時間がわからない。どこかわからない。体の境界線がわからない。器から抜けていく。あと少しだ。怖くないし、何も感じない。
瓦礫の下に私と先生がいる。こんなに死が目の前にあるのに落ち着いてる。全部受け入れられる。あとは何もしないだけでいい。
これが死か。もっと恐ろしいものだと思っていた。
「…………」
何も怖くない。私は存在しない。諦めたらすべて楽だ。だから、ここでじっとしている。先生の上で一緒に眠る。
「…………」
下に先生がいる。顔の辺りを触ってみる。柔らかくて温かい。胸に耳を当てる。ドクン、と心臓の音が聞こえる。
生きてる。先生が生きてる。まだ死んでない。気を失っていただけ?
「先生」
呼びかける。返事はない。
「先生、起きてるんでしょ。返事して」
返事はない。
「5秒待つから」
5。ゆっくり時間をかける。胸に耳を押しつけ、心臓の音をよく聞く。
4。まだ返事がない。顔を叩き、胸を殴る。動かない。
3。先生の体をまさぐる。血の感触はない。出血が原因じゃない。
2。先生を抱きしめる。私の頭に乗っている瓦礫がパラパラと落ちる音がする。
1。返事がない。
1。心臓は動いてる。
1。生きてる。
1。先生を助けるべき?
1。もう死ぬチャンスは今しかない。
1。死にたいのに。なんで返事を待ってるの。
1。もう5秒経ってる。なんで足掻いてるの?
1。諦めた方が楽。楽だから終わろう。
1。
1。
1。
+
0。
「…………っ!」
左腕に痛みが走る。自分が傷つけた場所。先生の手がそこにめり込んでいる。
「……先生?」
返事はない。意識もない。ただ先生が私の腕を掴んだだけ。痛みが私の輪郭を明らかにする。生きてる実感が湧く。私はまだ生きてる。瓦礫の下で生きてる。先生の手を掴むと、手から力が抜ける。弱々しい手だ。大人なのに。
私は自分の左腕を握りしめる。痛みが私の意識を蘇らせる。生きてる。暗い。狭い。水がない。先生もいない。
抑えていた負の感情が湧き上がる。今、混乱したらダメ。言い聞かせて、先生の体を持ち上げる。重い。
「…………んっ」
自分の服を脱いで先生と私を結ぶ。動かない先生が落ちないように、私の背中に乗せる。
「助からなくても、文句言わないでよ。先生」
出口がない。光がない。死ぬ? 楽になる。力を抜いて。今、死のう。今がチャンス。これを逃したら苦しいだけ。虚しいのに希望を持つな。先生と一緒に死ねる。死んだら怖くない。器から逃げよう。
思考の渦が私を呑もうとする。この癖は治らない。私は一生苦しいままだ。恐怖に呑まれないように頭を空っぽにしないと。
瓦礫に体当たりする。グラッと動き、ドンと横に倒れた。私達を覆っていたものがなくなり、光が指す。
「はぁ……なんでこんなことしてるんだろ」
地上への出口が見えた。だが、地上は私達より3mほど高い所にある。先生を背負ったまま、瓦礫の山を登らなければならない。瓦礫の端に手をかける。
腕がしびれる。意識のない先生が重い。頭がクラクラする。水分が足りてない。もう少しで死ねるのに。ダメ。呼吸が浅くなる。吸って。吐いて。苦しい。過呼吸。
目をつぶる。呼吸を整える。負の感情に呑まれるな。早くここから逃げないと。器からは出ない。ここにいる。
じっとしたらダメだ。早く出よう。
一段。また一段と登る。地上までどれくらいあるんだろう。いや、知りたくない。目を閉じたまま手探りで瓦礫を掴む。ただ上に登るだけでいい。
こんなに怖いのに、なんで苦しい方へ行くの。なんでこんな事してるんだろう。死にたいんじゃなかったの。
「呼吸を乱したらダメ……。今、手を離したらダメ……。」
大きく息を吸う。吐く。後ろに先生がいるはず。生きてるはず。先生が死ぬまで私は死ねない。朦朧とした意識の中で、私の体だけが動く。
砂で汚れた顔。大きく開いた鼻穴。食いしばった歯。汗臭い体。血が滲む左腕。震える指先。背中に背負った先生。
あと少しだ。あと少しで地上に出られる。体が生きようとしてる。きつい。苦しい。寒い。痛い。
生きたい、ここで死にたくない。
目を開ける。地上まであと1mもない。瓦礫に手をかける。背中の先生を背負い直す。
手が痛い。腰が痛い。足が痛い。痛みが私を生き返らせる。死の瀬戸際、私は地上に這い出る。足をぶんぶん振り、必死に外へ出る。
全身疲れ果て動けない。先生を誰かに渡さないといけないのに、芋虫のように地べたを這うだけ。日差しがかっと照り私を差す。1日以上水も食べ物も取ってない。もう意識が持たない。
「はぁ…………はぁ…………早くしないと」
建物が崩れてコンクリートが散乱してる。周りに人の気配がない。姫は? ヒヨリは? 腕を前に出して体を引き寄せる。頭が回らない。視界が薄く消えていく。
「待って…………まだ終わりたくない」
あと少しで死ぬ。誰か、誰かいないの。誰かいればまだ助かる可能性はある。声を出して。ここにいると知らせて。
「誰かっ……! 助けて……っ!」
大声で叫んだつもりだったが、掠れた声が出るばかり。誰にも私の声が届かない。死ぬ……? 死ぬの?
「姫っ……! ヒヨリっ……! サオリ
前が見えなくなる。水分が足りてない。もうすぐ死ぬ。何か、何かを残さないと。背中の先生にだけでも。
「先生……戻ってきて。死にたく……」
何も見えない。何も聞こえない。私の意識は途絶えた。