63:妹 20XX/10/16 (木) 00:33 exIDinject99
「こっちへおいでよ」
セーラ服の少女は可憐な笑みで繰り返します。
「戻っておいで。妾の元へ。
ここは危ない。汚らわしいわ。餓鬼が蔓延る獄道よ」
そう言って手招きしてくるのです。
しかしわたくしの脚は凍りついたように動きません。
なぜってすぐ間近には、いまだ煙を燻ぶらせている、冷泉さんの残骸があるのですから。
そんなわたくしに、少女は早くも焦れたかのか、つつ――と地面を滑るように迫り来て、わたくしの腕を掴みました。
「ぐっ……!」 とっさに悲鳴が漏れます。
少女の手は、今しがた火鉢から取り出されたかのような、凄まじい高熱を帯びていました。
「どう? 暖かい?」
身体を仰け反らせ、逃れようとするわたくしの腕をなおも抑えて、少女は訊いてきます。
「これなら、ちっとも寒くないでしょう? ほら……もっともっと熱くするから」
既に白魚のような少女の指が、いっそう白く輝きます。
瞬間、電気ストーブの電熱線にうっかり触れた、あの恐ろしい感覚がわたくしを襲いました。
「――」
今度の苦悶は、声にはなりませんでした。
腕が――少女に掴まれている部分が――もうそこから焼き切れてしまったのだと思いました。
熱さも痛みも、限界を超えて弾け飛び、もはや何の感覚も無いのです。
「大丈夫、安心して」
だというのに、少女は微笑みました。
「二度とあなたを一人にしない。ずうっと一緒にいましょうね……」
最後まで聞き取れたかどうかは怪しいものです。
わたくしの意識はそれを境に、すっと遠のいていきました。
64:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:35 l7FuAh3R
は?
65:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:35 Q6nLfElS
おいふざけんな
66:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:36 MC6WsK4T
打ち切りエンドやめてね
67:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:37 iSKSqC42
ここまで散々引っ張っておいて、妹さんも突然死で終わりか?
なんにも分かってねーじゃねーか、責任者出てこい!
68:―― 20XX/10/16 (木) 00:38 a4V8eMan
時に落ち着きたまえよ、君たち。
もちろんここで終わりにするつもりは毛頭無い。
僕にいい考えがある。
まずは安価だ。
>>72
69:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:38 zImF20Y4
頭沸いてんのか? 中二病もいい加減に汁
70:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:39 9Yy2Wdfv
>>68 うっざ
71:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:39 zkyIecw4
待て お前のIDどっかで見覚えあるわ
どこだっけ?
72:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:39 6axzqBCJ
逃げる以外の選択肢ある?
ホラーじゃ気絶回避はありがちだけどさ、こんなん絶対死ぬやつやん
73:―― 20XX/10/16 (木) 00:40 a4V8eMan
いいね
正解だ
74:妹 20XX/10/16 (木) 00:40 exIDinject99
「離して!」
脳裏に電撃が走り、遠のきかけた意識が戻りました。
抱き締めてくる少女を思い切り突き飛ばします。
その反作用で自分も後ろへ飛び退きました。
間合いをどうにか確保したことで、灼熱によって失われかけていた触感がじわじわと戻ってきました。
掴まれていた右腕は、まだ痛みこそしますが、決して焼け落ちてなどいません。それどころか、火傷の痕さえありませんでした。
やはりと言うべきか、少女がそのの身から放つ熱波は、あくまで物理的なものでない、仮初の温度なのでしょう。
「なぜじゃ」
彼我の距離は十歩。
死に物狂いでわたくしが確保したその先で、少女は低声で、恨み節を述べました。
「洞窟でもそうじゃった。なぜ妾を拒む? あなたを……御前を救うがために、昏き底より這い出たというに、なぜゆえ妾を退ける?
あの女御にやり込められて分かったであろう? この村の連中は皆、御前の仇よ。
かような危ない場所で、一人でほっつき歩いてはならんと言うに」
声色こそおどろおどろしいソレでしたが、内容そのものはこちらを慮るものでした。
少女の浮かべている、どこか切なげな表情も相まって、ともすれば彼女に歩み寄ってしまいそうになります。
しかしそれは――。
75:―― 20XX/10/16 (木) 00:41 a4V8eMan
安価>>76
分かっているな?
76:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:41 6axzqBCJ
突き放す?
77:―― 20XX/10/16 (木) 00:41 a4V8eMan
疑問形にするな。
再安価>>78
78:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:41 zImF20Y4
人殺しと一緒にいられるわけないだろ! 俺は帰らせてもらう。
79:妹 20XX/10/16 (木) 00:42 exIDinject99
「君が誰だか知らないけどさ」
脳裏に響いた声に従って、わたくしはきっぱり言い放ちました。
「冷泉さんはいい人だった。御輿を担いでた人たちだってそう。
確かに隠し事は多かったかもしれないけど、だからって殺していいはずが無い。
君とは一緒にいられない。お……私は帰らせてもらう」
途中、なぜだか言葉を噛みそうになりながらも、言い終えることに成功します。
途端、少女の瞳がきゅっと細まりました。
嫌な直感が背筋を駆け抜けます。
80:―― 20XX/10/16 (木) 00:43 a4V8eMan
これ以上は倉敷瑞希単体では切り抜けられない。
味方が必要だが、誰が適任だ?
安価>>85
81:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:43 iSKSqC42
言うほど味方が村の中にいたか?
82:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:44 9Yy2Wdfv
つーかそろそろ>>80が何なのか答えろよ。
なんで勝手に安価スレにしてんの?
83:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:44 MC6WsK4T
まるで安価スレじゃなかったみたいなレスは止めろ
最初のスレタイ見直せ
84:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:44 l7FuAh3R
だとしてもいまそれを始める道理はないじゃろ
スレ主でもねぇのによ
85:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:44 6axzqBCJ
だよな
かれこれ一時間くらい、ずっと説明が足んねぇんだわ
86:―― 20XX/10/16 (木) 00:45 a4V8eMan
見て分からないか? 事は急を要するんだ。真相を知りたいなら安価に協力してくれ。
このまま介入しないなら、村人は全員死に、倉敷兄妹も失踪扱いで二度と君たちの前に現れない。
再安価>>90
87:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:45 wNFSCMsl
釣りくさ
88:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:45 mEPW8Lhj
それも今更じゃね? つかこのスレで釣りっぽくない場面がむしろ一度でもあったか?
89:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:45 9Yy2Wdfv
仮に安価するとして、味方がいないって問題が解決されてないんですけど。
村人は全員敵なんだろ?
90:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:46 AOhl5Pz
いやあいつはどうなんだ?
ミカゲって巫女は、スネークだか蛇だかと敵対してたっぽくね?
91:―― 20XX/10/16 (木) 00:46 a4V8eMan
OK
それでいこう
92:妹 20XX/10/16 (木) 00:46 exIDinject99
「初めからそうやって大人しくしておけば良かったのだ。これでようやく……」
散々逃げ回りはしたものの、ついにわたくしは少女に追いつかれました。
再び、彼女の焼きごてに炙られようかとした、その時。
「センダマカロシャダ、ソワタヤ、ウンタラタ、カン、マン!」
頭上で、勇ましい詠唱が轟きました。
反射的に空を仰ぎ見れば、そこには――紅白の巫女衣装をはためかせ、こちらへ向かって高々と跳躍するミカゲの姿があったのでした。
「ぎっ!」
一方、わたくしを捕えんとしていた少女は、唐突に両耳を押さえて、その場に蹲りました。
そのまま両目もぎゅっと固く閉じ、まるで酷い頭痛を耐え忍ぶような体勢です。
おそらく――いや確実に、ミカゲが今しがた唱えた不動明王の真言が、効果を発揮したというのでしょう。
機を逃さず、わたくしは走り出しました。
目指すのはもちろん、ちょうど今、蔵の前へと軽やかに着地したミカゲのもとです。
「無事か!?」
ミカゲの方もわたくしの姿をみとめるなり、鋭い声と共に駆け寄ってきます。
近くに見えた彼女の表情は、柄にも無くとても心配げなそれで、思わず安堵の吐息が漏れました。
しかし以前会った際は、お世辞にも友好関係を築けたとは言いづらかったのですが、いったいどうした風の吹き回しでしょう。
訝しさが込み上げてきたものの、その疑問を確かめるべきは決して今ではありません。
「とにかく逃げなきゃ――」
彼女と連れ立って、裏手から大通りの方へと行こうとしたところ、やにわに手を握られました。そのまま腕まで絡めとられます。
「えっ」
そこから肩、腰、両脚の付け根と、彼女の手が回ります。あれよあれよという間に、わたくしはミカゲに抱き上げられていました。
「君が一人で走るより、こっちの方が効率的だ。しっかり掴まっていてくれたまえ」
ミカゲはそう言うと、わたくしを抱いたまま、助走も無しに高く高く跳び上がりました。
着地した先は、信じられないことに蔵の屋根上です。
人間一人の体重を担いだうえで、ミカゲは3m以上を跳んだことになります。おおよそ人間の技ではありません。
「君、何者……」
この質問は、ミカゲの尋常ならざる膂力を指して言ったものでしたが、返ってきたのは更に斜め上の回答でした。
「初見で良く分かったね。さすがESPと褒めてあげたいところだよ」
やけに気障ったらしい口調で、ミカゲだったはずの誰かは言いました。
「この文章を読んでいるスレッドのみんなにもそろそろ教えてあげようか。
a4V8eManも、nKf3tBadも全部、僕の書き込みだ。
自演したのは悪かったが、有名な台詞を一つ送ろう。
嘘を嘘と見抜けない人間は、ネットを使うのは難しいんだ」
93:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:47 AOhl5PzS
つまり……どういうことだってばよ?
94:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:47 6fcGd6Bl
ここまで全部やっぱ嘘だったってコト!?
95:―― 20XX/10/16 (木) 00:47 a4V8eMan
残念でもないし不正解。
倉敷兄妹と、比上礼子による書き込みは全て真実である。
だが、僕がレスした文章はおおむね嘘だ。スレを誘導するためのね。
96:―― 20XX/10/16 (木) 00:47 a4V8eMan
唯一、真実と言えるのは最初に書き込んだ宇美沢村にある、かなめ祠の座標だ。
疑われるのは百も承知だったが、あれだけは直球で打ち込むしかなかった。
倉敷大悟が非常に素直な性格で助かったよ。
もしも、彼があの座標番号を釣り扱いしていたなら、僕の試みは始まる前からとん挫していたに違いない。
97:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:48 mEPW8Lhj
>>96なにさっきから訳わからんことばっか書き込んでんの? どういう立場?
98:―― 20XX/10/16 (木) 00:48 a4V8eMan
立場、か。なるほどそれは重要だ。
僕が誰かを説明するなら、名前より何より、どの陣営に与する者かを明らかにするのが最も手っ取り早い。
千年前の宇美沢村で、ミギワトノミコと共に奈落へ落とされた。
すなわち、水害を鎮めるために、生贄として捧げられた人柱。
僕は『彼女』とほとんど同義の存在だ。
怒り狂う炎と化したあの少女は、僕の親友なんだよ。
99:―― 20XX/10/16 (木) 00:49 a4V8eMan
まぁ突然、こんなことを書かれても意味が分からないだろう。
僭越ながら、僕が懇切丁寧に全部を教えてあげようじゃないか。
4chの皆も、疑問点が解決されて無さ過ぎて、いい加減イライラしているところだろうし。
ただし、それを理解するにはまず千年前に起きた事件から話す必要がある。
少し長くなるが、構わないよね。
100:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:49 l7FuAh3R
いいわけねぇだろ。
倉敷妹はどうなってるんだ? お前こそ状況が分かってねぇじゃねぇか。
101:―― 20XX/10/16 (木) 00:50 a4V8eMan
今あっちの方は心配しなくていい。
ミカゲの身体は実に便利だから、上手く使わせてもらっている。
一日、二日となると厳しいが、少なくとも半日はミギワトノミコと拮抗状態を保てるだろう。
102:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:50 MC6WsK4T
?
その言いようからして、あれはやっぱりミカゲ本人じゃない?
103:―― 20XX/10/16 (木) 00:50 a4V8eMan
当たり前だろ。
あんなに良いタイミングで、ミカゲが自らの意志でもって救援に来るわけがない。
>>90が、手頃な安価をしてくれたからこそ誘導できたんだ。
その観点で言ったら、AOhl5Pzは倉敷兄妹にとっての命の恩人だね。
104:名無しさん 20XX/10/16 (木) 00:51 AOhl5Pz
なんかよう分からんが、俺が天才だったようで何より
105:―― 20XX/10/16 (木) 00:52 a4V8eMan
本題に戻ろう。
千年前に宇美沢村で起きたこと。その全貌について、君たちは知る義務があるんだ。
というか、そのためだけに僕は1スレ目から、自演と誘導を散々繰り返してきた。
是が非でも真実を広めるためにね。
物語の始まりは、お馴染みのアレからだよ。
むかーし、むかしのことじゃった……。
106:―― 20XX/10/16 (木) 00:54 a4V8eMan
ある日のある夜。
いやに獣たちの鳴く声が静かなのを訝しみ、娘は寝所をそっと抜け出した。
草木も眠る丑三つ時とはいえども、村は森深き山の麓にある。
平時であるなら、狼や梟どもが時折いななくのが日常であった。
それがいったいどうしたことか、その日は一切聴こえなかった。
しん、と静まり返る様は、あたかも世界が音という概念を無くしてしまったようだった。
娘は暗い足元に気をつけながら、ともしびを探し当て、それを手にして社の外へと出た。
暗幕に砂金を散りばめたような、美しい星空が出迎える。
心奪われ立ちすくみ、満天の煌めきを仰ぐうちに、その帳の内に妙な点が一つあるのに娘は気づいた。
ちかちかと瞬く一点の星が、どうも徐々に大きくなっているようなのだ。
己を疑い、目を凝らしてみるも、しかしやはり見間違いなどでは決してない。
娘がたじろいでいる間にも、光点はみるみるその図体を大きくしていき、今や昼間に上る太陽よりも広まった。
しがない神社の巫女に過ぎない娘には知る由も無かったが、それは当世で言うところの隕石であった。
やがて娘の仰ぎ見る前で、隕石は空気摩擦により青白く燃え尽きた。
よって、それがまかり間違って地表に辿り着き、何千という死傷者を出す大災害などは起こらなかったが、それでも娘の受けた衝撃はひとしおだった。
なにせ、天体の知識など欠片も無い、千年前の辺境の村だ。
星が空から降ってくる、それも炎となって燃え尽きるなど、神の御業と見えても仕方ないほどの変事に思えた。
娘はともしびを手にしたまま、宵闇の中を駆けった。
隕石がちょうど掻き消えた地点を目指し、夢中で急いだ。
実際的な話をするなら、ソレは遥か上空で焼失したので、その真下の正確な座標など娘には図りようも無かったのだが、とにかくそれらしき地点へと行った。
秋口の寒気にも関わらず、娘は額から汗を滴らせ、息を切らして走り続けた。
その末、原野の最中にあって、焦げ臭い香りの漂う場所へ行き着いた。
不自然にも、円状にかき分けられた雑草、その中心点にて、それは確かに鎮座していた。
107:ミコ 10XX/10/13 (火) 02:13 exIDinject00
「御前は……なに?」
108:―― 20XX/10/16 (木) 00:56 a4V8eMan
娘は尋ねたが、ソレは応答しなかった。
いや、正確にはできなかった。
高高度からの墜落に加え、長期に渡る補給不足のためだ。
思考を司る機関も、反応を起こす機能も軒並み故障し、微動だにしなかった。
だが一つだけ、自由に動かせる部位があった。
送受信を担うレーダー部は、ソレの中でもひときわ頑強にしつらえてある。
有事の際も、連絡を絶やしてはならないからだ。
だが果たして、この炭素と水とを主体に構成された生物に、電磁波が織り成す信号が読み取れるものか――?
ソレは根本的な疑問に苛まれはしたものの、しかし現状で実行可能な挙動は他に無い。
ただ手をこまねいて全機能停止を待つよりは、僅かな確率にも縋った方が良いと、統括ユニットが判断を下した。
だからソレは、音でも光でもない、尋常な人間には決して聴き取れないはずの声で答えた。
君さえ良ければ、どうか僕を助けてはくれないか――とね。
109:ミコ 10XX/10/13 (火) 02:15 exIDinject00
「助けが……欲しいの?」
「いい……よ。これもきっと……ミギワトさまの……導きね」
110:―― 20XX/10/16 (木) 00:57 a4V8eMan
これは二百年ほど後に知ったのだが、極めて驚嘆すべきことに、この惑星の人間の中には、僕たちの使う信号波を、音声あるいは文字として認識できる人間が一部存在する。
俗に言うところのESPだね。和風に言い換えるなら、霊媒体質だ。
そしてその良い例が、この娘――水際戸神社の巫女だった。
娘は石ころにしか見えないソレを、大事に大事に抱えて持ち帰り、誰にも見つからないよう、自室の棚の上へと安置した。
柔らかな布の何重にも敷かれた上で、それは満足気にちかちか瞬いた。
娘としては、本当は棚の奥底へ仕舞いたかったのだが、そうしようとすると、狂ったようにソレが光るので止めにしたのだ。
真っ暗な空から落ちてきたというのに、ソレはやたらに暗闇を嫌がった。
月や星のある夜はまだいいけれど、密閉された暗室は受け付けない。とりわけ、棚の引き出しの奥などは最悪なようで、娘が何を試そうとも聞き入れなかった。
実際のところその理由は、光発電を行えなくなり、ただでさえ消耗しているバッテリーが完全に無くなるのを恐れているためだったが――。
科学という概念さえまだ存在しない文明にいる娘には、全く理解の及ぶところでなかった。
「御前は暗がりが嫌いなのね……」と、娘はどこか嬉しそうに笑った。
「じゃあ、私と一緒だわ……。今夜から、どんなに薪が勿体なくたって私、夜はともしびを絶やさないから……ね」
111:―― 20XX/10/16 (木) 00:59 a4V8eMan
娘はことのほか、ソレとのコミュニケーションを楽しんだ。
たわむれに話しかけきては、あれはどう、これはどうと続きをせがむ。
ソレは長旅で疲れ果てていて、小娘と語り合うよりは、一刻も早く母艦に戻り、補給を受けることを心の底から望んでいたが、唯一話の通じる現地協力者と険悪になるのは下策でしかない。
お淑やかな立ち振る舞いの割に口数の多い彼女を、何とかなだめすかしては、矢継ぎ早の質問に応じる見返りに、機体の修理に鉱石類を朝な夕なと持ってこさせた。
娘が求める話の種類は多岐に及んだ。
初めこそ、ソレがどこから来たのかとか、何をして過ごしていたのかといった簡素なものに済んでいたが、ソレがとりわけ、科学面において博識であることを察すると、せがむ内容が一段と変化した。
鉄を手際よく冶金するにはどうすればよいか。
木を加工するにはどういった形が最も効率が良いか。
肥料の内訳はどういった比率が、この土地に合うか……。
娘はそれら一つ一つを、さも重大事のように尋ねてきたが、ソレにとってはナノ秒程度も計算する必要の無い課題だった。
少し電磁探査を行い、内蔵の辞典にアクセスすれば判断できる。
ソレの回答を得た娘は嬉し気に笑んで、「ありがとう」と深々と礼を述べるのが常だった。
「御前のお陰で、村はとっても大助かりよ……。ミギワトさまも、きっと喜んでいらっしゃるわ……」
別段、それは村のためにやった訳でも無ければミギワトなる存在に協力している訳でも無かったが、娘が喜んでいるのなら、それも良いかと思っている点は否定しがたい事実だった。
112:ミコ 10XX/10/26 (月) 07:43 exIDinject00
「今度は……なに? 瑪瑙が欲しい? ……難しいことを言うわねぇ。
噂には聞いた事あるけれど、そんな代物、私だって見たこと無いわ……。前と同じ、翡翠では駄目なの?」
「分かった、分かったから……。そのぴかぴかするのは……止めてちょうだい。目が痛いわ……。
旅一座のおじさまなら、もしかしたら持っているかもしれない。今度、いらっしゃった時に、頼んでみてあげる……。
けれど良いこと? その代わりに宇宙戦艦? とかいうヤツの続きを話すのよ……。私たちにもそれ、作れるの?」
113:―― 20XX/10/16 (木) 01:02 a4V8eMan
娘との交流は、なんと半年以上の長きに及んだ。
彼女の持ってくる奉納物――もとい、鉱石類は有り体に言って純度が低く、最低限の活動維持にしか役立たない。
惑星の重力を脱し、宇宙へと復帰するだけの出力を取り戻すには到底足り得なかった。
ならばせめて量で補いたいところだが、一度の奉納で娘が持ってくるのは、どれだけ多くとも人間の両手で抱える程度が関の山。
ソレが本艦で受けていたような、コンテナ一杯の補給は夢のまた夢だった。
しかし、いったいどうしたことだろうか。
朝は娘の「おはよう」から始まり、夕は娘の「おやすみなさい」で終わる日々の繰り返しは、ソレに大した不快感をもたらさなかった。
娘との他愛もない交流は、ソレにとって全く無益であって、むしろいつまで保つかも不明な貴重な生存時間を垂れ流しにする、いわゆる緩慢な自殺であったにも関わらず、だ。
本能――つまり統括ユニットに刻まれている第一命令に従うならば、ソレは地表に到達した時点で、休眠モードに入り、本艦からの救出のみを待っていなければならなかった。
それがこの、二足歩行でぷにぷにした体つきの体毛の薄い雌原住民の言いなりになって、機密情報をぺらぺら話している有様だ。
我ながら気でも狂ったか――? あるいは落下の衝撃で、精神回路がショートした?
娘の部屋の小さな棚の上で、朝の木漏れ日を筐体いっぱいに受けながら、ソレはたまさかに考えたものだった。
114:ミコ 10XX/5/23 (木) 11:10 exIDinject00
「聞いてちょうだい……ミカボシ(娘はソレのことを、国に伝わる神話になぞらえ、そう呼んでいた)」
「お父様ったらひどいの……。あれだけ連れてってくれると約束したのに、都で開かれるお祭りへはやっぱり行けないって、今更になって言いだしたのよ。
本当にハリセンボンを飲ませてやろうかしら……」
「何か事情があるんじゃないかって? まぁ薄々、察しはつくわ……。
ミギワトさまの御機嫌伺いも疎かにして、神主の一族が大手を振って遠出するわけにはいかないものね……」
115:―― 20XX/10/16 (木) 01:12 a4V8eMan
村と呼ばれる地域共同体の中で、娘が『神主の一族』という特別な地位にあることはソレも既に理解していた。
神主なる役職に就く者は『ミギワト』なる神の言葉を村人に伝える責務を負う。
また、その『ミギワト』の機嫌が悪いと川が氾濫するため、折りを見て彼に祈りを捧げて鎮静化し、村の平穏を保つようにすることも職務のうちだった。
外宇宙に進出するだけの文明に生きるソレからすれば、一笑に付すも愚かしい、浅薄な知識による迷信だったが、しかしそういった指摘を口にする――というより、電磁波信号に乗せることは無かった。
拙い技術なりに、彼らが今を必死に生きていることは明白だったし、なによりその厄介になっている身分の自分がその信仰を嘲笑うことは、傲慢以外の何物でもないと了知していたからだ。
だがいかんせん、受け入れがたい部分もあった。
『ミギワト』の怒りを鎮めるためには、捧げものが要る――。
生贄の概念は、全く理解に及ばなかった。
116:ミコ 10XX/5/30 (木) 15:10 exIDinject00
「何がそんなにおかしいの? ミギワトさまがお怒りだから、鎮めるために捧げものをする。それをミギワトさまが気に入ってくだされば、荒れ狂っていた川は落ち着き、村の皆も平穏に暮らせる。良いことづくめじゃない」
――前提が間違っているんだよ。君たちの言う、ミギワトさまが仮に存在するとしてもだ。なぜわざわざ、牛や鶏などの貴重な生物を捧げねばならない?
ミギワトさまがそう言ったのか?
「ええそうよ。先代か、先々代かは定かじゃないけれど、ずっと昔の高祖さまからその伝えを授かったの。
ミギワトさまは深い水底の国におわす神さまだから、地上の家畜を珍しがって、たいそうお気に召すわ。
反対に、死んだ魚や枯れた草花を捧げられたって迷惑よ」
――そうかい。だが、生贄を捧げれば川が鎮まるという事象の間には、確固たる相関が認められるのか?
「……ごめんなさい、ちょっと何を言っているのか良く分からないのだけど。……確かさを疑っているというのなら、証拠はあるわ……」
――いや、その先は言わなくてもいいよ。どうせ、高祖さまが出てくるんだろう。
「良く知っているじゃない」
117:―― 20XX/10/16 (木) 01:16 a4V8eMan
一事が万事そのような調子だったものだから、ことミギワトさまに関する話題については、ソレはあまり出過ぎたことを言うのを止めにした。
今のところ、娘との関係は良好だ。それをあえて、宗教的な話題を深堀することで、自ら崩すのは悪手以外の何物でもない。
だいいち、年端も行かない娘を論破したところで、ソレが得るものなど何も無かった。
しかし凶事とは避けようとすればするほど、身近に手繰り寄せるとはよく言ったもの。あるいは始めから天運だったのか、ついにその時は訪れた。
ある日、娘がいつものようにソレと話し込んでいたところ、突然に部屋の戸襖が開かれた。
押し入ってきたのは、娘の父である神主だった。
というのもこの頃、娘一人しかいないはずの部屋から、あからさまに二人で会話する話し声がするからだ。
さては、密かに村の男などと密会に励んでいるのではないかと疑って、今日まさに踏み込んできたわけ次第であった。
118:ミコ 10XX/6/12 (土) 19:21 exIDinject00
「あらお父様。いきなりね……。どうしたの……そんなに肩を怒らせて」
「今、何を隠したか。言え」
「何も隠してなんて……ないわ」
――下手な演技だ。
「……あなたは黙っていて」
「なんだと?」
「お父様にじゃないわ。……お話があるのでしたら、身支度を整えますから……いったん外へ」
「その手に持っている物は? 種火か? どうしてこの暗がりで、御前の手は仄かに明るいのだ」
「いえ……誤解ですわ、お父様……。目の錯覚よ。何も明るくなんてない」
――止めてくれ。そんなに握り締められると筐体が壊れる。
「だからジッとしてなさいって。光らないで」
119:―― 20XX/10/16 (木) 01:20 a4V8eMan
娘のささやかな努力も空しく、ソレの存在は呆気なく露見した。
暗闇の中にあって、火種も無しにちらちらと面妖な光を発する、奇妙な形をした小石――。まことに信心深いミコの父母は、その信仰心ゆえに、その異質な存在を畏れた。
「流星の落ちた所で見つけたの」
続いた娘の言葉は、彼らの焦燥感をいっそう強めた。
『恐ろしい、なんて浅ましいことを。それはきっと、神の世のモノに違いない。
心根いやらしくも拾って持って帰り、あまつさえ隠して留め置こうなど、罰当たりにも程がある』
父母は頑として娘の言葉を聞き入れようとはしなかった。彼女が説得を重ねるほどに、むしろ彼らの態度は硬化するようだった。
業を煮やした娘は、ソレを二人の前に突き出し「この子の声が聞こえないの?」と問うた。
だが、二人は恐れ入ってひれ伏すばかりで、一向にソレの呼びかけに応えない。
娘が思わず顔をしかめるほどの大音声で、怒鳴っているにもかかわらず。
やがて、ソレが疲弊したようにため息を吐くに至って、娘も遅ればせながら理解した。
二人にミカボシの声は決して届かない。……いいや、彼女の声を聞けるのは、おそらく自分一人だけなのだと。
このままでは埒が明かないと見て、娘は説得の方向性を換えた。
「これはね……。ミギワトさまの嬰児なのだわ……。誤って流星にぶつかって、天上の世界から地へと墜ちてきてしまったの。
本当は今すぐにでも、この子は天上に帰りたいのだけれど、墜ちた時の怪我が酷くて上がれない。
だからミギワトさまの巫女である私が、この子がすっかり元気になるまで、ここでお祀りしているのよ……」
娘の話は全くの嘘では無かった。むしろ、ミギワトさまという名前の出る部分さえ除けば、ほぼ真実と言って良い。
その正直さは両親にもきちんと伝わったようで、渋々と言った顔ではあったが、最終的に二人は、娘がミカボシを自室に祀ることを認めた。
だがそれは積極的な受け入れを意味するものとは、無論違った。
彼らからの畏れと敬いは、『ミギワトさまの嬰児』という表現をきっかけに、よりいっそう激したらしかった。
娘の自室から、腰の引けた足取りで出て行く両親の背には、理解できぬモノ、恐ろしいモノとこれ以上一緒にいたくない――純粋な拒絶だけが一心に現れていた。
そしてしばらくの時が経った頃。
その日の朝は、娘のいつもの「おはよう」からは始まらなかった。
120:ミコ 10XX/7/21 (木) 11:45 exIDinject00
――今日はいったいどうしたんだ、そんな風に俯いて。
「ミカボシ……そのね」
――はっきりしない物言いだね。まぁ君の喋り方は大概いつも歯切れが悪いけれども。
「御前に頼み事が……あるの。どうか……聞いてくれない?」
――内容によるな。とりあえず、顔を見せてくれよ。人間の音声の波形は複雑で、それだけじゃまだ読み取りづらいんだ。表情と一緒の方がよほど分かりやすい。
「私じゃ……ないわ」
――え?
「お願いがあるのはお父さま……なの。御前にどうしてもやって欲しい事が……あるんだって」
いやな予感しかしなかった。
121:―― 20XX/10/16 (木) 01:22 a4V8eMan
娘に抱かれ、ソレはミギワト神社の本殿へと連れられた。
ソレにとっては初めての経験だった。
木造の本殿の内は、そう広くもない癖に、十数名を超える人々が肩を寄せ合うようにして詰まっていた。
また呆れたことに、既に誰しもが深々と頭を下げて、板張りの床に額づいている。
――それほどミギワトさまとは偉い神さまなのか。
と、ソレは益体も無いことを考えたが、違った。どうも様子がおかしい。
娘が一歩、また一歩と本殿の正面奥にある、祭壇に近づくにつれ、床に這いつくばっている彼らの上目遣いの視線が動く。
その線の先は……と思案して、やっと察した。
村人は今この時点に限っては、ミギワトさまよりも、ソレに敬意を――あるいは畏れを示しているのだった。
とうとうソレは祭壇の最上段に恭しく配置される。
この村の信仰に疎いソレでも、この場が本来は御神体とやらの位置すべき所であると知っていた。
――いったい、自分はこれからどうされようとしているのか? 僅か恐怖に似た感情が回路に走るのと同時、最も近くに立っていた男が、やおら面を上げた。
白装束に身を包んだ彼は、娘の父親にして、ミギワト神社の神主だった。
この地の言語体系に相当に習熟したソレですら、いまだ判読不能な祝詞とやらをべらべら並べ立てた後、神主はようやく理解できる言葉を話し出した。
「どうか、御身より御進言をもってして、荒ぶる父神を鎮めてはくださいませぬか」
――なんだって?
どうせ聞こえはしないと分かっていて、ソレはつい訊き返してしまった。
すると、ソレのすぐ傍で控えていた娘が、一歩前へ出て口を開く。
「お父様。ミカボシさまは困惑されていらっしゃいますわ……。もっと直截に話してくださいませ」
「あいわかった」
父こと、神主は神妙な顔で頷き、厳めしい声色のまま説明を始める。
「ミカボシさまにおかれましては、もう重々承知の事とは思いますが。
近頃、父神であるミギワトさまの御心が乱れること著しく――」
そこから長々と難しい言葉遣いが続く。
だが内容そのものはあまりにも単純なものだった。
村を流れる川が、ここ最近続いた豪雨のせいで、氾濫の兆しを見せている。
ついては水神であるミギワトさま――の嬰児であるミカボシさまに、どうか怒りを収めて欲しいと、父神への伝言を頼みたい、ということだ。
話のあらましを察した辺りで、ソレは喋れないながらも大笑いしそうになった。
――バカバカしい。僕は単なる機械で、神でもなければましてやその子供でもない。
何が悲しくて、いるかどうかも分からない父神へ伝手事などしなければならない。
「ごめん……ね」
傍らの娘が小さな小さな、ソレにだけ拾える音量で謝った。
「私のせい……だわ。私があんな……嘘を吐いたから」
122:―― 20XX/10/16 (木) 01:24 a4V8eMan
――だけど無理だ。僕に何をどうしろって言うんだ。自立して機動もできない身体なのに。
「お父さまは……。ミカボシさまは……前も言ったよう、まだ飛べないわ。ミギワトさまのいらっしゃる天には昇れないの」
娘がソレの発言を即座に翻訳して伝える。
神主は硬い表情を崩さず、それに答えた。
「ミギワトさまは常に天上にいらっしゃるわけではない。
川の水源の滝壺が、御住まいの一つであることは、御前も知っていよう。
そこへミカボシさまを連れてゆき、直訴していただく」
「なんですって」
娘が途端、眉を吊り上げた。
「お父さま、そんな話、私聞いてないわ。そんなとこ連れてったって――」
「いいや」
娘の言を神主が強い口調で遮った。
「必ず、来ていただく。子の言葉なら、荒れ狂う御身にも届くはずだ」
「そんなこと言ったって……」
娘はふるふると首を横に振った。
「無理なものは無理よ。だいたい……ミギワトさまの御住まいは、滝壺の底ですわ。
ミカボシさまのか細い御声では、落ちる水の音でかき消されてしまう」
さも苦し紛れに出た反論だった。
神主は頼もしくも全く動じず、「ならば」と即座に言い返した。
「自ら水底へと潜っていただく。水中に没し、身を捧げれば、父神の御心にも叶おう」
娘の顔が固まった。
123:―― 20XX/10/16 (木) 01:26 a4V8eMan
「お父さま……それはいったいどういうおつもりで?」
「言葉の通りだ」
逆に、神主は何がおかしいのかが分からないようだった。
「ミカボシさま自ら、水中の御住まいに潜っていただくのだ。さすれば道は開けよう」
「止めて……ダメよ」
娘は長い髪を振り乱しながら、必死に否定する。
「ミカボシさまは暗いところが苦手なの。それに滝壺の底になんて落ちたら、二度と戻って来られない」
「何を言っておる?」
神主は娘の半狂乱の理由が、てんで全く理解できていない。
「ミカボシさまは、父神の元へ行くだけではないか。何を恐れることがある」
「だから……だからぁ」
反論の糸口を探るも、一向に何も出てこない。
当然だ。
ミカボシなどという子神はそもそも存在しない。前提が間違っているから、正しい結論など導けるはずもないのだ。
「儀式は明朝に執り行う。もういつ洪水が起きてもおかしくない。御前も準備に取り掛かれ」
神主は冷徹に言い放ち、娘の肩を押して、退けようとする。
しかし彼女は突然、身を翻し、その手を掴んで引き剥がした。
神主――己の父をキッとひと睨みし、低い声で言った。
「なら……私も一緒に行くわ」
124:―― 20XX/10/16 (木) 01:28 a4V8eMan
明くる日、それは白布にくるまれ、いずこへと運ばれていた。
密閉空間に閉じ込められるのは、ソレの嫌悪すべきところだったが、白布は十分に光を通してくれたので、活動に支障はきたさなかった。
だが、よしんば、それすら難しくなる暗所であったとしても、ソレに拒否権などは元より無かった。
ぐらりぐらりと、小包の中で揺らされながら、ソレは今更ながらにして己の境遇を儚んだ。
文明の遅れた原始人ども――と嘲った昔が懐かしい。
結局、どれだけ知識や技術を回路の内に溜め込んでいようと、それらを何ら実行に移せないのでは、それこそ小石と変わらない。
ひたすらに無力で、無価値な存在だ。それがつまり、今の自分である。
娘っ子一人、助けられない――。
やがて水音のごうごうと聞こえてきた頃に、ようやくソレは白布の枷から解き放たれた。
視覚センサーに飛び込んできたのは、周囲をぐるりと取り囲む神事姿の村人たちと――真っ白な肌襦袢のみを着た娘だった。
この秋口の寒さだというのに、短すぎる袖からは、肉付きの薄い二の腕までもが露出している。
布一枚だけに覆われた襟首からは、透けるように血色の薄い娘の胸元が見えた。
屈強な体つきの男衆が傍にいるだけに、彼女の立ち姿の虚弱さが際立つようだった。
しかしただ一点。
娘の細い腰に、固く巻かれた麻縄は、男たちがこの場においてあくまで観衆でしかない事実を如実に示していた。
『どうして君が、一緒に潜る必要がある』
電波に乗せかけた台詞を、ソレは直前で堪えた。
訊いても仕様の無い質問だったからだ。
ソレは滝壺の底へ投げ込まれれば最後、娘の言う通り二度と戻って来られない。
だから、彼女がソレを胸に抱いて共に飛び込み、用が済めば――『ミギワトさまへの伝言が終われば』、男衆に麻縄を引いてもらい、地上へ引き上げてもらおうと言うのだ。
一見、理に適った策に聞こえるようだが、少し時間を置いて考えればすぐに分かる。
娘がわざわざ伴わずとも、元からソレの身体に縄を巻き、引っ張り上げて貰えば済む話だ。
しかしそれは理屈にのみ乗っ取った、非人情的な考えなのだ。
なにせ、この村には生贄の風習があって――かつ、ソレはミカボシとして、ミギワトの子という扱いになっている。
水底の御住まいに降りた神を、あえて引き上げようとすることは、返って御心に背く行為になりかねない。
だからこそ、娘は神主たちの説得に早々に見切りをつけ、自ら人質役を買って出たのだ。
いかに風習や信仰があろうとも、一人娘が伴うならば、神主たちも引き上げざるを得ない――という魂胆である。
この無茶苦茶な行動には、ソレはもちろん、神主もこぞって反対したが、娘は一歩も引かなかった。
「ミギワトさまに、伝手事をするのが目的なのでしょう? なら、それさえ済めば戻って良いではありませんか。
何度も言うよう、ミカボシさまはまだ、この地上で傷を癒さねばならないの……。
巫女である私が、その手伝いをするのは至極当たり前のことでは?」
何を指摘されようと、娘はその一点張りで押し通した。
その結果、今ふたりは轟々と流れる滝壺を一緒になって見つめている。
125:ミコ 10XX/8/3 (木) 18:31 exIDinject00
「……ごめんなさい、ミカボシ」
――おや、もう敬称を付けるのはやめたのかい?
「付けた方が良かった?」
――冗談! 君のあんな言葉遣いは、聞いていて鳥肌が立つようだったよ。
「ふっ……御前のどこに、肌があるのよ」
――いいね。
「何が?」
――やっと笑った。君は絶対、そっちの表情の方が良い。
「……そう?」
――なんせ、感情が読みやすいからね。
天気が良いから機嫌がいい、美味しいものを食べた、お父さまが褒めてくれた……内容こそ様々だけど、君の笑顔はとにかく分かりやすいんだ。
「なんだか、バカにされている気がするわ……。
なら聞いておくけれど……今の私は何を考えてるか、分かる?」
――簡単さ。僕の冗談が面白くって――。
「外れ」
126:ミコ 10XX/8/3 (木) 18:32 exIDinject00
「それはねぇ……」
たっぷり間を溜めてから、教えてあげる。
「初めて御前を助けてやれるから。
こんなことになっちゃったのは、そもそも私のせいなんだけど、それでも私ね、浅ましい女だから……大好きな子の役に立てるのがね……嬉しいの。
私、気づいてるんだよ……。私が御前にいっつもあげてる石ころって、本当は全然助けになってないんでしょ?」
――そんなことはない。あれのお陰で僕は機能維持ができている。
「嘘おっしゃい。御前が私の意思を読み取れるように、私も御前の電波信号? が読めるの。石あげるたびに、御前いっつも『これじゃ宇宙は千年先だな』なんて愚痴ってるでしょ」
――聞こえてたのか。
「ええ。むしろあれだけため息を吐いておいて、隠しおおせていたと思う方がびっくりだわ……」
一呼吸おいて、もう一度にっこり微笑んだ。分からず屋の彼女に分かってもらえるように。
「私ね、御前のことが大好きよ。何でも知ってる癖に、どこかしら頼りなくて、の割に自信過剰で、でも誰よりも心優しいところが。
私……御前のためなら、千年だって傍にいてあげる」
――人間はそんなに長寿の生物じゃない。
「そんなの分かっているわ……。本気で答えないで。
けれど、ミギワトさまはきっとそのくらい生きていらっしゃる。これから、かの御住まいにいくのだから、もしかしたら恩恵に預かるかもしれないでしょう?」
――止めてくれ。縁起でもない。君は生きて、そのままの姿で地上に帰るんだ。神さまの同類になんてなったりしない。
「ふふっ」
また声を上げて笑う。楽しくて楽しくてしょうがないらしい。
「そうね……。私たちは戻ってくるわ。だって、御前をお空に帰してやらなきゃいけないもの。ねぇ約束するわ……私、絶対に御前を守る。何があっても、必ず、御前を助けてあげる」
――ありがたいが、必要無い。僕はひとりで生きていける。
「嘘ね」
きっぱり言い切った。彼女の嘘は本当に分かりやすかった。
127:―― 20XX/10/16 (木) 01:33 a4V8eMan
ソレと娘は二人一緒に飛び込んだ。
暗くて深い、滝壺の底へ。冷たい水流の奥深くを、どこまでも沈んでいった。
娘の装束には、重たい石がいくつも詰められていた。
その重量でもって、ひたすらに落ちていく。必死になって泳ぐ必要は無かった。
轟々と滴り落ちる水音を耳にしながらも、しかし二人はゆっくり、静かに舞い降りて行った。
『ミギワトさまに、怒りを収めてくださるようお伝えする』――与えられた使命の可否は、ただひたすらに曖昧だった。
おそらく命じた側の神主でさえ、何をもって完了とするかなど、決めていないのだろう。
そも、ミギワトさまという神を目視で認めたものなど、この村のどこにも――娘を含めてもいないのだから。
よって、ふたりは事の成就を、水底に足を着けることと勝手に定めた。
その程度の距離を稼げば、地上で男衆らが握っている縄も、皆が納得いくほどには伸びるだろう。
水底へ下って、きちんとミギワトさまへお願いしてきた――と宣言すれば、疑うのは難しいはずだ。
反対に、いかに息苦しいからと言ってあまりに早く上がってきては、信用を得られない。
娘の息が許す限り、なるべく長く潜航する必要があった。
季節は夏場とはいえ、水源の水は凍てつくように冷たく、また夕の日差しを昏く呑み込む。
飛び込んで数秒と経たないうちに、ソレは自身の回路の軋む音を聞いた。
この環境は耐え難い。長時間の滞在は、間違いなく機体の維持に支障をきたす。
――分かっているわ……。焦らないで。
流れる水音さえも押し切るような、娘の声が響き渡った。
水中で密着しているためなのか、彼女の発する信号波はいつもよりずっと強力だった。
――私がずっと傍にいる。御前を絶対に連れて上がる。
そう言って、彼女は強く強くソレを抱きしめた。
一分か、はたまた一秒か、正確な尺度では図りがたい時が流れた後に、二人はついに目指す底へと辿り着いた。
案の定、底には何も無かった。ただ、ごろごろと大小の岩が転がているだけだった。
ときおり川魚の行き交う様子からは、神の御住まいの威厳など、どこにも感じ取れはしない。
結局、村人の信仰などは、勝手に思って押し付けるだけの幻影でしか有り得なかった。
娘はそれでも一礼をし、巫女としての責務を果たす。
だが顔を上げるなり間髪入れず、腰の縄を二度、強く引っ張った。
上で待機している村人に向けた、引き上げの合図だ。事が済んだら、そうやって伝える手はずになっていた。
なっていたのだ。
それなのに――手ごたえは無かった。一向に縄は上から引っ張られない。ただふらふらと力なく水中に漂うのみ。
娘はそれでもなお、落ち着いた様子で、再び合図を送った。
縄は緩んだままだ。水流にかき回され、右へと左へと泳ぎ続ける。
三度目の合図。こぽ……と娘の口から大きな泡が漏れる。あるいはそれは、叫び声だったかもしれない。地上にいる村人に向けた、全力の呼びかけだった。
けれど何も起こらなかった。
強いて言うなら、縄がしなった。
上にではない。下に。
夕日に照らされ、ぼんやり見える遥か遠くの水面から、ゆらゆら縄が降りてくる。
命綱だったはずのそれが、村人大勢が握っていたはずの先端が、のたうつ蛇のように水中を駆け巡っている。
娘はしばし、それを見上げた。そして直後、足をばたつかせ、弾かれたように泳ぎ出した。
だが、その時にはもう何もかもが遅かった。
渦上に落ち行く滝壺の水中にあって、娘の筋力は虚弱に過ぎた。また、元からさして泳ぎに長じているわけでもない。
息の切れかかった身で、流れに抗い浮上するのは至難を越えて、不可能の技だった。
加えて彼女は、片手が塞がっていた。そこでは大事に大事に、大切なひとを握っていなければならなかった。
だからもう、どうしようもなかった。
128:ミコ 10XX/8/3 (木) 18:33 exIDinject00
――離せ! 僕を離せ! そうすれば君はまだ助かるかも――。
バカ言わないで。
一蹴する。
私が御前を手放すわけがない。飛び込む前にあれだけ宣言したのに、まだ分かっていないのかしら。
足で必死に水をかく。まだ諦められない。水面は果てしなく遠いが、それでも見えている。きっと辿り着ける。
負けるもんか、諦めるもんか。こんなところで、御前を死なせてなるものか。
泳ぐ、頑張る、凍えて動けなくなりそうになる自分を叱咤する。
息が切れた、さっき叫んだのが悪かった。意識が切れそう。何も考えられなくなる。もうダメ、ぶくぶくって溺れちゃいそうで――。
――しっかしろ! ちくしょう……起きてくれ……。
彼女の声がちゃんと聞こえる。
ああ良かった……まだ生きてくれていた。ミカボシが無事なら、何も問題はない。
――頼むから、僕を捨ててでも、君だけは……。
それなのに、急に彼女の声が弱まった。
どうして? あまりにも恐ろしくなって、泳ぐのすら止めて、胸に抱いた彼女の小さな身体を見下ろす。
まぁるい小石のような銀色のソレは、ひどく弱々しい光をまばらに放っていた。ロウソクよりもずっと明るかった輝きが、見る影も無くやつれている。
その事実を認識すると同時、脳裏に響く声が反転した。
――寒いよ。
彼女の声が、奔流のように押し寄せた。
――寒い、暗い。ここはいやだ。こんなところにいたくない、何も見えない……。
あの日、あの夜に耳にしたのと同じ、絶叫だった。
空から降り行く流星、野原に墜落した彼女。
初めて出会った時、私が聞いた最初の言葉が、それだった。
――寒いのはいや。暗いのはいや……ひとりぼっちはいや……。置いてかないで……。
暗まりゆく湖中の景色は、果たして彼女が長年旅してきたという空の果て――宇宙と似た景色だったのか。
そんなの私に分かるはずもなかったけれど、でも。
弱々しい明滅を続ける彼女の身体は、墜落した時と同じくらい――いや、それよりもっと、死に瀕しているように、見えた。
あるいは既に事切れているのかもしれなかった。
「ゆる……さない……」
やがて末期の光も途絶える瞬間、自然と声が口から漏れた。
まともに声など発せるはずもない状況にも関わらず、それは不思議とどこまでも響き渡るようだった。
「ゆるさない……。ぜぇったいに許さない……。村のために、神さまのために、みんなのために、頑張って、暗いのも寒いのも我慢して潜ったのに……。
初めから助けるつもりなんてなかったんだ……。いつもと同じ生贄だったんだ……」
喋り声には自然と笑いが混じった。「ひ……ひひ……ひひひ」
笑えば笑うほど、声は大きくなった。連鎖、輪唱、繋がってこだまする。水中から天に、あるいは地中に、重なり合って刻み付ける。
「ひひ……ひーひひひ。恩知らずの……痴れ者たち……絶対に私……許さない。何度生まれ変わろうが、代を継ごうが、私は決して忘れない……ひひ」
胸にかき抱いた彼女――その精神回路に、怨みと怒りの信号が記録される。
「大丈夫……今度こそ……あったかくしてあげる。ひ、ひひ。みーんな燃やしたら……ひひひきっともう……暗い場所なんて無くなるわ……」
渦の中に私は共々墜ちてゆく。
死体はやがて泡と弾け、彼女の身体も岩に挟まれ地の奥底に眠った。
年月は矢のように過ぎ、ついに千年を隔てるも、私の怨嗟は消えはしない。