安価で祠をぶっ壊す   作:激辛党

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祠クラッシャの妹です。この度は兄がクソスレを立ててしまい、誠に申し訳ございません。

1: 20XX/10/15 (水) 23:05 exIDinject99

 4ch掲示板の皆さまへ~~

 

 突然、スレ立てしてすみません、祠クラッシャの妹、倉敷瑞希でございます。

 この度は不肖の兄が、たいへんご迷惑おかけしました。

 

 ここまで見て分かった通り、わたくしの兄、倉敷大悟は非常に思い込みの強いタチでして……。

「こうしなければならない」、「こうでなければならない」といった強迫観念に一度囚われると、自力では容易に抜け出せず、全く明後日の方向へばく進してしまう困った男なのです。

 今回の一件は、まさしくその悪癖が現れたゆえの惨事でございます。

 スレッドの皆さまに置かれましては、おバカな男子高校生の悪ふざけにも関わらず、懇切丁寧に最後まで付き合っていただき、感謝の念に堪えません。

 

 また、兄の口汚い、心無い書き込みで傷ついてしまった方も中にはいらっしゃるかと思います。

 血の繋がった妹として、代わりに謝罪申し上げます。あらためまして、この度は誠に申し訳ございませんでした。

 

2:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:07 fMw7i6R3

 何言ってだこいつ

 

3:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:08 gRaj4LLH

 いいや許さん。謝るならまず本人を連れてくるのが筋だろ

 

4:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:08 35Rvwb9e

 おい待て、本当に>>1は倉敷瑞希なのか?

 

5:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:08 7hizd5cD

 釣りおもんな

 

6:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:09 7NkAbCc0

 謝罪とかいいから、何がどうなってるかまず説明責任を果たせよ。

 倉敷瑞希はとっくの昔に死んでるはずだ。なぜここへ書き込めてる?

 ていうか、スネークはどうなった?

 

7:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:09 XlsTOBrJ

 もうスネークではなかっただろあれ……

 なんて呼べばいいんだ? 蛇?

 

8: 20XX/10/15 (水) 23:09 exIDinject99

 皆さん、どうか落ち着いてください。順を追って説明――したいのはやまやまなのですが、いかんせん、わたくしを取り巻く状況が差し迫っているのも事実でございます。

 

 取り急ぎ、この急場を凌がねばなりません。その後、きちんと経緯を書き込もうと思います。

 さて――。

 

 今、わたくしは西のかなめ祠が安置されていた洞穴の中におります。

 眼前では、薄青の髪色をした少女が、ぽかんと口を開けた間抜けな顔で立っています。

 よほど、わたくしの先の発言が意外だったのでしょう。

 二の句が継げない様子で、ぱちぱちと可愛らしくも目を瞬かせてもいました。

 

 そんな彼女の虚をつく形で、わたくしはさぁっと身を翻し、後方――出入口の側へと走り出しました。全力疾走です。

 

 とはいっても、実際に出入口へと駆けこもうとするわけではありません。目指すのは、その扉の付近に放置されている御輿です。

 花嫁行列に参加していた男衆が、えっちらおっちら持ち運んできた、あれらでした。

 

「――なにをっ!?」

 背中越しに、少女の仰天する声が聞こえました。しかし、追ってくる足音はなぜかしません。

 ちら、と少しだけ後ろを振り向いてみれば、少女は僅かほど地面より浮き、まるで滑空するようにして、こちらへ迫ってきているのでした。無論、ただ人が走るよりもずっと速く。

 

 すぐさま、わたくしは前へと向き直り、両脚に一段の力を込めます。

 目当ての品まではもう間もなく。いかに相手の速度が上回っていようと、先に得た時間の利はそう容易く崩されません。

 

 ついに御輿へと辿り着いたわたくしは、暖簾を叩き開け、その中へと押し入ります。

 豪奢な装飾の施された内装の、その四隅に、願っていた品は確かに鎮座していました。

 直ちに手に取り、御輿の外へ――追って来ているはずのアレへと向かって構えます。

 

「逃がすと思うてか? このような狭所に閉じこもって、ういやつめ……」

 胡乱な事をほざくのには一切構わず、わたくしは御輿の中で、暖簾が押し開けられるのをただ待っています。

 

「さぁ、妾の元へ戻ってこ――」

 覗き込んできた少女の顔面へと、わたくしは手に構えていた物――とっくりを振りかぶりました。

 投げつけたのではもちろんありません。中身を振りかけたのです。

 

 少女が常時、纏っている白い燐光に、とっくりの中に入っていた液体がちらちらと反射します。それはお神酒――三和戸神社から持ち出された、神饌でした。

 

「ぎっ……あ」

 思った通り、効果はてきめんでした。少女は雷に打たれたように仰け反り、この世の者とは思えないような、醜い雄叫びがその口元から迸ります。

 

9: 20XX/10/15 (水) 23:10 exIDinject99

 石床に身体が打ち付けられる、重たい音が響きました。

 御輿よりまろび出てみれば、そこでは少女が顔を両手で覆って、のたうち回っています。

 どうやら、わたくしが振りかけたお神酒はちょうど少女の目元付近を直撃したようでした。

 

「……謝らないよ」

 悪い事をしたとは思いましたが、どれほど可憐な見た目をしていようとも、こいつは村人を皆殺しにした化け物です。

 情け無用――とまでは言いませんが、助け起こす義理はありません。

 

 この機を逃さず、わたくしは今度こそ、洞穴の出口を抜けるべく駆けました。

 

10:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:10 fMw7i6R3

 えぇ……あのバケモンが、目に酒が染みた程度で倒せるもんなの……?

 

11:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:11 4lPZKP0d

 お神酒パワーじゃない? 知らんけど

 

12:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:11 R6dvgiym

 なら逆に力が盛り返しそうじゃね? だって神さまの飲み物でしょ?

 

13: 20XX/10/15 (水) 23:12 exIDinject99

 >>10

 首尾よく逃げられたので、質問にお答えします。

 三和戸神社の神饌は、アレにとっての毒そのものです。

 

 かなめ祠の存在から分かるように、三和戸神社とはそもそも、アレを封じ込めるためだけに建立された社です。

 したがって、そこへと捧げられ、力を授かった酒は、まさにアレへの特効薬となるわけです。

 

14:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:12 XlsTOBrJ

 詳しすぎぃ! 何もんだお前

 

15:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:12 1QE6Gm9L

 マジで祠クラッシャの妹なの? 幽霊?

 

16: 20XX/10/15 (水) 23:15 exIDinject99

 洞穴から出て、現在は村へと向かって山道を降りている最中です。

 歩きながらスマホを打つのは至難の業ですので、口述のもと、AIに打ち込ませています。

 

 皆さん、色々と疑問はおありでしょうが、一つ一つ答えていこうと思います。

 

 まずわたくしが何者かという質問につきましては、最初にお答えした通り、倉敷瑞希その人でございます。他の回答をするつもりは毛頭ありません。

 

 なぜお神酒の効用について詳しかったかという点については、単純に、見て分かったことを実行したまでです。

 むしろ、あれだけヒントを出されていて見抜けなかった、兄の不甲斐なさを罵るべきでは?

 

17:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:16 0cOwRCWp

 全然分からないが? お前はエスパーか何かか?

 

18: 20XX/10/15 (水) 23:17 exIDinject99

 別に今回、能力を使ったわけではありませんが、わたくしがESP(超感覚)の持ち主であることは否定しません。

 これが原因で、学校では虐められていましたし。

 その辺りは皆さんも詳しいのではありませんか。

 

19:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:17 35Rvwb9e

 五十鈴西中学校で、比上山の祠を壊した中学生たちが、祟りっぽいのに遭遇した件か。

 あの時も、倉敷瑞希が塩を持ち歩く奇行に励んでたとは書いてあったな。

 

20:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:17 Dvidcwz1

 塩だの酒だのを撒くのがESP?w 冗談もたいがいにしろ

 

21:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:17 fMw7i6R3

 >>1が言いたいのは、霊媒体質のことだろ。あれも広義の上では、超自然的存在の感知だからESPの一種に含まれる。

 

22:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:18 uV5dxcrw

 待て待てまて!

 そもそも祠クラッシャって、兄の倉敷大悟じゃないのか? 妹はそうだったかもしれんが、兄は普通の一般人だったじゃん。話が矛盾しとるわ

 

23:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:18 gRaj4LLH

 何度も同じ質問するが、結局>>1って誰なの? お前の言う超能力の中には、死からの復活も含まれてるわけ笑

 

24: 20XX/10/15 (水) 23:19 exIDinject99

 皆さん、何か勘違いしていませんか。

 わたくしは一度も死んでなどいません。

 

 二年前のあの日、わたくしは確かに貯水池で溺れましたが、奇跡的に一命を取り留めたというのが真実です。

 スレッドに貼り付けらたあのニュース記事は、先走った三流記者の流言飛語でございます。

 

 そして、そのまま生き長らえたわたくしは、情けない兄に代わって今こうして書き込んでいる次第です。

 

25:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:20 7NkAbCc0

 は? そんなわけないだろう。ふざけるな

 じゃあ、宇美沢村に行って、スレでここまで実況カキコしてきたのは誰になるんだよ

 

 

26: 20XX/10/15 (水) 23:20 exIDinject99

 今日の23時頃まで書き込んでおりましたのは、兄の生霊です。

 

 ここ、宇美沢村は非常に特殊な霊的空間のようで、領域内に侵入するにあたっては、肉体と精神とが分断されるようなのです。

 それが偶発的なものか、必然的だったかはわたくしには判断しかねますが、少なくとも兄がそうした分離状態に陥ったことは事実です。

 

 外の世界で、兄が無事に警察に保護されたのがその証拠です。

 

 つまり宇美沢村を探検し、村人と交流し、スレッドへ書き込んでいたのは、わたくしの身体を操っている、兄の精神だったわけです。

 

27:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:21 gRaj4LLH

 藪から棒に説明が分かりづらいんだよ!

 仮に、もしもだよ? お前ってか倉敷瑞希が、実は溺死していなかったとして、その瑞希が大悟と一緒に、二人で宇美沢村へと入った……ってこと?

 

 んで、何かの拍子に身体と精神が分かれてしまって、妹の身体に、兄の精神が入り込んだと。

 

28: 20XX/10/15 (水) 23:21 exIDinject99

 >>27 おおむねその通りでございます。

 しかし今、兄はその現実を受け入れられなかったショックで、精神がわたくしの身体より弾きだされ、元の肉体へと還っていった――というのがおそらく正しい経緯です。

 

 ご納得いただけました?

 

29:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:21 7hizd5cD

 いただける訳ねーだろ常識で考えろ

 バカかてめぇはよぉ

 

30: 20XX/10/15 (水) 23:22 exIDinject99

 では逆に訊きますが、普通の男子高校生が一晩で女子になったことに、それ以外でどう合理的な説明を付けると?

 受け入れがたい事実であることはわたくしも共感するところですが、他に可能性が無いのですから、納得してもらわねば困ります。

 

 さておき、そろそろ村へ到着しそうです。

 村人の誰かと出会ったなら、アレの出現を報告し、早急に対処を練らねばなりません。これから忙しくなりそうです。

 

31:名無しさん 20XX/10/15 (水) 23:23 OK1Q1vk5

 そろそろアレについての話ををしてくれ……。こっちは完全に置いてきぼりなんですけども。

 

32: 20XX/10/15 (水) 23:25 exIDinject99

 アレが何なのかについては、わたくしよりも断然、村人の方に直接伺った方が良いです。

 ある程度、どういう存在で、何に怒っているのかはわたくしも推察が及んではいますが、所詮は部外者ですからね。

 

 と、さっそく適任の人物が、通りを急いでいるのを発見しました。

 以前、神社へ案内していただいた冷泉さんです。

 わたくしの嫁入り儀式が失敗したのを、どこからか耳にしたのでしょうか? ひどく焦ったご様子でばたばた小走りしていらっしゃいました。

 

「冷泉さん!」

 わたくしが呼びかけますと、彼女はびくっと面白いくらいに肩を震わせて、立ち止まりました。

 

 こちらの方を見て、続けざまにもう一度、その場で跳び上がるようにして驚きます。

「あなた……どうしてここへ!?」

 

「どうもこうもありませんよ、冷泉さん。酷いじゃないですか。

 初めからわたくしを生贄に捧げるおつもりだったのでしょう?」

 

「……っ」

 冷泉さんはきまり悪そうに押し黙りました。

 視線を落としたその表情には見覚えがあります。わたくしの筆記用具を手洗いに流した、クラスメイトたちと全く一緒なのでした。

 

「まぁ終わったことはもういいです。今はそれより、アレへの対処が優先でしょう。弥彦さんはなんと?」

 

「かなめ祠へ向かった花嫁行列が全滅したことは、既にご報告申し上げました。現在は、一帯の避難誘導を取り仕切っていらっしゃいます」

 最初こそ、そうして質問へ反射的に答えてくれた冷泉さんでしたが、喋っているうちにハッと我に返ってしまいました。

「というよりあなた……なぜそこまで詳しいのですか」

 

 彼女の瞳に、冷徹な輝きが灯ります。しかし、ここで口論する余裕はありません。

 わたくしは「さぁ?」と、わざと挑発的に語尾を上げました。

 

「そんなことは今、どうでもいいでしょう。弥彦さんのところへ連れて行ってください。村人がみんな焼け死んでもいいんですか?」

 

「会って、どうすると? あなたに何ができると言うんですか」

 

「ここで押し問答するよりは、よほど有意義な議論ができると思いますよ」

 冷泉さんはすっとそっぽを向いて、何事か口に呟きました。聞き取れはしませんでしたが、おそらく「小娘が」などの悪態を吐いたことは、想像に難くありません。

 

 彼女の態度はお世辞にも友好的とは言えませんでしたが、最後には理性的な判断を下しました。

「こちらへ」と、道を先導してくれます。

 

===

 

39: 20XX/10/15 (水) 23:33 exIDinject99

 焦りに押されているのか、冷泉さんの歩みは酷くせかせかとしていました。ほとんど小走りで、私たち二人は村の大通りを抜けていきます。

 

 道中にひと気は全くありません。冷泉さんが先ほど言った避難誘導は、既におおよそが終わっているようでした。

 

 民家の棟を何軒か通り越したところで、比較的に大きな家屋に行き着きます。

 門構えが大きく造ってあることや、その傍らには地域情報の張られた看板が立っているところから見て、これは村の公民館であると分かりました。

 

「入って」

 言葉少なに、冷泉さんが急かします。

 両開きの木戸から中へ入ると、やはり広々とした靴脱ぎには、大勢の下駄や草履がずらりと敷き詰めてありました。それこそ、足の踏み場も無いほどの壮観さです。

 

 冷泉さんは、その一角の内に僅か空いた立地を見つけると、自らの草履を乱暴に突っ込み、さっさと中へ進んでいきます。

 わたくしも遅れず続こうとしますが、元が借りている履き物ですから、靴脱ぎへ置いて、うっかり取り違えるとまずいと思い、ここは手に持ち運ぶことにしました。

 

 公民館の中では、あちこちから人の話し声が聞こえました。そのどれもが、自らの置かれた境遇を罵るか嘆く、ネガティブな感情に満ち溢れたものでした。

 

 そうした村人の詰める大部屋を、しかし冷泉さんはさっそうと通り過ぎ、やや手狭な廊下へと入り込みます。

 その行き当たりに、まるで隠れるように佇んでいた扉の取っ手を、彼女はノックもせずに回し開けました。

 

 中は、十畳も無い小部屋になっていました。

 畳張りの室内には、脚の低い小机が二つ向かい合うようにして並べてあります。

 そのうち一つに肘をついて、弥彦さんがスマホを操作していました。

 一方の反対側に座っているのは、高齢の女性――エツコお婆ちゃんでした。

 

===

 

57: 20XX/10/15 (水) 23:58 exIDinject99

「……君か。ノックくらいしたまえ」

 

 弥彦さんは大げさに肩をすくめて言いました。

 なにぶん俗世からかけ離れた村ですから、こういう文化なのかと納得しかけましたが、やはり冷泉さんの行動は礼を失していたようです。

 

「すみません。ですが……こちらが」

 冷泉さんはあやふやな物言いで、隣のわたくしを指しました。

 本来ならば、彼女はもっときちんとした説明のできる女性なのでしょうが、こればっかりは仕方がありません。

 わたくし自身、今の己を適切に言い表す言葉を持たない有様なのですから。

 

「倉敷瑞希……。どうしてここへ戻ってきている? 見張りにつけた者たちはどうした」

 あからさまに苛立った声になり、弥彦さんが立ち上がります。

 ですが、わたくしが彼へ答えを返すより先に、お婆ちゃんが口を開きました。

 

「そげなもん、わざわざ訊かんでも分かるとね。ミワトさまが破られたんじゃ。他にあるか?」

 

「まだ決まったわけではない!」

 弥彦さんは凄まじい大声で否定しました。小机の上に置かれた湯呑に、さざ波が立つほどの大音声でした。

 

「有り得ない。そんなことはあってはならん。そうならんために、こやつを嫁代わりに取らせてやったのだ。なのにいったいどうして、破られようか」

 

「現実を見なね」

 いきり立つ弥彦さんに対し、お婆ちゃんは努めて冷静に、諭すような口調でした。

 

「男衆はいくら経っても誰も戻らず、大理さえも何も言うてこん。挙句に、あちらへ遣わされたはずの娘っ子だけがひょっこり帰ってくるときた。

 ワシが今、言うたことでなく、他に考えられる成り行きがあるんかえ」

 

 弥彦さんはなおも、何事か反論しようと目を白黒させていましたが、その浅はかな抵抗が力尽きるのは、時間の問題のように思えました。

 

 なぜなら、もう二分もすれば動かしようの無い証拠が現れるからです。

 

58: 20XX/10/16 (木) 00:03 exIDinject99

 そして案の定、零時を告げる鐘は鳴りませんでした。

 村人たちにとっては何よりも重要だったはずの、正午の昼時を知らせる鐘です。

 

 太陽という概念の無い、文字通り常夜の国である宇美沢村では唯一と言ってよい、時間の経過を強制的に知らせる存在。

 しかし、それはあくまで副次的な機能に過ぎません。

 その本来の役割が別にあることは、わたくしも薄々察しがついていました。

 

「ミワトさまの御神体が鳴かんかった。決まりじゃな」

 エツコお婆ちゃんが告げると、弥彦さんは憑き物の落ちたように、がっくりと肩を落としました。

 そう――つまりあの鐘は、ミワトさまという機能が十全に働いているかどうかを周囲に知らしめる、一種の定期通知だったのです。

 

 そうでもしなければ、村人たちは不安で不安で仕方が無かったのでしょう。

 いつ地の底からアレが蘇ってくるか――。残念ながら、その恐れは現実となってしまったわけですが。

 

「まず訊いておきたい。君はどこまで知っている?」

 ひとしきり天井を仰いだ後、弥彦さんはわたくしに面と向かって言いました。

 

「何にせよ、君はアレとまみえて帰ってきた、ただ一人の生還者だ。知っていることがあるなら、包み隠さず伝えて欲しい。それ次第で、今後の対応も変わってくる」

 

 そう神妙な面持ちで言う弥彦さんに、お婆ちゃんが横やりのように付け足します。

「遠慮せんと素直に頭を下げなね。ワシらぁも初めての事じゃから、どうか教えてくださいと」

 

 あまりに明け透けないいように、弥彦さんが憮然となります。

 それが何より、お婆ちゃんの指摘が正鵠を射ていると示していました。

 

「えへん」

 わたくしは一つ咳払いすると、懐に入れているスマホにも一言一句きっちり聞き取れるよう、一段声色を高くして言いました。

 

59: 20XX/10/16 (木) 00:10 exIDinject99

「わたくしが見たのは、白い炎を自在に操る少女でした。

 彼女の身体は常に淡い光に包まれていて、その手がかざされるだけで、村の皆さんは次々と火に巻かれ、やがて黒い炭へと焼け落ちました」

 

「おお……」

 エツコお婆ちゃんが、恐れ戦いて呻き声を上げます。そして、掠れた声で唱えました。

「絵巻に謳われたミギワトノミコの姿そのままじゃ。千年の時を隔てようとも、まだ怒りは鎮まっておらなんだか」

 

 両目を固く閉じ、手をすり合わせて、お婆ちゃんは縋るようにお祈りをしました。それはそれは心の籠った、信心深い姿勢でしたが、砂粒ほどの意味もあるようには思えませんでした。

 

 確かに、現状だけを見れば彼らは哀れな被害者です。

 降って湧いた災厄によって、大勢が焼死したのですから、大部屋へ避難している村人のように、嘆き悲しむのは当然でしょう。

 

 ですがわたくしは知っております。

 アレは、れいちゃんでは決してありませんでしたが、姿かたちそのものは、わたくしの親友である比上礼子に他なりませんでした。

 

 泣いている顔も、笑った顔も、喜んでいる顔も。わたくしが知っているそのままの表情でした。

 激昂に駆られ、男衆を焼き尽くすのも、やはりれいちゃんそっくりでした。

 

 ですからわたくしは知っているのです。

「あなた方……そのミギワトノミコに何をしました? いえ、正確にはあなた方の千年前の祖先と言うべきですか。

 いったいどれほどの事をすれば、心優しいあの子を悪鬼へと変えられるのです?」

 右手に、スマホをぎゅうと握り締めました。

 ここはとても大事なところです。

 

 これはわたくしの直感ですが――といってもその勘は今日に至るまで、過去一度たりとも外したことは無いのですが――この質問の答えを、世界中に広めるために、わたくしはAIアプリを手にしたのです。

 

60:―― 20XX/10/16 (木) 00:17 a4V8eMan

 その通りだ

 さすがだよ

 

61: 20XX/10/16 (木) 00:22 exIDinject99

「何を言いだすかと思いきや……しょうもない拝み屋どもと同じことをのたまう」

 

 わたくしの問いに、弥彦さんは激烈な反応を示しました。

 

「私たちに何の咎が有ると言うんだ!? たわごともいい加減にしてくれ。今は一刻を争う事態なのは分かっているだろう」

 

 彼は一息に捲し立てると、わたくしへ詰め寄ってきます。

「もういい、出て行ってくれ。素人に意見を聞いた私が愚かだった」

 そうして、冷泉さんに目配せを飛ばしました。

 背後で大人しくしていたはずの彼女が、素早くわたくしの方へ寄ってきます。

 

 拘束される気配を察したわたくしは、慌てて難を逃れようとしますが、これは徒労に終わりました。

 冷泉さんの手捌きときたら、まさしく電光石火の早業で、こちらが一寸も身を捩らせるより先に、両腕の関節を後ろに極められていたのです。

 

「なっ――何をするんです。離してください」

 

「それはこちらの台詞ですね。大事な話があるからと連れてきてみれば、よもや他愛事を述べるためだったとは」

 ぎりぎりと、冷泉さんが掴んでいる部分を引き絞ってきます。万力で締められるような痛みが襲ってきて、思わず痛苦の声が喉から零れました。

 

「蔵にでも放り込んでおけ。その時が来たら、今度こそ奈落へ放り込む」

 

 つい先刻とは打って変わって、酷く冷淡に弥彦さんは言います。

 わたくしは救いを求め、残るエツコお婆ちゃんに視線を向けましたが、それもあえなく、彼女はふいと目を背けました。

 つまり、この場にわたくしの味方は一人もいませんでした。

 

 というより、この村の中がそもそも孤立無援なのでした。でなければ、兄もれいちゃんも、ああまで追い詰められることは無かったでしょう。

 

「ああ――思った通りです」

 冷泉さんに手荒く引っ立てられながら、わたくしは負け惜しみに、背中の弥彦さんへ言葉を投げかけました。

 

「そんなのだから、あの子の怨みの炎が消えないのです。

 あなた方は、岩戸に封じて時を掛ければ、いつしか怨念も鎮火すると思い込んでいたようですが、それは大きな誤りです。

 実際は逆。一年、また一年とかなめ祠に捧げる生贄を通じ、炎に薪をくべていただけです。その愚行を千年続けるとは、愚かも極まると滑稽ですね」

 

「知った口を!」

 しかし、これは言い過ぎのきらいがあったようでした。

 激した弥彦さんが、つかつかとこちらへ歩み寄ってきて、右手を大きく振りかぶり、わたくしの頬をしたたかに打擲しました。

 

 冷泉さんの拘束はそのままなものですから、勢いをどこにも逃がすことはできません。

 まるで脳を直接揺さぶられるような、凄まじい衝撃と痛みが襲ってきます。

 

「気が変わった。一刻も早くこの小娘を黙らせろ。

 そも、かなめ祠を破壊した痴れ者をあえて生かしておいたのが失策だったのだ。

 生き血と臓物を祠へ捧げれば、一時でもミワトさまは盛り返すだろう」

 

「御意に」

 冷泉さんは何ら変わらぬ口調で、その命令を受諾しました。

 さながら、茶を持ってこいとでも命じられたような――どこまでいっても軽々しい受け答えでした。

 

62: 20XX/10/16 (木) 00:28 exIDinject99

 冷泉さんの手に、更に力が籠ってわたくしを小部屋の外へと引っ立てます。

 もちろん必死に抵抗するのですが、関節から走った激痛が、わたくしからその意思を簡単に奪い去りました。

 

 この場で遮二無二、抵抗したところで、逃げおおせるとは到底思えません。

 弥彦さんのお付きは、冷泉さん一人では無いでしょうし、そもそも村にはどこにも逃げ場など無いことも知っています。

 

 痛い思いをするのは、もう御免でした。

 ノートを捨てられるのも、机を汚されるのも吐き気がするほど嫌でしたが、一番死にたくなったのは、やっぱりボールを後ろから思い切りぶつけられた時でしたから。

 

「そうです。初めから大人しくして置けば良い」

 冷泉さんはそんなことを言って、わたくしをいずこへと連れて行きます。

 廊下を幾度か曲がって、正面玄関とは反対側の方へ――うら寂しい勝手口を押し開けば、そこには中庭と、見覚えのある蔵がありました。

 

 それも当然、わたくしは、ここ数日の日中をあの中で過ごしたような気もします。

 なにぶん、兄だった頃の体験なので、記憶が定かではありませんが、ちょうどあれくらいの大きさの建物に閉じ込められておりました。

 

 鈍感な兄は、特段の疑問も持たず進んで閉じ籠っていましたが、あれこそが外部の人間を村の一部として染め上げる、一種の洗脳装置だったのやもしれません。

 

「またわたくしを……あの中へ?」

 恐る恐る尋ねると、冷泉さんは意外にも「いいえ」と首を振りました。

 

「話をきちんと聞いていなかったようですね。

 もうあなたを蔵に入れる理由も必要もありません」

 

 それが、そのまま最後通告になりました。

 冷泉さんは、にわかに着物の懐に手を差し込むと、一本の刀子を引き抜きました。

 一体どこへ隠してあったのやら、博物館に飾られるような美しく立派な白刃が、暗闇の中にも煌めきを放っています。

 

 でも、なぜでしょうか。

 不思議とわたくしが死ぬ予感は全くありませんでした。

 むしろその瞬間に覚えた直感は――。

 

「ダメです冷泉さん!」

 制止の声も間に合いません。

 真っ黒の空から降りてきた、雷よりも明るい白光が、彼女の身体を貫きました。

 

「あがっ……」

 断末魔と共に、彼女の身体が燃え上がります。まばゆい炎に包まれる中、そのシルエットはみるみる小さくなっていきました。

 どうっと地面に倒れ伏した頃には、もうその残骸は到底人型には見えなくなっています。

 

「ほぉらやっぱり」

 耳元で、あの子の声がしました。

 

「あれほど妾から離れてはならんと言ったではないか。まこと、仕方のないヤツじゃ……」

 たった今しがた、一人の人間を焼き殺したにも関わらず、彼女はどこまでも愛らしい笑顔で言うのでした。

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