる。
「…………! …………!」
動けない。腕を傷つけられない。
「…………」
先生だ。先生が私を抱きしめてる。
先生の声が聞こえない。集中して。意識を保たないと。思考の流れを意識して。先生がいる。これは先生だ。意識。
「……サキ! ミサキ!」
「…………」
意識がハッキリしてくる。先生がいる。
「……大丈夫。大丈夫だから」
魂が徐々に器に入ってくる。体重を感じる。重い。声が出せない。先生が私を抱きしめて上に乗ってるのがわかる。
「先生?」
「このままでいよう。助けが来るまでこのままで」
「……あと少しだったのに」
まだこの器に捕らえられたままだ。先生がいなければ抜け出せたのに。
+
ぼんやりと目を開ける。いつの間にか寝ていたみたいだ。手で暗闇を探ると、柔らかい感触がある。隣で先生が寝ている。
心が落ち着いてる。この状況も耐えられるかもしれない。助けも来るかもしれない。アツコやヒヨリが私達を探しに来てもおかしくない。
「…………」
先生の手を握る。そのぬくもりを確かめるように、ぎゅっと力を込めた───その瞬間、床が沈む。地面の奥深くから響く衝撃音。地面が不規則に揺れる。
「……っ!」
反射的に先生の腕を引き寄せる。壁が軋み、天井のどこかで砂がぱらぱらと落ちる音がした。そして───、
ドンッ───!
天井が崩れ落ちる。穴が開き、太陽の光が差し込む。落ちた衝撃で地面にヒビが入る。瓦礫が大量に落ちてくる。
「先生!」
先生の腕をぐいと引っ張る。だが、先生が起きない。咄嗟に先生を庇うように覆う。私の背中の上にガシャガシャと瓦礫が落ちてくる。そのまま私は身動きが取れなくなった。
「……先生?」
先生から返事がない。
「先生」
これだけ大きな音がして起きないのはおかしい。寝てるわけじゃないの? 私が寝てる間に何が。
「先生。命令してよ。先生」
動かない。死んでる? 意識がないだけ? 命令がない。動けない。
「1日経ってる」
寝て起きて太陽が昇ってる。命令されてから1日経ってる。命令は守った。今なら楽になれる。
先生も動かない。私より先に先生が楽になるなんて。一緒に行こう。
全身の力を抜く。このまま何もしなければ、私も楽になれる。
今、死のう。
暴れんなよ……暴れんなよ……