安楽の証明ー祈りの果てにー 作:ナオミ・ペンバー
「安楽様が、私たちを導いてくださる。」
それは、ある日突然生まれた信仰だった。
最初はネットの片隅、匿名掲示板の一スレッドに過ぎなかった。だが、それは瞬く間に広がりを見せ、今では「安楽様」の名は知る人ぞ知る都市伝説へと成長していた。
人々はささやいた。
「安楽様に救われた」
「安楽様のもとへ行ける人は選ばれし者だ」
願いを託せば苦しみから解放される。
痛みもなく、恐怖もなく、最も穏やかな形で終焉を迎えられる。
安楽様は、誰にでも救いの手を差し伸べるわけではない。選ばれし者だけが、その祝福を受けることができるのだ、と。
そして信者たちは理解した。
選ばれるためには、ふさわしい存在にならなければならない事を。
その日、地下の集会所には十数名の男女が集まっていた。
コンクリート剥き出しの薄暗い空間に、ろうそくの灯りがちらちらと揺れる。壁には安楽様の象徴とされる『❖』の印が描かれ、その前に座る男が、信者たちを見回した。
「……では、改めて本日の議題を始めよう」
静かに口を開いたのは、教団内で「選定官」と呼ばれる男だった。彼は、安楽様に選ばれるための基準を管理し、信者たちを導く役割を担っている。
「先月、新たに申請があった”救済希望者”は合計で三十七名。そのうち、“安楽様”よりお応えをいただいたのは三名」
場がどよめく。
「やはり、選ばれるのは一握りか……」
「我々は、まだまだ足りないのでは?」
「どうすれば、安楽様のお導きを受けられるのか……」
「信仰を深めるしかない」
信者たちは囁き合い、誰もが「選ばれる」ためにどうすればよいのかを考えていた。
「しかし、“選ばれし者”がいる以上、道は存在するのだ」
選定官が手元のリストを確認しながら、再び語り出す。
「これまでの傾向を分析した結果、安楽様は''信仰を深め、教団に貢献した者''を優先しておられる可能性が高い。」
「……つまり?」
「役に立てば、選ばれる」
その一言で、集会所の空気が変わった。
「信者たるもの、受け身であってはならない」
「より多くの人に教えを広め、活動に貢献することが、我々が安楽様に応える唯一の手段なのだ」
「我々は”選ばれる”ために、何をすべきか?」
信者たちは、熱に浮かされたように頷く。
「広めよう。安楽様の名を」
「安楽様の奇跡を証明するのだ」
「そうすれば、いつか……我々も……」
彼らの目は、狂信的な光を帯びていた。
____そしてその光景を、影からただ静かに見つめる人物がいた。
壁際に腰を下ろしながら、一連のやり取りを聞き流し思案する。
選定官が語る基準、信者たちの熱狂、安楽様という概念の肥大化。
すべて、想定の範囲内だ。
安楽様は、すでに一個の信仰へと変貌を遂げている。私が何かを語る必要は無い、安楽様の意志は、信者たちが勝手に作り上げていく。
その事実が満足だった。
選定官が静かに告げる。
「安楽様のご慈悲が、より多くの方に届くよう……。私たちは、より相応しい者たちを導かなければならない」
信者たちは息を呑み、選ばれることを願いながら、より深くこの信仰にのめり込んでいく。
安楽様は語らない。
だがそれでも、信者たちは信じ続ける。
安楽様の手がその名を記す瞬間。
“選ばれし者”たちは、喜びと共に安らかに眠るだろう。
深夜、静寂に包まれた夜神家の一室
デスクに座る青年____夜神月は、画面に映る掲示板のスレッドを無言でスクロールしていた。
「……安楽様、か」
ふと漏れた呟きは、わずかに冷たい響きを孕んでいた。
軽く指を組み、顎を支えながら、月は思考を巡らせる。
安楽死を与える存在。選ばれし者のみが救済される…
胡散臭い宗教の類か、それとも実態のある”何か”か。
匿名掲示板で語られる都市伝説を、普通ならば真に受けることはない。
だが、“実際に”安楽様の名を残して死んだ人間がいるとなると、話は別だ。
“奇妙な都市伝説”
“偶然の連鎖”
“それとも……”
月は目を細め、画面を見つめる。
「……少し、調べてみる価値はあるかもしれないな」
暇つぶし位にはなるかもしれないと、僅かな好奇心と期待を胸に月はより深く電子の海へと潜って行った。
カルト宗教に必要なのは共通の目的と盲目さのみ、偶像に意思は要らないんですよね。次話から原作開始予定です。
倫理観って、人によって結構違うの面白くないですか?
Lと思想合わないけど、とても好きです。す、好きだ……